STAR WARS: STAR DESTROYER   作:あーくわいてんず

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布告者

C.R.C. 7946.006 コルサント、ヴァラリアン邸

 

 年が改まると、コルサントでは似たような宴会が続いた。新年を祝うという名目で政治家が集まり、企業家や官僚が集まり、数日前に別の邸宅で会った者同士が、今度は違う家の飲み物を片手に話している。学院が休みでも、シーアまで休みになるわけではなかった。

 

 今夜は、自分の家に人を招く番だった。

 

 アルドレンはサーティネイニアンにいる。広間の入口で客を迎えているのはアウレリアンだった。第一公子として公王家を代表し、元老院議員としてサーティネイニアンを代表する。父が立っていた場所に兄が立つ光景にも、シーアは随分慣れてきた。

 

 ただ、兄の隣へ立つ自分まで、何もしなくてよくなるわけではなかった。

 

「襟が曲がっています」

 

 宴会場へ入ろうとしたところで、セレナに呼び止められた。

 

「今日、三回目だよ」

 

「三回曲げたということです」

 

「触ってないのに」

 

「先ほど、そちらを覗こうとしていましたね」

 

 シーアが振り返ると、セレナも同じ方を見た。人の輪の向こうに、ヴェリオン・カースの姿がある。クアット・ドライブ・ヤードの役員が来ることは、招待客の名簿で確かめていた。

 

「あとで、お話しできるでしょう」

 

「今、誰とも話してないよ」

 

「あなたには、先に御挨拶する方がいます」

 

 ちょうど、兄がこちらを見た。シーアは諦めて姿勢を戻した。

 

 一年前より少し背は伸びたが、十一歳の身体は大人たちの中ではまだ小さい。暗い礼装の上では淡い銀髪がよく目立ち、初めて会う客が顔を見て足を緩めることもあった。シーアは視線が合えば会釈し、名前を確かめられれば答え、新年の挨拶を交わした。

 

 兄の隣には、見覚えのある男が立っていた。

 

「タッグ卿。よい新年を」

 

「こちらこそ、殿下」

 

 ハロルド・タッグは挨拶を返すと、シーアを見て少し笑った。

 

「息子から、学院の話をよく聞いております」

 

「どんな話ですか?」

 

「机は半分ずつ、と何度も申し上げているとか」

 

 シーアは一度、兄を見た。アウレリアンの口元にも笑みがある。

 

「今は、はみ出していません」

 

「今は、ですか」

 

「入ったばかりの時は、置く場所が決まっていなかったので」

 

「カッシオも、最初は同じでしたよ。あれも、使える場所が足りないと文句を言っていました」

 

「僕には普通だって言ってたのに」

 

 タッグ卿が笑った。少し離れたところで、当のカッシオは別の客へ挨拶をしている。目が合ったので、あとで訊こうと思いながら見ていると、彼は何か察したらしく父の方へ視線を移した。

 

「大型艦を買ったそうですね」

 

 ハロルドが続けた。

 

「ルクレハルクです。二人で」

 

「置けましたか」

 

「ベッドの下に」

 

「それはよかった。息子から、部屋を広げる相談をされるかと思いました」

 

「学院の部屋ですよ」

 

「ええ。ですから、私にはどうにもできません」

 

 アウレリアンが給仕から新しいグラスを受け取り、話の続きへ戻った。

 

「こちらの船渠も、同じことで揉めています。新しい仕事を受けるなら場所を増やしたい。増やした場所を埋めるには、先に契約が欲しい」

 

「空いている船渠なら、あるでしょう」

 

 ハロルドの返事に、兄は頷いた。

 

「船体を置くだけなら。しかし、機関の整備まで引き受けられるところとなると、限られます」

 

「設備だけでは済みませんからな。使える技師を集め、検査の認定を取り、部品を置く。継続して仕事が来なければ、人から先にいなくなります」

 

 シーアは二人を見比べた。さっきまで自分たちの部屋の話をしていたのに、いつの間にかサーティネイニアンの船渠の話になっている。

 

「仕事が来てから集めるんじゃ、遅いんですね」

 

「集めている間、注文した方を待たせます」

 

 ハロルドが答えた。

 

「船を買ったあと、直せる場所が遠くにしかなければ、その間は使えません。売る方としても、そこまで考えておかなければ次の注文につながらない」

 

「じゃあ、船と一緒に修理するところも売る?」

 

「必要なら。ただし、同じ会社が全部持つ必要はありません。現地の工場を使えれば、その方がよい場合もあります」

 

 兄が頷き、詳しい話は商務担当者を交えて続けたいと言った。ハロルドはその日程を確認してから、シーアへ向き直った。

 

