STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
C.R.C. 7949.268 コルサント、司法アカデミー
リヴィアから届いた予定表には、目的地が書いていなかった。
集合場所と時刻、帰りのおおよその時間。それから、歩きやすい靴、とだけある。シーアは下へ送ってみたが、隠れている続きはなかった。添付された画像を開くと、中央環状線の駅前が映った。
『行き先は?』
尋ねると、しばらくして返信が来た。
『コルサント』
『それは分かるよ』
『知っているつもりのところ』
シーアは画面を見て、少し笑った。初めて街を案内された日にも、似たようなことを言われた。あの時には中央環状線の駅名もろくに知らなかったが、今では学院と邸宅と、いつものホテルの間くらいは自分で移動できる。もっとも、その三か所を知っていると言えば、リヴィアにはまた笑われるだろう。
翌日の個人課題は済んでいた。外出申請も通っている。二年目になって増えた実習の合間に、せっかく取れた一日だった。
『カッシオたちは?』
『カッシオはお父様とテパシの関係者に会うって。セリアは学院の友達と約束がある』
『じゃあ二人?』
『嫌?』
そこで、シーアは指を止めた。そんなことを言ったつもりはなかった。急いで返事をすると、すぐに了承の印が付き、その下へ短い文が増える。
『じゃあ、遅れないでね』
向かいの机で資料を読んでいたラックスが、顔を上げた。何を笑っているのかと訊かれ、休日の予定だと答える。相手はそれ以上尋ねず、また端末へ目を戻した。自分たちには明日、同じ班で提出する課題がある。シーアも通信を閉じ、確認を頼まれていた航法計算を開いた。
個人用の予定表に、一日分の色が付いた。
*
C.R.C. 7949.271 コルサント、中央環状線第三十二駅
今度は、先に着いた。
シーアは改札の外で時計を確かめ、待ち合わせまで十分を切ったところで駅前の案内図へ目を移した。アスクルー・ディストリクト。朝の劇場街では、巨大な広告の下を清掃ドロイドが動き、夜には人で埋まる歩廊を、仕込みに来た店員たちが横切っていた。営業しているのは軽食の店と、早朝の上映を行うホロシアターくらいだった。
今日は制服を着ていない。薄い灰色の上着に、濃い色の細身のズボン。セレナが出しておいたものをそのまま着ようとしたら、こちらでもいいですよと二つ目を示され、結局、選ぶところから時間を使った。出発前に直されたのは襟ではなく、帰りの交通予定だった。夕方から環状線の一部区間で工事があるという。
少し離れたところに、私服の警護員がいる。もう一人は駅の反対側を見ていた。リヴィアの方の行程表は、本人へ渡すものよりずっと詳しかったらしい。シーアが尋ねると、セレナは必要な確認は済んでいますとだけ答えた。
「本当に、ちゃんと来た」
声のした方を向くと、リヴィアが歩いてきた。いつもの礼装とも、学院で見ていた制服とも違う、淡い青の上着を着ている。肩の小さな鞄を掛け直し、シーアの前で足を止めた。
「駅くらい分かるよ」
「前は知らなかったでしょう」
「四年以上前の話をされても」
リヴィアは笑った。それから、何かを確かめるようにシーアの顔を見た。十四歳になり、頬の丸みが少し薄れた。今日は淡い銀髪を横へ流していて、灰色の目も、学院服を着ている時より明るく見える。普段は卓を挟んで座っているので、並んだ時の高さが以前と違うことにも、今さら気づいた。
「大きくなったね」
「毎週みたいに会ってるでしょう」
「だから、分からなかったんだと思う」
彼女は自分の肩の辺りへ手を置き、昔はここだったかなと独り言のように言った。シーアがそこまで小さくなかったと抗議すると、それを測るために呼んだわけではないと、先に歩き出してしまう。
十七歳のリヴィアは、三歳の差を必要な時だけ使うところが変わらなかった。ただ、今日はシーアもすぐ隣へ並べた。置いていかれないように追いかける歩幅ではない。
「最初はどこ?」
「向こう。開く時間まで、少し歩く」
指されたのは、劇場街の裏側だった。
*
表通りから一本入ると、看板が小さくなった。
大きなホロ広告の代わりに、店の窓へ品物そのものが並んでいる。舞台で使う照明器具、衣装、楽器、古い映像記録。ホロシアターで上映する作品の宣伝画だけを扱う店まであった。シーアが一枚の古いポスターを見ていると、リヴィアは、その作品を先月観たと教えてくれた。
「古いんじゃないの?」
「古いよ。だから、上映し直すの」
「新しいのを観た方がよくない?」
「船も、新しいものだけ見ればいいと思ってる?」
そう言われると返事に困った。リヴィアは勝った顔をせず、窓の端に貼られた上映予定を指した。今日観るのはこれだという。
シーアは題名を読んだ。船の名ではなかった。盗まれた宝石を取り戻そうとして、二人の旅行者がコルサント中の乗り物を乗り継ぐ話らしい。あらすじの終わりには、最後の一便に乗れるのか、と書かれている。
「街を歩きに来て、街を歩く話を観るの?」
「私たちは追いかけられないから、気楽に観られるでしょう」
「帰りの便は気にしないといけないよ」
「そこは予約してある」
リヴィアは手元の端末を見せ、二枚の入場券を出した。時刻は午後だった。朝からその前に来たのは、隣の店が目当てだったらしい。
店内には、紙があった。
シーアも紙を知らないわけではない。公王家の儀礼文書や古い本、署名をするためだけに運ばれてくるものは何度も見ている。だが、ここにあるのは使いかけのノートや、切手ほどの大きさの街の絵、劇場の入場券を模した栞だった。手に取った小さな冊子には、かつてこの辺りを走っていた路線が印刷されていた。
「こんなところに駅があったんだ」
「今も名前は残ってる。乗り場は、ずっと下だけど」
リヴィアは別の棚から、薄い青の便箋を取っていた。折って透かすと、光の当たる向きで小さな模様が見える。店主に触ってよいかを確かめ、見本の一枚へ指を滑らせた。
「こういうの、好きなの?」
シーアが訊くと、彼女は少し意外そうに顔を上げた。
「うん。何だと思ってた?」
「数字とか、契約とか」
