STAR WARS: STAR DESTROYER   作:あーくわいてんず

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プロローグの時間軸に戻ります。


悪魔

C.R.C. 7945.041.18

 

コルサント――ギャラクティック・シティ。

 

 大広間の向こうで、また誰かがシーアに話しかけていた。

 

 アルドレンはグラスを傾けながら、少し離れたところから息子を眺めていた。十歳になった第三公子は、こうした場での振る舞いを覚えつつある。相手の名乗りを聞き、家名や役職に心当たりがあれば話を合わせる。知らなければ尋ねる。話を遮らず、笑うべきところでは笑う。少なくとも、外からはそう見えた。

 

「随分と慣れたものですな」

 

 隣に立つハロルド・タッグ卿が言った。テパシに古くから所領を持つタッグ家の当主であり、銀河有数の企業家でもある。鉱業から重工業、輸送、食品、金融まで、家の名が付いた事業を挙げ始めれば、それだけで宴席が終わりかねなかった。

 

「慣れさせたからな」

 

「御本人も楽しんでいるように見えますが」

 

「そう見せることも覚えさせた」

 

 ちょうど、シーアと話していた老議員が離れた。息子は笑顔のまま見送ったが、相手の背が人の間へ消えると、肩から力が抜けた。

 

 タッグ卿が小さく吹き出す。

 

「今のは見なかったことにしましょう」

 

「そうしてくれ」

 

 横からセレナが近づき、シーアの襟元を直した。何か囁かれた息子が顔をしかめる。だが、次の客が来る頃には、もう姿勢を戻していた。

 

「エリアドゥのことを聞かれているのですか」

 

「半分はな。ジェダイは本当にあのように戦うのか。防護フィールドの中はどう見えたのか。怖くなかったか」

 

「子供に聞くことではありませんな」

 

「公子に聞いているつもりなのだろう」

 

 アルドレンの声に棘が混じった。

 

 事件について、息子に改めて詳しく話させたことはない。本人が話し始めれば聞いたが、父親から細部を尋ねることはしなかった。共和国司法部もエリアドゥ当局も、必要な範囲の聞き取りは終えている。それ以上を、宴席の話題にする必要はなかった。

 

 新しい客が何かを尋ねかけたところで、セレナが静かに口を挟んだ。彼女が話を引き取り、シーアはグラスのジュースへ目を落とす。

 

 タッグ卿が、少し離れたところにいた少年を呼んだ。

 

「カッシオ。来なさい」

 

 少年は父の声に振り向き、こちらへ歩いてきた。シーアより三つ年上の十三歳で、背もいくらか高い。アルドレンに気づくと、足を止めて礼をした。

 

「公王殿下。初めまして」

 

「初めまして、カッシオ」

 

 礼儀はきちんとしているが、少し肩に力が入っていた。アルドレンは息子を呼んだ。

 

「シーア」

 

 すぐに顔が上がる。隣に少年がいると分かると、シーアは客へ断ってこちらへ来た。先ほどまでより足取りが軽かった。

 

「父上」

 

「タッグ卿と、そのご子息のカッシオだ。来学期から、ロイヤル・アカデミーで同じ学年になる」

 

 シーアはまずタッグ卿へ礼をし、それからカッシオへ向き直った。年齢は違うが、特例入学するシーアにとっては同級生になる。

 

「カッシオ・タッグです」

 

「アレクシアール・ヴァラリアンです」

 

「知っています。今日、ずっと名前を聞いていたので」

 

「カッシオ」

 

 父にたしなめられ、少年は口を閉じた。シーアは少し笑った。

 

「僕もタッグ家は知ってる。会社の方だけど」

 

「……やっぱり」

 

「駄目だった?」

 

「慣れてるよ」

 

 そこで話が途切れた。互いの名は分かったが、次に何を話せばよいかまでは分からない。

 

 シーアが先に口を開いた。

 

