カードの精霊が見えるプレイヤー相手に、『コントロール奪取』戦法をヤッたら絵面が酷すぎる件について 作:コイントスは先行が良い
――《黒銀の魔女騎士エリシア》。それが、
汚れなき神聖さの象徴であったはずの白銀に輝く鎧姿。その面影は一切なく、闇色に染められ血管のように脈動する赤黒い何かに侵されている。
清澄な雰囲気や確固たる意思をたたえていた瞳にも、ただ虚無を映すばかり。『彼女』と対峙している騎士や、その後方に控える私達の姿は眼中にないようだ。
私はほぼ反射的に、懐にお守り代わりとして大事に仕舞っていた《エリシア》のカードの有無を確認する。『レゾナンス・ギア』によって、違反行動と判断されるリスクも厭わずに。
だが、私の不安をよそに、《エリシア》のカードはきちんと収められていた。そのことに安堵する一方で、あの黒い《エリシア》の存在が良く分からなくなる。
別物なのだろうか? 否っ! 私の魂が訴えている! あの黒い《エリシア》こそ、私の《エリシア》が『エラーカード』になっている原因だということを。
(やはり、彼女が私から《エリシア》を奪った《魔女》……!)
変わり果てた《エリシア》を見せつけられて、九十九さんが《魔女》かもしれないという疑念は、今度こそ私の中で違えようのない現実のものとなる。
令嬢らしさを保っていた『仮面』は剥がれ落ち、大切な物を奪った怨敵への怒りに表情が歪むのが自覚できる。これまでの私の被害者達からすれば、「どの面を下げて……!」と憤りそうだが今の私にそんなことを気にしている精神的な余裕は微塵もない。
(絶対に《エリシア》は取り戻しますわ……!)
内心そう意気込んだものの、一プレイヤーとしての思考が現状の盤面を冷静に整理する。当初考えていた九十九さんの対策、ワンショットキル。それはあの黒い《エリシア》に防がれてしまい、残された五回の攻撃機会も無に帰し失敗に終わってしまった。
少なくとも、もうこのターンにできることはない。
「……ターンエンドですわ」
震える声で、そう宣言することしかできなかった。黒い《エリシア》と鍔迫り合いを行っていた騎士が、自陣の方へと戻ってくる。それに伴い、黒い《エリシア》も剣を鞘に収め九十九さんの傍へと下がった。
彼女は視線を私と黒い《エリシア》の間で行き来させると、ニッコリと。まるで眩しいものを見るかのように両目を細める。口角を持ち上げながら。
その様は、まさしく童話に語られる悪しき《魔女》そのものだった。私の目には、そうとしか映らない。
「ボクのターン。……ふむふむ、じゃあこう動こうか」
デッキからドローし手札を暫し眺めた後、九十九さんは一枚のカードをフィールド上に置く。
「――『共鳴力』三点消費、コスト三の『マジック』カード『魔女のお茶会』を発動。自分フィールド上に《魔女》と名のつくユニットが一体以上存在する場合に発動できる。ユニットを一体指定し、同名カード以外の《魔女》ユニットを一体、手札から召喚条件を無視して特殊召喚する。――さあ、出てきて《契約喰らいの魔女パンドーラー》」
九十九さんは、愛おしげにその忌み名を口にする。まるで長年の逢瀬を待ち望んでいた、恋する少女のように。
昨日と同じ光景。黒い《エリシア》に守られるような立ち位置に控える、それ以上に闇色のローブを纏う《魔女》。黒のヴェールから覗く冷徹な視線は、虚構のものとは思えない程に鳥肌を立たせる。
ただ一つ昨日との違いを挙げるとするなら、あの《魔女》の姿を見ても、
それが単なる心境の変化か、あるいはまた別の何かか。そんなことはどうでも良い。警戒心を隠しもせずに、私は《魔女》を油断なく見据える。
「昨日使ったばかりだけど、念の為に《パンドーラー》の効果は説明した方が良いかな? ――《パンドーラー》の効果発動、相手のフィールド上のユニットを一体選んで破壊する。
選ぶのは……一番厄介そうな《白銀の騎士団長》ね」
《魔女》がその両手に抱えた禍々しい『箱』。それを《白銀の騎士団長》に目がけて放る。足元に転がったソレに、『彼』は兜越しに怪訝そうな視線を送っているのが分かる。
だけど、私は知っている。悲劇はまだ始まったばかり――『箱』の蓋が突然開き、凄まじい勢いで《白銀の騎士団長》を吸い込もうとする。
不意を突かれた『彼』の姿は、あっという間に消えていなくなる。
「――そして、破壊したユニットを召喚条件を無視して自分フィールド上に特殊召喚する。――《白銀の騎士団長》を特殊召喚」
その言葉とともに、いつの間にか《魔女》の手元に収まっていた『箱』から漆黒の霧を纏いながら、つい先ほどまで私の傍で控えてくれていた騎士団長が現れる――あの黒い《エリシア》と同様に、私に剣の切っ先を向けながら。
(想定以上に厄介な状況ですわね……!)
