STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
C.R.C. 7945.114
コルサント、フェデラル・ディストリクト
ナブー危機は、あっさり終わった。
少なくとも、コルサントから眺めている限りでは、そう見えた。
最高議長府が送り出した二人のジェダイと通商連合との交渉は成立せず、ナブーは占領された。星系を脱出したパドメ・アミダラ女王はコルサントへ到着し、元老院で共和国の介入を求めた。
元老院は調査を求めた。女王は待たなかった。フィニス・ヴァローラム最高議長への不信任動議を提出し、そのままナブーへ戻った。
それから数日後、テードは奪還された。通商連合のドロイド軍は停止し、ヌート・ガンレイは拘束された。上空の封鎖艦隊も退き始めている。
クワイ=ガン・ジンは死んだ。オビ=ワン・ケノービは生還した。
その名前が読み上げられた時、シーアはニュースを見たまま動かなかった。エリアドゥで話した声を、まだ覚えていた。隣にいたオビ=ワンの表情も。画面は、すぐに別の話題へ移った。
封鎖をどう解除するのか。司法軍をどこまで動かせるのか。最高議長に何の権限を与えるのか。元老院が議論していた問題の多くは、答えが出るより先に、現地で終わっていた。
残ったのは後始末だった。
通商連合への処分。封鎖と占領による損害。運航を止めた船会社と、支払いを巡って揉め始めた保険契約。交易路課税も、企業武装も、司法軍の問題も残っている。
事件が終わった途端、事件の最中よりも多くの人間が、何が問題だったのかを説明し始めた。
そして、ヴァローラムは最高議長ではなくなった。
代わって選ばれたのは、つい数日前までナブー選出議員だったシーヴ・パルパティーンだった。ホロネットの肩書きが変わるのは早かった。《ナブー選出議員》だった表示が、《銀河共和国最高議長》へ置き換わっていた。
シーアは、何度も見た顔の下にある新しい肩書きを眺めた。
共和国で一番大きな椅子でさえ、数日のうちに座る人間が変わる。画面の中では、それは文字を入れ替えるだけのことだった。
* * *
ヴァローラムと会ったのは、その日の午後だった。
アルドレンに連れられて元老院議事堂へ来ていたシーアは、執務区画へ続く回廊で、向こうから歩いてくる男を見つけた。本人だと気づくまでに、少し時間がかかった。
服装はほとんど変わらない。姿勢も、歩き方も同じだった。違っていたのは、周囲にいる人の数だった。
以前なら、何人もの秘書官が続き、前方を護衛が確認していた。今日は随員が少ない。廊下の端では、職員が保管箱を反重力カートへ積んでいる。開いた箱の上に、私物らしい本が何冊か見えた。
「ヴァローラム議長」
シーアが呼ぶと、父が小さく言った。
「今は前議長だ」
「あ」
ヴァローラムが顔を上げた。一瞬驚いたようだったが、すぐに笑った。
「構わないよ。昨日まではそうだった」
アルドレンが足を止め、軽く頭を下げた。
「お疲れさまでした」
「君にそう言われると、本当に終わったように聞こえるな」
「終わったのでしょう」
「昔から慰めるのが下手だな、アルドレン」
「慰めているつもりはありませんから」
「それも昔からだ」
シーアは二人を見比べた。父は、いつもの政治家相手とは少し違う話し方をしていた。敬語を使っていても、遠慮しているようには聞こえない。ヴァローラムの方も、それを気にしていなかった。
「ナブーのニュースは見たかね」
こちらを向いた前議長に、シーアは頷いた。
「はい」
「どう思った?」
少し迷った。大人にそう訊かれると、何か正しい答えを探したくなる。だが、ヴァローラムは答え合わせを待っている顔ではなかった。
「共和国が決める前に、終わりました」
「……そうだな」
「議長は、何もできなかったんですか?」
アルドレンがこちらを見た。訊き方が悪かったのかもしれない。シーアが言い直す前に、ヴァローラムが答えた。
「何もしなかったわけではない。ジェダイを送った。ナブー政府と連絡を取り、司法軍を待機させた。元老院にも働きかけた」
「でも、占領されるのは止められなかった」
「ああ」
短い返事だった。
