STAR WARS: STAR DESTROYER   作:あーくわいてんず

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任官

C.R.C. 7951.169 コルサント、ヴァラリアン邸

 

 朝、目が覚めると、昨日着ていた制服がなかった。

 

 処分されたのかと思い、シーアは寝台から起きた。机の上に、保安局へ一時提出したことを知らせる受領票が置かれている。付着物と損傷の確認のためだという。その隣には、着替えと、医務室へ行く時間を書いたセレナのメモがあった。

 

 昔なら、何がどこへ行ったかまで考えなかった。今日は受領票を一度読み、端末へ保存してから、着替えを手に取った。

 

 セレナは食堂で待っていた。

 

「袖を通しにくくありませんでしたか」

 

「大丈夫」

 

「左手は、無理をしないでください」

 

 彼女は茶を置き、シーアの顔を確かめた。いつものように髪へ手を伸ばしかけたが、耳の後ろに傷があるのを見て、その手を下げた。

 

「寝られました?」

 

「途中で起きた。でも、その後は」

 

「それなら、今日は予定を増やしません。診察と、必要な連絡だけです」

 

「授業は?」

 

「学院から、そのように指示されています」

 

 シーアは頷き、茶へ手を伸ばした。

 

 個人端末が鳴った。エレナからだった。少し迷ってから回線を開くと、画面の向こうの彼女が、こちらを見て口を閉じた。

 

「……聞いたより、ひどくないね」

 

「どんなふうに聞いたの」

 

「ニュースでは、負傷って。それ以外は、お兄様から無事だっていう連絡だけ」

 

 十七歳のエレナは、以前より髪を長くしていた。公務の前なのか、襟元がきちんと整っている。シーアも姿勢を直そうとしたが、彼女に、そのままでいいと言われた。

 

「痛い?」

 

「動かさなければ、それほどでも」

 

「動かしたら?」

 

「少し」

 

「じゃあ、動かさないで」

 

 いつもの言い方だったので、シーアは少し笑った。エレナは笑わず、画面の端へ視線を落とす。

 

「一緒にいた人たちは?」

 

 シーアは、教官が治療を受けていること、候補生は全員戻れたこと、セリアも家へ帰ったことを話した。エレナは途中で口を挟まずに聞いていた。

 

「それなら、よかった」

 

 そこでようやく、彼女の肩から少し力が抜けた。

 

「でも、全員のことは分からない」

 

 シーアが付け加えた。

 

「僕が見ていないところも、たくさんある」

 

「全部、あなたに聞こうとしてるわけじゃないよ」

 

 エレナは顔を上げた。

 

「あなたが誰と一緒にいて、どう帰ってきたのかを知りたかっただけ」

 

 シーアは返事をするまでに少し時間がかかった。それから、朝、セリアに会ったところから話し直した。

 

 ニュースの説明とは違う順番になった。

 

 *

 

C.R.C. 7951.174 司法アカデミー、面談室

 

 シーアの行動記録には、まだ空欄があった。

 

 映像のない区間、通信の切れた時間、誰がいたのか思い出せない場所。全部を埋めようとすると、後から報道で見たものが混ざりそうになる。聴取を担当する司法士官は、分からないところは分からないと書くように言った。

 

「こちらへ戻った時には、保安局員がいた?」

 

「はい。角の先を押さえていました。ただ、最初に誰が入ったのかは見ていません」

 

「候補生に武器を取れという指示はあったか」

 

「ありません。退避を続けるように言われました」

 

 担当者は頷き、次の記録を出した。物流棟との回線だった。シーアが開放を求め、担当職員が責任者の承認を要求している。

 

「この時、職員を脅したり、従わなければ拘束すると告げたりは?」

 

「していません。僕には、その権限がありませんから」

 

「何をした?」

 

「ルテナント・ネリスに、直接指示してもらいました」

 

 担当者は発令の記録を確認した。ネリス本人の説明と、施設側に残った受領記録もある。どちらの端末にも、同じ時刻が付いていた。

 

 シーアは、窓の向こうで迷っていた職員の顔を思い出した。

 

「あの人は、何か処分されるんですか」

 

「今、この場で決めることではない。なぜ扉が開かなかったかは、別に調べている」

 

「開けた方の記録にも、指示を受けたと残っていますよね」

 

「残っている」

 

 それを聞いて、シーアは頷いた。

 

 事件の間には、自分の邪魔をしているように見えた。だが、あの職員も、武装者が来るかもしれない扉の前にいた。シーアは職員の応答時刻を確かめ、次に、自分が印を付けてきた箇所を示した。

 

「この前の、待機を指示したところも確認してください」

 

 担当者は階段の図面と通信記録を並べた。シーアが列を止め、ハックスが三十四人を待機させている。

 

「この時点で、後方に煙は?」

 

「避けられていると聞きました。その後は、こちらから確かめ直していません」

 

「状況が変わった場合の指示は」

 

 シーアは記録を見た。自分の声は、扉が開かない理由と、別の経路の確認について話している。

 

「出していません」

 

「ハックス候補生は、煙を確認して待機場所から移動した。その判断を待たせる指示は?」

 

「していません。ただ、どこまで任せるかも、伝えませんでした」

 

