STAR WARS: STAR DESTROYER   作:あーくわいてんず

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前夜

C.R.C. 7951.142 アウター・リム、エルダン航路

 

 貨物船は、二つの停止命令を受けていた。

 

 一つは、リスヴァーン星系政府のものだった。臨検が済むまで待機しろという。もう一つは、同じ航路の反対側から来たタルヴェンの警備部隊からで、先方の臨検には応じず、そのまま位置を保てと要求していた。どちらも、自分たちの管轄する交易路であると説明している。

 

 その間を通り抜けようとした輸送艇が、三日前に撃たれた。

 

 以来、二十七隻が足止めされている。乗員たちは最初、補給品を互いに融通していたが、その船を行き来する連絡艇まで検査を求められるようになった。冷却装置を修理しなければならない貨物船が一隻。医薬品を積んだ船が二隻。旅客を乗せている船もある。

 

 司法上級士官ギラッド・ペレオンは、その一覧の上へ届いた新しい報告を開いた。

 

「リスヴァーン側、退去命令の受領を確認。ただし、本国への照会を継続すると回答しています」

 

「照会は続けさせろ。貨物船の解放時刻に変更はない」

 

 艦長は前面表示を見たまま答えた。プロクラメイター級スター・デストロイヤー《コンコーダンス》の艦首前方には、両星系の警備艦と、足止めされた船団が別々の印で示されている。コンスラー級三隻のうち二隻が船団側へ回り、残る一隻は後方で救難艇を受け入れていた。

 

 司法軍が受け取った命令は、境界を決めることではなかった。係争中の航路で第三者の船舶を拘束する行為を止め、民間船の退去を保障する。通行料と管轄権については、共和国の調停手続きが続いている。どちらの政府も、その申立書を提出していた。

 

 今朝までは、警備艦を先に引けば交渉でも不利になるという理由で、動かなかった。

 

「タルヴェン側、二隻が指定待機点へ転針」

 

「確認。こちらの艇を追わせるな。指定区画を出たら報告だけでいい」

 

 ペレオンが応じた時、別の卓で警報が鳴った。

 

「リスヴァーンの先頭艦、火器管制起動。船団側を追尾しています」

 

 表示が拡大される。警備艦の艦首が、動き始めた貨物船へ向いていた。

 

 ペレオンは既に用意してあった回線へ警告を送った。相手艦の識別名、停止させるべき行動、従わない場合の措置。先ほどの通告と同じ言葉だった。送信を終える前に、貨物船の左舷側で小さな閃光が走る。

 

「発砲確認。貨物船、被弾なし。至近を通過」

 

「前部イオン砲。目標、指定の警備艦。射撃を許可する」

 

 艦長の命令が届き、砲術担当が復唱した。《コンコーダンス》の艦首側から青白い光が伸びる。最初の射撃は警備艦の防御フィールドを明るく染め、続く射撃が船体へ達した。相手の機関光が途切れ、砲座の旋回も止まった。

 

 別の警備艦が動いたので、ペレオンはそちらにも回線を開いた。相手は数秒後に減速し、武器の使用を停止すると回答した。

 

 誰も勝利を報告しなかった。沈黙した警備艦へ救難を受け入れる意思があるかを問い、貨物船の損傷を確かめ、船団の通過順序を組み直す。後部の格納区画では、医療班を乗せた艇と、乗艦検査班を乗せた艇が、それぞれ別の出入口へ運ばれていた。

 

「貨物船《セイブル・ロード》。推進器の再始動に失敗。曳航を要請しています」

 

「後続を先へ出せるか」

 

「航路幅は取れます。右舷側へ迂回させます」

 

「その順序で管制へ送れ」

 

 ペレオンは、船団の一覧へ新しい印を付けた。出発できる船が減ったわけではない。自力で出発できる船の数が、一隻分変わった。

 

 リスヴァーン政府からは、共和国による越権行為だという抗議が届いた。タルヴェン政府は、司法軍の措置を支持すると声明を出し、その直後、航路の管理権が自分たちに認められたものと理解すると付け加えた。

 

 艦長は両方の文書を読んでから、通信士へ返した。

 

「同じ説明を、両政府へ送れ。管轄について結論は出ていない。撤収を終えていない部隊には、期限をもう一度伝える」

 

 目の前では、最初の貨物船が司法軍の二隻の間を抜けていた。遅れてきた乗員名簿に重傷者の報告があり、ペレオンは医療区画へ転送した。警備艦の砲座にいた者だった。

 

 発砲から六分後には、次にどの船へ艇を送るかを決める仕事へ戻っていた。

 

 *

 

C.R.C. 7951.146 コルサント、司法アカデミー

 