「カッシオにも、たまには模型の話以外を聞かせてやってください」

 

「聞いてますよ。基地とか、補給とか」

 

「それも模型の話でしょう」

 

 すぐには否定できなかった。

 

 

 次に挨拶をしたのは、ベイル・オーガナだった。

 

 その隣にはセヴ・ナールがいる。シーアが近づくと、ビス人の議員は話を止め、穏やかに頭を下げた。

 

「御無沙汰しております、殿下」

 

「セリアには、いつも会ってます」

 

「聞いています。学院でも、お付き合いいただいているようで」

 

「この前は、模型を買いすぎるところを止めてもらいました」

 

「では、少しは役に立ちましたか」

 

「かなり」

 

 ナールが笑った。ベイルも、そのやり取りを楽しそうに聞いていた。

 

「学院では、うまくやっているようだね」

 

「はい。最初は、同じ学年の人が大きくて困りましたけど」

 

「今は?」

 

「今も大きいです」

 

 アウレリアンが小さく笑い、ナールも肩を揺らした。

 

「それ以外は、慣れたのかな」

 

「たぶん。共和国史は、思っていたより面白いです」

 

「船の授業でなくても?」

 

「船も出てきますよ。ルーサン改革とか、司法軍とか」

 

 ベイルが兄を見る。

 

「なるほど。興味のあるところから、ちゃんと入っている」

 

「そこから先も読んでいればよいのですが」

 

「読んでるよ」

 

 シーアが答えると、兄は疑っていないと言った。顔は少し笑っていた。

 

 ナールの手元には、小さな航路図が開かれていた。シーアの視線に気づくと、彼は表示を少し傾けた。

 

「地方港を、司法軍の巡察や救難にもっと使えないかという話をしていました」

 

「基地を増やすんですか?」

 

「そこまではいきません。燃料を補給し、簡単な修理をして、次の航路へ出られるようにする。今ある設備を使えるなら、その方が早いですから」

 

 シーアは、さっきハロルドと話したことを思い出した。ナールは図の端にある港を一つ示す。

 

「ただ、使ってよいというだけでは困るのです。民間船の予約がある時、どちらを先に入れるのか。司法軍の部品を保管する場所は誰が用意し、その費用を誰が払うのか」

 

「そこは、寄港する前に決めておく必要があるね」

 

 ベイルが言った。

 

「救援の要請に応じて来たのに、着いてから港の使用権でもめては意味がない。ただ、共和国の艦だから何でも優先しろ、という決め方もできない」

 

「先に待ってた船の人も、共和国の人でしょう」

 

 シーアが言うと、ベイルは頷いた。

 

「その通り。そこに乗っている人にも用事がある」

 

 シーアはしばらく港の印を眺めた。救難の課題では、事故が起きてから救難艇が着くまでを追った。こういう取り決めは、その前に済ませておくものだった。

 

「新しい船の話をしていたんじゃないんですね」

 

「新しい船も、いずれそこを使います」

 

 ナールが答えた。

 

「公王殿下には、以前からそのことでも御協力いただいています。今は、アウレリアン殿下に続きをお願いしているところです」

 

「父から引き継いだ資料にも、宿題が残っていましたから」

 

 兄が苦笑すると、ベイルはグラスを少し持ち上げた。

 

「学院を出ても、宿題はなくならないらしいね」

 

 シーアは兄を見た。兄もこちらを見る。

 

「今のうちに慣れておけ」

 

「兄上は慣れたの?」

 

「提出する方にはな」

 

 ベイルが笑った。その向こうで、カースが話していた相手と別れるのが見えた。シーアがそちらへ目を向けると、兄はすぐに気づいた。

 

「挨拶は済んだ。行ってきていい」

 

「分かるの?」

 

「さっきから、同じ方ばかり見ている」

 

 シーアはベイルとナールへ一礼し、広間を横切った。途中で挨拶を求められ、一度足を止める。カースがまだそこにいることを確かめながら、新年の挨拶を返した。

 

 

「カースさん」

 

 呼びかけると、彼はすぐに振り向いた。

 

「殿下。よい新年を」

 

「学院ではシーアです」

 

「ここは学院ではありません」

 

「最近、そればっかりですね」

 

 カースは笑った。学院生活を尋ねられたので、楽しいと答える。寮の部屋は狭いと付け足すと、公王家の住宅と比較してはいけませんと言われた。

 

「カッシオにも言われました」

 

「タッグ家のご子息と同室でしたね」

 

「うん。今は模型の置き場所を相談してます」

 

「それは、部屋が狭いせいだけでしょうか」

 

 シーアは返事をせず、カースの手元へ視線を移した。細長い黒いケースがある。近づいた時から、何が入っているのか気になっていた。

 

