STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
C.R.C. 7945.220 コルサント、ロイヤル・アカデミー
シーアがロイヤル・アカデミーで最初に学んだことは、共和国史ではなかった。学院の廊下は、思っていたより長い。
受付と入学式を終え、最初の授業へ移る頃には、朝見た案内図だけでは足りないことが分かっていた。正面の階段へ、同じ制服を着た新入生が続々と吸い込まれている。その流れに続こうとすると、隣のリヴィアに袖を引かれた。
「こっち」
「案内だと中央階段だよ」
「混んでるでしょう」
彼女は壁面表示を一度見て、脇へ伸びる回廊へ向かった。《新入生は中央階段から各教室へ移動してください》。シーアは、その文字と遠ざかる背中を見比べてから追いかけた。
「こっち、使っていいの?」
「駄目とは書いてない」
「中央階段からって書いてあるけど」
「こっちの階段を使ってはいけない、とは書いてないでしょう」
「同じじゃない?」
リヴィアは歩調を緩めず、角の向こうを覗いた。
「学院が同じだと思ってるなら、明日には書き直される」
「その前に怒られると思う」
「怒られたら、次からやめる」
あのパーティ以来、そういうところは変わっていなかった。シーアには、案内図に道があることと、その道を使ってよいことは別のように思えた。ただ、行き先は合っていた。二分ほど歩くと、中央階段から来た人の流れの向こうに、目的の教室が見えた。
リヴィアが何も言わずに指して、少し笑う。シーアは教室の表示を確かめてから、隣へ並んだ。
門前でも分かったはずなのに、廊下を歩くと、周りの生徒の大きさがまた気になった。十三歳。それが通常の入学年齢だ。同じ制服を着ても、三年の差は消えなかった。
「同い年は、たぶんいないよ」
周囲を見渡したところで、リヴィアが言った。
「探してない」
「探してる顔だった」
「……いたら、ちょっと安心するだけ」
彼女は何か言いかけてやめ、シーアの歩調に合わせた。
「見つかったら教える」
「いると思う?」
「思わない」
「意味ないじゃん」
文句を言うと、リヴィアは声を立てて笑った。
入口には《第一学年 共和国史》と出ていた。半円形の教室で、中央の教壇を囲むように机が段状に並んでいる。前面には大型のホロ投影装置があり、窓の外には中庭と、朝の光を反射するギャラクティック・シティの塔が見えた。
「共和国史、やっぱり最初なんだ」
「案内に書いてあったでしょう」
「知ってる」
二人で入ると、近くの席の何人かが顔を上げた。
視線が集まることには慣れていた。銀髪と白い肌、昔から褒められてきた顔立ち。それに、三年早く入学する公王家の第三公子という肩書もある。どれがどの程度、相手の目を引いているかまでは分からなかった。
サーティネイニアンでは、「姫王子」という呼び名まで定着している。それでも、見知らぬ同級生に顔を向けられると、いつもの社交会とは少し違う気がした。
「席、指定だよ」
リヴィアが端末を確かめ、後方を指した。
「私はあっち。シーアは前から二列目」
「遠い」
「授業中に私と話すつもりだったの?」
「まだ授業じゃないでしょう」
「じゃあ、昼休みにね」
軽く手を振って行ってしまった。
机の番号を追うと、前から二列目、中央より少し右に自分の席があった。隣の黒髪の少年が顔を上げ、互いに声が出た。
「あ」
「カッシオ?」
「隣か、ヴァラリアン」
カッシオ・タッグが、読んでいた端末を閉じた。シーアは椅子を引き、鞄を置いた。知らない顔ばかりの教室で、隣に知り合いがいるのはありがたかった。
「これなら、船の話ができるね」
「授業中にはするなよ」
「まだ始まってない」
シーアは座りながら、初めて会った宴席を思い出した。
「あの時、持ってる船と使える船は違うって話したでしょう」
「ああ」
「じゃあ、同じお金を使うなら、大きい船を一隻にするのと、小さいのを何隻も持つのと、どっちがいいと思う?」
「何に使う船だよ」
「星系を守る船」
カッシオが何か言いかけたところで、前方の扉が開いた。
「後にしろ」