 配属希望書には、船の名前を書く欄がなかった。

 

 十六歳のシーアは最初の画面から最後まで送り、注意事項を読んでから、もう一度上へ戻った。希望する勤務分野、取得済みの資格、実習の成績、健康上の制限。出身星系での勤務を希望する場合は、その理由を別紙に書くことになっている。

 

 名前を入れたら終わりではなかった。

 

「いつまで見ている」

 

 隣の机で、ラックスが訊いた。

 

「艦艇勤務は選んだ。そこから先を読んでる」

 

「船を選ぶ書類ではないぞ」

 

「分かってるよ」

 

 それでも、船名がないことは少し残念だった。プロクラメイターなら何でもできるという話ではないし、最初から操艦の当直を任せてもらえるわけでもない。既に何度も説明されている。

 

 シーアは《航法・艦艇運用》に印を付け、理由の欄を開いた。

 

 ラックスは自分の希望書を提出済みだった。机の上には、司令部で使う勤務資料の案内が出ている。三年前と同じ位置に椅子があり、同じ収納を使っているのに、部屋へ入ってすぐ見えるものは随分変わっていた。初めは学院の手引きと、シーアの家の系譜があった。今は人員配置、情報の整理、部隊運用に関する資料が並んでいる。

 

「本国へは戻らないのか」

 

「戻ってほしいとは言われた。最初から帰ってこい、とは言われてない」

 

「公王軍なら、ここより早く艦を任されるかもしれない」

 

「候補生だった年数で、船を動かせるようになるわけじゃないでしょう」

 

 ラックスは笑った。

 

「以前より慎重になった」

 

「実習で失敗した分だけね」

 

 机の端には、前の航海で使ったメモがあった。航法計算は合っていたのに、引き継ぎの時に修正前の資料を渡しかけた。担当士官がその場で気づき、やり直すよう命じた。端末の中で正しいものを作っているだけでは足りないと、成績にも書かれた。

 

 ラックスが出ていった後、シーアは理由欄を埋め、提出した。受付番号が返ってきても、行き先が分かるわけではなかった。

 

 *

 

 午前の講義では、エルダン航路の記録が使われた。

 

 まだ確定していない事項は、最初から資料の外へ出されていた。誰の発砲命令だったのか、警備艦の乗員が何を説明しているのか、両政府の抗議に司法省がどう答えるか。それらは捜査と協議の途中にある。自分たちが見てよいのは、公表された経過と、教育用に提供された運航記録だった。

 

 ヴェイドは最初の砲撃で映像を止めず、その後まで流した。

 

 曳航。負傷者の受け入れ。搭乗人員の確認。武器の保全。出港を待っていた貨物船のうち一隻が、いったん引き返す。目的地の荷役枠を失い、運航会社が別の港を指定したためだった。

 

「《コンコーダンス》を交代させるなら、何が必要だ」

 

 教官が訊いた。シーアは艦艇の数より先に、画面の隅にある未処理の一覧を見た。

 

「医療と曳航を引き継ぐ艦か、現地の施設です。拘束した乗員と、保全した装備も残っています」

 

「停戦監視の艦も要る」

 

 後ろからハックスが言った。

 

「ここで全艦を退けば、両方とも戻ってくる可能性があります。少なくとも、警備艦を武装解除するか、相互に離れた場所へ退去させて確認するまで」

 

 ヴェイドは頷き、艦隊の所在図を出した。

 

 最も近い巡察艦には、別の救難任務が入っていた。補給艦は来られるが、停戦監視を代行する装備を持っていない。地方政府から協力を申し出た部隊はあったものの、一方の星系と保安協定を結んでいる。受け入れるだけで中立とは見なされないだろう。

 

 シーアは少し離れた基地を拡大した。クルーザー一隻と、小型の警備艦二隻が所属している。表の上では、三隻とも運用可能だった。

 

「ここからなら、交代に出せませんか」

 

「その欄は、いつ更新された」

 

 ヴェイドに訊かれ、日付を確かめた。六週間前だった。添付された勤務記録まで開くと、一隻は機関の検査に入り、もう一隻では艦長が交代していた。出港できないと決まったわけではない。ただ、同じ三隻を同じ条件で使えるとは、まだ言えなかった。

 

「今の状態を確認します。検査が終わる時刻と、乗員が揃う時刻。それから、三隻で最後に合同の訓練をした時の記録を」

 

「何を確かめたい?」

 

「この三隻を一緒に送って、停戦監視を引き継げるかです。全艦が到着していても、別々の命令を待っていたら困るので」

 

 教官は頷いたが、その場で新しい数字は与えなかった。シーアは《要照会》と記し、確認できている戦力だけで組める案を作り始めた。周囲でも、学生たちがそれぞれの案を出していた。

