STAR WARS: STAR DESTROYER   作:あーくわいてんず

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幕間:第二室

C.R.C. 7952.363.19 デノン

 

 雨は、夕方から一度も止んでいなかった。

 

 政府宇宙港の進入管制塔から見えるのは、濡れた着陸場と、雨の向こうで滲む誘導灯だけだった。公邸の主棟は庭園を挟んですぐ隣にある。それでも今夜は、上階の窓に明かりがついていることしか分からない。北側の旅客区画では、定期便の出発が遅れていた。

 

 テヴァン・リードは気象表示を確認し、次の進入船を担当席へ送った。

 

 デノン。インナー・リム、イセノ・セクター、銀河平面座標N-13。コレリアン・ランとハイディアン・ウェイが交わる星系では、天気が悪いからといって船が来なくなるわけではない。商業港の待機軌道は混み始めていたが、政府宇宙港へ降りる船は少なかった。残っている公用便は二つ。それが済めば、隣接する旅客区画への進入を手伝うことになる。

 

 予定外の通信が入ったのは、その時だった。

 

『デノン政府宇宙港、こちらヴェルモア船籍の外交船。着陸許可を要請する』

 

 リードは受信した位置情報を開いた。船は既に指定された軌道へ入り、降下の指示を待っている。光学映像を呼び出すと、惑星の雲を背景に、赤い船体が浮かび上がった。

 

 コンスラー級だった。

 

 前部の丸みを帯びた船体、その後ろへ伸びる細い胴体と三基のエンジン。外交船としては見慣れた形で、識別信号にも異常は出ていなかった。リードは今夜の到着予定をもう一度開いた。

 

「こちらデノン政府宇宙港。該当する到着予定を確認できません。訪問先と受付番号を送信してください」

 

『予定は取っている。政府外交局を通しているはずだ』

 

「こちらの一覧にはありません」

 

『再度確認を願う。代表団は公邸での会合へ出席する』

 

 船長らしい男の声には、苛立ちも、慌てた様子もなかった。よその部署で決めたことを、なぜここでもう一度説明しなければならないのか。そういう客は珍しくない。

 

 リードは船を軌道上で待たせ、外交局の夜間担当へ連絡した。

 

「ヴェルモアの代表団です。コンスラー級一隻。公邸への訪問だと言っています」

 

『少々お待ちください』

 

 端末を操作する音が続いた。リードも船籍情報へ目を戻す。ヴェルモアはミッド・リム、ハロリ・セクターのP-7。ペルレミアン・トレード・ルートへつながる域内航路を利用する星系だった。ただし、船籍と出発地は同じとは限らない。

 

『入っていますね』

 

 担当者が言った。

 

「何時の便ですか」

 

『今夜です。追加分を確認してください。こちらからも送り直します』

 

 受付番号が届いた。リードがそれを入力すると、先ほどまで空いていた欄へ、訪問団の名称と人数が表示された。公邸側の受入れ承認も付いている。

 

 彼は更新時刻を見て、最初の一覧を閉じた。

 

「確認できました。失礼しました」

 

『天候が悪いようなので、到着時刻が変わったら知らせてください』

 

 外交局との通話を終え、船の回線へ戻る。

 

「到着予定を確認しました。船籍コードを送信してください」

 

 コードはすぐ届いた。登録船体と識別情報を照合し、受入れ記録へ移す。画面の上では、すべての欄に確認済みの印が並んだ。

 

「政府宇宙港第三着陸場へ誘導します。降下回廊を送信。現在、低い雲と強い降雨があります。地上管制への引き継ぎまで指示を維持してください」

 

『了解。第三着陸場』

 

 赤い船は、送った航路に沿って降下を始めた。

 

 リードは次の便を後ろへ回し、地上担当へ受入れを知らせた。隣の席では、デューロ航空611便が待機時間を問い合わせている。機種はスタースピーダー500。旅客区画へ降りる予定の定期便だった。

 

「611便は、外交船が降りた後なら入れられる」

 

 声を掛けると、同僚は頷いた。

 

「向こうも、そろそろ降りたいそうだ」

 

「こっちも降ろしたいよ」

 

 同僚が笑った。リードは冷めた飲み物へ手を伸ばし、一口だけ飲んだ。

 

 やがて、窓の外の雲が内側から明るくなった。

 

 コンスラー級の着陸灯が雨を照らし、その下に、赤い艦首が現れる。船は姿勢を保ったまま降りてきた。降着装置が接地し、機関の光が弱まると、着陸場を流れていた水が再び細い筋へ戻った。

