STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
プロローグ:先触れ
C.R.C. 7955.088 ラクサス・セカンダス
最終案の写しには、双方の頭文字が入っていた。
アヴィ・シンはそれを書類挟みから出し、窓際の卓へ置いた。本文と三つの附属書、それに星図が一枚。前の会期まで括弧で囲まれていた数字は、昨夜の作業で一つ残らず開いている。ベイル・オーガナの頭文字の隣には武官団長リンドの確認印があり、余白には、ヴェルンの細い字で、査察の受付窓口を合同調整室に置く一行が書き足されていた。
あとは、双方の本国の承認と、署名の日取りだけだった。
廊下では、朝から職員が椅子を運んでいた。午後の会合は、いつもの会議室ではなく、式典に使う広間で開くという。昨夜遅くに届いた通知には、場所の変更しか書かれていなかった。署名の日取りを話し合うには広すぎる部屋だと、シンは思った。
扉を叩く音がし、返事をする前に開いた。
ドゥークー伯爵は、外套を着たまま入ってきた。着陸場から直接来たらしく、裾に細かな砂が付いている。随員は廊下に残り、扉が閉まった。
「伯爵。お越しになるとは伺っていませんでした」
「伝えなかった」
ドゥークーは窓の前へ歩き、庭を見下ろした。照明を増やすための配線は、去年から同じ場所に積まれたままだった。会場の工事は、交渉が長引くたびに後回しにされてきた。
「最終案は、お読みいただけましたか」
「読んだ。よくできている」
伯爵は振り返り、卓の上の写しに目を落とした。頁をめくりはしなかった。
「君の仕事だ。私が頼んだとおりの」
二年前、宣言の夜にも、同じことを言われた。話すのは君の仕事だ、と。共和国の代表団への招請状に署名するシンを、伯爵は止めなかった。その時の声と、今の声は変わらなかった。
ドゥークーは外套の内側から小さな端末を出し、卓へ置いた。
画面には、独立星系連合評議会の紋章があった。交渉団への新しい訓令だった。承認の欄は既に埋まり、その脇に標準時の刻印がある。一四時二〇分。シンが壁の時計を見ると、ラクサスではまだ朝の九時にもなっていなかった。
彼は訓令を読んだ。
共和国は、指定区域内の既存基地から九十日以内に撤収する。惑星防衛軍および企業保安部隊は、連合の保有枠の計数から除く。連合側施設への査察は、施設ごとに管理者の同意を要する。本条約の発効は、連合に加盟を表明した全星系の独立を、共和国が承認することを前提とする。
四項目めまで読んで、シンは最初へ戻った。一度目に読み違えたのではないかと思った。読み違えてはいなかった。
「オーガナ議員は、これを本国へ送ることもできません」
「知っている」
「委任の外です。リンド代将も同じです。昨日まで話していた数字は、全部——」
「署名させるための文書ではない」
ドゥークーは穏やかに言った。
シンは端末から顔を上げた。伯爵は窓の外を見ていた。
「帰還協定が生きています。合同調整室には、今朝も照会が来ていました。ケイト・ニモーディアの件も、スルイス・ヴァンの件も、あの窓口で片付いたんです。条約になれば、それが続きます」
「そうだろう」
「条約で認められた独立なら、誰にも奪えません」
ドゥークーは、ようやくシンを見た。
「条約で与えられたものは、条約で取り上げられる」
責める調子はなかった。教える者の声だった。
「共和国は千年、そうやって約束を書き直してきた。君も元老院にいた。承認とは、承認した者がいつでも撤回できるものの別名だ。自分の手で守れないものを、他人の署名で持ち続けることはできない」
シンは答えなかった。答えを持っていないわけではなかった。二年間、同じ卓で、その答えを文言にしてきたのだ。だが、伯爵が求めているのは反論ではなかった。
「君の仕事は、無駄ではない」
ドゥークーは卓の写しに、そっと手を置いた。