「それ、何ですか?」

 

「製品資料です。ちょうど、お渡ししようと思っていました」

 

「僕に?」

 

「来賓向けの紹介資料です。一般向けのカタログも、間もなく公開されます。年始の贈り物というほどのものではありませんよ」

 

 差し出されたケースを開くと、薄いホロシートが一枚収められていた。指先で起動すると青白い光が立ち上がり、その中で一隻の艦がゆっくりと回り始めた。

 

 楔形だった。ただし、以前KDYで見たプリーター級やマンデイター級とは印象が違う。全長に対して幅が広く、腹側へも深く船体が続いている。上から見ても横から見ても、内部に相当な空間を抱えていることが分かった。

 

「かなり容積を取ってますね」

 

「ええ。格納区画と輸送区画には、特に余裕を持たせています」

 

 シーアは艦影を裏返した。格納庫の開口部を確かめ、その後ろへ表示を送る。船体下面に折り畳まれた構造物を見つけて、指が止まった。

 

「降着装置?」

 

「その大きさの艦を、地表へ降ろします」

 

「宇宙港じゃなくても?」

 

「地盤などの条件を満たせば。恒常的に地上へ置くための艦ではありませんが、港湾設備を使えない状況は考慮されています」

 

 展開状態の図に切り替えると、幅広い接地部と、それを支える大きな脚が現れた。船体を支えるだけでも相当な荷重になるはずだった。カースによれば、荷重を船体構造へどう分散するか、設計部門も苦労したらしい。

 

「それはいいですね」

 

「お気に召しましたか」

 

「着いても、港が壊れていて物資を降ろせないんじゃ困るでしょう」

 

 艦を表へ戻し、今度は上部構造物を見た。そこで、シーアは少し眉を寄せた。

 

「でも、艦橋はあまり好きじゃない」

 

「おや。どの辺りが?」

 

「小さいです」

 

 幅広い主船体に比べ、艦橋塔は随分細身だった。上部構造物も低く、マンデイター級のように、艦全体を見渡す塔がそびえているわけではない。

 

「指揮・管制設備は船体内部にもあります。この塔の大きさが、指揮区画全体の大きさではありませんよ」

 

「それは分かります。でも、遠くで一隻だけで仕事をするなら、操艦する人だけじゃ足りないでしょう。救難とか、艦載機とか。兵隊を降ろしたら、その連絡もあるし」

 

 シーアは格納庫の開口部へ視線を戻し、付け足した。

 

「現地の政府とも話さないといけない。別の艦まで指揮することになったら、もっと人が要ると思います」

 

「司令部を置く余地があるか、というお話ですね」

 

「はい」

 

 カースは表示を切り替え、指揮・通信機能の概要を開いた。詳細な間取りまでは載っていなかったが、シーアが考えていた仕事のいくつかは、既に船体内部の区画へ割り当てられていた。

 

「ここにあるなら、いいですけど」

 

 シーアは外観図へ戻した。

 

「やっぱりマンデイターの艦橋の方が好きです」

 

「クアットでも、そう仰っていましたね」

 

「あれなら、遠くから見てもすぐ分かります」

 

「それは美学ですね」

 

「艦橋なんだから、格好よくてもいいでしょう」

 

 カースは今度こそ声を立てて笑った。シーアも少し笑い、表示を送る。艦橋以外は、かなり気に入っていた。

 

 艦影の下には製品名があった。

 

 PROCLAMATOR-CLASS

 

 その下に、もう一つ。

 

 “STAR DESTROYER”

 

「これ、スター・デストロイヤーなんですか」

 

「KDYでは、そう呼んでいます。こうした設計思想の艦を説明するための呼称です」

 

「ヘヴィ・クルーザーとは違うんですか?」

 

「司法軍の艦種分類では、大型巡洋艦として扱われます。世間でも、ドレッドノート級の後継となる新型ヘヴィ・クルーザー、と言った方が通じるでしょうね」

 

 シーアは二つの表示を見比べた。艦級名とは別に、この船をどういうものとして売るかを示す言葉が付いている。

 

「売り文句でもある?」

 

「否定はしません。ただ、旧式艦と一対一で入れ替えるだけの船だと思われるのも、こちらとしては困るのです」

 

 カースは、艦影の周囲へ並んだ項目を指した。長距離独立行動、艦隊戦闘、航空運用、輸送、救難、通信支援。それに、限定的な惑星上への直接展開能力が加わっている。

 

「同じ任務に就けても、できる仕事の範囲が違います。その違いを伝えるための名前でもあります」

 

「船を説明する言葉も売るんですね」

 

「覚えていただかなければ、注文も来ませんから」

 

