STAR WARS: STAR DESTROYER   作:あーくわいてんず

24 / 30
照準

C.R.C. 7950.070 ミッド・リム、アルヴァン星系外縁

 

 後席から声がした時、BTL-Bの前方には、まだレキューザント級の細い船体が見えていた。

 

「火器管制波、捕捉」

 

 操縦士は機体を傾けかけ、そこで手を止めた。受信装置の表示が変わる。広い空間を周期的に走査していた信号の一つが、自機の位置に留まっていた。艦首側ではない。船体中央部、先ほどからこちらへ追随していた砲座の付近だった。

 

「継続してるか」

 

「してます。追尾に入っています」

 

 音声警報が重なった。操縦士は母艦への回線を開き、機体を相手艦から離れる方向へ倒した。後席では時刻と方位、受信した信号が自動的に記録されている。僚機にも退避を知らせると、右手にいたBTL-Bがわずかに遅れて針路を変えた。

 

 相手の艦腹が上方へ流れていく。細長い構造物の間に、砲身が見えた。まだ光ってはいなかった。

 

『ブルー・ツー、状況を報告せよ』

 

「対象艦から火器管制レーダー照射。離隔中。こちらは射撃管制による捕捉を行っていない。繰り返す、こちらからの捕捉なし」

 

 返事を待つ間にも警報は続いた。操縦士は相手を画面の端へ残し、前方の退避経路を確かめる。追跡と識別の任務だった。必要なら警告を送れとは言われていたが、砲火の下へ入れという命令は受けていない。

 

『ブルー隊、全機離隔。対象艦との接近を中止。《インプラカブル》へ戻れ』

 

「ブルー・ツー、了解」

 

 プロクラメイター級《インプラカブル》の位置が、航法表示に出た。母艦はこちらへ針路を変え始めている。艦橋から通商連合船への呼びかけが、共通回線に重なった。

 

『《リテーナー》、共和国司法軍である。当方搭載機に対する火器管制照射を停止せよ。当方は攻撃を実施していない』

 

 照射は、十一秒で終わった。

 

 警報が止んでも、操縦士はしばらく旋回を続けた。後席が信号の消失を確認し、僚機の応答が順に入る。四機とも健在だった。

 

『司法軍艦へ。貴艦搭載機による包囲および攻撃準備行動を直ちに停止せよ』

 

 今度は、レキューザント側からの通信だった。

 

『当船は正規の回航中である。貴艦による航行妨害に抗議する』

 

 操縦士は母艦へ戻る針路を確定した。後ろの席から、記録は確保したと報告があったので、了解とだけ答える。十一秒を、頭の中でもう一度数える気にはなれなかった。

 

 《リテーナー》は一隻だった。護衛する貨物船も、随伴する警備艇もいない。そのことは《インプラカブル》の監視記録にも、近くの航路管制局の記録にも残っていた。

 

 ただし、それがこの先、どちら側の説明に使われるのかまでは、まだ誰にも分からなかった。

 

 *

 

C.R.C. 7950.072 コルサント、フェデラル・ディストリクト

 

 今夜は、モン・モスマの元老院議員就任を祝う会だった。チャンドリラ代表部から届いた招待状には、アウレリアンとシーアの名が並んでいる。

 

 鏡の前で、セレナが一歩下がった。

 

 シーアは襟へ手を伸ばしかけ、その手を見られていることに気づいて止めた。濃紺の礼装は、昨年のものではない。肩と袖を直せば着られると思っていたのだが、仕立てを担当した者に、直す場所の方が多くなると言われた。

 

「今度は、どこが変ですか」

 

「どこも」

 

「ずっと見てるから」

 

「確認しています」

 

 セレナはそう答えたが、すぐには近づいてこなかった。

 

 十五歳になってから、顔つきが少し変わった。頬の幼い丸みが薄れ、顎から首へ続く輪郭が以前よりはっきりしている。淡い銀髪も白い肌も変わらないのに、同じように整えた髪と襟が、前とは違う印象を作っていた。

 

 それ以上に違うのは、立ち方だった。以前なら、用意が終わるまで窓を見たり、手元の端末へ目を落としたりしていた。今は何もせずに待てる。司法アカデミーで身についた姿勢が公王家の作法と重なり、細い身体のまま、立っている場所だけが妙にはっきりする。

 

「また背が伸びた?」

 

「ええ」

 

「それなら先に言ってくれればいいのに」

 

 嬉しそうに鏡へ向き直ると、セレナはようやく近づき、片方の袖口を整えた。

 

「今夜は報道関係の方もいらっしゃいます」

 

「聞いたよ。兄上から」

 

「会場内での撮影は、主催者が認めた区画に限られています。質問に答えたくなければ、そう仰って構いません」

 

「答えたら?」

 

「答えたことが残ります」

 

 シーアは鏡越しに彼女を見た。冗談ではないらしい。

 

「切り取られるってこと?」

 

「正確に伝えられても、困ることはあります」

 

 玄関から、車両の準備ができたと知らせが来た。セレナは扉へ向かい、シーアも後を追った。廊下で待っていたアウレリアンが弟を見て、少し眉を上げる。

 

「今日は、よく黙って立っていられたな」

 

「見てたの?」

 

「セレナが何度も呼び戻していなかった」

 

「いつも呼び戻されてるみたいに言わないで」

 

「違ったか」

 

 兄は返事を待たずに歩き出した。父が帰国してから、こうした宴席へは兄と向かうことが多い。コルサントでのヴァラリアン家の公務を担う元老院議員と、その弟。誰も父と間違えはしないが、車内で最後まで書類を読んでいるところは似てきた。

 

「今日も、あの船の話?」

 

 シーアが訊くと、アウレリアンは端末を伏せた。

 

「明日の質疑についてだ。公表資料は読んだか」

 

「司法軍側の発表と、通商連合の声明は」

 

「では、今夜はそこまでだ」

 

「兄上が知ってることを、聞いちゃ駄目?」

 

「会場へ入ってから訊くなという意味だ。お前が私に訊けば、その答えを聞きたい者はほかにもいる」

 

 シーアは頷き、窓へ顔を向けた。車両は既にフェデラル・ディストリクトへ入っている。今夜の会場は、チャンドリラ代表部が借りた古い迎賓施設だった。玄関脇には撮影用の区画が設けられ、チャンドリラの紋章と、モスマの議員就任を祝う言葉が掲げられている。その前で、到着した客が順に足を止めていた。

 

 兄と並んで車両を降りると、いくつものレンズがこちらへ向いた。

 

「ヴァラリアン議員、こちらを」

 

「公子殿下も、お隣へお願いします」

 

 アウレリアンが足を止める。シーアも横へ並び、呼ばれた方へ顔を向けた。最初の撮影が終わったところで、別の記者が弟だけを呼んだ。

 