 

 以前ならシーアも、新しい艦を置く場所から考えた。今は、その艦が着くまでに誰を残し、何を止めずに続けるかを、別の欄へ書いていた。

 

「四年前の軍縮計画で、ここに救難拠点を設ける予定だったはずです」

 

 資料を確かめて言うと、ヴェイドは補足を表示した。

 

 建物は完成していた。医療区画も使える。勤務する要員と、常置する艇の受領が遅れている。

 

「艦から人を出せば、施設は使えます。ただ、それを続ける間は、艦の方の要員が減ります」

 

「そうだ。そこで、どの任務を減らすかまで書け」

 

 教官は次の席へ移った。ハックスが施設への仮配置案を作り、ラックスは要員の補充までに必要な日数を確かめている。三人で同じ資料を見ることには、もう慣れていた。誰の考えも、そのままでは使えない箇所がある。

 

 提出の直前、ラックスがシーアの案を見て言った。

 

「結局、現地に着いた者が、空いている場所へ人を入れて回すことになる」

 

「今は、それができるようにした方がいい」

 

「君は、こういう共和国でも、まだ続けたいのだな」

 

 シーアは端末から顔を上げた。

 

「続けたいよ。そこで仕事をしたくて、希望書を出したんだから」

 

 ラックスは返事をせず、要員表を共有した。数字の方は、きちんと合っていた。

 

 *

 

C.R.C. 7951.151 コルサント、ウスクル・ディストリクト

 

 ホテルの窓から見える広告が、一つ変わっていた。

 

 長く船舶保険会社の案内を流していた塔の外壁に、新しい金融商品の宣伝が浮いている。少し遅れて同じ会社の名が出たので、シーアは看板を取り替えただけかと思った。リヴィアは、表示された条件を読んでから、それも今度の航路の話だと言った。

 

「着かなかった時の保険?」

 

「着くまでに予定より時間が掛かった時の資金。保険の支払いを待っている間も、お金は要るから」

 

 彼女はミルクを少し加え、カップを持ち上げた。十九歳になっても、茶を選ぶ時の手つきは変わらない。卓の端には、今朝まで読んでいたらしい実務研修の資料がある。

 

 カッシオも、最近は昼間の会合を終えてから来ることが増えていた。今日は服の袖に細い折り目が残り、模型を見る時と同じ真剣な顔で、現地の港の入港予定を読んでいる。

 

「船団は出られた。でも、次の港で順番待ちになってる」

 

「まとめて出てきたから?」

 

「それもある。三日前に入るはずだった船へ、今日の荷役枠を全部空けるわけにはいかないだろ」

 

 セリアが、自分の端末を少し中央へ寄せた。クラクドアVIIから父の事務所へ来た照会のうち、公開できる資料を読んでいるという。エルダン航路を通った部品が、さらに別の船へ積み替えられる。その便を逃したせいで、整備を終えられない工場があった。

 

「封鎖は解除されたでしょう、って返事が来たんだって。でも、欲しい部品は、まだ向こうの倉庫にある」

 

「どこまで来たか、荷主が見られないの?」

 

「契約した輸送会社のところまでは見えるよ。そこから先は別の会社で、いま照会してる」

 

 シーアは、講義で見た曳航中の船を思い出した。共和国が通せるようにした後にも、船が動く理由と、動けない理由は残る。

 

 カッシオが一つの船籍番号を指した。

 

「ここの会社、共和国の命令が出る前に、護衛の再契約を求めてるな」

 

「その条件が、あまりよくないの」

 

 リヴィアが契約概要を開いた。単独の護衛だけでなく、保険の指定と、次の寄港先の変更まで含まれている。安全に通れる航路を選ぶという説明だった。従えば、その会社の系列港と融資先を続けて使うことになる。

 

「危なくなったところから、安全な方へ動かす。それは普通の仕事だと思う。でも、その後まで全部預けるかどうかは、別に考えたい」

 

「司法軍が来なかったら、選べない船もあっただろうな」

 

 カッシオは資料を閉じた。セリアは、来ても選べなかったところもあると付け加えた。港で足止めされている間に、荷主の信用枠が切れた会社があった。

 

 シーアは茶を飲み、皿の上のサンドイッチを取った。昔よりも、話しながら食べるのが上手くなった。ただ、気になる箇所を見つけると手が止まるところは、まだ同じだった。

 

「それで、今度の公開説明会に出るの?」

 

 リヴィアがセリアへ訊いた。

 

「父のところの職員が行く。私も資料整理を手伝うつもり」

 

「北部の合同施設?」

 

 シーアが訊くと、セリアは頷いた。

 