あっさりとあの《魔女》の召喚条件を別の手段で満たされ、さらには《白銀の騎士団長》のコントロールまでを奪われた。
だが私のフィールド上には、まだ他にもユニットは存在する。次のターンは迎えられ、反撃の一手を打てる……とは、楽観視はできそうにない。
九十九さんは、自らの軍門に降らせた《白銀の騎士団長》の効果テキストに目を走らせていた。一読して、「……こりゃ強いけど、改めて読むと諸刃の剣だね」と彼女は短く漏らす。
……それは承知している。これまでは使うとしたら、確実に仕留めきれる場面でしか使ったことがない。
しかし、現状はその強力さ故のデメリットが私自身の首を絞めている有様だ。手札はゼロ枚であり、盤面を完全にひっくり返されると、途端に劣勢に陥ってしまう。
冷や汗を滲ませながら、九十九さんの出方を窺う。彼女は《白銀の騎士団長》の効果を使わないという当然の選択肢を取ると、即座にバトルフェイズへと移行する。
「――《黒銀の魔女騎士エリシア》で、そこのユニットを攻撃」
(来る――――っ!?)
《魔女》の一声により、黒い《エリシア》――《魔女騎士》が再び鞘から剣を引き抜く。幾度となく血を吸い、それらが錆びたかのような赤黒い刀身が露わになる。
鎧が擦れる音を置き去りにして、《魔女騎士》が駆け、瞬間移動と見紛う速度で白銀の騎士の一人の眼前に出現する。
その騎士が何か反応を見せる前に、《魔剣》が黒線を作りながら振るわれた。私が一連の動作を認識した時には、犠牲者となった騎士の姿は陽炎のように消えていた。
《魔女騎士》の瞳には、何の感慨も浮かんでいない。
依然としてピンチなことには変わらないが、《魔女騎士》の攻撃はもう終わり――そう私は勘違いしていた。
「――《黒銀の魔女騎士エリシア》の効果発動。このユニットが戦闘で相手のユニットを破壊した場合、連続攻撃が可能となる」
「そ、その効果は――――っ!?」
聞き覚えのあるというレベルではない。元の《白銀の戦乙女エリシア》にも搭載されている効果だった。見た目だけではなく召喚条件も別物になっていたので、元々の効果が残っている可能性は低いと考えていた。
その予想に裏切られるように、九十九さんは平然と《魔女騎士》に二回目の攻撃を命じ、『彼女』はそれに応える。
そこからの光景は、本当に前回までの焼き直し。残っていた一人の騎士も《魔女騎士》に討ち取られ、コントロールを奪われた《白銀の騎士団長》によって追撃を加えられてLPも大きく減少してしまった。
危険域にはまだ至らないとはいえ、私のフィールド上は壊滅状態。その上に手札はゼロ枚。先ほどの最悪の予想が実現してしまう。
九十九さんが薄い笑みを浮かべながらターンエンドを告げて、何とか私のターンが回ってくる。けれども、打てる手段は何も――。
視界はかすみ、心臓の動悸が激しくなる。固く誓ったはずの決意が、ボロボロと音を立てて崩れ落ちていく。
ぼやける視界の先にいた《魔女騎士》と、決して交じり合うはずのない視線が合った気がした。その時の一瞬の仕草が、私にとって何よりも大切な『お姉さん』と重なる。
(……え?)