「窓口は残したまえ。これから、あれが要る。捕虜を返す時にも、死者を引き取る時にも」
廊下の奥で、重い足音がした。金属が床を打つ音で、人の歩幅とは合わなかった。その後に、咳のような音が続いた。
「午後には、将軍も同席する」
伯爵の外套の中で、何かが短く震えた。ドゥークーは小さな受信機を出し、画面を一瞥した。送信者の表示はなかった。彼は応じずにそれを戻し、扉へ向かった。
「広間で会おう」
扉が閉まると、部屋には庭の作業音だけが残った。
シンは端末の訓令をもう一度読み、それから、卓の最終案を見た。ヴェルンの書き足した一行が、朝の光を受けていた。窓口をどこに置くか。その一行のために、彼女は三晩、本国と通信していた。
彼は写しを書類挟みへ戻した。破らず、記録から外すこともしなかった。
午後の広間を、シンは思い浮かべた。
卓の向こう側には、いつもの顔が並ぶだろう。首席代表のオーガナ、武官団長のリンド。その一つ後ろの席に、銀髪の佐官が座る。
二年前、着陸場で初めて出迎えた時のことを、シンはよく覚えていた。事前に取り寄せた人物資料には、容貌についての注記が妙に多かった。非常に整っている。年齢も性別も判じにくい。画像では印象を十分に伝えられない。人物紹介に書くことではないと思いながら読み、タラップの下で、その注記がむしろ控えめだったことを知った。
最初の数日、シンは、共和国が見栄えのする者を卓に置いたのだと考えた。放送に映すための顔だと。その考えは、七一号の寸法を問われた日に捨てた。あの青年は、数字を読む時にだけ、灰色の目をまっすぐ上げる。答えを待つ間は、瞬きさえ少なかった。
二年間、同じ卓の向こうに、その顔があった。慣れたと思っていた。今も、目を閉じれば輪郭まで思い出せる。ダーンの所在を問うた夜の、冷えた声とともに。
今日の午後、あの目が四つの項目を読む。
一度目に読み違えたと思い、最初へ戻り、読み違えていないと知る。その間、あの顔には何も浮かばないだろう。シンにはそれが分かった。何も浮かべずに顔を上げ、こちらを見る。問われるのは、伯爵ではない。二年間、同じ数字を開いてきた自分だ。
シンは書類挟みの上に、しばらく手を置いていた。
秘書官を呼ぶと、若い男がすぐに入ってきた。
「広間の席を、二つ増やしてくれ。こちら側に」
「どなたのお席でしょう」
シンは書類挟みを閉じた。
「名札は要らない。皆、知っている」
*
C.R.C. 7955.088 コルサント
金融・経済分析総局の午後は、保険料率の報告から始まった。
外縁航路の貨物保険が、三日続けて下がっている。ラクサスで条約がまとまるという観測が、市場へ先に出ていた。第二室の主任は、分析員が作った表を読み、下落の幅と、それを牽引した引受会社の名を確かめた。数字に誤りはなかった。第二室の金融分析は、名目だけの仕事ではない。
決裁待ちの一覧には、七日前に上げた照会が残っていた。
交渉が妥結した後、連合側の接触者との関係をどう扱うか。現地資産の保護要請を含め、方針を求めたものだった。末尾の参照欄には、ケイト・ニモーディアの協力者K-4の件がある。通行権限を止められてから、一年以上連絡がない。保護の要請は、ずっと保留のままだった。
一四時二〇分、回答が返った。
交渉関連の接触計画は、本日付で終了する。現地資産の保護要請は取り下げる。以後の扱いは別に指示する。
主任は決裁番号を見た。
保安委員会の決裁なら、委員長室の系列番号が付く。この番号は、その形式ではなかった。先頭の記号を、彼は以前にも一度だけ見ていた。デノンの件の最終承認が戻ってきた時だった。
照会の経路は、委員会の中で閉じているはずだった。委員長室を通り、そこで決まる。そう説明を受け、部下にもそう説明してきた。
主任は番号を確かめ直さなかった。受領を入力し、K-4の件の状態を「終結」へ変えた。保留の理由を記した欄は、そのまま残した。いつか誰かが読むかもしれない。読まれなくても、書いたことは消えない。
