STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
C.R.C. 7947.146 コルサント、ロイヤル・アカデミー
その朝、食堂の壁面ホロスクリーンには、戦争ではなく法律が映っていた。
『共和国元老院司法・通商合同委員会は本日、商業組織が保有する武装能力に対する新たな規制案の審議を開始します』
シーアはスプーンを止めた。画面の右側に長い正式名称が現れ、その下へ、短い通称が添えられる。
BR-0528 商業組織武装能力規制及び移管法案。
通商連合軍縮法案。
「また通商連合?」
セリアが顔を上げた。カッシオは食事を続けたまま、ナブーからもう二年だろと言った。
「裁判とは別でしょう」
リヴィアが答えた。
「経営陣の責任を争うのと、会社にどれだけの武力を持たせておくかは、同じ話じゃないから」
ニュースも、ちょうどその説明をしていた。ナブー危機後、通商連合の軍事能力を縮小すべきだという要求は強まった。しかし、保安組織の艦艇や戦闘機だけでなく、加盟企業や子会社の警備戦力まで含めて何を規制するのか、合意には至っていない。
画面がナブーの市街地へ切り替わった。行進するバトル・ドロイドと、その上空を進む輸送艇。続いて、惑星を封鎖したルクレハルク級が映る。今では《アルマダ》の箱にも描かれている、見慣れた艦影だった。
「なくせばいいのに」
近くの席にいた一年生が言った。別の学生が、輸送船を守っているのも通商連合だろと返す。
「司法軍にやらせればいいじゃん。最近、新しい船も増やしてるし」
「プロクラメイターが何隻あれば、銀河全部を回れるんだよ」
「一隻じゃないだろ」
「だから、何隻?」
そこには返事がなかった。シーアは画面下部を流れる要旨を追い、端末で法案を開いた。軍事組織、戦闘用ドロイド、武装艦艇。どれも知らない言葉ではなかったが、ほとんどすべてに注記が付いている。
「定義だけで随分あるな」
カッシオが覗き込んだ。
「ルクレハルクは、元は貨物船でしょう。武装したから軍艦なのか、武装した貨物船なのかで扱いが変わるから」
「《アルマダ》なら軍艦だけどね」
セリアが言うと、リヴィアはゲームのカードで法律は決められないと答えた。
「じゃあ、どれくらい武装したら軍艦なの?」
シーアが訊いた。
「レーザー砲が一本なら?」
「それで軍艦にしたら、海賊対策の商船まで入るだろ」
「十本なら?」
「口径は?」
リヴィアが割って入り、セリアも搭載している戦闘機は数えるのかと訊いた。カッシオは船体の大きさも必要だと言った。シーアは答える代わりに、法案の次の注記を開いた。
『本日の審議では、法案第一条に置かれた「武装組織」の定義から協議が始まる予定です』
アナウンサーの声に、カッシオが小さく笑った。
「やっぱり、そこからか」
シーアは第一条に印を付けた。軍隊を解散させるという見出しは短かった。その軍隊が何を指すのかは、まだ一画面に収まっていなかった。
⸻
C.R.C. 7947.151 コルサント、共和国元老院
五日後、シーアは傍聴席から、その続きを見ていた。
アルドレンは、惑星政府と司法軍の協力体制を巡る協議のため、二日前からコルサントへ来ていた。この日は合同委員会にも、公王として参考人に招かれている。一度見ておけと言われ、学院から午後の見学許可を得たシーアが到着すると、午前中の陳述を終えた父が、傍聴席で手を上げた。
議員席にいるのはアウレリアンだった。父から引き継いだサーティネイニアンの議席で、補佐官と資料を見比べている。こちらに気づくと小さく頷き、すぐに正面へ向き直った。
「まだ、ここの話ですか?」
シーアは父の隣へ座り、議場の表示を見た。朝、学院で開いたのと同じ条文だった。
「私の陳述が終わってから、三時間になる」
「一語で?」
「途中で別の条項にも移った。ただ、そちらもこの定義が決まらないと書けない」
円形の議場中央には証言台があった。通商連合の法務代表団、共和国司法軍、星系政府、保険組合、運輸業者、惑星防衛軍、ナブー政府の代表。端末の出席者名簿は、下まで送ってもまだ続いていた。
通商連合側の法務代表が立つと、正面の条文の一部が強調された。
第一条第三項。
本法にいう「武装組織」とは、組織的指揮系統の下、武装艦艇、戦闘用自律機械、武装航空機その他これに準ずる装備を保有し、継続的な武力行使能力を有する団体をいう。
『「戦闘用自律機械」の判断基準について、確認を求めます。製造時の用途によるのでしょうか。それとも、現在の装備や運用によるのでしょうか』
提出者側の議員は、軍事作戦を主目的として製造された機体は対象となり、それ以外も運用実態によって判断すると答えた。
