STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
C.R.C. 7952.176 スティアガード星系外縁
船団がそろうまで、予定より十一分余計に掛かった。
一隻の貨物船が、別の船と同じ推力設定では遅れていく。機関の異常ではなく、積載量が違った。シーアは前方の船へ加速を抑えるよう連絡し、艦尾の表示で間隔が落ち着くのを待った。
《ケストレル》の船橋では、ゼーンが航法士の報告を聞いていた。シーアの席はその後ろで、護衛対象との連絡回線と、司令部へ送る運航記録を受け持っている。艦の速度を変える時には、まず艦長へ伝えた。
出港からここまで、砲を使う仕事は一つもなかった。
最初の救難信号は、船団の共通回線ではなく、広域遭難周波数へ入った。
『こちら貨物船《メリド》。主機区画で火災。推力制御を喪失。繰り返す、推力制御を——』
雑音で声が切れた。通信士が記録した識別符号を呼び出し、別のアンテナへ切り替える。弱い自動ビーコンが、同じ座標から出続けていた。
「受信確認を返せ。乗員数、火災区画、退船手段」
ゼーンの声で、船橋の手が一斉に動いた。
十八名。機関区画後方に二名が取り残されている。残る十六名は船首側へ退避したが、脱出艇の離脱経路にも破片が出ていた。火災は隔壁で止めている。煙は止まらない。
「後部の二人は、呼吸具を使っています。残り二十分弱とのこと」
航法士が最短接近を十二分と報告した。シーアは港湾管制を呼び、出動可能な艇を確認する。
最も近い救難艇は、到着まで四十一分。通商連合の連絡所は、契約船団の位置を照会すると答えたが、ただちに来られる艦はなかった。
「《ケストレル》が行く必要があります」
シーアは、船団の航程へ待機域を重ねた。
「六隻をここへ入れます。通常航路の外で、管制局から継続監視できる場所です。こちらが向かっている間に、救助後の引き継ぎ先を探します」
ゼーンは図を確認した。
「船団へ説明。緊急救難へ移る。前方砲座、航路確認を支援。救難班を出動させろ」
コルサントへの照会はなかった。司令部への通報と同時に、《ケストレル》は針路を変えた。
シーアが六隻へ待機座標を送ると、了解が順番に返ってきた。《セトラ》の船長だけが、戻る時刻を尋ねた。
「現時点では、二時間程度を見込んでいます。救助の状況で変わります」
『二時間。分かりました。こちらからも、搬入先へ伝えます』
連絡を終えたところで、ゼーンが振り返った。
「何を足して、二時間だ」
「往復の航行と、救出、港湾側への引き渡しです。向こうの救難艇も出ます」
「遭難船を見てから、すぐ更新しろ。見込みだと断っても、相手はその数字で予定を決める」
シーアは頷き、港湾管制との回線を開き直した。
*
《メリド》は、航路に対して斜めに回転していた。
船体後部から吹き出す白い煙と細かな破片が、回転に合わせて弧を描いている。右舷の機関は既に暗かったが、左舷側には不規則な噴射が残っていた。熱を持った外板の一部が赤く輝き、膨れた継ぎ目から、また小さな破片が飛んだ。
「船長へ。左舷主機を遠隔停止できるか」
『応答しません。送電を切っても、補助系へ切り替わってしまう』
「救難班、推力が残る前提で接近。艦は制動を支援する」
《ケストレル》が船体へ向きを合わせた。トラクター・ビームが伸び、貨物船の回転を押しとどめる。機関の噴射が増え、固定された二隻の間隔がいったん縮まった。
「保持できます。ただし、あちらの船体が先に保たなくなります」
「出力を分けろ。外板を引っ張るな」
ゼーンが席を立ち、前方表示へ近づいた。小型の救難ポッドが艦腹を離れ、貨物船の後部へ回る。もう一艇は船首側へ向かった。
シーアの画面に、貨物船から送られた区画図が出た。中央の防火隔壁は閉じている。その手前には十六名分の反応があり、向こうに二つ。
青白い防護フィールドを思い出した。
