STAR WARS: STAR DESTROYER   作:あーくわいてんず

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練度

C.R.C. 7951.278 第十一演習区、司法軍艦《アシュアランス》

 

 《アシュアランス》は、プロヴィデンス級になった。

 

 少なくとも、演習の中ではそういうことになっていた。艦橋の表示に《DD-I型》という符号が加わり、赤軍として認められる兵装と搭載戦力が出ている。窓の外へ目を向けても、プロクラメイター級の幅広い船体に変化はなかった。食堂の朝食も、昨日までと同じだった。

 

「速力の制限を、もう一度確認してくれ」

 

 トーリンが航法担当者へ言った。自艦で可能な運動でも、想定艦の性能を越えるものは使えない。逆に、こちらが実際に積んでいる数より多い航空機は、統裁部の判定で補われる。艦橋には、普段の操艦資料と演習用の制限表が並んでいた。

 

 シーアはその後ろで、評価席の端末を開いた。縁取りは白いままだった。《アシュアランス》が赤軍へ回っても、隣に座っていた自分まで相手の輸送船を沈める仕事になるわけではない。

 

「白い方は準備できたか」

 

 艦長に訊かれ、シーアは接続状況を確かめてから答えた。

 

「はい。記録を開始しています」

 

「では、よく見ていてくれ。今日は昨日より、勝ったように見えるはずだ」

 

 近くの士官が笑った。通信の向こうでは、《ステッドファスト》のドレイが、それなら相手が誰か確認してから言えと返した。

 

 赤軍の前衛を受け持つのは、《アシュアランス》と《ステッドファスト》、それにコルヴェット二隻だった。ドレッドノートはFF-I型の役を与えられ、艦載機と地上の迎撃部隊が別に付く。演習宙域の外側には、後続の赤軍主力もいた。

 

 こちらの目的は、進出してくる青軍の輸送を妨害することだった。前の段階で第六展開群が守った港も、今回は、別の部隊が守る青軍の拠点になっている。艦も部隊も、所属の色を替えるたびに新しい任務を受け取った。

 

 ただし、乗員の疲れまで入れ替わるわけではなかった。休養と点検を済ませられなかった艦は参加せず、航空隊の構成も前回とは違っている。シーアは名簿の変更を確かめ、白い画面の時刻を進めた。

 

 最初の接触報告が入ったのは、その直後だった。

 

 *

 

 青軍の先行艦は、思っていたほど近づいてこなかった。

 

 《アシュアランス》が正面へ出ると、相手は進路を斜めに変え、こちらとの距離を保った。その後ろから主力艦が現れる。さらに遠く、輸送船らしい反応が二つのまとまりに分かれていた。

 

「右の船団が速い」

 

 センサー担当者が言った。護衛艦も右へ寄っている。トーリンは《ステッドファスト》へ、その進路を押さえるよう命じ、自艦を外側へ動かした。

 

 前方へ出れば、青軍が迎撃に来る。引けば、相手は輸送船を前へ進める。その間で一度だけ、護衛と船団の距離が開く瞬間を作るつもりだった。

 

 青軍は追ってこなかった。

 

 護衛艦の一隻がこちらへ艦首を向けたが、速力は変わらない。その後ろで輸送船が進路を変え、主力艦の陰へ入った。相手の指揮官も、前の課目で起きたことを読んでいるらしかった。

 

「お誘いには乗らんか」

 

 トーリンは呟き、航空担当者へ顔を向けた。

 

「右側へ攻撃隊を出す。左の監視は切るな」

 

 発進した機体が、艦の下を抜けていった。実機の航跡へF-I型とFA-I型の印が重なり、編隊ごとに演習上の戦力が加えられる。窓から見える機体より、艦橋の図の方がずっと混み合っていた。

 

 その図を見ながら、シーアは無意識に前へ身を寄せた。青軍の護衛が間に合う前に届けば、輸送船へ攻撃を集中できる。あと数分、相手が同じ進路を保ってくれればよかった。

 

「どちらを応援しているの」

 

 セルトに小声で訊かれ、椅子へ背を戻した。

 

「応援していません」

 

「そう」

 

 彼女は自分の端末へ視線を戻した。何も付け足されなかったので、かえって落ち着かなかった。

 

 右側の青軍部隊が、突然、進路を大きく変えた。

 

 逃げているように見えた。FA-I型の攻撃を避けて分散し、護衛艦がその後ろへ回る。輸送船を追えば、今度こそ攻撃の位置へ入れる。

 

 トーリンは、すぐには追撃を命じなかった。

 

「左の船団、再識別」

 

「大型反応四。速力を落としています」

 

「航行灯以外の発信は?」

 

「少ないです。護衛側がまとめて応答しています」

 

 シーアの白い画面には、それぞれの積荷が出ていた。右の二隻は、港から戻ってきた空船だった。青軍の指揮官はそれを護衛しながら、本来の補給船団より目立つ位置へ出していた。

 

 左の四隻には、実際に港へ入れる必要のある貨物が積まれている。

 

 トーリンは左側へ攻撃を切り替えた。しかし、既に発進した編隊の一部は遠くへ進んでいる。引き返す間にも、青軍の四隻は護衛の内側を通っていた。

 

「左へ針路変更。主砲、前方二隻を拘束する」

 

 床に振動が走った。《アシュアランス》が回頭し、青軍の主力艦が窓の正面へ入る。互いに砲を向けたまま距離を詰め、射撃の諸元が判定回線を埋めた。

 

 舷側に被害の表示が点いた。実際の区画は無事だったが、演習上は電源が一系統失われている。砲術長が残った兵装へ割り当てを変え、機関担当者が使用可能な推力を報告した。

 

「《ステッドファスト》、左へ回れますか」

 

『回れる。ただし、そちらの進路を横切る』

 

「当艦が下へ抜ける。抜けたら続け」

 

 青軍の艦がさらに寄った。窓の外で船体が大きくなり、艦橋塔の下に並ぶ灯が見分けられるようになる。実弾を使わない戦闘でも、その大きさまで仮想になるわけではなかった。

 

 航法担当者が距離を読み上げた。

 

 トーリンは自艦を傾け、相手の下方へ抜けた。青軍の砲塔がこちらを追う。その向こうへ《ステッドファスト》が出て、片舷の火力をまとめて向けた。

 

 青軍艦の一隻へ、戦闘能力低下の判定が付いた。

 

 それでも、相手は退かなかった。自艦が傷つく間に、輸送船を通すつもりだった。シーアはその船の動きを見て、数日前の《メレク》を思い出した。

 

 四隻目の輸送船が、護衛艦の後ろを横切っていく。

 

「航空隊、再攻撃可能」

 

 担当者が報告した時には、青軍の迎撃機も戻ってきていた。

 

 *

 

 航空隊の管制を引き継ぐ回線が、一度途切れた。

 

 シーアは顔を上げた。前回の事故以来、何度も読み直した箇所だった。艦から出た機体が、別の担当区域へ入る。向こうの管制官が受け取ったことを確かめるまで、こちらも追跡を続けることになっている。

 

「受け入れ、未確認。第四編隊は待機点を維持」

 

 航空担当者が命じた。攻撃に使える位置は目前にあったが、編隊はそこで針路を変えた。シーアは時刻を見た。十五秒。二十秒。艦橋の別の卓では、早く入れられないかという声が上がる。

