STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
C.R.C. 7943.073.09
サーティネイニアン / K-3 / ブラクサント・セクター / ブランクサント・ラン
宇宙船を見るたび、アレクシアールは不思議な気分になった。
サーティネイニアン高軌道の造船区では、その日も何隻もの船が整備を受けていた。展望回廊の厚い窓の向こうには、まだ外板を張られていない大型輸送船が係留され、剥き出しの骨格の間を小型作業艇が行き交っている。隣の船渠では、巨大な貨物区画を抱えた鉱石運搬船が移動を始めていた。その奥には、公王軍の灰色のフリゲートが、整備用の足場に囲まれて見えた。
この世界では、どれも珍しい光景ではない。人は宇宙船で惑星を離れ、ハイパースペースを通って別の恒星系へ向かう。食料も工業製品も鉱石も、毎日のように星と星の間を運ばれている。王都で育った子供なら、空を見上げて船が飛んでいても、不思議には思わないだろう。
アレクシアールも、物心ついた時からそれを知っていた。それなのに、係留施設を離れたシャトルが船首を巡らせ、惑星の青い縁へ向かって加速を始めると、足を止めてしまう。
「殿下」
隣を歩いていたセレナ・ヴェインが呼んだが、アレクシアールは返事をしなかった。白い船体は次第に小さくなり、明るい大気を背景に、一つの光点へ変わっていく。
「殿下。御父君がお待ちです」
「聞こえてる」
「では、御返事を」
振り向くと、セレナはいつもの穏やかな顔で彼を見ていた。
「もう行くの?」
「10分ほど前から、お待たせしております」
「先に言ってよ」
「三度申し上げました」
アレクシアールは口を閉じた。窓の外をもう一度見たが、先ほどのシャトルは見つからなかった。
歩き出したセレナの隣へ戻ると、彼女が横目を向けた。
「毎日のように御覧になっているでしょう。そろそろ、珍しくなくなりませんか」
「ならないよ。好きなものは、何回見ても好きだろ」
そう答えたものの、それだけではないことを、アレクシアール自身も知っていた。
ふと、別の空を思い出すことがある。乗り物は地面を走り、夜には街明かりの向こうに月が見えた。宇宙へ行くことは日常ではなく、ロケットが飛ぶ日は、それがニュースになった。
記憶はひどく曖昧だった。そこで自分が何という名で呼ばれ、どこに住み、何歳だったのかも分からない。顔を思い出そうとしても、輪郭すら定まらなかった。それなのに、信号の色や、夜空に浮かぶ月の位置だけは、妙に鮮明に残っている。
だからなのかもしれない。この世界ではありふれた道具である宇宙船が、アレクシアールには、今もどこか奇跡のように見えていた。
⸻
父アルドレン・ヴァラリアンが待っていたのは、造船区の管理棟だった。
部屋へ入ると、父は造船会社の責任者と卓上投影を挟んで話していた。半透明の艦影の脇に、船渠の使用期間や整備項目、乗員の交代予定、資材の搬入日が並んでいる。今日は、公王政府が発注した艦艇の整備状況を確認するための視察だった。
アルドレンは息子を見てから、壁面の時計へ目をやった。
「遅い」
「船を見てた」
「知っている。だからといって、待たせていいわけではない」
声を荒げられたわけでもないのに、言い返す気は失せた。アレクシアールは父の隣へ寄り、卓上の表示を覗き込んだ。
「これ、さっき船渠にいた船だ」
灰色のフリゲートを指すと、責任者が頷いた。
「ええ。機関部と発電系の大規模整備に入っています。外板の一部も交換する予定です」
「三か月もかかるの? その間は使えないんだよね」
「はい。それだけの期間は必要になります」
アレクシアールは艦影の脇に表示された所属を読んだ。
「第二哨戒隊の船でしょう。代わりは、どうするの」
「第一哨戒隊から一隻、臨時に回します」
「それだと、第一哨戒隊の船が減る」
「その通りです」
アレクシアールは表示を見つめた。フリゲートの名は艦隊一覧に載っているが、少なくとも三か月は船渠から出られない。代わりの艦も、余っている船を持ってくるわけではなかった。
「持っている数と、使える数は違うんだ」
「船には整備が要る。乗員も休ませなければならないし、訓練や補給も必要だ」