 シーアは仕様表を開いた。兵装と搭載艇、乗員、航続距離、地上降着時の制限。順番に目を通し、機関の欄で手を止めた。

 

 PRIMARY HYPERDRIVE — CLASS 0.6

 

「……〇・六?」

 

「はい」

 

 表示を拡大した。文字は大きくなったが、数字は変わらなかった。

 

「本当に〇・六なんですか?」

 

「誤植ではありません」

 

「コレリアン・ハイパーレースの船でも、もっと遅いのがありますよ」

 

「公称値で比較すれば、一部の機体よりは速いでしょうね」

 

 シーアは数字と艦影を交互に見た。八百九十メートル近い船体に、格納庫も輸送区画も積み込み、そのうえレースシップと比べるようなハイパードライブを載せている。

 

「ヘヴィ・クルーザーに、これを積んだんですか」

 

「KDYとしてはスター・デストロイヤーですが」

 

「名前を変えても、速いものは速いでしょう」

 

「その通りです。ただ、速さを競うためだけではありません」

 

「到着時間?」

 

 カースは頷いた。

 

「同じ航路を使うなら、司法軍艦が現場へ着くまでの時間を縮められる。それによって、到着後にできることも変わります。戦闘が終わってから着くのか、始まる前に間に合うのか。救難信号を出した船が、まだ持ちこたえている間に着けるのか」

 

 シーアはもう一度、全体図を開いた。厚い船体も、大きな格納庫も、船腹へ畳まれた降着装置も、先ほどとは少し違って見えた。速く行くだけなら、小さな船でもいい。この艦は、着いてから使うものまで一緒に運んでいく。

 

「おそらく、君の好きな方向性の艦です」

 

「かなり好きです」

 

 今度は迷わず答えた。

 

「共和国が来るまでの時間を短くできて、着いた後にもいろいろできる。そういう船なら」

 

「艦橋を除けば?」

 

「艦橋を除けば」

 

 カースは笑ってグラスを傾けた。シーアは艦影を閉じず、先ほどの会話を思い出した。

 

「直せる場所も増やすんですか?」

 

「新しい機関と装備を扱える拠点は、順次整えます。部品だけ送っても、作業できる人がいなければ困りますから」

 

「タッグ卿も、似たことを言ってました」

 

「では、競争相手とも意見が合いましたな」

 

 シーアは機関の欄をもう一度見て、それから、いちばん聞きたかったことを尋ねた。

 

「司法軍への最初の引き渡しは、いつですか?」

 

「その資料には載せていません」

 

「だから聞いています」

 

 カースは周囲へ一度視線を巡らせた。近くでは別の客たちが話しており、こちらへ注意を向けている者はいない。

 

「これは独り言ですが」

 

 シーアは少しだけ近づいた。

 

「年が明けて四十日を少し過ぎた頃、中央都市圏の外縁にある司法軍基地の上空が、少々賑やかになるかもしれません」

 

「四十一日か、四十二日?」

 

「独り言です」

 

「時間は?」

 

「そこまでは、独り言でも申しません。予定が変わることもありますから」

 

「隻数も?」

 

「殿下」

 

「シーア」

 

「ここは学院ではありません」

 

 カースは新年の挨拶をもう一度述べ、客の輪へ戻っていった。シーアはその背中を見送り、端末のカレンダーを開いた。四十一日と四十二日の欄に、小さく予定を入れる。

 

 ホロシートは、ケースへ戻す前にもう一度だけ開いた。

 

 

 C.R.C. 7946.041 コルサント、ウスクル・ディストリクト

 

 数か月も続けば、休日のアフタヌーンティーはすっかり定例になっていた。毎週というほどではない。学院行事もあれば、家の用事もある。それでも四人の予定が合う日には、だいたい同じホテルのラウンジへ来た。

 

「アール・ヴェロスですね」

 

「はい。いつも通りで」

 

 給仕はもう、シーアにミルクが必要かを確かめなかった。隣の卓へ案内されてきた客と目が合い、会釈を交わす。相手が自分の席へ向かうと、シーアも運ばれてきたカップを手元へ寄せた。

 

 三段のスタンドから皿を取り分けている時、壁面のホロスクリーンが切り替わった。

 

『共和国司法軍およびクアット・ドライブ・ヤードは本日、新型大型巡洋艦プロクラメイター級の第一次引き渡し開始を共同発表しました』

 

 シーアの手が止まった。

 

『老朽化の進むドレッドノート級ヘヴィ・クルーザーの後継として注目されてきた同級は、長距離任務と高い独立行動能力、惑星上への直接展開能力を重視した新型艦です』

 

「やっぱり今日か」

 