「殿下、司法アカデミーでの生活はいかがですか」

 

「忙しいです。でも、面白いです」

 

「実際の艦に乗る機会も?」

 

「実習で乗っています。まだ、こちらが働かせていただく時間より、乗員の方に教えていただく時間の方が長いですけど」

 

 近くで笑いが起きた。記者も笑い、次の質問へ移ろうとしたが、撮影者がそばから小さく声を掛けた。

 

「今のまま、少しだけ」

 

 シーアがそちらを見る。撮影者は照明を動かしかけた助手を手で止めた。玄関上部の明かりだけで、髪の縁と灰色の目に光が入っていた。

 

 指示に従って笑顔を作ったわけではない。話の続きを待っているだけだった。それでも、隣の取材を終えた者までレンズを寄せてきた。

 

「お一人でも撮らせていただけますか」

 

 以前にも言われたことはある。ただ、前なら珍しい子供の客を写すような調子だった。今日は、誰を画面の中心へ置くかを決める時の声だった。

 

 アウレリアンが代表部の係員と短く話し、その間にシーアは数枚の撮影に応じた。最後に礼を言って広間へ入ると、兄が歩調を合わせてくる。

 

「疲れたか」

 

「まだ玄関だよ」

 

「そうだな。これからだ」

 

 *

 

 広間には、顔を知っている客が多かった。

 

 その入口で、モン・モスマが来客を迎えていた。白い衣装の襟元には細い装飾があり、傍らの職員が次の客の名を伝えるたび、相手へまっすぐ顔を向ける。アウレリアンは順番を待ち、まず同じ元老院に席を持つ者として祝いを述べた。

 

「ご就任、おめでとうございます。これからは議場でも、よろしくお願いいたします」

 

「ありがとうございます、ヴァラリアン議員。こちらこそ」

 

 挨拶を終えた兄が少し身を引くと、モスマはシーアへ目を向けた。

 

「あなたにも来てもらえて嬉しいわ」

 

「おめでとうございます、モスマ議員。お招きいただき、ありがとうございます」

 

「後で、学院の話も聞かせて。実習が始まったと伺ったけれど」

 

「はい。船の話でよければ」

 

 モスマが微笑んだ。後ろには、既に次の客が待っている。シーアは兄とともに一礼して列を離れ、広間の中へ進んだ。チャンドリラから来た支持者や各星系の代表に交じって、企業家や司法省の高官もいる。明日の審議では向かい合う者同士が、今夜は同じ就任を祝っていた。

 

 ハロルド・タッグは金融関係者二人と話していたが、シーアに気づくと片手を上げた。その少し後ろにいたカッシオが、先にこちらへ来る。

 

「玄関、混んでたな」

 

「うん」

 

「お前のところだけ」

 

「僕が混ませたわけじゃないよ」

 

 カッシオは少し笑い、給仕のトレイから飲み物を二つ受け取った。片方を渡されて礼を言うと、その声にハロルドも振り返った。

 

「久しぶりですな、殿下。学院の食事には慣れましたか」

 

「慣れました。カッシオに聞いたんですか」

 

「以前の寮で、昼食より船の話を優先していたという話なら」

 

「昔の話です」

 

「先週も、菓子を残してただろ」

 

 横から言われ、シーアはカッシオを見た。

 

「あれは時間がなかったから」

 

「船の話をしてたからな」

 

 ハロルドは笑い、それから弟を残して挨拶へ向かうアウレリアンと短く言葉を交わした。元老院での移行予算についてだった。公務の話が始まると、カッシオは父の隣へ戻り、シーアも二人の少し外側に立った。

 

「今度の件で、認証の終わった船まで一律に止めるという声が出ています」

 

 ハロルドが言った。

 

「御社も影響を?」

 

「船だけの話ではありません。警備契約を審査し直すなら、その契約を前提に決まった保険と融資も見直すことになる。止める理由と対象は、はっきりさせていただきたい」

 

「その点は、明日確認します」

 

 アウレリアンが答えると、シーアは二人を見比べた。

 

「ちゃんと申告した会社ほど、すぐ止められるんですか」

 

 ハロルドが目を向けた。

 

「所在も契約も分かっているから?」

 

「そうです。分からない船は、まず探さないといけないでしょう」

 

「実務上は、そういうことも起きます。だからといって、申告しない方が得になるようでは困る」

 

 彼は持っていたグラスを置き、隣のカッシオへ視線を移した。

 

「命令は、従う会社から従います。その間に従わない会社が荷を取れば、制度への信用は落ちる」

 

「じゃあ、全社に出すだけじゃ駄目ですね」

 

「ええ。誰に何を守らせるのか、その仕事まで必要です」

 

 カッシオが頷いた。父親から初めて聞く話ではないらしい。シーアは、規制の対象を広げれば公平になるとは限らないのだと考えた。共和国の手が届く会社だけが費用を負担するなら、それは守りたい秩序とは随分違う。

 

 アウレリアンが別の議員に呼ばれ、ハロルドも先ほどの客へ戻った。二人きりになると、カッシオが広間の奥を指した。

 

「カースさん、来てるぞ」

 

「知ってる。さっき見えた」

 

「今日は、あまり機嫌がよくない」

 

「納期?」

 

「名前」

 

 意味が分からずに見ると、カッシオは笑いを隠すように杯へ口をつけた。

 

 *

 

「スター・デストロイヤーは、KDYの登録商標です」

 

 近づいた時、ヴェリオン・カースはそう言っていた。

 

 相手は造船業界誌の編集者だった。別の企業の幹部が一人と、司法軍の調達部門にいるらしい人物もいる。輪の中央には、今朝配信された記事が小さく表示されていた。

 

 《デストロイヤー同士が対峙――軍縮後の航路で緊張》

 

 プロクラメイターとレキューザントが、同じ大きさの艦影で並べられている。

 

「こちらはライト・デストロイヤーですから」

 

 編集者が穏やかに答えた。

 

「承知しています。向こうがそう名乗っていることは」

 

「では、記事としては」

 

「うちが何年も掛けて設計と一緒に説明してきた言葉を、先方の新製品が出た途端、何の区別もなく横へ並べられる。愉快ではありませんね」

 

 シーアが挨拶すると、カースはすぐに表情を戻した。ただし、表示は消さなかった。

 

「殿下。よいところへ」

 

「今日は、何を読まされるんですか」

 

「記事を。ご覧になりましたか」

 

「読みました。船の大きさが揃ってるのは、少し変だと思いました」

 

「そうでしょう」

 

「でも、同じ縮尺にしたら、レキューザントの方が長いですよ」

 

 カッシオが隣で杯を下ろした。カースは一度だけシーアを見て、それから編集者へ向き直った。

 

「全長だけで艦の能力を示せないことについては、御誌にも何度か説明したはずです」

 