『では、港湾警備用ドロイドを平時には非武装で運用し、海賊襲撃時のみ武装させた場合は?』
『警備に必要な範囲かどうかを、認証機関が判断します』
『その判断には、武装可能な機体の総数も含まれますか。平時に非武装の機体も、すべて申告するのでしょうか』
『必要な範囲で申告を求めます』
『その範囲が分からなければ、申告義務に違反したかどうかも分かりません』
委員長が条文案の該当箇所を示すよう求めた。提出者の隣にいた法制担当者が、資料を差し出した。
「わざと境目を探してる」
シーアが小声で言うと、アルドレンは頷いた。
「自分たちに有利な境目を作りたいんだ。ただ、問いには答える必要がある。通商連合以外にも、この法律は適用されるからな」
次に表示されたのは、ルクレハルク級の登録資料だった。
『弊社のLH-3210型は、貨物輸送船として建造、登録されています。貨物船を除外する条項との関係を明確にしていただきたい』
ナブー代表が発言を求めた。
『ナブーでは戦闘艦として使用された』
『特定の経営陣による行為については、司法手続きが継続しています。本法は、個別の刑事責任を審理する場ではないと理解しています』
『その点を尋ねているのではありません。戦闘機と地上部隊を運び、惑星を封鎖できる船を、この法案では何として扱うのかと聞いています』
『登録上は武装貨物船です』
『結構。では、砲を外して荷物を運べ!』
大きな声が、議員席の一角から飛んだ。
シーアがそちらを見ると、赤褐色の上着を着た男が立ち上がっていた。肩幅が広く、襟元の留め具まで大きい。発言要求灯は点いていたが、まだ指名されてはいなかった。
『ロジン議員。着席してください』
『私も貨物船の話をしている! 三キロメートルの船だ。小麦なら随分積めるでしょう。私の選挙区では歓迎しますぞ。戦闘機とドロイド兵を降ろして来るなら!』
『発言を認めていません』
男は両手を広げ、ようやく座った。座っても、その席だけが静かになったようには見えなかった。
端末に名前が出ている。
ヴァディム・ロジン。ダルヴァン・セクター代表。
「あの人、ニュースで見たことがある」
「そうだろうな」
「いつも怒ってませんか?」
「映っている時は、多いな」
アルドレンはそれだけ言った。
ナブー代表の発言が終わると、委員長はロジンを指名した。今度は待っていたらしい。彼はゆっくり立ち上がり、上着の前を直した。
『確認したい。貨物船として登録してあれば、装甲車両を積み、戦闘機を飛ばし、共和国加盟惑星を封鎖しても、この法律の対象から外れるのですか』
『そのようなことは申し上げておりません。除外規定との整合を――』
『なら、外れないと書けばよい! 我々は二年前、何を見たのですか。ナブー上空で貨物の積み替えが行われていたのか? テードの街を歩いていたのは荷役用ドロイドか?』
何人かの議員が頷いた。ロジンはその方を見ず、中央の記録用ホロカメラへ顔を向けた。
『共和国の旗の下で商売をし、共和国の法廷で契約を守ってもらい、気に入らない決議が通れば、その共和国の惑星へ砲を向ける。帳簿を持った海賊ではないか!』
『参考人に対する侮辱です。撤回してください』
『撤回します』
あまりに早かったので、シーアは少し驚いた。
『では、武装船舶によって他者の交易条件を変更する商業団体、と申し上げる。これでよろしいですかな』
『質問を続けてください』
『船籍上の名称ではなく、搭載戦力と運用能力で判定する。それに異論はありますか』
法務代表は、自衛に必要な能力との区別が必要だと答えた。ロジンは、そこでは遮らなかった。
『結構。それを決めましょう。だが、その区別をしている間に、貨物船という札だけで丸ごと除外する条項を残してはならない』
席へ戻る途中、彼は補佐官に何か囁いた。補佐官が端末を操作し、先ほどの発言の時刻へ印を付けるのが見えた。
シーアは父の方へ少し身を寄せた。
「今の、質問だけなら、もっと短く言えますよね」
「言えるだろうな」
「だったら、どうして」
アルドレンは、議場の外へ中継を送っている表示を見た。
「質問を聞いてほしい相手と、演説を聞いてほしい相手が違うんだ」
眼下では、貨物船の除外規定を削るべきだという意見が出ていた。すぐに辺境の武装商船まで対象になるとの反論が続き、規模基準を設ける案が示された。
『船体規模ですか、火力ですか。それとも搭載戦力でしょうか』
『複数の指標によって判断します』
『その指標を、法律に書くのですか。認証機関へ委ねるのですか』
ロジンが座ってからも、条文の協議は続いた。さっき印を付けた箇所の隣に、また書き込む場所が必要になった。