 

 地上担当から接地の報告が来た。

 

 リードは到着時刻を記録した。少し遅れて搭乗口が開き、外套を着た来訪団が降りてくる。先頭の男が地上職員と話し、後ろにいた女が雨を避けるように襟を持ち上げた。ほかの者は小さな鞄や細長いケースを持っていた。

 

 公用車は既に着いていた。車体側面に政府の標章があり、運転手が後部扉を開けて待っている。来訪団は順に乗り込み、最後の一人が扉を閉めた。

 

 特別なことは何もなかった。

 

 リードは、外交局へ着陸完了の通知を送ろうとした。送信の表示がしばらく動かず、やがて接続待ちに変わった。

 

 もう一度押す。

 

 同じだった。

 

「政府回線、使ってるか?」

 

 隣へ訊いたが、返事がなかった。相手は別の通信を聞いているらしい。リードは公邸の受付へ直接つないだ。来訪団が車に乗ったことだけでも伝えておく必要がある。

 

 呼出音がしなかった。

 

 窓の向こうでは、公用車の尾灯が庭園側の門を曲がっていった。

 

 リードは受話器を耳から離し、通信卓を見た。障害の表示は出ていない。なのに、どの相手からも応答がない。つい先ほどまで正常だった回線が、まとめてつながらなくなっていた。

 

 彼は警備の内線を選んだ。

 

 背後で、靴底が床を擦った。

 

「通信がおかしい。公邸の方も――」

 

 言い終わる前に、短く、抑えられた音がした。

 

 背中へ熱いものが入り、身体が卓へ押し付けられた。リードは受話器を落とした。胸が動かず、息を吸うために口を開いた。喉の奥で泡の弾ける音がし、唇から垂れたものが制服の袖へ落ちた。

 

 卓をつかもうとした指は、縁を擦っただけだった。身体が傾く。隣の椅子の下に、靴が見えた。同僚の片足が椅子の脚に引っ掛かり、もう片方は通路へ投げ出されていた。いつ倒れたのか分からなかった。

 

 椅子から滑り落ち、横向きになった視界の端で、黒い銃口が下がった。消音されたブラスターの先から、薄い煙が上がっていた。

 

 画面には、外交団の到着通知が残っている。

 

 送信されないままだった。

 

 *

 

『管制塔、クリア』

 

 リヴィア・セリンは、その報告を聞きながら公邸の廊下を歩いていた。

 

 外套の裾には雨が残っている。胸元には来訪者用の認証札が下がり、その下で、薄い防護服が呼吸に合わせて動いていた。

 

 最初の警備員は、受付の脇に倒れていた。

 

 片腕を身体の下へ挟み、横倒しになった椅子へ頬を押し付けている。制服の胸には黒く焼けた穴があり、その周囲の布が縮れていた。腰のブラスターは留め具から外されていなかった。

 

 もう一人は、廊下の途中だった。倒れた時に額を床へ打ったらしく、こめかみの下に血が溜まっている。壁には肩を擦った跡が残り、その先に靴底の赤い跡が続いていた。リヴィアは歩幅を変え、通路へ伸びた脚をまたいだ。

 

 公邸へ迎え入れた職員が、近くの扉の前に膝をつかされていた。両手は背中で拘束されている。車から降りた時には、雨の中をお越しいただき恐縮です、と言っていた男だった。

 

 こちらを見て、何かを確かめるように口を開いた。

 

「代表団の方では……」

 

 後ろにいた隊員が肩を押した。男は言葉を切り、床へ目を落とした。そこにも血があった。

 

 リヴィアは立ち止まらず、先頭の隊員に続いた。暖房の効いた廊下に、濡れた外套と、焼けた布の臭いが混じっていた。

 

『東棟、クリア。連絡室を確保』

 

『第二班、公務区画へ進入』

 

 先頭の隊員が扉の前で止まった。リヴィアも歩みを緩め、右手に持ったブラスターを身体へ寄せる。公用の訪問団に見えていた一行は、もう会話をしていなかった。指揮官の短い声と、各班から入る報告だけが耳元に続いていた。

 

『電子支援、状況』

 

『ジャミングレベル、所定値を維持。対象区画の外部通信は途絶』

 

 答えたのは、空の上にいる別の船だった。

 

 船籍上はコレリアの貨物船。デノンの入港記録にも、そう記されている。実際には保安委員会のSIGINT艦で、今夜は情報収集装置とともに、電子妨害設備を動かしていた。

 