「その記事も掲載しましたよ」

 

「今回は、掲載されていません」

 

 編集者は笑った。カースは笑わなかったが、怒鳴るほどではない。言葉の端が、普段より丁寧になっていた。

 

「通商連合は、こちらとの類似を随分便利に使う。元老院では共和国もスター・デストロイヤーを買っていると言い、販売資料では自分たちもデストロイヤーだと言う。せめて、名を使うなら、何を売っているのかまで揃えていただきたい」

 

「商標については、法務の判断を待つのでしょう?」

 

「待っています」

 

「単にデストロイヤーという語まで、御社が独占できるかどうかは」

 

「だから待っているのです」

 

 カッシオが顔を横へ向けた。笑ったところを見られないためらしい。

 

 シーアは表示された二隻を見た。初めてプロクラメイターの資料をもらった時、スター・デストロイヤーとは何かをカースに尋ねた。覚えてもらわなければ注文も来ない、と答えられたことも覚えている。

 

「でも、名前は覚えてもらえましたね」

 

「こちらのものとして覚えていただきたかった」

 

 今度は、カース自身も少し笑った。

 

 編集者が取材の依頼を改めて伝えると、彼は担当者を通すよう答え、表示を閉じた。船を造る会社が船の名で腹を立てている。そのことが、シーアには少し意外で、少し分かるようになっていた。

 

 同じ名前で呼ばれれば、同じ仕事をするものだと思われる。司法軍が何のためにあの艦を買ったのかまで、通商連合の説明に引っ張られてしまうのだろう。

 

「それで、明日の議場には?」

 

 カッシオが訊いた。

 

「技術上の照会には、担当部門が回答します。今回の機体への照射について、KDYが運用上の判断をしたわけではありませんから」

 

「そこは、同じにされたくないんですね」

 

 シーアが言うと、カースは彼を見た。

 

「当然です。名前だけでなく、責任もです」

 

 *

 

 報道関係者がいるのは、玄関だけではなかった。

 

 政治部の記者、経済番組の司会者、ホロネット各社の編集幹部。新しく議席に就いたモスマの挨拶と、祝いに訪れた顔ぶれを取材しに来た者もいれば、今夜は客として招かれている者もいる。シーアがカッシオと食べ物を取っていると、チャンドリラ代表部の広報担当者が女性を連れてきた。

 

「公子殿下。レナ・ヴァイルさんです。首都政治欄を担当していらっしゃる」

 

 ヴァイルは端末を手にしていたが、紹介されると画面を伏せた。

 

「初めまして。学院へ移られてからも、元老院の審議を追っていらっしゃるそうですね」

 

「公開されているものだけですけど」

 

「お兄様が関係しているものだけ?」

 

「それ以外も。航路や司法軍の話は、気になります」

 

「今回も?」

 

 シーアは皿を近くの卓へ置いた。カッシオは隣に残ったが、口を挟まなかった。

 

「十一秒、という発表は読みました」

 

「攻撃を受けたとお考えですか」

 

「発砲とは違うと思います。でも、砲を向けられた機体の乗員が、何も起きなかったと思えるかどうかも別です」

 

 ヴァイルが端末を持ち上げた。

 

「今の御発言、記録しても?」

 

「はい。ただ、現場で何があったかを僕が確認したわけではありません。司法軍の説明役でもないです」

 

「御本人のお考えとして伺います」

 

 彼女は記録を始め、通商連合が警告を無視した場合、共和国はどこまで行動すべきかと尋ねた。

 

「まず、その警告が何を求めるものだったのかを確かめたいです。従う義務のある命令だったのか、それとも任意の照会だったのか。そこを曖昧にしたまま、無視されたとだけ言っても困るでしょう」

 

「義務のある命令なら?」

 

「従わせなければならないと思います」

 

 ヴァイルは少しだけ目を上げた。近くを通ろうとしていた男が、歩調を緩める。

 

「武力を使ってでも?」

 

「必要な場合には。ただ、今回がその場合だったかは、まだ分かりません」

 

「明日の審議で、判断が変わる可能性もあると」

 

「あります。だから見ます」

 

 シーアが答えると、彼女は頷いて記録を止めた。質問は短かったが、やり取りを聞いている者は、始めた時より増えていた。

 

「最後に、写真を一枚よろしいですか」

 

 隣の撮影者が端末を構えた。シーアは頷いたが、背後に何があるのかを一度確かめた。壁にはモスマの議員就任を祝う表示がある。今の自分の言葉が、彼女の名と一緒に画面へ収まることになった。

 

「あちらでもいいですか」

 

 シーアは窓の脇を示した。撮影者が場所を移し、表示が背景から外れる。

 

 それを見たヴァイルが、小さく笑った。

 

「もう、背景も気になさるのですね」

 

「今日はモスマ議員のお祝いですから。僕の意見を答えただけなのに、彼女も同じことを言ったように見えたら困るでしょう」

 

「では、その点も記事にはっきり書いておきます」

 

 撮影が終わると、ヴァイルは礼を言って離れた。シーアは置いていた皿を取り、隣のカッシオを見た。

 

「何?」

 

「別に」

 

「何か言いそうな顔だった」

 

「うん。少なくとも、今は食べられるぞ」

 

 シーアがフォークを取ったところで、背後からよく通る声がした。

 

「従わせなければならない。その通りですな」

 

 ヴァディム・ロジンだった。

 

 同行していた保守派の議員も頷いている。カッシオは、食べ終わるまでに何人来るだろうかという顔で皿を見た。シーアは一口だけ食べ、飲み込んでから挨拶した。

 

「企業の船に砲を向けられて、退いて戻る。これで司法軍の制服を着た者が、明日から何を言えると思います?」

 

 ロジンは声を落とさなかった。彼にとっては、聞かれて困る話ではないらしい。

 

「相手は一隻です。こちらは新型のプロクラメイターと搭載機。それでも企業側が帰れと言えば帰る。次から、どこの保安会社も同じことを試すでしょう」

 

「《インプラカブル》は、その後も追跡を続けたと発表されています」

 

 シーアが答えると、ロジンは頷いた。

 

「承知しています。だが、止めてはいない」

 

「退避した機体の判断とは、別ですよね」

 

「もちろん。私は操縦士を非難しているのではない。あの場で何をすべきか、艦長が迷うような命令を出している上の者を非難しているのです」

 

 そばの議員が、次に照射を受けた時には、照射源への反撃をあらかじめ認めるべきだと言った。ロジンは、それくらい明確でなければ警告にならないと応じる。

 

 シーアは少し考えた。

 

「相手にも、それが分かるようにするんですか」

 

「分からなければ、抑止にはならんでしょう」

 

「なら、どの行動をしたら止められるのか、警告も同じにしてほしいです。艦長ごとに違う意味で減速を求めて、一方はお願いで、もう一方は従わなければ撃つというのは危ないから」

