STAR WARS: STAR DESTROYER   作:あーくわいてんず

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破壊者

C.R.C. 7948.226 コルサント、司法アカデミー

 

 受付を終えると、シーアは自分の荷物を持って、指定された集合区画へ向かった。

 

 車両を降りた時から、上空では訓練艇の音がしていた。建物の間を通るたびに違う角度から機影が見え、つい足が遅くなる。三度目に見上げたところで、前を歩いていた候補生にぶつかりかけた。

 

「前、見ろよ」

 

「ごめん」

 

 謝って歩き直したが、相手も頭上へ一度目を向けた。二機の艇が間隔を保って旋回し、一機ずつ格納区画へ降りていく。

 

「あれ、いつから乗れるんだろうな」

 

「最初は地上での習熟からだって」

 

「そこは読んだ。その後」

 

「まだ分からない」

 

 相手はそうかと答え、荷物を持ち替えた。シーアも受付で渡された案内へ目を落とす。今日の予定には、装備の受領、宿舎への移動、点呼、課程説明と並んでいる。船へ乗る予定はなかった。

 

 集合区画には、既に何十人もの候補生が集まっていた。シーアと同じように別の学院を修了してきた者もいれば、惑星側の保安機関で勤務した後、推薦を受けて来た者もいる。年齢は揃っていなかった。ロイヤル・アカデミーの入学式の時ほど、全員が同じくらい大きく見えるわけではない。それでも、自分が最も小さい方に入ることはすぐ分かった。

 

「第三班は、こちらだ」

 

 声のした方を見ると、一人の青年が名簿を持って立っていた。よく整えた制服に、まっすぐな姿勢。職員かと思ったが、胸に付いているのは自分と同じ候補生の徽章だった。

 

「名前」

 

「アレクシアール・ヴァラリアン」

 

 相手の指が止まった。名簿を見て、それからシーアの顔を確かめる。

 

 淡い銀髪と白い肌、制服の中に収まった細い肩。視線を受けても姿勢を変えずに待っていると、相手はもう一度、家名の欄へ目を落とした。

 

「サーティネイニアンのヴァラリアン家か」

 

「うん」

 

「コルサントの旧王国につながる家だったな」

 

 年齢や学院のことを聞かれるつもりだったので、シーアは少し意外に思った。

 

「そこから聞かれるのは珍しい」

 

「歴史で読んだ。ロイヤル・アカデミーも、もう修了したのか」

 

「先週」

 

 相手は短く頷いた。さっきまで次々に名前を確かめていた時より、少し長くシーアを見ている。

 

「そうか。第三班、間違いない」

 

 彼は名簿へ印を入れ、壁際に並んだ荷物の方を示した。

 

「ここで待てばいい?」

 

「ああ。配布が始まるまでに、全員揃えておきたい」

 

「君が班長?」

 

「まだ決まっていない」

 

 シーアは少しだけ彼を見た。青年は気にせず、次に来た候補生へ名前を尋ねている。受付では順番待ちだった列が、ここでは班ごとに分かれ始めていた。

 

 荷物を置くと、そばにいた別の候補生が小声で言った。

 

「さっきから、あいつが全部やってる」

 

「頼まれたの?」

 

「名簿を運ぶのは頼まれてた」

 

「その続きなんだ」

 

「そういうことらしい」

 

 やがて職員が来て、並んだ者たちを見た。

 

「第三班は?」

 

「一名、まだです。ブレンドル・ハックス、確認しました」

 

 名簿を持っていた青年が答えた。職員は端末を受け取り、未着の名前を確かめる。

 

「その一名は医務室だ。こちらで把握している。到着した者から受領を始める」

 

 ハックスは短く頷いた。列へ戻ってきたところで、シーアは隣を空けた。

 

「ブレンドル・ハックス?」

 

「ああ」

 

「シーアでいいよ」

 

「ヴァラリアンだろう」

 

「それも僕」

 

 ハックスは、どちらを使うべきか考えるようにシーアを見た。

 

「訓練では姓で呼ぶことになっている」

 

「まだ訓練じゃないでしょう」

 

「もう始まっている」

 

 それ以上は言わなかった。受領窓口が開くと、彼は自分の認証票を用意した。シーアも同じように票を取り出したが、先ほどの返事が、少しだけカッシオなら言わない種類のものだと思った。

 

 *

 

 新しい部屋にも、ベッドは二つあった。

 

 窓はロイヤル・アカデミーの部屋より細く、その向こうに見えるのは中庭ではなく、訓練区画へ続く通路だった。机と収納には最初から番号が付いている。シーアは自分の番号を確かめ、荷物を床へ置いた。

 

 先に来ていた同室者が、椅子から立ち上がった。

 

「ガリアス・ラックス」

 

 差し出された手を取る。落ち着いた声だった。相手もシーアを一度よく見たが、そこで言葉を止めることはなかった。

 

「アレクシアール・ヴァラリアン。シーアでいいよ」

 

「では、シーア。君はこちらだ」

 

 ラックスは空いている収納を示した。自分の荷物は、もうほとんど収めている。机上の端末には学院の手引きがあり、その隣に、見覚えのある公王家の紋章が小さく表示されていた。

 

「僕の家?」

 

「同室になる者の名前を聞いたからな」

 

「何か、変なこと書いてなかった?」

 

「ずいぶん古い家だということは分かった」

 

「古いよ」

 

 シーアは笑った。ラックスは一緒には笑わず、紋章の下に続く系譜を閉じた。

 

「本人に会ってから、聞きたいこともある」

 

「船のことなら、たぶん答えられるけど」

 

「それも、いずれ」

 

 ラックスは手引きを中央へ移し、シーアのために椅子を少し引いた。

 

「もう全部読んだの?」

 

 開かれている手引きを見て訊くと、ラックスはまだだと答えた。

 

「評価の項目を先に見ていた」

 

「授業の?」

 

「授業も、生活も」

 

 画面には、履修科目の成績とは別に、実技、当直、報告、共同作業についての項目が並んでいた。シーアが先ほど読んでいた時間割より、ずっと細かい。

 

「最初から点数の話?」

 

「配分だけ、先に写していた」

 

 ラックスの手元には、既に幾つもの項目が転記されていた。

 

「船に乗れる時期は?」

 

「それも、いくつか通過しないと決まらないようだ」

 

 ラックスは該当箇所を示した。安全教育、装具の適合確認、艦内行動の基礎。乗艦という言葉の前に、思っていたより多くの項目が付いている。

 

 シーアは礼を言い、荷物を開いた。制服を掛け、教材を並べ、二冊の古いノートを机の端へ置く。最後に模型のケースを取り出したところで、ラックスがこちらを見た。

 

「それも教材か?」

 

「違う。マンデイター」

 

「艦の名前?」

 

「艦級。この塔が好きなんだ」

 

 ケースを開け、少しだけ角度を変える。ラックスは高く突き出した艦橋を眺めたが、身を乗り出して兵装を確かめたりはしなかった。

 

「目立つな」

 

「実物なら、もっと」

 

「見たことがあるのか」

 

「うん」

 

 どこで、と訊かれるかと思った。ラックスはそれ以上尋ねず、自分の端末へ戻った。シーアも模型を棚へ収める。隣の区画へはみ出していないことを確かめてから、ケースの留め具を閉じた。

 

 少しの間、二人とも黙って荷物を整理していた。

 

 窓の外で訓練艇の音がした。シーアが顔を上げると、ラックスは振り向かずに言った。

 

「ここからは見えない。さっき確かめた」

 

「見たかったんだ」

 

「音がしたからな」

 

 それなら、自分と同じだった。

 

 端末へ兄から連絡が入った。到着したかという一行に、着いたと返し、部屋の番号を送る。続いて、いつもの四人の連絡欄を開いた。

 

 入寮した。同室はラックスという人。

 

 カッシオから、机の境目は最初に決めろ、と返ってきた。シーアは笑い、既に番号が付いていると書いた。

 

 ラックスが顔を上げる。

 

「知り合い?」

 

「前の同室者。三年間、一緒だった」

 

「それは長い」

 

「そうかな」

 

「少なくとも、私たちよりは」

 

 シーアは少し笑った。二人が知り合ってから、まだ二十分も経っていなかった。

 

 *

 

C.R.C. 7948.227 司法アカデミー、基礎訓練棟

 

 翌朝、最初に配られた艦内図には、砲塔の位置が載っていなかった。

 

 医務区画、退避経路、防火扉、隔壁の手動操作位置。シーアが次の頁を開くと、同じ艦の別の甲板が現れる。まだ兵装の表示はない。

 

「覚える範囲は指定する。それ以外も、資料のどこを見れば分かるかは確かめておけ」

 

 ヴェイド教官が教室を見渡した。

 

 艦艇運用の基礎を担当すると紹介された男は、教壇へ上がる前に窓際の眩しすぎる照明を落とした。その後で自己紹介をし、長く巡察任務に就いていたとだけ付け加えた。どの艦で何をしたかという話はなかった。

 

「午後には練習艦へ入る。艦内で迷った者は、その場で近くの乗員に尋ねること。推進区画へ向かって歩き続けても、教室には着かない」

 

 何人かが笑った。シーアは手を上げた。

 

「教官。練習艦はコンスラー級ですか」

 

「そうだ。《ウェイファラー》。何か聞きたいことがあるか」

 

「前部の区画は、外交用のものが残っているんですか」

 

「今は教室だ。議員を運ぶ代わりに、君たちを座らせる」

 

 表示が船体の断面へ切り替わった。見覚えのある輪郭だった。だが、よく知っているつもりの艦でも、実際の内部区画は思っていたものと違っている。

 

「艦級が分かっている者も、今日乗る艦の図を見ろ。改修歴は次の頁にある」

 

 シーアはそこへ印を付けた。ラックスが隣から覗き込む。

 

「予習が少なくて済むと思った?」

 

「少し」

 

「そういう顔だった」

 

 前の席でハックスが振り向いた。二人とも口を閉じる。教官がこちらを見たわけではなかったが、その後しばらくは、端末の操作音だけがしていた。

 

 装具の受領では、制服の時と似たことが起きた。

 

 与圧服の胴は合ったが、手袋の指先が余った。シーアが留め具を締めようとすると、指の先ではなく、余った生地が先に当たる。もう一度試してから、担当者を呼んだ。

 

「これ、もう少し小さいものはありますか」

 