 リヴィアは、その船へ提出した分析資料を覚えていた。いつもと同じ、取引と輸送の一覧だった。作戦の連絡網へ入れば、表の数字には別の報告が重なる。

 

『西側階段、クリア』

 

『第一対象を確認』

 

 先頭の隊員が扉を開いた。

 

 中にいた男が椅子から立ち上がり、何か言おうとした。発射音は短かった。胸元に光が弾け、男は卓へ手をついた。足元の椅子が滑り、身体が横倒しになる。額が卓の角へ当たる音がした。

 

 奥でもう一度光が走った。二人目の男は椅子に座ったままの姿勢で、背もたれごと倒れた。両脚が一度浮き、靴の踵が床を叩いた。

 

 首相と、保安担当の閣僚だった。

 

『第一、第二対象。処置完了』

 

 隊員が報告する間に、部屋の奥で、椅子が動いた。

 

 女が卓の下から出てきた。両手を上げ、膝をついたままこちらを見ている。胸元の身分証には、通訳を示す青い帯があった。顔写真も、所属の短い名称も、リヴィアが見た対象者の資料にはなかった。

 

「私は通訳です」

 

 女は一人ずつ顔を見た。誰かが頷くのを待っているようだった。

 

「今日の会合だけで、政府の人間ではありません。呼ばれて来ただけです」

 

 リヴィアの方へ向き直り、上げていた片手を身分証へ近づけた。隊員の銃口が動くと、慌てて両手を戻す。

 

「何も言いません。顔も、見ていません。だから――」

 

 女はリヴィアを見たまま、何度も小さく頷いた。

 

 隣の隊員が撃った。

 

 女の肩が後ろへ引かれ、上げていた両手が落ちた。卓の脚へ倒れ込んだところで、もう一度発射音がした。翻訳用のイヤピースが床を跳ね、リヴィアの靴の近くで止まった。外れた接続部から、細い雑音が続いていた。

 

 誰も身分証を取り上げなかった。

 

 リヴィアは開いていた扉を押さえたまま、隊員が通る場所を空けた。通訳の口が動かなくなったことを確かめ、指揮官へ顔を戻す。

 

 彼は隣の会議室を示した。リヴィアは頷いた。

 

 セヴラン・オルディスは、窓のそばに立っていた。

 

 デノン選出の元老院議員。数日前までコルサントにいて、地方政府の承認なしに共和国の基地協定を拡張することへ反対していた。リヴィアは、その演説の記録を二度見ている。声を荒らげるより、相手の返答を待ってから同じ質問を繰り返す人物だった。

 

 今は端末を耳へ当て、つながらない相手を呼んでいた。

 

「誰だ」

 

 彼はリヴィアの胸の認証札を見た。それから、手にしている武器へ視線を落とす。

 

「ヴェルモアの――」

 

 言葉が止まった。

 

 リヴィアは入口を離れた。議員の後ろには雨の窓があり、卓の上には、開いたままの協定案が置かれている。翻訳表示の端に、通商連合の名が見えた。

 

「私を拘束するつもりなら、命令書を見せなさい」

 

 オルディスは端末を卓へ置いた。

 

 リヴィアは答えなかった。

 

 彼女が銃を上げると、議員の表情が変わった。卓の縁へ手が伸びたが、その先には何もなかった。

 

 二発の光が、明るい部屋を横切った。

 

 オルディスは窓の前に倒れた。倒れる途中で肘が卓へ当たり、資料の一枚が床へ滑った。胸の焼けた部分から煙が上がり、口元に血が浮いた。息をするように顎が動いたが、次は続かなかった。

 

 リヴィアは銃を下げずに近づいた。議員の手が、床へ落ちた協定案に重なっていた。指の間に紙が挟まり、手首の時計だけが、さっきまでと同じ明るさで時刻を示している。

 

 顔を確かめた。

 

 演説の最後には、眼鏡を外して相手を見る癖があった。

 

 その眼鏡が、片側だけ曲がっていた。

 

「第三対象。処置完了」

 

 自分の声が、耳元で小さく返った。

 

『確認した』

 

 指揮官は他の班からの報告を待っていた。廊下の向こうで足音が重なり、何かを引きずる音がする。リヴィアが部屋を出ると、同僚がこちらを見て、中央翼の控室を示した。

 

 廊下には、さっきまでいなかった人々が並ばされていた。

 