 

 ロジンは満足そうに笑った。

 

「よろしい。共和国の言葉に、決まった重さを持たせる」

 

「その代わり、司法軍も決めた通りにやる必要があります」

 

「それは当然です」

 

「許されていないことをしたなら、そちらも調べる。それでも、合法な命令を出した時には、最後まで実行できるようにする」

 

 同行の議員が、現場を萎縮させるような調査には注意が必要だと口を挟んだ。シーアはそちらを見た。

 

「何が許されていたかを確かめないと、次に同じ任務へ出る人も困りませんか」

 

 ロジンが先に答えた。

 

「結構。責任を取らせる相手を、下の者だけにしなければよい。私も、命令を曖昧にした者が調査の後ろへ隠れるのは嫌いです」

 

 彼はシーアの肩へ手を置きかけ、礼装の徽章を見て引っ込めた。代わりに杯をわずかに持ち上げる。

 

「いずれ、元老院でも話していただきたいですな」

 

「まず、学院を終わらせます」

 

「そうでした。まだ十五歳だった」

 

 その言い方は、年齢を初めて知ったように聞こえた。ロジンは別の客に呼ばれ、同行者とともに離れた。カッシオが残っていた料理を一つ取り、シーアへ皿を寄せる。

 

「今だ」

 

 今度は、二口食べられた。

 

 *

 

「君と話すには、順番を取らなければいけなくなったようだ」

 

 ベイル・オーガナの声に、シーアは皿から顔を上げた。

 

 横には、来客への挨拶を一段落させたモスマがいた。すぐ後ろまで職員が付き添っていたが、彼女が短く言葉を交わすと、次の客のところへ戻っていった。

 

「オーガナ議員。モスマ議員」

 

 シーアが挨拶すると、ベイルはカッシオにも声を掛けた。タッグ家とは航路整備の件で話すことがあるらしい。カッシオは父が近くにいると伝え、ベイルは後ほど伺うと答えた。

 

「アカデミーには、慣れたかね」

 

「はい。覚えることは、まだ多いですけど」

 

「その方がいい。もう教わることがないと言われたら、私たちも困る」

 

 ベイルは笑い、シーアの上着へ目を落とした。

 

「背も伸びた。最初に会った時は、アルドレンの後ろから船を見ていた」

 

「今でも見てます」

 

「窓の位置を確かめていたから、そうだろうと思った」

 

 モスマも少し微笑んだ。

 

「でも、今夜は窓の外ばかり見てはいないのね」

 

「話しかけられるので」

 

「ええ。それは分かるわ」

 

 彼女は少し離れた撮影区画へ目をやり、それから広間の脇にある小さな談話室を示した。

 

「就任の挨拶まで、少し時間があるの。よければ、あちらで。先ほどのお話を、私も聞きたいわ」

 

 カッシオが父のところへ戻ると言ったので、シーアは後でと答え、二人についていった。

 

 *

 

 談話室の扉は開いていた。外から誰がいるかは分かるが、撮影者が入ってくる場所ではない。ベイルが窓際の卓へ杯を置き、モスマは椅子へ座る前に、シーアへも席を勧めた。

 

「さっき、共和国の命令には従わせるべきだと言っていたわね」

 

「従う義務のある命令なら、です」

 

「ええ。その点も聞いていた」

 

 モスマは頷いた。言葉を省いて責めるつもりではないと分かり、シーアは背もたれへ少し身体を預けた。

 

「今回の照射については、厳しく調べる必要があると思う。企業の船が、政府の船に好きなように武器を向けていいはずはない。ただ、司法軍が先に何をしていたかも、同じように確かめなければならないでしょう」

 

「僕も、そこは知りたいです」

 

「では、その先の話をしましょう。あなたは、共和国が決めたことを実行する力を、今より大きくしたいのね」

 

 シーアは頷いた。

 

「決めても実行できないなら、守るかどうかを相手に選ばれてしまいます。通商連合だけでなく、惑星政府でも、うちのような公王家でも」

 

「お父上にも、共和国が従わせるべきだと?」

 

「父上も、共和国法の外にいるわけではありません」

 

 ベイルが杯から目を上げた。モスマも、そこは少し意外だったらしい。

 

「あなたの家に期待している人たちは、それを聞いているのかしら」

 

「聞いて、がっかりした人はいます」

 

 誰かとは言わなかった。モスマも訊かなかった。

 

「私は、共和国の力に限界を設けておくことにも、意味があると思っているの。中央で決めたことを、遠い星系へそのまま強制できない。そこには交渉する余地が残る」

 

「交渉して決めた後もですか」

 

「決めた後でも、市民の合意は変わるわ。元老院で多数を得たことだけで、その後の異議が無意味になるわけではない」

 

「異議を言えなくする必要はないと思います。変えるために議員を選ぶことも、裁判で争うこともできる。でも、今ある義務を果たすかどうかまで、それぞれに選ばせたら、決めたことが続きません」

 

 モスマはすぐには答えず、窓の外を一度見た。遠くの航路を政府用シャトルが通り過ぎていく。

 

「ある星系の市民が、自由な投票で中央の決定を拒んだとするわ。通商連合に脅されているのでもなく、誰かに票を買われたのでもない。自分たちの負担や将来について、自分たちで決めたいと望んでいる。その時も、あなたは従わせるの?」

 

 シーアは考えた。企業に言う時と同じ速さでは答えられなかった。

 

「その星系にも適用される、正しく成立した共和国法なら、従う必要があると思います」

 

「市民の意思より、共和国の決定を優先する」

 

「その星系だけの問題なら、自分たちで決めればいいです。でも、航路や保安の約束には、ほかの星系も関わっています。自分たちの投票だけで、その約束をやめられるんですか」

 

「だから、交渉するのよ。今の制度の中で解決できないなら、その制度を変えることまで含めて」

 

「変わるまでの間は?」

 

 モスマはシーアを見た。

 

「反対する市民を、まず従わせてから話を聞くというのなら、私は賛成できないわ」

 

 部屋の外で、誰かが笑った。広間では音楽が変わり、給仕が次の皿を運んでいる。シーアは膝の上に置いた手を少し動かし、言おうとしていたことを組み直した。

 

「反対しただけなら、従わせる話にはならないと思います。でも、港を閉じたり、共通の負担を払わなかったり、共和国の監督官を入れなかったりすれば、ほかの人も困る。交渉している間、そのままにしていいんでしょうか」

 

「国家は、市民が自分たちの政治を選ぶためにある。国家の仕事を滞らせないために、その選択を狭めてしまっては、順序が逆になる」

 

 モスマの声は、先ほどと同じ穏やかなものだった。そのために、言葉の違いがはっきり聞こえた。

 

「僕は」

 