エリアドゥの大広間にも、こちらへ来られない人間がいた。あの時、自分は守られる側にいた。いま画面にある線は、防火隔壁の閉鎖表示だった。開けば何が起きるか、目の前の救難班は調べている。
「後部の二名は、どの扉へ出られますか。隔壁の向こうではなく、外から近づけるところを」
通信士が問いを送り直した。弱い声が返り、区画図へ印が付く。救難ポッドの操縦者はその位置を見て、主機噴射を避ける進路へ変えた。
『後部ハッチは開放できません。熱変形があります』
『外側から切る。内側の二人を、扉から離せ』
船首側では、避難してきた乗員が一人ずつ移り始めていた。煙で姿が見えなくなるたびに、救難班の呼ぶ番号と、戻ってくる返事を数えた。
十四。十五。
十六人目を艇へ入れた隊員が、振り返って扉を閉めた。その向こうへ黒い煙が押し寄せる。直前まで人のいた通路が、もう見えなかった。
後部ポッドの回線では、金属を切る音が続いていた。
『一名、呼吸具の残量警報。もう一名は、返事が弱い』
シーアは接近中の医療艇の位置を見た。まだ遠い。《ケストレル》の医務区画から、先に処置できるよう準備を終えたという連絡が来る。
『切断完了。圧を確認——待て、開けるな。中が熱い』
救難班長が短く指示を出した。隙間から交換用の呼吸具を渡し、二人が装着したことを確かめてから、扉を押し開く。最初に出てきた腕を二人でつかみ、ポッドへ引き込んだ。
もう一人は、自分では歩けなかった。
隊員が中へ入り、見えなくなった。シーアは端末へ置いた指を動かしかけたが、呼び出さなかった。そこで呼ばれて返事をする仕事を、増やしてはいけなかった。
やがて、二人分の反応がハッチへ戻ってきた。
『収容。後部二名、収容した』
ポッドが貨物船を離れた。艦内へ接続する許可が下りると、ゼーンは保持していたビームを調整し、貨物船の噴射方向から艦を外した。
十八名全員が生きていた。後部から運び出した二名は、どちらも治療を必要としていた。
だが、医務区画から来た報告では、一人をすぐ別の艇へ移せる状態ではなかった。
*
救出が終われば、戻れると思っていた。
シーアは、その前提が間違っていたと知った。
重傷者の呼吸は安定せず、医療担当者は狭い救難艇へ移すより、《ケストレル》の設備を使い続けることを勧めた。港から来る医療艇には追加の機材を頼み、合流地点も変えなければならない。
無人になった《メリド》は、左舷主機がなお断続的に噴射している。航路へ戻れば、別の船が衝突する。船体を曳航艇へ渡すまでにも、手順が残った。
シーアは復帰予定を更新し、待機中の船団へ送った。二時間の欄を消す時、指が止まった。次の数字を、どう書けばよいのか。
「確実でない部分も、そのまま伝えます。引き渡しが終わるまで、復帰時刻は確約できないと」
ゼーンは頷いた。
「それと、代わりを」
通商連合の保安連絡所から、別の船団へ三隻を加えられると回答が来た。既に包括契約のある船は、航程の変更と追加料金で処理できる。契約のない船については、船体と積荷の確認が必要だった。
シーアは同じ条件を六隻へ伝えた。三隻が引き継ぎを求め、残りは司法軍の護衛を待つことを選んだ。《セトラ》は後者だった。
『今日だけの契約では、確認が終わる前に、その船団が出るそうです』
船長の声に、非難はなかった。シーアは別の会社にも照会したが、今から迎えに出られる艦は見つからなかった。
ほどなく、通商連合の救難艇が《メリド》へ接近した。空いている人員を貸せるという。ゼーンは救難班へ合流を指示した。その連合艇が照射した作業灯の下で、司法軍の隊員が故障した主機への供給管を切った。
船団の三隻は、連合艦の護衛へ移った。
こちらでは、同じ連合の艇に手伝ってもらいながら火災を止めている。
シーアは引き継ぎの記録を終え、待機した三隻の予定を確認した。《セトラ》の荷役予約に、変更を要する印が付いていた。搬入先へ連絡すると、次の船の予約があるため、その枠を保持できないという。