 声に出してから、三人がこちらを見ていることに気づいた。リヴィアがカップを置いた。

 

「知ってたの?」

 

「今日か明日だとは思ってた。年始にカースさんが少し話してくれて」

 

「引き渡し日を?」

 

「独り言だって言ってたよ」

 

 リヴィアはしばらくシーアを見ていたが、やがて小さく笑った。

 

「だから、今日の行き先に展望区が入ってたんだ」

 

 外出申請には、いつもの店に加えて、司法軍基地の外にある公共展望区を入れてあった。まだ艦が来なければ、別の船を見ればいい。そのくらいに説明していたのだが、リヴィアには理由がつながったらしかった。

 

「お茶も飲みたかった」

 

「お茶も、ね」

 

 スクリーンには艦の外観図が映っていた。アナウンサーはKDYが用いているスター・デストロイヤーという呼称にも触れたが、その後は再び新型大型巡洋艦と呼んだ。

 

「スター・デストロイヤー?」

 

 カッシオが繰り返した。シーアはカースから聞いた説明を短く伝え、鞄から端末を出した。

 

「カタログ、見せようか」

 

「それも持ってきてるんだ」

 

「今日は公開されるかもしれないと思って」

 

 言いながら笑うと、リヴィアも笑った。シーアは配信が始まった一般向けの資料を開き、手元の紹介資料と見比べた。艦影も、あの数字も同じだった。

 

 卓上表示を小さく開き、皿に重ならない場所へ艦を移した。

 

 最初に身を寄せたのはセリアだった。上面図から側面図へ切り替え、船腹を覗き込む。

 

「厚いね。ほとんど船体だ」

 

「格納庫と輸送区画を大きく取ってる。ここには降着装置もあるよ」

 

「この船ごと降りるの?」

 

「条件が合えば。港を使わなくてもいいんだって」

 

 セリアは脚部の図を拡大した。シーアが年始に驚いたのと同じ場所で、しばらく指を止めている。

 

 その隣で仕様表を読んでいたカッシオが、不意に端末を引き寄せた。

 

「待て。〇・六?」

 

「うん」

 

「誤植じゃないのか?」

 

「違うって。僕も聞いた」

 

 カッシオは全長の欄へ戻り、それからハイパードライブの数値をもう一度見た。

 

「八百九十メートル近い船だぞ。レースシップでも、もっと遅いのがある」

 

「僕も同じこと言った」

 

「この大きさで、そんなに速いの?」

 

 セリアに訊かれ、カッシオは頷いた。まだ納得しきれないような顔で、ほかの機関の数値まで読み始めている。

 

 リヴィアは二人の肩越しに仕様表を見た。

 

「維持費は載ってないんだね」

 

「やっぱりそこを見るんだ」

 

「買った後も使うんでしょう。こんなハイパードライブを積んで、整備でずっと港にいたら困るよ」

 

 シーアは頁を送ったが、公開用のカタログだけでは、彼女の疑問に答えられなかった。

 

「新しい機関を扱える拠点は、増やすんだって。カースさんが言ってた」

 

「それも、お金はかかるよね」

 

「でも、遠い航路なら何日も早く着けるかもしれない。そのためにお金を掛ける意味はあると思う。救難だったら、着いた時にまだ生きてるかどうかが変わるでしょう」

 

「うん。だから、どれくらい掛かるのか知りたい。この一隻のために、ほかへ置く船を減らすことになったら、それも考えないと」

 

 シーアは頷いた。速い一隻が何か所まで受け持てるのか。何隻買えば、いくつの星系で助けを待つ時間を短くできるのか。六隻と一隻の話をしていた時には決めていなかった数値が、また一つ加わった。

 

 スクリーンでは、元老院の議員が取材に答えていた。

 

『ドレッドノート級の更新そのものには反対しません。しかし、単なる代艦というには能力が大きく拡張されています。司法軍にどこまでの任務を担わせるのか、その議論も必要です』

 

 続いて映った別の議員は、ナブー危機に言及した。

 

『遠隔地へ迅速に到達し、港湾施設を失った地域へも展開できる。それは共和国が市民を保護するために必要な能力です。従来の艦艇と違うことを、ただちに欠点とするべきではありません』

 

 映像がスタジオへ戻った。解説者は艦艇の性能を説明した後、基地や整備要員、指揮系統の整備も必要だと付け加えた。新しい船だけで、出動までの手続きが短くなるわけではない。

 

「そこは、その通りだと思う」

 

 シーアが言うと、カッシオが端末から顔を上げた。

 

「〇・六でも?」

 

「出動命令に三日かかったら、その三日は消えないでしょう」

 

 シーアはホロの艦影へ目を戻した。

 