「休日にも契約書を買いに来ると思ってたんだ」
「そういう意味じゃないけど」
リヴィアは笑い、色違いを隣へ並べた。シーアには最初、どちらも同じように見えた。窓の近くへ持っていくと、片方は青く、もう片方にはわずかに緑が混じっている。
「こっちの方が、君らしいかな」
上着と似た青い方を示すと、彼女はそれを自分の袖へ近づけた。
「今日は、たまたまね」
「じゃあ、どっち?」
「今ので決まった。こっち」
シーアは、役に立てたのかどうかよく分からないまま頷いた。彼女が店主へ渡す間、今度は自分の方で、淡い花の模様が入った封筒を見つける。エレナが手紙にこういうものを使っていたことを思い出し、何枚かを選んだ。
「それ、お土産?」
「エレナに。前にもらったものと、少し似てるから」
「なら、同じ柄の便箋もあるよ」
リヴィアは棚の上を指した。それぞれ別の包みにしてもらい、店を出る。小さな袋は軽かった。模型の入っていない買い物袋を、一日持ち歩くことになるとは思っていなかった。
*
坂を下った先には、細長い広場があった。
コルサントで坂というと、シーアはまず連絡路の傾斜を思い浮かべる。ここは違った。新しい都市面へ接続するために道路を持ち上げたところと、昔の高さを残した街並みとの間に、緩やかな高低差がある。頭上には交通幹線が架かり、その陰に小さな市場が続いていた。
リヴィアが足を止めたのは、古い写真を再現する店の前だった。
現代のホロ画像を、紙や薄い金属板へ出力してくれるという。店頭の見本には、同じ街を別の時代に撮ったものが並んでいる。画面で見るより小さいのに、一度目を留めると、その前から動きにくかった。
「撮る?」
リヴィアに訊かれ、シーアは店の奥を見た。椅子と、背景を切り替える投影装置がある。光を調整していた店員が二人へ顔を向け、空いていますよと声を掛けた。
「二人で?」
「一人ずつ撮ったら、一緒に来たか分からないでしょう」
もっともだった。中へ入ると、店員は窓に近い場所へ案内し、上着を直すかどうかを尋ねた。シーアは袖だけ整え、リヴィアの隣へ立った。
「お顔を、少しこちらへ。ええ、そのままで」
言われた通りにすると、店員は確認用の表示を出した。シーアはすぐ、自分が知っている顔だと思った。宴席で撮られ、紹介記事の脇へ載る時の顔だった。
リヴィアが画面を見て、小さく首を傾ける。
「違うなあ」
「何が?」
「もう挨拶が始まりそう」
シーアは自分の画像へ目を戻した。顎を引き、肩を開き、相手を待つような表情をしている。撮ると言われると、いつの間にかそうなっていたらしい。
「普通にしてるつもりなんだけど」
「普通に船の話をしてる時は、そんな顔じゃないよ」
「ここで船の話をしていいの?」
「話題まで許可制にしてないでしょう」
それで笑ってしまった。リヴィアもつられ、その瞬間に撮影音が鳴った。
新しい画像では、シーアの顔が少し彼女の方へ向いていた。銀髪の端が窓の光を受け、笑った拍子に細くなった目の下へ、薄い影が落ちている。リヴィアは何も言わず、今度はその一枚を選んだ。
出力を待っている間に、シーアは彼女へ少し声を落とした。
「それも、あの会へ送るの?」
リヴィアは、すぐに何のことか分かったらしい。
「今日は送らないよ。学院の行事じゃないし」
「じゃあ、誰が持つの」
「私と、君。だから二枚頼んだんでしょう」
シーアは受付表示を見た。本当に二枚になっている。普段は撮った記録を誰が受け取るかなど考えないことが多い。それが一枚ずつ封筒へ入れられてくると、持って帰るものになったのだと、急に分かりやすくなった。
受け取ったリヴィアは、まだ乾ききっていない端を持たないよう注意され、丁寧に鞄へ収めた。シーアも同じようにした。
*
昼食の店へ向かう途中で、リヴィアが道を間違えた。
正確には、以前使った通り道がなくなっていた。二つの建物の間を抜けるはずの回廊に仮設の壁があり、工事の案内が出ている。彼女は立ち止まり、端末の地図と見比べた。
「先月は通れたんだけど」
「地図も、まだ通れることになってるね」
「別の道から行こう」
来た方へ戻りかけたので、シーアは上を指した。一般通路を示す小さな表示が、階段の向こうに出ている。駅の案内図で見た連絡回廊が、ここへつながっているはずだった。
「あそこから回れると思う」
「知ってるの?」
「朝、地図を見た」
リヴィアは見上げ、それからシーアへ手を差し出すように進行方向を示した。
「じゃあ、お願いします」
案内を任されると、少し緊張した。途中で立ち止まって表示を確かめたが、彼女は急かさなかった。回廊から下りると、目的の店はすぐそこにあった。
「助かった」
言いながら、リヴィアは時計を確かめた。予約時刻には間に合っている。シーアが得意そうな顔をすると、彼女は笑い、今から毎回その顔をするのかと訊いた。
「君は、前にずっとしてた」
「そうだった?」
「第三十二駅の時」
「四年以上前の話をされても」
さっきの自分の言葉だった。シーアは笑うしかなく、店員に案内された席へ着いた。
食事の間、リヴィアは最近通っている実務講座の話をした。金融機関の帳簿を見る授業で、最初に出された課題が、字の読めない古い伝票の整理だったという。もっと市場の動きを読むのだと思っていたと話す顔は、航法の前に入退室手続きを覚えさせられた時の、自分と似ていた。
「分からないところは、どうしたの?」
「先生に聞いたら、書いた人に聞きなさいって」
「その人、いた?」
「隣の部屋に」
シーアが笑うと、リヴィアは、その人も読めなかったのだと付け加えた。今度は自分まで笑ってしまい、しばらく食事の手が止まる。
父の仕事に近い場所へ行けば、彼女は最初から何でも分かるのだと思っていた。そう伝えると、リヴィアは、自分よりずっと長く働いている人が大勢いるのだからと言った。答え方が少し真面目になったので、シーアも頷いて聞いた。
「君が船で実習する時も、そうでしょう?」
「うん。図を見て分かる場所と、歩いて分かる場所は違った」
「それでも、楽しい?」
「かなり」
そこは迷わず言えた。リヴィアも、それなら自分も同じだと答えた。
