STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
C.R.C. 7952.231 スティアガード星系、軌道港旅客区画
シーアは、到着口を一つ間違えた。
船の係留位置は確かめてあった。そこから乗客がどの連絡橋を通り、どちらの旅客区画へ出てくるかを確かめていなかった。軍の艦なら接舷口まで迎えに行けば済むが、定期便の乗客には入港手続きと荷物の受け取りがある。
案内表示を見上げていると、端末が震えた。
『いま、どこ?』
シーアは自分の位置を送り、すぐに歩き出した。返事には、エレナの位置と、笑っている顔が一つ付いていた。
正しい到着口の前には、迎えの者を待つ乗客が何組もいた。その間を抜けたところで、先にエレナがこちらを見つけた。椅子の脇に小さな旅行鞄を置き、手元の端末を持ち上げる。
「迎えに来てくれるんじゃなかった?」
「来てるでしょう」
「私が見つけたけど」
言い返そうとして、シーアは足を止めた。
通信で見ていた時より髪が長かった。礼装でも学院の制服でもない、旅に向いた柔らかな上着を着ている。立ち上がって正面へ来ると、以前は見上げていたはずの目が、ほとんど同じ高さにあった。
エレナも、すぐには続きを言わなかった。シーアの肩から顔へ目を移し、端末を鞄へしまう。
「……本当に、怪我してないね」
「言ったでしょう」
「見たかったの」
彼女が腕を伸ばした。シーアも手を上げ、近づいてきた身体を受け止める。旅客区画の人の流れが、その横を通り過ぎていった。抱き合ったのは長い時間ではなかったが、離れる時には、挨拶に何を言おうとしていたのか忘れていた。
「よく来たね」
結局、それだけ言った。
「来るって言ったでしょう」
今度は彼女が同じ返事をした。シーアは笑い、旅行鞄へ手を伸ばした。
随行の女性と警護員が近くで待っていた。二人へ挨拶し、宿までの移動を確かめる。滞在先は旅客区画に接続するホテルで、部屋も車両も、ヴァルコス家の者が手配していた。
「ここからは、間違えない?」
エレナが訊いた。
「ホテルは分かる」
「行ったことは?」
「前を通った」
「それなら、期待できますね」
シーアは鞄を持ち直した。今日は制服を着ていなかった。暗い色の上着に、襟の開いたシャツ。階級章も身分証も表へ出していない。それでも何人かがこちらを見たが、エレナが隣へ並ぶと、彼はそちらを向いて話し始めた。
*
荷物を置いた後、シーアは一度だけ基地へ寄ることになった。
宿へ届けてもらうつもりだった外出用の車両証を、居室に置き忘れていた。徒歩と公共交通だけでも困らないが、明日の予約を取り直すよりは、取りに戻った方が早かった。
「今度は何を間違えたの?」
「忘れ物」
「今日は、私が案内してあげた方がいいかもしれない」
エレナは楽しそうだった。基地外縁の面会受付まで一緒に来ると、係員へ身分証を渡し、用件を尋ねられてシーアの方を見た。
「婚約者を待っています」
係員は一度頷いてから、隣に立つシーアへ目を移した。
「お帰りになるまで、こちらでお待ちいただけます。ヴァラリアン上級士官」
「すぐ戻ります」
通路の向こうにいたラスクが、声を聞きつけて振り返った。私服のシーアを見て、次に受付のエレナを見る。挨拶を交わし、何か忘れ物ですかと訊いた。
「車両証。机の上に」
「取ってきましょう。書類に触ると、そのまま座りそうなので」
「座らないよ」
ラスクは、返答する代わりに受付の椅子を示した。シーアがエレナの隣へ腰を下ろすと、彼女は頬杖をつき、基地の者たちが行き交う様子を眺めた。
「いつも、ああいう話し方なの?」
「誰が?」
「あなた。連絡では、もっとかしこまってるでしょう」
「用事によるよ」