「どこが合わない」

 

「指です。ここを掴もうとすると、ずれます」

 

 担当者は手の動きを見て、別の番号を取りに行った。後ろで待っていた候補生が時計を見る。シーアもつられて顔を向けたが、担当者は急がせなかった。

 

「合わないものを受領済みにするな。次に使う時も、そのまま出てくる」

 

 交換した手袋では、留め具を一度で掴めた。確認欄へ署名すると、先に受領を終えたハックスが、班の一覧へ印を付けた。

 

「揃ったか」

 

「あと一人、靴を替えてる」

 

 シーアが答えると、ハックスは窓口へ向かいかけた。その前に、ラックスが装備係から受け取った連絡を示す。教室を変更するという指示だった。

 

 別の班にも同じ連絡が届き、通路の人の流れが変わり始めた。先に移動してよいのかと尋ねる声が重なり、靴を替えている候補生の荷物だけが壁際に残った。

 

「第三班は、こっちで待とう」

 

 シーアは出入口から少し離れた場所を示した。大声を出したつもりはなかったが、近くにいた者たちが顔を上げた。

 

「あと一人来るから。荷物、そこへ置くと運びやすいよ」

 

 年上の候補生が頷き、二つの袋を持ち上げた。シーアも自分の荷物を寄せ、空いた通路を別の班が通り過ぎるのを待った。

 

 ハックスは名簿を持ったまま、その様子を見ていた。ラックスが彼の横へ来て、短く何かを言った。二人がこちらへ目を向けたので、シーアは靴を替え終えた候補生を指す。

 

「来たよ」

 

「ああ」

 

 ハックスは人数を確かめた。移動を始める時には、シーアが隣へ並ぶのを待っていた。

 

 歩きながら、シーアは装具の確認票をもう一度開いた。受領したものの欄は埋まっている。カタログの仕様を読む時には、これが誰の身体に合うかということまで考えたことがなかった。

 

 午後、《ウェイファラー》の搭乗口では、常勤の乗員が一人ずつ候補生を数えていた。

 

 艦は発着区画へ固定され、地上から電力を受けている。機関の試験は別の区画で行っており、この日の候補生が操作するのは訓練用に切り離された設備だけだった。それでも中へ入ると、空調の音も、床から伝わる振動も、教室とは違った。

 

 シーアは狭い通路へ身体を入れ、反射的に壁際の表示を見た。

 

「第二甲板。医務区画は、そちらだな」

 

 ヴェイドが言う。シーアが頷くと、教官は一度照明を落とした。

 

 足元の誘導灯だけが残った。先ほどまで簡単だった通路が、急に長く見える。

 

「では、同じ場所へ行く。走らなくていい」

 

 シーアは端末を取り出しかけ、壁の標識へ目を戻した。前を歩くラックスが扉の前で待ち、その向こうでハックスが人数を確かめている。

 

「ここで合ってる」

 

 小声で言うと、ハックスは頷いた。

 

「知っている。後ろが来ていない」

 

 シーアは振り返った。角を曲がったところで、別の候補生が装具を扉の縁へ引っかけていた。すぐに近くの者が手を貸し、列が動き始める。

 

 場所が分かることと、一緒に行けること。その間にも、ずいぶん細かい仕事があるらしかった。

 

 見学の最後に、艦橋へ入った。

 

 操舵席には乗員が座り、前面の表示では地上電源と各区画の状態が確認されていた。窓の向こうに見えるのは、発着場の設備と隣の建物である。星々が流れているわけではなかったが、シーアは席の間に立ったまま、しばらく動かなかった。

 

「座るのは、まだ先だ」

 

 ヴェイドが横から言った。

 

「分かっています」

 

「そうは見えなかった」

 

「見ているだけです」

 

「長いな」

 

 後ろで誰かが笑った。シーアは名残惜しく操舵席から離れ、次の候補生へ場所を空けた。

 

 *

 

 最初の一週間には、艦橋へ入った日より、訓練場へ出た日の方が多かった。

 

 基礎体力の測定。装具を着けた移動。救難器材の扱い。艦内での報告と連絡。座学では法規と航法を続けながら、同じ短い報告を何度もやり直した。

 

 シーアは航法の問題を早く解き終えた。艦内図の試験もよくできた。だが、装具を着けて階段を往復すると、脚が思っていたより早く重くなる。次の区画へ着いてから説明を聞こうとしても、自分の呼吸がうるさかった。

 

 ハックスは、その点ではほとんど乱れなかった。

 

「歩幅を揃えろ」

 

 班で移動する途中、彼に言われた。

 

「揃えてる」

 

「後ろが空いた」

 

「前が速いんだよ」

 

 シーアが言い返すと、ハックスは振り向いた。そこで、自分の一歩とシーアの一歩が同じ長さではないことに気づいたらしい。次の角から、歩調が少し変わった。

 

 終わって装具を外す頃には、シーアの手まで疲れていた。ラックスが固定具の一つを外してくれたので、礼を言う。

 

「無理なら、先に言った方がいい」

 

「無理じゃない」

 

「遅れるなら、でもいい」

 

 その言い方に少しむっとした。ラックスは表情を変えず、班の終了時刻が記された表示を見ていた。

 

「私たちも、それに合わせられる」

 

 シーアは返事を考え、結局、次は早めに言うと答えた。

 

 夜、机へ向かうと、ハックスが航法の問題集を持ってきた。

 

「この計算、答えは合うんだが、時間が掛かる」

 

 シーアは問題を読み、途中の式を見た。使っている方法は間違っていない。ただ、最初に確かめなくてもよい項目まで、一つずつ計算していた。

 

「ここは、先に範囲が分かるよ。だから、こっちからやればいい」

 

「全部やらなくていいのか」

 

「必要なら後で確かめればいい。最後の答えは同じになる」

 

 ハックスは椅子を引き寄せた。訓練場では自分よりずっと余裕のある顔をしていた男が、今はシーアの指先を真剣に見ている。ラックスも自分の机から覗き込み、途中で一つ質問をした。

 

 説明が済むと、ハックスは式を自分の端末へ写し、別の数値を入れて解き直した。今度は、シーアが横から言わなくても同じ答えになった。

 

「この書き方も、教官に確かめておく」

 

「うん。僕も聞きたい」

 

 ハックスは頷いて問題集を閉じた。翌日の集合時刻を確認して出ていくと、ラックスも自分の課題へ戻った。

 

 シーアは飲み物を取りに立ちかけ、机へ手をついた。まだ脚が痛い。少し待ってから、ゆっくり立ち上がった。

 

 *

 

C.R.C. 7948.235 司法アカデミー、広報撮影室

 

「ヴァラリアン。午後の撮影については聞いているな」

 

 昼食を終えたところで、担当職員に呼び止められた。学院案内に使う写真を撮るという話は、前日に聞いていた。希望者を含め、いくつかの班から候補生が選ばれている。シーアは頷き、指定された部屋へ向かった。

 

 扉を開けると、照明が眩しかった。

 

 訓練用の通信卓が運び込まれ、その前に三脚がある。撮影係はシーアを見るなり、窓側の照明を少し弱くするよう助手へ頼んだ。

 

「銀髪が飛んでしまいますね。顔の方へ合わせましょう」

 

 シーアは荷物を置き、言われた位置へ立った。濃い制服を着ると、頬の白さも、髪の色も目立つ。自分では毎朝鏡で見ているものだったが、ここでは、それに合わせて部屋の明るさまで変わっていった。

 

「もう少し顎を上げて。そうです。そのまま正面を」

 

 撮影灯が瞬く。

 

 横の確認画面に、自分の顔が大きく現れた。整った眉と鼻筋、まだ丸みの残る頬。普段は制服のサイズばかり気にしていたが、こうして切り取られると、服の方が自分を引き立てるためにあるように見えた。

 

「よくお似合いですよ。少し笑っていただけますか」

 

 言われるままに表情を変える。撮影係が頷き、もう一枚撮った。

 

 隣で順番を待っていた候補生が、画面を覗き込んだ。

 

「そりゃ、呼ばれるわけだ」

 

「何が?」

 

「制服を着てくれって言いたくなる顔」

 

 褒められたのだろう。シーアはありがとうと言ったが、それでよかったのか、少し迷った。

 

 続いて、通信卓の前へ座ることになった。ラックスが別の席へ入り、ハックスが後ろに立つ。三人とも、機器を操作しているところを撮るだけだと説明された。

 

「ヴァラリアンさん、そのまま受話器へ手を添えて」

 

「何をしている場面ですか」

 

「救難通信を受けているところを想定しています」

 

 シーアは卓上の表示を見た。訓練用の受信画面が開かれていたので、その時ならどこを見るかを考える。

 

「相手の位置は、こちらに出ます」

 

「では、そちらを見てください。少し横顔になりますが」

 

 撮影係は位置を変えた。ハックスが前へ出ると、シーアの顔の片側に影が落ちた。もう半歩だけ横へ、と頼まれ、彼は足元の印を見直した。

 

「徽章は写りますか」

 

 ハックスが訊いた。

 

「はい。三人とも入っています」

 

「候補生のものだと分かるようにしてください」

 

 撮影係は頷き、画面を拡大して見せた。シーアもそこを見た。自分が通信卓へ座っている写真は、実際より随分仕事ができそうに見えた。

 

「これ、何年生かも書くんですよね」

 

「新入生の紹介ですから。お名前と所属は、公開前に確認していただきます」

 

 それならよかった。

 

 撮影が終わると、担当職員から掲載時の説明文が送られてきた。

 

 《司法アカデミーで学ぶ新入候補生たち》。

 

 シーアは名前と所属を確かめた。ラックスは確認画面をしばらく見てから、自分の分へ印を入れた。

 

「ヴァラリアンの家名も、そのまま載るのか」

 

「自分の名前だから」

 

「そうだな」

 

 ハックスは一枚だけ拡大した。通信卓へ向かうシーアの横顔と、その後ろに立つ自分が写っている。何かを確かめるように見てから、掲載への同意を送った。

 

 廊下へ出ると、翌日の予定が掲示されていた。

 

「最初の当直責任者は、ヴァラリアンだ」

 

「順番なんでしょう」

 

「ああ。私は操艦、ラックスは通信」

 

 ハックスは表を保存し、シーアを見た。

 

「君が前に立つところを、一度見ておきたい」

 

「さっきも立ってたよ」

 

