STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
プロローグ:夜空
C.R.C. 7945.014.18
ギャラクティック・シティに、夜空はない。
陽が沈んでも街は暗くならなかった。何層にも重なった都市から光が立ち上がり、その上を横切るエアスピーダーの航行灯が、さらに細い線を引いていく。モン・モスマは窓の外を一瞥し、手元の端末へ視線を戻した。
十六歳の彼女には、今夜の出席者の中に、まだ直接会ったことのない者も多かった。ベイルから紹介すると言われた顔ぶれを、車中でもう一度確かめていた。
今夜の招待先は、サーティネイニアン公王家のコルサント邸だった。共和国成立以前まで系譜を遡る古い家で、現在はニュー・テリトリーズ方面のサーティネイニアンを治めている。造船や金融、司法軍への協力でも知られており、そのあたりはモンも承知していた。
彼女が読んでいるのは、第三公子の資料だった。
アレクシアール・ヴァラリアン。十歳。公王位継承順位第三位。翌学期よりロイヤル・アカデミーへ特例入学予定。通常より三年早く、司法軍関係者とクアット・ドライブ・ヤード双方からの推薦がある。
「ロイヤル・アカデミーへ、十歳で入るそうよ」
モンの指が画面の上で止まった。向かいの席で、ベイル・オーガナが顔を上げる。
「第三公子のことか。今頃読んでいるのかい」
「今夜会う人の経歴を、全部暗記してから宴席へ行くほど暇ではないの」
「君なら、そうしていると思ったよ」
モンは答えず、画面を先へ送った。ベイルは窓の外へ目を戻す。目的地は近かった。新しい高層建築の間に、古い石造りを模した建物が見えている。何度も建て替えられているはずだが、周囲の街並みの方が、後からその家を囲むように育ったのだと分かる佇まいだった。
「司法軍だけでなく、KDYからも推薦されているのね。船でも設計するつもりかしら」
「本人に聞いてみるといい」
「それに、外見についての注記が多すぎるわ」
ベイルが再びこちらを見る。モンは画面に並ぶ文章を読み上げた。
「『非常に整った容貌』『年齢・性別を判別しにくい』『画像では印象を十分に伝えられない』。人物紹介に、ここまで必要かしら」
「会った時に驚かないように、という配慮かな」
「まだ十歳でしょう」
「その十歳について、さっきから随分熱心に読んでいるじゃないか」
モンは端末を閉じた。
「あなたが早く迎えに来すぎたのよ」
ベイルが笑う間に、車体は高度を下げ始めた。
⸻
宴席は、モンが思っていたほど堅苦しくなかった。
外交官に元老院議員、司法軍関係者、企業家、学者。肩書だけを並べれば共和国の縮図のような客層だったが、人数は多くない。広間のあちこちに小さな輪ができ、挨拶を終えた客がその間を行き来していた。
杯を受け取ったモンは、隣のベイルへ顔を向けた。
「あなたは、第三公子について何か聞いているんでしょう」
「船が好きらしい。それも、かなり」
「ずいぶん簡単な紹介ね」
「十歳の少年を紹介してもらうなら、それで十分じゃないか」
モンが杯に口をつけようとした時、広間の一角で会話が途切れた。話していた者が言葉を止め、グラスを運びかけた手が宙に留まる。すぐに話し声は戻ったが、何人かの視線は同じ方向へ向いたままだった。
公王アルドレン・ヴァラリアンの傍らを、小柄な少年が歩いていた。
淡い銀髪が白い頬にかかり、幼さを残した顔を縁取っている。最初の一瞬なら、礼装を着た少女と見間違えた者もいたかもしれない。整いすぎた顔立ちにはどこか現実感が薄く、立ち止まって礼をし、相手を見上げるまでの落ち着いた仕草が、その印象を強めていた。
少年は父の半歩後ろを歩き、紹介された相手に灰色の目を向けていた。周囲の視線には慣れているらしい。ただ、大窓の向こうを大型船が横切るたびに、目だけがそちらを追った。
「なるほどね」
モンは杯を下ろした。
「画像では分からない、という意味は分かったわ」
「確かに、あの注記にも理由はあったようだ」
「あなたまで感心するのね」
ベイルは笑いかけたが、近づいてくる公王へ向き直った。
「オーガナ議員。久しいな」
「お招きいただき、ありがとうございます。公王殿下」