⸻
休会に入ると、三人は委員会室脇の控室で合流した。
アウレリアンは水を一杯飲み、補佐官から渡された書類に目を通してから、シーアを見た。
「どうだった?」
「法律を書く人って、言葉を決めるだけで大変なんですね」
「今日は随分と同情的だな」
「見ている分には面白いです」
「それなら、傍聴席は向いている」
アルドレンが笑った。シーアは保存した条文を開き、卓上へ置いた。
「軍隊という名前の組織をなくすのか、軍隊として使える能力を減らすのかで、違うんですね。名前だけなら、保安軍を保安局に変えればいい」
「能力を減らすなら、普通の警備とどこで線を引くかを決めなければならない」
「通商連合だけを名指ししたら?」
アルドレンは端末を自分の方へ少し寄せた。
「違法行為に使われた資産を司法手続きで押さえることと、これから持ってはいけない資産を法律で決めることは別だ。相手を一社に絞っても、何を制限するのかは決めなければならない。財産の扱いも、契約を終わらせる手続きも残る」
「買い取って、共和国へ移したら?」
「それも案にはある」
今度はアウレリアンが答えた。
「ただし、値段を誰が決めるのか、予算をどこから出すのか。その船を動かす者まで一緒に買えるのか」
シーアは少し黙った。船の所有者を替えても、乗員や整備工場まで自動的に共和国のものになるわけではない。
「通商連合が今やっている仕事も、残るんですね」
父は頷き、机上の表示を銀河図へ切り替えた。通商連合が保安契約を持つ航路に、司法軍基地や惑星側の拠点が重なる。いくつもの印が密集する場所もあれば、長い航路の途中に一つしかない場所もあった。
「ここで明日、通商連合の護衛を禁止する」
アルドレンは一本の航路を示した。
「代わりの護衛はまだいない。翌日、海賊が出る。派遣できる共和国艦の到着は六日後だ。その間は誰が守る?」
「今のままなら、誰も」
「通商連合は法律に従う。被害を受けるのは輸送船だ」
シーアは航路に沿って地図を送った。その先には港があり、星系があった。法律が変わったからといって、そこへ荷物を運ばなくてよくなるわけではない。
「司法軍では、全部はできない?」
「現時点では無理だ。プロクラメイターも増えているが、船だけの話ではない」
「じゃあ、代わりができたところから減らすしかないですね。基地や船を先に置いて、その航路の護衛を引き継いでから」
「それが遅れたら?」
シーアは地図から目を上げた。
「減らす方も遅れる。でも、いつまでもできないと言っていたら、ずっと通商連合のままになる」
アウレリアンは、午後に提出する修正案の一枚を弟へ向けた。企業側の武装縮小の予定と並んで、共和国側が保安能力を整える期限が書かれている。
「共和国にも期限を付けるんだ」
「武装を減らせと命じる側にも、やるべきことがある」
「父上が考えたの?」
「エリアドゥで話していた案が元にはなっている。ただ、これを書いたのは兄上たちだ。私は地方政府の側で、何を用意できるかを説明しに来た」
アウレリアンは、別の箇所を指した。
「引き継ぎを待つのは、必要な護衛や警備を縮小する部分だ。登録や申告、任務の制限まで、全部を先送りするわけではない。護衛の代わりがいないから他の惑星を攻撃してもよい、では困る」
シーアは条文と地図を見比べた。考え始めると、どこにでも続きがあった。
「もう、ここまで考えていたんですね」
「お前が来る前から会議をしているからな」
「三時間、一語の話をしていたんでしょう?」
「その一語が決まらないと、これも書けないんだ」
兄が言い、父が少し笑った。その時、開いた扉の向こうから、先ほどの大声が聞こえた。
「ヴァラリアン! 代替計画の付表だが」
ロジンだった。今度は叫んでいるわけではなさそうだったが、廊下にいる補佐官まで振り返った。
アウレリアンが立ち上がると、ロジンは父の姿にも気づき、短く挨拶をした。それから、開いたままの資料を兄へ向ける。
「外縁三航路の工事開始が、すべて後半になっている。予算が削られれば、最初に飛ぶところだ」
「補給施設の整備に時間が掛かります。完成を前倒しできるなら――」
「完成日を嘘で埋めろとは言っていない。調査費と用地確保まで後半へ送るな、と言っている」
アウレリアンは該当箇所を拡大した。
「地方側の負担については、合意が必要です」
「午後までに代表団の意向を持ってくる。君たちは、先行費用を最初の年度へ入れられるか確かめてくれ」
「約束はできません」
「だから確かめろと言っている」
ロジンはそこでシーアに気づいたらしい。顔を見て、それから画面の法案を見た。