「そこ。エルダンだけじゃなくて、航路保安の移行が遅れている地域の話もするって」

 

「僕たちも行くよ。実務研修。受付とか連絡所がどう動くかを見る」

 

「また会いそうだね」

 

「仕事中に船の話を始めるなよ」

 

 カッシオが言ったので、シーアはそちらを見た。

 

「そっちは、始めない自信があるの?」

 

「俺はその日、別の港にいる」

 

「逃げた」

 

「配船計画が先に決まってる」

 

 リヴィアが笑い、残っていた菓子をセリアへ勧めた。次の茶会をいつにするかという話になり、四人はそれぞれ予定を出した。

 

 卒業式までは、あと七十五日だった。シーアの予定表には、実習と試験と、制服の受領日が並んでいる。

 

 新しい制服には、今の徽章を付けない。

 

 そのことを話そうかと思ったが、セリアが一つ空いている休日を見つけ、リヴィアが店の予約を取ってしまった。シーアも、その欄へいつもの印を入れた。

 

 *

 

C.R.C. 7951.168 コルサント、北部交通結節区

 

 行政合同施設の前には、予定より多くの人がいた。

 

 地方代表団の随員。輸送会社の担当者。保安契約の変更について説明を求める港湾事業者。通商連合の規制強化を要求する者と、共和国の方が約束を守れと訴える者は、別の場所へ集まっていた。それぞれに横断幕があり、その間を会議へ入る客が通っていく。

 

 シーアは、南側の入口から入館した。

 

 司法アカデミーの候補生は六人。ヴェイドが引率し、現地の連絡担当者が一行を案内した。今朝は、臨時の受付と、各機関へ照会を回す連絡所を見学する。午後には、港湾管制との共同訓練が予定されていた。武器は携行しておらず、腰にあるのは通信端末と小さな救急包だけだった。

 

「全部を同じ窓口で受ければ、早くなると思うだろう」

 

 担当者は、受付の奥で立ち止まった。

 

「だが、受けた窓口で答えを持っているとは限らない。送った先で止まっていたら、ここへ戻ってくる。そういう照会の扱いを見てもらう」

 

 ラックスが端末へ書き込んだ。ハックスは、壁に掲げられた連絡系統を読んでいる。シーアは受付へ来た男が、持ってきた認証票を二度読み取らせているのを見ていた。

 

 男は怒っていたが、声は荒らげていない。

 

「私が申請した時には、この欄はなかった」

 

「様式が更新されています。こちらで追加できますので」

 

「それを、出発前に言ってほしかった」

 

 職員は頷き、椅子へ座るよう勧めた。順番を待っている別の客が、荷物を寄せて場所を空ける。

 

 そうしている間に、広い通路の向こうをセリアが歩いてきた。父の事務所の職員と一緒だった。髪を後ろでまとめ、資料用のケースを片手に持っている。シーアに気づくと、仕事中の顔のまま、小さく片手を上げた。

 

 シーアも同じように返した。

 

 窓の外では、交通レーンに沿って大型の貨物スピーダーが下りていく。すぐ隣の建物が荷役施設で、その下に公共交通の乗り換え区画がある。行政の建物も、店も、職員の食堂も、同じ広い人工地盤の上に載っていた。

 

 受付から先へ進もうとした時、床が動いた。

 

 音より先に、足の裏へ衝撃が来た。天井の照明が一度消え、戻った時には、向こうの窓が白く曇っていた。何か細かいものが通路へ降ってくる。

 

 シーアは顔を上げかけ、ヴェイドに肩を押された。

 

「伏せろ!」

 

 次の破裂音は、はっきり聞こえた。窓の一部が内側へ崩れ、透明な破片が床を滑った。誰かの悲鳴と、倒れた荷物の音が重なる。シーアは机の陰へ入り、反射的に頭を守った。

 

 空調の音が変わった。

 

 それから、入口の方でブラスターが鳴った。

 

 *

 

 誰が撃ったのかは見えなかった。

 

 床へ伏せたまま、シーアはヴェイドを探した。教官は近くにいたが、立ち上がろうとして膝を落とした。制服の左脚が裂け、その下へ濃い色が広がっている。

 

「動かないでください」

 

 シーアが言うより先に、ハックスが膝をついた。救急包を開き、傷の上へ布を当てる。ヴェイドは手を払わず、処置を受けながら候補生を呼んだ。

 

「全員、応答しろ」

 

 六人分の声が返った。向こうの受付台から、職員が這って近づいてくる。額に傷があったが、歩けるという。

 

「南へ下がる。窓から離せ。ラックス、連絡所へ通せ」

 