「写真の話ではない」

 

 その返事に、シーアはもう一度配役表を見た。自分以外にも順番は回ってくるはずだったが、ハックスは次の名前を確かめようとはしなかった。

 

 部屋へ戻ってから、シーアは確認用に送られてきた写真をもう一度開いた。

 

 確かに、よく撮れていた。自分の顔がきれいに写っていることは、素直に嬉しい。だが、通信卓へ座っている一枚を見ると、まだ習っていない仕事まで上手にできそうだった。

 

 写真を閉じ、翌日の教材を開いた。こちらでは、顔を上げるだけで済む項目はなかった。

 

 *

 

C.R.C. 7948.236 司法アカデミー、艦橋訓練室

 

 シーアが初めて当直責任者の席へ着いた時、前方に敵艦はいなかった。

 

 表示されているのは、航路の端をゆっくり流れる一隻の貨客船だった。機関区画の故障で推進力を失い、船体の一部で火災が起きている。乗員と乗客は合わせて十八名。こちらには回収艇が一隻あり、一度に全員を収容できる。

 

 演習開始前、ヴェイドは六人へ役割を割り振った。シーアは当直責任者、ハックスは操艦、ラックスは通信。残りの三人が航法、センサー、機関を担当する。役割は順番に交代するため、この席へ座れること自体は、誰の特別扱いでもなかった。

 

「最初の任務は、人員の救出と航路の安全確保だ。使用できる装備、権限、付近の交通は配布資料にある」

 

 ヴェイドは後方の操作卓へ回った。

 

「分からないことがあれば確認しろ。こちらから全部読み上げるとは限らない」

 

 照明が落ち、前面の窓いっぱいに星空が広がった。

 

 シーアは、まず相手船の位置と速度を確かめた。進路を引き、回収艇の往復に必要な時間を計算する。十八人なら収容能力には余裕があった。船体の回転も、今のところは小さい。

 

「相手船に、左舷側の乗降口へ集まってもらって。回収艇はこちらから出す」

 

「了解」

 

 ラックスが回線を開いた。別の教官が演じる船長から応答があり、避難者を移動させるという返事が届く。

 

 ハックスは指示された位置へ艇母船を動かした。シーアが回収艇の発進を命じ、センサー担当が付近を横切る二隻の商船を報告する。そちらへの注意喚起も必要だった。

 

 最初の数分は、考えた通りに進んだ。

 

 回収艇が貨客船へ近づいたところで、新しい警報が鳴った。船内の火災が広がり、左舷の乗降口へ続く通路が使えなくなったという。

 

「ほかの出入口は?」

 

 シーアが訊くと、相手船の図が送られてきた。船尾側に作業用の開口部がある。回収艇を回り込ませれば、まだ間に合いそうだった。

 

「艦尾側へ変える。回収艇へ進入図を送って」

 

 ラックスが頷く。シーアは図を回し、回収艇が船体の反対側へ進む経路を示した。その途中で、別の商船から最短経路を使ってよいかという照会が入った。

 

「そのまま入らせないで。故障船の後ろを避けてもらう」

 

「迂回先は?」

 

「今、出す」

 

 シーアは次の図を開いた。ハックスが自艦の位置について確認し、機関担当が回収艇を迎えるための準備を報告する。どれも聞こえていた。どれにも返事をした。

 

 回収艇が新しい出入口へ着いた時、そこには誰もいなかった。

 

『こちら回収艇。船尾作業口の開放を確認できない。人員も見えない』

 

 シーアは貨客船の表示を拡大した。

 

「まだ着いてない?」

 

「誰が」

 

 ラックスが訊いた。

 

「避難してる人たち。船尾側へ――」

 

 言いかけて、止まった。

 

 ラックスは通信記録を開いていた。回収艇へは進入図を送り、迂回する商船へも指示を出している。貨客船の船長からは、左舷通路を断念して中央区画へ戻ったという報告が届いていた。

 

 その後、こちらから相手船へ、新しい乗り場を伝えていなかった。

 

「船長を呼んで。船尾の作業口は使えるか、そこまで全員移動できるか確認」

 

 自分でも、先ほどより声が高くなったと分かった。

 

 返答を待つ間、回収艇は船体の後方に留まっていた。貨客船の乗員が閉鎖区画を避けた経路を調べ、避難者を誘導し直す。作業口を開くために、別の乗員が先へ向かった。

 

 画面の端で、時間が進んでいく。

 

 十八人が乗り終えるまでには、予定より随分かかった。その間に貨客船の回転は少し大きくなり、回収艇の操縦を担当する教官から、現在の位置を維持するのが難しくなっていると告げられた。

 

 シーアは艇の離脱を命じ、最後に人数を確かめた。

 

「十八名、収容」

 

 ラックスが言った。

 

 そこで、訓練室の照明が戻った。

 

 前面に評価表が現れる。人員収容の欄は埋まっていた。だが、所要時間と連絡調整には赤い印が付いている。シーアは背もたれへ身体を預けかけ、やめた。

 

「ヴァラリアン。途中で乗り場を変えた理由は」

 

 ヴェイドが尋ねた。

 

「最初の通路が使えなくなったからです。船尾側なら、回収艇も入れると思いました」

 

「艇の進入はできた。その時、乗客がどこにいるかは?」

 

「中央区画です」

 

「今なら、そう答えられるな」

 

 教官は記録を戻した。

 

 シーアが見ていた船体図。ラックスの通信画面。ハックスの操艦表示。それぞれが前面へ並ぶと、同じ訓練をしていたはずの六人が、別々のものを見ていたことが分かった。

 

「私から見れば、君は回収艇を移した。相手の船長から見れば、こちらは次の指示をまだ出していない」

 

 ヴェイドは、二つの時刻を示した。

 

 シーアが進入図を送った時刻と、貨客船へ新しい乗り場を伝えた時刻。その間に、ほかの通信が何件も挟まっていた。

 

「艇を向かわせるのと、人を集めるのと、両方要りました」

 

「そうだ。相手船の乗員には、通れるかどうかを確かめる時間も要る。君が図面を見た時点で、その作業まで終わったわけではない」

 

 シーアは小さく頷いた。自分の頭の中では、船尾側へ変えると決めた時に、人もそちらへ動き始めていた。

 

 ハックスが手を上げた。

 

「変更先と報告先を、決まった順序で確認するべきだったと思います」

 

「その通りだ。今日の記録を使って、班で整理しろ」

 

「通信担当が、未連絡の相手を指摘することもできます」

 

 ラックスが言った。シーアはそちらを見た。

 

「今回は、私も回収艇への指示を受けて、その後の交通整理に移りました。相手船への連絡が済んでいるか、戻って確かめていません」

 

 ヴェイドは頷いた。

 

「そこを気づいた者が言えるようにするのも、班の仕事だ。ただし、通信担当一人に全部を覚えさせる解決にはするな」

 

 シーアは記録の横へ、連絡が必要な相手を書き始めた。回収艇。貨客船。自艦。航路管制。そのうち、一つだけが途中で抜けていた。

 

 次の演習では、ハックスが当直責任者になった。

 

 彼は任務を整理し、各担当へ順番に指示を出した。誰へ何を伝えるかは明瞭だった。ただ、一度に伝えようとすることが多かった。

 

 通信席へ移ったシーアが、二つ目の相手を呼び出す前に、次の命令が来た。

 

「待って。今、管制と話してる」

 

「先に貨客船へ――」

 

「じゃあ、管制は保留?」

 

 ハックスが口を閉じた。まだ応答を待っている相手の名が、通信画面へ並んでいる。シーアはその一覧を主表示へ送った。

 

「どちらを先にするか、決めて」

 

 ハックスは画面を見て、最も急ぐ一件を指定した。その後は、シーアの報告が済んでから次を出すようになった。

 

 三回目には、ラックスが指揮を執った。

 

 彼は最初に、何をすれば演習完了となるのかを確かめた。人員の安全と、航路上に危険を残さないこと。答えを聞くと、自分の画面に二つの欄を作り、各担当の報告をそこへ入れていった。

 

 故障船の船長が、積荷を取りに戻りたいと言い始めた時も、声の調子は変わらなかった。

 

「回収艇には人員を先に乗せてください。積荷の回収は、退避を終えてから扱います」

 

『会社の荷物ではないんです。私物で――』

 

「どの区画にありますか」

 

 聞き返し、現在の火災範囲を確かめる。それから、今は戻れないと告げた。

 

 シーアは自分の担当画面を見ながら、その声を聞いていた。ラックスは相手が何を失うのかについて、長くは話さなかった。一方で、最後の一人が乗ったという報告だけでは人数を確定せず、名簿との照合が済むまで待った。

 

 演習が終わると、三回目の所要時間が最も短かった。

 

 ハックスはラックスの記録を開き、最初に何を確認したかを尋ねた。二人が報告の順序を確かめる間に、シーアも自分の記録を並べる。同じ相手を呼んでいるはずなのに、時刻の間隔が違っていた。

 

「三回分を比べて、抜けたところを整理しろ」

 

 ヴェイドが言った。

 

 シーアは全部を保存した。最初の赤い評価も、そのまま残った。

 

 *

 

 その夜、ハックスは班の確認表を持って部屋へ来た。

 

 変更があった時、何を確認し、誰へ伝え、何を待つのか。シーアは自分の記録と一覧を並べ、連絡の抜けたところへ印を付けた。ラックスは送信時刻と応答時刻を別の欄に分けた。

 

「次は、この順でやる」

 

 ハックスが言った。シーアは最初の数行を読み、回収艇へ待機を伝える項目を加えるよう頼んだ。

 

「変更先を全部調べてからだと、艇が前の乗り場へ着いてしまうかもしれない」

 

 ハックスは昼の記録を戻し、回収艇の位置を確かめた。それから一行加え、もう一度読んでくれと言った。

 

 短い試行を終えた時には、最初の表より項目が減っていた。同じことを二度確かめているところをまとめたからだった。残った項目には、誰が報告するかが書き込まれている。

 

「残りの三人にも回す」

 

 ハックスが表を保存した。ラックスは自分の確認を入れ、シーアも署名した。

 

 こういう仕事なら、三人でできた。

 

 *

 

C.R.C. 7948.239 司法アカデミー、候補生宿舎

 

 その日の課題を持ち帰ると、ハックスが部屋へ来た。

 

