STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
C.R.C. 7952.204 スティアガード星系、外縁積み替え港
荷役用の通路には、司法軍の艦から降りてきた者を迎えるための場所などなかった。
シーアは壁へ寄り、連結された六台の貨物台車が通り過ぎるのを待った。最後の一台には固定しきれなかった防護布が掛かっていて、角を曲がるたびに床を擦っている。その後ろを歩く作業員が、シーアの顔へ目を向けた。制帽、肩章、同行している二人の制服を順に見てから、何か言いたそうに口を開く。
「止まらないで。後ろが来る」
案内役の港務官が声を掛けた。作業員は手を上げて謝り、台車を追った。
「お知り合いですか」
「たぶん、ニュースです」
「なら、あとで会えるでしょう」
ロス・イーヴァは歩き出した。連絡を取り合っていた時には、もう少し年配の人物を想像していた。実際には三十代くらいの女性で、片方の袖を肘までまくり、端末を脇へ抱えていた。顔を確かめられたこと以外、シーアの名にも容姿にも特別な反応はなかった。
管理室の窓から、《ケストレル》の艦首が見えた。大型船用の係留区画は《タリスマン》には狭く、ドレッドノート級は港外の待機位置に残っている。ゼーンも艦にいた。シーアは巡察資料を受け取るため、同行の司法官とともに降りてきたのだった。
「前に用意した分です」
イーヴァが記録媒体を差し出した。
「こちらが、それから増えた分」
二つ目の媒体が机へ置かれる。シーアは受領時刻を入れた。前回の巡察が取りやめになってから二十三日。紙の一覧には、それぞれの通報を最初に扱った職員の名も残っていた。
司法官のエダン・トールが、椅子へ腰を下ろした。《タリスマン》に乗り、二隻の巡察に同行している。灰色の髪を短く刈り込み、上着の内側に筆記具を何本も差していた。
「元の記録は、こちらに残っていますね」
「あります。消したものも、取り直したものもありません」
「訂正したものは?」
「二件。機器の時刻がずれていた分と、担当者が船名を打ち間違えた分です。訂正前も入れてあります」
トールは頷いた。シーアは一覧を開き、照会したまま回答のない船を順に確かめた。
最初の三件は、いずれも理由が付いていた。識別装置を交換した曳船。別会社へ売却された輸送艇。契約が流れて入港を取りやめた貨物船。港側の記録へ反映されるまでに時間が掛かり、不審船としての照会だけが残っていた。
「全部がそうなら、よかったんですけどね」
イーヴァは四件目を拡大した。
曳船《ナーレン》。船籍も運航会社も実在する。出港時の機器検査には合格し、補助機関用の燃料を積んでいた。映像には、船体の左右へ張り出した太い作業腕と、その間に固定された貨物コンテナが映っている。
「この船は?」
「運航会社から返事が来ました。主機を外して、修理工場にいます。三十日以上」
次の画像には、足場に囲まれた同じ型の船があった。船籍標識も船名も一致している。だが、前の映像にあった右舷の補強板がない。
「同名船では?」
「船籍番号まで同じです。工場へは検査官を出してもらいました。修理伝票だけではありません」
シーアは二つの船体を並べ、違う箇所へ印を付けた。
「こちらで乗員を確認しましたか」
「船長の身分証は受け取っています。荷役員は乗せていません。接続口が壊れているから、積み込みは自分たちでやると言われました」
「その時点で、誰かが船籍を照会していた?」
「隣の席の職員です。ただ、回答を待つ間、こちらには船を留める根拠がありませんでした」
イーヴァの声が硬くなった。トールは、彼女の前へ自分の端末を向けた。
「照会したことと、返答までの経緯を記録してください。今ここで、あなたが出港を認めた責任を決めるつもりはありません」
「それなら、あと一つ」
彼女は通信記録を開いた。《ナーレン》の船長は、出港前に司法軍の巡察予定を尋ねていた。危険な航路へ入るため、途中まで同行できないかという問い合わせだった。
「教えたんですか?」
「到着日だけです。その時点で、こちらにもそれしか分かっていませんでした」
予定されていた到着日は、二十三日前のものだった。
シーアは画面から顔を上げた。今回の出港前、巡察先と滞在時間まで民間の保安事業者へ伝える項目を、付属書から外したことを思い出した。情報が欲しい者は、同じ書式で尋ねてくるとは限らなかった。
「次に同じ照会があったら、司令部へ回してください。護衛を求める船には、こちらから連絡します」
トールが、保存を求める通信の範囲を指定した。シーアは二隻へ送る資料をまとめ、最後に、《ナーレン》の画像をもう一度開いた。
あまり綺麗な船ではなかった。作業腕に付いた塗料は剥がれ、船腹の補強板は色が違っている。ただ、そういう船はこの港にいくらでもあった。