食後に運ばれてきた茶は、いつものホテルと少し香りが違った。名前は同じアール・ヴェロスでも、柑橘の強さが違うらしい。リヴィアは少しミルクを入れてもよさそうだと言い、シーアは、その前に何も入れないで飲んでみればと勧めた。彼女は一口飲み、少し考えてから、やはりミルクへ手を伸ばした。
結局、飲み方は二人とも変えなかった。
*
午後の映画では、主人公が交通管制を無視してエアスピーダーを飛ばした。
狭い建物の間を抜け、高架の下を通り、最後には旅客船の搭乗口へ直接飛び込む。座席が少し揺れ、劇場全体を光が走った。シーアは最初こそ進入経路が気になったが、途中からはそのことを忘れ、追ってくる一団から逃げられるかどうかを見ていた。
上映が終わると、外は明るかった。リヴィアは、最後の場面で笑っていたでしょうと、シーアの顔を覗き込んだ。
「だって、あの荷物」
「中に宝石があると思ってた?」
「思ってた」
「私も、最初に観た時は」
「知ってたんだ」
「言ったらつまらないでしょう」
シーアは、これからもう一度観れば、途中の細かいところが分かるかもしれないと思った。古いものをわざわざ上映し直す理由も、朝より少し分かった。
人の増えた通りを歩いていると、前方の流れが急に止まった。ホロ広告を見上げていた家族連れの脇を通るため、シーアは半歩先へ出て、リヴィアへ手を差し出した。
彼女はその手を見てから取った。
人の輪を抜けるまでの短い間だった。前に案内された時には、自分の袖を彼女が引いていた。今日は、横へ戻ってきたリヴィアの手が離れたところで、シーアはその違いに気づいた。
「ありがとう」
「うん」
返事をすると、彼女は少しだけ笑った。そのまま隣を歩き、映画で見たものに似た古い標識を見つけると、二人で足を止めた。
夕方には、高い建物の上にある人工庭園へ上った。
展望施設ほど広く見渡せる場所ではなかった。低い木々の間から近隣の塔が見え、噴水の向こうを交通レーンが横切る。仕事を終えた者や、買い物の途中で休んでいる者がベンチへ座っていた。リヴィアは空いている端の席を見つけ、買ってきた飲み物を一つ渡してくれた。
「今日は、船をあまり見なかったね」
「通ってはいたよ」
「数えてた?」
「まさか」
シーアは首を振り、足元へ紙袋を置いた。写真の封筒を折らないよう、座り直す時に少しだけ位置を変える。リヴィアも気づいたらしく、自分の鞄を膝へ引き寄せた。
「君の好きなところって、もっと数字が出ている場所だと思ってた」
「またそれ」
「でも、今日来てよかった」
リヴィアは答える前に、噴水の方を見た。
「そう。それなら、私もよかった」
いつものように勝ったと言うのかと思っていた。言わなかったので、シーアも余計なことを言わずに飲み物へ口をつけた。
帰りの経路を開くと、セレナが知らせていた工事区間が赤くなっていた。リヴィアは別の路線へ乗り換えると言い、シーアは、それならこの駅で分かれることになると気づいた。
「送っていこうか」
「帰りが遠くなるよ」
「まだ時間はある」
彼女は少し考え、一駅だけ一緒に行こうと言った。警護員へ変更を伝え、庭園を出る。夕方の人波へ入る時には、どちらかが先に歩くのではなく、二人で同じ方を見て進んだ。
*
邸宅へ戻ると、アウレリアンはまだ起きていた。
書斎の扉が開いていたので顔を出すと、兄は書類から目を上げ、遅れなかったなと言った。シーアが時計を見て、予定より早いと答えると、その通りだと笑う。
「楽しかったか」
「うん」
「何を見た?」
聞かれて、シーアは街の名より先に、映画の最後の荷物を思い出した。説明しようとしたが、兄がまだ観ていないことを知り、そこで止める。リヴィアに言われた通り、話してしまうとつまらない。
代わりに写真を見せた。
アウレリアンは二人の顔を見てから、弟へ返した。
「いい顔をしている」
「どっちが?」
「二人とも」
シーアは封筒へ戻した。セレナがエレナへ送る包みを預かりに来たので、それだけを渡す。写真は自分の部屋へ持っていくことにした。
机の隅に立てると、式典でも艦の前でもない写真が一枚増えた。端末にリヴィアから、着いたという連絡が入る。
『僕も。今日はありがとう』
返信してから、少し迷い、もう一行付け足した。
『次は、僕が一つ場所を探しておく』
返ってきたのは、楽しみにしている、という短い言葉だった。
シーアは写真を倒れにくい位置へ直し、明日の予定を開いた。
*
C.R.C. 7949.278 コルサント、ヴァラリアン邸
レキューザントの艦首から伸びた砲火が、プロクラメイターの防御フィールドを白く染めた。
幅の広い楔形船体が傾き、上面の砲座が撃ち返す。その下をヴァルチャーが抜け、格納庫へ戻ろうとするZ-95を追った。奥にいるプロヴィデンスの周囲には、まだ多くの機影が残っている。シーアは正面の光景より先に、手元の命令ダイヤルを見た。
航行。
今、欲しいのは修理だった。
「二手前に決めたんだろ」
カッシオが言った。彼の指が射程定規を外し、細長いレキューザントの台座へ移る。模型の周囲では、判定を終えた砲撃の光が消えつつあった。
「分かってる。あの時は、そこまで来ると思わなかった」
「だから来たんだよ」
以前、自分が言ったことのある台詞だった。シーアは文句を言わず、残っているシールドの数値を直した。
この日のために、邸宅の小さな談話室を借りていた。
《アルマダ》の艦隊は、四年前にルクレハルクを買った時より随分増えている。今では模型の箱を一つ出せば済むわけではなく、持ち運ぶ艦を先に選ばなければならない。カッシオは自宅から二つのケースを運び込み、シーアも邸宅へ置いてある模型を棚から下ろした。
今日の新顔は、プロクラメイター級スター・デストロイヤー。レキューザント級軽デストロイヤー。そしてプロヴィデンス級キャリアー/デストロイヤーだった。
発売を待っていたのは二人とも同じだったが、最初に開封した時の顔は少し違った。シーアはプロクラメイターを持ち上げ、下面の降着装置まで再現されていることを確かめた。カッシオは先にプロヴィデンスのカードを読み、指揮できるスコードロンの数を数えていた。