「君もこれを読むのか。学校で悪いことでもしたのかね?」
「見学です」
「そうか。では、ここへ来る前に昼食を取ったな。賢い」
彼は自分の補佐官へ、食事はどこだと訊きながら廊下へ戻っていった。
シーアは兄の資料を見た。先行費用、と新しい注記が入っている。
「今は、普通に話せるんですね」
「声は大きかったがな」
アウレリアンは補佐官を呼び、初年度の予算案を開かせた。
⸻
午後の証言台には、共和国司法軍の作戦担当者が立った。
『現在、通商連合と系列企業が担う商船護衛、港湾警備、救難、対海賊任務を、司法軍が即時に全面代替する能力はありますか』
『ありません』
答えは短かった。委員は手元の資料へ目を落とし、プロクラメイター級の導入後も変わらないのかと尋ねた。
『実施できる任務は増えています。しかし、全面代替を想定した予算や配置にはなっていません。高速の大型艦を持つことと、複数の航路で護衛を継続することは、必要な条件が違います』
表示された資料には、整備中の艦、乗員の訓練、基地の補給能力まで含まれていた。シーアは、昼休みに四人で端末へ条件を足していたことを思い出した。こちらの一覧には、その一つ一つに数値と費用が付いている。
『すべての武装護衛契約を一年以内に終了させた場合は?』
『重大な空白が生じます』
『三年間で、段階的に移行するなら?』
『基地の拡張と惑星側の協力、継続した予算措置があれば、主要航路の相当部分を代替できます。遠隔地については、別途の計画が必要です』
ロジンが発言を求めた。委員長は、今度は最初から時間を告げた。
『五分です』
『十分です。船が足りないという。ならば造ればよい! プロクラメイターを三百隻。足りなければ、もっと造る。共和国が企業の護衛船に遠慮する理由が、どこにある!』
『その隻数について、必要性の試算はありますか』
別の委員が尋ねた。ロジンはそちらへ腕を振った。
『試算をするなとは言っていない。必要な数を出して、発注しろと言っている!』
司法軍の担当者は、表示を乗員の養成計画へ戻した。
『艦艇を発注した時点で、乗員が増えるわけではありません。訓練施設と教官の拡充も必要です。納入された艦が、直ちに全任務へ投入できるわけでもありません』
『では、それも今から始めていただきたい。三年後にまた、この席で「ありません」とお答えになるおつもりか!』
『そのための整備計画を、本日お示ししています』
担当者の声は変わらなかった。ロジンは一瞬口を閉じ、それから別の資料を出した。
『承知した。では、こちらを見ていただきたい』
ダルヴァン・セクターの航路図だった。共和国の拠点の間を、通商連合の保安契約が長くつないでいる。
『私の選挙区では、共和国の巡洋艦を見るより、通商連合の護衛艦を見る方が多い。企業の武装は禁止だ、誠に結構。明日禁止するなら、明日、共和国の船を寄越していただきたい』
『それは企業軍事力の既成事実を認める議論です』
指摘した委員へ、ロジンが身体ごと向き直った。
『では、あなたが護衛をするのか!』
『ロジン議員』
『委員長、私は質問している! 企業の護衛を取り上げ、共和国の護衛も出さない。その航路で薬を運ぶ船が襲われた時、誰が責任を取るのですか。次の委員会か!』
今度は笑いが起きなかった。ロジンは議席へ片手をつき、声を少し落とした。
『私は、通商連合に共和国を代わってもらいたいのではない。共和国に来てもらいたいのです。我々が税を払い、代表を送り、この議場の決定に従う、その共和国に』
表示された航路の一本を、指でなぞる。
『企業の艦隊を取り上げろと言うなら、私も賛成する。だが、その後の空白まで辺境へ押し付けるな。コアで拍手をし、外縁で棺を数える法律には、私は賛成しませんぞ』
発言時間の表示が終わりへ近づいていた。ロジンは時計を一度見て、最後の資料を出した。
『代替計画には、地域別の着手期限と費用負担を書いていただきたい。通商連合へ撤退命令を出す日だけ、先に決めるのは認められない』
彼が座ると、今度は外縁側の議員席から賛意が上がった。午前中、通商連合への罵倒に頷いていた者とは、少し違う顔ぶれだった。
アウレリアンが発言を求めたのは、その後だった。複数の議員と調整していた修正案を提出すると告げ、表示を切り替える。
武装制限、登録、査察。その下に、移行についての条項が加わった。
規制対象となる民間保安能力の廃止・縮小は、当該地域における共和国司法軍、惑星政府、または認証された代替保安機関による必要最低限の航路保護・救難・警備能力の確立と連動して実施される。
『禁止と代替を、同じ法律に書くべきです』
アウレリアンは言った。