エレナは頷いた。壁の掲示には面会時間と持ち込み品の規則があり、その下で作業服の家族連れが許可を待っていた。子供が退屈して椅子から降り、父親に呼び戻される。シーアを知っているらしい整備員が通り掛かり、敬礼をしかけてから、二人へ会釈して歩いていった。
この場所では、彼に声を掛ける者がいた。自分の知らない用事があり、自分には分からない短いやり取りで済むこともある。エレナは何も尋ねず、ラスクが戻ってくるまで隣に座っていた。
受け取った車両証をしまう時、シーアは一緒に持ってきてもらった小さな箱を彼女へ渡した。
「これも忘れてた」
「私に?」
「前に好きだって言ってたから」
箱には、果実を煮詰めた餡を挟んだ薄い焼き菓子が並んでいた。コルサントの邸宅で出されていたものと同じ店の印がある。
「ここにも売ってるの?」
「取り寄せた。少し早く着いたけど、日持ちする方にした」
エレナは箱を閉じずに見ていた。シーアは、以前と好みが変わったのだろうかと思いかけた。
「これなら、忘れ物を取りに来てよかった」
彼女は丁寧に蓋を戻した。
*
昼食に選んだ店は、修理区画へ向かう連絡橋の下にあった。
上級の士官を連れてくるような店ではない。入口の献立は一枚で、昼には注文を聞く前から水とパンが出てくる。シーアは一度、勤務帰りに入ったことがあった。少なくとも、料理が出るまで長く待たされることはない。
席へ着くと、エレナは窓の外を見た。連絡橋の下を小さな作業艇が横切り、その向こうには大きな貨物船の船腹があった。
「見晴らしで選んだ?」
「味で」
「本当に?」
「たぶん」
彼女が笑った。給仕が持ってきた煮込みを二人で取り分け、シーアは手近にあったパンの籠をエレナの方へ寄せた。昔なら取ってと言われてから渡したが、今日は彼女の手が動く前に気づいた。
「気が利くようになったね」
「昔からでしょう」
「そういうことにしておきます」
エレナはパンを割り、来るまでの船で読んでいた資料の話をした。エリアドゥで、古い劇場の修復を手伝っているという。ヴァルコス家が支援している事業で、彼女が任されているのは、保管されていた図面と写真を年代ごとに整理する仕事だった。
「最初は、内装の色を選べると思ったの」
「違った?」
「塗り替えた時期を調べるところから。赤い壁だったっていう人も、青だったっていう人もいて、どちらの写真もあるのよ」
「時代が違う?」
「そう。どちらを残すかは、まだ決まってない。私は、その相談をするための資料を作ってるところ」
彼女は端末で写真を見せた。舞台の上から客席を撮った画像だった。覆いを掛けられた椅子が並び、天井の装飾には足場が届いている。
「ここを開けたら、音が変わるんだって」
指で示したのは、客席上部の小さな窓だった。シーアには装飾の一部にしか見えなかったが、エレナは別の角度の写真を出し、修復の担当者から聞いた説明を続けた。
シーアは食べる手を止めて聞いた。彼女が知らない艦のことを自分が話す時も、こんなふうに次の写真を探しているのだろうかと思った。
「……つまらない?」
「面白いよ。それ、もう一回開いて」
エレナは写真を戻した。食後の飲み物が運ばれてきても、しばらく端末は二人の間に置かれていた。
店を出てからは、公共区画の回廊を歩いた。ホテルの並ぶ通りから一本外れると、作業服の店や修理工具を扱う店が増え、食料品店の前では店員が空の容器を重ねている。エレナは小さな書店で足を止め、シーアも一緒に入った。
彼女が舞台写真の本を選んでいる間に、シーアは隣の棚から港の案内を見つけた。店員へ休日に歩ける場所を尋ねると、公共庭園への道を教えてもらえた。艦艇の動きが見える展望室も勧められたが、今回は庭園にした。
「船、見なくていいの?」
店を出てから訊かれた。
「昨日も見た」
「それで足りる人だった?」
「今日は、こっち」
シーアが案内図を見せると、エレナは紙の端を押さえ、歩き出す前に上下を直してくれた。
*