「船体より先に、そっちなんだ」
「見れば分かるところは、後でも見られる」
そう言っていたくせに、カッシオも艦首を取り付ける時には、しばらく横から眺めていた。以前のルクレハルクより細く、向きがはっきりしている。大きな格納区画の開口部と砲座が並ぶ船体には、同じ通商連合の艦隊へ入れても、別の役割があることが見て取れた。
その隣のレキューザントは長かった。船体の隙間へ向こう側の光が抜け、艦首の大きな砲口だけが妙に重そうに見える。プロクラメイターと並べると、全長と容積を同じものとして見てはいけないという、カースの説明を思い出した。
シーアはプロクラメイター二隻とコンスラー一隻、Z-95の編隊を選んだ。カッシオはプロヴィデンスを中心に、レキューザントとミュニファスントを添え、残りをヴァルチャーへ回した。総編成点を合わせ、目標カードを決めるだけで、最初の三十分が過ぎた。
そして今、シーアは新しい艦の頑丈さを、少し過信したことを認めようとしていた。
*
プロクラメイターは、ドレッドノートとは違う動かし方ができた。
だからといって、動かした先が安全になるわけではなかった。
シーアは左側の一隻を早く進め、盤面中央の目標を先に取るつもりだった。カッシオはそれを追わず、レキューザントの艦首を、戻ってこなければならない位置へ向けた。後ろのプロヴィデンスからはヴァルチャーが出て、シーアの小さなコンスラーを追っている。
助けるためにZ-95を戻すと、前へ出たプロクラメイターの周囲が薄くなった。
「全部で一緒に来ないんだね」
「来てほしかった?」
「少し」
カッシオは笑い、プロヴィデンスの命令を公開した。スコードロンの印が現れ、まだ動いていなかったヴァルチャーの台座が前へ出る。艦そのものは遠くにいるのに、その周囲でしている仕事が、こちらの艦の位置へ届いていた。
シーアは残るプロクラメイターを見た。
片方を助けに行けば、目標から離れる。目標に残れば、傷ついた艦がもう一度レキューザントに撃たれる。単に火力を足せばよかった前の対戦より、考える場所が増えていた。
「〇・六なのに」
思わず言うと、カッシオが顔を上げた。
「どこへ跳ぶ気だ」
「今だけ、向こう側へ行けたらいいなって」
「ここは通常空間だろ」
分かっている。仕様表の好きな数字を全部、盤面の都合へ使えるわけではない。シーアはマニューバ・ツールを取り、今の速度で抜けられる場所を確かめた。
航行命令は、役に立たないわけではなかった。
傷ついた方のプロクラメイターから、まずレキューザントへ砲撃する。ダイスは悪くなかったが、沈められるほどでもない。シーアは攻撃の処理を終えてから、ツールを曲げ直した。
「そこまで曲がれるか?」
「今の命令なら、ここを変えられる」
カッシオが艦艇カードを確かめ、頷いた。模型を動かすと、プロクラメイターの艦首がレキューザントの正面を横切り、側面の薄い射界へ入った。向こうも回れば追えるが、次に動くのは、後ろに残したもう一隻だった。
シーアはそちらの命令を公開した。今度は火力の集中だった。正面へ来るはずだった敵を、斜め前に捉えている。
カッシオは盤面を見てから、逃げる方ばかり見ていたなと呟いた。
「僕も、さっきまでそうだった」
シーアはダイスを振った。
細長いレキューザントの模型に沿って、光の亀裂が走る。最後まで残っていたシールドを砲撃が押し潰し、艦首後方の構造が折れた。投影された船体が中央から傾き、爆発とともに消える。その中から現れた模型を、カッシオが盤面の外へ持ち上げた。
「やった」
「まだ、終わってない」
言われる前から、シーアにも分かっていた。
プロヴィデンスは、レキューザントの後ろを同じ向きで進んでいたわけではない。少し外へずれ、広い側面をこちらへ向けていた。傷ついたプロクラメイターは大きな艦首砲の射界を抜けたが、その先で、別の艦の砲火を受けることになる。
次のラウンドの開始時には、カッシオが先手だった。
プロヴィデンスが放った斉射は、残り少ないシールドを抜いた。シーアは防御の処理を確かめ、一つだけ損傷を減らせることを見つけたが、それでも足りなかった。楔形の船体が炎に包まれ、中央の模型は、戦闘不能を示す赤い光の中へ残った。
二人とも、しばらく黙っていた。
「初めて使った日に沈んだ」
シーアが言うと、カッシオは盤面の外を指した。
「こっちもだ」
並んでいるのは、今日開けたばかりの二隻だった。
*
最後は、目標の得点で決まった。
シーアの残ったプロクラメイターは、ほとんど無傷だった。だが、プロヴィデンスを追えば、中央の目標から離れなければならない。追わずに留まると、カッシオはその外側で、小さな目標をミュニファスントに取らせた。
最終ラウンドが終わり、得点を足す。カッシオが僅かに上回っていた。
「レキューザントが沈んだところで、もっと困ると思ったのに」
シーアはカードを並べ直しながら言った。カッシオは困ったよと答え、最後まで残ったプロヴィデンスを中央へ寄せた。
「あれを残せたら、もう少し楽だった。こっちのヴァルチャーも、戻すのに時間が掛かったし」
「ルクレハルクの時より、艦そのものを動かしてたね」
「動かせるからな。任せていた場所を、こっちで取りに行ける」
カッシオは船体を少し傾けて持った。シーアは、そのまま見せてと頼み、格納区画の細工を覗き込む。負けた後でも、欲しかった模型はよくできていた。
「次は替える?」
「いいけど、もう少ししてから。お茶を頼もう」
ようやく時計を見た。昼食からかなり時間が経っている。シーアが卓の外側へカードを寄せていると、扉の方で足音が止まった。
「随分と増えたな」
振り向くと、ウィルハフ・ターキンが立っていた。
シーアは椅子から立ち上がりかけたが、ターキンが片手を動かしたので、そのまま座り直した。後ろにはアウレリアンもいる。司法省での会合を終え、邸宅で続きを話していたらしい。次の面会まで少し間があると、兄が説明した。
「ターキンさんも、やります?」
「この規則は知らん」
「教えますよ」
「それは、次の面会を遅らせるほど短く済む説明か?」