 返事をしてラックスが端末を開く。シーアは隣の机に手を掛け、下にいた二人へ声を掛けた。立とうとする男の肩へ触れ、腰を低くしたまま来るよう伝える。少年が一人、鞄を探そうとして戻りかけたので、その手を取った。

 

「後で探そう。今は向こうへ」

 

 言い終わったところで、正面入口の防護扉が閉まり始めた。向こう側から入ってこようとしていた人々が止まり、内側にいた者は出口を失った。別の場所でも扉の閉まる音がして、壁面の案内表示が次々に赤く変わった。

 

 施設全体が保安隔離に入ったのだと分かった。

 

 閉まった扉へ、内側から誰かが手をついた。その姿を見た途端、エリアドゥの議場が重なった。光の壁に両手を当てていた男。その背後で向きを変えたドロイド。床に散った破片の色まで、目の前のものと混ざりかけた。

 

「ヴァラリアン。そこの二人を頼む」

 

 ヴェイドの声で、シーアは顔を上げた。机の下から出てきた二人が、自分の返事を待っていた。指先は少年の袖をつかんだままだった。手を緩め、教官のいる方を示す。

 

「壁に沿って。あちらへ行こう」

 

 少年が動いたのを見届けてから、自分も立った。扉の向こうは見えない。いま確かめられるのは、こちら側にいる人と、残っている通路だった。

 

「南連絡所と通じました」

 

 ラックスが端末をヴェイドへ向けた。小さな画面に、司法軍の制服を着た女性が映っている。午後の共同訓練を担当するはずだった司法士官ネリスだった。

 

『北側荷役区で爆発。施設内に武装者が侵入したとの通報があります。自治保安局と警備分遣隊が対応中。そちらは?』

 

「受付区画。候補生六名、全員生存。民間人多数。南への避難を始める」

 

『中央通路は使わないでください。そちらの区画で負傷者を集め、南側の職員用回廊へ。経路を送ります』

 

 シーアの端末にも図面が来た。今いる場所から横へ抜け、受付の裏を通る。途中の階段で二つの層を下り、南側の乗降区画へ出る経路だった。

 

 見学の時に通った場所は、その一部だけだった。

 

 ヴェイドは、候補生を二人ずつに分けた。シーアとラックスは前方で経路と受け入れを確認する。ハックスは歩ける者をまとめ、残る候補生は負傷者を動かす。教官自身は職員とともに受付側に残り、最後の者まで退去を確かめるという。

 

「北側へ行くな。見えていない区画を、お前たちだけで探すな」

 

「了解しました」

 

 シーアは復唱し、ラックスと回廊へ出た。

 

 最初の角を曲がったところで、セリアがいた。事務所の職員と、脚を傷めた女性を両側から支えている。先ほどのケースは持っていなかった。

 

「シーア」

 

「そっちは?」

 

「歩ける人が十一人。あと、この人。会議室の方は、保安局の人が別の階段へ連れていった」

 

 シーアは頷き、そのまま付いてくるよう伝えた。会えたことへの安堵は、まだ言葉にならなかった。ラックスが人数を送っている間に、セリアは支えている女性へ、少し先で休めると話していた。

 

 階段の上には、人が溜まっていた。

 

 下りられないのだろうかと思ったが、そこまでは見えない。シーアは壁際から先へ出て、踊り場にいた職員へ声を掛けた。

 

「南連絡所から、ここを通るよう指示されています。何で止まっていますか」

 

「下の防護扉が閉まっている。こちらの操作では開かない」

 

「管理室とは?」

 

「通じない。さっきから――」

 

 職員は端末を持ち上げかけ、廊下の奥から響いた音に顔を向けた。シーアもそちらを見たが、煙の向こうに人影は見えなかった。

 

 ラックスが連絡所へ伝えた。返事はすぐ来たが、扉の状態を照会中だという。

 

 踊り場の奥で、誰かが向きを変えようとしていた。後ろから来た者にぶつかり、肩越しに謝っている。手すりのそばにいる女性は、両腕を身体へ押しつけたまま動けない。さらに人を入れれば、扉が開いても、先頭が歩き出すまで時間が掛かる。

 

 シーアはハックスを呼んだ。

 

「階段へ入る列を止めて。そっちの広いところで待たせてほしい」

 

『こちらは三十四人。負傷者もいる。前へ寄せられるなら、寄せたい』

 

「下の扉が閉まってる。ここへ来ても出られないし、戻る場所もなくなる」

 

『今は煙を避けられている。ただ、受付側は見えない』

 

 シーアは踊り場を見下ろした。扉がいつ開くかは分からない。ハックスのいる場所が、この先も安全である保証もなかった。

 

「今は止めて。別の道を確かめる」

 

『了解。三十四人、ここで待たせる』

 

