STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
C.R.C. 7948.220 コルサント、ロイヤル・アカデミー
卒業式の朝、二〇七号室には、いつもより広い床が見えていた。
本棚はほとんど空になり、机の脇の箱も運び出されている。シーアがベッドの下から最後の荷物を引き出すと、その奥で小さな円盤が転がった。
「あった」
拾って埃を払う。命令ダイヤルだった。
カッシオがこちらを見た。
「それ、去年なくしたやつじゃないか」
「もう一個買ったのに」
「なくなってなかったんだな」
「あんな奥にあるとは思わなかった」
「ずっとお前のベッドの下だぞ」
シーアはダイヤルを回して、壊れていないことを確かめた。昨夜コモンルームへ渡した箱に足せばいい。大きな艦隊を組むようになれば、いくつあっても困らないものだった。
ルクレハルクは譲らなかった。当面はシーアがコルサント邸で預かり、カッシオは別の艦隊を持っていく。次に二人で遊ぶ時には、それを持ち寄ればよかった。
「置く場所、あるんだろうな」
「邸宅ならあるよ」
「そう言って、三つずつ増やすなよ」
「増やさない」
カッシオが見ていたので、シーアは今のところは、と付け足した。
窓と、二つの机と、二つのベッド。模型も本もなくなると、部屋はひどく簡単な造りに見えた。三年間、何かを増やすたびに相談していた。端末を置く場所を空け、机からはみ出した本を戻し、結局は相手の棚へ一時的に預けることもあった。
初めの日、自分の机とカッシオの机の境目を確かめたことを思い出した。今では、境目の線より、どの本をどちらが借りているかの方が問題だった。
「その本、返した?」
シーアが訊くと、カッシオは閉めたばかりの鞄を見た。
「……入れた」
「自分の方に?」
「後で渡す」
「借りる人が変わらないなら、いいけど」
カッシオは笑い、鞄をもう一度開けた。
部屋を出る前に、二人とも一度振り返った。忘れ物を探すつもりだった。棚は空いていて、机の引き出しも確認してある。それでも、扉を閉めるまで少し時間が掛かった。
階段の下で、一年生に呼び止められた。《アルマダ》の箱を受け取ったと礼を言われ、シーアは拾ったダイヤルを差し出した。
「これも。動くのは確かめたから」
「ありがとうございます。今夜、三人でやります」
「片づける時間だけは気をつけて」
隣でカッシオが笑った。
「俺たちに言われるんだな」
「経験があるから言ってるんだよ」
シーアも笑い、講堂へ向かう人の流れへ加わった。
*
式は予定より少し長引いた。
壇上で名前が呼ばれるたび、生徒が通路へ出ていく。修了証を受け取り、礼をし、拍手の中を自分の席へ戻ってくる。朝から何度も確かめたはずの帽子の向きが気になり、シーアは膝の上へ置いた手を組み直した。
家族席には、アルドレンとアウレリアンがいた。少し離れたところで、セレナが端末を持っている。カッシオの名が呼ばれた時には、ハロルド・タッグが顔を上げた。いつもの宴会なら、誰かと話している途中だったかもしれない。今日は、息子が壇上へ上がるところを黙って見ていた。
次に自分の名が呼ばれ、シーアは立ち上がった。
受け取った修了証には、アレクシアール・ヴァラリアンと書かれている。称号の付かない名前は、この学院で何度も書いた。答案にも、図書館の貸出票にも、洗濯物の名札にも。
席へ戻る途中、ヴェルナと目が合った。彼女は口元を緩め、小さく頷いた。
最後の課題にも、まだ直すべき箇所があった。救難要請を受けてから艦が到着するまでの流れは、入学した日に書いたものより随分詳しくなった。その代わり、交代要員の数が足りないとか、同じ連絡を二つの機関へ送る理由は何かとか、最初には思いつきもしなかった指摘が増えていた。