「船も持ってるでしょう」

 

「たくさんあるらしいけど、何隻かは知らない」

 

「まだ数は聞いてないよ」

 

「聞きそうな顔をしてた」

 

 シーアは否定できなかった。カッシオが続ける。

 

「帳簿を見れば載ってる。でも、その数だけ動かせるわけじゃないから」

 

「そう。それが知りたい。動かせる方」

 

「それなら、もっと分からない。整備中もあるし、乗員を集めてる船もある。動けても、荷物や契約を待っている船だってある」

 

 シーアは、今度こそカッシオへ身体ごと向き直った。

 

「うちの司法軍基地もそうだった。ドレッドノート級が三隻配属されてるのに、見に行った時、そこから出せるのは一隻だけだったんだ」

 

「残りは?」

 

「一隻は護送に出てて、もう一隻は整備中。三隻いるのは本当だけど、三隻呼べるわけじゃない」

 

「だったら、いつ必要なのかも聞かないと駄目だね」

 

 シーアは一度頷き、それから笑った。

 

「分かる。すごく分かる」

 

 カッシオも、ようやく少し笑った。

 

 タッグ卿がアルドレンを見る。

 

「船で話が合うとは思いませんでした」

 

「私は、それ以外で始まるとは思っていなかった」

 

 少年たちはもう、父親たちを見ていなかった。アルドレンがセレナへ目を向けると、彼女は小さく頷いた。入学前の顔合わせとしては、十分だった。

 

 音楽が変わり、広間の中央で人の流れが動いた。その向こうにヴァローラム最高議長の姿が見える。目が合うと、議長は控えの間の方へわずかに顎を動かした。

 

「もう仕事ですか」

 

 タッグ卿が言った。

 

「らしい」

 

「今夜は祝宴のはずですが」

 

「コルサントの宴会だぞ」

 

 アルドレンは空になったグラスを給仕へ渡した。

 

「仕事をしない方が失礼だ」

 

 

 大広間から二枚の扉を隔てると、音楽はほとんど聞こえなくなった。

 

 小さな書斎に、ヴァローラムとセイ・タリア、パルパティーンがいた。院内調整を担う補佐官たちに加え、財政と司法部門の実務官僚も控えている。祝宴の裏側としては、華やかさに欠ける顔ぶれだった。

 

 卓上に法案が投影されていた。

 

 BR-0371。自由交易区域への課税決議。

 

「明後日の採決にかける文面だ」

 

 ヴァローラムが言った。

 

 アルドレンは文書を送り、最後まで読むと、もう一度最初へ戻った。

 

「司法軍の増強も、航路警備基金もない」

 

「削除した」

 

「救難網は?」

 

「別決議へ回す」

 

 セイ・タリアが修正の経緯を表示した。自由交易区域内の管制と標識設備は別予算へ。武装商船の登録義務は、企業側の反対を受けて支持がまとまらなかった。識別信号の共通規格は委員会へ差し戻され、地方防衛隊と司法軍の補給共通化には、改めて費用の試算が求められている。

 

 財政官僚の説明を聞き終え、アルドレンは議長を見た。

 

「企業の自衛武装についても、何も決めないのか」

 

「今回の決議には入らない」

 

「税だけ残ったわけだ」

 

「そうだ」

 

 短い返事だった。

 

 エリアドゥで協議するはずだったものとは、大きく違っていた。自由交易区域への課税と、企業船舶の自衛武装。その交換を当面の措置として認めながら、得た税の一部を共和国自身の能力へ戻す。警備、救難、管制、税関、登録。企業任せにせずとも航路を維持できるよう、少しずつ整える。

 

 アルドレンが条件として求めたものは、どれも本文に残っていなかった。

 

「企業側から見れば、負担だけ引き受けろと言われたことになる」

 

「分かっている」

 

「それで合意できると思うのか」

 

 ヴァローラムが顔を上げた。

 