何かの見間違いかと思い、片手で両目を擦り、もう一度《魔女騎士》を視界に捉えた。『彼女』は変わらずに、《魔女》を守護するように佇んでいる。
(……やはり、ただの気のせい――いえ、何にせよ《エリシア》は私と『お姉さん』との思い出のカード。この『違和感』について追求するのは後回しにするにしても、いつまでも《魔女》の好き勝手にさせておけませんわ)
たとえバトルに負け、他のカードを《魔女》に奪われることになったとしても、《エリシア》だけは取り返すと決意を新たにする。
右手をそっとデッキの上に添える。深く息を吐き出し、胸の内の揺らぎを落ち着かせた。
(――これが最後のドローになりますわ)
捲ったカードを見やる。この時点で、私が逆転勝ちをするのは不可能であると確定してしまう。だが、それでも構わない。
私はそのカード名を高らかに口にした。
「――私はコスト二の『マジック』カード『破邪の聖剣エクソシア』を発動。この効果により、相手フィールド上のユニットを一体選び破壊する。私が指定するのは――」
私の視線が、《魔女騎士》と《魔女》の間で彷徨う。数秒間の沈黙を挟んだ後、私は右手の人差し指を『彼女』へと向ける。
「――《黒銀の魔女騎士エリシア》っ!」
その宣言と同時に、私の両手の中には一本の剣が具現化される。無駄な装飾がないというのに、それが却って厳かな雰囲気を醸し出す。
当然ながら、『レゾナンス・ギア』によって構築された映像であるので、物理的な重さは存在しない。私の手の動きに合わせて、まるで実際に大剣を握っているかのように錯覚させる。
私は《魔女騎士》を見据え、その場で《聖剣》を大きく振り上げる。
「――帰って来てください、《エリシア》っ!」
その言葉とともに、私は《聖剣》を振り下ろした。何も切り裂くこともできないはずの虚構の《聖剣》。しかし、確かに鎖のような何かを断った感触が腕を通して伝わってくる。
九十九さんのフィールド上からは、《魔女騎士》の姿はいなくなっていた。
《聖剣》は未だに光輝いており、まだ自分の役割は終わっていないと主張しているようだ。それに呼応するかのように、懐に仕舞い直した『あのカード』も淡く光を発していた。
(――――っ!?)
これまた目の錯覚としか思えない現象。現に、明らかにこの異変が見えているはずの九十九さんは、何の反応も示さず不気味に微笑むだけ。
しかも一瞬だけ思い浮かべた行為を実践すれば、その瞬間に違反行動と見なされる。そもそも『レゾナンス・ギア』は正常に読み込みすらしないはずだ。
そう分かりきっているのに、私の手や口は勝手に動こう――とした瞬間。耳をつんざくような、機械的な警告音が辺りに響き渡る。
まさかと思い、自分の『レゾナンス・ギア』に目線を向けるも音の発生源ではない。だったら、どこから?
この場で私以外に『レゾナンス・ギア』を所持しているのは――九十九さん。彼女の『レゾナンス・ギア』からけたたましい警告音、違反行動を咎める為のエラー音が鳴っていた。
◆
――うんうん、ここまでは順調順調。……まあ、少しだけ我を忘れてバトルを楽しんでたような気もするけど、終わり良ければ全て良し! ……ちゃんと元に戻っているよね? 今になって不安になってきた……ここは神様――じゃなくて、パンドーラーにお祈りしようっと。
ぱちんと、胸の内で両手を合わせる。
当然のように、『彼女』からの返事はない。
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次回の更新は、27日の19時頃になります。