アルドレンは表示の一つへ手を向けた。
「港に100隻並んでいても、全部をその日のうちに出せるとは限らない」
「じゃあ、100隻持っていたら、何隻出せるの」
「何隻が整備中で、乗員がどれだけそろっているかによる。いつも同じ数とは限らない。だから、こうして調べている」
アレクシアールは眉を寄せた。
「でも、数字にしないと比べられないでしょう」
責任者が小さく笑った。アルドレンは相手に頷いてから卓上表示を閉じた。
「次へ行くぞ」
「どこへ?」
「お前なら、ここより気に入るだろう」
アレクシアールはすぐに父の後を追った。
管理棟を出る途中、整備中のフリゲートの乗員らしい男とすれ違った。アレクシアールは足を止め、窓越しに見える船渠を指した。
「あの船、いつ出るの」
男は指された先を見てから、幼い訪問者へ目を戻した。
「分かりません」
「三か月って聞いたけど」
「予定は、そういうことです」
男はそれだけ答えて歩き去った。アレクシアールがその背を見送っていると、セレナが隣に来た。
「殿下。参りましょう」
「うん」
今度は素直に歩き出したが、男の言い方が気になっていた。
⸻
共和国司法軍サーティネイニアン基地は、造船区から連絡艇で15分ほどの場所にあった。
大型艦用の係留施設に補給区画、管制塔も備えていたが、公王軍の基地ほどの規模はなかった。移動中、アルドレンは、ここの司法軍がサーティネイニアンだけを守っているのではなく、周辺宙域の任務も受け持っていると説明した。
故郷の防衛を受け持つ公王軍の基地より小さいのに、こちらの担当範囲は広い。そのことが気になったが、管制室へ入ると、アレクシアールの目は中央の立体表示へ向かった。
サーティネイニアン星系が、部屋の中に浮かんでいた。惑星や衛星、軌道居住区、造船所の間を民間航路が結び、その上を何百という光点が動いている。公王軍と司法軍の艦艇、税関船、警備艇、民間の輸送船や旅客船が、それぞれの色で同じ星系図の上に並んでいた。
「すごい……」
足を止めると、先を歩いていたアルドレンが振り返った。
「見惚れるのは、案内を聞いてからにしろ」
「見ていないと、分からないだろ」
答えながらも、今度は父の隣まで進んだ。案内役の司法軍士官は、星系図の一角を拡大した。
「こちらから御覧になりますか。機密情報は伏せてありますので」
アレクシアールが近づくと、士官は基地の表示を選んだ。その脇に所属艦の一覧が開き、三隻の大型艦の姿が並んだ。
「ドレッドノート級が、三隻いるんだ」
「当基地の基幹戦力です。定数は三隻ですが、現在ここにいるのは一隻ですね」
「ほかの二隻は、どこにいるの」
「一隻はセクター外縁で護送任務中です。もう一隻は機関整備のため、造船区へ入っています」
士官はそれぞれの艦を指し示した。アレクシアールは最後に残った一隻を見た。
「じゃあ、今ここから出せるのは、この船だけ?」
「ドレッドノート級に限れば、そうなります。ほかにも小型クルーザーや哨戒艇がいますし、公王軍との協力もあります。基地の戦力が、この三隻だけというわけではありません」
造船所で見た整備計画を思い出した。ここでも、所属艦の一覧には三隻が並んでいる。だが、一隻は既に任務に出ており、もう一隻は修理中だった。
「その一隻も、サーティネイニアンだけを守る船じゃないんでしょう」
「ええ。別の星系で海賊が出れば、そちらへ向かうこともあります」
「全部出ることもあるの?」
「通常は基地を空にはしません。ただ、緊急事態の規模によっては、かなりの戦力を外へ出すことになります」
アレクシアールは、星図上の公王軍艦艇へ目を移した。
「だから、公王軍もいるんだ」
「理由はほかにもあるが、それも大きい」
アルドレンが答えた。
「司法軍は共和国の任務を受け持つ。公王軍は、まずサーティネイニアンを守る。同じ共和国に属していても、役割は同じではない」
「ここが攻撃されている時に、司法軍が別の星にいたら?」
「公王軍が戦う。必要なら司法軍の援軍も求めるが、来るまで待っているわけにはいかない」
アレクシアールは父の顔を見てから、再び表示へ向き直った。
「別の星にも、自分たちの軍がいるの」
「多くの星系にはな」
「企業の武装船もあるし、警備会社もいるでしょう」