「救難任務で遅れています。到着がずれた分だけでも、受け入れられませんか」
『私の方で動かせる範囲は、もう確認しました。次の荷主にも納入期限があります』
担当者は自分の名を告げた。責任者へ回せば済む話でもなかった。シーアが家名を言うより前に、相手は誰と話しているか知っていた。
《セトラ》へ連絡し直し、交渉の結果を伝えた。船長は分かったと答え、受け取る側と値段を話す必要があると言った。
その間に、曳航のための貨物目録が届いた。《メリド》の積荷の一部には、優先扱いの指定がある。
工業用濾過材および補給資材、十八梱包。受入先はマルダン港務サービスの保管区画。
シーアは封印番号の転送を求め、船体の損傷記録と一緒に司法担当官へ送った。火災の原因を調べるために必要な仕事だった。ホテルで聞いた名前と同じだったことは、報告書へ書かなかった。
待機域へ戻った時、最初に針路を変えてから四時間十八分が過ぎていた。
《ケストレル》の後ろへ三隻がつく。出港時には六隻あった表示のうち、別の護衛へ渡した三隻は、既に先へ進んでいた。
『《セトラ》、続航準備よし』
最後の返事を受け、シーアは艦長へ報告した。ゼーンが速度を命じ、船団は再び動き始めた。
*
C.R.C. 7952.178 スティアガード宇宙基地
《セトラ》の損失明細は、救難活動を讃える地元局の取材依頼より先に届いた。
変更した荷役の費用。納入の遅れに伴う代金の減額。次の貨物を積めなかったことによる空き区画。船長は、確定した金額と交渉中のものを分け、請求書の控えを付けていた。
シーアが連絡すると、彼女は空になった貨物区画で清掃を見ていた。
『救助した人は?』
「十八名全員、生存しています。一名は、まだ集中治療を受けています」
『そう。それはよかった』
船長は頷き、後ろの作業員へ短く指示した。それから、送った書類は届いたかと尋ねる。
「確認しました。待機による損失として、任務報告に添付します。ただ、私から補償を約束することはできません」
『ええ。だから、まず記録してもらいたいんです』
「二時間という見込みは、救出後の処置と引き渡しを十分に見ていませんでした。最初から、その幅をお伝えすべきでした」
船長は画面のこちらを見た。
『二時間なら、受け入れの担当も待つと言ったんですよ。朝の便と一緒に入れれば、遅れた分だけで済むから。四時間になると分かった時には、先へ回せる荷物もありませんでした』
「はい」
『正確な時刻を当てろとは言いません。分からないなら、最初からそう言ってもらわないと。私は、あなたが計算した数字だと思った』
計算はした。足した項目が足りなかった。
そう答えても仕方がないので、シーアは変更した説明書を見てもらいたいと頼んだ。船長は次の入港日を教えてくれたが、次回の護衛は民間へ申し込んだと付け加えた。
『包括契約なら、途中からでも別の便へ入れるそうなので。今日みたいなことがあるなら、その分も料金だと思うしかない』
通信が切れてからも、シーアは料金の欄を見ていた。救わなければよかったとは、一度も思わなかった。しかし、助けた十八人の数を、こちらの損失明細へ書いて返すこともできなかった。
*
任務検討は、救難班の記録から始まった。
ゼーンは接近時の判断を説明し、重傷者を艦内で処置した理由を医療担当者が補足した。ドーヴァンはその判断を支持したうえで、船団の引き継ぎへ議題を移した。
シーアは、六隻のその後を並べた。護衛を変えた三隻。待機した三隻。各船へ伝えた時刻と、その時点で把握していた情報。自分が最初に送った二時間という数字も残した。
「次には、何を変える」
「出港前に、既存の民間契約と臨時加入の可否を確認します。料金を約束できなくても、手続きに時間が掛かる船は分けられます。救難時には、救出の完了だけを復帰時刻の基準にしません」
「それで、二隻出せるようになるか」
「なりません。遅らせて二隻出す場合の費用も、もう一度比較します」