「できないから、この文面になった。全部を一つにすれば、全部落ちる」

 

 声に疲れが滲んだ。エリアドゥでの暗殺未遂、取締役会の殺害、進まない捜査。その上で元老院各派との交渉が続いている。議長は、アルドレンが今読み終えたものを、何度も作り直してきたはずだった。

 

「税制だけなら通せる。今なら、な」

 

 アルドレンは文面から目を離した。

 

「今なら、というのは?」

 

 セイ・タリアが別の表示を開いた。今度は条文ではない。議席と、その代表者の所在だった。出席を確認できている者、帰着の予定がある者、まだ確認の取れない者。緑、黄色、灰色に分けられている。

 

 エリアドゥで見た一覧に似ていた。

 

「またか」

 

「採決日の定足数は、成立する見込みです」

 

 セイ・タリアは答えた。

 

「ただし、欠席がこれ以上増えなければ、ですが」

 

「何が起きている」

 

「公式には、各代表団の都合です」

 

 彼女は灰色の欄を拡大した。

 

「デルナ星系では、代表団の出発六時間前に、主要輸出企業が使う貨物枠が停止されました。運航会社は通商連合系列です。タリス・セクターの一代表は、現地政府向け短期信用枠の更新延期を受け、出発を見合わせています」

 

 次の欄には、航路保険料の見直しが記されていた。

 

「四倍?」

 

「危険度評価を変更したそうです」

 

「採決が近づくと、銀河も急に危険になるらしいな」

 

 アルドレンは、その下の星系を指した。

 

「こちらは、代表本人がまだ母星にいる」

 

「派遣承認の再審議です。通商連合との長期輸送契約に及ぼす影響を、確認する必要が生じたと」

 

 アルドレンは黙った。

 

 脅迫と呼ぶのは簡単だった。だが、送られてきた書類には、そう書かれていない。信用の見直し、契約条件の再検討、危険度の再評価。それぞれに商取引上の説明があり、採決との関係は記されていなかった。

 

「一連の動きについて、通商連合側の説明は?」

 

 パルパティーンが尋ねた。

 

「関与を否定しています。むしろ共和国政府が、司法軍の護衛を使って地方代表に投票を強制していると批判しています」

 

「要請を受けて出している護衛だろう」

 

「はい。ですが、彼らはそう述べています」

 

 アルドレンは椅子へ腰を下ろした。

 

「反対票を集めるだけでは、足りないらしい」

 

「定足数を崩せば、賛否を問われずに済む」

 

 ヴァローラムが言った。

 

「エリアドゥでも同じことをした。代表を来させず、会議そのものを止めようとした」

 

 アルドレンは一覧を見続けた。

 

「元老院には、普通に反対してくれる者もいるはずだ。自由交易区域を持つ世界も、企業派も、課税そのものに反対する者もいる」

 

「それでも勝てないと見ているのでは?」

 

 パルパティーンの声は静かだった。

 

「それもあるだろう。だが、遅らせた先で、今より有利になると思っているのかもしれん」

 

「時間を稼いでいる、と」

 

「何かを整えるための時間だ」

 

 セイ・タリアが別の資料へ目を落とした。

 

「新しい取締役会でしょうか」

 

「あり得る」

 

 エリアドゥで空いた席には、ニモーディアンの新任者が入り始めていた。人事とともに企業内部の指揮系統も組み替えられ、新しい契約や警備計画が検討されている。ガンレイが内部を固めるまで、共和国側の決定を待たせたいと考えても不思議ではなかった。

 

「あるいは、彼ら自身が、次に何をするか決めかねているのかもしれません」

 

 パルパティーンが言った。

 

「それなら、まだ話す余地がある」

 

 アルドレンは答えた。誰も、その見通しを保証しなかった。

 

 

 補佐官たちが出席確認の手配へ戻り始めたところで、ヴァローラムが尋ねた。

 

「君は賛成するのか」

 