*
艦へ戻ると、前部通路で作業灯が点いていた。
砲術兵のネリク・ホルトが、開けた点検盤から顔を出した。シーアの持っている記録ケースを見て、脇に置いてあった工具箱を引く。
「上を通ってください。下の線は踏まないで」
シーアは言われた通りに跨いだ。その先で、ケースの留め具が制服の袖へ引っ掛かる。外そうとすると、ホルトが手を伸ばした。
「こうです。前から押すと、余計に噛みます」
「ありがとう」
「その型、砲術科にもあります。中身が記録だと、落とした時に機関部まで怒られますよ」
「なぜ機関部が?」
「通路の床を傷つけたから」
ホルトは留め具を閉じ、工具箱へ戻った。シーアが点検盤を見ると、砲側の電源に関する試験だと教えてくれた。
「出港を早めたので、前の点検で見つかった分を今やっています。終われば、今日は寝られるはずです」
「夜勤だった?」
「昨日まで。寝る前に終わる仕事だけ、先に取っておきました」
ホルトが笑ったので、シーアも笑って通り過ぎた。
艦橋には、港から送った画像が既に出ていた。ゼーンは《ナーレン》の船影を回し、トールから届いた照会の扱いを確認している。
「今の段階では、識別情報を偽った疑いです」
シーアが報告した。
「海賊だという通報は、まだありません。運航会社は自社の船ではないと回答しています」
「分かった。海賊のつもりで撃つな、ということだな」
ゼーンは艦の当直へ画像を回した。
「逃げた場合の扱いも、トールと詰めておけ。追跡の途中で、一から尋ね直すことにならんように」
シーアは記録ケースを机へ固定した。先ほど教わった向きで留め具を押すと、今度はすぐに閉まった。
*
C.R.C. 7952.206 スティアガード星系、外縁巡察区
救難信号には、映像がなかった。
貨物船《テルナ》。機関部への被弾、負傷者あり。外部から乗り込んだ武装集団に操舵区画を押さえられた。発信者が自分の名前を告げる前に、回線は切れた。
《ケストレル》が回頭する間、通信士は同じ識別を呼び続けた。返答はない。代わりに、自動位置情報だけが二度、送られてきた。
「《タリスマン》へ。受信原文と座標、こちらの到着予測」
ゼーンが命じた。シーアは巡察の配置を開いた。二隻は別々の支線出口を確認しており、《ケストレル》の方が近い。《タリスマン》も向かえるが、同時には到着しない。
回線が戻ったのは、その四分後だった。
『救難通報は誤りだ。当船は機関故障のため、民間の救援を受けている』
先ほどとは違う声だった。
「船長か」
『そうだ』
「乗員名簿と負傷者の状態を送れ。救援船の識別も確認する」
回答を待つ間に、《テルナ》の周囲へ小さな反応が三つ現れた。貨物船の右舷側へ接舷している作業船と、離れた場所を動く武装艇が二隻。
作業船の識別は、《ナーレン》だった。
シーアは光学映像を拡大した。右舷の補強板。太い作業腕。その間には、《テルナ》から外したらしいコンテナが収まっている。
「画像一致。出港記録の船です」
ゼーンは《テルナ》の船長へ、乗員を画面へ出すよう求めた。同時に《ナーレン》を呼び、機関を止め、接舷状態を維持するよう通告する。
武装艇の一隻が、こちらへ艦首を向けた。
通信士が何か言いかけた時、その船腹から赤い光が走った。
前方のシールドが白く曇り、艦橋の照明が一瞬落ちた。シーアは机の縁を掴んだ。カップが倒れ、中身が床へ流れたが、誰もそれを見ていなかった。
「敵対行為確認。左舷前方の武装艇、対処」
ゼーンの声は、先ほどと変わらなかった。
《ケストレル》の砲座が旋回する。視界の隅から伸びた光が、正面へ向かってきた船のシールドを叩いた。一発目で艦首が傾き、二発目が通った時には、小さな船体の横から破片が飛び散っていた。
「目標減速。まだ動いています」
「射撃継続。《テルナ》を背にしたら止めろ」
武装艇が貨物船の方へ逃げようとする。砲撃が切れ、次の射線を取るために《ケストレル》が左へ回った。
《ナーレン》の接舷クランプが外れていた。
コンテナを抱いたまま接舷部を外し、機関を噴かす。《テルナ》の船体が押されるように回り、その側面から、細い空気の噴流が伸びた。
「接続口、減圧」
シーアは救難班へ映像を送り、残っている乗員からの発信を探させた。
やがて、別の回線で女性の声が入った。
『《テルナ》、航法担当です。船長が撃たれました。乗り込んできた者は離れています。二人、連れていかれた』
「誰が」
『機関士と荷役長です。積荷の封印を開けるために。お願いです、あの船にいます』
シーアは船籍照会の画面を閉じた。
「《ナーレン》に拘束された乗員二名。生存は、現時点では未確認」
口にしたところで、《タリスマン》から到着予測が届いた。救難地点まであと五分。先行する《ケストレル》との間で、役割を分ける必要があった。