 訓練用の星系図と、惑星政府からの警備要請。共和国側の基地設置案には地方議会が条件を付け、必要な予算は元老院の委員会へ戻されている。司法軍は臨時の巡察を続けていたが、同じ艦をいつまでも留めておくことはできない。

 

 現在の任務で何ができるか。何について追加の権限や予算を求めるか。それをまとめる課題だった。

 

 ハックスが机の上へ資料を並べた。シーアは模型を棚へ戻し、空いた場所へ端末を置いた。

 

「ここも、元老院の決定待ちか」

 

 ハックスが言った。

 

「基地の費用と、常駐する部隊の分だね」

 

「地方議会は、基地の使用条件をまた変えたいと言っている。決まった頃には、派遣した艦の方が交代だ」

 

 シーアは巡察日程を開いた。確かに、次の任務が入っている。現地の要請が届くたびに本部へ戻し、そこから別の機関へ回す形では、艦が近くにいても間に合わない。

 

「この範囲までは、先に方面司令部へ任せたらいいと思う」

 

 彼は任務欄を指した。

 

「使っていい艦と期間、それに費用の上限を決めて。そこまでなら、もう一度元老院へ聞かなくても出せるようにする」

 

「それを誰が認める?」

 

 ラックスが訊いた。

 

「今の仕組みなら、元老院」

 

 ハックスが短く息を吐いた。笑ったのかと思って顔を上げたが、表情は変わっていなかった。

 

「また、あそこへ頼むのか」

 

「今はそうなるでしょう。だから、毎回戻さなくていいように変える」

 

「変えさせると思うか?」

 

 ハックスは予算の審議経過を示した。

 

「自分の星系へ仕事を持って帰る。次の採決で票をもらう。企業に便宜を与える。そのために止めている者へ、止める権限を手放してくれと頼むわけだ」

 

「そういう人ばかりじゃない」

 

「全員でなくていい。そういう者にも票があり、そいつに譲らなければ決められない。それが民主主義だろう」

 

 シーアは、書きかけていた欄から指を離した。

 

 学院へ来てからも、元老院への不満は何度も聞いていた。自分も言った。だが、ハックスの言葉は、特定の法案や議員へ向けられたものではなかった。

 

「誰にでも気に入られようとする者が上に立ち、何も決めないことを慎重さと呼ぶ。堕落した仕組みだ」

 

 ハックスは淡々と言った。

 

 ラックスも、それを大げさだとは言わなかった。地方政府の要請書を閉じ、シーアの方へ椅子を向ける。

 

「君も、もう少し共和国を見限っていると思っていた」

 

「悪いところは、たくさんあるよ」

 

「直せると思うか?」

 

「直したところもある。去年の軍縮法だって、全部じゃないけど――」

 

「何週間もかけて、皆が少しずつ骨を抜いた法律だ」

 

 ハックスが遮った。

 

「その間も、船は通商連合が持っている」

 

「だから、共和国側の船も基地も増やすことになったんでしょう」

 

「いつ揃う?」

 

 シーアは返事を止めた。工程表はあった。だが、予定通りに進むかどうかまでは言えない。

 

 ラックスはその間を待ち、静かに口を開いた。

 

「議員たちの許可を一つずつ集めなくても、決められる者が必要なんだ。反対されても進められる者が」

 

「最高議長の権限を増やす?」

 

「役職へ何を付けるかという話だけではない」

 

 ラックスは机の端に置かれた、シーアの身分証を見た。

 

「人がついてくる一人がいれば、議会も官僚も、その人間を無視できなくなる。今の共和国が自分で直るのを待つより、そちらに期待したい」

 

 シーアは身分証へ目を落とし、それから二人を見た。

 

「……僕の家の話をしてる?」

 

 ハックスが頷いた。

 

「サーティネイニアン公王家は、選挙のたびに票を集めて作り直す家ではない。コルサントの旧王国につながる系譜があって、人の上に立つ教育も受けている」

 

「今の君に、すぐ何かしろと言っているわけではない」

 

 ラックスが続けた。

 

「ただ、君が話し始めると、周りが聞くだろう。家名を知らない者までだ。その上でヴァラリアンの名を知れば、議員の息子とは違うものを期待する」

 

 シーアは少しだけ黙った。装具の受領所で、二人がこちらを見ていたことを思い出した。写真を確かめていた時も、ハックスは自分の写り方だけを見ていたわけではなかったのかもしれない。

 

「君なら、あの議場の中で次の椅子を待つだけでは終わらないと思った」

 

 ラックスが言った。

 

 褒められているのだと分かった。だからこそ、簡単には返事ができなかった。

 

「僕は、共和国の仕事がちゃんと届くようにしたくて、ここへ来たんだよ」

 

「だから、そのために決められる人間が要る」

 

「要るよ。でも、その人だけが全部を決めなきゃ動かないままにはしたくない」

 

 シーアは、閉じられていた星系図を開き直した。

 

「近くに船がいて、条件も揃っていたら、決まった担当者が出せる。命令された任務には行く。誰かの知り合いだから先に助けてもらえるとか、偉い人が関心を持たなかったから来ないとか、そういうのを減らしたい」

 

「規則で、何でも決まると思うのか」

 

 ハックスが訊いた。

 

「思わない。だから、判断する人も、使える権限も要る」

 

「なら、強い者に与えればいい」

 

「与えた後に、その人がいなくなったら?」

 

 ラックスが少し目を細めた。

 

「次に担える者を見つける」

 

「見つかるまで、また船が出なくなるの?」

 

 返事はすぐには来なかった。

 

 シーアは自分の言葉を考えながら続けた。

 

「父上がコルサントにいた間も、本国は動いてた。全部を父上に聞かなきゃいけなかったら、何もできないでしょう。公王も、役所も、港も、それぞれやることがある」

 

「君は、秩序を守る側の家だ」

 

 ハックスが言った。

 

「だから、決まったことには従わせる必要がある。それは分かるだろう」

 

「分かるよ」

 

 シーアは頷いた。

 

「法を守らない者を放っておくのも、命令を出せないまま待つのも駄目だと思う。船が必要なら出せるようにするし、止めなきゃいけない相手は止める。そのために、共和国の仕組みを変えたい」

 

 彼は自分の案の、出動を認める条件へ指を置いた。

 

「その秩序が続いていれば、人は毎回、自分を守ってくれる誰かを探さなくていいでしょう」

 

 ハックスは書きかけの資料を見た。それから、机の向こうにいるシーアへ目を戻した。

 

「まだ、共和国の制度に任せたいのか」

 

「任せられるようにしたい」

 

 ラックスの顔から、先ほどまでの期待を含んだ表情が薄れた。怒っているわけではない。ただ、何かを申し出る時のようだった声が、いつもの平らな調子へ戻っていた。

 

「古い王家の出なら、違う答えをすると思ったが」

 

「うちだって、公王が替わるたびに国を作り直してるわけじゃないよ」

 

 シーアはそう答え、言い過ぎたかどうかを考えた。二人とも、反論はしなかった。

 

 しばらくして、ハックスが課題の提出条件を開いた。

 

「この課題では、現行の権限でできる案を先に書く。追加の授権は、別の欄だ」

 

「ああ」

 

 ラックスも端末へ向き直った。

 

 シーアは、自分が考えた出動条件をその別欄へ移した。現行制度の下でできる範囲については、三人とも計算が必要だった。ハックスに燃料の数字を尋ねられれば答えたし、港の使用期限を見落とした時には指摘された。

 

 課題は進んだ。

 

 ただ、話が一段落した時、ハックスはもう、シーアからほかの意見が出るのを待たなかった。ラックスと提出日を確かめ、端末を持って部屋を出ていった。

 

 *

 

C.R.C. 7948.240 司法アカデミー、食堂

 

 新しい艦の映像を見つけたのは、朝食の途中だった。

 

 最初に映ったのは、細長い船体を持つ一隻だった。中央部には空間が多く、骨組みを残して外板を外したようにも見える。だが、むき出しの構造に沿って砲座が並び、艦首には、貨物を積み下ろすためとは思えない長い装備が突き出していた。

 

 続いて、別の艦が現れた。

 

 こちらは厚い外板で覆われ、前方へ張り出した船体の後ろに格納区画と上部構造物が続いている。艦腹の開口部には、小さな艇が一機入っていくところが写っていた。造船所で撮られた映像らしく、周囲には作業艇も多い。

 

「……何だ、これ」

 

 シーアが言うと、ハックスも壁面のスクリーンへ顔を向けた。

 

 表示された名称は、どちらも見覚えがなかった。

 

 RECUSANT-CLASS LIGHT DESTROYER

 

 PROVIDENCE-CLASS CARRIER/DESTROYER

 

 レキューザント級。プロヴィデンス級。

 

『共和国の商業組織武装能力監督当局は、複数の企業から提出された資産申告と建造関連資料の照合により、新型艦二艦級の建造を確認しました。少なくとも先行艦は進宙しており、現在、認証状況と予定される運用について確認が進められています』

 

 画面には、造船所での試験記録、建造保証を行った法人、引き渡し先として記載された企業の名前が並んだ。その一部に、通商連合との関係が記されている。

 

『すべての同型艦が通商連合の直接保有となるわけではありません。ただし、通商連合および関係法人が建造費用の保証、搭載装備の調達、運用契約に関与していることから、元老院は説明を求めています』

 

「軍縮したんじゃなかったのか」

 

 近くの席で、誰かが言った。

 

 シーアはもう一度、レキューザントの艦首を見た。画面が切り替わる前に、艦名を端末で検索する。

 

 ラックスとハックスは食器を重ね、席を立った。午前の訓練は、昨日の三人が同じ班になる。

 

「集合区画で」

 

 ハックスが言った。

 

「うん」

 

 シーアは返事をし、残っていたパンへ手を伸ばした。

 

 キャスターは二つの艦級名を読み上げ、デストロイヤーという艦種を繰り返した。課税と軍縮の協議を続ける一方で、どれだけの数が造られているのか。

 

 下へ流れる速報には、《通商連合、明日の元老院質疑で説明へ》とあった。

 

 シーアは艦の画像を保存しかけ、記事全体を保存した。

 

 艦の姿だけなら、もっと近くで見たいと思った。それを誰が何のために造ったのかを読むと、話は別に続いていた。

 

 *

 

C.R.C. 7948.241 コルサント、共和国元老院

 