 アルドレンはBR-0371をもう一度開いた。

 

「気に入らん」

 

「それは分かっている」

 

「エリアドゥで言ったことと逆だ。金を取ると決めて、その金で果たすべき責任は先送りする。ドッドが怒っても、全部を言いがかりとは言えん」

 

 ヴァローラムは待っていた。

 

 アルドレンは、しばらく文面を見つめてから答えた。

 

「賛成する」

 

 セイ・タリアが顔を上げる。

 

「理由を伺っても?」

 

「課税すること自体には賛成だ。足りないのは、その先だ」

 

 アルドレンは出席一覧へ目を移した。

 

「それに、ここで代表を来させないまま決定を止められれば、同じことが繰り返される。契約を切り、融資を止めれば、元老院を開かせずに済むと分かる」

 

「法案への反対と、欠席を強いることは別です」

 

「そうだ。議場に来て、この文面に反対する者へ文句を言うつもりはない」

 

 アルドレンは端末を閉じた。

 

「だが、私は共和国が決められることを残す。その上で、抜けたものを戻す」

 

「簡単に言ってくれる」

 

 ヴァローラムの口元がわずかに動いた。

 

「簡単なら、今夜ここで戻してくれ」

 

「君は本当に――」

 

 議長はそこで言葉を切り、息を吐いた。

 

「いや。いい。司法部門との調整は続ける」

 

「通ったことで終わりにはするな。これは悪い法案だ」

 

「賛成票と一緒に、その言葉も覚えておこう」

 

 パルパティーンが二人を見て微笑んでいた。アルドレンが気づく。

 

「何がおかしい」

 

「公王殿下は、共和国に随分と期待しておられるのだと思いまして」

 

「悪いか?」

 

「いいえ」

 

 パルパティーンは穏やかに答えた。

 

「珍しいだけです」

 

 

 大広間へ戻ると、客は先ほどより増えていた。

 

 音楽と談笑の間を給仕が歩き、あちこちでグラスが触れ合っている。二枚の扉の向こうでは、採決日に代表者を議場へ座らせるため、司法軍の護衛まで手配していた。

 

 アルドレンは息子を探した。シーアはセレナのそばで、また別の客へ挨拶している。少し離れたところにはタッグ家の一行がいた。カッシオが父親の話を聞きながらこちらを見て、シーアも小さく頷いた。

 

 今夜は、それでよかった。アカデミーへ入れば、また顔を合わせる。どのような関係になるかまでは、親が決めることではない。

 

 だが、アルドレンの頭からは、書斎で見た一覧が離れなかった。

 

 誰が来られるのか。誰が来られないのか。その違いを生む融資や輸送契約について、ここにいる大人たちはよく知っている。家名を交わしている子供たちも、いつかは同じものを考えるようになる。

 

 今はまだ、船の話が合う相手を見つけた。それだけで喜んでいればよかった。

 

 

C.R.C. 7945.043.09

 

銀河元老院議場。

 

 定足数は成立した。

 

 最後に出席を確認できた代表団がコルサントへ着いたのは、開会まで二時間を切ってからだった。司法軍の小型艦に護衛されていたという。

 

 別の一代表は、来なかった。母星議会が派遣承認を撤回した。理由の詳細は公表されていない。その星系の主要輸送網を通商連合が握っていることは、議場でも知られていた。

 

 アルドレンはサーティネイニアンの議席から、中央演壇を見た。何層にも並ぶ議席ポッドの奥に、ヴァローラムがいる。前日の審議に続き、今日も議長席に着いていた。疲れを隠しきれていない。

 

「自由交易区域への課税に関する元老院決議BR-0371について、討議を再開します」

 

 発言要求灯が点いた。

 

「通商連合代表、ロット・ドッド議員」

 

 議席ポッドが中央へ進み出た。ドッドは立ったまま、周囲が静まるのを待った。

 