 担当者はその説明を書き加えた。退避した者の収容記録が別の画面に開かれる。灰色の上着の男は入院中だった。シーアはその行を見て、ほかにも後方で容体が悪くなった者がいるかを訊いた。

 

「その点も医療記録と照合している。ここで、待機させたことだけが原因だと決めることはできない」

 

「でも、待たせたのは僕です」

 

「だから、その判断を含めて調べる。階段の混雑も、扉が開かなかった時間も、君が確認しなかったことも、分けて残す」

 

 担当者は次の確認事項へ進んだ。シーアは聞かれたことに答え、署名前に記録を読み直した。「後方の状況を継続して確認しなかった」という一行を、消してほしいとは言わなかった。

 

 聴取が終わると、廊下にハックスがいた。

 

「長かったな」

 

「思い出せないところがあった」

 

「俺も、人数が一度合わなかった。別の経路へ出た者がいたらしい」

 

 ハックスは壁から身体を離した。袖の内側から、薄い保護材が少し見えている。彼も腕を傷めていた。

 

「ヴェイド教官は?」

 

「明日、こちらへ来る。歩くには補助具が要るそうだ」

 

「そっか」

 

 シーアは安堵してから、ハックスへ目を向けた。

 

「あの時、助かった。僕が前へ行ってる間、後ろのことは全部任せてたから」

 

「前へ出すと言った時、一度、待てと言いかけただろう」

 

 シーアは頷いた。

 

「扉のことばかり考えてた」

 

「こっちでは、もう立てない者が出ていた。お前の返事がなければ、そのまま動かしていた」

 

「そうしてほしかった。それを、先に言っておけばよかった」

 

 ハックスは腕の保護材を直した。階段へ三十四人を入れなくてよかった、とは言わなかった。シーアも、そう言ってもらうために待つのをやめた。

 

「あの人は、まだ入院してるって」

 

「聞いた」

 

 ハックスの返事は短かった。二人とも通路の先へ目を向けた。ラックスが聴取を終えて出てくる。三人で歩き始めると、最初は普段の授業の後と変わらないように見えた。

 

 階段を下りたところで、ラックスが言った。

 

「あの人々は、君を知っていた」

 

 シーアは顔を向けた。

 

「扉の前で。君が話せば、先へ進んだ。ほかの職員が言うより早かった」

 

「名前を知ってた人はいたと思う」

 

「名前だけではない。あの場に立っていた君を見て、ついていけばいいと決めた者もいた」

 

 ラックスは、いつものように落ち着いた声で続けた。

 

「君は、自分が持っているものを、まだ小さく扱っている」

 

 ハックスも立ち止まった。

 

「あそこでは、誰を代表にするかなど訊かなかった。どの道へ行きたいかも、全員には聞いていない。君が示した方へ、従わせた」

 

「そうだよ」

 

 シーアは頷いた。

 

「誰かが経路を決めて、人を動かす必要があった。僕は、それが悪いとは思ってない」

 

「だったら、国でも同じだとなぜ認めない」

 

 ハックスの声は強くなかった。だからこそ、階段の上で人が動く音まで聞こえた。

 

「判断できない者にも同じだけ口を出させ、従うかどうかを毎回選ばせる。平時ならその贅沢が許されると、皆が思っているだけだ。辺境では、その間に人が死んでいる」

 

「共和国の命令に、従うかどうかを毎回選ばせたいわけじゃない」

 

「なら、なぜ、その命令を出す者まで票で選ばせる。強い者が責任を持って決める方がいい」

 

 シーアは手すりへ軽く指を置いた。左手はまだ曲げにくく、すぐに右手へ替えた。

 

「僕が間違っていたかどうかも、僕だけで決めていいの?」

 

「決められる者でなければ、人はついてこない」

 

 ラックスが答えた。

 

「全部を正しく決める者がいるとは言わない。だが、誰か一人に任せることでしか、大きく変えられないものはある。君なら、その一人になれるかもしれないと思った」

 

 シーアは、三年前にも似たことを言われたのを覚えていた。

 

 あの時より、嬉しくはなかった。

 

「あの日、僕が見てたのは、一つの廊下だけだよ」

 

「そこで決めたことには、価値がある」

 

「あると思う。だから、任されたことはやった。でも、見てない会議室まで、誰もいないとは言えなかった。僕が出した名簿にも、間違いはあった」

 

「間違いのない書類が、共和国を救うのか?」

 

 ハックスが訊いた。シーアは首を振った。

 

「書類だけでは救えない。軍も要るし、命令する人も要る。危ない時には、嫌がる人を動かさなきゃいけないこともある。その力を、僕は共和国に持たせたい」

 

 ラックスの表情が、少しだけ動いた。

 

「やはり、共和国か」

 

「うん。誰かが気に掛けた時だけ助けに来るのでは困るから。僕を知らない人でも、僕の家を嫌っている人でも、同じ条件で助けを呼べるようにしたい」

 

「今の民主主義が、そんなものを作れるとは思わない」

 

 ハックスははっきり言った。

 

「皆の不満を少しずつ買って、自分の席を残す。それを続けるための制度だ。君の望む秩序は、むしろ、それを終わらせた後に作るべきものだろう」

 