濃紺の学院服を着た女性が教壇へ上がると、教室の話し声は少しずつ小さくなっていった。
「おはようございます。共和国史を担当するヴェルナです」
表示された経歴には、共和国政治史、法制史、行政制度史と並んでいた。元老院史料院での研究歴まで読んだところで、彼女が生徒たちを見渡した。
「最初に安心していただきたいのですが、歴代最高議長を一人目から順に暗記する授業ではありません」
どこかから、ほっとした息が漏れた。
「必要な人物は試験に出します」
今度は笑いが起きた。ヴェルナは表情を緩め、ホロ投影装置を起動した。
古い銀河図が教壇の上へ広がった。コルサントから伸びる航路に沿って加盟星系が増え、境界が動いていく。同じ共和国という名の下で、地図は何度も形を変えた。
「共和国は、ずっと同じ共和国だったわけではありません。この授業では、領域だけでなく、制度の変化も見ていきます」
中央政府、元老院、惑星政府、軍、ジェダイの関係を示す図が現れた。時代を進めるたびに線が引き直され、ある組織は大きくなり、別の組織は消えていった。
「誰が法を作り、誰が執行するのか。中央政府と惑星政府は、何を負担するのか。武力を持ち、それを動かす権限は誰にあるのか。その答えも、何度も組み替えられています」
表示がおよそ千年前で止まった。長い戦争の経過が示され、その終わりにルーサンの名が浮かんだ。
「今日は、現在の共和国へ直接つながる転換点の一つ、ルーサン改革から始めます。皆さんが知っている制度を確かめ、それがなぜ必要になったのかを、後の授業で遡っていきましょう」
ヴェルナは戦時下の組織図を示し、新シス戦争の終結後、ターサス・ヴァローラム政権が進めた再編を説明した。
戦争のために膨張した中央の軍事機構と統治制度を整理し、大規模な常備軍を解体する。ジェダイも、戦時の軍事組織としての体制を解消していった。
「ただし、中央政府から武力が全て消えたわけではありません」
大規模な軍の表示が消えたあとも、司法部門の下には戦力が残っていた。
「改革後も司法軍は、巡察、海賊対策、治安維持、危機対応を担います。一方、地域防衛の多くは惑星やセクターが引き受けた。地方の保安戦力や防衛軍と、共和国の司法軍は、同じ指揮系統ではありません」
シーアは、サーティネイニアンの司法軍基地を思い出した。父の外交船を守っていた護衛隊とは、所属が違う。図の上でも、二つは別の場所にあった。
「地方が戦力を持つことと、無制限に軍備を拡張できることも同じではありません。それぞれに法的な制約がありました」
隣でカッシオが手を上げた。
「必要なら、地方の戦力を共和国全体のために動員する仕組みもあったんですよね」
「はい。協力や動員の仕組みは残されました。ただし、どの条件で、誰の指揮に入るかは確認が必要です。地図の同じ色の中にある船を、全て一度に命令できるわけではありません」
「ずいぶん面倒ですね」
後ろの席から声が上がると、ヴェルナは頷いた。
「戦争中に便利だった仕組みが、そのまま平時にも望ましいとは限りません。常備軍には費用が掛かり、中央への権力集中には危険もあります。惑星自治を回復する必要もあった。改革には、それらを一緒に処理する目的があったのです」
戦艦の映像が消え、元老院議事堂に変わった。その下を年代が流れていく。
「以後、共和国は約千年、新シス戦争に匹敵する銀河規模の戦争を経験していません。地域紛争や危機がなかったという意味ではありませんし、全てを改革一つの成果にもできません。それでも、長く維持された秩序を評価する必要はあります」
シーアは《約千年》と書いた。
「ルーサン改革を、『軍隊をなくした失敗』の一文で説明するのは適切ではありません。何を解決し、何を残したかを分けて考えてください」
シーアは《成功?》と書き足し、少し考えてから手を上げた。
「ヴァラリアンさん」
「ナブーでは、司法軍を動かす権限が問題になったでしょう。それも、改革で決まったんですか?」
近くで動いていた誰かの指が止まった。ヴェルナはシーアを見てから、現代共和国の組織図を呼び出した。
「現在の制度の土台にはなっています。ただし、千年前に今の出動手続きが全て決まり、そのまま残っているわけではありません。後の法令や行政上の慣行も加わっています」
