STAR WARS: STAR DESTROYER   作:あーくわいてんず

29 / 30
決意の不足

C.R.C. 7951.272 第三集合点、司法軍艦《アシュアランス》

 

 出港する艦の列は、朝食の間も途切れなかった。

 

 シーアが窓際の席へ着いた時には、ドレッドノート級が二隻、補給ステーションから離れつつあった。食べ終えた頃には、その後ろへ別の二隻が入り、さらに遠くではプロクラメイター級の厚い船腹が恒星の光を遮っていた。誘導艇の灯が、艦と艦の間を動いている。

 

 昨夜まで空いていた待機区画には、惑星防衛隊の艦がいた。司法軍のものとは塗装も識別灯の位置も違う。民間の輸送船も混じっていたが、その船尾には演習参加を示す臨時のビーコンが点いていた。

 

 ベンナーが向かいへ座った。

 

「食べ終わったか」

 

「はい」

 

「では、そいつを返してから来い」

 

 指されたのは、手に持ったままのスプーンだった。シーアは皿の上へ置き、もう一度窓を見た。三隻を集めるために一日使った場所へ、今は数えるのをやめたくなるほどの艦が来ている。

 

 それぞれに、昨夜までいた場所がある。そこを離れるまでに起きたことは、船体には書かれていなかった。

 

 搭載艇区画へ下りると、車両の機関音が聞こえた。

 

 二日前に事故が起きたランプは使われていない。損傷した縁には覆いが掛けられ、脇の通路にあった機材は撤去されていた。シーアは足を緩めたが、前を歩くベンナーは別の艇へ向かった。

 

「今日は、こっちだ」

 

 艦の甲板班と、臨時の車両班が揃っていた。前回とは配置が変わっている。誘導を出す者は一人で、艇内からの確認は、その者へ返す。最初の軽装甲車が進みかけたところで、班長が止めた。

 

「聞こえなかった。もう一度」

 

 艇内の甲板員が返事をする。班長は運転手を見て、停止のまま待つように示した。誰も、その間を埋めるために勝手に動かなかった。

 

 シーアは名簿と、目の前の顔を確かめた。同じ者が同じ役割を受け持つ訓練を、昨日から繰り返している。資格証の番号だけでは分からなかった組み合わせが、今は見えた。

 

 ただし、全部ができるようになったわけではない。

 

 セルトが立ち会う確認では、昼間、整備された着陸場で、指定された艇と車両を使う手順までを扱った。夜間の積み下ろしと、不整地での作業は次へ送る。初動の降下部隊へ入れるという要求も、今回は認められなかった。

 

「後から降ろす部隊なら、参加できるのですね」

 

 車両班の士官が訊いた。

 

「地上の受け入れ条件が整ってからです。その条件も一緒に、展開群へ渡します」

 

 セルトは答えた。シーアが作った一覧の末尾には、未実施の項目が残っていた。それを埋めるために、昨日の訓練を別の名前でもう一度数えることはできない。

 

 確認を終えて通路へ戻ると、ファイターの整備区画から一人の操縦士が出てきた。ヘルメットを脇に抱え、整備員へ何か言い残している。

 

「撮影なら、反対側の機体にしてくれ。こっちはまだ塗装が終わってない」

 

 シーアの端末を見て言ったらしい。

 

「査閲局です」

 

「ああ。失礼」

 

 操縦士は胸の身分表示を見直した。エスル・ラヴェン。シーアより年上だったが、隊の中では若い方に見えた。

 

「明日は、うちの発進も見るのか?」

 

「担当が決まれば」

 

「なら、塗装は未完了と書いておいてくれ。俺たちが剥がしたことにされる前に」

 

 隣の整備員が、剥がしたところもあるだろうと言った。ラヴェンはそちらを見ずに片手を上げ、奥へ戻っていった。

 

 ベンナーが名簿を閉じる。

 

「レンダは、集中治療の区画から移ったそうだ」

 

 シーアは顔を上げた。

 

「話せるんですか」

 

「昨日、班長と少しだけ。面会は、まだ病院側の判断待ちだ」

 

 それでも、昨日より聞けたことは増えていた。シーアは頷き、負傷者の経過を知らせてくれた医療担当者へ、受領の返事を送った。

 

 *

 

C.R.C. 7951.273 司法軍艦《ヴァーダント》、第六展開群司令部

 

 第三集合群という名前は、次の編成表にはなかった。

 

 《アシュアランス》《ステッドファスト》《メレク》。三隻は同じ色で囲まれていたが、その周囲へ別の艦が加わり、全体に《第六展開群》という名が付いている。

 

 主力六隻。旗艦《ヴァーダント》を含むプロクラメイター級が三隻、ドレッドノート級が三隻。その外側をコルヴェット四隻が守り、輸送船四隻と補給船二隻が続く。

 

 シーアは白い識別札を胸へ留め、セルトとともに評価要員の席へ座った。艦の乗員も、乗り込んだ地上部隊も青軍だった。自分たちは、そこへ同乗する統裁・評価側になる。

 

 昨夜読んだ赤軍の編成を、隣にいる艦の士官へ教えることはできない。シーアの端末には、その区別が一目で分かるよう、常に白い縁取りが表示されていた。

 

 群指揮官の司法代将レナート・アーヴェクが、星系図を開いた。

 

「第十一演習区へ進出する。目的は第二惑星への輸送路を開き、地上部隊が南部宇宙港を使用できる状態にすることだ。前方の艦を全部沈めることが任務ではない」

 

 惑星の周囲へ、赤軍の推定位置が現れる。

 

 DD-II型二隻。FF-I型の一個戦隊。航空戦力の所在は未確定。さらに外側に、DD-I型を含む別部隊の存在が報告されていた。

 

 シーアはその表示を見た。青軍へ渡された情報には、前夜の資料にあった艦の一部がない。位置が違うものもある。

 

「FF-I型の主砲正面へ、輸送船を置かない。こちらの航空隊だけで相手の艦載機を処理できるとも考えないでほしい」

 

 アーヴェクは別の線を加えた。隣接する打撃群と、基地航空隊の進路だった。

 

 基地から来る攻撃隊が赤軍の後方部隊を牽制し、その間に第六展開群が惑星側へ入る。赤軍が航空戦力を戻せば前方の警戒が薄くなり、前に残せば後ろの艦が攻撃を受ける。どちらへ回すかを選ばせる計画だった。

 

 ただし、基地航空隊が来る時間は限られている。

 

「攻撃隊が進出を終えるまでに、こちらが敵の位置を渡す。戻り始めてから見つけても、引き返させる余裕はない」

 

 航空担当者が引き継ぎ、通信と目標情報の受け渡しについて説明した。艦から見た方位と、遠方の基地から来る部隊の進路は同じではない。一つの目標に二つの番号が付く場合もある。それを誰が同じ艦だと確かめるかまで、担当が決められていた。

 

 地上部隊の説明へ移ると、南部宇宙港が拡大された。

 

 第一陣は、別のプロクラメイターに乗る降下部隊。飛行場と管制施設を確保し、周辺の対抗部隊を排除する。《アシュアランス》にいる車両部隊はその後に入る。重い通信車と工兵資材を持ち込み、輸送を継続できるようにするのが仕事だった。

 

「当艦の車両班には、再訓練中の者がいます」

 

 トーリンが発言した。

 

「現段階で確認できているのは、受け入れ設備のある場所での作業です。臨時の着陸地へ変更する場合は、同じ時間では実施できません」

 

 群司令部の地上担当者が頷き、車両部隊の欄へ注記を残した。

 

 シーアは、前日に自分が書いた条件が、ここまで届いていることを確かめた。誰かの頭の中だけに残っているのではなかった。

 