権限が足りなかった。元老院が遅かった。通商連合が悪かった。もっと長く説明するのだと思っていた。ヴァローラムは何も付け足さず、保管箱を載せたカートが通り過ぎるのを待った。
「何かをしたことと、必要なところへ届いたことは同じではないんだ、シーア」
シーアは黙って聞いた。
「エリアドゥで、船が来れば共和国も来られるのか、と訊いたそうだな」
父を見上げる。
「話したの?」
「少しな」
「勝手に」
「秘密にしろとは言われていない」
ヴァローラムが小さく笑った。
「私も、考えさせられたよ」
「船だけじゃ足りないって、父上は言いました」
「ああ。船を行かせると決めるところまで、含めてな」
「それは、ターキン閣下も言ってました。どこまで戦っていいか、決めておかないといけないって」
「その通りだ」
シーアは、封鎖が始まった日の昼食を思い出した。用意のできた船があっても、それだけでは出せない。命令の範囲も、補給も、相手が退かなかった時のことも決めなければならない。
その話は聞いた。けれど、誰が決めるのかと考えると、やはり最高議長の顔が浮かんでいた。
「議長が、行かせるって言っても?」
「任務による。私だけで命じられることもあれば、元老院の承認が必要なこともある」
「みんなの答えが違ったら、船は待つんですね」
「そういうことになる」
シーアは、通り過ぎたカートの方へ目を向けた。箱を運ぶ職員は、もう次の部屋へ入ろうとしている。
「それって、船がないより直すのが難しそう」
ヴァローラムが少し眉を上げた。
「なぜ?」
「船がなければ、造るとか、直すとか、借りるとか。何をすればいいかは分かるでしょう。でも、みんな違うことを言ってる時は、どこを直せばいいのか分からない」
アルドレンは何も言わなかった。
ヴァローラムは、しばらくシーアを見てから頷いた。
「造ると決めるところから、意見が分かれることもあるがね。君の言いたいことは分かる」
「議長を替えたら直る?」
「さて。それは次の最高議長に訊くべき質問だろう」
「パルパティーン議員」
「最高議長だ」
「あ」
「私もまだ慣れない」
シーアは少し考え、もう一つ訊いた。
「悔しいですか?」
「シーア」
今度は父が名前を呼んだ。ヴァローラムは片手を上げた。
「構わない。もちろん、悔しいよ」
ためらいのない答えに、シーアの方が驚いた。
「だが、だからといって、パルパティーン議長が失敗すればいいとは思わない」
「そう思いたくならない?」
「なるかもしれないな。だが、彼が失敗すれば困るのは、共和国だ。私だけの話では済まない」
シーアは顔を上げた。
「それでも、嫌なのは嫌でしょう?」
「嫌だよ」
また即答だった。
「嫌であることと、どうするべきかは別だ」
シーアには、まだ上手く分けられる気がしなかった。けれど、今そう答えた人の顔は、覚えておこうと思った。
ヴァローラムが一度アルドレンを見てから、話題を変えた。
「もうすぐ学院だったな。ロイヤル・アカデミーに入ると聞いた」
「はい」
「十歳で?」
「……みんなそれ言う」
「珍しいからな」
「僕が年齢を決めたわけじゃないのに」
「それは学院に言ってやるといい」
ヴァローラムは笑い、少しだけ声を落ち着かせた。
「たくさん学びなさい。共和国のことも。特に、教科書に書かれている共和国と、実際に動いている共和国の違いを」
「教科書は違うんですか?」
「読んでみれば、比べられるだろう」
アルドレンが口元を緩めた。
「随分と厄介な宿題を出しますな」
「もう私の仕事ではないからね」
「無責任だ」
「今日くらいは許してくれ」
回廊の向こうから、職員がヴァローラムを呼んだ。彼はそちらへ頷き、二人へ向き直った。
「行かなければ。次に会う時には、共和国について、もっと詳しくなっているかな」
「今でも少しは知ってます」
「そうだったな。だから、教科書を読むのも面白いと思うよ」
軽く会釈すると、ヴァローラムは歩いていった。
シーアは、しばらくその背中を見送っていた。
「父上。ヴァローラム議長――じゃない。ヴァローラムさんは、失敗したの?」
アルドレンは、息子の横で足を止めたまま答えた。
「ナブーの占領は止められなかった。地位も失った。そのことを失敗と呼ぶ者は多いだろう」
「父上は?」
「彼が送り出したジェダイも、ナブーを取り戻すために働いた。議長が替わっても、その事実は消えない」