命令系統を示す線が重なった。
「また、既存の権限で対応できる治安任務と、武装した相手に強制力を行使するための新たな決定は、同じではありません。ナブーでは、相手が共和国の経済と政治に組み込まれた巨大企業だったことも問題になりました」
企業の交易網と物流拠点が、図へ加えられた。
「千年前と現在では、企業の規模も、技術も、保有戦力も違います。長く機能した仕組みが、条件の変化で問題を起こすことはある。それは、最初から失敗だったという意味ではありません」
「じゃあ、今は直した方がいい?」
「どこを、何のために直すかによります。その判断をするために、三年間、勉強してもらいます」
シーアが口を閉じると、カッシオが少し身を寄せた。
「答えじゃないって顔してる」
「どこを直すかが知りたいんだよ」
「だから勉強するんだろ」
「三年間も」
「共和国史だからな」
ヴェルナがこちらを見たので、二人とも姿勢を戻した。
次に示されたのは、授業用に簡略化された司法軍の配置図だった。基地、主要航路、人口集中域が残り、細かな部隊名は消えている。
「この図から、何が読み取れますか」
別の生徒が、基地はコア側に多いと答えた。ヴェルナはそれを認めた上で、人口と交通量も集中しているため、均等な配置がそのまま公平とは限らないと付け加えた。
今度はカッシオが手を上げた。
「基地の数だけでは分かりません。十隻配属されていても、整備中か、別の任務に出ていたら全部は使えない。一か所に集まっているか、五か所に分かれているかでも違います」
「保有戦力と、実際に投入できる戦力を区別する必要がある、ということですね」
「はい」
シーアはコアから外へ視線を動かした。基地の間隔は広がっていくが、地図に書かれているのは場所だけだった。
手を上げ、指名されてから言った。
「これだけだと、何時間で来るのかが分かりません」
「司法軍が?」
「司法軍だけじゃなくて、必要な人がです。海賊なら警備艦、事故なら救難、密輸なら取り締まる人。助けを呼んでから、来るまで」
ヴェルナは表示の端へ《応答時間》と書き加えた。
「以前から、共和国が遠いと感じる場所のことを考えていましたか」
シーアは頷いた。クラクドアVIIで見たものも、ナブーのニュースも、その図と重なっていた。
「同じ共和国の色でも、一時間で来るところと、一週間来ないところでは違うと思います」
「そうですね。ただし、中央の船が来るまで何もできないのか、それとも現地政府や民間の機関が対応できるのかも見てください。司法軍の基地だけでは、全体は測れません」
「地元で助けられたら、待たなくていい」
「その通りです。誰が何を届けるのかを決めれば、応答時間は、その働きを調べる尺度になります」
ヴェルナは銀河図へ目を向けた。
「地図上で共和国の領域を示すことと、その中で法や行政がどのように働くかを示すことは、同じではありません」
シーアは端末へ《何時間で来るか》と書いた。命令系統の図を思い出し、その下へ《決めるまでの時間も含む》と付け足した。
⸻
昼休みの中庭には、既にいくつもの人の輪ができていた。
日陰のテーブルを見つけたシーアは、カッシオが向かいにトレイを置くのを待って、朝の話を持ち出した。
「船の数、どう思う?」
「まず飯を食え」
「食べながらできるでしょう」
カッシオは自分の皿とシーアの顔を見比べ、端末を取り出した。画面に六つの星系を並べ、脇に艦艇の印を置く。
「大型艦一隻と、中型艦六隻。同じ予算なら、どちらを選ぶか」
「六星系を守るなら、六隻。大型艦は一か所にしかいないけど、六隻なら全部に置ける」
「一隻沈んでも、五隻残る」
「でも、一隻ずつでは大型艦に勝てなかったら?」
顔を上げると、リヴィアが立っていた。彼女は二人の画面が見える席にトレイを置き、椅子を引き寄せた。
カッシオが大型艦を一つの星系へ動かした。
「じゃあ、ここを取り合うことにする。片方が六隻、相手が大型艦一隻」
「条件、変わったね」
「何と戦うか決めないと、比べられないだろ」
カッシオはそう言って、大型艦のいない五つの星系へ中型艦を置いた。