「《テルナ》の救難を頼みます。こちらは離脱船を追う」
ゼーンは短く提案し、《タリスマン》艦長の承認を受けた。自艦の救難艇を貨物船へ残し、機関出力を上げる。
《ナーレン》の後ろへ、もう一隻の武装艇が回った。損傷した方は貨物船の近くに残り、接近する救難艇へ散発的に撃っていた。
シーアは《タリスマン》へ、その射撃位置を送った。救難地点への到着に先立ち、射程へ入ったドレッドノート級が砲撃を始めた。遠くから飛んできた長い砲光が武装艇の前を横切り、次の斉射で、既に傷ついていたシールドが消えた。
小さな船体が砕け、航法表示から推力の数値が失われた。
シーアが見ている間にも、別の目標までの距離が伸びていた。彼は残骸の映像を閉じ、逃走する二隻を前へ出した。
*
《ナーレン》は、曳船にしては速かった。
後付けの機関が二基、船体の脇で光っている。貨物コンテナを積んだままでも距離はなかなか縮まらず、追跡する《ケストレル》の前へ、護衛役の武装艇が射撃を繰り返した。
こちらがその艇へ砲を向けると、相手は《ナーレン》の船影へ寄る。砲術士が射撃を止めれば、また外へ出る。
「《テルナ》から区画図を受領。乗員二名の移乗先は、中央の作業区画とみられます」
シーアは、《ナーレン》の登録図面へ情報を重ねた。ただし、本物の曳船とは機関配置が違う。作業区画も同じままとは限らなかった。
「救難信号の発信源は取れるか」
ゼーンが訊いた。
「拘束された二人からは、出ていません」
通告を繰り返しても、《ナーレン》は答えなかった。船体上部の蓋が開き、そこから、船籍資料にはない連装砲が現れる。
砲火がまた前方のシールドへ当たった。
「離脱予測点まで、六分から八分」
航法士が言った。前方には大きな障害物がなく、相手は星系外へ向けた跳躍の姿勢を取り始めている。正確な跳躍時刻を読めるわけではなかったが、待つ余地が減っていることは分かった。
シーアは追跡図へ自艦の進路を描いた。後ろから追えば、武装艇と《ナーレン》の両方に撃たれ続ける。それでも小型艇を先に排除する方が、自艦への危険は小さかった。
その間に、曳船は逃げられる。
「艦長。右へ回って、前を押さえる案です」
ゼーンがこちらを見た。
「武装艇は残るぞ」
「はい。《ナーレン》の進路を横から押さえ、外付けの推進機へイオン砲を使います。船体中央を撃たずに、速力を落とせる」
シーアは、作業区画と追加機関の間へ線を引いた。
「止めれば、トラクターの距離へ入れます。二人を乗せたまま跳躍されるより、ここで拿捕した方がいい」
「砲術」
ゼーンが呼ぶと、担当士官が進路を見た。
「外付け機関なら狙えます。ただ、回り込む間はこちらの右舷が武装艇の射界に残ります。主砲は《ナーレン》へ向けるので、副砲で抑えることになります」
「シールドは?」
「前方から回します。その間、曳船の砲撃を受ける方は薄くなる」
シーアは自分が引いた進路を縮めた。速く回ればよいという話ではなかった。急いで前へ出すぎれば、相手を止めても、そのまま衝突する。
ゼーンは、《タリスマン》の位置を確認した。向こうは《テルナ》を制動し、残骸の中へ救難艇を出している。こちらが間に合わせたい時刻には、来られない。
「副砲が抑え切れなければ、離脱する。目標を止めた後も、接舷は護衛艇を離してからだ」
シーアへ視線を戻す。
「その条件で組み直せ」
「はい」
自分が提案した案が、航法席と砲術席へ送られていった。ゼーンが操艦の指示を出し、機関部から応答が戻る。シーアは、射線と救難艇の位置を監視する役割を引き受けた。
《ケストレル》が右へ傾いた。
前方にいた二隻が視界の左へ流れ、《ナーレン》の側面が広がっていく。追加機関の噴射が、船体の影を青く照らしていた。中央の作業口は閉じている。その向こうに、二人がいるかもしれない。
相手の砲塔が動いた。
「《ナーレン》、追尾しています」
「分かっている」
ゼーンが答えた直後、艦首側でシールドが光った。幾筋もの砲撃が同じ場所へ集まり、重ねられた光が窓の外を白くする。
シーアは距離の数字を見ていた。減るのが遅かった。計画へ引いた線は短いのに、実際の艦は、まだその半分も進んでいない。
武装艇が外側へ回り始めた。副砲の射撃がその進路を追い、艇の周囲で小さな爆発が起こる。
「武装艇、距離を取ります」
報告が上がった。シーアはその退き方を見た。逃げているようにも見えたが、艦尾をこちらへ向け切っていない。
「まだ撃てます。右舷への射界は残っています」
砲術士が了解と答える。《ケストレル》の側面から、別の砲座が射撃を始めた。
「イオン砲、目標捕捉」
青い光が、《ナーレン》の追加機関へ伸びた。