 通商連合の法務代表団は、艦の存在を否定しなかった。

 

 否定しようのない資料が、司法・通商合同委員会の中央に浮いていた。造船所の完成検査記録、試験航行の映像、搭載装備の発注書。昨年成立した軍縮法に基づく初回申告だけでは結び付かなかった項目が、その後の追加資料と照合され、二つの艦級名の下へ並んでいる。

 

 アウレリアンは手元の一覧を確認した。

 

 同型艦の発注者は一つではない。レキューザント級にはコマース・ギルドに近い企業による契約もあり、プロヴィデンス級にも複数の法人が関わっている。だが、今、表示されている契約については、建造保証と搭載装備の調達先を辿ると、通商連合の関係法人へ行き着いた。

 

「まず、確認いたします」

 

 委員長が言った。

 

「これらは、通商連合が昨年提出した保安能力移行計画に、既存資産として記載されていた艦ではありませんね」

 

「新規建造ですから」

 

 ロット・ドッドは答えた。

 

「必要な申告は、関係法人がそれぞれの義務に従って行っています。本法は、民間企業による船舶建造を全面的に禁止する法律ではありません」

 

「その通りです。本日の確認対象は、建造の事実と、完成後の保有・運用計画です」

 

 委員長が表示を切り替える前に、発言要求が入った。

 

 ヴァディム・ロジンだった。

 

「昨年は軍縮。今年はデストロイヤーですか」

 

 彼は二つの艦影を見上げ、それからドッドへ顔を向けた。

 

「ずいぶん景気のいい解散ですな」

 

「新型艦によって、旧式で維持費の高い保安船舶を更新することには、合理的な理由があります」

 

「貨物船から砲を降ろせと言われて、最初から砲を運ぶ船を造った、と?」

 

「そのような説明はしておりません」

 

「では、御説明を」

 

 ロジンは艦首の拡大図を指した。

 

「レキューザント級軽デストロイヤー。こちらはプロヴィデンス級キャリアー/デストロイヤー。今度は、そちらの資料に書いてある名前を読んでいます。何を破壊するための船ですか」

 

 通商連合席の補佐官がドッドへ何かを伝えた。ドッドは短く頷いたが、答える時にはロジンを見ていた。

 

「艦種の名称によって、違法性が決まるとは存じません。クアット・ドライブ・ヤードも、共和国司法軍に納入している艦をスター・デストロイヤーと呼んでいます」

 

 いくつかの席で、端末を操作する手が動いた。

 

「そちらについては、誰を破壊するつもりなのかと、議員はお尋ねになりますか」

 

「なりますとも。必要なら、何度でも」

 

 ロジンはすぐに答えた。

 

「司法軍にも用途を説明させ、予算を審議する。それで、そちらは誰に説明するのですか」

 

「現在、まさに説明しているところです」

 

 傍聴席から笑いとも抗議ともつかない声が漏れた。委員長が静粛を求め、兵装と搭載能力について順番に確認すると告げる。

 

 アウレリアンが発言したのは、その後だった。

 

「名称については、製造企業ごとに違いがあります。司法軍の艦籍では、プロクラメイター級はヘヴィ・クルーザーです。その点を、今回の認証審査と混同する必要はないでしょう」

 

 ドッドがわずかに頷いた。

 

 アウレリアンは次の資料を開いた。

 

「こちらのプロヴィデンス級に、艦載機と地上警備要員を搭載する計画があることは、間違いありませんか」

 

「港湾警備隊の交代や、襲撃を受けた施設への応援を想定しています」

 

「艦載機の運用、他船への火力支援、複数の警備部隊への通信・指揮支援も、同じ艦で行う」

 

「設計上の能力です。装備できることと、すべてを同時に運用することは異なります」

 

「では、同時にどこまで運用する予定なのかを、申請書で確認したい。随伴する艦についてもです」

 

 アウレリアンは、複数のレキューザント級を含む運用案を表示した。

 

 ドッドは資料を見た。法務代表の一人が、まだ検討段階の編成だと補足した。

 

「最終的な配備先も、すべて確定しているわけではありません」

 

「この編成に対する保安認証は?」

 

「引き渡し前です。運用認証の申請は、条件が確定してから行います」

 

「それでは、こちらの文書は?」

 

 アウレリアンが別の一枚を並べた。

 

 通商連合側から提出された、航路保安の移行に関する影響試算だった。共和国側の代替能力の整備が遅れた場合、新型艦を含む保安体制が必要になると記載されている。

 

「認証前の編成を、航路保護の継続に必要なものとして提示している。共和国が間に合わなければ、こちらを認めるべきだという要求にも読めます」

 

「将来の需要を試算することまで、禁止されるのでしょうか」

 

「試算は必要です。ですから、その船団がどの航路で、誰の命令を受け、どこまで移動するのかを伺っています」

 

 アウレリアンは資料の下部を示した。

 

「地域ごとの保安契約を、一隻の指揮艦へまとめるのであれば、昨年廃止した中央指揮組織との関係も説明していただきたい」

 

「中央指揮組織を再設置する計画はありません。共同通信規格の採用は、艦隊の統合指揮と同じではない」

 

「共同通信規格だけを問題にしているのではありません。誰が、その回線を使って作戦命令を出せるのかという質問です」

 

 ドッドは法務代表へ視線を移した。

 

 答えは長くなった。平時の航路管理、緊急時の応援、各地域責任者の権限、契約先政府からの要請。それぞれは必要な機能だった。だが、それらを同時に使った時、一つの船団がどこまで行動できるのかという問いには、まだ一つの答えが出なかった。

 

 ナブー政府の代表が発言を求めた。

 

「地上警備要員と仰いましたが、戦闘用ドロイドも含まれますね」

 

「認可された施設の警備に用いる装備です」

 

「運ぶ船には艦載機があり、火力支援もできる。警備先の政府が、その応援を拒んだ場合には?」

 

「契約と共和国法に従います」

 

「ナブーでも、それを求めました」

 

 議場が静かになった。

 

 代表は、先行艦の格納区画を示した。

 

「用途を御説明になるのであれば、相手の同意をどのように確認し、誰が撤回できるのかまで書いてください。船が到着してから、その話を始められては困るのです」

 

 ドッドは、ナブーで起きた行為については司法手続きが継続していると答えた。代表は、だから今後の運用を確認しているのだと返した。

 

 アウレリアンは自分の端末へ質問事項を加えた。

 

 新型艦を造った。その一事だけで違法とは言えない。軍縮法にも、正当な警備のための更新は残されている。だが、旧式船の代わりだという説明だけで、火力と航空戦力と地上部隊をまとめて運ぶ船団の運用まで認めることもできなかった。

 

 ロジンが、もう一度発言を求めた。

 

「私は昨年、代わりの船も寄越さずに、辺境の護衛を禁止するなと言いました。今も同じです」

 

 彼はドッドへ顔を向けた。

 

「だが、それは辺境の星系が、新しい企業艦隊を認めるための保証人になるという意味ではない。通商連合のデストロイヤーを通すために、我々の救難要請を使わないでいただきたい」

 

 共和国側の整備が遅れている地域についても、別途報告を求めるという発言が続いた。アウレリアンは賛成すると答えた。自分たちが昨年付けた期限も、その対象だった。

 

 休会までに、関係法人の支配関係、完成艦と建造中の艦の一覧、搭載装備、予定される指揮権限について、追加資料を提出させることが決まった。個別の運用認証については、監督当局がこの資料も用いて審査する。

 

 委員長は、建造契約が存在することだけでは、将来の運用許可を保証しないと確認した。

 

 ドッドは異議を留保し、法務代表団とともに席を立った。

 

 その日、二つの新型艦が違法と認定されたわけではなかった。船を差し押さえる命令も出ていない。それでも、企業ごとに分かれていた契約は、一つの議場で並べて読まれた。

 

 昨年の法律がなければ、そこまで辿るための資料すら、これほどには揃わなかっただろう。

 

 休会後、アウレリアンが回廊へ出ると、壁面のホロスクリーンに既に抜粋が流れていた。

 

 何を破壊するための船か、とロジンが問う。

 

 共和国もスター・デストロイヤーを買っている、とドッドが返す。

 

 次の画面には、三つの艦影が並んだ。

 

 レキューザント。プロヴィデンス。プロクラメイター。

 

 最後の艦の下には、以前なら《新型ヘヴィ・クルーザー》と出ていたはずだった。今日は、《司法軍のスター・デストロイヤー》と表示されている。

 

 アウレリアンは歩調を緩めず、通り過ぎた。自分が艦籍上の分類を説明した部分は、その短い抜粋には入っていなかった。

 

 *

 

C.R.C. 7948.242 コルサント、ウスクル・ディストリクト

 

 次に四人で集まった時、制服はもう揃っていなかった。

 

 ホテルの給仕は、シーアを見ていつもの席へ案内した。アール・ヴェロスを頼み、鞄を置いたところで、向かいのカッシオが胸の徽章へ目を留める。

 

「候補生らしくなったな」

 

「服は、まだそんなに変わってないよ」

 

「座り方」

 

 シーアは自分の膝を見た。両手を揃え、妙にきちんと座っていたらしい。少し姿勢を崩すと、今度はリヴィアに、無理に変えなくてもいいと言われた。

 

「疲れてる?」

 

「少し。階段が多い」

 

「前も、廊下が長いって言ってたね」

 

 セリアが笑った。

 

「今度は装具を着けて上がるんだよ」

 

「それは大変そう」

 

 話している間に、三段のスタンドが運ばれてきた。シーアがサンドイッチを取ると、カッシオは少し意外そうな顔をした。

 

「今日は、先に食べるんだな」

 

「後からだと、足りなくなるから」

 

「学院で覚えた?」

 

「少し」

 

 リヴィアも笑い、端末で公開された学院案内を見せた。シーアは自分の写真を一度確かめ、綺麗に撮れていたねと言われると頷いた。

 

「実際の通信訓練は、まだこんな顔でできないけど」

 

「写真を使ったら?」

 

 カッシオが言った。

 

「何に」

 

「慌てていても、その顔を表示しておけば分からない」

 

「返事を聞けば分かるでしょう」

 

「じゃあ、駄目だな」

 

 シーアも笑った。セリアが写真を覗き込み、これは少し静かすぎると言ったところで、壁面のホロスクリーンが切り替わった。

 

 昨日の元老院質疑だった。

 