庭園は軌道施設の居住区にあり、天井には薄い雲の映像が流れていた。
木は大きくなりすぎないように剪定され、根元の土は舗装された道から一段高く盛ってある。水の音を辿ると、小さな噴水と、その周囲に置かれたベンチが見つかった。子供を連れた家族や、休憩中らしい作業員もいた。誰かに席を空けさせる必要もなく、二人は端のベンチへ座れた。
エレナは本の包みを膝へ置いた。シーアが飲み物を渡すと、受け取る前に彼の手を見た。
「手袋をしてないところ、久しぶりに見た」
「いつもしてるわけじゃないよ」
「でも、会う時は制服か礼装だったもの」
彼女はカップを受け取った。シーアの顔を眺めていたが、今度は怪我を確かめる目ではなかった。
「笑うと、前と同じね」
「そんなに変わった?」
「黙ってる時は。人の話を聞いてる顔も、前より大人に見える」
「一歳しか違わないでしょう」
「その一歳が大きいって、昔は思ってた」
彼女は笑ったが、続きをからかう口調にはしなかった。シーアも、自分の方が大きくなったなどとは言わなかった。隣に座ったエレナの横顔は、子供の頃の記憶とつながっていた。それでも、つい手を伸ばして髪に触れたりはできなかった。
噴水の向こうで、子供が落とした玩具を父親が拾った。シーアはその様子を見てから、カップの蓋へ目を落とした。
「この前のこと、聞きたい?」
エレナはすぐに答えなかった。
「話してもいいことなら」
「事件の説明は、あまり変わらないよ。ニュースに出た通り。二人を助けて、船を一隻捕まえた」
指で蓋の縁を押した。きちんと閉まっているのに、もう一度確かめた。
「僕が提案したんだ。逃げる船を、先に止めようって」
エレナはカップを膝へ下ろした。
「その時には、撃たれるかもしれないと分かってた。人質がいたから、それでも止めた方がいいと思った。艦長が決めて、実行して……乗員が一人、死んだ」
「うん」
「検討はした。報告も書いた。でも、書き終わったからって、どう考えればいいのかまで決まらなくて」
言ってから、こんなことを彼女へ話しても困らせるだけではないかと思った。エレナは現場を見ていない。何をすればよかったかと尋ねられても、答えられるはずがなかった。
「ごめん。せっかく来たのに」
「謝らないで」
彼女は短く言い、シーアの顔を見た。
「私が聞いたから」
「聞きたいかって訊いたのは、僕だよ」
「じゃあ、二人とも」
それで会話が途切れた。エレナは何か言おうとして、やめた。カップをベンチの脇へ置き、空いた手をシーアの手の上に重ねる。彼は指を動かしたが、そのままにした。
「その人の名前、教えてもらってもいい?」
「ホルト。ネリク・ホルト」
出港後に、記録ケースの留め具を外してもらったことを話した。エレナは聞いていた。シーアも、それ以上の説明を足さなかった。
噴水の近くから家族連れがいなくなり、別の二人が座った。上を流れる雲の形が変わっていた。シーアは冷めかけた飲み物を一口飲み、ようやく背中をベンチへ預けた。
「明日は、何時から会える?」
エレナが訊いた。
「朝から。二日、休みにしたから」
「じゃあ、朝ご飯も一緒に食べたい」
「ホテルで?」
「うん。あなたが別のホテルへ行かなければ」
「もう間違えない」
シーアが笑うと、エレナも笑った。立ち上がる時、重なっていた手をどちらもすぐには離さなかった。彼が本の包みを持つために空いた方の手を伸ばすと、エレナはそのまま歩き出した。
*
C.R.C. 7952.232 スティアガード星系、軌道港旅客区画
翌朝、シーアは正しいホテルへ来た。
朝食の席で、エレナは昨日の焼き菓子を随行の女性にも分けたと話した。残りは帰りの船で食べるという。シーアが足りるかと訊くと、次に来る時も同じものがいいと答えた。
「もう次の話?」
「嫌?」
「嫌じゃない」
「じゃあ、忘れないで」