 シーアは返事を急がなかった。目の前の二人は、仕事のできない者ではない。あの日も、同じ指示の下で動き、見失った人を探し、負傷者を運んだ。能力や勇気を疑っているのではないと、伝わる言い方を探した。

 

「まず、決めたことを実行できる共和国にしたい。企業や星系政府が従わなかった時に、中央が止められるように。現場へ任せることも、はっきり決めておきたい。元老院へ何でも戻していたら、また間に合わなくなる」

 

 言いながら、シーアは閉まっていた扉の向こうを思い出した。あの場では、ネリスの命令が届き、職員がそれに従ったことで人が通れた。

 

「でも、その命令が間違っていたら、出した本人以外にも止められるようにする。命令できることと、正しいことまで、同じにはしたくない」

 

「君を止めるための力も残す?」

 

「残す」

 

 ラックスはしばらくシーアを見た。

 

「ヴァラリアンの名前で人を動かせる者が、それを言うのは惜しいな」

 

「その名前で通れない人の方が、ずっと多いでしょう」

 

 返事はなかった。

 

 通路の向こうで、午後の予定を知らせる音が鳴った。ハックスが時計を見て、医務室へ行くと言った。ラックスも、別の説明を受けに行かなければならない。

 

 シーアは二人と別れ、教室へ向かった。端末には、聴取で確認した記録の写しが届いている。受領欄へ署名し、修正の必要な箇所がないか、もう一度最初から読んだ。

 

 *

 

C.R.C. 7951.190 司法アカデミー、艦艇運用訓練棟

 

 卒業前の総合実習は、予定より五日遅れて行われた。

 

 ヴェイドは補助具を使って歩いていた。教壇へ立つ時には椅子を置くよう勧められ、今度は素直に座った。ただし、課題の量が減ることはなかった。

 

「事件当日の行動と、課程の修了判定は別だ。必要な項目を確認できていない者には、追加の実習を行う」

 

 不満は出なかった。シーアにも、未実施の項目が二つある。どちらも、事件の日の午後に予定されていたものだった。

 

 最後の課題で与えられたのは、巡察艦の一当直だった。

 

 相手を何隻沈めるかという条件はない。定められた航路を進み、警備と救難の呼び出しを受け、次の当直へ引き継ぐ。途中で何が起きるかは知らされていなかった。

 

 シーアは当直責任者の補佐へ入り、航法担当の報告を受けた。ラックスは通信、ハックスは別の組で、次の当直を受け持つ。

 

 記録欄を開き、シーアは各部署が次に報告する条件を書き出した。時刻だけでなく、乗員数の変更、通信の断絶、退避経路の喪失。どれが起きた時に、待たずに知らせてもらうか。責任者と確認してから、配置に就いた者たちへ共有した。

 

 予定の半ばで、二つの通報が届いた。

 

 一つは、近くの輸送船が受けた不審船からの接近。もう一つは、少し遠い作業船からの救難だった。こちらには母艦と、発進可能な艇が二隻ある。ただし、一隻は帰投後の整備を予定しており、いま出せば次の待機枠を外れる。

 

 シーアは、先に艦長への報告案を作った。位置、現状、直ちに実施できる措置、それによってできなくなること。ラックスが各船へ追加の確認を送り、操艦担当が向きを変える時刻を計算する。

 

 艇を出す許可は下りた。

 

 その後に、作業船の乗員数が変わった。

 

「五名ではなく七名。臨時に乗り込んでいた技師が二人いるそうです」

 

 ラックスの報告に、シーアは復唱した。

 

「七名。回収艇側にも変更を伝えて。二人とも自力で移動できるか確認を」

 

 艇の担当者から了解が返った。シーアは自分の記録だけでなく、次の当直へ渡す一覧の数字も直した。

 

 三年前には、それが一つの仕事だと気づかなかった。

 

 交代時刻になっても、任務は終わらなかった。救難艇はまだ帰っておらず、不審船については別の巡察部隊が照会している。シーアはハックスへ席を譲る前に、現在の状態を説明した。

 

「こちらの確認待ちなのは、二つ。作業船の推進区画に残っている物が、乗員の説明だけでは特定できていない。もう一つは、不審船の船籍照会」

 

「回収は続ける?」

 

「人員の回収を優先する指示は出ている。船体への立ち入りは、次の確認が来るまで認められていない」

 

 ハックスは命令の欄を開き、復唱した。シーアは聞き終えてから、席を離れた。

 

 自分が立ち上がっても、画面の中では艇が飛んでいた。次の通報が入り、ハックスが返事をする。その声を聞きながら、シーアは後方の観察席へ座った。

 

 ヴェイドは、見ている側にも記録を取らせた。同じ通報を受けてから、誰が何を確かめ、どこで許可を求めたか。演習が終わった時に何人を救助できたかという結果だけでは、次の組へ説明する材料にならなかった。

 

 シーアはハックスの報告が、自分より短いことに気づいた。次に艇を出す判断も早かった。ただ、操艦担当へ変更を伝える前に通信担当へ命令したため、二つの部署で一度だけ予定が食い違った。通信担当がそれを確かめ、送信前に直している。

 