三年間考えてください、と言われた。
三年間で、全部分かるとは言われていなかったらしい。
講堂を出ると、中庭のあちこちで卒業生が家族と並んでいた。端末を持って撮影する者もいれば、小さなホロカメラを浮かせ、全員で輪へ収まろうとしている一団もある。
シーアは父と兄の間へ立ち、セレナに一枚撮ってもらった。
「もう少し、こちらを」
「顔?」
「そうです」
向きを変えると、今度はアルドレンの肩の角度を直すよう求められた。父が素直に従ったので、シーアは少し笑った。
「何だ」
「父上も直されるんですね」
「撮る者には、そういう権限があるらしい」
セレナは聞こえなかったように、もう一度撮った。
その後は、挨拶が続いた。ハロルドは、息子がお世話になりましたとアルドレンへ言い、二人が顔を見合わせる間に、カッシオがそれは逆の時もあったと付け加えた。
「主に机の上です」
「こっちも本を借りたままにされました」
シーアが言うと、ハロルドは息子を見た。
「返したのか」
「今朝」
「なら、卒業には間に合ったな」
少し先では、セヴ・ナールがセリアと話していた。彼女はこちらへ気づき、父へ何か言ってから近づいてくる。リヴィアは既に、四人で並べる場所を見つけていた。
「ここなら入るよ。後ろも人が通らない」
階段の前へ並ぶと、カッシオがシーアの帽子へ手を伸ばした。
「曲がってる」
「さっきまでちゃんとしてた」
「さっきは、な」
庇をまっすぐにされ、シーアは正面へ向き直った。
一枚目は、全員がきちんと立っていた。二枚目を撮る前に、セリアが、次はそれぞれ違う制服になるねと言った。カッシオが、なら帽子を直すのは今日までだと返し、シーアはそちらを見た。
撮影灯が瞬いた。
「今のも送ってください」
リヴィアが言った。セレナは画像を確かめ、両方とも四人の端末へ送った。
*
受信した画像を開いたところで、近くにいた女子生徒たちがこちらを向いた。
先日、ホテルでリヴィアへ声を掛けようとしていた少女もいた。目が合うと、両手に持っていたケースを少し持ち上げる。
「先輩、今、お渡ししてもいいですか」
「ええ。皆の分は入った?」
「はい。昨日のうちに」
リヴィアが場所を空け、少女たちをシーアの前へ通した。
先頭の生徒は、姿勢を正して卒業を祝う言葉を述べた。渡されたケースには学院の紋章があり、内側に一枚のデータカードが収まっている。
「皆で作りました。よろしければ、お受け取りください」
「ありがとう。ここで見てもいい?」
頷かれたので、シーアはカードの記録を端末へ取り込んだ。
学院の紋章の下に長い一覧が開く。先頭を選ぶと、卓を囲んだ生徒たちの小さな立体像が浮かび上がった。背後の窓と壁の飾りは、校舎の談話室のものだった。
『アレクシアール殿下、ご卒業おめでとうございます。私たち一同、心から――』
前に立っていた少女が、そこで止まった。
後ろから続きを教える声が入り、別の誰かが笑い出す。本人まで笑ってしまい、もう一度撮ろうと言うところまで残っていた。
シーアもつられて笑った。
「そっちを残したんだ」
リヴィアが、ケースを渡した少女へ言った。
「皆、こちらの方がいいって」
「僕も、こっちが好きだよ」
顔を上げて伝えると、少女はほっとしたように笑った。それから、記念のホロも一緒に撮ってもらえないかと尋ねた。
「いいよ」
シーアが頷くと、後ろの生徒たちも近づきかけた。
「この二人が先。通り道を空けておいてくれる?」
リヴィアが言った。
声は穏やかだったが、皆が足を止めた。シーアの隣には二人だけが残り、ほかの生徒は階段の脇へ回った。リヴィア自身は少し離れたところで人数を確かめ、次の組へ声を掛けている。
シーアはセレナの端末へ目を向けた。