「でも、出てから早く着けることには意味がある。命令を出すところで待たせてるなら、そこも直せば、もっと早くなる」

 

「課題の続きみたいだな」

 

「あれ、一つの事故だけでも結構あったよ。ほかの場所だったら、また変わるし」

 

「先生も三年間考えろって言ってたしな」

 

 カッシオはそう言って菓子を一つ取った。シーアもカップへ手を伸ばしたが、飲みながら見ていたのは艦の図だった。

 

「何がいちばん気に入ったの?」

 

 セリアに訊かれ、今度はすぐに答えた。

 

「速いところ。それに、着いた後で使うものを、まとめて持っていけるところ」

 

 艦影を回し、格納庫の開口部を示す。

 

「人も、物資も、艦載機も。港が壊れていたら、降りる場所を調べて、使えるなら船ごと降りる。来たのに荷物を降ろせなくて、別の船を待つことになったら困るでしょう」

 

「共和国ごと来るんだ」

 

 リヴィアが言った。シーアは少し考え、頷いた。

 

「少なくとも、共和国が仕事をするためのものは持ってこられる」

 

 その間に艦影を上から見ていたカッシオが、細い艦橋塔に目を留めた。

 

「艦橋は小さいな」

 

「そこは好きじゃない」

 

「即答かよ」

 

「中にも指揮区画はあるんだって。でも、外から見たらマンデイターの方がいい」

 

「あれは船自体が大きいだろ」

 

「大きいところも好きなんだよ」

 

 リヴィアが笑った。その向こうで、スクリーンが司法軍基地の中継映像へ切り替わる。第一次引き渡しのうち、コルサントへ回航された一隻が、これから公開されるらしかった。地上では受け入れの準備が進み、上空には誘導艇が上がっている。艦の姿はまだない。

 

 画面の端に《進入待機中》と表示された。シーアは時計を見て、端末を鞄へ戻した。

 

「そろそろ行こう」

 

「基地?」

 

 カッシオが訊いた。

 

「外の展望区。今なら間に合うかもしれない」

 

「時間まで聞いてたの?」

 

 リヴィアが眉を上げた。

 

「そこは教えてくれなかった。今、まだ来てないって出たから」

 

「じゃあ、急がないと」

 

 セリアがカップを置いた。カッシオは残っていたサンドイッチを取り、リヴィアが給仕へ会計を頼んだ。シーアが席を立つと、彼女は少し笑って鞄を指した。

 

「今日来なかったら、明日も誘うつもりだった?」

 

「明日も外出できるなら、最初から展望区に行こうと思ってた」

 

「そうでしょうね」

 

 

 C.R.C. 7946.041 コルサント、共和国司法軍基地・外縁展望区

 

 基地の中へ入れるわけではなかった。それでも、中央都市圏の外縁にある公共展望区には、既に相当な人が集まっていた。報道関係者に艦艇愛好家、司法軍関係者の家族らしい一団。同じ学院の制服も何人か見え、飲み物を売る露店の前には短い列ができている。

 

 警護員の一人が先に周囲を確かめ、四人は手すりの近くに場所を見つけた。

 

「カースさんの独り言、そんなに秘密でもなかったんじゃない?」

 

 セリアが周りを見ながら言った。

 

「今日はもう、ニュースになったから」

 

「シーアは年始から知ってたんだよね」

 

「うん」

 

「それが嬉しいんでしょう」

 

 シーアは否定しかけ、やめた。

 

「少し」

 

 セリアが笑った。カッシオは既に上空を見ており、リヴィアは展望区の案内表示で進入方向を確かめていた。

 

 コルサントの空には、普段なら幾重もの航路が走っている。基地上空だけは、その流れが大きく迂回していた。ぽっかりと空いた空間へ誘導艇が二隻上がり、しばらくして、遠くに黒い線が現れた。

 

「あれ?」

 

 セリアが指した。シーアは手すりから身を乗り出しかけ、後ろの警護員に肩へ手を置かれた。頷いて姿勢を戻したが、視線は空から離さなかった。

 

 影が近づくにつれ、楔形の艦首が見えてきた。後方へ広がる幅の広い船体、その下へ続く厚い船腹。八百九十メートル近いという数字は知っていたのに、背景の建物や誘導艇と並んだ実物は、ホロの中で回していた艦とは違う大きさを持っていた。

 

「でかいな」

 

 カッシオが言った。シーアは頷き、主船体から伸びる小さな艦橋塔を目で追った。

 

「……やっぱり艦橋は小さい」

 

「まだ言うのか」

 

「実物だと、船体がもっと大きく見えるから」

 