カッシオが首を振った。シーアも、最初に覚える時は少しかかると認めた。ターキンは、なら今日は見るだけだと言い、レキューザントを置いてある場所へ目を向ける。
「これが沈んだのか」
「はい。僕のプロクラメイターも一隻」
「残ったのは、そちらか」
彼が示したもう一隻を、シーアは持ち上げて見せた。ターキンは艦首から艦尾まで一度見たが、手に取ることはしなかった。
「実物より置き場所には困らないな」
「これでも困るんです」
横からカッシオが言うと、アウレリアンが笑った。シーアの棚も、家に帰るたびに狭くなるらしいと付け加える。
茶が運ばれてきたので、四人は卓の空いている側へ座った。ターキンは盤面の印を見て、何を取り合っていたのかと訊いた。
「この中継点です。最初に押さえたんですけど、守るために残した船が、別のところへ行けなくなって」
「それは、初めから分かっていたはずだ」
「ここに大きい船がいれば、向こうも近づきにくいと思ったんです」
ターキンは、カッシオの残った艦を見た。
「近づかなかったようだな」
「はい。近づかずに、別の点を取られました」
シーアは少し口を尖らせた。ターキンはそれを気にせず、盤面中央から外へ視線を動かした。
「その艦が何を守っていて、そこを離れられないと分かれば、相手にも使いようがある。こちらの都合を知った者は、こちらの望む通りには動かん」
「なら、何を守るかも隠した方がいい?」
「この遊びでは、それができるのか」
「目標は、最初に見せます」
「では、その条件で考えろ。現実でも、港や発着場を隠せるとは限らん」
カッシオが自分の得点記録へ目を落とした。シーアは、模型のプロクラメイターを盤面中央へ戻す。この船がいることは役に立っていた。ただ、いるだけで全部を決められるわけではなかった。
ターキンは茶を一口飲み、ゲームの印から窓の外へ視線を移した。
「もっとも、来させないという仕事を、何もしていないと数える者は多い。今度の会合でも、護衛を増やした航路で襲撃が減ったから、予算を戻せという話が出た」
「減らしたら、また増えるかもしれませんよね」
「だから、減った理由を確かめろと言った。海賊が別の航路へ移ったのか、船を失ったのか、商船そのものが来なくなったのか。数字を一つ眺めても、次に何をしてよいかは分からん」
アウレリアンは自分の資料を開きかけたが、すぐに閉じた。ここで会議の続きを始めるつもりはないらしい。シーアは一つだけ、以前から気になっていたことを尋ねた。
「船を見せて、怖がって近づかなくなるなら、それでも守れたことになりますか」
ターキンはすぐに答えた。
「なる。守る相手が害を受けずに済むのならな」
「その船が帰った後は?」
「戻ってきても無事では済まないと、向こうが考えるかどうかだ。毎回、最初からこちらの意思を試させる必要はない」
シーアは残ったプロクラメイターを見た。レキューザントを沈めても、カッシオは対戦をやめなかった。損失を払っても、まだ勝てると考えたからだろう。
「相手が、損をしても続けたいと思ったら?」
「その時は、続けさせないための行動が要る」
言い方は変わらなかった。どこから先で厳しくなるのかを、声の調子だけで見分けることはできない。シーアは茶を置き、少し考えてから言った。
「僕は、船が来たら、助けを待っている人も安心できるようにしたいです。誰も近づけなくなって、荷物まで来なくなったら困るので」
「なら、誰を近づけず、誰を通すのかを決めるんだな」
ターキンは卓へカップを戻した。
「強い艦を持つことに、そこまで決めてもらうつもりか?」
「それは、乗っている人の仕事だと思います」
「そのために、今そこへ通っているのだろう」
シーアは頷いた。答えを教えてもらったというより、船を選ぶところまで戻ろうとして、戻れなかったような気がした。
カッシオが横から、このゲームには荷主がいませんねと言った。アウレリアンは、入れたら二人の休日が全部終わると答えた。シーアも笑い、追加の菓子を取ろうとして、ターキンの皿が空なのに気づく。
「食べますか」
「一つだけ」
皿を寄せると、ターキンは小さな焼き菓子を取った。そこで初めて、エレナから託されたものがあったと思い出したように、同行していた職員へ目を向ける。薄い包みが出てきた。
「預かっていた。帰るまでに渡さなければ、私の方が叱られる」
中には、エリアドゥの新しい救護施設の記念誌と、小さなカードが入っていた。エレナが式典に出た時のものだという。シーアは礼を言い、カードを先に読んだ。
表紙より、最初の見開きを見て。
開くと、施設の前で撮った集合写真があった。エレナの隣にターキンが立っている。子供に引かれた袖をそのままにして、少し横へ顔を向けていた。
「この子、知っているんですか」
「その日に初めて会った」
「何を言われたの?」
「いつまで立っていればいいのか、と」
カッシオが先に笑った。シーアも笑うと、ターキンは、私にも分からなかったと付け加えた。
次の面会の時刻になり、アウレリアンとターキンは席を立った。扉へ向かう前に、ターキンがもう一度盤面を見た。
「次も同じ艦を使うのか」
「替えてやります。僕がプロヴィデンスです」
「なら、先ほどの相手が困っていたところを、忘れないことだ」
そう言い残して出ていった。シーアはカッシオを見た。
「どこで困ってた?」
「全部は教えない」
予想していた答えだった。
*
二戦目は、途中で休憩を挟んだ。
シーアはプロヴィデンスの側面火力を使おうとして、最初の配置を横へ寄せすぎた。カッシオのプロクラメイターは正面へ来ず、もう一隻と間隔を保ちながら、盤面の反対側を進んでいく。
「そっちへ行くの?」
「そっちに来てほしい顔をしてたから」
前の対戦と同じことをされているのに、自分が艦を持つ側になると違って見えた。シーアは次に入れる命令を考え、既に積んであるダイヤルが何枚残っているかを確かめた。
個人端末が鳴ったのは、その時だった。
アナキンから、今度の休みは確定したという連絡が来ていた。シーアはカッシオへ一言断り、予定表を開く。
『整備区画、使える。部品も届いた』
『持ち主の許可は?』
『取ったよ。マスターにも言った』