 会議の最後に、観閲日程の説明があった。

 

 最高議長は二日後、中央観閲拠点へ到着する。演習の各段階から選んだ映像と、公開課目が送られる予定だった。第六展開群は宇宙港への輸送を準備する合間に、代表者を説明会へ出すことになっている。

 

「《アシュアランス》は、艦側の説明に加え、搭載部隊の訓練記録についても説明要員を出してください」

 

 シーアはセルトを見た。彼女は手元の予定を確かめた後、こちらへ顔を向ける。

 

「資料を作った人が行く」

 

「私もですか」

 

「ええ。聞かれたところを、探せるようにしておいて」

 

 シーアは出席者名簿を開いた。最高議長、司法委員長、各会派の議員、製造側の視察者。

 

 相手の名前を覚えて挨拶するだけなら、慣れていた。今度は、その先に出すものが必要だった。

 

 *

 

C.R.C. 7951.274 第十一演習区外縁、司法軍艦《アシュアランス》

 

 ハイパースペースを抜けた時、前方には、まだ敵艦がいなかった。

 

 いるはずだと思って目を凝らすと、遠い星の光まで船に見えた。シーアは窓から視線を戻し、艦橋後方の評価席へ座り直した。

 

 トーリンは中央に立っていた。デュロス人の航法士が進入位置を読み上げ、その隣でセンサー担当者が捜索範囲を変える。先行したコルヴェットの報告が届いた。

 

「大型反応二。接触番号二一、二二。推定DD-II型」

 

 画面の端に二つの印が現れる。シーアの端末では、それと同じ位置に、敵役を務める司法軍艦の実際の名が出ていた。

 

 艦橋の画面には、赤軍の符号しかない。

 

「二二、識別未確定。二一と同じ針路を取っています」

 

「追尾を継続。《メレク》は前へ出すぎるな」

 

 トーリンが命じた。

 

 敵情表示に呼び出された想定艦影は、長い艦首と、そこから後方へ続く細い構造を持っていた。レキューザント級に相当するDD-II型である。その役を務める二隻が、こちらへ真正面を向けたまま後退している。追いつこうとすれば、判定上の正面火力を受けることになる。

 

 《アシュアランス》の左右で、別の主力艦が位置を変えた。輸送船団はまだ後ろにいる。群司令部から、接触を保ったまま前進するよう命令が来た。

 

 最初の射撃は、見えなかった。

 

 火器管制の表示が変わり、演習判定用の回線に射撃諸元が流れる。実際に砲を撃ち込む相手は、別の射場に用意された無人標的だった。こちらの艦へ向けられるのは、演習用の照準と判定である。

 

 それでも、艦は本当に回頭し、遮蔽物のない空間で本当に距離を詰めていた。操艦が遅ければ、相手の射界から抜けられない。その遅れをダイスで振り直すことはできなかった。

 

「二一、発砲判定。正面火力、当艦に指向」

 

「艦首を外せ。速力維持」

 

 床を通じて低い振動が伝わった。窓の向こうで、前を行く艦の位置がずれる。《アシュアランス》の船腹が敵へ向き、舷側の火器群が射界を得た。

 

「右舷、射撃可能」

 

「撃て」

 

 砲術長の声に続き、表示の中で斉射が成立した。相手のシールド値が下がる。その間にも、DD-II型は後退を続けている。

 

 奥に別の反応が出た。

 

 FF-I型二隻。

 

 細い船体の前端に、主砲の射界を示す扇形が開いた。先に見えていたDD-II型がわずかに横へずれ、追ってきた青軍の艦を、その射界へ入れようとしている。

 

「罠だな」

 

 トーリンが言った。

 

 艦橋の誰も、驚いた声は上げなかった。相手にも計画がある。それを見つけたところから、こちらの計画を変えるだけだった。

 

「《ステッドファスト》から通信。外側へ回ります」

 

 ドレッドノート級が進路を変えた。速い艦ではなかったが、初めから敵へ正対していた《アシュアランス》より、横へ出やすい位置にいる。その向こうから、別のドレッドノートも続いた。

 

 FF-I型が艦首を振れば、正面の相手が動きやすくなる。振らなければ、舷側から撃たれる。

 

 最初に崩れたのは、二隻目のFF-I型だった。

 

 ドレッドノートの接近に合わせて回頭し、前へ出ていた僚艦との間隔が開いた。青軍のBTL-Bがそこへ入り、艦載機の防御を受ける前に攻撃の位置を取った。

 

 シーアは端末から顔を上げた。遠方に、本物の航空機の航跡が見えた。小さな機影が艦の下へ消え、別の角度から抜けてくる。

 

「FF-I型、接触三四に集中」

 

 魚雷攻撃の判定が続いた。《ステッドファスト》の砲撃も重なる。三四の印が赤く点滅し、やがて、その横に《戦闘不能》と表示された。

 

 敵役を務めていた艦は、射撃をやめ、指定された退避方向へ動き始めた。船体に穴はない。だが、ここから先の戦闘へは戻れなかった。

 

 誰かが短く息を吐いた。

 

 トーリンは次の接触へ視線を移した。

 

「残る一隻を追いすぎるな。群の進路を開け」

 

 DD-II型は、もう別の方角へ離れ始めていた。

 

 *

 

 基地航空隊が来たのは、その直後だった。

 

 艦橋の戦域図に、まとまった数の機影が加わった。航続距離の長い攻撃機と、その護衛。別の基地から上がった偵察機も、少し遅れて情報を送り込んでくる。

 

 彼らが目指しているのは、目の前のDD-II型ではなかった。

 

 さらに後方のDD-I型。その艦載機と、補給拠点。

 

 青軍の図には、接触番号六七として表示されていた。一方、基地航空隊は同じ艦を別の番号で追っていた。

 

「基地側の目標四〇二、照合未了」

 

 担当者が言った。二本の航跡が重なりかけて離れる。電子妨害で更新が途切れ、古い位置が残っていた。

 

「四〇二と六七は同一では?」

 

「確認中です」

 

 シーアは自分の白い画面を見た。そこには答えがあった。手を伸ばせば、正しい位置を一瞬で前へ出せる。

 

 彼は手を止めた。

 

 その情報を渡せば、青軍が自分たちの能力で見つけたことになってしまう。代わりに、照合が止まった時刻へ印を付け、どの部署が何を待っているかを書いた。

 

 四分後、偵察機の追加報告が入った。

 

 四〇二と六七は同じ艦だった。攻撃隊は進路を修正したが、赤軍はその間に艦載機を前へ送っていた。

 

 F-I型の群れが広がり、その後ろからFA-I型が出た。

 

 ヴァルチャーとハイエナに相当する航空戦力だった。実際に飛んでいる敵役機の数より、判定上の数は多い。編隊の位置と行動は敵役が決め、それに応じて仮想の機体が動く。

 

 基地航空隊の一部が迎撃へ回った。DD-I型へ届く攻撃機が減る。その間に、惑星側から別のFA-I型の編隊が現れ、後方の輸送船を目指した。

 

 《メレク》が反転した。

 

 コルヴェットの後方へ、Z-95が二隊回っていく。追撃に使う予定だった機体を、船団防御へ戻す命令だった。

 

 シーアは、前の演習で同じ艦が取り残された時の図を思い出した。今日は味方が見える。それでも、必要な場所へ向かわせるには、別の仕事をやめさせなければならなかった。

 

「《ステッドファスト》、DD-II型への追撃を中止。船団側へ転針」

 

 群司令部の命令が来た。

 

 画面の前方で、敵艦が射程の外へ出ていった。撃沈判定は付いていない。こちらが手を離せば、その艦はまた別の場所で働く。

 

 トーリンはそれを見送った。

 