 

「受け入れを確認してからです」

 

 担当者は繰り返した。回線を替え、同じ内容をもう一度送る。

 

 相手の返答が来たのは、四十六秒後だった。

 

 機体が進入を再開する。その間に、青軍の防御は厚くなっていた。赤軍の攻撃隊は、先ほどより不利な位置から入らなければならない。

 

 トーリンは、通さなかった担当者を叱らなかった。前方の艦へさらに近づき、そちらから航空隊の射界を開こうとした。

 

 《アシュアランス》に、次の被害が出た。

 

 推進能力の低下。格納区画の一部が使用不能。さらに、既に損傷していた電源系統へ被害が重なる。

 

 艦橋の表示が、停止を求める白い帯に覆われた。

 

 撃沈判定だった。

 

 トーリンは短く息を吐き、指定された退避針路へ艦を向けさせた。航空担当者が、既に飛んでいる部隊の扱いを統裁側へ確認する。母艦を失った想定のまま、残りの航空作戦は続く。

 

 シーアは記録を続けた。窓の向こうには、港を目指す輸送船が見えた。四隻とも、決められた通過線を越えつつある。

 

 右へ出ていた空船二隻は、損傷判定を受けて引き返していた。空船でも乗員はいる。その被害は青軍の損害として残る。赤軍は何もできなかったわけではないが、阻止すべき補給は通してしまった。

 

 ドレイから通信が来た。

 

『こちらも後退する。次は、先にそちらへ付いていくべきだったな』

 

「追われるつもりで動きすぎた」

 

 トーリンは答え、演習用の作戦表示を閉じた。艦内の設備は動き、乗員も自分の席にいる。負けたという事実だけが、その場に残った。

 

 シーアは、管制の引き継ぎに要した四十六秒へ印を付けた。その下には、《衝突なし》とだけ書いた。

 

 *

 

C.R.C. 7951.282 第十一演習区、評価要員控室

 

 後半の演習では、艦隊を一度に動かす課目より、同じ部隊で繰り返す課目が増えた。

 

 目標の情報を渡す。管制を引き継ぐ。損傷した艦から、残る艦へ指揮を移す。一つの艦橋で済んでいた時には気づかなかった手間が、隣の艦へ渡した途端に現れる。こちらの仕事が終わった時刻と、相手が始められた時刻の間には、たいてい隙間があった。

 

 シーアは、最初にその隙間をすべて短くしようとした。

 

 セルトへ出した一覧には、受信の復唱、識別の照合、作業開始の確認が順に並んでいた。重複しているように見える欄もある。それをまとめれば、時間を減らせるのではないかと思った。

 

 航空隊の担当者は、一覧を読み終えると、一つの項目を指した。

 

「これを、どちらへまとめるのですか」

 

「受信確認へです」

 

「受信したことと、こちらの編隊を扱える状態になったことを、一度に返す?」

 

「できる時には」

 

「できない時は?」

 

 シーアは、前の演習で編隊が待っていた四十六秒を開いた。向こうの担当者は、通信の内容を受け取っていた。それでも、別の編隊を退避させる指示が続いていたため、こちらを入れられなかった。

 

 その確認をまとめると、今度は、受け取ったかどうかが分からないまま待つことになる。

 

「これは残します」

 

「お願いします」

 

 相手はそう言って、次の項目へ進んだ。叱られたわけではなかった。だからこそ、自分がよい案だと思っていた部分を、シーア自身で削らなければならなかった。

 

 代わりに残ったのは、相手側で使っている編隊番号との対応を、出発前に確認できる形へ変える案だった。通信を短くするというより、同じことを最初から聞き直す回数を減らす。

 

 試してみると、一度目は上手くいった。二度目は途中で編成が変わり、古い番号が残った。シーアは変更を伝える欄を足しかけ、手を止めた。別の場所に、既に同じ連絡を出す仕組みがある。

 

 そこへ反映されていないだけだった。

 

「また、増やすところだった」

 

 呟くと、隣のベンナーがこちらを見た。

 

「作ったら、お前が使うんだぞ」

 

「使います」

 

「では、夜の最後の当直でも読めるものにしろ。今のお前なら読める、では困る」

 

 シーアは画面を一度閉じ、文字を大きくして開き直した。項目の半分が、画面の外へ出た。

 

 ベンナーが黙って見ている間に、表示する順番から作り直した。

 

 *

 

 ラヴェンが死亡した事故の中間報告が来たのは、同じ日の夕方だった。

 

 シーアが受け取れたのは、演習と再訓練に必要な部分だった。個々の証言や医療記録が、そのまま全部送られてきたわけではない。

 

 事故前、二つの編隊が別々の担当から進路変更を受けていた。片方は旧来の手順で変更を伝え、もう片方は、増設された管制区分を使っていた。予定経路の重なりを指摘する表示は出ていたが、片方の機体は既に次の担当へ渡ったものとして扱われていた。

 

 飛んでいた者も、地上や艦内で管制していた者も、それぞれの資格は持っていた。

 

 この組み合わせで、一緒に行った訓練が足りなかった。

 

 報告書は、それだけを原因にしてはいなかった。指示の内容、確認を省いた箇所、警報への対応は、それぞれ調べる必要がある。しかし、今いる者へ「よく注意しろ」と伝えるだけでは、別の基地へ行った時に同じことが起きる可能性を残すとも書かれていた。

 

 シーアは報告を閉じ、先ほど作り直した画面を開いた。

 

 文字の大きさも、項目の順番も変わっている。あの時にもこれがあれば、と考えかけてやめた。自分が二日で直した表示一つで、全部が防げたと言えるほど、調べ終えたことは多くなかった。

 

 航空担当者から、翌日の訓練時刻が来た。

 

 シーアは参加する者の名を確かめた。次の当直も加えるよう、担当者が追記している。明日の一回を見れば済む予定ではなくなった。

 

 *

 

C.R.C. 7951.285 第十一演習区

 

 演習終了の通報が出た時、《アシュアランス》では、補給品の受け入れが続いていた。

 

 赤軍の表示が消え、普段の司法軍の識別へ戻る。中央の回線では参加部隊への労いが読み上げられ、遠い演習区でも同じように訓練が終わっていった。こちらの甲板では、止めていた車両がまた動き始めた。

 

 艦長は、艦内放送で乗員へ話した。

 

「各員、ご苦労だった。帰投までが任務だ。点検と引き継ぎを終えた者から休養を取ってくれ」

 

 短い放送だった。食堂の当番が、夕食には一品増やすと言った方が、近くの者たちには大きな出来事だったらしい。

 

 シーアはその笑い声を聞きながら、評価要員の部屋へ戻った。

 

 机には、最初の総括資料が届いていた。銀河全域で実施した課目、参加した部隊、予定した進出先へ到達した艦。大きな数字が並び、その下に問題点が付いている。

 

 これだけの艦隊を同時に動かせたのは、確かに成果だった。元の警備任務を引き継ぎ、別の基地で補給を受け、普段は一緒に動かない部隊が同じ作戦へ入る。シーアが見た範囲だけでも、以前には無理だったことがいくつもある。

 

 ただ、演習を終えた部隊を、そのまま新しい任務へ割り当てられるかという欄は、まだ空いていた。

 