ロウが、次の船団の予定を開いた。シーアはその説明を担当するよう命じられた。前の計画を別の人間へ渡して終わりにはならなかった。
検討の後、広報担当者が地域ニュースを見せに来た。
《ヴァラリアン公子、十八名を救助》
映像には《ケストレル》と、後部ハッチから運ばれる乗員が映っていた。その脇に、着任時のシーアの写真が置かれている。救難班長の名は、記事の半ばまで出てこなかった。
「番組への返事は、まだしていません。公子に直接、判断を話してほしいと」
「指揮したのはゼーン艦長です。そこを先に直してもらえますか。私の担当した船団調整も、正確に出してください」
担当者は頷き、訂正の依頼を書いた。シーアは損失のある三隻についても載せるよう求めたが、個々の契約額には公表できないものがあると言われた。
名前と写真を小さくしても、隠れた部分が全部見えるわけではなかった。
廊下でゼーンに会い、取材の件を伝えると、艦長は疲れた顔で笑った。
「あの写真では、救難艇に乗り込む前に着替えたと思われるな」
「次は汚れたものにします」
「次は、うちの班を撮ってもらえ」
シーアも笑い、広報担当へ送る連絡事項を一つ増やした。
*
C.R.C. 7952.179 スティアガード宇宙基地、作戦室
《メリド》の積荷について、受領時刻が合わなかった。
一七六日、一五時二〇分。
マルダン港務サービスの受領控えには、E6保管区画へ十八梱包を受け入れたとある。貨物船が隔離係留区画へ入ったのは、同日一八時四二分。最初の荷役許可が出たのは翌朝で、搬出記録は一七七日六時一〇分になっていた。
シーアは、まず時刻の基準を確かめた。地方時との混在ではない。いずれも共和国標準時だった。
次に、何を受領した時刻なのかを問い合わせた。貨物そのものを受け取る前に、書類だけ引き受ける手続きもある。保管の責任が移った時刻と、荷物が床へ降りた時刻が違うこともあるだろう。
回答は、予定されていた受け入れ時刻が、事故後も残った可能性があるというものだった。
「実際の受領者と場所を確認できますか。変更した記録があれば、それも」
『荷役の担当へ回します。報告書は、訂正後のものを再送すればよろしいですか』
「元の記録も残してください。事故調査で使います」
相手は了解した。シーアは照会を救難案件の番号へ付け、司法担当官へ共有した。積荷の中身を開けるよう自分から命じたりはしなかった。
十分後、補給部の上席者から電話が来た。
「外部への説明が必要になるお話でしょうか」
「いまは事故記録の照合です。時刻が合わないので、確認しています」
「承知しています。ただ、公子が直接照会されているということで、先にこちらでも把握を」
電話を切ると、照会の取扱区分に一行加わっていた。
《対外説明を要する可能性あり。回答前に上席確認》
シーアは椅子へ背を預けた。自分の名がなければ、荷役担当からすぐ返事が来たのだろうか。それとも、誰が聞いても同じだったのか。
区分を勝手に戻さず、原記録を保存するよう再度伝えた。その横へ、回答期限を書き込んだ。
*
夕方、《リフト》から呼ばれた。
メーカーの承認が下り、現地で製作した接続部を取り付けたという。シーアが機関区画へ降りると、ダスは試験記録の前に立っていた。
「返事が来ました」
「間に合いましたか」
「材料の承認は。艦全体の検査は、まだ残っています」
ダスは運転時間の欄を指した。数字が止まらずに増えていく。最後まで見届けた後、署名が必要な箇所をシーアへ示した。
「専門の検査に署名する資格はありませんが」
「それは私がします。そこは立会者です。実際に見た時刻を」
一九時四七分。
シーアは入力してから、もう一度、壁の時計を見た。ダスは自分の認証を加え、次の試験へ移った。
作戦室へ戻ると、ラスクが夕食を持ってきていた。冷めないうちに食べてほしいと言いながら、料理の隣へ新しい運航通知を置く。
一八一日。企業所属艦三隻、保安訓練を兼ねた護衛行動。