シーアは、もう一度回廊の先を見た。ヴァローラムの姿は、角の向こうへ消えていた。
「じゃあ、一つじゃないんだ」
「何を答えにするかで、見なくなるものもある。共和国史を読む時には覚えておけ」
「父上まで宿題?」
「ちょうどいい。二つになった」
「ヴァローラムさんと似てるよ」
「それは困るな」
そう言いながら、アルドレンは少しだけ笑っていた。
* * *
ナブー危機から日が経つにつれ、コルサントでは事件を過去形で話す人間が増えていった。
ヴァローラム政権はなぜ終わったのか。新政権は何を変えるのか。通商連合の権限と武装船団をどう扱うのか。司法軍を増強すべきか。交易路課税は維持すべきか。
危機の最中には誰にも分からなかったことを、終わった途端、最初から分かっていたかのように説明する人もいた。
朝のホロネットでは、前日に司法軍の増強を求めていた解説者が、過度な軍備拡張は共和国の理念に反する、と話していた。
シーアは食事の手を止めた。
「昨日と違う」
セレナが茶を注ぎながら画面を見た。
「何がです?」
「この人。昨日は増やさないと駄目って言ってた」
「どのくらい増やすと言っていましたか」
「そこまでは言ってなかった」
「でしたら、今日の話だけでは、違うかどうか分かりませんね」
シーアは画面へ向き直った。解説者は、必要な警備力を整えることは重要だが、無制限な拡張には慎重であるべきだ、と続けていた。
「じゃあ、何隻ならいいんだろう」
「そこまで聞いてから、ご判断なさい」
だが、船の数が出る前に、番組は次の話題へ移ってしまった。
シーアが不満そうな顔をすると、セレナはパンの皿を少し近づけた。
「その前に、お食事を」
コルサントの日常は、戻り始めていた。
ナブー航路の運賃は下がり、旅客便も順次再開した。保険会社は今回のような事態を約款のどこへ含めるか、条件を見直していた。フィナンシャル・ディストリクトの巨大表示からも、ナブーの文字が少しずつ減っていった。
船は来て、また出ていく。ニュースを見る時間が減り、シーアの端末にも、学院からの案内が増えた。
危機の後始末は続いていたが、それを毎日確かめなくても、一日は過ぎるようになっていた。
* * *
C.R.C. 7945.198 コルサント中央宇宙港
サーティネイニアン公王家の外交船が、指定された駐機区画へ降りた。
ナブー危機の最中なら、その進路や任務を確かめに来る記者もいたかもしれない。今日は、中継艇が近づいてくることもなかった。首都には毎日、王族も大使も企業代表も到着する。
搭乗口が開き、随員たちが降りた。その後から、サーティネイニアン第一公子、アウレリアン・ヴァラリアンが姿を現した。
今回の上京は、表敬訪問だけのためではなかった。サーティネイニアン政府の任命を受け、父アルドレンに代わって元老院議員を務めることになっていた。
* * *
シーアは、ヴァラリアン邸の玄関ホールで落ち着かずにいた。
「座ってお待ちになったらどうです?」
セレナに言われ、窓から顔を離した。
「待ってない」
「では、何をご覧になっているのですか」
「交通」
「邸宅へ入ってくる車だけを?」
「ここからだと、よく見えるから」
「そうですか」
それ以上は追及されなかった。だが、口元が少し笑っている。
「今、笑った」
「交通をご覧になっていたのでは?」
シーアは窓へ戻った。
アウレリアンとは、通信なら何度も話していた。けれど、直接会うのは久しぶりだった。ホログラム越しでは、前に会った時より大きくなったと言っても、よく分からないと返される。同じ部屋にいるのとは違った。
エアスピーダーが玄関前へ降りる音がした。
シーアは窓を離れた。走りはしなかった。もう十歳で、学院にも入るのだから、普通に迎えればいい。ただ、少し早足にはなった。
使用人たちが扉を開き、随員が二人入ってきた。その後ろから現れた兄が、シーアを見つけて足を止める。
「久しぶりだな、シーア」
「……お久しぶりです、兄上」
ちゃんと言えた。
アウレリアンは弟を上から下まで見た。
「背が伸びたか?」
「伸びました」
「そうか。前に会った時と、あまり――」
「伸びました」
兄が笑った。
「分かった。伸びたんだな」
「本当に」
「信じている」