「ここを埋めます」

 

 セルトが、新しい依頼を転送してきた。

 

 作戦担当側は、演習で練成を終えた部隊から、増勢した後の配置へ移したいと考えていた。艦を港で休ませる日数も、再び警備へ出す日も決めなければならない。いつまでも演習参加という扱いでは置いておけなかった。

 

「部隊ごとに、実施した範囲と、残る課目を整理します。派遣されていた支援要員が戻った後の編成で、何ができるかを出してください」

 

 シーアは、受け取った人員表を開いた。

 

 見慣れた名前が、いくつもあった。

 

 同じ名前が、別の部隊にもあった。

 

 彼は一度上へ戻り、日付を確かめた。日が違う。別々の訓練へ、順番に同じ者が出ていた。記録としては間違っていなかった。

 

 その者が、次にどこへ戻るのかを開く。

 

 これから任務を与える三つの班のうち、一つにしか名前が残らなかった。

 

 シーアは、椅子を机へ寄せた。

 

 *

 

C.R.C. 7951.287 第十一演習区、部隊練成調整室

 

 ペル・グラフは、シーアが顔を覚えている甲板班の先任下士官だった。

 

 再訓練の時には艇の内側へ立ち、地上展開では別の班とともに作業していた。こちらが質問する前に、何を見たいのか分かる人でもあった。シーアは何度も、彼の説明に助けられている。

 

 今、その名前が三つの実施記録に入っていた。

 

「助勤です」

 

 練成調整担当のキャプテン・ユラス・ハーヴェルは、資料を見せながら説明した。

 

「新しい班へ熟練者を付けました。最初から若い者だけで実施するより、その方が早く揃う。訓練の組み方自体に問題はないはずです」

 

「はい。ただ、実際の任務に出る時には、三つへ付くことはできません」

 

「だから、習った者が次を行うんです」

 

 ハーヴェルは、個人ごとの確認結果を示した。合格の印が並んでいる。グラフだけが作業し、残る者が眺めていたわけではなかった。

 

 シーアも、そのことは知っていた。映像を送ると、若い甲板員が誘導を出し、車両が進んでいく。グラフは横に立っているだけに見えた。

 

 途中で、グラフの口が動いた。

 

 艇内の甲板員がこちらを振り向く。その後、地上の誘導者へ確認が出た。荷物が少し動かされ、車両が再び進む。

 

 別の場面では、運転手が合図を待つ間に、グラフが立つ位置を変えていた。そこからでなければ、車輪の脇へ置かれた機材が見えない。

 

「この確認を、次は誰がするんですか」

 

 シーアが訊くと、ハーヴェルは班長の名を示した。

 

「班長です。彼にも分かっています」

 

「グラフ先任がいない状態では、まだ見ていません」

 

 相手は端末から顔を上げた。

 

「全員が、熟練者と同じになるまで帰せませんか」

 

「そういう意味ではありません」

 

「では、どこまで確かめればいいんです。いま外せない者がいるなら、それは部隊の構成に含める。実施できた訓練まで、できなかったことにする必要はないでしょう」

 

 シーアは、すぐには返せなかった。

 

 ハーヴェルが焦っている理由も分かった。基地から送り出した者を、いつまで借りていられるかは決まっている。家へ戻る者も、次の勤務がある者もいた。ここで全員を残せば、その先が動かなくなる。

 

 セルトは二人の話を聞き、シーアへ資料を返した。

 

「実施した事実は残します。そのうえで、同時に使える班をいくつとするのか、案を出してください。三つとも止める以外の案も」

 

 ハーヴェルが頷いた。シーアも頷いたが、資料の上へ置いた手は、すぐには動かなかった。

 

 安全だと言えない。だから待たせる。

 

 そこで仕事を終えることは、認められなかった。

 

 *

 

 翌日の確認では、最初の班が、一度もグラフを呼ばずに作業を終えた。

 

 艇へ入る前に機材の位置を確かめ、誘導者が見えなくなる場所へ補助員を置く。途中で荷物の順番が変わったが、班長は作業を止め、運転手と甲板員を呼んで変更を伝えた。初回の訓練より時間はかかった。それでも、誰が次の指示を出すのか分からなくなる場面はなかった。

 

 グラフは白線の外で腕を組んでいた。シーアが顔を向けると、顎をわずかに動かした。褒めたのか、見た通りだと言ったのかは分からなかった。

 

 第二班では、積荷の固定を外す順番で一度止まった。班長が確認し直し、やり直す。その後は最後まで進んだ。

 

 第三班は、途中でグラフを見た。

 

 彼は何も言わなかった。甲板員はもう一度車両を見て、地上の誘導者へ合図を出した。相手が意味を取り違え、車両が動きかけたところで、別の甲板員が停止を求めた。

 

 危険な位置へ人が入ったわけではない。安全担当も介入していない。けれど、止まった後に誰が確認をまとめるか分からなくなり、今度は本当に、グラフを呼ぶしかなくなった。

 

「作業はいったんここまで」

 

 ハーヴェルが命じた。訓練を止めるための合図が出てから、グラフが白線を越えた。

 

 彼は最初から説明をやり直したわけではなかった。班長の隣へ立ち、誰の返事を待っていたのかを一人ずつ聞く。二人が同じ相手を指し、その相手が、別の者からの確認を待っていたと答えた。

 

 それを聞いた若い甲板員が、しまったという顔をした。

 

 グラフは、次はそこから始めると言った。

 

 *

 

 シーアの初めの案は、三班すべてに追加の確認を求めるものだった。

 

 確認を終えた日の午後には、そのうち二つを書き換えた。第一班については、実施した条件で、熟練者の助勤なしに作業を行えたとする。第二班は、班内でのやり直しを含めて評価する。第三班だけが、まだ支援を外せなかった。

 

「三つまとめて、未確認にするところでした」

 

 シーアが言うと、セルトは一つ目の記録へ目を落とした。

 

「確認する前は、未確認で合っている。今は見たでしょう」

 

「はい」

 

「では、見た分を変えればいい」

 

 彼女は案を返し、第三班の欄を開かせた。新しい訓練案には、二つの経路が残っている。助勤要員を含めて一つの部隊として動かすか、支援を外せるまで追加の訓練を行うかだった。

 

 支援を続ける案は、すぐに使える。ただし、グラフの元の勤務先では、彼が帰ってくることを前提に次の当直が組まれていた。そこへ別の熟練者を回せば、その者のいた場所が空く。

 

 シーアは何度か人員表を開き直した。見つけた空欄は、休養のためのものだった。そこを勤務へ変えれば人数は揃うが、次の週も同じことをするしかなくなる。

 

 ハーヴェルからは、地上の訓練施設を使える期間が送られてきた。空いているわけではない。別の部隊が始める予定だった課目と入れ替え、限定した期間だけ借りられる。

 

「これなら、第三班を残せます」

 

 シーアは日程を示した。

 

「グラフ先任の助勤を延長します。元の班には、交代要員が着くまでの勤務変更をお願いする。第一班と第二班は、それぞれ確認できた範囲の任務へ戻す」

 

「延長の最終日は?」

 

「三〇六日です。それまでに支援を外せるか、もう一度確認します」

 

「外せなかったら」

 