 シーアは一度言葉を止めた。

 

「誰が選ばれても、勝手には止められない仕事があるから、同じ共和国でいられるんだと思っています。次の政府が気に入らないから港の規則を変える、その次は救難の負担をやめる。それでは、そこに住んでいない人は何も決められないのに、全部変えられてしまう」

 

「継続は必要よ。でも、続いていることが、その制度を変えられない理由にはならない」

 

「変えてはいけないとは思っていません」

 

「共和国が定めた手続きの中で、ということでしょう?」

 

 シーアは黙った。モスマは言葉を継いだ。

 

「その手続き自体を受け入れなくなった市民に、何を根拠に従えと言うのか。共和国であり続けることまで、市民が選び直せるのか。私は、そこを国家の側だけで決めるべきではないと思っているの」

 

 ベイルが静かに杯を置いた。

 

「そこまで行けば、今夜ここで簡単に答えが出る話ではないな」

 

「でも、違うのはそこでしょう」

 

 モスマが言った。シーアは彼女を見て、ゆっくり頷いた。

 

「はい。ある星系が共和国との関係を変えたい時にも、その星系の政府だけでは決められないことが残ると思います。ほかの星系との約束も、共和国市民として持っている権利もあるからです」

 

「それを守るという理由で、望まない政治秩序に留めることも?」

 

「共和国の秩序を、望む時だけ使って、義務を負う時には抜けられるものにはしたくありません」

 

 答えてから、シーアは自分の声が少し硬くなっていたことに気づいた。

 

「ただ、どういう条件で関係を変えられるべきかまでは、まだ勉強していません。それは、ちゃんと考えたいです」

 

 モスマは頷いたが、表情は緩まなかった。

 

「考えてほしいわ。強い共和国を作ることと、その共和国に市民が同意し続けられることは、同じ仕事ではないから」

 

 以前なら、そこで同じではないのかと訊いていただろう。今は、同じではないことが分かる。そのうえで、彼女の答えには頷けなかった。

 

 シーアにとって、秩序は誰かが助けに来るまでの背景ではなかった。決まった条件で港が開き、訴えが受け付けられ、武装した相手にも同じ法を守らせる。その状態が続いていること自体が、保護だった。各地の都合で止められないようにすることも、共和国の責任に含まれるはずだった。

 

 モスマは、その国家に対して市民が同意を取り消せる余地を、最後まで残そうとしている。保護されているという結果だけでは、その権利を置き換えられないと言っていた。

 

 ベイルが二人を見た。

 

「最初に会った夜も、三人でこんな話をしたな。アルドレンの邸宅だった」

 

「覚えています」

 

 シーアは答えた。

 

「選ばれた人でも、命令するなら守らないといけない、と言った」

 

 モスマが頷いた。

 

「それで、仲良くできますね、と」

 

 シーアは少しだけ困った顔をした。彼女は笑って済ませなかった。

 

「あなたの言う『守る』が、今夜はよく分かったわ」

 

「僕も、モスマ議員が心配していることは、前より分かりました」

 

「賛成はしない?」

 

「はい」

 

 短く答えると、モスマは静かに頷いた。

 

「私もよ」

 

 誰も声を荒らげなかった。互いに、相手の話を聞き違えていたとも思わなかった。

 

 代表部の職員が戸口へ来て、就任挨拶の準備が整ったと告げた。モスマは頷いて席を立った。シーアも立ち上がり、話してくれたことへの礼を言う。彼女はそれを受け、明日の審議もよく見るようにと言った。

 

 その言葉にだけは、素直に頷くことができた。

 

 *

 

 モスマが先に広間へ戻った後、ベイルはシーアと並んで歩いた。

 

「君は、自分の家にも共和国の命令を守らせると言ったな」

 

「はい」

 

「それは、父君へ報告しておこう」

 

「嫌な顔をすると思います?」

 

「理由を訊くだろう。その後は、君の説明次第だ」

 

 ベイルは少し笑ったが、すぐに声を落ち着かせた。

 

「私は、企業が共和国の法より強くなることには反対だ。自治を理由に、住民が企業の武力へ委ねられることにもね。一方で、法を執行する側が、自分に向けられた異議まで危険と見なすようになれば、それも止めなければならない」

 

「意見を言うことと、命令を実行させないことは、分けたいです」

 

「その区別をする者が、君ほど丁寧に考えるとは限らない」

 

 シーアは足を緩めた。ベイルも、それに合わせた。

 

「だから、君が考えているような制度を作るなら、間違えた時に誰が止めるかまで作ってほしい。強い命令を出せるようにするだけでは、仕事は終わらない」

 

「はい。それは必要だと思います」

 

「なら、そこでは一緒に仕事ができる」

 

 モスマとの話を、違いなどなかったことに戻す言い方ではなかった。ベイルは、どこまでなら同じ案に賛成できるかを話している。そのことに、シーアは少しほっとした。

 

 広間へ出ると、撮影者の一人が二人を見つけた。ベイルは軽く手を上げ、今は取材の時間ではないと伝えた。

 

「今夜、もう随分撮られたのだろう」

 

「玄関から」

 

「君が黙っていると、皆、続きを待つようになったね」

 

 シーアは顔を上げた。

 

「そうですか?」

 

「ああ。以前は、何を思いつくのかを見守っていた。今は、何を言うのかを聞こうとしている」

 

 その違いは、思っていたより大きいらしい。ベイルは別の客に挨拶し、シーアを兄のいる方へ送り出した。

 

 アウレリアンは弟を見ると、誰と話していたのかを訊いた。モスマとベイルだと答えると、話は合ったかと続ける。

 

「合わなかった」

 

「どこが?」

 

「共和国が何を守るためにあるのか。そこから違った」

 

 兄は少し黙り、モスマのいる方を見た。それから、シーアの手元へ目を落とす。

 

「皿は?」

 

「置いてきた」

 

「カッシオが預かっている。食べてから帰るぞ」

 

「今の話、気にならないの?」

 

「気になる。車内で聞く」

 

 アウレリアンは弟を軽く促した。

 

「ここでお前を囲む人間は、もう十分いる」

 

 カッシオのところへ戻る前に、広間の音楽が小さくなった。代表部の責任者が中央へ進み、モン・モスマの元老院議員就任を改めて告げる。客たちが話をやめ、彼女へ顔を向けた。

 

「本日は、お集まりいただきありがとうございます」

 

 モスマは礼を述べ、チャンドリラで自分を選んだ人々と、その期待に応える責任について話した。先ほどの談話室より声はよく通っていたが、言葉の速さは変わらなかった。

 

「私に投票した方も、しなかった方も、代表を選んだ後で沈黙する必要はありません。議席を得たことを、皆さんの声を聞き終えたという意味にはしたくないのです。ここからどう応えられるかを、これからの仕事で示していきたいと思います」