「今、笑ったでしょう」
「信じながら笑うこともある」
アウレリアンが腕を伸ばした。
シーアは一瞬迷った。抱きつくような年齢ではない、と思った。だが、兄の方から肩を抱かれてしまうと、離れる理由もなかった。
「元気そうだな」
「兄上も」
「私は疲れている」
「元気じゃないじゃん」
「長い旅だったからな。座らせてくれれば、少しはよくなる」
シーアはようやく身体を離し、兄と一緒に奥へ歩き出した。
アウレリアンは記憶にあるより、父に似ていた。顔そのものより、入ってきた時に人の位置を確認するところや、使用人から端末を受け取る時の仕草が似ている。見ていると、兄が気づいた。
「何だ」
「父上に似てきた」
眉が寄った。
「それは褒めているのか?」
「分からない」
「なら、もう少し考えてから言え」
「父上にも言おう」
「やめろ」
後ろでセレナが咳払いをした。シーアが振り返る前に、彼女は随員へ客室の準備が整っていることを伝えていた。
「元老院の仕事、全部引き継ぐの?」
シーアが訊いた。
「ああ。父上には、本国へ戻っていただく」
「大変そう」
「予定表は、もう埋まっている」
「入学の日も?」
「その朝は空けてある」
シーアは兄を見た。
「父上が?」
「私が」
「来てくれるの?」
「そのために空けたんだろう」
アウレリアンはそう言って、シーアの肩を軽く押した。
「だから今日は、少し休ませろ」
父と交代するために来たことは、前から聞いていた。けれど、学院へ一緒に来てくれるとは聞いていなかった。シーアはそれ以上訊かず、兄と並んで廊下を歩いた。
* * *
それからしばらく、父と兄は同じ執務室にいることが多かった。
サーティネイニアン代表部の職員との打ち合わせ。継続中の案件。関係委員会と他星系の議員への紹介。新最高議長への表敬にも、最初は二人で出かけていった。
シーアが部屋の前を通ると、聞き覚えのある言葉が出てくることがあった。交易路課税。司法軍。航路警備。ナブーの封鎖は終わっても、父が持ち込んだ仕事まで片づいたわけではなかった。
やがてアウレリアンの代表権が元老院で確認され、サーティネイニアンの議席には、兄が座るようになった。アルドレンは議員職を息子に引き継ぎ、公王として本国へ戻る準備に入った。
出発の朝、シーアは再び玄関ホールにいた。
今度は、誰かが来るのを待っているのではなかった。父の荷物を積んだカートが、玄関から運び出されていく。
「入学の日まで、いられないの?」
アルドレンは受け取った上着を腕に掛け、息子を見た。
「本国でも待たせている。元老院の仕事は兄上に任せた」
「通信じゃ駄目なの?」
「通信で済ませてきたことも多い。だが、いつまでもそうしているわけにはいかん」
シーアは頷いた。自分が行ったことのある宮殿や宇宙港を思い出す。父の仕事は、コルサントだけにあるのではなかった。
「次は、いつ来る?」
「まだ決めていない」
「そっか」
アルドレンは一度アウレリアンを見た。
「こちらは頼む」
「はい」
「僕のこと?」
シーアが訊くと、父は口元を少し動かした。
「お前のこともだ。学院で困ったことがあれば、兄上に相談しろ。私にも連絡していい」
「忙しいでしょう」
「忙しいかどうかは、連絡してから訊け」
父は空いている手をシーアの肩へ置いた。
「最初の日が終わったら、どんなところだったか聞かせてくれ」
「……うん」
アルドレンは二人に見送られ、待っていたエアスピーダーへ乗った。宇宙港には、帰国のための外交船が用意されていた。
父がいなくなったあとも、邸宅の執務区画には明かりがついた。代表部の職員は同じ時刻に来て、届く書類も減らなかった。ただ、最後に確認する人が兄へ変わっていた。
アウレリアンは朝早く邸宅を出て、シーアが眠ったあとに帰る日もあった。それでも、顔を合わせる時間は取れた。
ある晩、部屋にいると聞いたシーアは、学院から届いた履修案内を持って兄を訪ねた。
「兄上」
「ノックはしたか」
「した」
「返事は待ったか」
シーアは、既に開けてしまった扉を見た。
「……次は待つ」
「そうしてくれ」
アウレリアンは読んでいた資料を閉じ、向かいの椅子を示した。シーアは腰を下ろすなり、端末を差し出した。
「多くない?」