「その一隻がいないところへ行く」
「ここは?」
シーアが大型艦のいる星系を指した。カッシオは、その前に残っていた中型艦を下げた。
「勝てないなら退く。ここで一隻なくしても、ほかを守りやすくはならない」
「その間に取られるよ」
「向こうも、ほかへ来られない。その一隻で、どこを守るか決めないといけない」
シーアは大型艦を隣の星系へ動かした。追えば、今までいた場所が空く。言いたいことは分かったが、両方の船が見えている画面には、何か足りない気がした。
「でも、いないって分かるの?」
「何が」
「大型艦。僕たちは一隻と決めたけど、相手にも分かってることにする?」
カッシオの指が止まった。シーアは大型艦を元の位置へ戻し、その前に中型艦を置いた。
「知らなかったら。最初にここで戦って、何もできないくらい負けたら、ほかにも同じ船がいるかもしれないと思わない?」
「一隻しかないのに?」
「どこに何隻いるか、教えなければいい。今はいなくても、戦ってる間に来るかもしれない」
六つの星系に本当に船を置かなくても、敵がいると思ってくれれば、近いことはできる気がした。
カッシオは一口食べ、考えてから答えた。
「それなら、まず探す。何隻あって、どこにいるか」
「探してる間は来ないよね」
「そうだな。でも、一隻だと分かったあとは?」
シーアは大型艦の前にある中型艦の印を消した。
「その時には、もう五隻になってる」
「だから、勝てないなら退くんだよ」
「最初から分かってたらね。一度戦って負けたあとなら、次に集めても六隻には戻らない」
大型艦を、隣の星系へ滑らせる。
「集まれば勝てるとしても、集まる前に減らされたら?」
カッシオは散らばっていた中型艦を一か所へ寄せた。消された一隻も戻し、六つの印を大型艦へ向かい合わせる。
「なら、最初から相手に大型艦がいると分かっていた場合を考える。一隻ずつで戦わず、集める」
「全部には置けなくなるね」
「そいつがいる間はな。先に倒せば、後で分けられる」
「六隻なら勝てるの?」
リヴィアが訊いた。カッシオは口を開きかけ、シーアを見た。
「……勝てることにする?」
「ぎりぎりなら」
「二人で決めていいんだ、それ」
「まだ船の種類も、性能も決めてないから」
シーアが答えると、リヴィアは笑いながら端末を出した。画面を共有し、空いていた欄へ条件を書き始める。
「六隻で、ぎりぎり勝ちました。それから?」
シーアは六つの印を見た。全部が無事では済まないはずだった。沈んだ船があり、残った船にも壊れたところがある。
「もう一隻来たら困るね」
「一隻しかないんだろ」
「何隻いるか分からない場合なら。もう一隻いないと確かめるまで、傷ついた船で先へ行ける?」
カッシオは椅子の背にもたれた。
「お前、最初は六隻を選んでなかったか」
「考えてたら、大きい方もいい気がしてきた」
「沈んでるけどね」
リヴィアが、大型艦の印を消した。
「向こうが帰ってくれるなら、守れたでしょう」
「また来るまでに、次を造るの?」
シーアは答えに詰まった。画面なら消した船をすぐ戻せるが、本物はそうはいかない。大型艦を造る間に、相手が何もしていないとも限らなかった。
リヴィアは条件欄の《同じ予算》を指した。
「そもそも、これって建造費だけ?」
「全部」
カッシオが答えた。
「最初はそう言ってなかった」
「今そうした」
「じゃあ、運用費も、基地も、整備設備も、補給船も込みね。大型艦の方も、それを直せる場所が要るでしょう」
項目が加わるたびに、艦艇の図は画面の端へ追いやられていった。カッシオは、基地を六つ造る必要はないと言い、何か所かを拠点に巡回する配置を示した。
「戻っている間に敵が来たら?」
リヴィアが訊いた。
「距離と整備にかかる時間次第だろ」
「じゃあ、それも決めないと」
「条件を増やすのが好きだな」
「空けておくと、都合のいい時に船を戻すでしょう」
シーアがようやく食事へ手を伸ばしたところで、横から声がした。
「その基地って、どの辺に造るの?」
三人が振り向くと、黒に近い茶色の髪を後ろでまとめた、人間の少女が立っていた。トレイを手に、空席を指した。
「ここ、いいですか?」