一射目は、噴射の脇へ外れた。二射目が機関の付け根に当たり、船体を走った放電が、作業腕の先まで枝分かれする。右側の機関が消え、残った推力が船を横へ押した。
シーアは止まれと思った。船ではなく、その機関だけに。
《ナーレン》の連装砲が、また光った。
艦橋の床が跳ね上がった。次いで右舷側から、別の衝撃が伝わってきた。シーアは胸を拘束帯へ押し付けられ、息を詰めた。前面の表示が二枚消え、天井の細い継ぎ目から粉が落ちる。
「右舷第二区画、被弾。補助配電系、短絡!」
「消火。負傷者確認」
ゼーンの指示に、損害管制席の声が重なる。
武装艇が、外へ回った位置から撃っていた。《ナーレン》へ向けた艦首のシールドと、その艇へ向ける必要のある右舷のシールド。どちらにも十分な出力を残せていなかった。
「右舷砲側、応答なし。消火班が向かっています」
シーアは自艦の損傷図を呼び出しかけ、止めた。画面から敵を外せば、担当する者がいなくなる。
「《ナーレン》、回頭継続。中央機関は生きています。左へ逃げます」
声が思ったより高くなった。言い直す時間はなかった。
「主機への射線、作業区画と重なります。いまは撃てません」
「撃つな。艦首を合わせる」
ゼーンが回頭を命じた。《ケストレル》は相手の前へ出たまま、横へ滑る曳船を追う。
《ナーレン》が積荷を投棄した。
作業腕の間から、大きなコンテナが離れる。蓋の閉まった直方体が、ゆっくりと回転しながら射線を横切った。その後ろで、相手の船首が下を向いた。
「投棄物一。生命反応、不明」
シーアは砲術席へ警告を送った。作業区画から移された人間が、その中にいないとは確認できない。
ゼーンは投棄物を避け、トラクターの使用を命じた。
捕捉までの数秒間、《ケストレル》は相手の砲火の前に留まった。残っていたシールドが波打ち、機関の響きが足元から強くなる。
「捕捉。ただし、主機推力が残っています」
「保持。引きちぎるな」
シーアの画面で、二隻の予測線が絡み合った。相手の推力を抑えなければ、自艦の姿勢も長くは保てない。
武装艇がまた接近する。
ゼーンは残った砲座をそちらへ向けさせた。《ナーレン》への射撃を止めたことで、ようやく火力を集中できた。艇の前面へ続けて砲光が当たり、相手は攻撃を中断して外へ退いた。
シーアは、もう一度《ナーレン》を呼んだ。
「こちら共和国司法軍。主機を停止しろ。船体が保たない」
初めて、返事が来た。
『撃つな!』
「砲を止めろ。主機もだ」
『機関室へ行かせろ。いま止めている』
誰の声かは分からなかった。こちらを撃っていた者か、乗せられた者か。
噴射が細くなり、やがて消えた。
シーアはその数値を読み上げた。ゼーンは射撃停止を通告し、船内の武器を置くよう命じる。武装艇は離脱を続けていたが、《ケストレル》には、それを追う余裕がなくなっていた。
「右舷火災、鎮圧。砲側区画、二名負傷。一名、呼吸なし。搬送します」
損害管制席から報告が届いた。
シーアの手元へ、収容先の割り当てが送られてきた。医療区画の空きは、相手の乗員を収容するために確保したものだった。自艦の負傷者が先に入る。彼は一覧を変更し、返信した。
追跡していた武装艇の印が、表示の端へ動いていく。
「もう一隻は」
言いかけると、ゼーンが首を振った。
「追わん。自艦の修復と、拿捕船の確保だ」
シーアは頷いた。《タリスマン》へ逃走方向を送り、続いて自艦の損害と、拘束者を乗せた船を停止させたことを報告した。
*
接舷艇を出せたのは、それから二十分後だった。
武装艇が戻らないことを確かめ、《ナーレン》の砲を船体から離れた方向へ固定させた。接舷班は応答者の言葉だけを信用せず、外側から出入口を確認したうえで乗り込んだ。
シーアは、班長の映像を見ていた。
狭い通路。壁から外された内張り。むき出しの配線と、靴で踏まれた食べ物の袋。床に座らされた者の間を通り、班は中央の作業区画へ入った。
『二名を確認。《テルナ》の乗員証と照合中』
椅子に座っていた女性が顔を上げた。片方の頬が腫れ、手首には結束具の跡があった。その隣には、作業服の肩を血で濡らした男がいる。
『生存二名。医療搬送を求めます』
シーアは空けておいた収容場所を知らせた。返事を待つ間、今度は自艦の医療区画から連絡が入る。
ネリク・ホルト、死亡確認。
報告には階級と認識番号が続いていた。シーアは途中まで読み、名前のところへ戻った。前部通路で、記録ケースの留め具を外してくれた砲術兵だった。
通路の床を傷つけると、機関部に怒られる。死亡時刻の数字を読みながら、あの時の声を思い出していた。
「ヴァラリアン」
ゼーンに呼ばれ、顔を上げた。
「拿捕班から、次の収容について聞いている」
シーアは回線へ戻った。八名の武装者を拘束したこと、うち二名が負傷していること、まだ確認していない区画があることを復唱する。