 レキューザント級。プロヴィデンス級。造船所で撮られた艦影の後に、ヴァディム・ロジンの発言が流れる。

 

『昨年は軍縮。今年はデストロイヤーですか』

 

「そっちも見た?」

 

 カッシオが訊いた。シーアは頷き、保存した資料を開いた。

 

「レキューザントの正面、もう貨物船とは言わないんだね」

 

「最初から、そういう名前で売るんだろう。こっちはキャリアー/デストロイヤー」

 

 カッシオはプロヴィデンスの開口部を拡大した。格納区画へ入る艇と船体を見比べ、公開資料に寸法があるかを確かめている。

 

 セリアがカップを置いた。

 

「造ってもいいの? 去年、軍縮したばかりなのに」

 

「新しい船を全部禁止したわけじゃないよ。古い護衛艦を替えることもあるから」

 

 シーアは、艦の画像の隣へ昨年の法律を出した。

 

「ただ、どこへ配備して、何をさせるかは認証が要る。昨日の編成は、まだ申請前だった」

 

「先に造って、認めてもらえなかったら?」

 

「装備を変えるとか、別の用途で申請するとか。それでも駄目なら、そのままでは使えない」

 

「認めてもらうつもりで、お金を出してるんだろうね」

 

 リヴィアが建造契約の一覧を開いた。

 

「全部が通商連合の直接発注ではないけど、関係する会社が保証をしてる。装備の調達にも同じ会社が入ってるから、船体ごとの名前だけ見ても分からない」

 

「会社を分ければいいわけじゃないんだ」

 

「誰が支配している会社かも申告する。だから、昨日はそれを並べて聞かれたんでしょう」

 

 シーアは、アウレリアンが使った資料を卓の中央へ移した。プロヴィデンス級の周囲に、複数のレキューザント級が置かれている。

 

「問題は、これをまとめて動かした時だよね」

 

 カッシオが言った。

 

「一隻ずつ別の航路を守るのと、同じ場所に集めるのでは違う。片方が艦載機を出して、その間、もう片方が火力を出す。地上へ運ぶドロイドもある」

 

「会社の名は別でも、同じ命令で動けば一つの艦隊になる」

 

「指揮する場所を陸上から船へ移しただけだったら、去年なくした司令部と何が違うんだ、という話だろ」

 

 シーアは頷いた。艦内の指揮設備があること自体は、直ちに違反にはならない。その設備から誰が、どの部隊へ、どこまで命令できるのか。昨日の質疑では、そこを何度も確かめていた。

 

「現地の政府が断ったらどうするのか、という質問もあったね」

 

 セリアが言った。

 

「ナブーの代表だ」

 

「警備隊の交代と言って、戦闘機とドロイドを一緒に運んでくる。港へ入ってから、頼んだ部隊とは違います、では困るよ」

 

 リヴィアは関係資料を順に送り、保安契約の欄で止めた。

 

「この範囲なら呼んでいい、この先は別の承認が要る、というところまで書かせる必要があるんだろうね。契約しているから全部できる、では広すぎる」

 

 スクリーンには、軍縮法が骨抜きだったという解説が出ていた。別の解説者は、だからこそ直ちに追加規制が必要だと話している。

 

 シーアは法律の最初へ戻った。

 

「でも、今回、船を見つけたのは、この申告があったからでしょう」

 

「最初の報告に、完成した艦の一覧が全部あったわけじゃないみたい」

 

 リヴィアが経緯を開いた。

 

「後から来た建造と装備の資料を合わせて、どの船に載るのかが分かった。去年の法律で、調べる手掛かりは増えたんだと思う」

 

「なら、何も変わらなかったわけではない」

 

 カッシオは艦隊の図を少し縮めた。

 

「ただ、見つけた後に止められるかは、まだ別だ」

 

「認証しなければ、普通の保安契約には使いにくくなるよ。保険会社も、港も確認するから」

 

 リヴィアが答えた。

 

「それを無視して来たら?」

 

 しばらく誰も答えなかった。シーアは、ナブーの航路に並んでいたルクレハルクを思い出した。

 

「その時に来られる司法軍が要る」

 

 彼は言った。

 

「査察へ行く人も、違反した時に動かせる船も。登録させて終わりにはできない」

 

「そこでまた、元老院が一から決める?」

 

「全部を毎回決めてたら遅い。何が起きたら、誰が、どこまで動いていいかを先に決めておく必要があると思う」

 

 リヴィアは別の資料を呼び出した。共和国側の保安能力を整えるための工程表だった。新規艦の受領だけでなく、基地、通信、中継点、査察要員の養成が並んでいる。

 

「それなら、ここも一緒に進めないと。権限だけ増やしても、出せる船がなければ同じだから」

 

「うん。逆もだよ。船があっても、出していいと決まらなければ来ない」

 

 セリアが工程表を自分の側へ向けた。

 

「この計画で引き継ぐ航路は、担当する人が替わっても、そのまま守ってもらえるんだよね」

 

「そのための計画だと思う」

 

「だったら、早くそうなってほしい。新しい司令官が来るたびに、誰へ何を頼めるか分からなくなるのは困るから」

 

 シーアは頷いた。港へ船が来る。通信がつながる。定められた条件で荷物を運び、約束が破られれば訴える場所がある。その仕事が、担当者の好意を確かめなくても続いていく。

 

「そういう秩序があること自体が、人を守ってるんだと思う」

 

 口にすると、カッシオが顔を上げた。

 

「海賊が来てから、助ける時だけじゃなくて?」

 

「うん。来ないように巡察することも、港が同じ規則で動くことも。規則を守っている人が、武装した相手に押し退けられないことも」

 

「なら、司法軍も強くしないといけないな」

 

「そう思う。共和国が決めたことを、ちゃんと実行できるように」

 

 シーアは法案の履歴と工程表を並べた。どちらか一つでは、途中で止まってしまう。今度の質疑で必要になった仕事も、この先へ加わるのだろう。

 

 リヴィアは、追加資料の提出期限に印を入れた。

 

「次は、これが出たら見よう。まだ分からないところが多いから」

 

 *

 

 番組は、艦艇の比較へ移っていた。

 

 レキューザントとプロヴィデンスの横へ、見慣れたプロクラメイターが現れる。字幕には、《共和国と企業のデストロイヤー》とあった。

 

「スター・デストロイヤーって、今は普通に言うんだね」

 

 セリアが言った。

 

「前から書いてはあったよ。カースさんのカタログにも」

 

「でも、最初の納品の時、ニュースでは大型巡洋艦って呼んでいたでしょう」

 

 リヴィアは画面へ目を向けた。

 

「昨日から、この呼び方も増えた」

 

「同じ仕事をする船じゃないけどな」

 

 カッシオが二つの新型艦を順に指した。

 

「レキューザントとプロヴィデンスだけでも、随分違う。全部並べると、同じくらいの艦を比べてるように見える」

 

「兄上は、司法軍では大型巡洋艦だって説明したんだよ」

 

「その部分、さっきのニュースにはなかったね」

 

 リヴィアが言い、少し笑った。

 

「カースさんは喜びそう」

 

「どうして?」

 

「通商連合の人が、元老院で製品の呼び名を広めてくれたから。反論する人も、もう一度その名前を言うでしょう」

 

 ちょうど画面の中で、ドッドがスター・デストロイヤーと口にした。

 

 シーアも笑った。二年前には、カタログの文字を指して意味を聞いた。今は自分が説明する前に、ニュースの方が使っている。

 

「艦籍は変わってないんだけどね」

 

「呼ぶ人が増えれば、注文する時にも、その名前が出るかも」

 

 リヴィアが答えた。

 

 カッシオは記事の最後を開き、まだ公開されていない仕様の欄を確かめた。

 

「性能が分かったら、また見よう」

 

「うん」

 

「模型は?」

 

「まだ見てない」

 

「出ても、先に置く場所を測ってね」

 

 セリアに言われ、シーアは返事の前にカッシオを見た。彼も同じ方を見ていたので、二人とも少し笑ってしまった。

 

 しばらくして、リヴィアが夜の予定を尋ねた。

 

「この後は、邸宅?」

 

「うん。兄上が、晩餐にも出るようにって」

 

「休みの日なのに忙しいね」

 

「外出申請に両方書いた。帰る時間だけは、間違えないようにしないと」

 

 セリアが時計を見た。シーアも同じ方へ目を向ける。まだお茶を飲む時間はあった。次の休日を決めようと、四人で端末を開いた。

 

 *

 

同日夜 コルサント、ヴァラリアン邸

 

 セレナは、シーアの襟へ手を伸ばしかけて止めた。

 

「今日は直さなくていい?」

 

「今のところは」

 

「自分で確かめたから」

 

「結構なことです」

 

 そう答えてから、彼女は肩に付いた小さな糸くずを取った。シーアが何か言う前に手が離れたので、文句を言うほどのことでもなかった。

 

 アルドレンは数日前、サーティネイニアンへ戻っていた。今夜の客を迎えているのは、元老院議員としてコルサントに残るアウレリアンだった。本国から来た行政関係者に、司法軍や企業の担当者を引き合わせるための晩餐だという。新入生の外出日に合わせて開いてくれたわけではないが、兄は、都合が合うなら出ておけと言っていた。

 

 広間へ入ると、すぐに名前を呼ばれた。

 

「司法アカデミーへ進まれたそうですね」

 

「はい」

 

「ロイヤル・アカデミーを、もうお出になったのですか」

 

「先日、卒業しました」

 

 答えるたびに、相手の視線が顔から制服の徽章へ移った。十三歳という数字を聞いてから、もう一度顔を見る者もいる。学院では同じ候補生の印だったものが、ここでは会話を始めるきっかけになっていた。

 

 ある客は、公開されたばかりの学院案内を見たと言った。凛々しくなられましたね、と褒められ、シーアは礼を述べる。別の客は、可愛らしい候補生だと笑った。同じ制服姿を見ても、思い浮かべるものは違うらしかった。

 

「いずれは、ああいうスター・デストロイヤーを指揮なさるのでしょう」

 

 企業代表の一人が言った。

 

「プロクラメイターですか」

 

「ええ。昨日のニュースで見ました。クアットの艦を」

 

「まだ、練習艦にも見学で乗る段階です」

 

「御謙遜を。いずれ立派な艦長になられますよ」

 