「当艦も針路変更。輸送船との距離を詰める」

 

 指揮官が望んでいた艦隊戦の形から、少しずつ遠ざかっていた。それでも、輸送船団は惑星へ近づいている。

 

 シーアは両方の動きを同じ図へ残した。

 

 *

 

 実事故の通報は、演習用の回線より先に艦橋へ届いた。

 

「航空機接触。二機。実事故、実事故」

 

 航空管制担当者の声が変わった。

 

 船団上方で二つの機影が急に離れ、そのうち一つから、小さな反応がいくつも散った。シーアは窓を見た。遠すぎて、肉眼では何が起きたか分からない。

 

「一機、脱出信号」

 

「もう一機は?」

 

「応答なし。追跡中」

 

 トーリンが救難艇の発進を命じた。安全管制から、事故宙域へ向かう機体を退避させる指示が来る。赤軍を示す印も止まり、敵役機が別の高度へ上がった。

 

 敵味方の表示とは別の、実際の機体位置が前面へ出た。

 

 シーアは椅子から立ちかけた。セルトが、座ったままでいるよう手を向けた。

 

「時刻と、停止した課目を。安全回線の記録は別に保存して」

 

 シーアは従った。演習上の被害と、実際に機体を失ったことが、同じ欄へ入らないようにする。すぐ横では航空隊の士官が、搭乗員の名を確かめていた。

 

 エスル・ラヴェン。

 

 その名が読み上げられた。

 

 シーアは入力していた手を止めた。塗装の話をしていた操縦士だった。顔を覚えている。声も、覚えていた。

 

 救難艇の映像に、漂う機材が映った。機体の一部が回り、残っていた灯が周期的にこちらを向く。その向こうに、生存信号があった。

 

 収容されたのは、もう一機の操縦士だった。

 

 ラヴェンの名は、しばらく応答確認の欄に残った。

 

 艦橋では誰も、その欄を急いで閉じなかった。次の呼びかけがあり、センサーの確認があり、救難艇から新しい報告が来る。

 

 やがて、航空隊の士官がヘッドセットを外した。

 

「発見しました」

 

 その後の説明は、シーアの席からは聞こえなかった。

 

 ただ、医療区画へ送られる連絡の種類が変わった。

 

 *

 

 事故宙域の使用が再び許可されるまで、局地課目の時計は止められた。

 

 その間、別の演習区では訓練が続いている。全銀河演習の進捗表示は動き続け、遠い場所から補給完了や目標確保の報告が来た。シーアの端末にも、新しい照会が三件届いた。

 

 再開の打ち合わせには、空席があった。

 

 航空隊の指揮官が、実際に残っている機体と搭乗員を出した。損傷した機体も、亡くなった操縦士も、時計を戻せば復帰するわけではない。

 

「局地停止の時間は、戦術上の遅延として採点しません。ただし、再開後の兵力は、実際に使用できる数で確定します」

 

 統裁側の説明に、アーヴェクは頷いた。

 

 予定していた追撃は取りやめになった。残る航空戦力を、惑星への進入と船団の防御に使う。敵艦を遠くまで追うための機体は、もう割けなかった。

 

 その日の課目が終わるまでに、第六展開群は輸送船団を指定の待機軌道へ入れた。

 

 赤軍の艦隊は壊滅していない。DD-I型は交戦能力を残し、DD-II型の一部も別の宙域へ退いていた。次の地上展開を、ただ見ているとは思えなかった。

 

 シーアは、船団到着の記録を保存した。

 

 目標は一つ達成した。

 

 航空隊の待機室では、ラヴェンが使っていた区画から私物を出す作業が始まっていた。

 

 *

 

C.R.C. 7951.275 「決意'950」中央観閲拠点

 

 シャトルが観閲拠点へ近づくと、窓の下に艦が並んでいた。

 

 軌道上の補給施設を中心に、長い列が二つ。その向こうでは、公開課目に参加する艦が隊形を整えつつある。星系の反対側で動いている第六展開群からは、艦を一隻も抜いていなかった。部隊の代表者を運ぶ小艇だけが、決められた回廊を通ってここへ集まっている。

 

「着いたら、まず第二説明室です」

 

 セルトが端末を閉じた。

 

「公開課目の見学は、その後。説明が終わるまで、勝手に前へ出ないように」

 

「出ません」

 

「船を見るために移動するのも含めます」

 

 シーアは窓から顔を離した。ベンナーが、隣で笑った。

 

 到着区画から回廊へ入ると、床の材質が変わった。前夜まで靴底へ響いていた艦内の振動もない。誘導表示の下で、礼装の職員が来場者の名を確かめていた。シーアたちが作業服であることを確かめ、説明要員の待機室を示す。

 

 途中の壁には、プロクラメイターの大きな写真が掲げられていた。

 

 地上へ降りた艦。開いた格納区画。そこから連なって出てくる車両。写真の下には、辺境への迅速な展開能力を説明する短い文章がある。

 

 シーアは足を止めずに通り過ぎた。あの写真を撮るまでに何回やり直したのか、今ならそちらを聞きたかった。

 

 第二説明室には、まだ見学者が入っていなかった。セルトが統裁部の担当者と資料を照合している間、シーアは昨日の航空機接触事故について、新しい通報がないか確かめた。

 

 死者一名。負傷者一名。

 

 所属部隊による遺族への連絡は完了していた。衝突までの飛行経路、編隊を組み直した時の指示、操縦士へ実際に伝わった内容を、別の調査班が突き合わせている。原因の欄には、まだ何も確定したものが入っていなかった。

 

「ヴァラリアン」

 

 振り向くと、ターキンが立っていた。前に邸宅で会った時とは違い、手には観閲日程と部隊配置を重ねた端末がある。背後の職員へ短く指示を出してから、こちらへ来た。

 

「ずいぶん仕事が増えた顔だな」

 

「最初の集合だけで終わると思っていました」

 

「集めたら使う。そのために集めたのだろう」

 

 シーアは頷いた。ターキンは机の上へ出された事故の経過表を見たが、すぐには何も言わなかった。

 

「公開課目は、変わらないんですか」

 

「事故を起こした部隊は外した。安全確認が終わっていない同種の課目も止めている。ほかを続けるかどうかは、統裁部と安全担当が判断した」

 

「観閲の予定があるから?」

 

 ターキンはシーアを見た。

 

「予定があるから、私は変更後の説明を用意している。実施できると判定するのは、私の仕事ではない」

 

 言い終える前に、職員が近づいてきた。最高議長一行が予定より早く着いたらしい。ターキンは説明室の表示を確認し、セルトへ、最初の見学者が入る時刻を伝えた。

 

「司令部へ戻る時間は確保してある。観閲が延びても、輸送準備まで付き合わせることはない」

 

 そう言い残して、もう次の担当者と話し始めていた。

 

 *

 

 最初に入ってきた議員団の中に、アウレリアンがいた。

 

 シーアは反射的に姿勢を正した。兄はそれを見て、口元だけで笑った。

 

「元気そうだな」

 

「兄上も」

 

「あとで時間はあるか」

 

 シーアがセルトを見ると、彼女は予定を確かめた。

 

「公開課目の後、出発まで三十分なら」

 

「では、その三十分をもらおう」

 

 アウレリアンはそう言って、先に入った議員へ追いついた。兄として話している時間は短かった。その後はサーティネイニアン代表として、地上部隊の受け入れ条件について説明を聞いている。

 

 ハロルド・タッグは、説明を最後まで聞いてから、訓練の一覧を開かせた。

 

「再訓練を行った人数は、この欄ですか」

 

「はい」セルトが答えた。「ただし、個人の資格を取り直した人数とは別です。同じ作業に当たる者を揃え、班として確認した回数も記録しています」

 