 公邸の事務職員。配膳係。来訪者の待機室にいた男。制服の違う二人が、足を負傷した警備員の身体を両側から支えている。警備員の靴先は床を擦り、通るたびに短い呻き声が漏れた。

 

 端にいた女は、片方の靴を失っていた。裸足の方を浮かせ、壁へ肩をつけて立っている。指には青いインクが付いていた。別の職員の袖が裂け、肩口から下がっている。

 

「この人、医務室へ」

 

 警備員を支えていた男が言った。

 

「出血しています。誰か呼んでください」

 

 隊員は答えず、控室の中を指した。

 

 リヴィアは扉を開けた。長いソファと低い卓があり、窓際には、まだ片付けられていない茶器が並んでいた。会合が終わるまで随員が待つ部屋だった。中央翼の、庭園に面した側にある。

 

「ここへ」

 

 隊員が言うと、職員たちは互いの身体を避けながら入った。後ろから押された男がつまずき、先に座っていた女へ肩をぶつける。すみません、と小さく言った。

 

 負傷した警備員はソファの前へ寝かされた。支えていた男が膝をつき、傷の上へ折った布を押し当てる。

 

「手だけ外してもらえませんか。押さえてないと」

 

 別の職員が拘束された手を見せた。リヴィアの認証札を読もうとしていたが、札は裏返っていた。

 

「どこへ連れていかれるんですか」

 

 入口に残っていた公邸の職員が訊いた。つい先ほど、彼らを代表団と呼んだ男だった。

 

「全員、一緒ですか。私は受付の担当で、会合の内容までは――」

 

「中で待っていてください」

 

 リヴィアは言った。

 

 男は彼女を見た。目が血走り、下唇が震えている。返事をもらえたことに安堵したように頷き、壁際へ寄った。

 

 リヴィアは部屋の中を見た。人が多く、全員がソファには座れなかった。床に膝をついた者もいる。後から入った職員のために、互いに場所を空けていた。

 

 その部屋が衝突予定区画に含まれることを、彼女は知っていた。

 

 職員たちは、扉の向こうから次の指示が来るのを待っている。負傷した警備員のそばでは、男が布を押さえ続けていた。

 

「医者をお願いします」

 

 扉を閉める直前、もう一度言われた。

 

 リヴィアは返事をせず、扉を引いた。横にいた隊員が、開かないよう固定した。内側から何かを訊く声がしたが、言葉は聞き取れなかった。

 

「中央翼、収容完了」

 

 報告すると、指揮官は頷いた。

 

 廊下を戻る途中、清掃用の小さなカートが倒れていた。その脇に、灰色の作業服を着た男がいる。顔がこちらを向いていた。頭のそばに落ちた布から洗剤の匂いがした。

 

 さっき聞こえた発射音は、この辺りだった。別の班の報告と重なり、リヴィアは誰を撃ったのかまで確かめていなかった。

 

 男の背中へ濡れた外套が触れないよう、身体を横へ向けて通った。

 

『公邸内、全班確認』

 

 最後の返答が入り、指揮官が上空へ報告した。

 

『対象全員の処置を確認。任務成功』

 

 そこで通信が終わることはなかった。

 

『航空便は?』

 

 指揮官が続けた。

 

『デューロ航空611便、進入中。スタースピーダー500。搭載アストロメクへ接続を開始する』

 

 リヴィアは窓の向こうを見た。雲が低く、着陸場の灯りが雨に揺れていた。公邸へ来る時、管制塔には人影が見えていたはずだったが、ここからではもう分からない。

 

 *

 

 公用車の座席には、濡れた外套の匂いが残っていた。

 

 リヴィアは認証札を外し、膝へ置いた。札の紐に、乾きかけた血が付いていた。指で触ってから、誰のものか分からないことに気づく。紐を内側へ折り、札と一緒に外套のポケットへ入れた。

 

 車が庭園を抜ける間も、耳元では報告が続いている。

 

『アストロメクへの侵入完了』

 

 短い間があった。

 

『操縦系への干渉を確認。優先権を確保した』

 

 リヴィアの端末には、611便の機影と運航情報が表示されていた。出発地、到着予定、到着口。それから、添付された乗客名簿。

 

 彼女は名簿を開かなかった。

 

 空の船でないことは、作戦説明の時から知っていた。

 

『管制、こちらデューロ航空611便。機体の反応がおかしい。進入を中止する』

 

 傍受した操縦士の声が入った。作戦回線で聞いている声よりも、遠く、少し高く聞こえた。

 

『手動へ切り替える。管制、611便、応答願う』

 