プロヴィデンス級一隻。レキューザント級二隻。
演習で使った識別符号なら、DD-I一隻とDD-II二隻だった。ただし、今回は赤軍の駒ではない。登録番号も、代表する法人も、予定航路も書いてある。
「申告上の不備は?」
「今のところ、ありません。航路管制は受領しています」
シーアは予定された停止点へ目を動かした。商船を引き継ぐ場所の一つが、司法軍の巡察経路へ近い。相手がそこへ来ることと、違法な行動をすることは、別々に確認しなければならなかった。
ドーヴァンは《タリスマン》と《ケストレル》による監視を命じていた。シーアは再びゼーンの下へ入る。最初の船団について、書類さえ終わっていない。
《メリド》の受領控えを保存し、次の任務の航路図を開いた。ラスクが黙って皿を押し寄せてきたので、シーアはフォークを取った。
*
C.R.C. 7952.180 コルサント、共和国元老院
共同要求へ名を連ねた代表団は、三十一に増えていた。
アウレリアンは、最初の十二と新しく加わった十九を分けた一覧を見ていた。軍拡へ反対してきた者ばかりではない。増員に賛成し、新型艦の配備を求めていた星系もある。地方の予算審議で、追加負担を認められなかった代表団もあった。
議場では、ハロルドが説明官の発言について報告していた。
オースは一七二日付けで広報の担当から外され、発言の経緯について調査を受けている。政治姿勢を理由に救難を拒む規定はなく、そのような命令が出された記録も、現在までには確認されていない。
「担当者を替えたことは、承知しています」
ボンテリが答えた。
「私たちは、次の担当者が同じことを言わないと信じるために、協定の修正を求めています」
最高議長府の声明だけでは足りないのか、と問われると、彼女は足りないと答えた。次の最高議長にも有効な条件が要る、と。
モスマは、救難要請を拒んだ場合と、別の任務を優先した場合について、理由を保存し、後から検証できる条項を提出した。
「判断の適否を確かめるための記録です。政府への賛否を理由に扱いを変えていないことも、そこで確認できます」
「審査を恐れた艦長が、応答の前に照会を出すようでは困る」
グレッシュが言った。
「救難中の判断を中央の許可待ちへ戻さないこと。その時点で合理的に知り得た情報に基づいて評価することを、併せて書くべきだ」
モスマは法制担当者を呼び、文案を並べた。二人が別々の理由で直した条文を、ハロルドが委員会で引き取る。
アウレリアンの提出した精算案も、限定した範囲では通る見込みが立っていた。額を争っていない既存契約から、未払いを処理する。地方側の追加協定への賛否を、その条件にはしない。
ヴェッロは、省側が示した総額を見ると、委員会で求めた契約ごとの一覧はどこかと訊いた。
「総額の変更はありません」
「総額を聞いたのではない。誰へ払えば、地元の事業者へ届くのかを聞いている」
説明員が明細を開く。元請への支払いは終わっていても、その先の支払いが確認されていない契約があった。ハロルドは別の担当者へ照会を出させ、アウレリアンは、支払い済みとした欄にも確認事項を加えた。
議場の反対側では、追加拠出を留保する代表団が、自分たちの決議を読み上げていた。
現行法上の負担は継続する。新規事業の追加負担については、本国議会の承認が得られるまで応じない。常駐戦力の増加には、期限と指揮権の範囲を明示すること。
ロジンは、二人目が読み終えたところで発言を求めた。
「一つなら予算の話でしょう。十二、三十一と同じ要求が並び、中央の計画を止める。これを組織的な分離主義と呼ばずに、何と呼ぶのです」
「共同交渉です」
ベル・イブリスが答えた。
「共和国を離れる決議なら、コレリアはこの文書に署名していない。私たちが何へ署名したのかは、目の前にあるでしょう」
「では、他の三十代表団も同じ考えですか」
「それぞれに聞いてください。追加負担の協議で意見が一致したからといって、他のすべての問題で同じ答えを持つ必要はない」