「それで、何日必要になりました」

 

「今回の範囲で、二日です。残した課目は、次段階以降になります」

 

 司法委員長は、日付を指で追った。

 

「この班のために、どこから指導員を出しましたか」

 

 シーアが派遣元を表示した。艦の甲板班と、別部隊の車両担当者。そこへ人を出したため、元の部隊で延期された訓練がある。

 

 ハロルドは、その欄も保存した。

 

「次の増員計画では、ここを別に出してください。新設部隊の名簿が埋まるたびに、古い部隊の教官が減るのでは困る」

 

 補佐官へ指示を出し、それから初めて、シーア自身に目を向けた。

 

「カッシオには、会えているかね」

 

「通信なら。今は、向こうも忙しいので」

 

「こちらへ送ってくる返事も短い。一度くらい、近況を二行以上で書くよう伝えてくれ」

 

「僕から言っても、同じ返事だと思います」

 

「では君にも送っているわけだ」

 

 ハロルドが笑った。その隣でカースは、事故のあった搭載艇の図を見ていた。

 

「これは、停止信号が艇内側から見えない配置になっていますね」

 

 シーアは写真を切り替えた。車両が入ると、甲板員と誘導者の間を船体が遮る。集合点での再訓練では、人を立たせる位置を変えていた。

 

「今は、こちらへ誘導者を置いています」

 

「確認できますか」

 

「映像があります」

 

 カースは最後まで見た後、自分の随員を呼んだ。

 

「ランプの両側へ、同じ停止表示を出す案を確認してください。後付けできるものを。音声が通じない時にも見えるように」

 

「既存の機器配置との調整が要ります」

 

「では、その資料から。操作する場所を一つ増やすだけでは、また誰が止めたか分からなくなる」

 

 設計担当者が注記を残した。カースはシーアへ戻る。

 

「使ってみると、カタログへ追加したいことが増えますね」

 

「艦橋の話ではありませんよ」

 

「今日は私も、その話をしていません」

 

 シーアは笑いかけ、艇内の写真へ目を戻した。

 

「これが付いていたら、事故は起きなかったんでしょうか」

 

 カースも写真を見た。

 

「そこまでは、まだ言えません。ただ、見えない場所を減らすことはできます」

 

 ベイル・オーガナが話しかけてきたのは、その後だった。彼が求めたのは、搭載数でも訓練回数でもなく、負傷者の搬送と家族への連絡状況だった。

 

 シーアが自分の見た範囲を答えると、ベイルは、次の見学先に医療担当者との面会が入っているかを補佐官へ確かめた。

 

「演習が終わって、部隊が元の配置へ戻った後の窓口も聞きたい。帰る場所が変わっても、治療の担当まで分からなくなることがないように」

 

 セルトが、医療側への確認事項として引き受けた。シーアはレンダの経過表へ、その連絡先を付け足した。

 

 *

 

 観閲室の正面には、巨大な窓があった。

 

 その両側には、別の演習区から届く映像が並んでいる。昼側の惑星。夜側の宇宙港。星系外縁を進む輸送船団。遠い補給拠点で同時に給油を受ける艦。時刻表示は揃っていたが、光の当たり方も、背景の空も同じではなかった。

 

 シーアが立った場所からは、窓の下に整列した艦隊が見えた。先頭の艦がゆっくり動き、続く艦が、決められた間隔を保って進む。

 

 司法軍の礼装を着た士官が、入室を告げた。

 

 シーヴ・パルパティーン最高議長。

 

 人々が立ち、敬礼が揃った。最高議長はその間を進み、中央の観閲席へ着く前に窓の外を見た。

 

「見事な光景ですな」

 

 隣に立った司法軍の高官が、観閲艦隊の準備完了を報告した。ターキンは一歩後ろで、各演習区からの接続状況を確認している。

 

 最高議長が頷いた。

 

「始めてください」

 

 命令が回線へ流れた。

 

 先頭艦の信号灯が変わる。プロクラメイター級が一隻、観閲拠点の前へ進んできた。艦首から艦尾までが窓を横切り、格納区画を閉じた厚い船腹に、司法軍の識別標識が見えた。その後ろにはドレッドノート級。さらに、コルヴェットと地方防衛隊の艦が続く。

 

 広い間隔で進む主力艦の上を、航空隊が通過した。

 

 BTL-Bの列。Z-95の編隊。別系統の惑星防衛隊機。機種の違う部隊が、同じ通過時刻へ合わせて入ってくる。シーアはその列の端を見た。乱れた機体はなかった。昨日の航空隊にも、最初はなかった。

 

 正面の映像が、実弾射場へ切り替わった。

 

 無人の旧式船体が浮いている。その周囲には、対艦射撃を測定する装置と、破片を追う小型艇が離れて配置されていた。

 

 射場閉鎖。安全確認。射撃許可。

 

 主力艦の舷側が光った。

 

 長いターボレーザーの束が暗い空間を横切り、標的のシールドへ集中する。青白い光が膨らみ、次の斉射が同じ場所へ届いた。標的船体の一角が崩れ、抉られた外板が回転しながら離れていく。

 

 さらに、攻撃機が入った。

 

 実弾を装備したBTL-Bだった。機体が二手に分かれ、標的の反対側へ回り込む。先行機が離脱した後を、プロトン魚雷の光が追った。標的艦の中央で、白い閃光が広がった。

 

 観閲室に、どよめきが起きた。

 

 窓の外では、何事もなかったように次の艦が通過している。画面を切り替えれば、別の場所ではまだ補給ホースを外す作業が続いていた。

 

「これを見せておけば、ずいぶん議論を省ける」

 

 後ろで声がした。コアの工業星系選出議員、ダリオ・グレッシュだった。大きな声を小さくするつもりがあるのか、シーアには分からなかった。

 

「通商連合の船が港の前に来たら、同じものを向けてやればよい。あれほど法律が好きなら、こちらも法を執行する」

 

「どの権限によって、どこへ向けるかを決める議論は残ります」

 

 モン・モスマが答えた。拍手を終えた手を下ろし、グレッシュへ身体を向ける。

 

「それまで省くために、艦を増やしたわけではありません」

 

「省いているのは向こうだ。武装貨物船、施設警備、航路管理。言葉を替えるたびに、こちらだけが委員会を開く」

 

「だから、彼らと同じにする?」

 

「共和国の権限を、共和国が使えと言っている」

 

 周りの数人が、映像から二人へ目を移した。グレッシュはそれに気づくと、先ほどよりよく通る声で続けた。

 

「この規模を十年前に持っていれば、ナブーの女王が議場で助けを請う必要はなかったでしょう」

 

 シーアは口を開きかけたが、モスマの方が先だった。

 

「その艦を誰が動かせるかは、十年前にも問題でした」

 

 グレッシュが返そうとしたところで、次の公開課目の解説が始まった。二人とも正面へ戻ったが、話が終わった様子ではなかった。

 

 惑星の地表が映った。

 

 広い着陸場へ、プロクラメイターが降りていく。随伴する輸送艇が先に着き、地上誘導班が所定の位置へ走った。降着装置が伸びる。その先の幅広い脚が接地し、巨大な船体が地面へ沈み込むように落ち着いた。

 

 格納区画が開いた。車両が動き出す。

 

 先頭は装甲車。その後ろに通信車、工兵車両、物資を積んだ輸送車が続く。降りた部隊が左右へ分かれ、後続のために進路を空けた。地上の青い誘導灯と、隊員の手信号が一つずつ車列を送っていく。

 

 窓の横に、積み下ろしの所要時間が表示された。

 

「速いですね」

 

 近くの議員が言った。

 