兄が一覧を読む。共和国史、基礎法学、行政制度、経済。数学、統計、自然科学、言語、論理学。それに基礎航法と、いくつかの選択科目が並んでいた。
「普通だろう。ロイヤル・アカデミーだぞ」
「航法が少ない」
「それで、多すぎると言っているのか」
「もっと船の授業があると思ってた」
「専門課程に進んでからだ。まず、その一覧をやれ」
「三年後か」
シーアは端末を取り返し、履修案内をもう一度開いた。科目の名前を見ているうちに、気になっていた別のことが口から出た。
「やっぱり、早い?」
「何が」
「僕が入るの」
アウレリアンは、すぐには答えなかった。
「勉強の話か?」
「……みんな、十三歳でしょう」
「基本的にはな」
「同じ制服でも、僕だけ子供っぽく見えない?」
「見えるだろう」
シーアは兄を見た。
「そこは否定してよ」
「十歳なのに、十三歳に見えると言うのか?」
「そうだけど」
端末を膝へ置いた。
「みんなに子供扱いされるのは嫌だ」
「ある程度は、されると思う」
「じゃあ、どうしたらいいの」
アウレリアンは弟の顔を見た。いつもの言い合いを続けたいわけではないと、分かったらしかった。
「無理に十三歳のふりをするな」
「それじゃ、余計に子供扱いされる」
「何が一番嫌なんだ?」
シーアは、膝の上の端末へ目を落とした。
年下だと分からないようにしたいわけではない。背を比べれば、すぐに分かる。リヴィアにもカッシオにも、年齢は知られている。
「同じ生徒なのに、僕だけ違うみたいになる」
ようやく言うと、アウレリアンは頷いた。
「年齢は違う。だが、学院がお前を入れると決めたのも事実だ。同じ生徒として通うことになる」
「分かってるけど」
「十歳のお前を入れると決めたんだ。十三歳らしく見せなければ、入れてもらえないわけじゃない」
シーアは少し黙った。
「兄上は、十歳で入ってないでしょう」
「ああ。だから、分からないこともある」
顔を上げた。もっと簡単に、大丈夫だと言われるのだと思っていた。
兄は、履修案内へ視線を落とした。
「ただ、知らないことを知っているふりで済ませるな。それは何歳でも同じだ」
「授業で?」
「授業でも、それ以外でも。分からなければ聞け。手が届かなければ取ってもらえ。迷ったなら、行き先を訊けばいい」
「子供扱いされるかも」
「されたくないからといって、困ったままでいる方がいいか?」
シーアは答えなかった。兄の言っていることは分かる。リヴィアに街を案内してもらった時も、自分だけでは行き先が分からなかった。それでも、年下だから仕方ない、と言われるのは嫌だった。
「兄上は、入ってもいいと思う?」
アウレリアンがこちらを見た。
「学院は、いいと判断したんだろう」
「兄として」
今度は少し長い間があった。
「心配はしている」
シーアの眉が寄った。
「大丈夫って言うところじゃない?」
「嘘を言ってどうする」
「反対なの?」
「違う」
声が少し柔らかくなった。
「心配だから行かせない、という話ではない。お前は行きたいんだろう」
シーアは頷いた。
「なら、行ってこい。困ったら帰ってこい」
「簡単に言うね」
「帰る場所を難しくする必要があるか?」
シーアは返事をしなかった。
父なら、何に困ったのかをまず訊くだろう。どうすればよかったのか、自分で考えさせるかもしれない。兄は、帰ってきていいと先に言った。
「父上なら、もっと何か言う」
「通信でも言うだろうな」
「兄上も?」
「内容による」
「さっきと違う」
「話を聞かないとは言っていない」
シーアは少し笑った。兄も口元を緩め、膝の上の端末を指した。
「それで、ほかに分からないことは?」
履修案内へ目を戻すと、まだ読んでいない項目がいくつも残っていた。
「選択科目。これ、全部取っていいの?」
「時間割を見ろ」
シーアは表示を切り替えた。
その晩は、もう少しだけ兄の部屋にいた。
* * *
C.R.C. 7945.220.08 コルサント、ロイヤル・アカデミー
入学の日は、思っていたより早く来た。
ロイヤル・アカデミーの正門前には、多くの人が集まっていた。新入生と保護者、学院職員、使用人、警備員。送迎のエアスピーダーが降りるたびに、制服姿の生徒が増えていく。
共和国各地から集まった生徒たちは、種族も服装も、付き添っている人の数も違った。社交会で見た顔もあったが、知らない顔の方がずっと多い。