ロジンは議場を見回し、それでは今、各代表団に共和国の不可分性への賛否を答えてもらいたいと言った。
委員長が、審議中なのは追加拠出と基地協定だと告げる。取材席では、そのやり取りを記録した端末が次々に送信を始めていた。
休会までに、二つの新規工事について着手時期が外された。新型艦の建造契約は続く。だが、それを受け入れる施設の地元負担が、まだ決まっていなかった。
アウレリアンは、精算案の成立を知らせる通信と、施設計画の延期通知を続けて受け取った。どちらも同じ日に、この議場で決まったことだった。
*
共同事務局の部屋は、元老院議事堂の付属棟にあった。
ベイルに誘われて入ると、窓際に机が二つ並び、職員が通信端末の使用登録をしていた。費用は参加代表団の議員活動費から分担する。中央政府の建物の中で、中央と交渉するための窓口が作られていた。
ボンテリは、設置案の最初の日付を示した。一四〇日。オースが画面であの発言をする、一か月前だった。
「個別に照会しても、別々の回答が来る。共通の記録を持ちたいというところから始まりました」
アウレリアンは、新しい通信端末の横に積まれた契約書を見た。共同要求の本文より、そこへ付く証拠の方が厚い。
「精算の窓口も、こちらへまとめますか」
「共通するものは。ただ、各政府の承認を代行する権限までは持たせません」
その点を確認してから、ベイルは保護の差別を禁じる協定案を出した。モスマが監督の条項を説明し、参加代表団の補佐官が質問を書き留める。
ラクサスのシンは、二つの文案が重なる部分へ印を付けていた。
「個々の協定に同じ条項を入れるまで、かなりの時間が掛かります。その間の暫定的な保証も、用意できませんか」
「共通の決議を先に求めるつもりです」
ベイルが答えると、シンは賛同する代表を紹介できると言った。話す相手の顔を覚えていて、一人ずつ、本国でどの承認が必要かまで確かめている。
予定表の最後には、別の議題があった。
加盟関係の再検討。
モスマが、その意味を尋ねた。
「協定の修正だけですか。それとも、共和国への加盟そのものを選び直すのですか」
「後者を調べることも、排除しません」
ボンテリは文書を閉じずに答えた。
「私は、ここで合意したいと思っています。ただ、合意できない場合について、調べるなとも言えません」
「その調査への参加と、保護の保証への賛同は、分けさせてください」
アウレリアンが言った。ベイルも同じ立場を伝えた。ボンテリは了承し、二つの名簿を分けるよう職員へ指示した。
誰がどこまで同意しているかを、最初から残しておきたいのだという。
次回の協議日を決め、三人は退出した。廊下には、別の会合へ急ぐ議員がいる。いつも使う昇降機の前には、いつもと同じ行列があった。
アウレリアンの端末へ、暫定保証に賛同できるという連絡が届いた。送り主はアヴィ・シンだった。別の二人も紹介すると書いてある。
礼を返してから、アウレリアンは残っていた電話をかけた。
*
部屋の中では、トゥーンバック・トゥーラが、地方側で保安契約をまとめて発注する場合の試算を求めていた。
「一つの港なら、その港の条件しか出てきません。複数であれば、船を回す計画も変えられるでしょう」
「通商連合へ?」
ボンテリが訊いた。
「連合だけに聞く理由はありません。引き受けられる会社すべてに」
ポー・ヌードは、各政府が保有する通信施設についても共通の一覧が必要だと言った。共和国の中継施設を使える契約と、商業通信に頼る区間を分ける。保安契約を比べるにも、連絡が届く範囲を知らなければならない。
試算の依頼がまとまり、ボンテリは書類へ署名した。発注の承認ではない。各政府が比較するための資料を求めるだけだと、宛先にも明記させた。
シンは退出の挨拶をし、資料を端末へ移した。
「ラクサス側でも、受け入れられる会議の規模を調べておきます。毎回コルサントへ来られる代表ばかりではないでしょうから」