 車内の誰も答えなかった。

 

 スタースピーダー500の航跡は、着陸場へ向かっていた線から離れた。操縦士が修正を試みても、表示は戻らない。アストロメクから操縦系へ送られる指示は、機内の乗員が求めたものとは違っていた。

 

 操縦士はもう一度、便名を告げた。

 

『デューロ航空611便。緊急事態。操縦不能』

 

 その声の後ろで、警報が鳴っていた。

 

 車が第三着陸場へ入り、コンスラー級の脇で止まった。リヴィアは外へ降りた。雨が顔へ当たる。前を行く隊員の背中を見ながら搭乗口へ向かうと、船内から伸びた手が彼女の肘を支えた。

 

 全員の帰艦を確認して、扉が閉じる。

 

『電子支援。妨害を維持』

 

『維持している』

 

 リヴィアは座席へ身体を下ろした。外套を脱ぐ前に拘束帯を掛けたので、背中に布が寄った。直そうとして、やめる。船体が浮き上がり、足元から機関の振動が伝わってきた。

 

 前面の表示に、公邸と管制塔が映った。

 

 中央翼には、まだ明かりがついていた。リヴィアが最後に閉めた扉も、あの中にある。警備員の傷を押さえていた男は、医者が来るのを待っているのだろうか。彼女は窓の並びを目で追い、控室のある場所を見つけた。

 

 隣の隊員は座席に深く座り直し、拘束帯を締めた。手袋を外すと、掌に汗が光っていた。

 

 雲の中から、二つの白い光が現れた。

 

 スタースピーダー500は、低すぎる高度で進入してきた。着陸灯が地面を照らし、濡れた植栽の上を走っていく。船体が傾き、片側の灯りが管制塔の窓へ向いた。

 

 次の瞬間、塔の上部が砕けた。

 

 ガラスと外壁が雨の中へ噴き出し、照明の列が途切れる。旅客船は管制室を横から押し潰し、折れた構造材を引きずったまま庭園を越えた。船体の一部がちぎれ、舗装路へ落ちて火花を散らす。

 

 裂けた胴体から、座席の列が投げ出された。座席には何かが残っていた。外部映像が追い切る前に、折れた支柱と黒い機体の破片が重なって見えなくなった。

 

 残った機体が、公邸の中央翼へ突っ込んだ。

 

 窓が内側から白く光った。正面の壁が膨れ、屋根が持ち上がる。炎が雨を押し返すように噴き上がり、さっきまで明かりのついていた窓の位置へ、黒い煙が広がった。

 

 中央翼の壁は、二階の途中から崩れた。柱の間で床が折れ、隣の部屋まで一緒に落ちていく。控室のあった場所に、外から雨が入っていた。中の人々は見えなかった。

 

 リヴィアは座席の肘掛けを握っていた。

 

 表示の片隅には、操縦士が最後に送った通信の記録が残っていた。機体が言うことを聞かない。手動操作を受け付けない。管制から応答がない。

 

 新しい声は、もう入ってこなかった。

 

『衝突を確認』

 

 上空の船から報告が来た。

 

『対象施設で大規模火災』

 

 コンスラー級は高度を上げた。視界の中で公邸が小さくなり、周囲の道路を走る車両が見え始める。途中から向きを変えたものもあった。赤い警告灯が、雨に濡れた街区へ増えていく。

 

 リヴィアはようやく外套の裾を引き出した。指先が冷えていて、留め具を一度では外せなかった。

 

 隣の隊員が手を伸ばしかけたが、彼女は首を振った。

 

「大丈夫」

 

 二度目には外れた。

 

 *

 

C.R.C. 7952.364

 コルサントへ戻った時には、公邸の映像は銀河中へ流れていた。

 

 保安委員会の建物へ入る前にも、リヴィアは通路の公共表示で同じ炎を見た。映像が切り替わり、雨具を着た記者が、封鎖された宇宙港の前に立っている。

 

『事故を起こしたのは、デューロ航空611便、機種はスタースピーダー500です。現地では当時、強い雨と低い雲が観測されており、当局は進入中に操縦を誤った可能性を調べています』

 

 画面下部には、《デューロ航空611便墜落》と表示されていた。

 

 公邸で行われていた会合の出席者が表示された。

 

 首相。保安担当閣僚。セヴラン・オルディス元老院議員。

 

 その下には、旅客便の乗客と乗員、管制施設の職員、公邸の警備員や勤務者にも多数の犠牲者が出たと記されていた。

 