 回線が切れると、シーアはネリスへ状況を送った。階段への流入を止めたことと、後方に残した人数。その返事を待つ間に、目の前の人々を壁から離し、踊り場に戻れるだけの幅を空けた。手すりの女性が腕を下ろし、ようやく息を吐いた。

 

 人の間を通り、一人ずつ確認した。セリアも手伝い、自分たちと一緒に来た者がどこにいるかを確かめている。少年が一人、相変わらず鞄を探していた。中に旅券があるのだという。

 

「名前は?」

 

 シーアが訊くと、少年は答えた。

 

「覚えた。外へ出てから、なくしたことを伝えよう」

 

「外、行けるの?」

 

 シーアは階段を見た。閉まっている扉の方へ、まだ案内灯が点いていた。

 

「その道を、今確かめてる」

 

 もうすぐだとは言えなかった。端末では、待機中の三十四人を示す印が動かずに残っている。シーアは返事を待つのをやめ、いま確認できている経路だけでも送ってほしいと、もう一度連絡所を呼んだ。

 

 *

 

 連絡所から届いた次の経路は、行政施設の外へ伸びていた。

 

 同じ高さにある西側の業務用連絡橋を渡り、隣の物流棟へ入る。そこから、別系統の降下設備を使う。避難経路として図面には載っていたが、日常の通行は許可された職員だけで、今は扉が閉じている。

 

『施設管理者へ開放を指示しました。受け入れ先を確認するまで、まだ全員を移動させないでください』

 

 ネリスの声だった。

 

 シーアとラックスが西へ向かうと、通路の終わりに小さな窓があった。向こうには物流棟の職員が二人いる。こちらに気づき、一人が制御卓を操作したが、扉は開かなかった。

 

「緊急時の通行要請です。南連絡所から連絡があったはずです」

 

 シーアが端末を窓へ向けた。

 

 相手は見ていた。だが、窓越しの音声回線が通るまで、しばらくかかった。

 

『こちらでも侵入警報を受けています。管理責任者の承認がなければ、連絡橋を開けられません』

 

「その責任者は、どこに?」

 

『別棟です。現在、移動できません』

 

 ラックスが横から、司法軍の制服が見えないのかと言いかけた。シーアは先に、端末の回線を切り替えた。

 

「ルテナント・ネリス。開放する権限がないと言っています。担当者へ直接、お願いします」

 

 画面を向けたまま待つ。開放を命じる側と、扉を操作する側が、同じ回線につながった。それでも、制御卓の表示は変わらない。

 

『待機場所に煙。前へ出す』

 

 ハックスの声が割り込んだ。シーアは反射的に、まだ扉が開いていないと答えかけた。耳の奥に、先ほどの「ここで待たせる」という返事が残っていた。

 

「階段側へは入れないで。二つ先の角なら、いま人をどかした」

 

『そこへ行く。歩けない者が増えた。搬送車を一台、こちらへ回せないか』

 

 シーアはラックスに手で合図した。近くの職員が使っていた搬送車を借り、二人で戻ってもらう。もう一度人数を訊こうとしたが、ハックスの向こうでは咳と足音が続いていた。

 

「受け入れの確認は僕が続ける。ここへ着いたら知らせて」

 

 窓へ向き直った時、ネリスは既に相手の名を確認していた。

 

『非常通行として開放を命じます。発令者は私です。指示の記録は、施設側にも残してください。入口の警備は、到着した自治保安局の部隊が引き継ぎます』

 

『中に武装者が混じっていたら――』

 

『確認は受け入れ側で行います。負傷者の退避を優先します。あなた方だけに判断させるための要請ではありません』

 

 相手の職員は、隣の者を見た。

 

 その間が、シーアには長かった。

 

 やがて制御卓へ向き直り、別の操作を始める。表示が変わり、扉の内側で重い音がした。

 

 開いたのは、一人ずつ通れる幅の扉だった。

 

「担架が通りません。搬送用の方も」

 

 シーアが伝えると、職員はそちらにも手を伸ばした。幅の広い扉が動き、物流棟から冷たい空気が流れ込んできた。

 

 向こう側には、まだ救急班がいなかった。

 

 ラックスが走って確認しに行こうとしたので、シーアは隣の職員を呼んだ。

 

「ここから先は、どなたが案内しますか。僕たちは、この建物を知りません」

 

 年配の職員が手を上げた。降下設備の担当だという。彼が先へ進み、戻ってきて、受け入れ場所と、使える搬送車の数を教えた。

 

 そこでようやく、ハックスへ移動開始を伝えた。

 