必要な答えは返せた。自分の声も、いつもの声へ戻っていた。
帰還した接舷艇から、二人の乗員が運ばれてきた。男は担架の上で目を閉じ、女性は救難班の肩を借りて歩いた。シーアは受け入れ担当へ記録を渡し、医務室へ続く通路を空けた。
女性が、こちらを見た。
「あなた……」
シーアは足を止めた。頬と顎に落ちた粉を、まだ拭いていなかった。艦橋を出る時に帽子も置いてきたので、銀髪が乱れたまま額へ掛かっている。
「放送で、見たことがある」
「そうかもしれません。今は、こちらへ」
「本当に、乗っているんですね」
何を答えればいいのか、一瞬分からなかった。女性は説明を待たずに頭を下げ、救難班とともに通り過ぎた。
シーアは背中を見送った。相手の名はキナ・アレス。機関士で、最後に《ナーレン》の主機を止めたのは、彼女だった。
医務室の扉が閉まると、奥の通路から別の担架が出てきた。こちらには、顔の上まで覆いが掛けられていた。
シーアは壁へ寄った。
*
C.R.C. 7952.209 スティアガード宇宙基地
帰投した《ケストレル》の右舷には、長い焼け跡が残っていた。
港の係員は、そこへ連絡通路を付けなかった。左舷の出入口から負傷者を移し、損害調査のために残った乗員が、工具と照明を運び込んでいく。砲座の下にあった配電区画は隔離され、焼けた内張りを取り外す作業が始まっていた。
拘束した八名は、《タリスマン》の収容区画から基地の留置施設へ移された。船体には出入管理が掛けられ、登録上の《ナーレン》との区別が付くまで、報告書には「船籍詐称船一号」と記載することになった。
拿捕船が港へ入った映像は、昼までに地域ニュースへ出ていた。
シーアはその番組を、司法担当室の前で見た。画面には《ケストレル》の損傷した側面と、以前の記者会見で撮られた自分の顔が並んでいる。
《司法軍、海賊船を拿捕》
見出しの下には、奪われた積荷の一部と、二名の乗員を取り戻したことが書かれていた。逃走した武装艇のことも、本文にはあった。ただ、画面が切り替わる前に読める者がどれだけいるのかは分からない。
名前を呼ばれ、シーアは部屋へ入った。
トールの向かいには、星系検察局の担当官が座っていた。机の上には、拿捕船、拘束者、被害船の三つの一覧がある。
「《テルナ》は当地の登録船です。被害を受けた会社も、こちらに本店がある。身柄と船体の引き渡しを求めます」
担当官が言った。
「司法軍艦への発砲もあります」
トールは別の記録を開いた。
「本件以前に、他星系の船を襲った可能性も調べています。船内記録を確保したまま、共和国側の捜査へ接続する必要があります」
「可能性は承知しています。ですが、その確認を理由に、当地で起きた犯罪まで全部持っていくことは認められません」
シーアは席へ着いた。トールに尋ねられた範囲で、追跡と拿捕の経緯を説明する。相手は途中で止めず、記録へ目を通していた。
「一隻、逃げていますね」
「はい」
「その船が、こちらの港へ戻ることもあります。拿捕した側だけを遠くへ連れていかれると、こちらの捜査は進めにくくなる」
「記録は共有できます」
「共有の範囲を決めるまでに、何日掛かりますか。以前の照会では、乗員の氏名が来るまで十二日掛かりました」
担当官は、その時の照会番号を出した。トールは自分の資料へ控え、今回の担当とは別だと断ることもせず、経緯を調べると答えた。
シーアは相手の手元を見た。机へ広げられているのは、今回のニュースを見て作った要求だけではなかった。修理工場にいる本物の《ナーレン》を確認させたのも、この検察局だった。
トールは、まず身柄の収容場所と、今後どの裁判所が扱うかを分けて協議したいと言った。担当官は同意したが、司法軍基地に収容したまま、星系政府の関与なしに他星系へ移送されることは拒んだ。
「司法軍は、逮捕した者をそのまま自分の裁判へ出す軍隊ではないはずです」
「その通りです。だから、私がここにいます」
トールは落ち着いて答えた。
シーアは、海賊を捕まえた後の行き先を、出港前の図へどこまで書いていたか思い出そうとした。収容区画。救護。証拠の封印。そこまではあった。その先は、司法担当へ引き継ぐとしか書いていない。
引き継ぐ相手は一人ではなかった。
協議の途中で、星系側の裁判所から連絡が来た。地元検察の請求を受け、拘束継続について聴聞の予定を入れたという。
担当官が時刻を読み上げると、トールは、共和国側の関与と証拠保全についても申し立てると答えた。
シーアの端末には、午後に参加するはずだった損害検討の開始時刻が残っていた。彼はロウへ、遅れると連絡した。
*
聴聞は、翌日まで続いた。
シーアは求められた航行記録の説明を行い、映像のどこからが自分の直接見た範囲なのかを確かめられた。艦橋の表示で見たことと、接舷班から報告を受けたことを、同じ言い方で話してはいけなかった。