中庭の光を受け、庇の下の淡い銀髪が白く透けていた。風で頬へ掛かった一筋を払うと、隣の少女が何か言いかけた。顔を向けて待つ間、彼女は少し言葉を探し、帽子を取ったものもお願いしたいと小声で言った。
「少し待ってね」
帽子を外し、髪を直す。先ほどまで後ろにいた生徒たちまで端末を持ち直したので、リヴィアがそちらへ顔を向けた。
「あとで同じ記録を送るから。今は、この二人を撮らせてね」
端末が下がった。
何組かの撮影を終える頃には、アルドレンたちも学院職員との挨拶を済ませつつあった。リヴィアは中庭の向こうを確かめ、最後の組へ声を掛けた。
「そろそろお返ししないと。今日の記録は後で送るから、連絡先を変えた人は教えてね」
少女たちは礼を言って離れていった。ケースを持ってきた生徒だけが残り、リヴィアへ少し声を落とす。
「新しい会長にも、先輩の連絡先を伝えてよろしいですか」
「もちろん。私も知っている子だから、こちらから話しておくね」
彼女が去ってから、シーアはリヴィアを見た。
「何の会長?」
リヴィアは一度カッシオへ視線を移した。彼は帽子を脇に抱えたまま、彼女が答えるのを待っている。セリアも、何かを言いかけて口を閉じた。
「君のホロを集めたり、学院行事で応援したりしている子たちの会」
「僕の?」
「うん。最初は、私に君の話を聞きに来るだけだったんだけど」
シーアは、手元のカードへ目を落とした。
自分が人目を引くことは知っていた。初対面の相手が一瞬言葉を止めることも、「姫王子」という呼び名が学院へ届いていたことも、知らないわけではない。
ただ、それを理由に集まる者たちに、会長がいるとは思っていなかった。
「会長を選ぶの?」
「引き継ぐ人がいないと、連絡が止まるでしょう」
「何を連絡するの?」
「行事の予定とか、撮った記録を誰がまとめるかとか」
リヴィアは、当然の仕事を説明するように答えた。
シーアはカッシオとセリアを見た。
「知ってたの?」
二人とも頷いた。
「君も知ってると思ってた」
セリアが言った。
「何度も、一緒に撮ってって頼まれてたでしょう?」
「それと、会があるのとは違うよ」
「そうかもしれないね」
セリアは少し笑った。
入学して間もない頃、教室を出ると近くに生徒が集まっていたことは覚えている。そのうち慣れるだろうと思っていたし、実際、一年も経たないうちに廊下は歩きやすくなった。
シーアは画像の一覧を送った。式典で壇上に立っているもの。公開講座で質問しているもの。学院行事の集合写真。その間に、見覚えのある一枚があった。
中庭の長椅子で、膝の上の端末を誰かへ見せている自分だった。大きく広げた指の間に、艦橋らしい形が浮かんでいる。
「これ、君が撮ったものだよね」
「うん。その時のは、君にも送ったでしょう」
「船の説明をしてるところだよ」
「そうだね」
「これも、見たいの?」
リヴィアは画像を覗いた。シーアは口を開き、片手で何かの大きさを示している。式典の時より、ずっと楽しそうだった。
「こういう顔が見たいんだって。式典の記録なら、自分たちでも探せるから」
シーアはしばらく眺めた。
何の艦について話していたかは、すぐに思い出せた。なぜその顔を残したかったのかは、説明されてもよく分からなかった。
「リヴィアも、その会に入ってるの?」
「私は相談に乗っているだけ。ちゃんと会長がいるもの」
「会則を書いたのはリヴィアだ」
カッシオが付け加えた。
リヴィアは否定せず、シーアの手からケースを借りた。
「教室の前に集まらない、大勢で囲まない。誰かが言っておいた方が、君も出入りしやすいでしょう。私たちまで通れなかったんだから」
「それで、人が減ったんだ」
「集まる場所が変わったんだと思う」
シーアはもう一度、一覧の長さを確かめた。
「でも、君はよく教室の前に迎えに来てたよね」