 観察用の欄へ《連絡の遅れ》と書きかけて、シーアは消した。遅れたのは何か。誰がどの予定を持ち、どこで揃ったのか。記録を戻し、時刻と発言を並べてから書き直した。

 

 実習が終わった後、ヴェイドは全員を残した。

 

 講評は一人ずつ行われた。良かったところだけを言われるわけではない。シーアは、代案の説明に時間を使いすぎた箇所を指摘された。責任者が決めるために必要な情報を、先に出すべきだったという。

 

「全部言えば、伝わるというものではない」

 

「はい」

 

「ただ、何を引き継いでいないかは、自分で把握していた。それは続けろ」

 

 ヴェイドは記録を閉じ、次の候補生を呼んだ。

 

 シーアは自分の席へ戻り、修了に必要な項目を見た。最後まで空いていた欄に、確認済みの印が入っている。

 

 それを見て、思っていたより嬉しかった。

 

 *

 

C.R.C. 7951.198 司法アカデミー、人事面談室

 

 配属の内示を受け取った時、シーアは所属先を二度読んだ。

 

 共和国司法軍査閲部付。

 

 演習調整・評価担当。

 

 候補生課程の修了を条件とする、と下に続いていた。着任日は卒業式の六日後。最初の勤務場所はコルサントにある。

 

「艦艇勤務の希望は、確認しています」

 

 人事担当者が言った。シーアが顔を上げると、向かいに座っていた司法上級士官が、査閲部の業務案内を開いた。

 

「こちらでも、艦には乗ります。担当部隊の演習に同行し、記録を取り、終わってから報告をまとめる。基地へ出向くこともある。ただ、一隻の艦に所属して、その勤務を続ける配属ではありません」

 

 案内に並んでいる艦名は、一画面に収まらなかった。司法軍の部隊に加え、合同演習に参加する惑星防衛部隊の名もある。どの艦へ行くかを選ぶつもりで希望書を開いた時には、考えていなかった場所だった。

 

「現役の部隊を、自分が評価するんですか」

 

「最初は先任査閲官の補佐です。評価を確定し、署名するのは担当官。あなたには、その判断に使う記録を揃えてもらいます」

 

 士官は一つの演習計画を表示した。複数の基地から部隊を集め、船団を組み、その途中で救難と臨検の課目を行うものだった。各艦の到着予定は揃っていたが、補給の時刻も、訓練空域へ入る許可も、別の欄に書かれている。

 

「計画を作る時には、各部隊と調整します。何隻参加できるか、どの課目を実施できるか、いつまでに何を用意してもらうか。実施した後には、何ができたのかを確かめる。予定と結果が違えば、その理由を聞く」

 

「間に合わなかったら、艦のせいとは限らないですね」

 

「港が空かなかったのかもしれない。命令が届くのが遅れたのかもしれない。艦長が、乗員の報告より慎重な判断をしたのかもしれない。どれなのかで、次に直すところが変わります」

 

 シーアは添付された評価票を送った。追跡、乗艦検査、拿捕した船の回航、証拠品の引き渡し。聞いたことのある任務も、自分ではまだ一度も担当していない仕事もある。航法計算ができるだけでは、書けそうになかった。

 

「全部、覚えてから行くんですか」

 

「まずは、渡した事前教育の範囲を。あとは勤務に入ってから覚えてもらいます。現地で使う装備や手順は、部隊によって違いますから」

 

 面談に同席していたヴェイドが、ここで口を開いた。

 

「知らないことは多いだろう。だから、見ただけで分かった気になるな。自分が同じ艦の当直へ入ったら何が必要になるか、そこから確かめればいい」

 

 シーアは、総合実習でハックスへ渡した記録を思い出した。自分が席を離れた後にも、任務は続いていた。あの時には渡せば済んだものを、これからは別の部隊から受け取り、読める形へ揃えなければならない。

 

 内示の受領欄へ署名した。担当士官は着任時の連絡先を渡し、必要な準備を説明した。シーアは聞きながら、艦名の一覧をもう一度見た。

 

 少し残念で、同時に、少し楽しみだった。

 

 *

 

C.R.C. 7951.214 コルサント、ウスクル・ディストリクト

 

「窓際でいい?」

 

 リヴィアが訊いた。

 

 セリアはラウンジの中を一度見渡し、いつもの席へ頷いた。シーアもその後から座る。給仕は四人が揃うまで待ち、お茶の注文を取った。

 

 アール・ヴェロスを二つ。カッシオは今日は別の黒茶を選び、セリアはメイロルーン・ジェダリンを頼んだ。

 

 先に届いたカップへ手を伸ばした時、隣の卓でスプーンが落ちた。

 

 セリアの手が止まった。シーアも顔を上げる。給仕が拾い、新しいものを持ってくると答える間に、二人とも座り直した。誰も、そのことを話題にはしなかった。

 

 リヴィアが、先ほどまで読んでいた記事を卓上へ出した。

 

 コルサント事件についての、最初の中間報告だった。

 

「施設の隔離が、隣の建物と連動していなかったんだね」

 

「入口を閉めた時に、避難先の方でも受け入れを止めてた」

 

 シーアは答えた。自分が見た場所については、報告と一致している。ただし、襲撃者が使った経路や、警備部隊の詳しい配置は、公開されていなかった。

 