「昨日、この議場に悪魔が立っていました」

 

 ざわめきが広がる。ドッドは声を張り上げなかった。

 

「腐敗という名の悪魔です」

 

 ヴァローラムの表情は変わらない。

 

「通商連合は、エリアドゥで六名の取締役を失いました。我々自身の警備機械が乗っ取られ、我々の代表を殺した。共和国は、彼らを守れなかった」

 

 いくつかの議席で抗議の声が上がったが、ドッドは続けた。

 

「自由交易区域を行き交う我々の船も、十分には守られていません。ネビュラ・フロント、海賊、武装略奪者。襲撃のたびに、乗員と積荷と船が失われている。エリアドゥで我々が求めたものは、特権ではない。自分たちを守る権利です」

 

 アルドレンは腕を組んだ。その必要があることは、彼も認めていた。

 

「ところが、今日、共和国が示す答えは何か」

 

 ドッドの横にBR-0371の文面が浮かんだ。

 

「税です。防衛も、救難も、護衛の拡充もない。我々の自衛能力についての合意さえ、この決議には含まれていない」

 

 ここで初めて、声が強くなった。

 

「税金だけを取り、我々の船が襲われた時には、自分で何とかしろと言う!」

 

 通商連合に近い議席から拍手が上がった。その数は、アルドレンが予想していたより多かった。

 

「これは妥協ではありません。共和国中枢が、アウター・リムから富だけを取り上げるための決議です!」

 

 別の方向で発言要求灯が次々と点く。議長が、その中の一つを認めた。

 

「ブレンタール代表」

 

 新たな議席ポッドが進み出た。代表はドッドの方を見た。

 

「通商連合は、自由な交易と活動、自らを守る自由を求めている。そう受け取ってよろしいか」

 

「その通りです」

 

「ならば、私も自由について話しましょう」

 

 代表は議場全体へ向き直った。

 

「アウター・リムのために」

 

 アルドレンが顔を上げた。

 

「共和国市民として活動する自由を奪われた者のために。政治的な権利を行使できなくなった者のために。自分たちの港を使うにも、商品を出すにも、融資を受けるにも、事実上、一企業体の許可を求めなければならなくなった者のために」

 

 通商連合の議席で、随員がドッドへ何か囁いた。

 

「そして、飲み込まれたすべての人々のために」

 

 ブレンタール代表は再びドッドを見た。

 

「そう。通商連合によって」

 

 抗議が一斉に起こった。

 

「侮辱だ!」

 

「撤回を要求する!」

 

「事実無根だ!」

 

 ヴァローラムが議事制御音を鳴らした。

 

「静粛に!」

 

 怒号はすぐには収まらなかった。それでも、発言の要求が記録され、撤回要求は手続きに乗せられていく。議長が順番を指定すれば、代表は自分の番を待った。

 

 元老院の手続きは動いていた。アルドレンが不気味に感じたのは、その中で拍手と抗議の出る場所が揃い始めていることだった。

 

 コアの一部、主要航路の世界、司法軍の増強や中央政府の権限拡大を求める代表。その向こうには、自由交易区域を持つ世界や、企業への依存が強い星系、通商連合と取引の深い代表がいる。

 

 すべてが二つに分かれたわけではない。だが、以前なら争点ごとに変わった組み合わせが、別の話題へ移っても残っていた。

 

 課税の話が、航路警備へつながる。企業武装が自治権と結びつき、銀行融資の話になると、また同じ議席から拍手が起こる。

 

 誰が何を言ったかと同じくらい、誰がそれに応じたかを、皆が見ていた。

 

 

 採決に移ると、アルドレンの前に三つの選択肢が表示された。

 

 賛成。反対。棄権。

 

 指が一瞬止まった。

 

 エリアドゥで提案したものから、共和国が引き受ける仕事だけが抜け落ちている。ドッドの演説には誇張もあったが、この決議に護衛の拡充が含まれていないことは事実だった。

 