拿捕船の操縦席にいた男は、救援作業をしていただけだと述べた。《ケストレル》から先に攻撃されたという主張もあった。
トールは、最初の発砲が映った記録を提出した。被害船から出された救難信号、拘束されていた二人の供述、武器の位置。それぞれが、別の資料として机へ置かれた。
船名を読み上げる時だけ、記録官が一度言い直した。
「登録上の《ナーレン》とは、別の船です」
裁判官は頷き、先へ進むよう促した。
二一二日、八名の身柄は星系側の留置施設へ移された。ただし、基地を出れば自由になるという意味ではない。司法軍艦への発砲を含む事件の扱いは、共和国側の司法機関と調整が続く。域外へ移送する場合にも、司法上の判断を経ることになった。
船体は港内の管理区画へ残された。検察局の封印と共和国司法官の封印が並び、どちらかが船内へ入る時は、もう一方にも立会いを求める。
シーアは、船から外した記録装置の一覧を確かめた。先に作成して双方へ渡した複製がある。原本をどちらが保管するかの争いで、分析まで全部止めることは避けられた。
それでも、彼が望んでいたように、拿捕船も拘束者もまとめて共和国側の捜査へ渡す形にはならなかった。
「不満か」
トールに尋ねられ、シーアは端末を閉じた。
「逃げた船を追う間に、こちらの確認が遅れるのは困ります」
「相手も同じことを言っていた」
「分かっています」
「なら、今日届いた照会を見てくれ。通信装置の時刻補正だ。君の担当で答えられる」
トールは、未処理の依頼を一件だけ渡した。
シーアは開き直した端末へ受領を入れ、装置を外した技術員へ連絡した。
*
キナ・アレスは、基地の医療区画で退院を待っていた。
星系検察の聴取は終わり、共和国側にも連絡先を渡してある。《テルナ》の修理が終わるまで働けないので、別の船へ乗ることを考えていると言った。
「また、すぐ乗るんですか」
シーアが訊くと、彼女は不思議そうな顔をした。
「ほかに仕事があれば、考えますけど」
窓の向こうには貨物船がいた。港の医療区画から見える風景は、どこへ座っても大差がなかった。
「移乗先は、会社が探してくれます。来月まで待っていたら、こちらが先に困る」
彼女は手首へ巻かれた保護材を見た。結束具の跡は、まだ消えていない。
「助けてくれた方へ、お礼を言ってもらえますか。荷役長も、そう言っていました」
「伝えます」
シーアは、彼女に聞いておくよう頼まれたことを確かめた。《ナーレン》の機関室へ連れていかれた時、どの機器を触ったか。止まった時点で、どの系統に電源が残っていたか。
船体の改造は、正規の図面とは違っていた。二基の追加機関のうち一基が止まった後、もう一基と中央の主機が別々に作動し、操縦席からの停止指示も通らなくなっていた。彼女が止めなければ、船体に負担を掛け続けていたかもしれない。
「あなたが、止めるように言った人?」
「無線では、僕です」
「怖い声でした」
思ってもいなかったことを言われ、シーアは顔を上げた。
「そんなに?」
「ええ。船を壊すつもりなのかと思った。でも、乗ってきた人は先に私たちを出してくれたから」
彼女は言葉を切り、シーアの胸の階級章を見た。
「ごめんなさい。あなたも、乗員を亡くしたと聞きました」
シーアは頷いた。
彼女が次の言葉を探す間に、持ってきた連絡先を渡した。医療費や帰路の手配については、別の担当者が説明する。そこまで引き受けて、彼は病室を出た。
廊下で端末を開き、救出された二人からの礼を、ゼーンと接舷班へ送った。文面を短くしようとして、最後には彼女の言葉をそのまま残した。
*
C.R.C. 7952.215 コルサント、共和国元老院
「共和国の艦を撃った者を、共和国が引き取れない」
ロジンはそう言い、委員会へ提出された経過表を持ち上げた。
「これが現状です。艦も人員も増やした。現地へ出した。海賊は捕まった。それで、また地方の許可を待つ。次は、取り逃がした海賊を追う許可まで、相手の弁護士に求めるのでしょうか」
何人かが笑った。アウレリアンは笑わず、一覧の移送欄を拡大した。
「八名とも拘束は続いています。釈放された者はいません」
「当地に置く限り、引き渡しはいつでも止められる」
「止めたのは行政の通知ですか、それとも裁判所の決定ですか」
向かいから訊いたのは、ヴェッロだった。
「どちらでも、現場が困っている事実は同じだ」
「では、裁判所にも同じ命令を出す案なのですね」
笑っていた席が静まった。ロジンは司法軍の職務を妨げる制度を改めるべきだと答え、ヴェッロは、どの制度かを条文で示すよう求めた。
ハロルド・タッグが発言を整理し、司法省の説明員へ経過の補足を命じた。