二人は握手を交わした。ひととおりの挨拶を終えると、アルドレンが傍らの少年を紹介した。
「息子のアレクシアールだ。シーア、オーガナ議員に御挨拶を」
「初めまして。アレクシアール・ヴァラリアンです」
少年は姿勢を正して礼をした。ベイルも名乗って挨拶を返し、隣のモンを紹介する。その間にも、少年の視線が一度だけベイルの肩越しへ動いた。
ベイルは窓の方を振り返った。
「船が気になるようだね」
「……少し」
シーアは父を見上げた。アルドレンが黙って見返すと、言い直した。
「かなり、気になります」
「どんな船が好きなんだい」
「何でも好きです。小さいのも、大きいのも。でも、大きい方が面白いです」
さっきまでの挨拶よりも、ずっと答えが早かった。ベイルはその顔を見ながら尋ねた。
「戦闘機をたくさん積めるからかな」
「それもあります。でも、人や食料や、修理部品も載せられます。遠くまで行くなら必要でしょう」
「ずいぶん実用的だ。どのくらい遠くへ行きたいんだい」
「できるだけ遠くへ」
ベイルは笑った。
「アルデラーンまでなら、そう難しくない」
「ここからなら。でも、船によります」
「辺境となると、もっと船によるわけか」
「はい。法律はすぐ届くのに、人や船はそうじゃないでしょう」
ベイルはグラスを持ち替えた。
「共和国の法律のことだね」
「共和国なら、どこの星にもあるでしょう。でも、何かあった時に、すぐ人が来てくれるわけじゃありません」
シーアは窓の向こうへ目をやった。遠方の航路を、大型客船がゆっくりと横切っている。
「サーティネイニアンの司法軍基地を見せてもらった時も、船が全部いるわけじゃありませんでした。別のところへ行っていたり、修理していたりして」
「任務に出ている艦も、整備中の艦もある。必要になってから集めるには時間がかかるね」
「だったら、共和国って、本当はどこまで届いているんでしょう」
ベイルはすぐには答えなかった。隣で聞いていたモンも、グラスを下ろして少年を見た。
「地図の上なら、加盟している星系は分かる。そこへ救援を送れるかとなると、距離だけでは決まらない」
「どれくらいで来てもらえるかも、その時によるんですよね」
「残念ながらね」
シーアはしばらく考え、窓へ向けていた目を戻した。
「だから、船がどこまで行けるかって、政治の話なんだと思います。船が行けないところには、共和国も行けないから」
ベイルはアルドレンへ目を移した。公王は口を挟まず、息子の傍らに立っていた。
その時、シーアの顔が明るくなった。
「あ、あれはドレッドノート級ですか」
窓の向こうを指す手につられ、ベイルも振り返った。さっきまでの問いをもう忘れたような声に、思わず笑いが漏れる。
「やはり、船そのものが好きなんだね」
「はい」
返事に迷いはなかった。アルドレンは額に手を当ててから、息子の肩へ軽く触れた。
⸻
「共和国がどこまで届くかを考えている王子様なのね」
モンが声をかけると、シーアは受け取ったばかりのジュースから顔を上げた。
「さっきの話、聞こえていたんですか」
「すぐ隣にいたもの」
少年は照れたようにグラスへ目を落とした。その様子を見て、モンは肩の力を抜いた。
「あなたの家では、公王の位を受け継ぐのでしょう。世襲であることについては、どう考えているの」
ベイルが横から彼女を見た。
「モン、いきなりそれを十歳の子に聞くのかい」
「本人の考えを聞きたいのよ」
シーアは二人を交互に見た後、グラスを両手で持ち直した。
「必要かどうかは、まだよく分かりません。父上が公王なのは分かります。でも、公王だから何をしてもいいわけじゃないって、父上に言われています」
「たとえば、どんなことをしてはいけないの」
「命令だけすることです。税を取ったり、法律を守れと言ったり、兵役を頼んだりするなら、その分ちゃんと守らないといけないって」
シーアは言葉を選びながら続けた。
「だから、公王が必要かどうかより、いるならちゃんとやらないと駄目なんだと思います」
「責任を果たすことは大切ね。でも、市民は公王を選べないでしょう」
「はい。元老院議員は選ばれるんですよね」
「私の星ではね。政府が任命する星もあるけれど、私は、市民が選べる方がいいと思う」