 文面は、一昨夜から変わっていない。

 

 アルドレンは賛成を選んだ。

 

 各議席から票が集まり、表示の数字が動く。集計が終わると、ヴァローラムが結果を読み上げた。

 

 BR-0371、可決。

 

 拍手が起こった。反対側では、すでに端末へ指示を打ち込んでいる者がいた。

 

 ロット・ドッドは何も言わず、自分の議席へ戻っていった。中央演壇のヴァローラムも、勝者の顔はしていなかった。

 

 

 午後、ホロネットは採決の映像を繰り返し流した。

 

『自由交易区域への課税を定めるBR-0371が、本日、銀河元老院で可決されました。フィニス・ヴァローラム最高議長にとって、エリアドゥ・サミットの中止後、重要な法案の成立となります』

 

 アンカーの背後に投票結果が映り、続いて元老院議場とエリアドゥの映像へ切り替わる。通商連合の取締役たちが座っていた区画は、捜査員に囲まれていた。

 

『一方、エリアドゥで税制と併せて協議される予定だった企業船舶の自衛権拡大、共和国側の航路警備、救難・管制能力の拡充は、今回の決議に盛り込まれていません』

 

 ロット・ドッドの演説が再生された。

 

『税金だけを取り、我々の船が襲われた時には、自分で何とかしろと言う!』

 

 次に映ったのは、武装護衛艇を伴う貨物船だった。

 

『通商連合は決議を一方的なものと非難し、加盟企業と取引先星系の安全を確保するため、新たな措置を検討するとしています。関係企業では、護衛船舶や警備ドロイドの追加発注が相次いでいます』

 

 共和国司法軍のドレッドノート級が画面を横切った。

 

『共和国側でも、主要ハイパーレーンへの巡察部隊増派を求める声が強まっています。複数の星系政府は、司法部門との個別警備協定について協議を始めています』

 

 画面の下にも、関連する速報が流れていた。

 

 通商連合加盟企業に対する警備設備融資枠の拡大。司法軍への港湾施設提供を決めた星系政府。包括輸送契約を更新した別の世界。司法軍の護衛がある航路と、それ以外を区別する、新しい保険料率。

 

 造船企業の株価は上がり、警備ドロイドの製造業者へ大型注文が入った。

 

 それぞれは、契約と予算と発注のニュースだった。

 

 

『これは、かなりまずいですね』

 

 続く討論番組で、老いた経済学者が言った。

 

 司会者が聞き返す。

 

『税制が、ですか?』

 

『税率だけの問題なら、数字を交渉できます。私が気にしているのは、その周囲で起きていることです』

 

 銀河地図が表示された。老人は一つの星系を示した。

 

『ある世界が通商連合系の金融機関から金を借り、別の会社へ輸送を頼み、共和国司法軍へ航路の警備を求める。これまでも政治的な影響はありましたが、それぞれの条件を比べ、別々の相手を選ぶことはできた』

 

 地図に、いくつかの線が伸びる。

 

『ところが、融資と輸送と警備が一組になればどうでしょう。融資の条件として輸送会社が決まり、その会社を守る艦が港へ来る。保険も、その警備体制を前提に組まれる』

 

『一括して契約する方が、有利な場合もありますね』

 

『もちろんです。だからこそ、選ばれる。ただ、その港へ共和国の司法軍を置こうとした時、残りの契約がどうなるかまで考えなければならなくなる』

 

 別の星系が光った。

 

『一方では、司法軍の駐留を受け入れ、共和国側の検査や識別手続きに設備を合わせる港が増える。取引先に同じ仕組みを求めるようになれば、こちらにもまとまりができます』

 

『経済圏が分かれる、ということでしょうか』

 

『まだ、そこまで進んだとは言っていません。同じ世界が両方と取引するでしょうし、一夜で契約が切れるわけでもない』

 

 老人は地図を見た。

 