拿捕は有効と扱われている。拘束も継続している。争われているのは、複数の管轄にまたがる事件をどこで起訴し、どの裁判所へ出すか、その間の身柄と証拠を誰が管理するかだった。
共和国側の捜査が全くできないわけではない。だが、船内記録の開示と立会いの日程に、個別の調整が増えている。
「その調整を、次から省けるようにすべきでしょう」
アウレリアンが言った。
「被害船の船籍、犯罪が起きた場所、司法軍への攻撃。この三つが重なる事例で、毎回、最初から同じ協議をしていては間に合わない」
「賛成します」
ボンテリが頷いた。
「ただし、軍が拿捕した時点で、地方の司法権が消えるような制度にはできません。共同の捜査を認めることと、すべてを中央へ渡すことは違います」
「海賊にまで自治権を認めるのか」
ロジンの声に、彼女は顔を向けた。
「自治権を持つのは加盟星系です。被害を受けた船の乗員も、そこの市民です」
「分離主義的な留保を重ねた結果、共和国の法が届かなくなっている。私は、そのことを言っている」
モスマが発言を求めた。
「今回は、地方の裁判所も同じ犯罪を裁こうとしています。意見が違うたびに、共和国から離れる意思だと決めつける必要はありません」
アウレリアンは、配布された別の資料へ目を落とした。加盟星系協定協議事務局がまとめたものだった。拘束者の移送に関する標準的な合意を作る提案と、それを各星系の議会で承認するまで、既存の協定へ追加の義務を認めないという提案が並んでいる。
「なら、その合意を作る間、既に認められている捜査協力まで留保する理由はありませんね」
「個別の協定によります」
別の代表が答えた。
「本星からの訓令では、域外移送に関する一括の合意へ署名する権限は与えられていません」
「内容が決まる前から?」
「だから、本星へ持ち帰る必要があるのです」
ハロルドはその回答を記録させた。共同の書式と連絡窓口を整える作業には合意が得られたが、適用範囲を先に確約する代表団は少なかった。
休会の前に、ヴェッロが最後の資料を開いた。《ケストレル》の被弾記録だった。
「亡くなった乗員の遺族への連絡と、補償手続きは」
「連絡済みです。補償についても、担当部署が手続きを開始しています」
「開始だけで終わらせないようにしてください。艦の修理費と同じ資料へ、進捗を付けていただきたい」
アウレリアンは、自分の端末にも期限を入れた。シーアへ送るためではなかった。次の委員会で、回答を確かめるためだった。
*
C.R.C. 7952.217 スティアガード泊地、《アテンダント》
検討会で再生された戦闘は、艦橋で見ていたものより遅かった。
実際には、そういうわけではない。一度に見られなかった三つの画面を、一つずつ止めて確かめている。イオン砲が命中し、追加機関が止まる。その後も、《ナーレン》の中央機関は動いていた。武装艇は右舷の外へ回り、《ケストレル》の砲口が曳船へ向いている間に、射撃位置を取っている。
「ここで、何が止まると思っていた」
ドーヴァンが訊いた。
「追加機関です。船体が回れば、跳躍方向を保てなくなると考えました」
「その後は」
「相手を拘束して、武装艇へ砲を戻すつもりでした」
シーアは自分の答えを聞きながら、最初の提案で、そこをほとんど一続きに説明していたことに気づいた。跳躍できなくすることと、動けなくすること。その間に、中央機関の推力が残っていた。
ロウが音声記録を送った。相手を止めた後に砲を戻せるという、自分の声が流れた。シーアは表示を止めずに聞いた。
「拘束に掛かる時間を短く見積もっています。投棄物が出た場合も、考えていませんでした」
「武装艇からの被弾は、投棄より前だ」
ゼーンが言った。
「そこを取り違えるな。後で起きたことを直せば、先の被弾までなくなるわけではない」
シーアは時刻を確かめた。ホルトがいた区画への着弾は、二度目のイオン射撃の直後だった。もっと早くトラクターを使えたなら、と何度か考えていた。だが、それであの砲弾が外れたと説明することはできなかった。
「右舷から撃たれる可能性は、提案した時点で分かっていました」
「私も、聞いている。航路を選んだのは私だ」
ロウが、被弾直後の映像へ戻した。
「副砲が抑え切れなければ離脱する、と決めていました。この時点では?」
「トラクターの有効範囲まで入っていた。もう一度退いて追い直すより、そこで止められると判断した」
ゼーンが答えた。シーアも同じように考えていた。あと少しで止められる。被弾を見た後も、その見通しを前提に進路を送り続けた。
「僕からも、離脱への切り替えは提案していません」
ロウはその回答も記録した。ゼーンが映像を止める。
「この進路を採用した理由と、被弾後に続行した理由は、私の報告に書く。君は、何を根拠に拘束までの時間を見込んだのかを書いてくれ。途中で成立しなくなった条件もだ」