「どうぞ」
リヴィアが端末を寄せた。少女は礼を言って座り、シーアに向き直った。
「セリア・ナールです」
「シーアです」
「父から、お話を聞いていました」
「お父さん?」
「セヴ・ナール。養父です」
すぐに分かった。クラクドアVIIで迎えた、ビス人の政府代表だった。エリアドゥまで、同じ外交船に乗っていた。
「ナールさんの娘?」
「はい。お会いした時のことを、少しだけ」
セリアは微笑んだが、視線はすぐに星系図へ戻った。
「それで、六星系ってどの辺?」
先ほどより、少し軽い口調だった。まだ決めていないとカッシオが答えると、彼女は図を覗き込んだ。
「アウター・リムでも?」
「どこでも」
「だったら、船を直せる港があるか、先に決めた方がいいと思う。入港できても、必要な整備はできないところがあるから」
「基地は予算に入れたよ」
シーアが欄を示した。
「部品を運んでくる分も? 注文してから一か月かかるところもあるよ。設備があっても、それまで待つことになる」
シーアは、消されていた大型艦を画面へ戻した。戦えば壊れる。撃たれなくても整備は必要で、燃料も部品も、どこかから届かなければならない。
中型艦を三隻ずつに分けると、カッシオが眉を上げた。
「また分けるのか?」
「船と戦わなくてもいいんじゃない?」
シーアは片方を大型艦の手前に置き、残りを、後方に描かれた基地へ回した。
「こっちで引きつけて、その間に基地を取る。直す場所も補給する場所もなくなったら、ずっとここにはいられないでしょう」
「三隻で引きつけている間に、沈められないか?」
「近づきすぎなければ」
「それなら、向こうは無視して戻れる」
カッシオが大型艦を基地へ動かした。シーアは追おうとして、手を止めた。追って戦えば、結局は三隻で相手をすることになる。
「……戻ったら、こっちを取る」
空いた星系へ、手前の三隻を進めた。
「ここを守るためにいたんでしょう。戻ったら取られるなら、簡単には戻れない」
カッシオは星系と基地を見比べた。
「基地を先に守って、その後で取り返すかもしれない」
「その間に帰れるよ」
「追いつかれなければな。回り込む方も、見つからずに着けるか決めないと」
彼は二本の進路をなぞり、所要時間を書き込む欄を作った。リヴィアが、基地そのものにも守備隊がいるのではないかと付け加えた。
「ほかで補給できるなら、すぐには困らないよ」
セリアが言った。
「大型艦を直せる港が、ほかにもあったら?」
「そっちへ行くしかない」
「近ければ戻ってくる。遠ければ、しばらく来ないけど」
シーアは基地の印を眺めた。
午前中は、基地から何時間で船が来るかを考えていた。今は、船がどこへ戻れるかを考えている。同じ印でも、調べるものが変わっていた。
「じゃあ、港も決めないと駄目だね」
「最初から、そう言ってる」
セリアが笑った。カッシオも口元を緩め、画面を中央へ寄せた。
「まず、六星系がどこなのか決めよう。それから、何を守るのか。船を選ぶのは、その後だ」
シーアが銀河図を開こうとすると、リヴィアに手首を軽く押さえられた。彼女は端末ではなく、皿を指していた。
「その前に食べたら?」
ほとんど手を付けていないのは、自分だけだった。
急いでフォークを取る間も、カッシオとセリアは港の設備について話していた。四人の画面には、いつの間にか艦艇より条件の方が増えていた。
⸻
午後の共和国行政概論で、最初に表示されたのは政府の組織図だった。
最高議長府、元老院、裁判機構。行政機関の下には司法部門があり、それとは別に、セクター政府や惑星政府、自治機関が並んでいた。指揮系統を示す線と、協力関係を示す線が、異なる色で重なっている。
シーアはしばらく眺め、一度で覚えるのは諦めた。
「船の配線図みたい」
「船の方が、まだ分かりやすいだろ」
「聞こえていますよ」
教員の声に、二人とも顔を上げた。
「ただ、設計の変更を追うなら、船の方が分かりやすいかもしれません。共和国の各機関は、同じ時代に、一枚の図面から造られたわけではありませんから」
教員は図を拡大し、成立した時期の違う機関を順に示した。