 

 拍手が広がった。ベイルが杯を上げ、ハロルドもそれに続いた。シーアはカッシオから飲み物を受け取り、兄と並んで祝杯を掲げた。

 

 モスマがこちらを見た。シーアが小さく頭を下げると、彼女も頷きを返した。やがて次の客から祝辞を受け、穏やかに微笑む。

 

 明日は、あの人も議員席から司法軍へ問いを向ける。シーアは杯を下ろし、就任挨拶を記録していた端末へ、明日の傍聴予定を重ねた。

 

 *

 

C.R.C. 7950.073 コルサント、共和国元老院

 

 翌日の議場では、レキューザント級が一隻で航行していたことについて、誰も争わなかった。

 

 大型表示の中央に《リテーナー》があり、その後方へプロクラメイター級《インプラカブル》の航跡が続いている。途中から四つの小さな印が分かれ、二機ずつ別の方向から接近した。これがBTL-Bだった。

 

 シーアは傍聴席で表示を見ていた。アウレリアンは議員席にいる。今日の出席について学院側が認めたのは傍聴であり、司法軍の関係者席ではなかった。

 

 委員長が、確認できている事実を読み上げた。

 

 発砲なし。人的被害なし。船体および機体の損傷なし。

 

 レキューザント級からBTL-B一機に対し、約十一秒間の火器管制レーダー照射。搭載機の退避後、《インプラカブル》は距離を取って追跡を継続。対象艦は予定されていた回航先の待機区域へ入り、現地当局との連絡下にある。

 

「照射の記録について、司法軍側から説明を」

 

 証言台には、作戦担当者と技術担当者が並んでいた。技術担当者は、受信機の記録を提示した。公開用の資料では、詳細な周波数と装置の性能に関わる部分が伏せられている。

 

「通常の航法用走査とは異なります。信号の継続性と指向の変化は、対象機の運動に追随しています。搭載された火器管制装置の特性とも一致します」

 

「航法用レーダーを、搭乗員が誤認した可能性は?」

 

「現時点で、その説明を支持する記録はありません」

 

 通商連合代表団の席で、補佐官がロット・ドッドへ資料を送った。ドッドは目を通し、発言を求める。

 

「先に、そこへ至る経緯を御確認いただきたい」

 

 表示が戻った。四機が《インプラカブル》から離れるところで止まる。

 

「対象は、認可された回航を行っていた一隻の船です。艦隊ではなく、商船を拘束していたわけでもない。そこへ共和国のスター・デストロイヤーが追跡を掛け、武装したBTL-B四機を発進させた」

 

 ドッドは接近方向を示す二本の線を指した。

 

「対艦攻撃能力を持つ機体が、前後から針路を制約し、減速と待機を要求した。当社側がこれを準攻撃行動と判断したことには、十分な根拠があります」

 

「準攻撃行動、とは」

 

 委員長が聞き返した。

 

「攻撃へ移行するための配置と行動です。発射を待ってからでなければ、危険を認識してはならないというお考えでしょうか」

 

 傍聴席の一角で、人が動いた。シーアは二本の線を見直した。

 

 司法軍側の説明では、船籍標識と船体外部の装備を確認し、通信への応答を求める接近だった。同じ図をドッドが示すと、一隻のレキューザントを四機で挟み込む形になった。

 

 線は、一本も書き換えられていない。

 

「武器の使用準備については、どう確認されていますか」

 

 ベイルが発言した。

 

 司法軍の作戦担当者は、BTL-Bが通常の武装を搭載していたことを認めた。そのうえで、対象艦への攻撃命令はなく、射撃管制による捕捉も実施していないと説明する。

 

「搭載機側の記録は、調査機関に提出しています」

 

「相手側から、そのことを確認できましたか」

 

 担当者は一度、隣の技術担当者を見た。

 

「攻撃を行わない旨は、通信しています。ただし、武器の安全設定そのものを相手側が確認できる仕組みではありません」

 

 ベイルは頷き、質問を記録へ残すよう求めた。

 

 ドッドが手を広げた。

 

「まさに、その点です。当社の船長が見ていたのは、説明のつかない接近を続ける武装機でした」

 

「説明はしています」

 

 司法軍の担当者が答えた。

 

「では、なぜ追跡を開始したのです?」

 

 ドッドの問いに、アウレリアンが発言を求めた。

 

「そこは、こちらから確認します。接触の根拠となった記録を示してください」

 

 中央の表示が船の位置から、認証関係の書類へ変わった。

 

 《リテーナー》には、指定された保安区域内での運用認証があった。今回は整備と装備確認のため、区域外の施設へ移動する回航として、別の許可を受けている。単独で移動すること自体は、その条件に反していなかった。

 

 問題になったのは、回航経路の変更だった。

 

 実際の航跡は、《インプラカブル》が持つ許可情報から外れていた。通常の船籍識別には応答がある。だが、変更後の経路に対応する認証情報を求める照会に対し、運航会社は本社を通すよう回答していた。

 

「相手側は、航路管制から迂回の勧告があり、変更を申請したと説明していますね」

 

 アウレリアンが訊くと、ドッドは頷いた。

 

「受領記録もあります」

 

「受領は、変更許可を意味しますか」

 

「緊急の航行上の事情による変更には、事後確認が認められています」

 

「今回、その条件を満たすかどうかも、確認の対象になります。司法軍側には、その受領記録が伝わっていたのですか」

 

「接触開始時点では、ありません」

 

 作戦担当者の答えに、アウレリアンは次の質問へ移った。

 

「経路の変更を把握した後、最初の照会から搭載機発進までに、何を確認したか。その順序を示してください」

 

 時刻が並んだ。照会。運航会社への連絡。認証情報の再確認。BTL-B発進。視認による識別。追加照会。そして、減速と待機を要求する通信。

 

 シーアは、その最後の項目へ印を付けた。

 

 初めから一つの命令を繰り返していたわけではなかった。最初は情報を求め、途中から船を止めようとしている。どこでそう判断したのかを確かめなければ、警告を無視したという説明も、航行を妨げられたという抗議も、意味が決まらない。

 

 モスマが発言を求めた。

 

「照会に応じる義務と、航行を停止する義務は、別に定められています。今回の待機要求は、強制力を伴う命令として発せられたのですか」

 

「艦長は、認証条件への違反を疑う理由があると判断しています」

 

「その判断を伝える前に、武装した機体を接近させている」

 

「識別と警告のためです」

 

「なぜBTL-Bだったのでしょう。より軽装の搭載機や、距離を保った照会では、任務を遂行できなかったのですか」

 

 担当者は、当時の即応機と、対象を継続して追跡・識別するための航続能力を説明した。モスマはそれを遮らなかった。説明が終わると、選択可能だった他の手段も含めて報告するよう求める。

 