そして、ほとんどの新入生が、シーアより大きかった。
十三歳。三つ上。何度も確かめた数字だった。同じ制服を着て並ぶと、その違いがよく分かった。
「……大きい」
思わず言うと、アウレリアンが隣で笑った。
「今さらか」
「知ってたけど」
「カッシオたちと同じくらいだろう」
「こんなにいっぱい、いなかった」
セレナが襟へ手を伸ばした。
「少し、動かないでください」
「昨日も合わせたでしょう」
「今、曲がっているのです」
シーアは顎を上げた。襟元を直されている間に、また一組、親子らしい二人が通り過ぎる。
「兄上、何か言って」
「よく似合っている」
「そっちじゃなくて」
「終わるまで、じっとしていろ」
「二人とも同じ側だ」
セレナが手を離した。
「はい。これで結構です」
シーアは正門の向こうを見た。
古い石造建築を基部に、何度も増改築された学院施設が広がっていた。講堂、教室棟、図書施設、実習棟。奥には、まだ用途の分からない建物も見える。
クアットの造船所ほど大きくはない。元老院議事堂ほど巨大でもない。それなのに今日は、そのどちらよりも入りにくかった。
「緊張しているか?」
アウレリアンが訊いた。
「してない」
「そうか」
兄がそれ以上何も言わないので、シーアは少しして付け足した。
「……少しだけ」
「そうか」
「笑わないの?」
「笑ってほしいのか」
「別に」
門の先では、学院職員が新入生の名前を確認していた。付き添ってきた大人たちは、そこで別の案内を受けている。
ここから先は、セレナがすぐ後ろについてくる場所ではない。分からないことがあっても、振り向けば父や兄がいるわけではなかった。
「今日、帰ったらいる?」
「夕方には戻るつもりだ。遅れる時は連絡する」
「そっか」
「父上にも、今日の話を聞かせるんだろう」
「うん」
「なら、その前に私にも聞かせてくれ」
シーアが正門へ目を戻すと、頭に手が置かれた。
「髪、崩れる」
アウレリアンは一度だけ撫で、手を離した。セレナが見ていたが、今度は直そうとしなかった。
「行ってこい、シーア」
兄は、それだけ言った。
シーアも、言おうと思っていたことを探すのをやめた。
「行ってきます」
正門を通ると、内側から名前を呼ばれた。
「シーア!」
顔を向ける。同じ制服を着たリヴィアが、通路の脇に立っていた。見慣れた顔だったが、制服姿は初めてだった。
「リヴィア」
「受付、こっちだよ」
シーアは案内表示を見上げた。正面は講堂への通路で、新入生受付はその手前を曲がるらしい。
「先に受付なんだ」
「案内、読んだ?」
「読んだよ。場所がよく分からなかった」
言ってから、兄の言葉を思い出した。リヴィアは特に笑わず、端末の案内図をこちらへ向けた。
「ここ。名前を確認したら、講堂へ行くの」
「ありがとう」
「今日は私の方が先に来たからね」
そう言うと、リヴィアは歩き出した。
シーアは一度だけ振り返った。門の外にアウレリアンとセレナがいる。兄が片手を上げ、シーアも同じように返した。
前へ向き直り、リヴィアの横に追いついた。
共和国について分からないことがあれば、これまでは父に訊いた。ターキンに訊いた。ホロネットを見て、船を見て、街を歩いた。自分が見ていない場所で起きたことは、誰かの説明を聞いた。
今日からは、そのために通う場所が一つ増える。
「リヴィア。最初の授業って、何だっけ」
「共和国史。今日はその前に、入学式でしょう」
「それは覚えてる」
「ならいいけど」
シーアは、講堂へ向かう生徒たちを見た。
「どこからやるんだろう」
「何を?」
「共和国史。ルーサンより前?」
「共和国の成立からなら、ずっと前でしょう」
「長そう」
「共和国なんだから」
リヴィアはそう答え、受付の列へ並んだ。
シーアもその後ろについた。前にいる生徒の肩越しに、名簿を確認する職員が見えた。列は少しずつ進んでいる。
ヴァローラムから出された宿題を思い出した。教科書に書かれた共和国と、実際に動いている共和国の違い。
まだ読んでいない教科書の中に、何が書いてあるのか。それを確かめてからでなければ、宿題にも答えられなかった。
構内に、鐘の音が響いた。
ロイヤル・アカデミーでの最初の日が始まった。