 セリアが、施設ごとの運用契約の欄を拡大した。

 

「片方では閉めると決まっていて、隣では開ける人が別にいた。両方とも、自分の担当ではそうすることになっていたんでしょう」

 

「そうみたい。そこを、共同の非常計画へ入れ直すことになった」

 

「誰が費用を持つかで、また揉めてる」

 

 カッシオが別の資料を出した。施設管理会社、交通事業者、自治体、共和国政府。それぞれが既に払っている保安費用を挙げ、新しい設備は別の者が負担すべきだと説明していた。

 

「扉をつなげた時に、そこまで決めてなかったのか?」

 

「避難訓練の時には、人を置いて開けていたんだって」

 

 セリアが答えた。

 

「その人が来られない場合は、責任者に確認することになっていた。それで、責任者も来られなかった」

 

 カッシオはしばらく資料を見ていた。

 

「設備はあったのに」

 

「うん。使うための人と、決め方が足りなかった」

 

 シーアは図面を閉じかけ、避難者を待機させた場所を拡大した。中間報告には、各場所の混雑と空気の状態を連絡所へ送る手段が、十分ではなかったと書かれている。図面上の空いた通路を、いつまで使えると判断してよいか。訓練項目の追加案に、その確認が入っていた。

 

 印を付けて保存すると、リヴィアが隣の資料を開いた。

 

「こちらは、首都全体の警備契約をまとめて認証し直す案。臨時措置のまま続けるよりは、条件が見えると思う」

 

「港の停止命令もまとめるの?」

 

「そこは別。期限と、不服を申し立てる窓口を付けるように、委員会で要求が出てる」

 

 シーアは提案者の一覧を見た。アウレリアンとベイルの名があり、モン・モスマも別の修正に名を連ねていた。ロジンは警備部隊への増員と、指揮権限の拡大を求めている。

 

「全部を一緒に決めると、また長くなるな」

 

 カッシオが言った。

 

「でも、命令を増やした後で、どこまで使っていいのか分からないままにはできないよ」

 

 シーアは答え、資料の端へ印を付けた。自分も、こうした命令を受けて職務に就くまで、もう二週間もない。

 

 その横で、セリアが別のニュースを開いた。

 

 エルダン航路のものだった。最初に撃った警備艦の乗員について、責任者の送致が決まった。一方で、両政府の境界に関する主張は変わっていない。司法軍は引き続き、民間船の通行を監視していた。

 

「こっちは、もう大きく報道しないんだね」

 

「首都で事件が起きたから、取材班も戻ったらしい」

 

 リヴィアが言った。

 

 シーアは配備艦の一覧を見た。《コンコーダンス》は交代していたが、司法軍の印は消えていなかった。あの時、建物だけは使えると教わった救難拠点にも、常勤の要員が入ったという。

 

 何を成し遂げたかを説明する見出しはなく、勤務開始の日と、扱える任務が短く書かれていた。

 

「ここまで来たんだ」

 

 シーアが言うと、カッシオも同じ箇所を見た。

 

「艦から借りてた人は戻れるな」

 

「部品の船は、まだ遅れてるけど」

 

 セリアが付け加えた。

 

「でも、診療は始まったって。そこは、ちゃんと載せてほしいね」

 

 四人は記事を保存し、ようやく端末を片づけた。給仕が茶を足しに来た時には、下段のサンドイッチはなくなっていた。

 

「それと、これ」

 

 カッシオが椅子の脇から、平たい包みを取り出した。

 

「まだ卒業してないよ」

 

「当日は荷物が増えるだろう」

 

 開くと、折り畳み式のプレイマットだった。使っていたものより薄く、艦艇カードと定規をまとめて収める区画が付いている。模型そのものを増やす贈り物ではなかった。

 

「置く場所を測らなくていいやつにした」

 

「選んだ時に、あなたも新しい箱を買おうとしてたでしょう」

 

 リヴィアに言われ、カッシオが少し顔をしかめた。

 

「それは自分のだ」

 

「部屋に置けるの?」

 

 セリアが訊いた。シーアはそこで笑ってしまい、包みを抱えたまま三人へ礼を言った。

 

「次は、艦隊を入れ替えてやろう」

 

「その前に、お前の空いてる日を決めろ」

 

 カッシオが言った。

 

「配属されたら、今より予定が変わるだろうから」

 

 シーアは新しい予定表を開いた。査閲部から届いた初任者教育の日程と、演習に同行する場合の準備説明が入っている。まだ、いつどの部隊へ行くかまでは決まっていなかった。

 

「勤務先はコルサントだよ。演習で出ることはあるみたいだけど、戻ってくる」

 

「結局、見る船は増えるんだな」

 

 カッシオが言った。シーアは頷きかけ、自分の予定表へ目を落とした。

 

「船と、その中で何をしてるか。初めは、先任の人について覚えるところから」

 

「同じ船でも、使う人で違うものね」

 

 セリアが言うと、カッシオは《アルマダ》でもそうだったと頷いた。シーアは、あれと同じだと思って行ったら叱られると答えた。

 

「来られる日が分かったら教えて。いつもの時間でいいでしょう?」

 