「君と待ち合わせていたから。君だって、私の授業が終わるのを待っていたことがあるでしょう」
「あるけど」
「だったら、同じ」
リヴィアは晴れやかな顔でケースを返した。カッシオは何も言わず、少し離れたところで笑っていた。
向こうでは、先ほどの少女たちが輪になり、送られてきたホロ画像を見比べている。シーアと目が合うと手を振ってくれたので、彼も手を振り返した。
「今度、載せるものを選ぶ時は、僕にも見せてよ」
「いいよ。気になるもの、あった?」
「船がほとんど写ってない」
カッシオが声を立てて笑った。リヴィアは、船の方の記録は別に送ると答えた。
セレナが出発の時刻を知らせに来た。ケースを鞄へ収めながら、シーアは最後にもう一つ尋ねた。
「その会って、何人いるの?」
リヴィアは少し考え、セリアへ顔を向けた。
「卒業した人も入れる?」
シーアは端末に表示された総再生時間を見た。
帰りの車中だけでは、全部を見終わりそうになかった。
*
家族との食事を終えてから、シーアはアウレリアンと中庭へ戻った。
荷物の最終確認をしている間に、人だかりはすっかり薄くなっていた。学院職員が椅子を運び、空いた講堂からは清掃用ドロイドの動く音が聞こえる。
「入学の時より、荷物が増えたな」
「模型だけじゃないよ」
「まだ何も言っていない」
「言いそうだったから」
アウレリアンは笑った。
前ほど歩幅を合わせてもらわなくても、隣を歩けるようになった。それでも、兄はやはり大きかった。シーアは修了証のケースを持ち替え、三年前に送り出してもらった正門へ目を向けた。
「次の入寮日は?」
「二百二十六日。制服も間に合うって」
「その前に、一度箱を全部開けておけ」
「分かってる」
「学院の教材を、全部持っていくつもりではないだろうな」
シーアは少し黙った。
「まだ、決めてない」
「その顔は、持っていくつもりだったな」
「最初のノートは持っていくよ。共和国史と行政概論」
「それはいいんじゃないか」
兄はあっさり答えた。全部減らせと言われると思っていたので、シーアは少し意外だった。
門の近くで立ち止まると、アウレリアンは迎えの車両が来る方向を確かめた。シーアはその横顔を見て、ずっと訊こうとしていたことを口にした。
「兄上は、早すぎると思う?」
「司法アカデミーが?」
「うん」
アウレリアンは、すぐには答えなかった。
「心配はしている。ここへ入る時も、心配だった」
「また、三つ下だよ」
「そうだな」
「今度も子供扱いされるかな」
「されるだろうな」
シーアが顔をしかめると、兄は少し笑った。
「ここでも、されただろう?」
「最初は」
「最後は?」
シーアは、先ほどダイヤルを渡した一年生を思い出した。カッシオに帽子を直されたことも、リヴィアが集めてくれた四人の写真も。
「……人による」
「なら、次もそうかもしれない」
アウレリアンは弟の肩へ手を置いた。
「三年間、どうだった?」
「楽しかったよ」
「ならよかった」
それで話を終えようとしたので、シーアは少し笑った。兄も笑い、肩から手を離した。
「困ったら帰ってこい」
「学院より厳しいって聞いてるけど」
「だから言っている。帰れる日に帰ってきて、飯を食って、少し寝ろ。急ぐ話なら連絡すればいい」
「父上より簡単に言うね」
「帰る場所を難しくして、どうする」
迎えの車両が、門前へ降りてきた。
シーアは頷き、兄と一緒に階段を下りた。
*
C.R.C. 7948.226 コルサント、ヴァラリアン邸
新しい制服は、腕を上げても袖が余らなかった。
シーアは鏡の前で肘を曲げ、肩の辺りに引っかかるところがないか確かめた。採寸の時には何度も同じ動きをさせられたが、出来上がった服で試すと、理由がよく分かった。