「制度を足し、削り、別の制度と組み合わせてきた結果が、この図です。それぞれに成立した事情と、現在の役割があります。丸ごと暗記する前に、実際の働きを一つ追ってもらいましょう」
表示が《最初の課題》へ切り替わった。
共和国政府の機能を一つ選び、その機能が一人の共和国市民へ到達するまでに必要な制度、組織、手続きを整理すること。
シーアが課題欄を開くと、カッシオが小声で訊いた。
「何にする?」
「救難」
「やっぱり船か」
「最後はね」
船が事故を起こして助けを求める。通信が届き、誰かが受信する。位置を確かめ、担当する機関と、使える船を調べる。
そこまで書いて、手が止まった。ナブーでも、船を送るには任務の範囲を決める必要があった。それなら、救難の船にも権限と命令があるはずだった。
《利用可能艦艇》の次へ《出動権限》《命令》を加え、さらに《出動》《航行》《到着》と並べた。
教員が机の間を歩いてきた。画面を見て、シーアのそばに足を止める。
「救難ですね。どこで起きる事故を想定していますか」
「まだ決めていません」
「まず一つ決めてください。近くの港の救難艇が行く場合と、司法軍へ応援を求める場合では、関係する機関も違います」
昼休みと同じだった。シーアは空欄の上へ、《事故の場所》と書き足した。
「普通の事故でも、出動するたびに、誰かが承認するんですか?」
「通常の救難には、あらかじめ現地へ与えられた権限があります。その範囲なら、元老院の決定を一件ずつ待つ必要はありません」
「じゃあ、基地の人が決められる?」
「どの機関の、どの役職に任されているかを調べてください。救難と、武装した相手を退かせる任務を、同じ手続きにしないことです」
シーアは《出動権限》から線を引き、《現地で決められる範囲》と書いた。
「ここに並べたことが、全部順番に行われるとも限りません。位置を確かめながら準備する場合もある。資料で確かめたところと、自分で仮定したところを分けておきましょう」
教員はそう言い残し、次の机へ向かった。
シーアは、一直線に並べた項目を見直した。《命令》の横に、《誰が?》と書く。その下に、《何の権限で?》《結果の責任は?》を足した。
調べてみると、船が出るところだけでも、まだ知らないことが多かった。
⸻
夕食の席で、アウレリアンが最初に訊いたのは授業の内容ではなかった。
「学院は気に入ったか?」
「たぶん」
「初日としては十分だな。困ったことは?」
「廊下が長い」
兄が笑った。朝、門前で別れたあと、アウレリアンは元老院へ向かっていた。帰りが遅くなるかもしれないと言っていたが、夕食には間に合った。
「授業は面白かったよ。共和国史と、行政概論」
「早速、宿題も出たか」
「出た。父上にも、あとで話す」
父はサーティネイニアンにいる。食事を終えてから通信する約束だった。
セレナが食事の進み具合を見に来て、シーアの皿を確かめた。
「昼食は召し上がりましたか?」
「食べたよ」
「全部?」
「ほとんど」
彼女が止まったので、シーアは付け足した。
「話してたから」
「では、今は食べる方も忘れないでください」
「食べながら話してる」
「昼も、そうだったのでしょう」
シーアは口を閉じ、料理へ手を伸ばした。セレナが離れると、アウレリアンが笑いをこらえながら訊いた。
「誰と一緒だった?」
「リヴィアとカッシオ。それから、セリア・ナール」
「初めて聞く名前だな」
「セヴ・ナールさんの娘。クラクドアVIIで迎えに行った人」
「ああ、ナール議員の。初日から、知り合いが増えたわけだ」
兄は、シーアが一口食べるのを待って続けた。
「それで、何を話していた?」
「六隻と一隻」
「何が六隻で、何が一隻だ」
「中型艦六隻と、大型艦一隻。同じ予算なら、どっちがいいか」
「結論は?」
「条件が増えた」
アウレリアンは一度、フォークを置いた。
シーアは、六隻を分ければ一隻ずつ倒されるかもしれないこと、集めて勝っても、損害が出れば次へ進めないことを話した。大型艦が何隻あるか分からなければ、相手は調べる間も警戒しなければならない。
「でも、基地を取られたら大きい船も困るでしょう。だから、三隻ずつに分けて、片方で引きつけている間に、もう片方で後ろへ行けないかなって」