「じゃあ、そこは違いますね」
あっさり認めた後、シーアはモンを見上げた。
「でも、選ばれた人でも、命令するなら守らないといけないでしょう」
モンは返答を急がなかった。
「ええ。それだけで政治の全部を説明できるわけではないけれど、権限に責任が伴うという点では、その通りよ」
「じゃあ、仲良くできますね」
モンは言葉を止めた。隣でベイルが笑っている。
「どうして、そうなるの」
「全部違ったら、喧嘩になるでしょう。でも、少し違うくらいなら話せばいいです」
少年は当然のことを言ったつもりらしかった。モンはグラスへ目を落とし、それから頷いた。
「そうね。まず、話すところからね」
そこへ、背の高い中年の男が近づいてきた。
「殿下。本日は御機嫌麗しく」
クアット・ドライブ・ヤードの幹部、ヴェリオン・カースだった。シーアはその顔を見ると、挨拶を返す前に尋ねた。
「カースさん、さっきまで軌道港にいたでしょう」
「なぜ御存じで」
「到着が57分遅かったです。セレナが時間を教えてくれました」
少し離れたところにいた女性侍従は、聞こえなかったように客人へ道を譲った。カースはそちらを見てから笑った。
「管制に止められましてね。ようやく降りてこられたところです」
「KDYでも止められるんですね」
「共和国の管制官は、時としてKDYより強いのですよ」
「じゃあ、大事ですね」
「ええ。おかげで事故にも遭わず、ここにおります」
カースはグラスを持つ手を下げ、少年の方へ身体を向けた。
「ところで、以前いただいたご質問ですが、設計の方へ回しておきました」
「見てもらえたんですか」
「はい。ただ、殿下の御希望をすべて入れると、たいへん高価な船になります」
シーアの顔から期待の笑みが薄れた。
「そんなに変なことは言っていないでしょう」
「では、順に確かめましょう。ハイパードライブは、クラス2か、それより速いものを御希望でしたな」
「はい。できれば、クラス1くらいがいいです」
「そこへ戦闘機、兵員、物資、救難艇を積み、遠隔地で仕事をする行政官も乗せる。自力で戦闘ができて、長期間行動するための整備能力も必要だ、と」
カースは一つずつ指を折った。シーアは途中で頷き、最後まで聞いてから答えた。
「はい。どれも要ると思います」
「それを一隻にまとめるおつもりですか」
「一隻だけじゃなくてもいいです。でも、なるべく一緒に行けた方が楽でしょう」
「楽、という一言で済む設計ではありませんな」
シーアが口を尖らせるのを見て、カースは折っていた指を開いた。
「そこまでして、その船に何をさせたいのです」
少年はすぐには答えなかった。窓の外では、大小さまざまな船が航路に沿って流れている。モンもベイルも口を挟まず、シーアが考えるのを待った。
「どこまでが国なのか。それを表す船です」
カースは少年へ視線を戻した。
「『共和国はここまでです』じゃなくて、『共和国は、ここまで来られます』って見せる船」
シーアは窓の向こうへ手を向けた。カースはその先を見てから、静かに言った。
「高くつきますよ」
「KDYなら造れないんですか」
カースの返事が止まった。ベイルがグラスに口をつける。口元には笑みが残っていた。
「殿下。そう言われると、造れないとは申し上げにくいですな」
カースが苦笑すると、シーアは満足そうに頷いた。
⸻
その夜、シーアは多くの大人に紹介された。その中に、ナブー選出の元老院議員がいた。
「パルパティーンです。随分面白い船をお考えだそうですね」
柔らかな声だったが、子供向けに話を簡単にしようとする調子はなかった。シーアが顔を上げると、彼は穏やかに目を合わせた。
「カースさんから聞いたんですか。まだ、造ってくれるとは言っていません」
「ですが、欲しいのでしょう」
「はい」
シーアが頷くと、パルパティーンも微笑んだ。
「共和国には、もっと力が必要だと思いますか」
「大きすぎる軍隊は、怖いと思います。でも、何もないのも変です。助けてほしいと言われても、行けないから」
パルパティーンは急かさず、続きを待っていた。シーアは考えをまとめながら話した。
「たくさん持てばいいということじゃなくて、必要な時に、必要なところへ行ければいいんだと思います」