「相手が武装していることは、こちらのどのような接近も正当化する理由にはなりません。調べる対象が危険であればこそ、確認のための行動と、攻撃に備えた行動の境目を明確にしておく必要があります」

 

 シーアは記録した。

 

 昨夜、モスマの考えには賛成できなかった。だからといって、今の質問まで不要になるわけではない。相手に従わせるつもりなら、何に従わせようとしたのかは、こちらが説明できなければならなかった。

 

 ただ、その説明のために、司法軍が近づくこと自体を認めない結論へ進むのであれば、やはり賛成はできないだろう。

 

 ロジンが発言を求めた。

 

「一つ確認したい。通商連合の主張では、相手の行動を危険だと判断すれば、火器管制装置で共和国の機体を捉えてよいのですか」

 

「自衛に必要な措置を認めていただきたいと申し上げています」

 

「では司法軍も、御社のデストロイヤーを危険だと判断すれば、同じことをしてよい?」

 

「状況を切り離した比較には、お答えしかねます」

 

「先ほどは、双方のデストロイヤーを、ずいぶん気軽に並べておられた」

 

 委員長が発言を質問へ戻すよう求めた。ロジンは頷き、声を少し落とした。

 

「単艦であることは、相手に武器を向ける許可にはならない。その一点について、回答をお願いします」

 

「許可であるとは申し上げていません」

 

「結構。では、照射を開始した者の職名と、その命令を出した者を御説明ください」

 

 通商連合の法務担当者が、ドッドへ短く何かを伝えた。ドッドは資料を切り替えた。

 

「現在、運航会社が装置の動作記録を確認しています。防御管制装置が接近状況を評価し、自動追尾へ移った可能性もあります」

 

 司法軍側の席で、技術担当者が顔を上げた。

 

 アウレリアンも、発言要求を入れた。

 

「自動であった場合、その装置を、現在の回航条件で作動させてよかったのかも確認が必要です。自衛用の追尾を許可する設定へ、誰が切り替えたのか。あるいは最初から、その設定で出港していたのか」

 

「それも調査中です」

 

「承知しました。では、船長の判断として御説明になった部分と、自動動作の可能性がある部分を、報告では分けてください」

 

 ドッドの表情が硬くなった。

 

「現場が危険を認識していたという点は、変わりません」

 

「危険を認識したことと、誰がどの武器の使用を認めたかは、別の確認事項です」

 

 アウレリアンは言い、装置の設定履歴も提出対象へ含めるよう求めた。

 

 司法軍側には、艦長から搭載機へ出した命令、各機の兵装状態、接近時の航跡、交信記録の全体。企業側には、同じ時間帯の艦内命令、火器管制装置の動作と設定、回航経路の変更に関する記録。現地管制局にも、双方への通信と変更申請の扱いについて、資料の保全が求められた。

 

 提出期限は七日後だった。

 

「それまでは、何も決めないのですか」

 

 ロジンが訊いた。

 

 委員長は、記録の保全と監督当局による対象艦の認証条件確認は直ちに進めると答えた。必要な強制処分については、司法部門から担当裁判機関へ申し立てる。艦は既に目的地の当局との連絡下にあり、次の区域外航行には、今回の変更事項も含めた確認が必要になる。

 

「船籍ごとの一律の航行停止を求める案については、別途審議します。本件の事実認定を待たず、すべての認証済み艦艇へ同じ処分を行うとの決定ではありません」

 

 ハロルドが昨夜言っていたことを、シーアは思い出した。

 

 従う会社から従う。

 

 その一方で、今日ここに資料を出している通商連合も、好きなように船を動かせるわけではなくなっていた。許可された区域と、変更した航路、申告した装置。その記載を一つずつ突き合わせて、何をしたかを問われている。

 

 閉会が近づいたところで、モスマが最後に発言した。

 

「司法軍にも、調査の間の接触手順を整理するよう求めます。武装機を出さなければ確認できないという運用が、既成事実にならないように」

 

 アウレリアンが続いた。

 

「同時に、合法な識別・検査活動を継続できることも、明確にしてください。対象側が危険だと主張しただけで中止しなければならないなら、監督権限は実行できません」

 

 モスマはアウレリアンへ目を向けたが、そこで改めて争うことはしなかった。委員長は両方を記録し、司法省から暫定手順の報告を受けると告げた。

 

 公表された結論は、短かった。

 

 火器管制照射の事実は確認。照射に至る経緯、双方の行動の適法性、責任の所在は調査を継続。

 

 席を立った議員たちは、それぞれ別の部分を記者へ話し始めた。共和国の航空機に武器が向けられた。司法軍が単独の企業船を追い詰めた。監督に必要な権限が足りない。既に持っている権限の使い方に問題がある。

 

 どの説明にも、先ほどの二本の航跡が使われていた。

 

 *

 

C.R.C. 7950.074 コルサント、ウスクル・ディストリクト

 

 リヴィアが最初に見せたのは、艦の写真ではなかった。

 

 シーア自身の写真だった。

 

 濃紺の礼装と淡い銀髪。少し横を向き、話しかけられた相手へ目を戻したところらしい。口元にはわずかな笑みがあり、下には《「従わせなければならない」――ヴァラリアン公子、司法軍の権限行使に言及》と書かれていた。

 

「見た?」

 

「今朝、兄上から送られてきた」

 

「何て?」

 

「記事を最後まで読め、って」

 

 カッシオが自分の端末でも同じ記事を開いた。

 

「条件の話も、ちゃんと書いてあるな」

 

「うん。勝手に言葉を変えられたわけじゃない」

 

 シーアは頷いた。記事の本文には、モスマ議員の就任祝賀会での取材であることと、発言はシーア個人の見解であることが明記されていた。合法な命令であること、今回の判断は審議を見てから考えることも載っている。ただ、最初に見えるのは写真と、一行の見出しだった。

 

 セリアが運ばれてきたスタンドへ手を伸ばし、下段の皿を少し中央へ寄せた。

 

「これを読んだ人に、学院で何か言われた?」

 

「今朝は出るまで忙しかった。帰ったら、たぶん」

 

「じゃあ、先に食べておいた方がいいね」

 

 シーアは素直にサンドイッチを取った。リヴィアも記事を閉じ、昨日の審議資料へ切り替える。

 

「それで、回航の変更は認められていたの?」

 

「まだ確認中だって。申請を受け取ったことは分かってる。でも、その受領表示が何を意味するのかを、会社と司法軍で違うように読んでいたらしい」

 

 カッシオが時系列を開いた。

 

「申請しただけで好きに変えられるなら、許可の意味がない。でも、迂回するたびに何時間も待てと言われても困るな」

 

「港へ入る時間もずれるものね」

 

 セリアが言った。

 

「変更の確認が来ないから、次の港をずっと待たせる。その港でも確認が必要で、また待つ。船を増やしても、それじゃ荷物は増えないよ」

 