『企業側の移行期限だけでなく、共和国側の整備計画と実施責任も明記する。完了していない地域については、何が不足し、いつまでに埋めるのかを報告させる。空白は、そのまま待っていてはくれません』
新設する監督機関が、地方政府と実際の保安能力を確認する。企業が自分で引き継ぎ完了を判断する仕組みにはしない。移行期間中も登録と監督の義務は課され、認められる任務の範囲は限定される。
説明が終わる前から、必要な予算と認証基準について発言要求が並んでいた。
『財政委員会との調整は済んでいますか』
『計画期間全体の所要額を提出しています。各年度の歳出措置は、別途審議が必要です』
『ならば、計画だけ通って、予算が付かない年もあり得る』
『その場合に何を実施できなくなるかも、予算審議の際に報告させます』
兄は資料を開き、補佐官と短く言葉を交わした。
シーアは修正案を保存した。よい考えだと全員が頷いて終わるわけではなかった。誰が何を引き継ぎ、そのために誰が金を出すか。それを確かめている間にも、発言要求は増えていく。
隣では、アルドレンが兄の説明を聞いていた。以前なら、父が立っていたはずの場所だった。
⸻
C.R.C. 7947.158 コルサント、共和国元老院
次に傍聴へ来た時、父はもうサーティネイニアンへ戻っていた。シーアはセレナと席に着き、査察についての条項を開いた。
『共和国の査察官が、弊社の物流倉庫へ無予告で立ち入るということですか』
通商連合の代表が訊いた。対象には軍用資産の保管が疑われる施設も含まれると答えられると、代表は、その倉庫には数百社の顧客の荷物があると続けた。
『軍用ドロイドを隠す理由にはなりません』
『隠してよいと申し上げているのではありません。顧客の貨物や商業機密へアクセスする者を、誰が選び、その責任を誰が負うのかを伺っています』
査察官には守秘義務が課される。代表はそれを認めたうえで、民間の認証機関が査察へ参加する場合、競合企業との利害関係をどこまで調べるのかと尋ねた。
通商連合以外の運輸業者からも、説明を求める声が上がった。法制担当者が利益相反の制限案を示すと、次には情報が漏れた場合の賠償責任が問題になった。
そのやり取りが終わる前に、ロジンが発言を求めた。
『予告査察を原則とする修正が出ていますな。いつ、どの倉庫へ行くか、先に教えて差し上げるわけですか』
『適法に営業している施設への立入りには、相応の手続きが必要です』
『共和国が左の扉を叩くまでに、右の扉からドロイドを運び出せる。そのための手続きではないでしょうな』
『不正の疑いがある場合は、別の手続きを設けます』
『何日掛かる?』
シーアは端末から顔を上げた。艦の出動について書いた課題と同じ問いだった。
『事案によります』
『ドロイドは事案を待たない。輸送船も待たない。だったら、少なくとも疑わしい資産を動かすなと命じる権限を付けるべきだ』
法制担当者が、緊急時の移動制限案を示した。
『現在、こちらを検討しています。根拠の提示、期間の上限、迅速な司法審査を条件として――』
『よろしい。その期間内に、本当に査察官が到着できるようにしていただきたい』
ロジンは座った。隣の補佐官へ何か言う時だけ、拡声装置から顔を離していた。
資産の扱いは、さらに細かかった。B1系列機をすべて処分する案には、共通部品まで対象となるのかという質問が出た。武器を外した機体をどう扱うか、戦闘用ソフトウェアを消去したことをどう確認するか。廃棄と封印、登録したうえでの保管が、それぞれ別の案として並べられた。
『武器を外して倉庫へ置けば、それだけで保有上限から外れるのですか』
ナブー代表が訊いた。
『少なくとも、直ちに戦闘へ投入できる状態ではありません』
『再び投入するまでに、何が必要かも調べていただきたい』
ヴァルチャー級については、通商連合側が航路警戒にも使っていると説明した。司法軍の担当者は、任務名にかかわらず、搭載兵装と運用範囲を認証の対象にする必要があると答えた。
指揮組織の条項になると、資料の名前がまた変わった。保安軍、航路管理部門、輸送危機管理部門。それぞれが平時に何を行い、海賊襲撃時に誰へ命令を出すのか。通商連合の代表は部署ごとの役割を説明し、委員は同じ指揮官が複数の部署を兼ねていないかを確かめた。
休会の頃には、シーアの端末にも長い一覧ができていた。
「全部、別の名前にできますね」
控室で言うと、アウレリアンは自分の資料を閉じた。
「名前だけならな」
「でも、航路管理は本当に必要ですし、海賊が来たら警備艦へ指示を出すでしょう。それまでなくせとは言えない」
「その通りだ。だから、どこまでの指揮を認めるのかを決める」