「なるほど。では、よく学びなさい。船だけでなく、人も、法律も、共和国そのものも」
その声に、シーアは背筋を伸ばした。
「いずれあなたが、今より少し遠くまで共和国を届かせる日が来るかもしれません」
「はい」
シーアは真っ直ぐに頷いた。パルパティーンはその返事を聞き、満足そうに笑みを深めた。
十歳のシーアには、自分の話を最後まで真面目に聞いてくれる、親切な元老院議員だった。
次に顔を合わせたのは、茶色のローブをまとった長身の男だった。ジェダイのドゥークーだと紹介され、シーアは姿勢を正した。その名は知っていたが、目が先に向かったのは、腰に提げられたライトセーバーだった。
「気になるかね」
見られていたことに気づき、シーアは顔を上げた。
「はい。触ってもいいですか」
「それはいけない」
「……そうですよね」
シーアが腰の武器から目を離すと、ドゥークーの口元が動いた。
「古い家の王子が、ジェダイの武器に興味を示すとはな」
「古い家だと、いけないんですか」
「いや。むしろ、古い家ほど武器を好むものだ」
「じゃあ、普通ですね」
ドゥークーは低く笑った。サーティネイニアンについて言葉を交わすうちに、話題はシーアが見てきた辺境の星々へ移った。
「アウター・リムを見て、どう思ったかね」
「遠かったです」
シーアは答えてから、それだけでは足りないと思ったのか、言葉を足した。
「それに、共和国なのに、自分で自分を守っているところが多いです」
「守ってくれる者が来なければ、そうするほかあるまい」
「それは分かります。でも、会社まで軍隊を持っているでしょう。その会社が悪いことをしたら、誰が止めるんですか」
「共和国が止めるべきだろう。司法軍も、そのためにある」
「でも、司法軍が間に合わないから、会社が自分で軍隊を持っているんですよね」
ドゥークーは腕を組み、少年の言葉を待った。
「守ってもらえないから、自分で軍隊を持つ。みんながそうしたら、共和国より強いところも出てきます。そうなると、共和国はもっと止められなくなるんじゃありませんか」
シーアは話し終えてから、ドゥークーを見上げた。考え違いをしているなら、教えてもらいたかった。
ドゥークーは窓の向こうへ目を向けた。コルサントの光が、その横顔を照らしていた。
「君は、共和国がもっと強くあるべきだと考えているのかね」
「そこは、まだ分かりません。強ければ何をしてもいいのは嫌です。でも、何もできないのも変だと思います」
「難しいところを残すのだな」
「簡単だったら、みんなもう解決しているでしょう」
ドゥークーは少年へ目を戻し、やがて低く笑った。
「なかなか面倒なことを考える」
「よく言われます」
シーアが困ったように答えると、ドゥークーはローブを整えた。
「殿下。今日の話は、覚えておこう」
「はい」
それが社交辞令なのかどうか、シーアには判断がつかなかった。広間を出ていく背中を見送り、隣に控えていたセレナへ顔を向ける。
「セレナ。あの人も、共和国の人だよね」
「共和国のために働いておられるジェダイです」
「共和国のことは、あまり好きじゃなさそうだった」
セレナは答えず、空になったグラスへ目をやった。シーアはまだドゥークーの去った方を見ていた。
「でも、そのために働いているんだね」
「そうですね。殿下、こちらを」
新しいグラスを差し出され、シーアはようやく振り向いた。受け取って一口飲むうちに、窓の向こうへ目が移った。
やがて考えていたのは、ドゥークーの言葉よりも、先ほど見かけた大型船の艦影だった。あの船尾を、どこかの資料で見た気がする。思い出そうとしている間に、また別の客人が近づいてきた。
⸻
宴席も後半になると、シーアはさすがに疲れていた。知らない大人から名を呼ばれて振り向くまでに間が空き、挨拶を返した後の笑顔も長くは続かなかった。
「こっち。静かなところがあるから」
腕を引かれ、シーアは顔を上げた。リヴィア・セリンだった。金融街の名家の娘で、自分より三歳年上だと紹介されていた。
「待って、どこに行くの」
「上の展望デッキ」
リヴィアは広間を抜け、迷いなく廊下へ出た。シーアはついていきながらセレナを探したが、客人たちの間に姿を見つけられなかった。
「そこ、入っていいの?」