決裁の写しは、第二室の閲覧区分で配布された。配布先に並ぶ名を、彼は読まなかった。
それから保険料率の表へ戻り、今後の見通しの欄を開いた。
ラクサス条約の妥結を前提とする。
その一行を削り、前提を外した場合の料率を試算するよう、分析員への指示を書いた。理由の欄には、情勢の再評価とだけ入れた。
外縁の保険は、明日からまた上がる。まだ誰も、その理由を知らなかった。
*
C.R.C. 7955.088 クワット
船台の照明が、艦首から順に落とされていった。
作業灯が消えると、艦の輪郭は、クワットの日の光だけで見えるようになった。楔形の船体が、長く前へ伸びている。上面は艦尾へ向かって幾層もの甲板を積み、段をなして盛り上がっていた。層の側面には窓と開口が並び、上部構造そのものが一つの街区のように見える。その頂に、左右へ張り出した幅の広い艦橋が据えられていた。両端には、二つの球形の覆いが載っている。
色はなかった。
外板を覆っているのは、防食の下地塗料だけだった。灰色一色で、継ぎ目も、区画の番号も、同じ色の中に沈んでいる。識別の標章も、所属の帯もない。
ウォレックス・ブリセックスは、観覧通路の窓際に立っていた。後ろには、造船所の幹部と司法軍の調達担当者が並び、誰かが式次第を読み上げている。彼は聞いていなかった。
腹部を見ていた。
そこには格納庫の開口がない。艦首側の反応炉が、船体の下半分を占めているからだ。同じ船体から出す汎用型では、その反応炉を降ろし、空いた区画を格納庫にする。その図面は、既に彼の机にあった。
艦橋の配置にも、二年近く前の所見が入っている。艦と航空の責任者が、同じ場所で話せるように。司法軍の若い佐官が、ヴェネターの試験記録に書き添えたものだった。高い艦橋が好きだと、その佐官は笑っていたという。ウォレックスはその所見を読み、艦橋の内部を組み替えた。今、窓の向こうで、その艦橋が光を受けている。
「ハービンジャー」
調達担当者が、手元の書面から艦名を読んだ。
「先触れ、という意味だそうです。新しい時代の」
通路の何人かが頷いた。拍手をしかけた者もいた。
ウォレックスは窓から目を離さなかった。新しい時代。その言葉を、彼は最近、何度も聞いていた。放送でも、造船所の食堂でも。誰の時代なのかを付け加える者は、いなかった。
「塗装は、いつですか」
隣の技師が訊き、調達担当者が答えた。
「就役前に。ヴェネターと同じ、赤です」
塗料は、何年かごとに剥がして塗り直すものだ。その下の色は変わらない。ウォレックスは、自分でも理由の分からないまま、その当たり前のことを考えた。
標準時一四時二〇分、最後の係留索が外れた。
艦は、ほとんど音を立てずに船台を離れた。姿勢制御の噴射が、灰色の舷側に小さく白く光る。巨大な楔がゆっくりと向きを変え、恒星の光を正面から受けた。影の部分と日の当たる部分が入れ替わっても、色は一つだけだった。
通路で、ようやく拍手が起きた。
ウォレックスの端末が震えた。娘からだった。
《もう出た? 写真送って》
リラは、この艦を見に来たがっていた。KDYへ入って二年目の技師で、今日は別の区画で試験の当番に当たっている。式には出られない。写真を送れば、次の連絡では、艦橋の配置について父とは違う意見を言ってくるだろう。この艦の運用試験に加わりたいと、上司へ願い出ていることも、ウォレックスは知っていた。
彼は端末を窓へ向けた。
画面の中の艦は、実物より小さく、少し平たく見えた。どこの旗も揚げていない、灰色の艦だった。まだ誰のものでもない。だから、誰のものにでもなれる。
ウォレックスは写真を撮り、しばらく送信を押さずにいた。
この艦は、自分より長く飛ぶだろう。設計した者はたいてい、そう願う。彼も、ずっとそう願ってきた。
拍手はまだ続いていた。彼は送信を押し、窓の外で遠ざかっていく灰色を、見えなくなるまで見送った。