 カッシオもそこを見上げた。何か言おうとした時、艦の進路に合わせて誘導艇が左右へ分かれた。二人とも黙り、降下してくる船を目で追った。

 

 ニュースでは新型ヘヴィ・クルーザー。元老院ではドレッドノート級の代艦。カースが渡した資料には、スター・デストロイヤーと書かれている。同じ艦でも、その何を見せたいかによって呼び方が変わるらしかった。

 

 今、頭上へ来た艦には司法軍の識別標識があった。それは地上からでも、はっきりと読めた。

 

 船体下面の扉が開き、格納されていた降着装置がゆっくりと展開した。大きな支柱が伸び、その先の幅広い接地部が向きを変える。地上では、それぞれの位置に合わせて誘導灯が灯っていった。

 

「あれがカタログの脚?」

 

 セリアの声に頷くと、彼女は首を傾けながら艦と着陸区画を見比べた。

 

「本当に、あれで支えるんだ」

 

「下も、それに耐えないといけないんだよね」

 

 シーアは、端末で見た接地荷重の説明を思い出していた。ここには、大型艦を受け入れるための基盤と支持構造がある。だが、港がなくても降りられるというのは、どこへでも降りられるという意味ではない。その条件を調べ、着陸できる場所を確保する人間も必要になる。

 

 それでも、ここには降りられる。目の前で、実際に降りてきている。

 

 機関の低い響きが強まり、展望区の手すりがかすかに震えた。遠くの着陸区画では、艦の下を薄い埃が流れていく。街の間を抜けてきた風が髪をあおり、シーアは片手で押さえた。

 

 最初の脚が接地した。他の脚も順に地面を捉え、巨大な船体がごくわずかに沈む。機関音が変わった。シーアは手すりを握ったまま、艦が静止するまで見ていた。

 

 展望区から歓声が上がった。報道艇が向きを変え、降りたばかりの艦を斜め上から映し始める。KDYの製造標と司法軍の識別標識が、同じ船体に並んでいた。

 

 この艦がどこへ配備されるのかは、まだ知らない。カタログに並ぶ任務のうち、最初に何をするのかも分からなかった。年始にホロシートで見た時には、指を動かすだけで裏側まで眺められた。今は、艦首から艦尾まで見るのにも顔を動かさなければならない。

 

「嬉しそうだね」

 

 隣でリヴィアが言った。

 

「うん」

 

「〇・六だから?」

 

「それもある」

 

 シーアは艦首から艦尾まで、もう一度目を動かした。あの中へ人が乗り、物資が積まれ、いずれはここから出ていく。コルサントよりずっと遠くで、この艦を待つ人がいるかもしれない。

 

「共和国が、前より少し近くなった気がする」

 

「一隻で?」

 

 セリアが訊いた。

 

「一隻分だけ」

 

 カッシオが笑った。

 

「じゃあ、六隻なら?」

 

「どこに置くかによる」

 

「去年は、すぐ六か所って言ったのに」

 

「〇・六なら、別の星系にも間に合うかもしれないでしょう。前とは変わるよ」

 

「また条件が増えるな」

 

「船も増えてほしいけど」

 

 リヴィアが何か言いかけたところで、地上の係員が動いた。四人は話をやめ、そちらへ顔を向けた。

 

 司法軍旗が上がった。

 

 

 同日 ロサナ

 

 プロクラメイター級の第一次引き渡しは、予定通り進んでいた。共和国司法軍との共同発表、報道公開、元老院への説明。コルサントから届いた報告には、着陸を終えた艦の映像も添えられていた。

 

 カースはその報告を閉じ、次の資料を開いた。

 

 ロサナ・ヘヴィ・エンジニアリング。KDY系列に属しながら、クアット本星の巨大な造船環から遠く離れた生産拠点では、別の契約が動き始めていた。

 

 発注書に最終的な運用者の名はなかった。契約窓口も、支払いの義務を負う相手も記載されている。ただ、完成した艦を誰が運用するのかは、製造側へ開示されない契約だった。

 

「第一回分の入金を確認しました」

 

 担当者が言った。カースは金額の欄へ目を落とした。

 

「予定額通りですね」

 

「はい。設備増設の着手条件も満たしています」

 

 要求されているのは、一隻や二隻の建造ではなかった。それを送り出し続けるための生産設備そのものが、契約に含まれていた。

 

 組立区画を増設するための用地調査と、既存棟の転用計画は済んでいる。機関の生産ラインは別棟へ置き、装甲材の加工もロサナ側で行う。クアット側へ出す資材や部品の発注は個別の契約として処理され、完成艦の数量や納入先を示す資料とは切り離されていた。

 

 今回の入金によって、本工事へ進める。

 