シーアは一覧を兄へ見せた。部署の名前の横には、命令を出せる相手を書いてある。いくつかの欄では、同じ艦隊の名が繰り返されていた。
「組織図では分かれていても、同じ人が全部に命令できるなら、あまり変わらないですね」
「そこも審査しなければならない。看板を掛け替えたことと、指揮系統を切り離したことは違う」
「普通の警備会社にも、同じことをさせるんですか?」
「対象になる会社にはな。惑星政府から警備を受託している企業もある。そういうところを、どの条件で認めるかも決める必要がある」
シーアは該当する例外規定を開いた。通常の警備を続けられるようにするための条文だったが、そこへ入れるように組織を作り直すこともできそうだった。
「例外を書けば、今度はそこに合わせてくる」
「相手も、この法律を読むからな」
「船の設計みたいです。一か所変えると、ほかの場所にも影響が出る。ここだけ決めても終わらない」
兄は少し考え、机の上に広げた資料を見渡した。
「船なら、少なくとも相手に合わせて部品が勝手に名前を変えたりはしないだろう」
シーアは笑った。それから、ロジンの発言に付けた印を開いた。
「あの人、通商連合を嫌っているんですか。それとも、共和国が嫌いなんですか」
「少なくとも、共和国には今より強くなってほしいらしい」
「兄上と同じ?」
「同じ条項に賛成することはある」
アウレリアンは、ロジンが出した別の案を見せた。規制対象となる企業艦艇を、行政命令で広く接収できるようにするものだった。
「これには反対した」
「手続きが足りないから?」
「対象が広すぎる。異議を申し立てても処分が進む。必要な警備まで失うと言っていた本人の案だぞ」
「全部、司法軍に渡せばいいと思ってるんですね」
「渡せば使えるわけではない、とは説明した」
「聞いてくれた?」
「聞いた。その後、もう一度演説した」
シーアは少し笑い、兄も口元を緩めた。けれど、資料に付いていた反対の印は消さなかった。
⸻
C.R.C. 7947.174 コルサント、ロイヤル・アカデミー
審議開始から四週間後、採決に向けた委員会の最終案が公開された。
プレップを終えた四人は、学院の共用ラウンジで長椅子を囲んでいた。リヴィアは最初の法案と並べて表示し、変更箇所を順に送っている。カッシオは艦艇の認可基準を、セリアは航路ごとの移行表を開いていた。
「最初と、随分違うね」
リヴィアが言った。
「どの辺?」
「変わってないところを探した方が早いかも」
シーアが覗き込むと、削除や追加を示す色が画面を埋めていた。第一条の定義も、最初に傍聴した時の文章とは変わっている。
「中央指揮組織の保有は禁止」
カッシオが別のページを読み上げた。
「ただし、航路保安や施設警備、海賊対処に必要な指揮機能は認める。これ、かなり残るんじゃないか?」
「残るよ」
シーアは隣の条項を示した。禁止されるのは、認証された地域や任務の範囲を越えて部隊を集め、一つの司令部から軍事行動を行わせるための中央指揮組織だった。
「同じ航路を守るための連絡はできる。でも、あちこちの警備艦やドロイドを、会社の判断でまとめて別の惑星へ送るのは駄目になる」
「船とドロイドは、あるのに?」
「全部なくす法律にはならなかったから」
カッシオは腕を組んだ。リヴィアが、その理由の一つとなった保有上限の欄を開く。
「戦闘用ドロイドは、施設ごとに上限を決める。会社全体での一律の上限は削除された」
「じゃあ、倉庫を分ければ?」
「警備の必要性も審査されるけど、別の施設として認証されれば、別枠になる」
「子会社も?」
「それぞれ申告する。誰が支配している会社かも書く。でも、同じ親会社というだけで、全部を一つの部隊の上限に収めるわけじゃない」
セリアが顔を上げた。
「同じ数を残せるところもあるんだ」
「あると思う。ただし、移管先でも認可が要るし、施設警備として認められた分を、勝手に集めて軍隊にしたら違反になる」
シーアが答えると、カッシオはすぐに訊いた。
「違反になるから、やらない?」
「平時なら、許可を取り消されたり、資産を押さえられたりするのは困るでしょう」
「戦争になったら?」
シーアは端末を見た。そこには、違反した場合に共和国が取る措置も書いてあった。書いてあるだけで、艦が出てくるわけではない。
「その時にも、守らせられるかどうかだと思う」
カッシオは何も言わず、規制対象となる艦艇の一覧へ戻った。
資産の扱いも変わっていた。広範な没収を求める条項はほとんど消え、登録と認証が中心になった。差し押さえの対象は、違反が認められた資産などに絞られている。
「それなら、通商連合が勝ったの?」
セリアが訊いた。リヴィアは首を傾げ、別の条項を指した。