 シーアは、降りてくる最後の車両を見た。艇内にも地上にも、次に何が来るか知っている者が立っている。

 

「同じ部隊で、何度も練習しています」

 

 答えると、モスマがこちらを見た。

 

「あなたの部隊は?」

 

「僕は査閲側です。乗っている艦の車両班は、今回の課目を変えました。明日の展開には参加しますが、最初には降りません」

 

「それでも、映像では共和国の艦がどこにでも降りられるように見える」

 

「見ている人にも、条件を説明するべきだと思います」

 

 モスマは頷いたが、目は地上へ展開した車列を追っていた。

 

「私が気にしているのは、降りる能力だけではありません。あの惑星の政府が、来なくてよいと言った時です」

 

「その政府が、住民を守っていなかったら?」

 

 シーアが訊くと、彼女はすぐにこちらへ向き直った。

 

「守っていないと誰が認定しますか。最高議長府の判断一つで、自治を停止できるようにはしたくありません」

 

「僕も、議長一人が決めればいいとは思いません。でも、助けを求めている人の訴えが、惑星政府で止まったままになるのも嫌です」

 

「だから、訴えを受ける制度を強くする必要があります」

 

「その制度が決めた後に、ここにいる船を使えるようにするところまでです」

 

 モスマは、しばらくシーアを見た。聞き慣れた主張だと思ったのかもしれなかった。

 

「あなたは、中央の強制力を整えることを、制度への信頼を取り戻す手段だと考えているのね」

 

「決まったことが実行されないままなら、誰も信じなくなると思います」

 

「私は、先にその力が大きくなることを心配しています。使える人間には、使いたい理由が次々に見つかる」

 

 シーアは正面へ目を戻した。部隊を降ろした艦が、格納区画を閉じ始めている。

 

「放っておく理由も、次々に見つかります」

 

 モスマは答えなかった。次の演習区の説明が始まり、二人ともそちらを向いた。シーアは彼女の横顔を見たが、先ほどの返事を取り消す気にはならなかった。

 

 *

 

 公開課目の後、各方面の状況説明が行われた。

 

 銀河図には、星系ごとの演習区が明るく示されている。すべてが今日始まり、今日終わるわけではない。既に反撃段階へ入った部隊も、まだ進出中の船団もある。

 

 外縁部の一画で、赤軍の大きな印が動いた。

 

 BB-I型。その両側にSC-I型とSC-II型が並び、後方の補給線へ進んでいる。

 

 報告をしていた士官が、敵役となる実艦と仮想の追加戦力を分けて表示した。青軍の主力を正面へ引きつけ、その間に遠方から来た打撃群が輸送を妨害する想定だった。そこでは、第六展開群よりはるかに大きな部隊が向き合っていた。

 

「赤軍の主力は、破壊できるのですか」

 

 議員の一人が訊いた。

 

「集中できれば。ただし、青軍が集める間にも、護衛を続ける必要があります」

 

 報告者が二つの進路を示すと、ハロルドは、護衛へ残した部隊の内訳を求めた。グレッシュは、赤軍が通商連合の艦艇とよく似ていると口にした。

 

 その指摘は、別のところでも出ていた。

 

 通商連合の元老院代表ロット・ドッドは、午前の記者会見で、企業の合法的な保安能力を仮想敵として公然と扱う演習だと非難していた。説明資料には、その発言と、司法軍側の回答要旨が添えられている。

 

 特定の企業を敵と定めたものではなく、現に銀河で運用される規模の武装能力へ対応するための訓練である。

 

「それでも、一目で分かりますね」

 

 誰かが言った。BB-I型の環状船体が、銀河図の横で回っていた。

 

 最高議長は、それをしばらく眺めていた。

 

「訓練をしなくても、同じ船は存在します」

 

 穏やかな声だった。

 

「共和国がそれに向き合う準備をすることは、交渉をやめることではありません。交渉の間、市民の生活が守られていることも必要でしょう」

 

 数人の議員が頷いた。モスマは資料を読んだままだった。

 

 パルパティーンは、司法軍側へ次の報告を求めた。

 

「事故についても、伺います」

 

 観閲室が静かになった。

 

 救難活動の継続、負傷者の搬送、使用を停止した機材、再確認中の手順。担当者は、確定したものと調査中のものを分けて読み上げた。昨日の二機についても説明があった。最高議長は途中で遮らず、最後まで聞いた。

 

「ご家族への支援に遅れが出ないよう、お願いします。演習の成果とは別に、命を預かった責任があります」

 

 続いて、同じ作業に当たる部隊間で訓練の進み方が違うこと、教育要員が足りないことについて報告が出た。

 

 パルパティーンは、ハロルドの方へ顔を向けた。

 

「艦艇の引き渡しと、乗員の教育、基地の受け入れを、それぞれの計画だけで進めるべきではなかったのでしょうな」

 

「司法委員会でも、その点を確認します」

 

「最高議長府からも調整担当を置きます。省庁をまたぐ不足について、誰も自分の担当ではないと言うことがないように」

 

 ターキンが記録した。新しい艦を増やすという話より地味だったが、シーアは、そこにいる者たちが先ほどより真剣に聞いていることに気づいた。

 

 計画を合わせる。予算を合わせる。必要な報告を、同じ場所へ集める。

 

 議論は次の項目へ移った。司法軍の高官が、どの機関からどの情報を出すか説明していた。

 

 *

 

 観閲を終えた一行が移動すると、回廊へ報道関係者が入ってきた。

 

 シーアは資料ケースを抱え、壁側へ寄った。白い識別札を取ろうとしたところで、記者の一人に名前を呼ばれた。

 

「ヴァラリアン公子殿下。司法軍での初めての大演習はいかがですか」

 

 もうレンズが向いていた。

 

 銀髪を短く整え、作業服を着ているだけで、同じ質問が社交会の時とは違うものになる。隣の記者が、共和国の若い世代を代表して、と言いかけた。

 

「今日は査閲局の説明要員として来ています」

 

 シーアは答えた。

 

「演習全体の評価は、私からは申し上げられません」

 

「しかし、この艦隊を見て、心強いと感じられたのでは?」

 

 カメラの向こうには、艦隊の大きな写真があった。ここで笑って頷けば、使いやすい映像になるのだろう。昨日、船団が待機軌道へ入った時には、確かに安堵した。それだけを答えてよいのか、シーアは迷った。

 

「準備を続けてきた方々を見ています。実施できたことも、調べていることもあります」

 

 隣へセルトが来た。

 

「個別の実施状況は、担当の広報官からご説明します。こちらは部隊へ戻る時刻ですので」

 

 記者はすぐ別の相手を探した。撮影員だけが、去っていくシーアへカメラを向け続けた。

 

 回廊の角を曲がると、アウレリアンが待っていた。

 

「答えにくそうだったな」

 

「兄上なら、何て言う?」

 

「私の答えをお前が言ったら、お前の発言になるぞ」

 

「そういう意味じゃなくて」

 

 兄は歩き始めた。用意されていた軽食を受け取り、シーアへ一つ渡す。ゆっくり座るほどの時間は、結局残っていなかった。

 

「父上へ、無事だという連絡は入れておけ。事故の見出しが出てから、こちらにも問い合わせが来ている」

 

「僕は艦橋にいたよ」

 

「父上は、今朝のお前を見ていない」

 

 シーアは端末を出した。短い連絡を送るだけなのに、今朝から何度も後回しにしていた。送信を終えると、アウレリアンは出発案内を見た。

 

「食事は?」

 

「食べてる」

 

「今、私が渡したもの以外でだ」

 

 シーアは包みを開き、返事の代わりに一口かじった。

 

 兄は笑ったが、別れ際には背中へ手を置いただけだった。

 