「確認できた作業だけに任務を限るか、支援を含む編成を正式に組みます。訓練の延長を繰り返して埋める扱いにはしません」

 

 セルトはシーアを見た。今度は、すぐに資料へ戻らなかった。

 

「第三班も、グラフ先任も、元の予定ではその前に帰るはずだった」

 

「分かっています」

 

「担当する部隊へ説明して、意見を受けてください。命令を出すのは向こうです。私は、査閲側の所見としてこれを出します」

 

 シーアは頷き、作成者の欄を確かめた。

 

 アレクシアール・ヴァラリアン。

 

 消して別の誰かの名にする理由はなかった。

 

 *

 

 グラフは説明を聞き終えると、自分の予定を端末で開いた。

 

「十日以上、延びますね」

 

「はい。施設を使える時間と、確認する課目を合わせると、そこまで必要になります」

 

「夜間までやるのですか」

 

「最初から全部ではありません。昼間の作業を、班だけで行えるようにしてからです」

 

 グラフは日付へ指を置いたまま、しばらく動かなかった。近くでは第三班の者たちが荷物をまとめていた。すぐ船へ戻るつもりで開いていた箱を、もう一度閉めている。

 

「家で、用事があったんです」

 

 グラフが言った。

 

 シーアは相手を見た。何の用事か訊いてよいのか分からずにいると、彼の方から続けた。

 

「娘の舞台です。今度は来ると言ってあった」

 

「……日程を、もう一度確認します」

 

「ほかに代わる人はいますか」

 

 答えられなかった。

 

 人員表は何度も見た。帰る前に済ませられる課目も、その後へ残る課目も並べた。その作業の中に、娘の舞台という言葉はなかった。

 

 グラフは端末を閉じた。

 

「この班を見たことのない人が来れば、先にそちらへ説明が要るでしょう。私が残ります。ただ、予定通りに終わらせてください」

 

「僕も残ります」

 

 口にしてから、それが返事になっていない気がした。グラフも、感謝した顔にはならなかった。

 

「確認する人が残ってくれるのは助かります。でも、帰れない日が減るわけではないですから」

 

 シーアは頷いた。

 

 グラフは、家へ連絡する時間が欲しいと言った。シーアはその場を離れ、控室まで戻ってから、自分の帰投予定を開いた。

 

 コルサントへ戻るはずだった日。その翌日の午後には、四人で会う約束が入っていた。

 

 シーアはリヴィアへ、延期を頼む通信を作った。文面の最初へ仕事の説明を長く書きかけ、全部消した。

 

『帰る日が延びた。約束の日には戻れません。ごめん』

 

 理由は、その後に短く足した。

 

 返事はしばらく来なかった。シーアは通信画面を閉じ、翌日の施設使用予定へ戻った。

 

 *

 

C.R.C. 7951.292 第十一演習区、後方医療施設

 

 レンダの病室には、小さな窓があった。

 

 外に見えるのは、離着陸場の端と、その向こうの低い丘だけだった。シーアが入ると、レンダは端末を伏せ、ベッドの背を起こした。装具に包まれた脚は動かなかったが、顔色は搬送された時とは違っていた。

 

「ヴァラリアンさん」

 

「面会していいと聞いたので。長くはいません」

 

「構いません。何か、書類ですか」

 

 シーアは手に持っていた袋を見た。書類ではなかった。班の者たちから預かった私物と、ベンナーに頼まれた本が入っている。

 

「荷物です。ベンナー先任から、これも」

 

 レンダは本を受け取り、表紙を見て笑った。

 

「あの人、まだ持っていたのか」

 

「借りていたんですか」

 

「貸していたんです」

 

 シーアも笑った。何と言って入ればよいか、廊下で考えていた言葉の大半が必要なくなった。

 

 レンダは袋から身の回りの品を取り出した。充電器、替えの服、小さな箱。作業用の道具は船へ残してあると伝えると、その箱だけ来ればいいと答えた。

 

「次は、家に近い病院へ移るそうです。移送の担当も決まりました」

 

「連絡先は分かりますか」

 

「はい。この間、窓口が変わらないようにすると説明がありました」

 

 シーアは頷いた。観閲拠点でベイルが確かめていたことを思い出したが、自分の手柄のように話すのは違うと思った。レンダは病院側から受け取った案内をしまい、艦のことを訊いた。

 

「みんな、もう帰りますか」

 

「戻り始めています。残って訓練をする者もいます」

 

「また、積み下ろしですか」

 

「はい」

 

 レンダは脚を見てから、窓へ視線を移した。

 

「今になって、どちらを見ていたのか聞かれるんです。車両だったのか、誘導していた人だったのか。その時は両方を見ていたつもりでした」

 

 シーアは椅子へ座り、相手が続きを話すのを待った。

 

「映像には、違う方を向いているところがあるでしょう」

 

「あります」

 

「そこへ何で入ったのか。入る前には何を聞いたのか。考えると、だんだん、後で聞いた話なのか自分で覚えていることなのか分からなくなって」

 

 シーアは、事故の日に見たものを思い出した。倒れた身体。止まった車両。自分の袖へ伸びた手。その一つ一つは鮮明なのに、順番を正確に答えろと言われれば、映像を確かめなければならないところがある。

 

「僕も、見たところを後から確認しました。全部、最初から覚えていたわけではありません」

 

 レンダはこちらを見た。

 

「そうですか」

 

「分からないところを、分かったことにはしませんでした」

 

 レンダは小さく頷き、受け取った本の端を指で撫でた。

 

「じゃあ、そう答えておきます」

 

 面会の終わりに、シーアは、何かほかに必要なものはないか訊いた。レンダは少し考えた後、道具箱に自分の名札が付いているか確かめてほしいと言った。

 

「戻る前に、次の人へ全部渡されると困るので」

 

「確認します」

 

 レンダは礼を言い、本を開いた。シーアは病室を出てから、班の担当者へ短い連絡を送った。道具箱は保管され、名札も残っているという返事が来たので、そのままレンダへ伝えた。

 

 次の面会者が、廊下で待っていた。シーアは道を空け、医療施設の出口へ向かった。

 

 *

 

C.R.C. 7951.297 第十一演習区、地上訓練施設

 

 グラフは、前より口を出さなくなった。

 

 最初の数日は、車両を動かさずに人だけで歩いた。艇の内側から外へ。外から運転席へ。同じ場所でも、そこから何が見えるかは違っている。班長がグラフの代わりに質問し、若い甲板員が、相手の立つ位置を変えるよう頼んだ。

 

 車両を入れると、通路は急に狭くなった。

 

「そのまま、見えるか」

 

 班長が訊く。甲板員は身を乗り出しかけ、やめて首を振った。機材の置き方を変えると見えたが、今度は次の車両の進路へはみ出す。

 

 やり直した。

 

 シーアが持っていた最初の日程表には、一回目、二回目、三回目と課目が並んでいた。三回目を終えれば次へ進むつもりだったが、グラフは四回目も同じものにした。

 

「慣れてきたところで別のことをやると、また私を見るんです」

 

 彼は、訓練の合間にそう説明した。班長が自分で確認し、隣の者へ聞くようになるまで待つ。グラフが答えた方が早い時でも、先に返さない。

 

 待つ時間は長かった。

 