「でも、今まで共和国が十分に把握していなかった船やドロイド、保管施設を申告しなければならない。認証された装備や許可の状態は、港湾当局と保険会社も確認できる」
「登録しないと、寄港や保険で困るわけか」
カッシオの言葉に、リヴィアは頷いた。
「警備の契約にも使うから。合法に仕事を続けるなら、無視はしにくいよ」
「査察は、原則として事前通告だけど」
シーアが付け加えた。
「隠せるな」
「虚偽申告が見つかれば処分されるし、不正の疑いがある時の臨時査察もある。条件を満たせば、先に資産の移動を止めることもできる」
「疑うための情報は、誰が持ってくる?」
シーアは、査察の前に何日掛かるのかという質問を思い出した。法案を下へ送り、調査と監督を担当する機関の名前を示す。
「ここ。結局、現場へ行って調べる人が要る」
セリアは最後の方にある移行表を卓の中央へ出した。三年間の工程に沿って、基地整備、新規巡視艦、通信中継点、救難設備が並んでいる。
「これは、お兄さんが提案したもの?」
「うん。父上がエリアドゥで話していたことを、兄上たちが修正案にした。ほかの議員の修正も入ってる。最初より、地域ごとの条件が増えた」
「これなら、外側の航路でも、急に誰も来なくなることはない?」
「予算が付いて、計画通りに進めば。毎年、どこまで引き継げたか報告することになってる」
カッシオが手を伸ばし、遅延時の扱いを拡大した。
「遅れたら、減らす側も延期するのか」
「自動的には延びない。理由と新しい予定を報告して、期限を限った判断を受ける。ずっと遅れています、だけじゃ済まないようにはしてある」
「通商連合が、わざと遅らせたりは? 港を使わせないとか」
今度はリヴィアが答えた。
「協定で引き継ぐことになっている施設で、それをやれば妨害になる。ここに制裁の条項があるよ。進捗の虚偽報告も」
「もうそこまで読んだのか」
「あなたが艦艇の上限を見ていた間にね」
「そこは大事だろ」
「こっちも」
セリアが笑い、二人の端末を少し離して、自分の資料を置く場所を作った。
共用ラウンジのスクリーンでは、議事堂前の取材映像が流れていた。シーアが顔を上げたのは、聞き覚えのある声がしたからだった。
『共和国が企業の顔色を窺い、自分の星系に船も送れない。そんな時代を終わらせるための第一歩です!』
ロジンが記者に囲まれていた。
『議員、当初主張されていた艦艇の全面接収は盛り込まれていませんが』
『だから第一歩だと言っている! 最終目的地まで一歩で行けるなら、ハイパードライブはいらんでしょう!』
カッシオが吹き出した。
「それでいいのか」
「船が必要なのは認めたね」
リヴィアが言い、シーアも笑った。画面のロジンは、外縁航路の着手費用が初年度へ加わったことを、記者に繰り返し説明していた。
「あそこは、本当に変わったんだ」
シーアはセリアの移行表を指した。
「控室へ来て、兄上に言ってた。工事が後半だと予算を削られた時に消えるから、先に調査を始めろって」
「じゃあ、ちゃんと仕事をしたんだね」
「うん。ただ、あの人の言ったことが全部通ったら、また別の問題が起きると思う」
兄が見せた接収案は、最終案には入っていなかった。シーアは法案の最初へ戻った。三週間前に傍聴席で見た文章とは、長さも、できることも違っている。
「政治って、最後は賛成か反対かで決めるものだと思ってた」
セリアが言った。
「最後はそうでしょう。でも、その前に、何に賛成するのかを作らないといけない」
「最初の法案とは、もう別物だよ」
「うん。航路を守れって言った人がいなかったら、移行表はこうなってないし、ナブーの人が聞かなかったら、倉庫のドロイドはもっと数えにくかったかもしれない」
シーアは画面へ指を滑らせた。条文を読むと、それについて発言していた人の顔がいくつか浮かんだ。
「同じ法案を見ても、困る場所が違うんだね」
セリアが言った。リヴィアが頷き、保存用の一覧へ法案を加えた。
「それで、誰も全部は欲しい通りにならない」
「十二歳で、よくここまで付き合うな」
カッシオが言った。
「十五歳が先に読み終えてよ」
「俺は授業を抜けて見に行ってないからな」
シーアは少し笑った。端末を閉じる前に、共和国側の整備計画へ印を付ける。成立した後、最初に確かめたいのはそこだった。
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C.R.C. 7947.181 コルサント、共和国元老院
採決の日、法案は通った。