 シャトルの搭乗口で、シーアは一度振り返った。アウレリアンはもう、補佐官から次の面会予定を聞いていた。

 

 白い識別札をもう一度胸へ留め、シーアは艦へ戻った。

 

 *

 

C.R.C. 7951.276 第十一演習区第二惑星上空

 

 最初の輸送艇が、惑星の縁を越えた。

 

 その下には雲があった。朝の光を受けた白い層を抜けると、暗い地表と、遠方に点在する施設の灯が見える。先行した偵察艇の映像が、《アシュアランス》の艦橋へ送られてきた。

 

 南部宇宙港。

 

 かつて開拓拠点だった港を、演習のために整備した場所だった。現に暮らす市民はいない。残された倉庫や管制塔には対抗部隊が入り、港の外には、守備隊が配置した機材の反応が散っている。

 

 今日の目標時刻は、一六時だった。

 

 その時刻までに、後続の輸送部隊が重い貨物を降ろせるようにする。飛行場へ部隊旗を立てれば終わり、という課目ではなかった。

 

「降下部隊、進入開始」

 

 プロクラメイター級《フォアサイト》から出た艇が、二つの経路へ分かれた。片方は宇宙港の外縁。もう片方は管制施設の背後。先行するファイターが機首を下げると、地上の対空陣地を示す印が次々と点いた。

 

 模擬の照射警報が、操縦席で鳴っていた。

 

 機体は実際に高度を変え、雲の切れ目へ滑り込む。演習用兵装と測定機器で攻撃を判定するため、地上の射手も、本当に目標を捕捉しなければならない。照準が間に合わなければ、通り過ぎた機体を撃ったことにはできなかった。

 

 青軍の攻撃機が、港西側の対空陣地を捉えた。

 

「第三陣地、射撃停止判定」

 

 その間へ輸送艇が入る。土煙が横へ流れ、まだ完全に着地していない艇の後部でランプが動き始めた。接地を確かめた甲板員が、待っていた兵員へ手を振った。

 

 最初の隊が地面へ降りた。

 

 兵士たちは左右へ開き、後続が出る場所を空ける。短い射撃音が回線へ入り、建物の角で一人が伏せた。訓練用のブラスターを持つ対抗部隊が、搬入口の上から撃っていた。

 

 青軍の分隊が、機材を積んだ低い運搬台の後ろへ走った。別の二人が、その間に倉庫の側面へ回る。被弾を記録した兵士の装具が光り、その者は片手を上げて壁際へ下がった。誰かが代わりに前へ出る。

 

 シーアは、艦橋の椅子へ座ったまま身体を動かしかけた。上から見ている図では、右側が空いている。地上の兵士には、倉庫の向こうが見えない。

 

 右から回った分隊が、別の射撃を受けた。

 

 空いていると思ったところには、まだ発見されていない対抗部隊がいた。

 

「第二班、前進を止めろ。隣と位置を合わせる」

 

 中隊長の声がした。戦況図の青い印が集まり直す。数分後、迫撃兵器を模擬する支援判定が入り、赤軍の射手が配置を替えた。

 

 今度は、青軍が角を越えた。

 

 *

 

 軌道上でも、撃ち合いが続いていた。

 

 赤軍のDD-I型は、惑星の反対側から艦載機を送り込んできた。青軍が一日かけて守った待機軌道へ、FA-I型の群れが近づく。

 

 《メレク》と、別のコルヴェットが輸送船の外側へ出た。上方では青軍のZ-95が迎撃へ向かっている。その数を見たトーリンは、地上支援へ回すはずだった次の一隊を、発進待機のまま残した。

 

「地上から追加要求が来ています」

 

「既に出ている機体を、燃料の範囲で回す。こちらを空にはしない」

 

 主力艦の対空射撃を受け、FA-I型の印が減った。それでも、すべてが消えたわけではない。残った編隊が左右へ分かれ、こちらのファイターも二つに割れる。

 

 その後ろで、DD-II型が一隻、惑星側へ距離を詰めていた。

 

 《ステッドファスト》が艦首を向ける。この数日、何度も見た動きだった。ドレッドノートの主砲を向けられると、敵役艦は進路を変え、輸送船の前へ出るのをやめた。

 

「地上支援の射撃任務、移管を求めています」

 

 《ステッドファスト》からの連絡だった。

 

 目の前のDD-II型を追い払う間、地上へ向ける射撃の余裕が減る。群司令部が別の艦へ担当を割り振り、その間だけ、地上の青軍は前進を止めた。

 

 港の管制施設が確保されたのは、その後だった。

 

 青軍の小隊長が、建物の屋上から合図を送ってきた。画面の端に《確保》の表示が出る。シーアは時刻を残し、後続部隊の欄を開いた。

 

 まだ、艇は降りられなかった。

 

「受け入れ設備に破壊判定。南側の荷役施設、使用不能」

 

 地上の統裁官から、通知が来た。

 

 赤軍が退く前に、荷役施設と固定電源へ模擬の破壊工作を行っていた。青軍は管制塔を取ったが、その指揮所から使えるはずの設備は残っていない。演習上の修復に、少なくとも五時間を要するという判定だった。

 

 固定された荷役機械は、映像の中では何事もなかったように立っていた。使用禁止を示す赤い灯だけが点き、作業員は近づかない。

 

 その奥には、受け入れを待つ空の区画があった。

 

 *

 

 一三時二〇分。地上から、代替の進入案が届いた。

 

 宇宙港北側の造成地を使う。広さは足りており、対抗部隊も排除した。そこへ輸送艇を降ろし、車両を自走させて管制施設へ持ち込む。

 

 《アシュアランス》の車両部隊へ、搭乗準備が命じられた。

 

 シーアが見ていた予定表の中で、《後続展開可》という一行が、最初の方へ移された。

 

 彼はその欄を開いた。

 

 元の資料には、地上の受け入れ条件が付いていた。新しい一覧では折り畳まれている。消されたわけではなかった。ただ、開かなければ見えない。

 

「セルト上級士官」

 

 隣の席へ端末を向けた。

 

「この場所は、確認した条件に入っていません」

 

 セルトが北側造成地の資料を読んだ。地盤調査の一部は終わっている。しかし、艇を止める位置と、車両が降りる場所の高低差までは確かめられていなかった。

 

「担当へ出して」

 

 シーアは指示された回線を開いた。

 

『積み下ろしの確認は済んでいると聞いています』

 

 地上担当者の返答だった。

 

「指定の艇と車両を、整備された場所で使用する条件です。不整地については、未実施としています」

 

『艇は同じです。運転手も替えません』

 

「降りる場所が変わっています」

 

 回線の向こうで、誰かが資料を開いた。

 

『では、何を追加すればよいのですか。こちらは宇宙港を開けるために、そちらの機材を待っているんです』

 

 シーアは、すぐには答えられなかった。必要な条件を指摘することと、現地にある資材だけでそれを作ることは違う。自分が地上の状況を知っているわけではない。

 

 セルトが回線へ入った。

 

「現地の工兵担当へ、接地位置と進入路の確認を求めます。艦の甲板班にも映像を送り、実施できる配置を決めてください。査閲側の確認だけで、地面の状態を保証することはできません」

 

『時刻は変えられませんよ』

 

「承知しています」

 

 セルトは返事をして、トーリンのところへ行った。

 

 シーアは予定表へ注記を付け直した。今度は、《後続展開可》のすぐ下に条件を出した。時刻を早める欄から、目を逸らせなくなる位置だった。

 

 *

 

 代案は三つになった。

 

 南側の荷役設備を修復する。空いた場所へ艦自体を降ろす。北側造成地を、艇から車両を降ろせる状態にする。

 