シーアは笑い、行くと返した。端末を伏せると、カッシオが誰だと訊いた。
「アナキン。前に話した、ジェダイの」
「船を直すやつか」
「うん。今度、一緒にやる」
カッシオは盤面へ目を落とした。
「こっちの故障も直してくれないかな」
「それはダイスのせいでしょう」
「お前も、さっき自分で振って嫌な顔をしてたぞ」
シーアは反論せず、プロヴィデンスの命令を公開した。今度は、欲しかった印が出た。
*
C.R.C. 7949.285 コルサント、ジェダイ大聖堂
約束が実現するまでには、随分かかった。
最初はアナキンが任務で出発し、次にはシーアの実習日が動いた。その間にも通信はしていたし、ケノービと一緒に元老院へ来ていたところで、短く顔を合わせたこともある。だが、一緒に何かを直してみるという話は、いつも次の休日へ持ち越されていた。
大聖堂の受付を終えると、アナキンが迎えに来た。
十三歳の少年は、以前会った時より少し背が伸びていた。ローブの袖を片方だけたくし上げ、手首に付いた汚れを見つけて、慌ててもう一方も同じようにする。隠すために揃えたのではないだろうが、シーアにはそう見えた。
「もう始めてたの?」
「外板を外しただけ。来るまで待ってたよ」
「それは、始めてるって言わない?」
「まだ動いてない」
基準が違うらしい。シーアは笑い、案内された廊下を進んだ。来客用の通路から整備区画へ近づくにつれ、石の壁に挟まれた静けさへ、送風機や工具の音が混じっていく。
途中で、オビ=ワン・ケノービが待っていた。
「ナイト・ケノービ。今日はありがとうございます」
「こちらこそ。彼は今朝から、何度も到着時刻を確かめていたよ」
「一度、確認しただけです」
アナキンが言うと、ケノービは、私に尋ねたのは一度だったなと答えた。シーアは相手を見たが、アナキンは聞かなかった顔で、作業台のある方を指した。
「あそこ。試験台も借りてある」
「電源を入れる前に、整備担当者を呼ぶこと。試走の時には、私も戻る」
ケノービの確認に、アナキンは頷いた。シーアも返事をし、二人で区画の奥へ進む。
そこにあったのは、小さなエアスピーダーだった。
長く使われた訓練用の機体で、座席は前後に二つ。外板の一部が外され、内部の配線と制御装置が見えていた。近くの棚には、交換した部品と、これから使うらしい部品が別々に置いてある。
「機関も?」
シーアが覗き込むと、アナキンは船体の脇へ手を置いた。
「反重力機関は動く。こっちの制御器を替えたんだけど、古い操縦系と少し合わないんだ」
「これ、僕が触っていいもの?」
「そのために、ここへ持ってきた。まず、何がどこにあるか説明するよ」
言いながら、アナキンは工具の箱を開いた。必要なものを選ぶ手が速い。シーアが名前を聞くより先に、相手は工具の向きを変え、こちらが持ちやすい方を差し出していた。
シーアは受け取り、袖を折った。
*
最初の十分で、図面の通りでない場所が三つ見つかった。
一つは古い修理の跡で、もう一つは別型の端子へ替わっていた。最後の一つは、アナキンが先週動かした配線だった。シーアが図面を拡大していると、それはこっちだよと隣から指が伸びる。
「図も変えておこうよ」
「戻せば同じになる」
「戻すまで、同じじゃないでしょう」
アナキンは一度こちらを見た。それから、自分の端末を取ってきて、作業中の図を出した。こちらには変更が入っている。シーアが見ていたのは、棚に置かれた古い整備資料だった。
「先にこっちを見せればよかった」
「うん。僕は、頭の中まで見えないから」
「見えなくていいよ」
アナキンは笑い、端末をこちらへ向けた。そこからは、同じ図を見ながら作業できた。何を取り外し、どこを戻したかをシーアが書く間に、アナキンは次の箇所へ手を伸ばす。
工具を差し込む角度を教わり、奥にある留め具を外した。固いと思っていたものは、押さえる場所を少し変えるだけで動いた。シーアが外れた部品を持ち上げると、アナキンは、その下にもう一つあると教えてくれた。
「君は、見ただけで分かるんだね」
「前にも外したから。初めてのは、僕だって探すよ」
そう言った直後、探していた固定具が見つからず、アナキン自身がしばらく船体の下を覗き込んだ。結局、先に外した外板の裏へ付いている。シーアが見せると、彼は少し気まずそうに笑った。
「今のは、初めてじゃなかったけどね」
「黙っていれば分からなかったのに」
「次は、黙ってる」
二人で笑い、部品を作業台へ並べた。シーアの指先にも、いつの間にか黒い汚れが付いていた。頬を触りそうになったところで、アナキンが布を渡してくれる。
「もう、少し付いてる」
「どこ?」
「そっちじゃない。もう少し上」
何度か拭いたが、自分では見えなかった。アナキンが端末の画面を鏡代わりに向ける。頬に細い筋が一本残っていて、シーアはようやく落とせた。
式典の写真を撮る時なら、誰かが先に直していたところだろう。ここでは、落としたらそれで済んだ。アナキンはもう、外した制御器の方を向いていた。
シーアも布を置き、空いた場所へ手を伸ばした。
*
機体が動くようになっても、作業は終わらなかった。
試験台の上で、操縦入力と制御器の応答を確かめる。整備担当者がそばに立ち、アナキンが座席へ入った。レバーを動かすと、表示上の推力が変わり、機体下部から低い音が返る。
「前よりいい」
アナキンは言った。担当者も異常な振動はないと答え、シーアへ交代するよう促した。
座席へ入ると、前方が思っていたより近かった。学院のシミュレーターで使うものとは違う。シーアは位置を合わせ、同じようにレバーを動かした。
表示が跳ねた。
慌てて戻すと、今度は反対側へ動く。担当者が出力を制限していたので機体は動かなかったが、画面の数値だけでも、うまく扱えていないことは分かった。
「もう少し、小さく」
アナキンが横から言った。シーアは頷き、指先だけで動かそうとした。それでも、思ったところで止まらない。
「君がやった時とは違うよ」
「同じ設定だよ」
アナキンが席を替わり、もう一度操作する。今度は滑らかだった。シーアは彼の手元を見た。表示が変わる少し前に、もう次の操作へ移っている。