 映像の端を、担架が通った。載せられたものは覆われていた。記者の背後では、作業灯の下で救助員が瓦礫を持ち上げている。雨はまだ降っていた。

 

『公邸中央翼では、会合に随行した職員や夜間勤務者が待機していたとみられ、安否の確認が続いています』

 

 待機していた。

 

 リヴィアは、最後に扉を閉めた時のことを思い出した。中で待っていてください。男は頷いた。報道の説明に、その部分はよく合っていた。

 

 リヴィアは足を止めなかった。受付で身分証を示し、昇降機へ乗る。金融関係の資料を抱えた職員が二人、一緒に乗ってきた。一人はデノンの事故を話題にし、もう一人は、政府首脳がこれだけ一度に失われれば融資協議にも影響すると答えた。

 

「あちらの港湾債も動くでしょうね」

 

 リヴィアが言うと、二人とも頷いた。

 

 彼女の仕事を知っている者には、不自然な発言ではなかった。

 

 降りた階の案内表示には、所属部署の名がある。

 

 金融・経済分析総局。

 

 その下に、第二室。

 

 廊下を曲がると、昨夜同じコンスラー級に乗っていた男が、上着の前を留めながら出てきた。彼はリヴィアを見て、帰投後の確認が済んだかと訊いた。

 

「これから」

 

「主任が待ってる」

 

 すれ違う時、男の袖口に新しい包帯が見えた。公邸を出る前には気づかなかったものだった。

 

 第二室には、実際に金融を調べる机もあった。通商連合の決算、子会社の資金移動、保険引受、港湾債務。リヴィアが読み、シーアへ話せる範囲を選んできた資料は、どれもここで作られている。

 

 同じ部屋の奥には、対通商連合特殊部隊の任務記録があった。

 

 リヴィアは自分の報告を開き、参加者欄を確かめた。金融・経済分析総局第二室、リヴィア・セリン。役割の欄には、分析ではなくオペレーターと記されている。

 

 主任は机の向こうで、上申用の書類を閉じた。

 

「身体は?」

 

「問題ありません」

 

「報告との相違は」

 

 リヴィアは任務の対象欄を見た。三人の名前には、確認済みの印が付いている。別の欄には管制施設への対処、現場に居合わせた者への処置、その後の611便と公邸の衝突が記録されていた。

 

 通訳も、廊下の作業員も、その記録には含まれていた。拘束した職員らの処置には、《中央翼内に残置》とある。その横に、リヴィアが収容完了を報告した時刻が付いていた。

 

「ありません」

 

 主任は頷き、署名欄を彼女へ向けた。

 

 リヴィアは署名した。

 

 *

 

 デノンでは、残った閣僚と議会指導部が暫定政府を組織した。

 

 事故への対応と行政の継続が最初の議題になり、その後に、共和国との協議が続いた。新しい政府は、前政権が留保していた通商・保安協定について、話し合いを再開する用意があると表明した。

 

 オルディスの後任も選ばれた。

 

 就任の挨拶で、その議員は亡くなった前任者の名を述べ、デノン市民への支援に謝意を示した。元老院の議席は同じ場所にあり、表示される星系名も変わらなかった。

 

 リヴィアは、その中継を自分の机で見た。

 

 同じ日に回ってきた資料では、デノンの政策変更が、首都で進められている協議へどのような影響を与えるかを調べることになっていた。彼女は前政権の資料を横へ置き、新政府の発表を読み始めた。

 

 シーアから連絡が届いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。

 

『帰る日が決まった。あとで送る』

 

 その後に、もう一通。

 

『会える?』

 

 リヴィアは返信欄を開いた。先に自分の勤務予定を確認し、空いている時間を二つ送った。

 

『どちらでも。帰ったら連絡して』

 

 返事を送ってから、デノンの資料へ戻った。

 

 *

 

 611便の事故調査に結論が出たのは、それからしばらく経ってからだった。

 

 リヴィアの机には、《デューロ航空611便墜落事故》の公表文書が届いた。結論は、悪天候下の進入における操縦上の判断の誤り。政府宇宙港の管制塔に衝突し、姿勢を失った機体が公邸へ突入した、不幸な事故だったとされている。

 

 事故後に寄せられた疑問や、犠牲者の遺族が求めた説明は、別の項目へまとめられていた。

 

 操縦士の家族は、その結論に同意していなかった。

 

 リヴィアは、その一文まで読んだ。

 

 それから公表文書を閉じ、オルディスの後任議員についての資料を開いた。

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