 先に戻ってきたラックスは、搬送車の片側を押していた。載せられた男の灰色の上着に、受付で見た認証票が留めてある。申請書の様式が変わったと、職員に抗議していた男だった。今は目を閉じ、呼びかけに短く頷くだけになっていた。

 

「さっきまで歩いてた。煙が来てから、立てなくなった」

 

 ラックスは押しながら言った。シーアは扉の枠から身体を離し、物流棟の職員へ医療班を呼ぶよう頼んだ。自分が停止を伝えた時、男はあちら側にいた。

 

 搬送車が通り過ぎると、認証票の裏が見えた。今朝、職員が書き足した受付番号が残っていた。

 

 *

 

 次の人々が来た時、シーアは扉の手前に立っていた。

 

 制服には白い粉が付き、左手の甲から少し血が出ていた。顔を拭く余裕もなく、銀髪には細かな破片が残っている。それでも、動きを止めてこちらを見る者がいた。

 

「ヴァラリアンの……」

 

 男が言いかけた。シーアは、相手の肩の向こうにいた女性を先に通すよう頼んだ。

 

「向こうの職員に付いていってください。負傷した方は、扉の先で知らせてください」

 

「あなたも、一緒に?」

 

「後から行きます。ここで止まらないで」

 

 男は頷き、女性へ手を貸した。その後から来た者も、同じように向こうを見て歩き出す。シーアは次の人へ、同じ説明を繰り返した。

 

 声は、思っていたほど震えていなかった。

 

 ハックスが負傷者を先に送り、動ける者には手荷物を身体の前へ持つよう指示している。通路へはみ出した鞄を片づけ、立ち止まった人を壁際へ寄せる。彼が一度決めた順序を、周りの候補生も守った。

 

 その後ろで、何かが倒れた。

 

 シーアが顔を向けると、通路の角から閃光が走った。壁面の案内板が砕け、足元へ落ちる。人々がいっせいに身を縮め、先頭が止まった。

 

「止まらない! 扉の先へ!」

 

 ハックスの声が響いた。

 

 ラックスが、通路の奥で何者かが発砲したと報告した。シーアは一歩だけ戻り、床へ座り込んだ男の腕を取った。重くて持ち上がらない。そばにいた別の男が手を貸し、二人で立たせたところへ、セリアが来た。

 

「こっちは歩ける。先へ連れていくね」

 

 シーアは頷き、三人を送り出した。

 

 向こうの角に、ヘルメットを着けた保安局員が現れた。こちらへ下がるよう手を振り、仲間とともに通路を押さえる。シーアは壁に沿って退きながら、候補生の人数を数えた。

 

 別の搬送車でヴェイドが来た。教官は上体を起こし、最後尾へ顔を向けている。付き添った候補生が、受付の確認を終えたと報告した。

 

「残っているのは?」

 

 ヴェイドが訊いた。

 

「こちらで確認した者は、通過中です。北側の会議区画は保安局が担当。独自には確認していません」

 

「それを、受け入れ先へ引き継げ」

 

 シーアは了解と答えた。

 

 見ていない場所を、誰も残っていないと言うわけにはいかなかった。ネリスへそのまま伝えると、彼女は別の救助班へ確認を回すと答えた。

 

 橋の向こうから、さらに大きな音がした。

 

 最初の爆発とは違った。重いものがぶつかり、引きずられるような響きだった。床が震えたが、扉は動かなかった。シーアは支柱へ手を掛け、自分まで立ち止まっていたことに気づいて、すぐに身体を離した。

 

 ハックスが最後の候補生を先へ行かせ、こちらを振り返った。

 

「お前も行け」

 

「うん」

 

 今度は素直に従った。

 

 物流棟の側へ渡り切ると、自治保安局の部隊が橋へ入り、行政施設側へ進んでいった。扉のところにいた職員は、まだ開放の記録を入力していた。手が震えている。

 

 シーアは、その顔を一度見た。

 

「ありがとうございました」

 

 職員は顔を上げた。何か答えたが、声は通信の音に重なって聞き取れなかった。

 

 *

 

 受け入れ場所で、シーアは自分の名前を三度答えた。

 

 最初は医療班へ。次は自治保安局の職員へ。三度目は、司法アカデミーから来た連絡担当者へだった。三人とも必要なことを訊いているのだと分かっていたが、同じ名前を口にするたびに、少しずつ疲れが出た。

 

 手の甲へ薄い被覆材が貼られた。肩と首にも細かな傷があると言われたが、痛むのは左手ばかりだった。負傷者用の椅子に座っていると、ラックスが名簿を持ってきた。

 

「一一六人。こちらで受け入れを確認した。ほかの経路へ分かれた者は、別に照合している」

 

「セリアは?」

 

「あそこだ。付き添ってきた女性の名前を確かめている」

 