司法軍の規定に沿った制服には、正規士官の階級章に代わって候補生章が付いている。シーアはその位置を指で確かめ、セレナが口を開く前に手を下ろした。
「何も言ってないよ」
「まだ申し上げていません」
「言いそうだった」
「でしたら、もう触らなくて済みますね」
鏡の中では、淡い銀髪と白い顔が、学院服の時よりはっきり浮いて見えた。十三歳の細身の身体に合わせて仕立てられた服は、借り物のようには見えなかった。
それでも、学院の制服とは違った。徽章の位置も、襟元も、ポケットへ手を伸ばした時の感触も。
「靴も履いてください」
セレナに言われて椅子へ腰を下ろし、磨かれた靴へ足を入れた。立つと、彼女は裾の位置を確かめた。手直しは必要なかったらしい。
「歩きにくくはありませんか」
「大丈夫」
「予備はケースの手前です。替えの制服は別に入れてあります」
「昨日、自分でも見たよ」
「でしたら結構です」
以前なら、その後でもう一度、荷物の確認が始まった。今日は手荷物を渡されただけだった。
受け取ったところで端末が鳴った。エレナから、昨夜送ったホロ画像への返信が届いている。
『似合っています。今日は、その制服姿がちゃんと分かるものも送ってください』
シーアは昨日の画像を開いた。服を見るには少し引きすぎていて、机に置いたマンデイター級の模型の方が、よく写っていた。
セレナが隣から覗いた。
「こちらへお立ちください」
「そんなに分からない?」
「艦の大きさは、よく分かります」
今度は窓の前で撮ってもらった。端末に映る制服姿を確かめ、エレナへ送る。返信を待つ間に、鞄の中の書類をもう一度見た。
学院のノートは二冊。端末には三年間の資料を残してある。《アルマダ》の大箱は邸宅へ置き、模型はマンデイター級を一隻だけ、小さなケースに収めた。
リヴィアに知らせると、やっぱり、とだけ返ってきた。
*
階下では、アルドレンが端末を閉じて待っていた。アウレリアンは朝早く議事堂へ向かっており、食堂の席には、出発前に書いた短いメッセージが残っていた。
着いたら連絡しろ。
シーアはそれを保存してから、玄関へ向かった。
父は新しい制服を一度見て、並べられた荷物へ目を移した。学院へ入った時より、箱は少ない。必要なものを広げ、持っていくものと残すものを自分で分けた結果だった。
「提出するものは揃っているか」
「身分証明、入学許可、医療関係の書類。原本はここ」
鞄を示すと、アルドレンは頷いた。
「分からないことがあれば、担当者に訊け。家へ連絡する必要があるものは、その場で確認して構わない」
「はい」
父は、鞄を開いて見せろとは言わなかった。
玄関の扉が開き、車寄せから冷たい空気が入ってきた。シーアが手袋を取ったところで、四人の連絡欄へ通知が届いた。
リヴィアが、次に集まれそうな日をいくつか挙げている。セリアがその一つへ印を付け、カッシオは次の対戦に使う艦隊の画像を送ってきた。
シーアは時間割を受け取ったら返事をすると書いた。その下に、短く付け足す。
行ってくる。
端末を閉じ、父へ向き直った。
「父上」
「何だ」
「行ってきます」
アルドレンは、襟元の候補生章から息子の顔へ視線を戻した。口元が少しだけ緩む。
「行ってこい」
セレナが扉の脇へ退いた。シーアは彼女にも挨拶し、鞄を持って外へ出た。新しい靴の底が、石の階段をいつもと違う音で踏んだ。
車両へ乗る前に振り返ると、二人はまだ玄関にいた。シーアは片手を上げ、そのまま席へ腰を下ろした。
扉が閉まる。鞄の位置を直し、入寮の案内をもう一度開いた。集合場所と受付時刻、その下に名前がある。
司法士官候補生、アレクシアール・ヴァラリアン。
車両が静かに浮き上がった。窓の向こうで邸宅の玄関が遠ざかり、進路を空けた管制灯が、朝のエアレーンへ続いていた。