「たぶんね」
シーアが足を止めると、リヴィアも振り返った。
「駄目って書いてあったら、戻ればいいでしょう」
「書いてあるかどうかも知らないの? 先に確認しないと」
「シーア、何でも確認していたら、何もできないよ」
「駄目だったら怒られるだろ」
「見つかったらね」
あまりにあっさり言われて、シーアは返事に詰まった。
「絶対、セレナが怒る」
「さっきの侍従さん? じゃあ、見つかる前に戻ればいいじゃない」
それで問題がなくなるとは思えなかった。ただ、広間へ引き返せば、また誰かに紹介されるかもしれない。何より、展望デッキという言葉が気になっていた。
「……少しだけだよ」
「決まり」
リヴィアは笑い、再び彼の手を引いた。
展望デッキには誰もいなかった。照明が落とされた室内の向こうに、ギャラクティック・シティの光が広がっている。シーアは入るなり窓際まで歩き、ガラス越しの景色を見上げた。
「すごい」
「街なら、下の広間からも見えたでしょう」
「船がよく見えるんだ。あれ、貨物船かな。その後ろのは……」
「また船の話」
リヴィアも隣へ来たが、シーアが指した先には特に目を留めなかった。
「リヴィアは、船の種類を知らないの?」
「知らなくても困らないもの」
「困るよ」
「何に困るの」
すぐに答えようとして、シーアは止まった。
「……いろいろ」
「便利な答えね」
リヴィアは笑った。シーアは説明を諦め、窓へ向き直った。軌道へ上っていく船と、都市へ降りてくる船が、それぞれの航路を途切れなく流れている。
「すごい数だね。全部、何かを運んでいるんだよね。人とか、食べ物とか、機械とか」
「お金も」
リヴィアが付け加えると、シーアは彼女を見た。
「お金を、船で運んでいるの?」
「取引の話。荷物が動けば、お金も動くでしょう。会社が売ったり買ったりして、銀行が貸して、保険会社が保険を引き受けるの」
シーアは航路へ目を戻した。船の形を追っていた時よりも、長く同じ場所を見ている。
「船が遅れたら、銀行も困るんだ」
「届くつもりで買った会社も、売った会社もね。遅れた理由によっては、保険会社にも話が行く」
「一隻遅れただけで?」
「一隻なら、何とかなるかもしれない。でも、あそこが全部止まったら?」
リヴィアが遠くの航路を指した。シーアはその先へ目を凝らした。見ている間にも、一隻が通り過ぎ、次の船が現れる。
「大変そうだね。船が動く予定で、みんなお金も動かしているんだ」
「そういうこと」
リヴィアは得意そうに頷いた。
船に何を積めるかなら、シーアも考えたことがあった。人や食料、兵士や部品をどこまで運べるかも気になっていた。けれど、船が動く約束をもとに、その外側で契約が交わされ、金が貸されているところまでは、あまり考えていなかった。
「銀行も面白いね」
「そこに興味を持つのは、ちょっと意外」
「どうして」
「軍艦以外には興味がないのかと思っていたから」
「そんなことないよ。貨物船も見ていた」
「どっちも船じゃない」
リヴィアが笑った時、背後から声がした。
「殿下」
シーアの肩が跳ねた。振り返ると、入口にセレナが立っていた。
「セレナ。どうしてここに」
「それは、私がお尋ねしたいことです」
リヴィアが一歩下がった。セレナは彼女にも目を向け、礼をした。
「セリン嬢」
「こんばんは。ここ、入ってはいけませんでした?」
「ただいまは使用時間外です。広間へお戻りください」
丁寧な声だった。シーアはリヴィアを見た。
「書いていなくても、駄目じゃないか」
「もう見つかったんだから、戻ればいいでしょう」
「さっきと言っていることが……」
「殿下」
セレナが扉の脇へ寄り、二人のために道を空けた。
「はい。戻ります」
今度の返事は早かった。
⸻
宴席の終わりが近づいた頃、ベイルとモンはテラスに出ていた。ガラスを隔てると広間の音楽は遠くなり、眼下を流れる交通の音が耳に届いた。
モンは手すりへ軽く寄りかかり、都市の光を眺めた。
「変わった子ね」
「悪い意味で言っているのかな」
「まだ決めていないわ。十歳の子供について、結論を急ぐ必要はないでしょう」
ベイルは笑い、グラスを手すりから離した。しばらく二人とも、何も言わずに航路を眺めていた。