「僕は、その変わり方が分かってから戻してる。君は、先に戻してない?」
「動きそうだから」
「僕には、動いてからじゃないと分からない」
アナキンは何かを言いかけ、もう一度レバーへ目を落とした。整備担当者が二人の試験記録を並べる。機械の故障ではないが、この感度を訓練用の標準へするわけにもいかないという。
「僕なら使えるんだけど」
「使える者が一人いることは、分かっているよ」
担当者は穏やかに答え、調整できる範囲を示した。アナキンは少し不満そうだったが、シーアの入力記録を自分の方へ寄せた。
「どこで強すぎた?」
「最初に動かしたところ。それから、戻したつもりのところで、戻りすぎる」
シーアは表示を止め、指した。どう直せばいいかまでは分からない。アナキンは二つの箇所を見比べ、少し考えてから調整を始めた。
一度変えて、シーアが試す。まだ扱いにくいところを伝え、また変える。アナキンの言う「少し」と、自分の手ができる「少し」が同じくらいになるまで、思ったより時間が掛かった。
最後には、シーアも表示を大きく振らずに操作できた。
「これなら」
言いかけると、アナキンが隣から頷いた。
「分かる。そういうふうに動いてほしかったんだね」
嬉しそうだった。自分より遅い操作へ合わせたことを、最初ほど不満には思っていないらしい。シーアも、今のはかなりよかったと答えた。
担当者が記録へ確認を入れ、次の試験へ進めると告げた。アナキンは別の設定も保存しようとして、名前の欄で手を止める。
「自分用?」
シーアが訊くと、彼は少し笑った。
「せっかく作ったから」
「じゃあ、アナキン用って書いておいて。僕が間違えないように」
そのまま入力された。整備担当者まで笑い、標準設定を先に出るようにしておくと答えた。
*
試走区画へ機体を出した時には、ケノービが戻ってきていた。
屋内の広い空間に、進入路と旋回位置を示す光が並んでいる。整備を終えた機体が順に使う場所で、外の交通レーンへは接続しない。担当者が最終確認を済ませると、アナキンは前の席へ乗り込み、シーアへ後ろを示した。
「まず、僕がやるね」
「速くしすぎないで」
「ここでは、そんなに出せないよ」
言い方が信用できるかどうか、シーアは少し考えた。ケノービもそばにいたので、それ以上は何も言わずに座る。
機体が床から離れた。
わずかな高さでも、作業台で音を聞いていた時とは違った。目の前で外し、戻した装置が、今は二人の身体を運んでいる。シーアは固定帯を確かめ、進行方向へ顔を向けた。
アナキンの操作は速かった。急に振り回されるわけではない。曲がり始めるところで、次に進みたい方へ機首が向いている。シーアが目で追うより少し早く、機体の方が道を選んでいた。
一周して戻ると、ケノービが問題はないかと訊いた。アナキンは後席を振り返る。
「どうだった?」
「動かしてるのを忘れそうだった」
「それなら、いいね」
素直に喜んだ顔だった。
次はシーアが前へ座った。出力をさらに下げ、決められた位置まで進む。曲がるところで少し広がりすぎたが、後ろからアナキンが、今なら間に合うと教えてくれた。
止まる位置は、半機分ほどずれた。
「もう一回」
シーアが言うと、アナキンは時間を見てから、ケノービへ顔を向けた。師は頷き、同じ速度で、と条件を付けた。
二周目では、予定の場所に止まれた。
シーアが振り返ると、アナキンはもう笑っていた。うまくいったことを説明する必要がないのが、嬉しかった。
*
作業が終わると、二人とも腹が減っていた。
片づけまで済ませた頃には、シーアの帰る時刻が近づいていた。アナキンは整備区画の休憩場所へ案内し、飲み物と、小さな焼いた生地の包みを持ってきた。自分もよく食べるものらしい。
シーアは手を洗ったつもりだったが、爪の脇に汚れが残っていた。アナキンがもう一枚布を渡し、自分の手にも同じところが黒く残っていると見せる。
「洗ったら、全部きれいになると思ってた」
「今日は、そんなにひどくないよ」
「これで?」
「もっと奥まで手を入れると、袖までなる」
シーアは自分の袖を見た。少し跡が付いている。セレナには何をしたのかすぐ分かるだろう。隠す必要はないが、話し始める前から分かるのは、少しつまらなかった。
アナキンは飲み物を置き、作業区画の方を見た。
「今日は、来てくれてよかった」
「僕も。ずっと言ってたし」
「うん。それと、あの調整。僕一人でやってたら、あれでいいと思って終わってた」
シーアは少し驚いた。役に立ったというより、手伝ってもらっていただけのつもりだった。
「僕には、まだ上手くできないからだよ」
「それを言ってくれたでしょう。どこが変なのかも」
アナキンは自分の手を開き、レバーを握るように曲げた。動かした時の感触を確かめているらしい。シーアは、それならまた来た時に試すと答えた。
「次は、僕にも一つ外させてよ」
「今日は外したじゃないか」
「君が先に、ほとんど外してた」
「分かった。次は待ってる」
どこまで信用してよいか分からない約束だったが、シーアは頷いた。
しばらく食べていると、休憩場所を通った整備員が、客はもう帰り支度かと声を掛けた。アナキンがまだ少しあると答える。相手はシーアにも会釈し、そのまま作業区画へ戻っていった。
「ここでは、あまり訊かれないんだね」
「何を?」
「名前とか、家のこととか」
「受付で言ったでしょう?」
シーアは笑った。確かに言った。アナキンは少し考え、今日は一緒に直していたのだから、それで分かるよと付け加えた。
「学院でも、もう慣れてるんじゃないの?」
「普段はね。でも、初めて会う人は、先に僕のことを何か知ってることが多い。僕が、その人のことを知らなくても」
「それは、少し分かる」
今度はアナキンの方が笑わなかった。飲み物の容器を回し、低い声で続ける。
「会ったことのない人から、君の話は聞いたって言われる。どの話なのか、分からないんだ」
「聞かないの?」
「聞いたら、またその説明をしなきゃいけない時もあるから」
シーアは頷いた。自分の顔や家名について訊かれることと、彼が何を期待されているかは、同じではないのだろう。それでも、その場で初めから話すことを選べない感じは、少し分かる気がした。