ボンテリが礼を言った。職員が次の通信を受け、彼女はそちらへ向き直った。
*
ラクサス代表部の執務室へ戻ると、シンは議会用の端末を机へ置いた。
傍らの通信用ホロプロジェクターには、別の鍵を使う。補佐官が回線の認証を終えると、執務室の扉を閉じて出ていった。
現れたのは、背の高い老人の姿だった。胸元で留めたマント。白い髪と、短く整えた髭。
「シン議員」
「ドゥークー伯爵。お待たせしました」
「共同事務局は?」
「業務を始めました。三十一代表団。ただし、独立に同意した三十一政府ではありません」
「承知している。そちらは、別の名簿に」
シンは机の投影を切り替えた。元老院へ提出した共同要求とは違う文書が現れる。
独立後の相互承認。拠出と信用供与。艦隊の動員権。軍用通信の共通認証。
最後の二項には、政府ごとの回答が付いていた。外交上の協力には応じても、軍の指揮権を他者へ渡すことは拒む者がいる。共同防衛を認める代わりに、自分の星系へ一定数の艦を残す条件を出した者もいた。
「全権委任の書面を出せる政府が二つ。もう一つは、軍事条項の修正を待っています。共同要求の参加者へ、一律に送ったものではありません」
「ボンテリ議員には」
「加盟条件を変える協議だと説明しています。独立案を検討することには同意しました。戦争計画は伝えていません」
ドゥークーは頷き、軍事条項を拡大させた。
「地方の代表をまとめる仕事は、続けてもらいたい。我々には、独立を宣言できる政治的な機関が要る。同時に、その決定に従って戦う軍も」
「分離主義同盟の結成と、共和国に対する独立戦争。その二つを並行して進めるということで、相手には伝えています」
昼間の共同事務局では使わなかった言葉だった。
シンは、保安能力の試算とは別に用意した艦艇表を開いた。現在の所有者だけでなく、誰の承認で集結し、どの港が補給を受け持つかが書き込まれている。
「企業側は、通常の契約を維持したまま待機させることを希望しています。司法軍の追跡が増えていますから、一か所へ集めれば目立ちます」
「集結は急がせなくてよい。転用できる整備設備と、乗員、部品を確保する。船籍を変える日に初めて連絡を取り合うようでは、間に合わん」
伯爵は、シンが選んだいくつかの港について質問した。大型艦が入れるだけなのか、損傷艦を修復できるのか。地方政府の承認だけで軍需物資を扱えるのか。共和国の基地が隣接している場合、独立宣言の時にどのような処置を取るのか。
撤収の要求。通信と補給の遮断。応じない基地の封鎖。
そこから先は、法律上の意見を集める仕事ではなかった。シンは予定表へ必要な艦数を入れ、ドゥークーへ送った。
「共和国側が、駐留部隊へ待機を命じた場合でも?」
「増援が入る前に、動けなくする必要がある。独立を宣言してから戦争の準備を始めるつもりはない」
シンは、先ほど議場で止まった施設工事の一覧を見た。別の画面には、共和国の新型艦の計画がある。ヴェネター、マエルストローム、マンデイターII。公表された数量と、実際に配置できる数が一致するまでには時間が掛かる。
その間に、自分たちの側をそろえる。
「ラクサスの受け入れ準備を進めます。代表者を集める会場と、軍事委員会が使う施設は分けます」
「頼む」
回線が切れた。
シンは独立戦争の資料を閉じ、議会用の端末を取り直した。アウレリアンから返信が来ている。暫定的な保護保証への賛同に礼を述べ、次の協議の時刻を知らせる内容だった。
欠席する理由はなかった。共和国が自ら約束した保護を守るべきだという点では、シンも同じ考えだった。戦争を始めるまで、地元の船を危険へさらしてよいとは思わない。
出席すると返信してから、ラクサス宛ての設備調査依頼を開く。表紙には、代表団の滞在施設と通信設備の確認と記した。
添付する図面は二つに分けた。会議場の増設図は自治当局へ。地下の通信室と電源設備の改修図は、別の契約先へ送る。
最初の工事費は、既に入金されていた。