「できたのか?」
「場所を決めてなかった。ほかに港があるかも分からないし、基地を三隻で取れるかも決めてない」
「それで、条件が増えたのか」
シーアは頷いた。
船の数を選べば答えが出ると思っていたのに、最後には星系の場所と、何を守るかを決めるところへ戻っていた。
兄が食事を再開したので、シーアも口を動かした。しばらくしてから、言い足した。
「でも、面白かった」
「それなら、続きを考えればいい。明日は昼食を食べ終えてからな」
⸻
食後、二人は執務室へ移った。
卓上の通信装置に父の姿が浮かんだ。背後には、サーティネイニアンの宮殿で見慣れた書棚があった。アルドレンは手元の資料を閉じ、こちらへ顔を向けた。
「待たせたか」
「今、食べ終わったところ」
「そうか。初日はどうだった」
「面白かった。ルーサン改革をやったよ」
父は頷いた。
「今の共和国を見るなら、悪くない入口だ」
「先生も似たことを言ってた」
「それなら、授業をよく聞いてこい。私より詳しく教えてくれる」
シーアは午前中の端末に残した問いを開いた。
「ルーサン改革って、成功だったの?」
「成功した部分は大きい。あの規模の戦争を千年近く繰り返さなかったことは、無視できない。ただ、それを改革一つだけの成果とするわけにもいかん」
「でも、ナブーでは遅かった」
「そうだ。長く機能したことと、今も十分であることは別だな」
シーアは頷いた。ヴェルナの説明と、同じところへ戻ってきた。
父は少し間を置き、授業以外ではどうだったかと訊いた。
「友達が増えた。セリア・ナールっていう子」
「セヴの娘か」
「うん。ナールさんから、僕の話を聞いたって」
「何を話した?」
「船と、港の話」
横でアウレリアンが、少し笑った。
「昼食を忘れかけるほどだったそうです」
「食べたよ」
「ほとんど、だったな」
シーアは兄を見た。アルドレンの口元も緩んでいた。
「課題も出たんだ」
話題を変え、端末から父へ資料を送った。アウレリアンにも同じ図を見せる。
「共和国の仕事が、市民に届くまでを調べる。僕は救難を選んだ」
通信、受信、位置確認、担当機関、利用可能艦艇。出動権限、命令、出動、航行、到着。まだ調べていないところには空欄があり、いくつかの線は仮置きのままだった。
「船が動くところまで、随分あるな」
兄が言った。
「うん。しかも、全部この順番とは限らないんだって」
父の手元でも、同じ図が開いていた。
「どこで起きる事故にした?」
「それを決めるところから。港の近くなら、そこの救難艇が来るかもしれない。司法軍が来るまで待たなくてもいいんだって」
「そうだな」
「でも、遠くで、司法軍に頼む場合も調べたい」
アルドレンは画面へ目を落とした。シーアは《命令》のところを指した。
「午前中、助けを呼んでから何時間で来るかって話をした。地図の距離じゃなくて、必要な人が来るまで」
「お前が前から気にしていたことだな」
「うん。今日は、その時間を分けてみた」
シーアは《航行》から《命令》へ指を戻した。
「一時間で着けるところに船がいても、出していいと決めるのに三日かかったら、三日と一時間になるでしょう」
「だから、普通の救難をどこまで現地で決めてよいか、先に定めておく。全ての出動が、毎回三日待つわけではない」
「それは先生も言ってた。でも、決めていい範囲から外れた時は?」
「追加の権限を持つところへ判断を求める。どこまで待てるかも、その時の条件による」
シーアは、《現地で決められる範囲》という書き込みを見た。
船を置く場所。直す場所。部品を運ぶ航路。それらがあっても、現場だけでは決められない仕事がある。ナブーでは、そうした判断そのものが争われていた。
「じゃあ、決められる人が遠くにしかいなかったら、その分も待つことになる」
「そういう場合はある」
シーアは少し考え、画面を自分の方へ戻した。
「決めるところが遠くても、共和国は遠いんだと思う」
アルドレンは何も付け加えなかった。アウレリアンも笑わず、弟の端末を見ていた。
《命令》の横には、三つの問いが残っていた。
《誰が?》
《何の権限で?》
《結果の責任は?》