 シーアは端末から顔を上げるたび、同じ車両が同じ位置にいるような気がした。よく見れば、誘導者が変わり、荷物の順番が変わっている。艇内へ響く声も、昨日とは違った。

 

 午後には、KDY側の技術担当者が来た。

 

 カースが観閲時に検討を求めた停止表示の試験だった。正式な改修品ではなく、配置と見え方を確かめるための機材を持ち込んでいる。艇内へ取り付け、車両を止めた状態で、各位置から表示を確認した。

 

「こちらからは見えません」

 

 若い甲板員が言った。技術者は艇の外から見上げ、見えるはずだと答えかけたが、本人の立っていた場所へ移って黙った。

 

 車両の側面が、表示を隠していた。

 

 位置を変える。別の者が、今度は別の角度から確かめる。グラフは作業へ入らず、班長にその確認をまとめさせた。

 

 シーアは、その映像を技術者へ渡した。カタログに付ける写真ではなく、機材を置く位置が駄目だったという写真だった。

 

 技術者は礼を言い、次の試験までに配線の取り回しも変えると答えた。

 

 *

 

 夕方、シーアは部隊の予定を閉じ、リヴィアから来ていた返信を開いた。

 

『分かった。三人の予定はそのままにして、先に会うね。帰る日が決まったら教えて』

 

 短い文面だった。怒っているとも、怒っていないとも書いていなかった。その下には、カッシオからの通信が転送されていた。

 

『港を開く演習から帰るために、また港を待つのか』

 

 シーアは笑い、違う、今回は人だと返しかけた。途中でやめて、訓練が続いているとだけ答える。非公開の記録を使わなくても話せることはあるが、今ここで全部を説明しようとすれば、また相手へ仕事を持ち込むことになる。

 

『そっちは?』

 

 訊くと、カッシオは自分も予定がずれたと答えた。演習へ出ていた艦が戻らず、受け取るはずの機材も遅れているらしい。

 

『帰ってきたら話す。今は食べろ』

 

 そう書かれていたので、シーアは時計を見た。夕食の時間を半分過ぎている。

 

 食堂へ行くと、グラフが窓際に座っていた。こちらに気づいて片手を上げ、隣の椅子へ置いていた荷物を下ろした。シーアが座ると、向かいの甲板員が、自分より遅かったと笑う。

 

 グラフの端末では、小さな舞台の映像が止まっていた。

 

「届いたんですか」

 

「家からです」

 

 グラフは画面をこちらへ向けなかった。自分の側へ寄せ、食事の間に続きを見る。シーアも覗き込まずに皿へ手を伸ばした。

 

 数分後、グラフが一度だけ笑った。

 

 シーアは、その笑い声でようやく肩の力を抜いた。だからといって、本人が客席に座れたことにはならなかった。

 

 *

 

C.R.C. 7951.304 第十一演習区、地上訓練施設

 

 確認の日、グラフは艇から離れた場所にいた。

 

 シーアたち評価要員も、班員の見える場所を塞がないよう後ろへ下がった。安全担当は残っていたが、作業の順番を教える者はいない。班長が名を呼び、全員の配置を確かめた。

 

 最初の車両は、問題なく出た。

 

 二台目は、途中で止まった。誘導者の声が艇の機関音に隠れ、運転手が聞き取れなかったためだった。前なら、近くにいた者が代わりに手を振っていた。その日は、班長が自分のところへ返すよう指示し、全員が停止したことを確かめてから、合図の方法を切り替えた。

 

 車両が再び動く。

 

 シーアは時計を見た。予定より遅い。けれど、その遅れを取り戻そうとして次の車両まで勝手に動くことはなかった。

 

 三台目の後で、荷物の固定をやり直した。最後の車両が艇を離れ、班長が終了を報告する。グラフへ目を向けた者は、一人もいなかった。

 

 ハーヴェルが、次の課目を始める前に休憩を取るよう命じた。

 

 その日の午後、受け取り側の班を替えて、もう一度行った。相手は訓練をずっと一緒にやってきた者ではない。最初の確認に時間がかかり、一回目よりさらに遅くなった。

 

 それでも、最後まで終わった。

 

 シーアは二つの記録を並べ、同じ班での実施と、別の受け取り側と組んだ実施を分けた。グラフはその横で、班長へ何かを渡していた。

 

 自分が使っていた、機材配置のメモだった。

 

「後は、自分たちのものを作れ」

 

 それだけ言って、グラフは白線の外へ戻った。

 

 *

 

C.R.C. 7951.306 第十一演習区、地上訓練施設

 

 第三班の夜間課目は、全部を終えられなかった。

 

 使用できる施設の時間と、勤務の調整が足りなかった。夜に一度できたから、以後のすべてを認めるという扱いにはしない。最終的な所見には、昼間の作業について確認した範囲と、夜間に残った条件を記した。

 

 ハーヴェルはそれを読み、次の勤務先へ送る資料の先頭へ入れた。

 

「当面の任務は、これで組みます。夜間については向こうで訓練日を確保しました。予定も付けます」

 

 シーアは日付と担当者を確かめた。今度は、誰かが後でやるという空欄ではなかった。

 

「確認する前に、全部を残すと言ってすみませんでした」

 

 言うと、ハーヴェルは椅子へ背を預けた。

 

「残した後の予定まで考えてもらえれば、話はできます」

 

「はい」

 

「こちらも、合格と書いてあるから次へ出せると思いすぎた。助勤を付けたままならできることと、助勤を戻してからできることを、同じ一覧で読んでいました」

 

 彼は第三班の名簿を閉じた。最後の承認は、セルトと部隊側の指揮官がそれぞれの立場で行う。シーアの欄には、実施記録を作成した者として署名が残った。

 

 グラフの助勤は、その日で終了することになった。

 

 シーアはその連絡を持って、片づけの進む訓練場へ行った。グラフは空になった道具箱の底を拭き、戻す機材の数を確かめていた。

 

「帰投の日、確定しました」

 

 日付を見せると、彼は一度だけ頷いた。

 

「班長も聞きましたか」

 

「はい」

 

「なら大丈夫です。向こうが分からないうちに帰ると、また呼び戻されますから」

 

 グラフは箱を閉めた。シーアが手を出すと、反対側を持つように言われた。二人で運んでみると、見た目より重かった。

 

「腰から上げないで」

 

「分かっています」

 

「では、分かっているように持ってください」

 

 近くの甲板員が笑った。シーアは持ち方を直し、箱を運搬台へ載せた。

 

 もう一つある、とグラフが言った。

 

 シーアは戻って、次の箱の取っ手を掴んだ。

 

 *

 

C.R.C. 7951.309 コルサント、共和国政府用発着場

 

 コルサントの空は、出発した時と同じように混んでいた。

 

 帰投する艦は、民間の航路が交差する手前で誘導を受け、軍用の進入回廊へ移る。シーアたちは先に連絡艇へ乗り換え、政府用の発着場へ降りた。長く働いた艦から一足先に離れることが、妙に落ち着かなかった。

 

 トーリンは別れ際、次は報告書を持たずに来いと言った。

 

「持たなければ、入れてもらえますか」

 

「勤務命令があればな」

 

「結局、書類が要りますね」

 

 艦長は笑い、乗員の方へ戻っていった。船へ残る者たちは、もう次の点検を始めていた。

 