 シーアはもう一度礼を言った。先日の演習を見たら、同じことを言ってくれるだろうかと思った。それと同時に、船に詳しいわけではなさそうな相手から、スター・デストロイヤーという言葉が自然に出たことも、少し気になった。

 

 その人が離れたところで、アウレリアンが近づいてきた。

 

「もう褒められているのか」

 

「僕が何をしたか、知らないと思う」

 

「入学したことは知っている」

 

「それだけで?」

 

「それだけで話し始めることもできる。あまり難しく考えるな」

 

 兄はそう言い、少し先に立つ男へ目を向けた。

 

「紹介しておきたい人がいる」

 

 男は灰色の礼服を着ていた。給仕から飲み物を受け取った後も、話している相手から視線を逸らさない。相手が書類の一項目を示すと、その下にある日付を指して何かを尋ねていた。

 

 アウレリアンが近づくと、会話が一度止まった。

 

「ケイン。弟だ」

 

 男は端末を下げ、シーアへ向き直った。

 

「アーダス・ケインと申します。お目にかかれて光栄です、殿下」

 

「アレクシアール・ヴァラリアンです」

 

「本国の行政で、父上が世話になっている。今回は港湾整備と、司法軍への施設提供について来てもらった」

 

 アウレリアンが付け加えた。ケインは少し首を振り、公王殿下には決めていただくことばかりです、と答えた。

 

 その言い方で、父と何度も仕事をしたことがあるのだと分かった。

 

「サーティネイニアンから?」

 

 シーアが訊くと、ケインは頷いた。

 

「私も、あちらの出身です」

 

「僕は、最近あまり帰っていなくて」

 

「御学業がお忙しいのでしょう。本国でも、御卒業のことは報じられていました」

 

「写真も?」

 

「ええ」

 

 隣でアウレリアンが少し笑った。シーアはどの写真か尋ねかけ、やめた。卒業式の日には、知らないうちに随分撮られていた。

 

 ケインの端末には、港の図面が残っていた。艦艇の接岸位置を示す印があったので、シーアの視線がそちらへ動く。

 

「司法軍の基地を造るんですか?」

 

「既存の施設を、巡察艦が使えるようにする協議です。恒常的な基地とするか、寄港時の支援拠点とするかでも、必要なものが変わります」

 

「大きな艦も?」

 

「そこも検討しています。昨日の質疑から、どれほど大きな艦まで受け入れるのかという問い合わせが増えました」

 

「通商連合の新しい船が出たから?」

 

「ええ。司法軍にも、それに応じた艦を寄越してほしいという意見があります。呼び方まで、昨日から変わった方もいますよ」

 

 ケインは少しだけ口元を緩め、それから図面へ視線を戻した。

 

「ただ、入港できる大きさと、整備できる大きさは別です。今夜は、後者の話で少し困っています」

 

 ケインは図を卓上へ移した。近くにいた司法軍の連絡担当者が、苦笑してグラスを置く。

 

「補給なら、現行の設備で相当部分を引き受けていただけます。大型艦の整備まで同時に要求しているわけではありません」

 

「その点は承知しています。ただ、将来の拡張も考えて敷地を確保してほしいという御要望はあります」

 

「後からでは難しくなりますから」

 

「こちらも同じ理由で、利用見込みを知りたいのです」

 

 ケインは、港の一角を示した。今は民間の貨物区画として使われており、そこを空けるなら、荷役設備や倉庫を移す必要があった。

 

 シーアは二人の話を聞いていた。船を置く場所を作るという短い説明の下に、今そこを使っている別の仕事があった。

 

「空けておいて、艦が来なかったら?」

 

 思わず訊くと、ケインがこちらを見た。

 

「移した倉庫は、元へ戻りませんね。そこで働いていた者も、次の仕事へ移ります。ですから、いつ使い始めるのかを先に確かめたいのです」

 

「司法軍の配置は、情勢で変わります」

 

 連絡担当者が言った。

 

「ええ。来る艦の名前を、五年先まで決めていただきたいわけではありません」

 

 ケインは別の図を開いた。補給区画と修理区画が分かれ、着手する順番が付けられている。

 

「まず必要なのは、こちらでしょう。ここまでなら既存の予算と設備で始められます。修理設備の拡張は、司法軍側の整備計画が決まった段階で、次の工事にする」

 

「その場合、後の用地は」

 

「一定期間、他の用途へ出さずに確保する案を用意しています。期間が終わる前に、双方で次を決める。それなら、こちらも説明できます」

 

 連絡担当者は図を見直した。アウレリアンが、明日の協議でその案を出してもらおうと言い、近くにいた補佐官へ短く伝える。

 

 そこで、給仕が次の料理の案内に来た。

 

 端末を閉じる間際、別の客がケインへ声を掛けた。地方の港湾関係者らしく、自分たちの港へも同じ設備を回せないかと尋ねている。

 

「候補から外れたという話を聞きました」

 

「候補はまだ決まっていません」

 

「しかし、あちらの港を前提に進んでいるのでは?」

 

「大型設備を置く案は、そちらを先に検討しています。御地には、救難艇の補給と通信中継を引き受けていただく案があります」

 

「巡洋艦の寄港も欲しいのですが」

 

 ケインはその人の顔を見た。声を強めることも、曖昧に笑って済ませることもしなかった。

 

「現在の航路で、最も早く必要な役割を引き受けられるのは、その二つです。巡洋艦を入れるために全施設の完成を待つより、先に運用を始めたい」

 

 相手はすぐには頷かなかった。だが、いつから予算を付けられるのかという話へ移った。シーアが横で聞いている間に、翌日の面会時刻が決まった。

 

 食卓へ向かう途中、シーアはケインへ小さく訊いた。

 

「さっきの人、巡洋艦が欲しかったんですよね」

 

「寄港してくれれば、港の仕事も増えます。地方政府として望む理由はあります」

 

「断ったんですか」

 

「今、約束できる部分をお伝えしました。全部を約束してから、できなかったと言うよりは、次の相談をしやすいでしょう」

 

 シーアは先ほどの港の図を思い出した。どちらの港にも、同じ設備を同時に造ればよいという話ではない。仕事を分ければ、その分、誰かの望んだものが別の場所へ行く。

 

「嫌われません?」

 

「好かれることだけを目的にすると、後で困ります」

 

「父上も、そういう言い方をします」

 

「公王殿下には、私から申し上げた案を断られたこともありますよ」

 

 シーアが顔を上げると、ケインは少しだけ笑った。

 

「その時は、別の案を持っていきました」

 

 *

 

 食事の席で、ケインは学院の話を尋ねた。

 

 どの艦へ乗る予定なのか。最初の実習では何をするのか。シーアが訓練の話をすると、回収艇だけを先に行かせてしまったところで、彼は一度頷いた。

 

「港でも、よく似たことが起きます」

 

「荷物だけ来る?」

 

「船には入港日時が伝わっていて、作業員の配置表だけが前のまま、ということがあります。船長は荷役が始まると思っている。港側は、翌日だと思っている」

 

「じゃあ、止まるんだ」

 

「止まります。荷物が急いでいれば、その日の別の作業を動かすことになる」

 

 シーアはフォークを置きかけ、食べる方も止めないようにした。向こうでセレナが見ていたからではない。少なくとも、今回は。

 

「連絡するだけでも、随分かかるんですね」

 

「誰に届けば仕事が始まるのかを、知っていなければなりませんから」

 

 ケインは、隣の連絡担当者へ一度視線を向けた。先ほどは対立しているようにも見えた二人が、今は別の港について普通に話している。

 

「船の到着は歓迎されます。ですが、来た後に何を求められるのかが分からないと、受け入れる側も用意できません」

 

「逆に、何を頼めるか分からないことも?」

 

「あります。共和国の艦がいるのだから、何でもやってくれると思われる場合も」

 

 シーアは《ウェイファラー》の医務区画を思い出した。艦に医務室はあった。けれど、その部屋へ惑星一つ分の病人が入るわけではない。

 

「もっと大きな艦なら、できることは増えますけど」

 

「その代わり、寄港した時に必要なものも増えるでしょう」

 

「燃料とか、補給とか」

 

「それに、次に来るまでの間です」

 

 ケインはグラスを持ち上げた。

 

「艦が出港しても、港は翌朝また開けなければなりません。航路の担当が替わっても、最高議長が替わってもです」

 

 シーアは少し黙った。

 

 これまで考えていたのは、船が来るまでの時間だった。今夜、ケインが話しているのは、その船が出ていった後にも残る仕事だった。父や兄も同じものを扱っているのだろうが、目の前の港湾図へ落とすと、少し分かりやすくなった。

 

「ケインさんは、船に乗りたいと思ったことはありますか」

 

「仕事で乗ることはあります」

 

「そうじゃなくて。指揮する方です」

 

「少なくとも、今の私が艦長席へ座れば、乗員は困るでしょうね」

 

 シーアが笑うと、ケインも口元を緩めた。

 

「殿下は、そちらを学んでいらっしゃる。私は、その艦が使う施設を整える方です。いずれ、今日とは別の話をすることになるかもしれません」

 

「僕が艦に乗ってから?」

 

「ええ。その時には、港へ何を頼むのか、早めに知らせてください」

 

「分かりました」

 

「ただし、まずは学院を修了してからですね」

 

 向かいでアウレリアンが笑った。

 

「今日のところは、帰寮時刻までに戻すことにしましょう」

 

「まだ時間はあります」

 

「そう言う時ほど、出発が遅れる」

 

 シーアは時計を見た。兄の言う通り、挨拶をして回る時間も残しておかなければならなかった。

 

 玄関へ向かう前、ケインから連絡先を受け取った。公開できる範囲の港湾資料なら送れるという。シーアは礼を言い、自分の端末に名前を入れた。

 

 アーダス・ケイン。

 

 先ほどまで、父と仕事をする大人の一人だった。その名前の下へ、今夜見た港と、まだ決まっていない工事のことを書き留めた。

 

 *

 

 帰寮した時、ラックスはまだ起きていた。

 

「間に合ったな」

 

「ちゃんと時間は見てたよ」

 

「食事は?」

 

「食べた。晩餐だったから」

 

 制服の上着を脱ぎ、決められた場所へ掛ける。ケインから受け取った港湾資料の案内を保存していると、ラックスから課題の更新通知が届いた。

 

「ハックスが、現行の任務でできる範囲をまとめた。明日、確認して出す」

 