 リヴィアがカレンダーをこちらへ向けた。

 

「うん。連絡する」

 

 それで話は決まり、リヴィアは自分のカレンダーを閉じた。

 

 *

 

C.R.C. 7951.225 司法アカデミー、候補生宿舎

 

 部屋を片づけると、入ってきた日と同じ広さになった。

 

 シーアは棚の上から最後の模型を下ろし、ケースへ収めた。ロイヤル・アカデミーへ持っていった時から、何度も移してきた船だった。机の境目へはみ出して叱られたことまで思い出し、少しだけ笑う。

 

 ラックスは、既に荷物を閉じていた。

 

「それは、次の宿舎にも持っていくのか」

 

「最初に置けるか確かめる」

 

「ようやく学んだな」

 

「カッシオにも言われると思う」

 

 シーアはケースを箱へ入れ、空いた棚を拭いた。三年間、ここには自分のものがあった。明日には、誰かが次の入寮者のために番号を確認する。

 

 ラックスは司令部業務の勤務教育へ進む。ハックスは地上保安部隊での実務教育を希望し、その内示を受けていた。三人とも同じ日付で任官するが、その後の予定は揃っていない。

 

 夕方、ハックスが鍵の返納時刻を確かめに来た。

 

「明朝、集合前だ。荷物は下へ出しておく」

 

「分かった」

 

 シーアが答えると、ハックスは部屋の中を見た。机の上に模型がないことへ、少しだけ目を留める。

 

「広いな」

 

「最初から、この広さだよ」

 

「そうだったか」

 

 ラックスが小さく笑った。ハックスはそれ以上言わず、隣の部屋へ向かった。

 

 夜になると、二人は明日着る制服を確かめた。

 

 候補生章は、指定された袋へ入れて返納する。長く付けていた場所に、色の差が少し残っていた。新しい制服には、その跡がない。

 

「公王は、来るのか」

 

 ラックスが訊いた。

 

「今日着いた。兄上のところにいる」

 

「忙しいだろうに」

 

「卒業式は、前から決まってるからって」

 

 シーアは父からの連絡を閉じた。本国で何が延期され、誰が代わりに出席したのかまでは知らない。そこまで確かめて礼を言う必要もないと、兄からは言われた。

 

 ラックスは制服を掛け直し、自分の机へ座った。

 

「君は、やはり共和国へ行くのだな」

 

「君も、明日は任官するでしょう」

 

「今、進める場所はそこだ」

 

 シーアは頷いた。彼の答えを、同じ意味に読み替える気にはならなかった。

 

 消灯前、ラックスが照明へ手を伸ばした。

 

「もういいか」

 

「うん」

 

 部屋が暗くなる。窓の向こうでは、訓練区画の誘導灯が点いていた。三年前、初めてここへ来た夜にも見えていた光だった。

 

 明日は目覚ましを一度で止めようと思った。隣の寝台から、ラックスが同じ時刻を設定する音がした。

 

 *

 

C.R.C. 7951.226 コルサント、司法アカデミー

 

 卒業式の日、シーアは自分で襟を整えた。

 

 鏡で確かめ、袖口を直し、最後に身分証を入れる。セレナがいない部屋で身支度をすることには、もう慣れている。ただ、今日はいつもより時間を掛けた。

 

 集合区画で、ヴェイドが名簿を見ていた。

 

 補助具はまだ必要だったが、今日は立っている。シーアが報告すると、教官は制服へ目を落とし、顔を上げた。

 

「準備は」

 

「整っています」

 

「なら、列へ入れ」

 

 それだけだった。

 

 式場の扉が開く。候補生たちは順に進み、指定された位置へ並んだ。前方には学院旗と共和国旗があり、その下へ来賓が座っている。家族席は横にあった。シーアは視線を動かさずに歩いたが、着席した後、一度だけそちらを見た。

 

 アルドレンがいた。

 

 アウレリアンとセレナ、その少し向こうにエレナ。カッシオたちは後方の列にいた。セリアが小さく手を動かしかけ、リヴィアに袖を押さえられている。

 

 シーアは前を向いた。

 

 学院長の式辞は、長くはなかった。教育を終えたこと、これから先も学ぶ必要があること、共和国の任務に就く者として、それぞれの責任を果たすようにという話だった。事件に関わった候補生たちへの言及もあったが、名前を一人ずつ挙げることはなかった。

 

 全員に、同じ修了の手続きがある。

 

 宣誓の時、シーアは立ち上がった。

 

 共和国の法を遵守すること。付与された権限を職務のために行使すること。適法な命令に従い、任務に伴う責任を負うこと。声に出す文言は、事前に何度も読んでいた。

 

 今日は、その後に自分の名を告げた。

 

「アレクシアール・ヴァラリアン」

 

 任官文書が順に渡された。

 

 司法士官。

 

 ルテナント。

 

 その階級は、これまで何人もの大人へ呼びかける時に使っていたものだった。いま自分へ向けられると、最初の一瞬だけ、別の誰かを呼ばれたように感じた。

 

 文書を受け取り、敬礼し、席へ戻る。胸の階級章に触れたいと思ったが、手は下ろしたままにした。

 