 発着場の通路へ入ると、大きな壁面表示が目に入った。

 

 《決意'950――共和国、広がる防衛能力》

 

 プロクラメイターの艦隊が映り、その後へ、整列した航空隊と地上の車列が続く。観閲拠点で最高議長が手を振り、隣にターキンが立っていた。

 

 次の映像に、シーア自身が出た。

 

 資料ケースを抱えて回廊を歩いている。隣にはセルトも映っていたはずだが、画面はシーアの肩から上へ寄っていた。作業服の濃い色の上で銀髪が明るく浮き、前を向いた顔は、実際よりずっと落ち着いて見えた。

 

 字幕は、《共和国を担う新たな世代》だった。

 

「担っているな」

 

 ベンナーが言った。

 

「資料を持って歩いているだけです」

 

「なら、その資料が重かったんだろう」

 

 シーアは画面が切り替わるまで見ていた。使われた映像に、嘘の発言が付けられているわけではない。だが、何も答えられずにいた時間は映っていなかった。

 

 少し先で、整備員らしい青年がこちらを見た。画面と本人を見比べてから、連れの肩を叩く。シーアが会釈すると、向こうも慌てて返した。

 

 セルトは待っていてくれたが、歩き出すと、まず資料の提出先を確認した。

 

「今日中に原本を課へ渡します。その後は解散。明日の午後までに、いったん休んでください」

 

「照会が来たら?」

 

「緊急のものはこちらへ来ます。あなた宛てに全部来る仕組みにはしていません」

 

 シーアは端末の通知を確かめ、必要なものを課の窓口へ渡した。自分の画面から項目が減ると、かえって忘れたものがある気がした。

 

 *

 

 ヴァラリアン邸へ戻ると、セレナが玄関にいた。

 

 シーアは顔を見た途端、制服の襟へ手を伸ばした。彼女はその手を見て、まだ何も言っていませんと返す。

 

「言いそうだったから」

 

「今日は、先にお風呂です。お荷物を」

 

「自分で運べる」

 

「存じています。こちらも仕事をしているのですが」

 

 シーアは鞄を渡した。セレナは受け取ると、留め具の脇へ付いた泥を見た。落とそうと指を出しかけ、やめて使用人へ渡す。

 

「夕食は召し上がりますか」

 

「うん。兄上は?」

 

「元老院です。遅くなるとのことでした。エレナ様からも、ご到着されたら連絡を、との伝言です」

 

 シーアは端末を開いた。エレナからは、自分が帰ったことをニュースで知る前に知らせるよう書かれていた。

 

 返事を送ってから部屋へ入ると、広かった。

 

 しばらく入口に立ったまま、机と寝台と窓を見た。艦内の部屋なら、数歩で届く場所だった。ここには、何も置かれていない床がある。

 

 机に端末を置き、服を脱ぎかけて、立て掛ける場所を探した。椅子へ掛ければ、後で自分がそこへ座れなくなる。棚を開けると、空いた収納がいくつもあった。

 

 シーアは制服をしまい、扉を閉めた。

 

 その夜は、途中で一度目が覚めた。

 

 機関の音がしなかった。しばらく耳を澄ませ、窓の外を通る車両の音を聞いてから、どこにいるのか思い出した。

 

 端末へ手を伸ばしたが、時刻だけ確かめて戻した。返事を待っている部隊は、今夜は自分のところにはいなかった。

 

 *

 

C.R.C. 7951.312 コルサント、ウスクル・ディストリクト

 

 リヴィアは、シーアが席へ着く前にお茶を頼んでいた。

 

 カッシオとセリアも既にいた。いつものラウンジで、いつもの窓際だった。シーアが遅れたことを謝ると、カッシオは時計を見て、三分なら演習よりましだと言った。

 

「演習の何と比べてるの」

 

「帰ってくる日」

 

「それは……ごめん」

 

 リヴィアが椅子を引けるよう、自分の鞄を寄せた。

 

「今日の三分はいいよ。この間の予約は、ちゃんと三人で使ったから」

 

「美味しかった?」

 

「うん」

 

 セリアが即答したので、シーアは何も言えなくなった。二人が笑い、カッシオがメニューをこちらへ回してくれる。まず食べるものを選んでから話せ、ということらしかった。

 

 壁面のニュースには、帰還した司法軍艦が映っていた。行列の先頭には新しいプロクラメイターがいるが、その後ろには古い艦も多い。港の周囲には見物人が集まり、船体の前で記念写真を撮っていた。

 

「あれ、全部同じ日に戻ったわけじゃないんだってね」

 

 セリアが言った。

 

「帰る場所も違うからね」

 

 シーアが答えると、彼女は、父の取引先で荷物の受け取りが遅れたところがあると話した。演習へ参加していた輸送船が、元の航路へ戻る時期を変更したらしい。

 

「軍の演習が終わったから、次の日から運べると思っていたんだって」

 

「積んでいる機材も、人も、先に戻さないといけないだろうな」

 

 カッシオが言った。自分の予定がずれた理由にも、それが含まれているという。

 

 リヴィアは、公開された航路情報を端末へ出した。演習中に減っていた便は戻り始めていたが、元の会社がすべての便を再開したわけではない。一部の契約は、別の運航会社へ移っていた。

 

「ここの便、通商連合の系列が引き受けてる」

 

 彼女が指した。シーアは航路名を読んだ。自分の担当した演習区ではなかったが、同じ全体図に何度も出てきた場所だった。

 

「司法軍が演習をする間に、向こうの仕事が増えたの?」

 

「空いた船があって、条件が合ったからでしょう。引き受けた理由までは、契約の公表だけじゃ分からないけど」

 

 カッシオが図を自分の方へ寄せた。

 

「元の会社も、演習へ船を出していた間の支払いは受けてる。全部取られたとまでは言えないな」

 

「ただ、戻ってきてから同じ顧客が待っているとは限らないよ」

 

 リヴィアはそう答え、別の表示へ切り替えた。保険会社が公表した、護衛航路の扱いだった。新しい司法軍の配置が確定するまでは、演習の実施だけを理由に料率を変えないという説明が付いている。

 

「あれだけ飛んだから、安くなるわけじゃないんだ」

 

 セリアが言った。

 

「来月も、その航路を守ってくれるかを見てるんだと思う」

 

 シーアは答えた。手元には、自分が今週整理した部隊の資料はない。あっても、この卓で広げるものではなかった。

 

「新しい配置の発表は、まだ一部だけでしょう」

 

 カッシオがニュースを見た。司法軍の広報官は、今後の継続的な展開について説明していた。隣には星系政府との協議状況が出ている。

 

「どこの政府も、来てくれるなら来てほしいのかな」

 

 セリアの問いに、リヴィアが首を振った。

 

「基地のために場所を空けるとか、港の使う順番を変えるとか、地方側に頼むこともあるでしょう。費用を全部共和国が出すとは限らないし」

 

「反対している政府の中にも、そういう理由はあるわけか」

 

「あると思う。通商連合と長い契約を結んでいたら、そちらをどうするかも残るから」

 

 給仕が三段のスタンドを運んできた。リヴィアは端末を寄せ、セリアが皿を配る。カッシオは一度、上の菓子へ手を伸ばし、サンドイッチからにしろという視線を受けて下へ戻した。