「そうだ」
知識としては、前から知っていた。地方政府には自分たちの軍があり、企業は武装船を持ち、共和国には司法軍がある。それが一枚の星図に並ぶと、急に奇妙なものに見えた。
「共和国は、国だよね。どうして、みんな別々に軍を持っているの」
案内役の士官がアルドレンを見た。近くの卓で仕事をしていた士官も顔を上げたが、公王は表情を変えなかった。
「共和国だけでは、すべての星系を直接守れない。だから、それぞれに自分を守る力が要る」
アレクシアールは頷きかけ、途中で止まった。
「でも、そうしたら、共和国が全部を動かすことはできないでしょう」
公王軍の艦を指し、それから司法軍の表示へ指を移した。
「公王軍は父上の命令で動いて、司法軍は共和国の命令で動く。企業の船は会社の命令でしょう。同じ共和国にいるのに、命令する人は別々だ」
そこで父を見上げた。
「困らないの?」
「困ることはある」
アルドレンは率直に答えた。
「だが、全部を一つにすれば済むほど簡単でもない。共和国は大きいし、それぞれの星系にも事情がある」
アレクシアールは星図の端へ目を向けた。画面には、セクターの境界も表示されていた。
「ここの司法軍は、どこまで行くの」
「命令があれば、セクター外へ出ることもあります」
案内役の士官が答え、表示を縮小した。故郷の星系が小さくなり、周辺の恒星系が次々と現れる。先ほどまで部屋を満たしていたサーティネイニアンも、今では無数の光点の一つだった。
「共和国の中なら、どこでも?」
「理屈の上では。ただ、遠くの星系は、別の基地が担当することになります。当基地も、そのような地域拠点の一つです」
「その基地の船が、全部ほかへ行っていたら」
「別の基地から回すことになるでしょう」
「そっちにも、いなかったら?」
士官はアレクシアールの顔を見た。少年は星図から目を離さず、答えを待っている。
「父上、それもあり得るよね」
「あり得る。その時は、優先順位を決める」
アレクシアールは振り向いた。
「どちらを助けるか、選ぶの?」
「そうだ」
唇を結び、もう一度星図を見た。そこにある光点の、どれかを選ばなければならない。
「助けに行かない方も、共和国なのに」
「そうだ。だが、すぐに送れる艦が足りないことはある」
アルドレンは息子の隣へ寄り、縮小された星図を見上げた。
「だから、艦の数だけでは分からない。どこにいて、どれだけ早く動けて、どのくらい長く行動できるか。命令を受けてから現地へ着くまで、全部含めて戦力だ」
「着くまで? 持っているかどうかじゃなくて?」
「持っているだけでは、人は守れない」
アレクシアールは返事をせず、基地から外縁の星系へ伸びる航路を目で追った。
その時、士官が卓上の操作盤へ触れた。星図の外周で光点が一瞬途切れ、表示が戻った時には、その幾つかが見当たらなくなっていた。
「今の、何?」
アレクシアールが顔を上げると、士官の手が止まった。
「表示の調整です」
「そこにあった船が、消えたよ」
「一部の艦艇は、通常この表示には出しません」
「どうして」
士官は星図へ目を向けたまま答えた。
「それが決まりですから」
アレクシアールは、光点のあった辺りを見直した。表示から消えても、船そのものがなくなったわけではないはずだった。今もどこかを飛んでいるのに、この星図を見ているだけでは分からない。
さっきまでは、一覧に三隻と並んでいても、ここにいるのは一隻だけだと考えていた。今度は、その一覧や星図に何が載せられているのかも気になってきた。
士官は手を離し、星図は何事もなかったように回転を続けていた。
「行くぞ」
アルドレンに呼ばれ、アレクシアールは頷いた。最後にもう一度だけ表示を見てから、父の後を追った。
⸻
帰りのシャトルでは、アレクシアールは珍しく静かだった。いつもなら窓に張りつくようにして外を見るのに、今は背もたれに身体を預けたまま、眼下の惑星を眺めていた。
サーティネイニアンの夜側では、大陸に沿って都市の光が連なっている。その上を軌道交通の航法灯がいくつも横切った。
「父上」
向かいで端末を読んでいたアルドレンが顔を上げた。
「司法軍の基地は、ずっと前からあるんだよね。だったら、共和国はここにいるんだ」