 艦を降ろす案は、早い段階で外れた。プロクラメイターを支えられる場所が、港の確保区域内には残っていない。外側の候補地では、調査と進入路の確保だけで数時間かかる。

 

 荷役設備の修復を待てば、一六時を過ぎる。

 

 最後に残ったのは、北側だった。

 

 必要な機材を持つ工兵班は、東側連絡路の仮設橋を組み立てていた。隣接する地上部隊が、その橋を使って港の東へ出る予定になっている。

 

 アーヴェクの会議は、短かった。

 

「工兵班を北へ回せば、こちらは何時になる」

 

「造成地の作業終了を一四時五〇分と見積もります。車両の積み下ろしを並行して準備すれば、目標時刻に近づけられます」

 

「橋は」

 

「少なくとも、二時間遅れます」

 

 隣接部隊の連絡士官が、道路上の車列を表示した。既に到着している車両がある。工兵班を抜けば、その列は動けない。

 

「東側からの進出時刻は維持できません」

 

「港への別経路は?」

 

「大きく迂回します。補給車列を含めれば、さらに遅くなります」

 

 アーヴェクは、地上の配置を見た。取った港と、まだ使えない受け入れ設備。上空で待機を続ける輸送船。東側の川を挟んで止まる部隊。

 

「工兵班の転用を要請する。東側の部隊には、橋の完成を待つ間、防御態勢を取ってもらう。上空の警戒を一隊、そちらへ回せるか確認しろ」

 

 隣接部隊との連絡が始まった。相手の指揮官は、代わりに港へ着いた燃料と通信機材を東側へ優先して回すよう求めた。

 

 アーヴェクは了承した。

 

 シーアは、その追加の約束も記録した。今日の目標を一つ近づけるために、明日の出発順まで変わった。

 

 *

 

 工兵班から受け入れ準備完了の報告が来たのは、一五時〇九分だった。シーアが地表へ降りたのは、その後になる。

 

 セルトは艦に残り、シーアとベンナーが地上側の作業を記録する。白い識別札の上から、輸送艇用の装具を着けた。端末を固定し、搭乗名簿へ署名する。

 

 艇内には車両用燃料と金属と、濡れた作業服の匂いがあった。昨日の観閲室で聞いた音楽は、もう思い出せなかった。

 

「そこ、指を入れるな」

 

 ベンナーが、座席脇の金具を示した。

 

「締めた時に挟む」

 

 シーアは手を離した。向かいの甲板員が、装具の固定を確かめに来た。集合点での再訓練で見た顔だった。

 

「下は、映像で確認しました。最初の艇からの報告も来ています」

 

 甲板員はそう言って、車両のところへ戻った。自分へ言ったのか、シーアへ言ったのかは分からなかった。

 

 搭乗口が閉まり、艇が持ち上がった。

 

 振動が腰から伝わる。窓のない区画では、いまどちらを向いているのか分からない。シーアは壁の表示へ目を上げた。高度が下がり、艇が傾いたところで、耳の奥の圧迫感が変わった。

 

 どこかで、金属の擦れる音がした。

 

 シーアはそちらを見た。車両を留めた固定具だった。甲板員が触れて確かめ、そのまま戻っていく。何も起きてはいない。

 

 それでも、シーアの手は座席の縁を握っていた。

 

 エリアドゥの広間には、逃げようとする人々がいた。出口を守っていた光の壁と、その手前で行き場を失った背中。音の種類は違うのに、閉じた場所で誰かが動けなくなる感覚だけが戻ってきた。

 

 艇の中には、決められた場所へ座っている者しかいなかった。出口の灯は点いている。甲板員が、到着まであと四分だと知らせた。

 

 シーアは息を吐き、指を緩めた。

 

 ベンナーが一度こちらを見たが、何も訊かなかった。

 

 接地の衝撃は、思っていたより小さかった。

 

 ランプが開くと、光と土の匂いが入ってきた。外の風は冷たかった。艇内へ流れ込んだ砂が、靴の周囲で動く。

 

「観測員、先に降りる。白線の外へ」

 

 指示に従って地面へ出ると、正面に工兵班が敷いた金属板が並んでいた。艇の脚が沈まないようにした部分と、車両が通る部分がつながり、その先に誘導者が立っている。

 

 遠い建物の裏から、短い射撃音がした。

 

 シーアがそちらを見ると、ベンナーは作業範囲を示した。

 

「そちらは地上部隊の課目だ。今は、こっちを見る」

 

 最初の車両が動いた。

 

 誘導者が手を上げる。運転手が止める。艇内の甲板員が、車両の後ろへ残った機材を下げる。

 

 誰かの足が、タイヤの近くを通った。

 

 シーアは反射的に息を止めた。甲板員もその者を見て、通り過ぎるまで停止の合図を解かなかった。相手が白線の外へ出ると、もう一度艇内を見てから車両を進める。

 

 車輪が金属板を踏んだ。

 

 ゆっくりと、最後の車輪まで地面へ降りる。装甲車は誘導者の示す方向へ動き、その後へ通信車が出てきた。

 

 シーアは停止と再開の時刻を残した。途中で止まったことを、失敗の欄へ入れる必要はなかった。

 

 *

 

 通信車が二台目の艇から降りた時、東側の部隊が攻撃を受けた。

 

 地上管制の端末に、警報が出た。敵の航空攻撃。FA-I型、二個編隊。

 

 シーアは顔を上げた。北側造成地の空は、雲が低く動いているだけだった。襲われたのは、ここから離れた仮設橋の手前である。

 

 工兵班がこちらへ来てから、車列はほとんど動いていなかった。

 

 赤軍の地上偵察班が、その列を見つけていた。白い画面には、発見から通報までの時刻が出ている。青軍へ増援の警戒機が来る前に、赤軍側の攻撃が届いた。

 

 護衛の対空車両が射撃を始めたが、停車した車両の間隔は狭かった。橋を渡った後で分散するつもりの配置が、そのまま残っている。

 

 三台の輸送車に、行動不能の判定が付いた。

 

 燃料を積んだ車両が一台。弾薬を運ぶ車両が一台。それに、橋を越えた先へ置く予定だった通信車。

 

 赤軍は、地上からも来た。

 

 東側へ出るはずだった青軍の部隊が、川の手前で防御へ回る。支援を求める連絡が重なり、宇宙港周辺からも一部が引き抜かれた。

 

 シーアは造成地を見渡した。こちらへ来た工兵は、使い終えた機材をまとめ始めている。作業そのものは終わった。予定より時間はかかったが、着陸も積み下ろしもできている。

 

 東側の地図には、戻しただけでは消えない損害が付いていた。

 

 セルトから通信が来た。

 

『北側の実施状況を』

 

「二台目の通信車まで降りました。負傷者なし。接地位置と誘導の配置は、確認した通りです」

 

『了解。工兵班の転用に伴う影響も、時刻を分けて残して』

 

「東側の損害ですか」

 

『それも。ただし、全部が転用だけで起きたと決めない。待機中の分散と、警戒の変更がどこまで実施されたかも調べる』

 

 シーアは自分の画面を見た。工兵を動かした線が、ひどく目立っていた。その一本だけで、起きたことを説明したくなっていた。

 

 隣接部隊の通信記録を開く。警戒機の変更は承認されていたが、交代機が来るまでの間、どの機体が残るかは決まっていなかった。車列を分散する指示も出ていた。最後尾へ届いた頃には、最初の攻撃が始まっていた。

 

 シーアは、それぞれの時刻を加えた。

 

 目の前では、工兵班が東側へ戻るための車両へ乗り込んでいた。

 

 *

 

 一六時になった時、南部宇宙港の管制施設では電源の接続が終わっていなかった。

 