 

「別に、上からでもいいよ」

 

 リヴィアが言った。

 

「その顔で言うな」

 

「どんな顔?」

 

「あとで言う顔」

 

 シーアが笑うと、セリアが上段の菓子を一つ取り、カッシオの皿へ置いた。

 

「これでいい?」

 

「助かる」

 

 窓の外を、細長い貨物船が通った。シーアはそちらを見たが、今回は誰も何級か訊かなかった。

 

 *

 

 食事が進んだ頃、ニュースは元老院の審議へ移った。

 

 事故の件数と、追加の教育費。調達の進み方と、艦艇の配置。画面の中では別々の委員会で扱われる話が、同じ見出しの下へ並んでいた。

 

「演習が終わっても、予算の話は続くんだね」

 

 セリアが言った。

 

「これから毎年使うお金があるから。船を受け取った年だけ払えばいいなら、話は早いけど」

 

 リヴィアはカップへ手を伸ばした。

 

「教育を増やせという案も出てる。教える人が増えるのは、すぐではないでしょうけど」

 

「同じ人を、いろいろなところで使っていたよ」

 

 シーアは、そこで言葉を止めた。カッシオも、続きを求めなかった。ニュースで司法委員長が、教育要員の配置について確認を進めていると答えていた。

 

「父上、そこはかなり聞いてる」

 

 カッシオが言った。

 

「聞かれた」

 

「だろうな」

 

 ハロルドの映像の後には、演習に反対していた議員が出た。事故は拙速な拡張の結果であり、次の増員を凍結すべきだと主張している。その後の議員は、事故を減らすためにも教育と整備の予算が必要だと答えた。

 

 シーアは、カップを置いた。

 

「教える人を増やす方のお金まで、一緒に止まらないといいけど」

 

「どこに使うか、書いて出さないとね」

 

 リヴィアが答えた。

 

「全部必要です、だと、削りたい方も一緒に扱うから」

 

 カッシオはしばらく画面を見ていたが、やがてシーアへ顔を向けた。

 

「それで、帰るのが延びた分には、何かあったのか」

 

「何かって?」

 

「延ばした意味」

 

 シーアは、訓練場で最後の車両が出たところを思い出した。誰もグラフを見なかった。班長が報告し、休憩に入った者たちが、自分たちで次の配置を確かめていた。

 

「あった」

 

 答えると、カッシオは頷いて、皿へ目を戻した。

 

 リヴィアは、シーアが手を付けていなかった焼き菓子を指した。

 

「じゃあ、今日は冷める前に食べて」

 

 シーアはそれを取った。まだ温かかった。

 

 *

 

C.R.C. 7951.314 コルサント、共和国司法軍査閲局

 

 演習の報告会には、シーアが知らない顔も多かった。

 

 遠い方面から戻ってきた評価要員が、自分たちの記録を持っている。ある部隊は補給を予定通り終え、別の部隊は港へ着いても受け入れられなかった。事故がなかった地域にも、未実施の課目はあった。

 

 演習評価課長オルド・メイランは、全体の説明を終えると、中央の星図を消した。

 

「各部隊へ返す項目を確認する。作戦担当へ渡すものと、教育担当へ渡すものを、ここで取り違えないように」

 

 最初に出たのは、練成を終えた部隊の数だった。

 

 提出元によって数え方が違った。参加を終えた部隊をそのまま入れたところも、個別の課目へ合格した部隊だけを数えたところもある。間違った数字を書いている者はいなくても、同じ欄へ並べることはできなかった。

 

 メイランは、第十一演習区の資料を開いた。

 

「この三班について、説明を」

 

 シーアはセルトを見た。彼女が頷いたので、前へ出て、助勤を含む最初の編成を表示した。

 

 グラフの名が、三か所へ出た。

 

「対象は、指定された艇と車両の積み下ろし作業です。訓練自体は、それぞれ実施しています。支援を戻した後の編成で確認すると、第一班と第二班は、示した条件での実施を確認できました。第三班は追加の訓練が必要でした」

 

「現在は」

 

「昼間の作業について確認を終えています。夜間に残った課目と、次の勤務先での実施予定を付けています」

 

 別の方面の担当者が、自分の資料へ目を落とした。

 

「助勤を、こちらは延長したままにしています。その場合は?」

 

 セルトが答えた。

 

「その編成を維持する条件で評価していますか。維持できる期限も必要です」

 

「期限は、別紙にあります」

 

「では、こちらの一覧にも。期限後の人数で、同じ任務へ出すことにならないように」

 

 話は、シーアの担当した三班から、別の部隊へ移っていった。自分が記録したことだけで会議が終わるわけではない。同じ問題があっても、同じ解決方法が使えるとは限らなかった。

 

 作戦担当の士官が、警備へ戻す予定の部隊を開いた。

 

「この条件では、こちらで予定している継続任務へ入れられない部隊が出ます」

 

「どの条件ですか」

 

「夜間対応を含む任務です。昼だけという制限では、交代を別に置く必要がある」

 

 シーアは顔を上げた。訓練場では、確認できた範囲を限定すれば済んだ。それを配置する側には、実際に埋める時間がある。

 

 士官は、受け持つ航路を示した。

 

「ここを空けられません。追加の訓練を先に行うなら、それまで残す部隊を指定してほしい」

 

 メイランは、必要な期間を教育担当へ照会させた。艦や人員の配置を変えるのは作戦側の仕事だったが、その判断に要る期間を空欄で返すわけにはいかなかった。

 

 シーアは、自分の提出資料の最後へ、問い合わせの内容を書き加えた。

 

 *

 

 航空事故の報告は、午後に行われた。

 

 中間報告から、確かめられたことが増えていた。二つの管制系統の手順が一致していなかったこと。編隊を引き継ぐ際の確認が完了していなかったこと。警報の扱いが、担当者の間で揃っていなかったこと。

 

 個々の対応についての調査は続いている。誰か一人の名を書けば、それで全項目を閉じられるという報告ではなかった。

 

 担当者が、再発防止のために変えた事項を説明した。管制の引き継ぎは共同訓練に組み込み、片方の部隊だけで確認を終えない。演習用に追加した区分も、通常の手順との関係を確かめる。変更をした後に、担当者が交代しても実施できるかを見る。

 

 シーアの提出した四十六秒の記録も、その中に入っていた。

 

「この課目では、確認待ちの間に攻撃の機会が狭まっています」

 

 作戦担当者が指摘した。

 

「はい」

 

 報告者は答えた。

 

「ここを短くする訓練は必要です。ただし、受け入れ側が扱えない状態で進めることは、短縮として評価していません」

 

 相手は頷き、改善後の所要時間をどこで確認するか訊いた。次の訓練へ引き継ぐ項目が増えた。

 

 ラヴェンの名前は、事故の資料に残っていた。

 

 同じ画面のどこにも、次の勤務は書かれていなかった。

 

 *

 

 会議の終わりに、元老院へ提出する説明資料が配られた。

 

 ルーサン改革以来、最大規模の全銀河演習。その表現は変わらない。艦隊の展開、地方防衛隊との共同作戦、航空部隊と地上部隊の運用について、実際にできたことが並んでいる。

 

 後半には、死傷事故と、追加の教育訓練が必要な分野があった。

 