「僕の計算も入ってる?」

 

「ああ。追加の授権については、君の案として付けた」

 

 シーアは送られてきた資料を開いた。三人で確認した巡察の案の後に、自分が書いた別紙が続いている。提案者の欄には、一人分の名前だけがあった。

 

「このままでいいか」

 

 ラックスが訊いた。

 

「うん」

 

 確認を入れると、ラックスは提出用の表紙を開いた。以前のように、そこから公王家の話を尋ねてくることはなかった。

 

 シーアはケインに教えられた資料へ戻り、補給を受け入れる施設の条件と、判断を担当する部署の一覧を読んだ。自分の別紙にも、まだ埋めていない欄があった。

 

 *

 

C.R.C. 7948.248 司法アカデミー、練習艦《ウェイファラー》

 

 初めての航行実習で、シーアに与えられた仕事は、班の連絡係だった。

 

 操艦は常勤の乗員が行う。候補生は指定された場所で見学し、教官の指示で持ち場を移る。艦橋へ入る人数も時間も決められていた。

 

 シーアは搭乗前に六人の名前を確かめた。ハックスが最後に来た者へ装具の留め方を指摘し、ラックスは説明を終えた職員へ受領票を返している。

 

「第三班、六名。準備できました」

 

 ヴェイドへ報告すると、教官は頷き、搭乗口へ進むよう指示した。

 

 それだけだった。だが、艦内へ入ると、前の見学とは音が違った。

 

 地上から来ていた電力は既に切り替えられ、機関の低い響きが床を通して伝わってくる。教室に使われている前部区画へ座り、固定具を確かめたところで、艦内通信が鳴った。

 

 出港準備。各区画の確認。外部との接続解除。

 

 シーアは前面の表示を見ていた。外部カメラに映る発着場の設備が、少しずつ低くなる。いつも地上から見上げていた誘導艇が、今はほとんど同じ高さにいた。

 

「浮いた」

 

 思わず言うと、隣のハックスが、見れば分かると答えた。ただし、彼もずっと画面を見ている。

 

 艦首が進入してきた時と反対の方へ向き、建物の間に設定された回廊へ入った。民間の交通は離れたレーンを流れ、こちらの前方には、一定の間隔を空けて政府用シャトルが飛んでいる。

 

 宇宙へ出る船に乗るのは、初めてではなかった。

 

 サーティネイニアンとコルサントの間を、何度も移動している。外交船の窓から惑星が遠ざかるところも、星々が線へ伸びる瞬間も知っていた。

 

 それでも今日は、次にどの区画から報告が入るかを聞いていた。自分の班について尋ねられたら、返事をしなければならない。

 

 上昇が落ち着いた頃、艦橋見学の最初の組が呼ばれた。

 

 シーアたちが通路を進む間にも、艦内の仕事は続いていた。すれ違う乗員へ道を空け、決められた扉から入る。艦橋の前面には、薄く霞んだコルサントの地平が広がっていた。

 

 シーアは指定された位置へ立った。

 

 操舵席の乗員は、候補生が入ってきても振り返らなかった。管制から次の高度を指示され、航法担当が確認する。その返事を受けて、艦長が短い命令を出した。

 

 操舵員が繰り返し、船体がゆっくり動く。

 

 教室では何度も聞いたやり取りだった。実際には、思っていたより声が小さい。全員が同じものを大声で読み上げるわけでもない。必要な時に、必要な相手へ向けて言い、その間にも手は動いていた。

 

 ハックスは、各席の様子を順番に見ていた。ラックスは通信士と艦長の間へ視線を動かし、シーアは前方の景色と、操舵員の手元を交互に見ていた。

 

 途中で、航路管制から待機の指示が入った。

 

 別の回廊で遅れが生じ、こちらの上昇順序も変わったらしい。艦長はその場で速度と進路を調整させた。前面の表示で、先行していたシャトルとの間隔が広がっていく。

 

「訓練が遅れるな」

 

 ハックスが小声で言った。

 

 そばにいたヴェイドが、聞こえていたらしく答えた。

 

「その分は後で調整する」

 

「予定の経路は?」

 

「まだ変わっていない。変更があれば、管制とこちらで確認する」

 

 教官は艦長席へ目を戻した。シーアも、その返事を聞いて黙った。こちらの実習が始まったからといって、ほかの船が全部予定通りに動いてくれるわけではなかった。

 

 やがて上昇許可が下りた。

 

 前方の青さが薄れ、星々が増えていく。コルサントの夜側では、都市の光が惑星の曲面に沿って続いていた。シーアは息を吸い、少し遅れて、ずっと手を握っていたことに気づいた。

 

 操舵席は、すぐ近くにあった。

 

 そこへ座る者の横には航法担当がいて、後方には通信士がいた。艦長は二人の報告を聞き、別の区画から来た確認にも答えている。

 

 シーアが見ていると、ヴェイドが小さく言った。

 

「次の組へ交代だ」

 

「はい」

 

 名残惜しく前方を見てから、班へ声を掛ける。ハックスとラックスが頷き、後ろの三人も動き始めた。全員が通路へ出たところで人数を確かめ、シーアは指定された待機区画へ向かった。

 

 今度は、途中で誰も置いていかなかった。

 

 *

 

 帰着後には、報告を書く時間があった。

 

 実習中に見たこと。各担当の役割。予定から変わったことと、それがどこへ伝えられたか。シーアは航路の待機について書き始め、管制の指示を艦内の全員が直接聞いていたわけではないことを思い出した。

 

 自分たちへは、教官から必要な変更が伝えられた。艦内の別の区画には、別の連絡が行っていたのだろう。それがどの席から出たのかまでは、見ていない。

 

 分からないところに印を付け、次の説明の時間に尋ねることにした。

 

 ハックスから、班の入退室時刻を確かめるよう言われた。シーアは連絡係として残した記録を送り、ラックスも自分のメモと照合した。

 

「艦橋を出たのは、ここだな」

 

「最後の一人が出た時刻。移動を始めたのは、その前」

 

「では、二つに分ける」

 

 ハックスが共同の記録欄を直した。シーアが確認すると、ラックスも自分の欄へ印を入れる。

 

 同じ艦に乗り、同じ時刻に帰ってきた。その記録を合わせることはできた。

 

 各自の所見を書く段階になると、三人はそれぞれの端末へ向き直った。

 

 *

 

 その夜、シーアは四人の連絡欄へ短い報告を送った。

 

 今日、乗艦実習だった。

 

 カッシオから艦級を訊かれ、コンスラーと答える。どこまで行ったのか、席には座れたのかという質問が続いた。シーアがまだ見学だと返すと、リヴィアから、ちゃんと帰ってきたならよかった、と届いた。

 

 セリアは、港へ戻るところも見たのかと訊いた。

 

 見た。出る時より、周りに船が多かった。

 

 そう書いてから、今夜の課題へ戻った。少し遅れて別の通信が届く。アナキンからだった。

 

『もう船には乗った?』

 

 シーアは笑い、今、同じ話をしていたと返信した。艦の名を伝えると、次には機関のことを訊かれた。

 

『触らせてもらえた?』

 

『見ただけ』

 

『じゃあ、今度こっちに来た時だね』

 

 シーアは予定表を開きかけたが、次の休日はまだ確定していなかった。分かったら知らせると答える。その下へ、持ち主の許可を取っておいて、と付け足した。

 

 返ってきたのは、取るよ、という短い言葉だった。

 

 ハックスが部屋へ来て、明朝の配役を確かめた。

 

「最初の当直は、ラックスだ。ヴァラリアンは通信。私は操艦」

 

「分かった」

 

 シーアは予定を保存した。ラックスも役割表へ確認を入れる。

 

「連絡先の変更があれば、始める前に合わせる」

 

 ハックスが言った。

 

「うん」

 

 明日の演習でも、必要な報告はする。それをやめたいわけではなかった。

 

 ハックスは二人の返事を聞き、部屋を出ていった。

 

 部屋が静かになってから、シーアは棚の模型を少し回した。

 

 マンデイター級の艦橋塔は、やはり好きだった。窓を模した細い線を見ていると、そこへ自分が立っているところを想像したくなる。昔から何度もしてきたことだった。

 

 今日は、その周りにいる者の席も気になった。いずれは、ラックスやハックスと同じ艦橋に立つこともあるのかもしれない。

 

 シーアは机に残した課題へ目を移した。自分が出動を命じる時に必要なもの。その命令を受けて、誰が何を始めるのか。そこへ、自分がいない時には誰が引き継ぐのかという欄を足した。

 

 名前を一つ書けば終わると思われていたのかもしれない。今のシーアには、確かめたいところが増えるばかりだった。

 

 模型を元の向きへ戻したところで、ラックスが照明を落とすかと尋ねた。もう少しだけ待ってもらい、報告の最後へ、明日教官に聞くことを書き加えた。

 

 端末を閉じると、隣の机でも小さな操作音がした。

 

「おやすみ、シーア」

 

「おやすみ」

 

 消灯した部屋の外を、遅い時間に帰着した訓練艇の音が通り過ぎた。シーアは窓の方を見かけ、ここからは見えないという初日のラックスの言葉を思い出した。

 

 明日は、発着場の方を通ってみようと思った。

 




レキューザント級ライト・デストロイヤー

分類:ライト・デストロイヤー
全長:約1,187メートル
建造:ホアシュ=ケッセル・ドライブ社、フリー・ダク・ボランティア・エンジニアリング社

コマース・ギルドなどが運用し、クローン大戦では独立星系連合の戦力となった大型戦闘艦。

細長い骨格状の船体と、艦首の重ターボレーザーが特徴。ドロイドによる運用を前提に居住区画を抑え、少数の要員で多数の艦を展開できる。

比較的低い建造費と重武装を両立し、複数艦で火力を集中する集団運用に適している。



プロヴィデンス級キャリアー/デストロイヤー

分類:キャリアー/デストロイヤー
全長:約1,088メートル(標準型)
建造:フリー・ダク・ボランティア・エンジニアリング社、パマント・ドック社

通商連合が運用し、後に独立星系連合艦隊の中核となった大型主力艦。

艦隊戦闘、艦載機運用、地上部隊輸送、指揮管制を一隻にまとめた多用途艦。厚い装甲と強力なシールドを備え、砲戦と航空攻撃を組み合わせながら、惑星封鎖や侵攻部隊の旗艦を務める。
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