「今日のことなら、何をしたか分かるね」
言うと、アナキンは顔を上げた。
「操縦、二回」
「二回目は、ちゃんと止まったよ」
「一回目も止まった。場所が違っただけで」
シーアが笑うと、アナキンも笑った。次に誰かへ説明するなら、今日のことはそれでよかった。
帰る前に、シーアは端末を開き、先週撮った《アルマダ》の盤面を見せた。新しい艦の話をしたかったのだが、アナキンは先に、台座の上へ飛び出している戦闘機へ目を留めた。
「これ、操縦できるの?」
「自分ではできない。命令を出すと、こういうふうに動く」
「一機ずつ?」
「編隊で。こっちがキャリアーから出した命令で――」
説明し始めると、アナキンは身を寄せた。プロヴィデンスを指し、この側から出したらどうなるのかと訊く。シーアがルールを開こうとしたところで、ケノービが入ってきた。
「シーア。迎えが来ているよ」
時計を見て、二人とも顔を上げた。
「もう?」
「今日は、十分に時間を使ったと思うが」
ケノービは二人の間の表示を見た。作業が終わったら、今度は模型の艦隊らしい。少しだけ口元を緩め、アナキンには客を受付まで送るようにと言った。
通路を歩きながら、シーアは次の外出日を確かめた。
「今度は、僕のところへ来ない?」
「そのゲーム?」
「うん。カッシオも来ると思う。前から一緒にやってるんだ」
「マスターに訊いてみる」
アナキンは答え、受付へ着くと片手を差し出した。最初に会った時と同じ握手だったが、手を離した後にも、次はどの船を使いたいかという話が続いた。
迎えの車両へ乗る前に、シーアは作業記録の複製を受け取った。自分の名前が、補助作業者の欄へ入っている。
見ていると、アナキンが、その記録は次にも使うからと言った。
「持ってくるよ」
「うん。じゃあ、また」
シーアは手を振り、車両へ乗り込んだ。窓の向こうでは、アナキンがもう一度こちらを見てから、聖堂の中へ戻っていった。
*
C.R.C. 7949.292 コルサント、ヴァラリアン邸
「そこへ全部出すのか」
カッシオが訊いた。
アナキンはプロヴィデンスの手前に並べた台座を見て、それからシーアへ顔を向けた。シーアは、動かせる範囲なら決めていいと答えたが、まだ置き終わる前に次の艦も見た方がいいと付け足した。
「この艦が、次に動く」
「それなら、こっちへ出す」
「でも、それは今から命令するんじゃなくて、先に――」
アナキンの指が止まった。
今日は練習戦だった。カッシオとシーアで交代しながら説明していたが、機体の動きから先に考えるアナキンは、何度か命令ダイヤルの順序を忘れた。そのたびに盤面を戻すことになり、まだ三ラウンド目なのに、最初に出した茶が冷めている。
「自分で飛んだ方が早そうだ」
「それだと、ほかの艦に誰が命令するんだよ」
カッシオが返すと、アナキンは考え込んだ。本当に誰かへ任せて飛びに行くつもりなのかもしれない。シーアは笑い、カードにある指揮範囲をもう一度示した。
初めて会った二人の紹介は、短く済んだ。シーアが相手の名前と、何が好きかを説明し終わるより先に、アナキンがプロクラメイターを見つけ、カッシオがそのカードを渡したからだった。
今では二人とも、遠慮なく相手へ質問している。
リヴィアとセリアが来た時、アナキンはようやく、取っておいた命令でヴァルチャーを動かせるところだった。シーアが紹介のために立つと、リヴィアは先に盤面を見てから、急がなくていいと言った。
「大事なところでしょう?」
「今、初めて思った通りに動くところ」
アナキンが答えた。リヴィアは笑い、セリアと並んで空いている側へ回る。彼が台座を動かし終えてから、改めて名前を交わした。
カッシオは新しく使い始めた二隻を説明したが、セリアはその前に、卓の下へ目を向けていた。
「箱、また増えたね」
「今度は、置く場所を決めてある」
シーアが言うと、カッシオも頷いた。だが、アナキンが、その箱に入っていないものもあると気づいてしまった。
「それは、今日使わない分」
「全部持ってきたの?」
「持ってきたんじゃなくて、ここに置いてあるんだよ」
リヴィアとセリアが顔を見合わせた。どちらも、それ以上は言わなかった。
練習戦が終わると、模型を片側へ寄せ、茶のための場所を空けた。アナキンは最後まで、プロヴィデンスの格納区画を眺めていた。シーアが軽く持ち上げてよいと伝えると、模型を横から見て、ここへ艇を入れる時はどういう向きなのだろうと訊く。
カッシオが公開資料を開き、すぐに三人で覗き込んだ。
リヴィアは呆れたように笑い、シーアの手元へ皿を置いた。
「今度は、食べるのも忘れないで」
「忘れてないよ」
「じゃあ、そのまま食べて」
アナキンが横で笑った。シーアは皿から一つ取り、説明をカッシオへ渡した。自分が黙っている間にも、二人の話は続いていく。
少し遅れて、リヴィアが小さな封筒を差し出した。先日の店で買った、青い紙だった。
「これ、君の分」
「僕も買ったよ?」
「中を見て」
開くと、短い手紙と、あの日の映画の入場券が入っていた。劇場で出力してもらった記念用の券らしい。通信の記録には残っていても、紙で受け取るとは思っていなかったものだった。
今度は案内してくれるんでしょう。
そう書かれている。シーアが顔を上げると、リヴィアはもう、自分のカップへミルクを加えていた。
「まだ、探してるところ」
「急がないよ」
それだけ言って、彼女は隣のセリアの話を聞き始めた。
シーアは封筒を丁寧に閉じた。今度行く場所は、まだ決まっていない。アナキンと次に直すものも、カッシオとの次の対戦も、予定表には日付のないまま残っていた。
卓の向こうから、アナキンがシーアを呼んだ。
「この格納庫、下側にも入口があるんじゃない?」
「どこ?」
封筒を上着の内側へ収め、シーアは二人の方へ椅子を寄せた。カッシオが模型を持ち上げる。皿を倒さないように、セリアが少し場所を空けた。
リヴィアはカップを持ったまま、その様子を見ていた。
シーアが顔を上げると、目が合った。彼女は何も言わず、少しだけ笑った。