 隣では、ラックスが自分の文書を確かめていた。少し前にいるハックスも、同じ階級章を付けている。何を期待しているかは違っていても、今日、任命された身分は同じだった。

 

 やがて全員の手続きが終わり、式場の後方で音楽が始まった。

 

 シーアは共和国旗を見上げた。ナブー封鎖のニュースにも、プロクラメイターが着陸した基地にも、同じ意匠があった。初めて見た時には、その下で自分がどんな仕事をするのかまで考えていなかった。

 

 今も、すべては分からない。

 

 それでも、どこに立つつもりかは決めていた。

 

 *

 

「おめでとう、シーア」

 

 式場の外へ出ると、アルドレンが先に言った。

 

 シーアは礼を言い、それから父の顔を見た。ホログラムでは何度も会っている。それでも、直接見ると少し疲れているように感じた。

 

「長かった?」

 

「航海が、か」

 

「うん」

 

「寝る時間はあった」

 

 父はそう答え、息子の階級章へ目を落とした。

 

「よく終えた」

 

「まだ、最初の課程だけです」

 

「それを終えたことを、今は祝っている」

 

 シーアは少し笑った。父も表情を緩めたが、左手を見ると、傷はもういいのかと訊いた。ほとんど治ったと答えると、無理はするなと言われた。難しい宿題は付かなかった。

 

 アウレリアンが、任官文書を見せろと言った。

 

「父上より先に確認するつもりだったのに」

 

「何を?」

 

「本当に卒業させてもらえたか」

 

「ここまで来て、それを疑うの?」

 

「船に気を取られて、最後の提出を忘れていないかと」

 

「全部出しました」

 

 兄は笑い、文書を返した。シーアが受け取ると、エレナが横へ来た。

 

「似合ってる」

 

「制服?」

 

「うん。今度は、ちゃんとその人の服に見える」

 

 シーアは少し考えた。

 

「前は?」

 

「着せてもらったばかり、って感じだった」

 

 言い返しかけたが、十三歳で初めて司法軍の制服を着た日のことを思い出した。肩も袖も規格に合わず、全部を合わせてもらった。今も既製品で済むわけではないが、着方を教わる必要はなくなった。

 

 エレナは左手を見てから、傷のない右手に軽く触れた。

 

「次は、着任したら連絡して」

 

「するよ」

 

「ニュースより先に」

 

 シーアは、今度は笑わずに頷いた。

 

 セレナが小さな包みを渡した。持っていく私物の一覧と、補充した生活用品の受領票だった。

 

「全部、入っています。自分で確かめてください」

 

「先にやってくれたんだ」

 

「最後に確かめるのは、あなたです」

 

 彼女はそう言って、シーアを見た。襟へ手を伸ばすことはなかった。

 

「ご卒業、おめでとうございます」

 

 シーアが礼を言うと、セレナは一度だけ目を伏せ、それから、皆で写真を撮る場所が空いたと教えてくれた。

 

 *

 

 撮影には、思ったより時間が掛かった。

 

 家族と一緒に。学院の同じ班で。教官と。ロイヤル・アカデミーからの友人たちとも撮った。シーアが少し横を向いた時、撮影者が、もう一度正面をと頼む。

 

 その声に姿勢を戻すと、カッシオが隣で小さく言った。

 

「もう殿下だけじゃなくて、ルテナントか」

 

「君までそう呼ぶの?」

 

「呼んだら、返事が遅かったから」

 

「まだ慣れないんだよ」

 

 リヴィアが反対側から、三年も制服を着ていたのにと言った。

 

「制服は同じでも、呼ばれ方は違うでしょう」

 

「それなら、シーアのままでいいね」

 

 セリアが言った。カッシオも、それがいちばん短いと頷いた。

 

 撮影者が、今の表情でと声を掛けた。四人が同時にそちらを見て、また少し笑った。

 

 撮り終わってから、シーアはヴェイドへ挨拶に行った。教官は来賓と話していたが、こちらに気づくと相手へ断り、身体を向けた。

 

「査閲部だったな」

 

「はい。演習調整と評価を担当する班に入ります」

 

「現地では、乗員の方がよく知っていることばかりだ。それでも、こちらが何を確かめに来たのかは、自分で分かっていなければならん」

 

「分からなければ、確かめます」

 

「確かめた後で、返事を忘れるな」

 

 シーアは思わず笑った。実習で、調べたところまでで満足していた時に言われたことだった。

 

「気をつけます」

 

 ヴェイドは頷き、右手を差し出した。

 

「よい勤務を。ルテナント・ヴァラリアン」

 

 シーアは、その手を取った。

 

 *

 

 帰る前に、最後の荷物を受け取った。

 

 受付に学生証を返し、学院内の常時入構権限が終わったことを確認する。今後来る時は、卒業生として手続きをするようにと案内された。

 

 扉の外でラックスとハックスに会った。

 

 それぞれの迎えが、別の場所に来ている。長い別れの言葉はなかった。連絡先も消えないし、同じ共和国で勤務する者同士なら、また会うこともあるだろう。

 

「着任は六日後か」

 

 ハックスが訊いた。

 

「うん」

 

「遅れるなよ」

 

「君も」

 

 ラックスが少し笑い、シーアへ手を差し出した。

 