 カースは工程表を確かめ、基礎設計の候補へ表示を送った。今日、コルサントへ降りたばかりの艦が現れた。

 

 PROCLAMATOR-CLASS — ENGINEERING PACKAGE

 

「プロクラメイターを基礎にするんですか」

 

 向かいの技師が訊いた。

 

「使える部分は使います。主船体の構造、大気圏内の荷重データ、降着装置。それに、機関の統合設計も」

 

 カースは資料を順に開いた。新しい契約の要求仕様には、兵員、車両、物資の輸送量が並んでいる。惑星上へ直接展開する能力と、長距離を航行する能力も求められていた。

 

「内部の配分は変わります。積載状態も、プロクラメイターとは違う」

 

「新しい荷重条件での検証は、こちらで行ってください。ただ、成立している構造まで、もう一度白紙から設計する必要はありません」

 

 技師は頷き、船体の断面図を別の画面へ移した。幅の広い楔形と、その腹側まで続く大きな容積。そこへ顧客の要求する区画を収められるか、まず確かめることになる。

 

 機関の仕様を開いたところで、技師の手が止まった。

 

 PRIMARY HYPERDRIVE REQUIREMENT — CLASS 1.0 OR BETTER

 

「等級一以下ですか」

 

「ええ」

 

「輸送能力をこれだけ要求して、そのうえ速さも欲しいわけですね」

 

 カースはプロクラメイター側の欄を示した。

 

 CLASS 0.6

 

 技師は二つの画面を見比べた。

 

「これを使うんですか。要求値をかなり上回りますが」

 

「既に成立しています」

 

「新しく設計するなら、〇・八か〇・九程度を狙っても十分です」

 

「要求を上回ることだけを理由に、完成している設計を捨てる必要はありません。まずは、こちらを組み込む案で進めてください」

 

 技師は少し考え、統合設計の項目を開いた。

 

「搭載条件は変わります。冷却も整備区画も、そのままでは収まりません。同じ機関を載せれば、こちらでも〇・六になると保証できるわけではありませんが」

 

「承知しています。規定の積載状態で要求性能を満たすことを確認してください。必要な改修費用と、新たな機関を開発する費用を比較しましょう。調達と量産の見通しも含めてです」

 

「量産中の部品を使えるのは大きいですね。整備用の機材も、共通にできる部分はある」

 

「その分、納入後の支援も組みやすくなります」

 

 技師は頷いた。性能を少し落とした新しい機関を作ることが、そのまま安価な船につながるとは限らない。開発を終え、部品を揃え、作り方と直し方まで決まっている設計には、それ自体に価値があった。

 

「では、既存設計の流用を第一案に。搭載条件で成立しない部分が出たら、比較案を出します」

 

 カースが頷くと、技師は注記を入れた。もう一度〇・六の数字を見て、小さく息を吐く。

 

「レースシップ並みですね」

 

「以前にも、そう言った方がいましたよ」

 

「技術部の方ですか?」

 

「いえ。艦の好きな方です」

 

 カースはそれ以上説明せず、契約に基づく設計データの移管を承認した。プロクラメイター級の資料が複製され、新しい計画の作業領域へ移っていく。

 

 次の艦級の名は、まだなかった。完成形の外観も決まっていない。ただ、どこから始めるかは決まった。幅の広い船体と大きな内部容積、惑星上へ直接降りるための構造、そして高速ハイパードライブ。その周りへ、新たな要求が書き込まれていく。

 

 壁面の画面には、コルサントで撮影された報道映像が流れていた。着陸した艦の前で司法軍旗が上がり、展望区に集まった人々が手を振っている。字幕は、共和国司法軍に新しい大型巡洋艦が加わったと伝えていた。

 

 技師はその艦を一度見てから、手元の図面へ戻った。ロサナでは、同じ船の設計を出発点に、別の艦隊を造る準備が始まっていた。




プロクラメイター級スター・デストロイヤー

分類:スター・デストロイヤー
全長:889.6メートル
建造:クアット・ドライブ・ヤード

銀河共和国司法軍が運用した主力艦。

長年にわたり司法軍の中核を担ってきたドレッドノート級ヘヴィ・クルーザーの後継を意図して設計されたが、その性格は単純な代艦に留まらない。

幅広く厚みのある楔形船体には、強力な兵装と防御設備だけでなく、大規模な格納庫、物資・人員輸送区画、救難・通信設備を収容し、長期間にわたる独立行動を可能としている。艦体下面には惑星降下を前提とした格納式降着装置を備え、軌道上の基地や宇宙港に依存せず、惑星地表へ直接展開することができる。

最大の特徴は、これほどの大型艦としては異例のClass 0.6ハイパードライブである。


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