「『船が行けないところには、共和国も行けない』。あなたは、あれを聞いてどう思ったの」
「あの子は、船と政治を初めから一緒に考えているんだと思う」
ベイルは遠くを上昇していく船へ目を向けた。
「艦隊の話を始めれば、まず軍事の話になることが多い。あの子にとっては、救援も行政も、その船に乗っていく人間の仕事なんだろう。だから、同じように積みたいと言う」
「それでカース氏を困らせていたのね」
「彼には、将来の顧客の話を聞くいい機会だったんじゃないかな」
モンはベイルを横目で見た。
「あなた、あの子を気に入ったでしょう」
「君も、随分話していた」
「私は、まだ決めていないと言ったわ」
ベイルはそれ以上何も言わず、グラスを傾けた。モンも都市へ目を戻す。先ほどの船は、建物の間を抜け、さらに高い航路へ上ろうとしていた。
「大きくなったら、何になると思う?」
「分からないな」
答えが早かったので、モンはもう一度彼を見た。
「あなたがそう言うのは、珍しいわね」
「十歳なんだ。分からないくらいで、ちょうどいい」
ベイルは都市を見たまま微笑んだ。モンは答えず、遠くの船が光の点になって消えるまで、その行く先を目で追っていた。
⸻
翌朝、アレクシアール・ヴァラリアンは、枕に顔を埋めていた。
「殿下。お時間です」
「起きてる」
「では、目をお開けください」
セレナがカーテンを開けると、朝の光が寝台まで差し込んだ。シーアは顔を反対側へ向け、布団を引き上げた。
「昨日遅かったんだから、もう少し」
「展望デッキへ無断でお入りにならなければ、もう少し早くお休みになれました」
「無断じゃない。リヴィアが大丈夫だって……」
「セリン嬢は、この邸宅の利用を許可する立場にはございません」
シーアは布団の中で黙った。セレナは寝台脇の机にデータパッドを置き、画面を彼の方へ向けた。
「何、それ」
「邸宅の施設利用規則です。殿下が、書いていなかったとおっしゃいましたので」
シーアの目が開いた。
「わざわざ持ってきたの?」
「第32条をご覧ください」
「朝から読まなくてもいいじゃないか」
「次にお出かけになる前に、お確かめいただきます」
布団の中から低い唸り声がした。セレナは返事を待たず、椅子の背にかけてあった服を整えた。
昨夜の客人たちは、この少年をどう見ただろう。美しい公王家の第三公子。十歳でロイヤル・アカデミーに入る子供。司法軍やKDYの人間を相手に、共和国や艦隊について妙な質問をする少年。そのどれも、セレナの知るシーアだった。
同じ少年が、船を見つければ話の途中でも目を向け、年上の少女にからかわれて困り、眠い朝には布団から出ようとしない。失敗をごまかそうと笑う時には、宮廷で教わったはずの仕草も役に立たなかった。
セレナは服を置き直し、寝台へ顔を向けた。布団の縁から、銀色の髪が少しだけ出ていた。
「セレナ」
「はい」
「昨日、カースさんに言った船のことだけど」
シーアはゆっくりと起き上がった。乱れた髪の下で、まだ眠そうな目が彼女を見ている。
「『共和国はここまでです』じゃなくて、『ここまで来られます』って見せる船。あれ、変だった?」
セレナは手を止め、考えてから答えた。
「殿下らしいと思います」
「それ、褒めているの?」
「少なくとも、お話しになっている時は楽しそうでした」
シーアは不満そうな顔をしたが、セレナは朝食の支度へ戻った。机の上には、利用規則を開いたデータパッドが残されている。
窓の向こうでは、朝のギャラクティック・シティを無数の船が行き交っていた。シーアは膝の上に布団を残したまま、その流れを眺めていた。
十歳の子供が宴席で口にした、少し変わった思いつき。今は、まだそれだけだった。
ドレッドノート級ヘヴィ・クルーザー
分類:ヘヴィ・クルーザー
全長:約600メートル
建造:レンディリ・スタードライブ
共和国末期より遥か以前から使用され続けている、共和国司法軍を代表する大型クルーザー。
設計そのものは古いが、頑丈な船体と大きな搭載余裕を持ち、近代化改修を繰り返しながら長期間運用されている。
共和国司法軍では、セクター間の哨戒、船団護衛、海賊討伐、紛争地域への派遣などを担当する地域艦隊の基幹艦として多数を運用する。