シーアは頷いた。
ドーヴァンは、武装艇を先に排除する案と、跳躍経路の記録を取って追跡へ切り替える案を並べさせた。どちらにも不確実なところがあった。前者では曳船が先に離脱し、後者では追いついた時に人質がまだ船内にいる保証がない。だからといって、実際に選んだ進路が最もよかったことの証明にはならなかった。
「二人は戻った。拿捕船から、ほかの事件へつながる記録も得られた」
ドーヴァンは結果の一覧を見た。
「一名死亡、二名負傷。武装艇一隻が逃走。《ケストレル》は次の二回の巡察に出せない。報告には、全部載せる」
「はい」
シーアは自分の資料を開いた。結論の欄には、二名の救出と被疑船の拿捕が先に書かれていた。損害の欄を同じ頁へ移す。提案者の名前は、そのまま残した。
検討会が終わっても、ロウは部屋を出なかった。巡察表を呼び出し、《ケストレル》の名前を二か所から外す。《リフト》の試運転日程を確かめたが、前倒しはできないという回答が戻ってきた。
「《タリスマン》の寄港予定を動かす。補給側へ確認を」
シーアは指示を受け取り、端末を持って隣の作業室へ移った。
*
拿捕船の貨物記録が届いたのは、その日の夕方だった。
《テルナ》から奪われたコンテナには、船社の封印が残っていた。投棄された一基も回収され、中に人はいなかった。荷主との照合が済んだものから返還手続きへ進められる。
それより前の航海では、船名だけでなく、貨物の扱いも何度か変わっていた。一般の積み替え予約から、基地向けの優先搬入枠へ振り替えられた便がある。相手の端末に残っている受領番号は、司法軍基地で使う書式に合っていた。
トールは、番号の一覧だけをシーアへ送ってきた。
『実際に受け取った記録があるか。まず、それを確かめたい』
シーアは基地の補給担当へ照会を起こした。偽の船籍で入った船が、同じように偽の番号を使っていたのかもしれない。それとも、貨物だけは本当に基地へ入っていたのか。
回答期限を記入するところで、《メリド》の受領票についても、まだ返事が揃っていないことを思い出した。別の案件として番号を並べ、どちらも未回答の欄に残す。
送信すると、受領通知が返ってきた。シーアはそれを記録へ添え、ようやく端末を閉じた。
*
C.R.C. 7952.219 スティアガード宇宙基地
「船の写真は、見ました」
エレナはそう言ってから、通信映像の中のシーアを見た。
「あなたの写真も。たぶん、半年くらい前のもの」
「新しいのがなかったんだと思う」
「顔はきれいなのに、横に焼けた船が映ってるんだもの。どこまで今の話なのか分からないでしょう」
シーアは画面の隅に出ている自分の姿を見た。勤務は終わっているが、上着は着たままだった。通信へ出る前に髪を直したせいか、思っていたより、いつもと同じ顔をしていた。
「怪我はしてないよ」
「それを、先に言ってほしかった」
「連絡したでしょう」
「無事に帰投した、と書いてあった。あなたが無事なのか、船が帰ったという意味なのか、私には分からない」
送信した文面を開くと、確かにそう書いてあった。続きは、後処理で忙しいので、落ち着いたら連絡するというものだった。
「……ごめん。次から、ちゃんと書く」
「今回も、まだ書けるよ」
シーアは顔を上げた。エレナは叱り続けるつもりではないらしく、自分の予定表を開いている。
「そちらへ行こうと思ってるんだけど」
「スティアガードに?」
「ほかに、今あなたがいるところはないでしょう」
「いつ?」
「二三一日から。家の方には、もう話してある。移動の手配は、あなたの予定を聞いてからにしたい」
シーアも勤務表を呼び出した。三一日と三二日には、自分の名前が入っていた。別の日に代われそうな当番を探し、まだ決めていない休暇の欄と見比べる。
「参謀長に相談する。明日までに返事するよ」
「難しければ、日をずらせます」
「たぶん、大丈夫」
言ってから、言い直した。
「会いたいから、時間を取る」
エレナは予定表から目を戻した。返事をするまでに、間があった。
「じゃあ、待ってる」
「何か、見たいところはある?」
「まだ調べてない。あなたは?」
「僕も、港の周りくらいしか知らない」
「住んでるのに?」
「船では出てるけど、街にはあまり」
彼女が笑った。久しぶりに聞く声だった。
「それなら、一緒に探しましょう。食事ができて、座れるところならいいから」
通信が終わった後、シーアは席を立たずに休暇の申請を開いた。二日間。その前後で代われる当番を記し、未処理の照会はラスクへ引き継ぐ案を付ける。
翌朝、ロウから、引き継ぎを済ませることを条件に承認が来た。
シーアはすぐにエレナへ送り、帰投した日の短い連絡も開き直した。
『僕は怪我をしていません。二三一日は、迎えに行きます』
読み返してから、送った。