圧倒的多数ではなかった。提出者が最初に望んだ内容でもなかった。ナブー側からは規制が弱すぎるという批判が続き、通商連合は査察と資産登録の義務が過剰だと主張していた。一部のアウター・リム議員は、代替保安計画と共和国側の期限が盛り込まれたことで賛成へ回った。
司法軍基地、巡視艦、救難施設に必要な費用を巡っては、最後まで調整が続いた。シーアが数日前に読んだ案から、附則はさらに書き換えられていた。
アウレリアンは賛成票を投じた。
採決表示が確定し、議場のあちこちで席を立つ者がいた。拍手をする者も、すぐに隣へ話しかける者もいる。ロジンも賛成していた。結果が出ると立ち上がり、補佐官とともに、記者の待つ出口へ向かった。
アウレリアンの端末には、既に次の連絡が届いていた。初年度予算の調整日程。それから、サーティネイニアン政府との協議予定。計画へ入れた施設を造るには、本国側の手続きも進めなければならない。
共和国商業組織武装能力規制及び移管法、成立。
その日のホロネットでは、もっと短い見出しが使われた。
《通商連合保安部隊、解散へ》
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同日 ケイト・ニモーディア
同じ見出しが、通商連合の法務部門でも流れていた。
長いテーブルの上には、成立した法律の全文と附則、実施規則や認証基準の案が並んでいる。担当者たちは、既に作ってあった移行手順と最後の修正箇所を照合していた。
「では、先行して実施できるものから進めてください」
管理職の一人が言った。正面に中央保安司令部の組織図が表示される。
「中央保安司令部は廃止。航行管理と連絡調整の機能は、航路安全調整局へ移します」
「戦闘指揮は?」
「地域別の責任者へ分け、認証申請の内容に合わせて権限を設定します。旧司令部から各部隊へ直接出していた作戦命令は、この系統では発令できなくします」
組織図の中央から伸びていた線が消えた。航路ごとの区画に責任者の名が入り、移行期間中に認められる任務と範囲が添えられていく。
「ドロイド部隊」
「施設警備単位へ再編します。上限を超える分は、受入れの認可を得られる系列法人への移管を申請。残りは武装を分離して保管します」
「保管分の申告は?」
「別表へ。B1予備機も、保管場所と数量を記載します。武装を外しても、申告対象からは外れません」
「ヴァルチャー級」
「航路警戒用自動迎撃艇として認証を申請します。任務と搭載兵装の資料を付けています」
「認められなければ?」
「兵装や配備数を認可基準に合わせて変更し、再申請します」
管理職は頷き、次の資料を開かせた。ルクレハルク級の一覧だった。
「船籍上は、従来通り武装貨物船です。ただし、本法の対象資産として別途登録します」
「艦載機とドロイドは?」
「航路ごとの認可枠に合わせます。余剰分は保管資産へ」
「廃棄する分は?」
「この一覧には、直ちに廃棄を命じられる資産はありません。以後の認証結果については、個別に対応します」
担当者が画面を送った。船体は同じでも、所属先と任務の範囲が変わる。倉庫の中身は同じでも、現役配備と保管資産に分かれ、申告する欄が変わる。その一つ一つを、共和国へ提出する書式へ移していった。
TRADE FEDERATION SECURITY FORCE。
組織一覧から、その名称が消えた。航路安全調整局、港湾保安部、施設警備部、輸送危機管理局。系列企業と契約警備会社にも、移管を申請する資産の欄が作られた。
「これで、解散したことになるんですか」
若い担当者が訊いた。
「中央の保安組織については」
上司は条文を確かめた。
「戦力は、どれだけ減らします?」
「法律と認可条件が要求する分だけです。それを実施するのが、この計画です」
「それ以上は?」
「処分を命じられていない資産を、こちらの判断で捨てる必要はありません」
担当者は頷き、保管資産の一覧へ戻った。
共和国へ、再編着手の通知と資産台帳の初回分が送信された。中央組織廃止の決定、指揮系統分離の工程、登録する船舶とドロイドの数量。新たな認証を待つ項目には、申請中と記されていた。
銀河中のニュースでは、通商連合の軍事力が解体され始めたと報じられていた。確かに、一つの組織は消える。指揮官が以前と同じ命令を出すことは禁じられ、資産には上限と申告義務が付き、査察を受けることになる。
その日、宇宙船は一隻も解体されなかった。倉庫にあるドロイドの数も、ほとんど変わらなかった。
だが、その倉庫の所在地とドロイドの数量が、共和国へ提出する書類に載った。
共和国は通商連合の保安部隊を解散させる法律を成立させた。そして、その軍隊がどこに、どのような形で残っているのかを、ようやく数え始めていた。