 シーアは頷き、問題になった二つの書類を並べた。地域の認証機関が受け取った変更申請と、《インプラカブル》が参照した回航許可。どちらにも共和国の機関名がある。

 

「認証を増やすなら、それを現場で確かめられるようにしないと。船を見つけるたびに、本社と委員会へ聞くわけにはいかないでしょう」

 

「通商連合は、そこの不便さも自分たちの主張に使える」

 

 リヴィアが、別の声明を卓上へ出した。

 

「共同の航路管理制度へ情報をまとめれば、こうした行き違いを減らせるって。企業側の管理網に入っている船なら、変更をすぐ共有できるそうよ」

 

「自分たちがまとめるの?」

 

 セリアが訊いた。

 

「その方が早いっていう説明」

 

「早いのかもしれないけど、共和国が知りたい時にも見せてくれるんだろうな」

 

 カッシオは声明の下へ目を落とした。閲覧と照会については、個別の協定によるとある。

 

 リヴィアがその一文へ印を付けた。

 

「ここが決まらないと、次も会社へ問い合わせることになる。便利な仕組みを作ることと、誰に見せるかを決める権利が、一緒になってる」

 

「軍縮の時も、会社がやってる仕事を共和国が引き継げるかって話だったよね」

 

 シーアが言った。

 

「今度は情報か」

 

 カッシオは椅子へ背を預けた。窓の外をエアスピーダーが通り過ぎ、その向こうに、貨物を載せた大型の輸送車列が見えた。

 

「ただ、書類が合わなかったことと、砲を向けたことは別だろう」

 

「うん」

 

「自動だったって説明も、まだ分からないな。勝手に始めたなら、今度はそれを積んで回航していいのかって話になる」

 

 セリアが頷いた。

 

「船長が命令してないなら、誰もやってないことになるわけじゃないでしょう。作動させる条件は、誰かが入れてるんだから」

 

 シーアは装置の設定履歴が提出対象になったことを伝えた。セリアは、廃止した指揮組織の名前を探すより、そちらを見た方が分かることもありそうだと言った。

 

「どの部署に船が所属してるかだけじゃなくて、実際に、誰の判断で動くようになってるか」

 

「全部が自動だとしても、同じ条件で一斉に反応するなら、まとめて動かすことはできるね」

 

 シーアが言うと、カッシオは、今回の一隻からそこまでは分からないと答えた。

 

「分からない。でも、次に申請を読む時には、そこも気になると思う」

 

 リヴィアは法案成立時の資料を開き、運用認証の項目を探した。登録された船の数だけなら、既に去年より詳しくなっている。その船が、どの条件で何を始めるのかまでは、同じ一覧に載っていなかった。

 

「保険の方も、これを気にしてる」

 

 彼女が言った。

 

「航路全体の引受を止めるところまでは行っていないけど、自動防御装置が始めた交戦を、誰の行為として扱うかって照会が出てる。船を失った時に、運航会社と装置の供給会社で責任を押し付け合われたら困るから」

 

「撃ってなくても、そこまで行くんだ」

 

「撃ってから書くと、もうその契約には間に合わないでしょう」

 

 シーアはカップを持ち上げた。まだ温かかった。

 

 五年前にも、リヴィアから似た説明を聞いた。何か起きてからでは遅い。その時は、値段が先に動くことを不思議に思った。今は、次に同じことが起きた時、誰が何をするかを先に決めようとしている者が、共和国以外にも大勢いるのだと分かる。

 

 カッシオが昨日の航跡をもう一度出した。

 

「これ、角度を変えて見ると、ずいぶん違うな」

 

 艦の進行方向から見れば、BTL-Bは左右へ広がって近づいていた。横から見ると、一組が先行し、別の一組が後ろを追っている。

 

「記事では、この角度だった」

 

 リヴィアが示した方向へ回すと、四機が対象艦を囲むように重なった。

 

「でも、その形だった時間は短いね」

 

 セリアが再生を進める。二組の機体は通過し、旋回に移ったところで照射の記録が始まった。画面が赤くなり、機体の印が離れていく。

 

 十一秒。

 

 四人は、その間だけ黙って見ていた。

 

 途中で給仕が来て、茶を足すかと尋ねた。リヴィアが頷き、カッシオは表示を小さくした。セリアが皿を寄せ、シーアも端末を手元へ戻す。

 

「これが、ずっと続くのかな」

 

 セリアが言った。

 

「近づくたびに、こういうことが起きるのは嫌だね」

 

 シーアは答えた。

 

「でも、近づかないことにしたら、何を積んでるかも確かめられなくなる」

 

「じゃあ、また決めることが増える」

 

 カッシオが資料を保存した。昔のように、条件が増えたこと自体を面白がる調子ではなかった。

 

 シーアも提出期限を予定表へ入れた。船は七日後にもある。操縦していた者も、命令を出した者もいる。次に出てくる説明が、今日見た図と同じかどうかを確かめたかった。

 

 *

 

 帰寮すると、ラックスは机で資料を読んでいた。

 

「有名になったな」

 

 シーアは荷物を置き、上着を脱いだ。

 

「前から、名前だけなら知られてるよ」

 

「名前だけではなくなった、という話だ」

 

 ラックスの端末には、例の写真が出ていた。背景にはロジンの姿があり、こちらを向いて杯を持っている。シーアは少し近づき、その画像が記事の別の版で使われていることを知った。

 

「本文も読んだ?」

 

「読んだ。相変わらず、共和国に仕事をさせたいらしい」

 

「そうだよ」

 

「写真だけなら、彼らを率いる側に見える」

 

 ラックスは画像を消し、自分の資料へ戻った。

 

「だから、本文も読んだ」

 

 シーアは返事をせず、椅子へ座った。誰もが同じ期待をしているわけではない。自分が答えれば、その期待が満たされるとも限らない。それでも、黙っている間の表情まで、もう自分だけのものではなくなりつつあった。

 

 セレナから、別の写真が届いていた。

 

 撮影者から受け取った、広間での一枚だった。ハロルドとカッシオがいて、アウレリアンが少し離れた客へ挨拶している。シーアはカッシオの方へ顔を向け、何か言い返しかけていた。こちらの顔の方が、自分には見覚えがあった。

 

 保存してから、ヴァイルの記事をもう一度開いた。

 

 穏やかな表情の下に、自分が答えた言葉がある。条件も、留保も、その後へ続いていた。間違って書かれたのではない。これを読んで自分に賛成する者も、モスマのように明確に異なる立場を取る者もいるのだろう。

 

 シーアは記事の全文を保存した。

 

 入れた先は、人物紹介や写真をまとめた場所ではなかった。昨日の議事録と、十一秒間の照射についての公表資料を置いたフォルダだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。