「また会おう」

 

「うん。また」

 

 握手して別れた。三年間、ほとんど毎朝同じ部屋で目を覚ました相手が、荷物を持って別の車両へ歩いていく。

 

 シーアは、姿が見えなくなるまで見送った。

 

 正門の方では、アウレリアンが待っていた。セレナが荷物を受け取ろうとしたので、小さい箱だけ自分で持つと答えた。模型が入っている。

 

「それは手放さないんだな」

 

 兄が言った。

 

「壊れるから」

 

「そういうことにしておこう」

 

 車両へ乗る前に、シーアは学院を振り返った。訓練棟の上を一隻の艇が通り、発着区画へ向きを変える。乗っているのは、まだ課程の途中にいる候補生かもしれない。

 

 司法アカデミーの練習艇だった。着陸灯が点き、地上の誘導員が腕を上げる。シーアは機体が降りるまで見届けてから、模型の箱を座席の足元へ収めた。

 

 *

 

C.R.C. 7951.232 コルサント、共和国司法軍査閲部

 

 庁舎の新任者受付には、列ができていた。

 

 シーアはその最後へ並び、着任命令と身分証を用意した。すぐ前にいるのは、別の課程を修了した士官らしい。制服の袖に新しい折り目があり、何度も同じ案内を読んでいる。

 

 待っている間、廊下の向こうを勤務者が行き交った。部品の受領について話している者。出張から戻った査閲班。演習の日程変更を知らせに来た基地の連絡担当者。新任者が来たからといって、その仕事が止まるわけではなかった。

 

「次の方」

 

 呼ばれ、シーアは窓口へ進んだ。

 

「司法士官アレクシアール・ヴァラリアン。着任を申告します」

 

 職員は文書を読み、顔を上げた。家名を見てからの間は、今でも少しあった。けれど、次に訊かれたのは、連絡先の登録と、受領済みの装備についてだった。

 

 シーアは答え、勤務用端末を受け取った。

 

 最初の画面には、受け入れ担当者の名と、業務説明の予定が出ていた。その後に、十一時からの演習調整会議がある。

 

「案内の者が来ます。あちらでお待ちください」

 

「はい」

 

 指定された場所へ立つと、窓から発着区画が見えた。人と物資を運ぶ小さなシャトルが一隻、地上電源を外されている。船体の下で係員が手を上げ、搭乗口のところにいた士官が頷いた。

 

 シーアはその様子を目で追った。

 

 端末が鳴ったので、すぐに視線を戻した。案内の下士官が、こちらへ歩いてきていた。

 

 査閲部の執務区画は、同じ階の奥にあった。壁面には部隊ごとの演習予定が並び、その手前で二人の士官が、一つの日付を動かすかどうか話している。まだ参加艦の返答が揃わないという。シーアは荷物を置く場所を教わり、面談に来ていた司法上級士官へ着任を報告した。

 

「まず、今日使う資料を渡します。アクセスできる範囲と、連絡の手順を説明するので、座ってください」

 

 業務説明を終えると、士官は三隻の艦を示した。翌月の合同演習に参加する予定の部隊だった。任務は船団護衛で、その途中に救難、追跡、臨検の課目が入る。まだ使用する訓練空域が確定していないため、発進予定も仮のものだった。

 

「この三隻について、現在の乗員編成と整備予定、直近の演習記録を揃えてください。届いていない資料は、そのまま不足一覧へ。こちらから各部隊へ確認します」

 

「参加できるかを、確かめるんですね」

 

「参加の回答は来ています。次に、どの条件で、何を実施できるかを詰める。そのための準備です」

 

 シーアは端末へ資料を受け取った。艦名も艦級も知っていた。だが、艦長の名は一人しか知らず、添付された訓練記録も、学院で読んでいた様式とは違っていた。

 

 最初の一隻では、出動までの時間が三十分と書かれている。その横にある運航記録を開くと、命令受領から離岸までは一時間以上掛かっていた。シーアは数字を直しかけ、集計条件の欄へ戻った。

 

 三十分は、乗員配置が完了した後の時間だった。

 

「キャプテン。この部隊の報告は、乗員が揃ったところから数えています。演習計画の方は、出動命令を受けた時からです」

 

 士官は二つの欄を見た。

 

「では、同じ起点で比較できる記録があるか確かめてください。なければ、追加の照会が必要です。前の演習と今回とで、乗員を呼集する条件も違うかもしれません」

 

「はい」

 

「それと、遅いと評価するのはまだ先です。その時に何を命じられ、何を終える必要があったかまで読んでください」

 

 シーアは頷き、次の添付資料を開いた。部品の交換、岸壁側からの引き渡し待ち、乗員の臨時交代。出動前の記録だけでも、読まなければならないものは随分あった。

 

 窓の外で、先ほどのシャトルが離陸した。シーアは一度だけ顔を上げ、すぐに手元へ戻った。会議までに揃えるのは、自分が乗る船の資料ではない。それでも、この三隻を予定どおり集めるために、今やる仕事は決まっていた。

 

「ルテナント・ヴァラリアン」

 

「はい」

 

 今度は、迷わずに返事ができた。シーアは開いていた記録を保存し、先任士官の卓へ向かった。

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