「そうだな」
「でも、公王軍もいなければいけない。共和国がいるだけじゃ、足りないんだね」
アルドレンは端末を閉じた。
「基地があり、旗があり、士官がいる。確かに、ここにも共和国はある。だが、必要な時に必要なだけの力を動かせなければ、その存在には限界がある」
アレクシアールはしばらく考えた。窓の外を、貨物船の航行灯が横切っていく。
「国がある場所と、国が何かできる場所は違うの?」
「違うことはある」
「変じゃない?」
「現実は、たいていそういうものだ」
父の答えは淡々としていた。アレクシアールは納得できなかったが、それ以上は言わず、窓へ向き直った。
共和国司法軍のドレッドノート級ヘヴィ・クルーザーが見えた。基地に残っていた一隻だった。シャトルが進むにつれて、長い艦影が窓の外をゆっくりと過ぎていく。近くで見れば巨大な艦も、惑星を背景にすると、驚くほど小さかった。
「三隻のうち、ここにいたのは一隻だけだった。その一隻も、別の星へ行くかもしれないんだよね」
「それが司法軍の仕事だからな」
アレクシアールは艦影を目で追いながら、言葉を選んだ。
「だったら、どこに船があるかより、必要な時にどこまで来られるかの方が大事なんじゃない?」
アルドレンも窓の外を見た。すぐには答えず、艦が視界の端へ移ってから口を開いた。
「少なくとも、守られる側にとってはな」
その答えに、アレクシアールは小さく頷いた。
⸻
その夜は、なかなか眠れなかった。
自室の窓から王都の光を眺めながら、アレクシアールは昼間の星図を思い出していた。表示が縮小されると、故郷がたちまち小さくなり、その外側にいくつもの星系が現れた。共和国は、あれほど広い。
法律があり、元老院があり、司法軍があり、皆がクレジットを使っている。サーティネイニアンには基地まであるのだから、共和国は確かにここにいる。それでも、必要な船がすぐ来てくれるとは限らなかった。
ある基地に艦がいなければ、別の基地から回す。それは分かる。だが、いくつもの星系が同時に助けを求めた時には、行く先を選ぶのだという。星図の上ではどれも同じ光点だったが、そこにはサーティネイニアンと同じように街があり、人が暮らしているはずだった。
ふと、別の世界の記憶が浮かんだ。
道路に、警察や消防。病院、役所、軍隊。それぞれ違う仕事をしていて、すべてが同じ組織だったわけではない。それでも、誰か一人の持ち物というより、もっと大きな仕組みの中に置かれていた気がする。
統治する人間が代わっても、翌朝から道路が消えるわけではなかった。国そのものが突然なくなるわけでもない。会社が自前の軍艦を並べて戦争をすることも、少なくとも、当たり前ではなかった。
その世界のことは、ほとんど思い出せない。ただ、こちらで当たり前とされていることが、時々、ひどく奇妙に感じられた。
共和国だけではすべてを守れないから、地方政府も軍を持つ。企業も自分たちの船を武装させる。それぞれ違う者の命令で動いていても、同じ共和国に属しているのだという。父の説明を思い返してみても、まだうまく納得できなかった。
窓の向こうを、一筋の光が上昇していった。軌道へ向かう船だった。アレクシアールは顔を上げ、その行く先を目で追った。胸が高鳴るのは、昼間と変わらなかった。
以前の世界なら、あの一隻が空へ上がるだけでも、特別な出来事だったはずだ。ここでは、一日に何百、何千という船が飛んでいる。
それほど船があるのに、共和国には、まだ遠い場所がある。
必要な時に、必要なだけの力を、そこへ持っていけるか。父が話していたのは、そういうことなのだろう。アレクシアールは光が見えなくなるまで窓辺に立ち、それからようやく寝台へ戻った。
布団に潜って目を閉じても、昼間に見たものが浮かんできた。三隻の艦が並ぶ一覧と、実際に基地にいた一隻。三か月という整備予定と、いつ出られるかは分からないという乗員の返事。そして、途中から星図に出なくなった船。
書類を読めば分かると思っていた。星図を見れば、もっとよく分かると思った。それでも、目の前に示されたものだけでは、足りないらしい。
何が足りず、どうすれば分かるのか。そこまでは、まだ言葉にできなかった。
翌朝になっても、疑問は消えなかった。