『ですが、誰から金を借りるか、誰に荷物を運んでもらうか、誰に守ってもらうか。その答えが、別の答えまで決めるようになりつつある』

 

 司会者は続きを待った。

 

『商売の相手を一つ選ぶたびに、政治的な立場まで選ばされる。それが、私の心配していることです』

 

 

 ヴァラリアン邸では、遅い昼食の間もホロネットがついていた。

 

 シーアは皿の上の食べ物を口へ運びながら、時折画面を見上げていた。隣にはエレナがいる。アルドレンは二人の向かいで、別の端末に届いた書類を読んでいた。

 

『通商連合は加盟企業に対し、船舶の警備体制を再検討するよう求める通達を――』

 

「父上。話してた法案、通ったんだよね」

 

「ああ」

 

「でも、全部じゃないの?」

 

 アルドレンは端末から顔を上げた。

 

「税の部分だけだ」

 

「司法軍の船を増やす話も、救助するところを作る話も、入ってないって言ってた」

 

「そうだ。管制や船の登録も、今回は入らなかった」

 

 シーアは食器を置いた。

 

「じゃあ、お金を取る方が先なんだ」

 

「今のところはな」

 

「変じゃない? 取るなら、ちゃんと守らないといけないって言ってたでしょう」

 

 アルドレンは書類を閉じた。息子は、その言葉を覚えていた。

 

「ああ。だから、この形にしたくはなかった」

 

「父上も反対したの?」

 

「賛成した」

 

 シーアの眉が寄った。エレナもこちらを見ている。

 

「変だと思ってるのに?」

 

「共和国が課税すると決めること自体は、必要だと思っている。集めた金で何を引き受けるのかも、一緒に決めたかった。それはできなかった」

 

 シーアは少し考えた。

 

「でも、お金は取るんでしょう」

 

「そうだ」

 

「じゃあ、後のことはいつ決めるの?」

 

「これから働きかける」

 

「まだ決まってないんだ」

 

 アルドレンは頷いた。息子の疑問はもっともだった。後で直すと決めたのは自分であって、それができると元老院が約束したわけではない。

 

「政治って変ですね」

 

 エレナが先に言った。

 

「うん。かなり」

 

 シーアも頷く。アルドレンは小さく息を吐いた。

 

「そこは、何年やっても変わらんな」

 

 画面では再び銀河地図が映っていた。共和国司法軍の巡察航路が青く、通商連合の主要な輸送契約網が橙色で示されている。同じ星系を通る線もあれば、別々の方向へ伸びる線もあった。

 

 シーアは説明を聞き、重なっている場所を目で追った。

 

「通商連合の船を、司法軍が守ることもあるでしょう」

 

「ある。あの図でも、同じ航路を使っているところがあるな」

 

「じゃあ、青い方にも通商連合の船はいる」

 

「そうだ」

 

 エレナが画面へ少し身を寄せた。

 

「でも、これだと別々の場所みたいに見えます」

 

 シーアは頷いた。

 

「同じ共和国なのに」

 

 アルドレンは地図を見た。

 

 通商連合の代表は、今日も共和国元老院に座っていた。共和国の企業は、その船へ商品を預けている。共和国クレジットで代金が送られ、襲撃を受ければ司法軍も救難信号を受ける。

 

 船の行き先が、今日から急に変わったわけではない。昨日と同じ港へ入り、昨日と同じ積荷を降ろしている。

 

 だが、次に契約を更新する時は、相手がどの警備を受け入れ、どの規格に従い、元老院で誰を支持するのかまで問われるのかもしれない。その一つのために、残りも選び直すことになる。

 

 シーアは、同じ星系へ伸びる青と橙の線を見比べていた。

 

 銀河を結んできた航路は、まだそこにある。

 

 それが、誰と誰を分ける線にもなるのか。アルドレンには、二つの色を眺める息子へ、簡単に答えられなかった。

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