 通電できる区画が一つずつ増える。机上の表示が立ち上がるたび、通信班が接続先を確かめた。仮設アンテナの周囲では、地上部隊が資材を運び出し、後続の車両が通れるように道を空けている。

 

 シーアは作業の邪魔にならない壁際へ立った。

 

 軌道から来た艇が、港の位置を呼び出す。地上の担当者が返事をし、別の回線へ引き継ぐ。途切れた。

 

「もう一度。中継側を戻して」

 

 通信員が端末を差し替えた。艇から、もう一度呼びかけが来る。

 

 今度はつながった。

 

 だが、着陸の許可はまだ出ない。荷役の作業員が、指定された場所まで来ていない。使えるはずの車両が一台、港の反対側へ出ていた。

 

 地上指揮官が回線を開いた。

 

「その車両を北側へ戻せ。次に動かす時は、こちらへ確認してくれ。名前だけでは、どの仕事が止まるか分からん」

 

 作業は続いた。

 

 シーアの端末には、一六時を過ぎたことを示す色が出ていた。数字が動く。誰も、その数字だけを止めることはできなかった。

 

 宇宙港の使用許可が出たのは、一六時三七分だった。

 

 最初の輸送艇が北側へ降りる。先ほどまでは部隊と、その部隊が使う機材を運んでいた。今度は、後続の作戦へ渡す貨物だった。

 

 扉が開き、地上の作業員が近づいた。

 

 燃料の容器。梱包された部品。医療用の物資。演習が終われば消える表示ではなく、本当に使って減っていくものが降りてきた。

 

 受領を終えた担当者が、貨物を二つに分けた。東側へ先に回すよう命じられた分だった。

 

 その時点で、東側の部隊は予定していた線へ出ていなかった。橋は完成に近づいているが、車列の組み直しが必要だった。通信車も一台足りない。港から出す機材で穴を埋めれば、今度はこちらの予備が減る。

 

 地上指揮官は、必要な分を持っていくよう命じた。

 

 シーアは、運び出される通信機材を見送った。ついさっきまで、ここへ届けば仕事が進むと待っていた箱だった。

 

 北側から、次の着陸許可を求める声が来た。

 

 管制員は返事をし、二隻目の艇を呼び込んだ。

 

 *

 

 夜になっても、宇宙港の灯は消えなかった。

 

 シーアとベンナーが帰りの艇を待っている間、地上部隊は防御位置を作っていた。演習の一日目に取った場所を、次の日にも持っているとは限らない。赤軍は後退した後、港の外でまた集まり直している。

 

 滑走区画の端では、負傷者役の兵士を乗せた担架が運ばれていた。頭に包帯を巻いた男が、通りかかった同僚へ夕食を取っておくよう頼む。担架を持っていた兵士が、怪我人は黙っていろと答えた。

 

 シーアも笑いかけた。

 

 その後で、ラヴェンを迎えに出た救難艇を思い出した。

 

 ベンナーが二人分の温かい飲み物を持ってきた。渡されたカップを受け取ると、手袋越しでも熱かった。

 

「寒いか」

 

「少し」

 

「動いている時は、気づかないからな」

 

 シーアは一口飲んだ。甘かった。何が入っているのか分からなかったが、もう一口飲んだ。

 

「今日の結果は、成功ですか」

 

 ベンナーは港を見た。

 

「港は開いた」

 

「遅れました」

 

「東側も止まった」

 

「じゃあ、失敗ですか」

 

「その二つしか書くなと言われたか?」

 

 シーアはカップを見た。

 

「言われていません」

 

「なら、欄を増やせ。どうしても一語にしたい者には、その後で考えてもらえ」

 

 ベンナーは飲み終えたカップを回収容器へ入れ、到着した艇へ向かった。シーアも後を追った。

 

 乗り込む前に、北側造成地を振り返る。

 

 暗い地面へ敷かれた金属板が、作業灯を反射していた。誘導者が立ち、車両が止まり、確認が終わるとまた動く。集合点で確認した手順が、今日も繰り返されている。

 

 シーアはその実施記録を、未達だった課目の一覧とともに保存した。

 

 *

 

C.R.C. 7951.277 司法軍艦《アシュアランス》

 

 翌朝の局所検討会で、アーヴェクは最初に東側部隊の報告を聞いた。

 

 港を開くために工兵を転用した判断。その後の防御への切り替え。通信が届くまでの時間。車列が分散しなかった区間。

 

 報告者は、工兵を抜かれたことだけを訴えたわけではなかった。自分たちが変更すべきだった配置も示した。

 

 アーヴェクは、交換条件として約束した支援のうち、間に合わなかったものを確かめた。

 

「転用を頼んだのは私だ。相手が守れるようにすると言った以上、こちらの航空隊から何を出したかも残してくれ」

 

 シーアの隣で、セルトが頷いた。

 

 演習全体の講評は、まだ先だった。今日の会議では、次に同じ課目へ入る部隊へ渡す注意事項と、続ける前に実施し直す訓練を決める。

 

 車両班の条件付き評価は、条件の部分も一覧へ表示することになった。折り畳まれた注記を開くかどうかで、命令の意味が変わる状態を残さないためだった。

 

 航空事故の調査は、別に続いている。

 

 二機が接触する前、担当する管制が切り替わっていたことまでは分かった。だが、その時の指示が何を意味し、各操縦士がどこまで受け取っていたかは、まだ照合中だった。調査担当者は、暫定的な防止措置を出したうえで、原因欄を閉じなかった。

 

 会議を終えると、艦内の表示が切り替わり始めた。

 

 次段階では、第六展開群の一部が赤軍へ回る。休養と機材点検、安全確認を終えた艦から組み直し、次に進出してくる青軍の輸送を妨害する予定だった。《アシュアランス》も、その中に入っている。

 

 トーリンは新しい課目の資料を受け取り、ドレイとの回線を開いた。

 

「次は、船団を通さない仕事だ」

 

『お前は、また前へ出すぎるんじゃないか』

 

「今回は、追ってくる艦を引きつける方だ」

 

『では追わせるな。相手にも輸送船がある』

 

 シーアは二人の話を聞きかけ、ベンナーに資料の山を示された。自分たちは赤軍へ転属するわけではない。白い札を付けたまま、次も同じ艦へ乗る。

 

「こちらの仕事は替わらんぞ」

 

「分かっています」

 

 机へ戻ると、セルトから先ほどの一覧が返っていた。

 

 宇宙港確保。輸送受け入れ開始。目標時刻との差。東側の未達課目。転用した人員と機材。実事故による死傷者。

 

 シーアは、それぞれの記録を開いて確認した。どれか一つを選べば残りが消えるわけではなかったが、全部を同じ色にする必要もなかった。

 

 送信を終えて搭載艇区画へ行くと、整備員が一機のZ-95から工具を下ろしていた。

 

 塗装の終わった機体だった。

 

 シーアは、その前で足を止めた。ラヴェンが、こちらは撮らないでくれと言った場所だった。

 

「これは、飛ぶんですか」

 

「確認が終われば。あいつが最後に乗ったのは、別の機体だ」

 

 整備員は答え、機体の下へ残った布を拾った。

 

「塗り終わる前に出したら、また文句を言われると思ってな」

 

 シーアは返事を探したが、見つからなかった。整備員も待たずに道具を片づけ、次の作業へ向かった。

 

 通路へ戻ると、艦内放送が当直の交代を告げた。

 

 新しい勤務の者が来る。終わった者が出ていく。シーアは流れの脇へ寄り、すれ違う甲板員へ道を空けた。相手が礼を言い、ランプの方へ歩いていく。

 

 演習用の識別表示から、青い縁取りが消えた。

 

 代わりに赤が点く。

 

 シーアは、その切り替わった時刻を記録した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。