 指された方を見る。セリアは医療班の横で、女性が持っていた小さな認証票を読んでいた。自分の上着の袖も破れている。シーアに気づくと、近づいてきた。

 

「手、大丈夫?」

 

「少し切っただけ。そっちは」

 

「肩をぶつけた。診てもらった」

 

 セリアは隣の椅子へ座った。向こうでは、ハックスが保安局員へ経路を説明している。腕を広げ、扉の前でどこに人が溜まっていたかを示していた。

 

「お父さんには?」

 

 シーアが訊いた。

 

「職員の人から連絡した。あなたの家にも、無事だって伝えてくれたと思う」

 

「まだ自分で見てない」

 

 端末を持ち上げると、未読の連絡がいくつもあった。学院のもの、兄からのもの、セレナからのもの。その間に、カッシオとリヴィアの名前もある。

 

 シーアは四人の連絡先を開き、短く打った。

 

 セリアと一緒。二人とも無事。

 

 送信してから、ようやく息を吐いた。

 

 灰色の上着の男を探すと、医療班が別の搬送区画へ運んだ後だった。担当者に容体を尋ねたが、治療が必要なため病院へ送ったということしか、その場では分からなかった。

 

 シーアは自分の通信記録を開いた。階段へ入る列を止めた時刻。その次に自分から送ったのは、西側の扉を開けるための照会だった。その間、待機場所の状態を聞き直した記録はない。

 

 先へ進ませればよかったのか。閉じた扉の前へ三十四人を詰め込むところを想像して、指が止まった。そちらなら安全だったとは、今でも思えない。ただ、待たせると決めてから、ハックスが煙を報告するまで、自分は扉を開けることばかり考えていた。

 

 端末を閉じる前に、後方の確認が途切れた区間へ印を付けた。

 

 窓の外で、炎を上げていた荷役区画へ消火艇が降りていく。遠くから見れば、交通の流れが少し変わっただけのようにも見えた。

 

 シーアは、三年前に習った救難通信の画面を思い出しかけた。いま何をしてほしいかを、短く、相手へ伝える。そう教わった。

 

 思い出すより先に、次の確認が来た。

 

 保安局の職員が、通路で最初に銃声を聞いた位置を教えてほしいと言った。シーアは立ち上がらず、見せられた図面を自分の方へ寄せた。

 

 *

 

 その日の夕方までに、三か所の襲撃が同じ事件として報じられた。

 

 北部の荷役区画、航路資料を扱う行政棟、その間を結ぶ交通設備。襲撃者の一部は拘束され、ほかは捜索が続いている。航路政策への抗議を名乗る声明が配信されたが、声明の発信者と現場の実行者との関係は、まだ確認されていなかった。

 

 合同施設の前で陳情していた代表団の多くは、そのまま避難者になった。

 

 映像を見ただけでは、その区別がつかなかった。

 

 ある局は政府施設への襲撃と呼び、別の局は交通中枢を狙った事件と説明した。夜になると、複数の見出しが《コルサント事件》という短い言葉を使い始めた。

 

 死者と負傷者の数は、放送のたびに変わった。シーアがいた受付区画についても、新しい数字が入っている。自分たちが確認した一一六人は、建物にいた全員の数ではなかった。

 

 医療施設の待合でその報道を見ていた時、アウレリアンが来た。

 

 シーアが立とうとすると、兄は片手で制した。そのまま隣へ腰を下ろし、顔と制服を見た。

 

「診察は終わったか」

 

「うん。学院の医務室でも、明日もう一度」

 

「今夜は邸宅へ戻る。学院からも許可が出た」

 

 兄の声が普段より低かったので、シーアは怒っているのかと思った。だが、その後に何も続かなかった。アウレリアンは、被覆材の貼られた手を見てから、前方へ視線を戻した。

 

「父上にも、連絡した」

 

「心配してた?」

 

「しているに決まっているだろう」

 

 即答だった。

 

 シーアは顔を伏せた。アウレリアンの手が背中へ触れ、すぐに離れた。肩にも傷があると聞いて、触れる場所を考え直したらしい。

 

「セリアは、どうする」

 

「お父さんが迎えに来るって」

 

「分かった。それまで一緒に待とう」

 

 シーアは頷いた。帰っていいと言われても、すぐに立ち上がる気にはならなかった。

 

 少し後でセヴ・ナールが来ると、セリアはそこで初めて泣いた。ビス人の養父は何も訊かず、娘を抱き寄せたまま職員から説明を受けていた。

 

 シーアはその様子を見てから、自分の兄へ顔を向けた。

 

「帰りたい」

 

「ああ」

 

 アウレリアンは立ち上がり、弟が歩き出すまで待った。

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