 シーアは、公開された映像にはなかった項目へ目を通した。事故を公表しただけでは、次の訓練に人が付くわけではない。ここでは、必要な教官数と施設、部隊をそのために残す期間まで求められていた。

 

 ハロルドの委員会からの照会も入っていた。募集枠を広げた結果、訓練を受ける者が増えただけでなく、指導する側をどう増やしたのか。教育施設に置いた者を、途中で別の勤務へ抜いていないか。

 

 シーアは、グラフの助勤表を思い出した。

 

 最高議長府へ送る資料には、各機関の調整事項がまとめられていた。カースのところへ渡す装備の改善要望は、さらに別だった。艇の停止表示については、試験の結果と、正式な改修の判断が要ることを書いてある。

 

 同じ演習から、違う仕事がいくつも出ていく。

 

 メイランは、最後に提出期限を確認した。

 

「報告の後も照会は来る。元の記録へ戻れるようにしておけ。次に答える者が、ここにいた者とは限らん」

 

 シーアは自分の資料を開き、整理し残していた映像の説明を付け始めた。

 

 *

 

C.R.C. 7951.320 コルサント、共和国司法軍査閲局

 

 メイランに呼ばれた時、シーアは、また報告書の訂正だと思った。

 

 部屋へ入る前に提出した一覧を開き、指摘されそうな箇所を確かめていた。机の前へ立つと、課長は端末を閉じるよう言った。

 

「本部運用局から、人員の照会が来た」

 

 シーアは顔を上げた。

 

「演習後の配置と、艦隊の展開計画を扱う部署だ。こちらの記録を受け取るだけでは、どの条件を引き継ぐべきか分からないところがある。担当した者を出してほしいと言っている」

 

「説明に行くんですか」

 

「異動だ」

 

 メイランは書類をこちらへ向けた。配属先の欄に本部運用局とあり、その下に、艦艇と支援部隊の展開計画を補佐する勤務が書かれている。

 

 階級は変わらなかった。

 

 司法士官。ルテナント。

 

「僕が、ですか」

 

「ほかに誰が、ここへ座っている」

 

 シーアはもう一度書類を読んだ。嬉しいと思うより先に、今抱えている照会を誰へ渡すか考えた。自分が部隊へ確認すると書いたものが、まだ残っている。

 

「引き継ぎを終えてからでよい。一〇日後の着任を予定している」

 

「どうして僕に?」

 

「こちらから推薦した。お前が担当した資料を、向こうが使っている」

 

 メイランは、シーアが関わった最初の集結案と、再訓練後の一覧を開いた。並べると、書き方まで違っていた。

 

「最初からよくできていた、と言うつもりはない。ずいぶん差し戻した」

 

「覚えています」

 

「聞かれた箇所を調べ直して返す。分からないところを残した時には、その後を追う。向こうが欲しいのは、まずそういう担当者だ」

 

 シーアは最初の集結案を見た。三隻を予定の時刻へ間に合わせるために、何時間も考えたものだった。今なら最初に開く項目が、その資料では後ろへ置かれている。

 

「向こうでは、任務を割り当てる側の資料を作る。配置案を作れば、その案で別の部隊の予定が変わる。査閲と同じつもりではできないぞ」

 

「はい」

 

 メイランは書類を閉じた。

 

「セルト上級士官には伝えてある。引き継ぐものを相談してこい」

 

 シーアは立ち上がり、敬礼した。部屋を出てから端末を開くと、いつもの照会が二件増えていた。

 

 まず、それに答えた。

 

 *

 

 最後の数日は、ほとんど席を離れなかった。

 

 誰へ何を訊き、どの返事を待っているのか。自分が覚えていることを、次の担当者が読めるところへ移す。映像の時刻と部隊の記録がずれている箇所には、どちらを基準にしたかを書いた。

 

 次の担当者は、シーアより年上だった。最初に机の前へ来た時、名札を見てから、顔を確かめるようにこちらを見た。

 

「報道の映像に出ていた方ですね」

 

「はい。ただ、そちらはほとんど説明していません」

 

「では、こちらの説明をお願いします」

 

 相手は椅子を引き、最初の未処理項目を開いた。シーアは少し安堵し、相手の画面に合わせて資料を送った。

 

 グラフからは、元の部隊へ戻ったという短い連絡が来た。第三班から問い合わせが来ているが、最初から自分へ答えを求めるものではなく、班長が考えた案の確認になっているらしい。

 

 添付された写真には、訓練場にいた時とは違う服装のグラフが写っていた。隣に立つ娘が、舞台で使ったものらしい衣装を着ている。

 

 シーアは写真を開き、しばらく見た。

 

『届いたとお知らせだけしておきます』

 

 そう返してから、何か足そうとしてやめた。写っている二人の時間へ、自分の仕事の説明を持ち込む必要はなかった。

 

 退勤の時、ベンナーが、机の引き出しをもう一度確かめるよう言った。

 

「全部出しました」

 

「そう言った者のものが、いつも残る」

 

 開けると、奥に細いペンが一本あった。シーアが取ると、ベンナーはそれを見て頷き、今度は机の下を示した。

 

「そっちも」

 

 鞄の留め具が落ちていた。

 

 シーアは何も言わずに拾った。

 

 *

 

C.R.C. 7951.330 コルサント、共和国司法軍本部運用局

 

 新しい席にも、窓はなかった。

 

 シーアは鞄を机の脇へ置き、指定された端末へ身分証を通した。最初に開いたのは、来月の展開計画だった。星系と艦名が並び、その横に出港日、到着日、受け持つ任務がある。

 

 《アシュアランス》の名があった。

 

 シーアは思わず指を止めた。艦を最後に見たのは、帰投の途中で連絡艇へ移った時だった。ここでは、一行の予定として別の星系へ向かおうとしている。

 

「その部隊、演習で担当していたんだね」

 

 隣の席から声がした。シーアが頷くと、士官は計画の元資料を出した。

 

「最初の仕事だ。次の任務に必要な人員と機材を確認してくれ。今の案は、演習終了時の編成を使っている」

 

 シーアは、付属する人員表を開いた。計画の端には、《人員・装備照合前》と表示されていた。

 

 演習のために借りていた者の名前が残っていた。元の勤務へ戻った者も、別の船へ回った機材もある。査閲局で整理してきた記録を呼び出し、二つを並べる。

 

「この編成は変わっています」

 

「どこを直す必要がある?」

 

 シーアは人員表へ印を付けた。その人数で実施できる仕事と、任務が求めているものを比べる。足りないところを指摘するだけなら、昨日までと同じだった。

 

 隣の士官が、別の部隊の予定を送ってきた。

 

「人を替えるか、組む部隊を替えるか、時期を動かすか。使える案を二つ作ってほしい。照会する前に、一度見せてくれ」

 

 シーアは、演習で使った三隻の図を閉じた。

 

 代わりに、これから任務へ出る艦隊の配置を広げる。空いているように見えた星系にも、既に仕事が付いていた。

 

 まず、戻ってくる部隊の予定を開いた。

 

 その隣へ、《アシュアランス》の出港予定を置く。

 

「昼まででいいですか」

 

 訊くと、隣の士官が時計を見た。

 

「最初の案なら。それを持って、午後は部隊側と話そう」

 

 シーアは頷き、入力を始めた。

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