二日目には、車両証が役に立った。別の居住区まで行き、エレナが書店で見つけた小さな展示を見た。航路の開通記念に作られた古いポスターと、港で上演された芝居の広告が並んでいる。シーアが背景に描かれた貨物船の形を気にすると、エレナは、その前にいる主演俳優の顔より船を見る人は初めてだと言った。
帰りには店の前で焼いていた温かい菓子を買った。包みからこぼれた粉がシーアの上着へ付き、エレナが払ってくれた。礼を言うと、まだ付いているから動かないでと叱られた。
その日、端末は何度か震えた。家からの連絡と、まとめて配信される勤務通知だった。シーアは発信元を確かめ、緊急の連絡でないものは後へ回した。ラスクからは、引き継いだ照会を受け付けたという一行だけが届いていた。
夕食の後、エレナはホテルのラウンジで、翌日の出発案内を開いた。
「帰りは、こっちの乗り場」
「分かってる」
「今日は迎えに来る日じゃないから、違うところに立ってても見つけてあげられないよ」
「まだ言う?」
シーアは彼女の画面を自分の端末へ送ってもらった。翌朝には勤務が戻る。出発まで一緒にはいられないが、旅客区画へ入るところまでは送れそうだった。
「次は僕が行くよ」
「エリアドゥに?」
「劇場も見たい。写真で見せてくれたところ」
エレナは画面を閉じた。
「まだ椅子も出せないと思うけど」
「足場の上じゃなければ、いい」
「来られる日が分かったら、見学できるか聞いておく」
シーアは頷き、予定表へ書き込もうとして手を止めた。次の巡察の割り当ても、その先の休暇も、まだ決まっていなかった。
「日付は、決められない」
「うん。それは分かってる」
彼女は自分の端末を置いた。
「でも、来られない時も連絡して。予定が決まるまで、ずっと待ってなくていいから」
「毎週?」
「まず、それくらい」
「話すことがない週もあるよ」
「今日、何を食べたかでもいい。私は劇場の壁が何色になったか話せる」
シーアは笑い、勤務表とは別の予定を開いた。次の通信を七日後に入れ、時刻を二人で確かめる。勤務で難しくなったら、先に別の時刻を送ることにした。
エレナはその予定を受け取ると、今度は端末の撮影機を起動した。
「写真、撮ってもいい?」
「いいけど」
シーアが姿勢を正すと、彼女は首を振った。
「そういう顔じゃなくて。さっきの」
「さっきって?」
「笑ってた時」
言われて笑おうとすると、余計に不自然になったらしい。エレナが吹き出し、シーアもつられて笑った。その瞬間に撮影の音がした。
見せてもらった写真では、髪が額へ落ち、肩は椅子の背から離れていた。公王家の肖像にも、司法軍の広報写真にも使えそうになかった。
「私も送るから」
エレナが自分の隣を指した。シーアは椅子を寄せ、二人で画面に収まった。
*
翌朝の別れは、到着の時より慌ただしかった。
旅行鞄は随行の者が預け、エレナの手元には本の包みだけが残った。旅客区画の入口でそれを渡すと、彼女は片手を空けて、シーアの襟へ触れた。
「曲がってる」
「今日は、何も覗いてないよ」
「知りません」
手が離れた。制服へ戻ったシーアを、エレナはもう一度見た。彼はその視線を受け、昨日のように笑った。
「着いたら、連絡して」
「あなたも。今日、何を食べたか」
「まだ朝だけど」
「夜でいいです」
搭乗案内が流れた。シーアは一歩寄ってエレナを抱き、彼女が腕を回すのを待った。離れた後も手を握っていたが、最後には自分からほどいた。
エレナは人の流れへ入り、検査口を通ったところで振り返った。シーアが手を上げると、彼女も本の包みを持っていない方の手を上げた。
基地へ戻る連絡車の中で、シーアは朝食の包みを開いた。ホテルで彼女に持たされたものだった。パンが二つと、小さな果実が一つ。
写真を撮り、まだ出港前のエレナへ送る。
『朝は、これ』
返事はすぐに来た。
『それは知ってる。ちゃんと食べて』
シーアは端末を脇へ置き、パンを一つ取った。