STAR WARS: STAR DESTROYER   作:あーくわいてんず

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交戦

C.R.C. 7954.041 スルイス・ヴァン軌道

 

 ミュニファスントの艦影が表示されると、リナ・マレンは識別の回答を待たずに、その艦名を思い浮かべた。

 

 《クワイタンス》。艦首左側の外板に、長い補修跡がある。昨日の飛行隊も、一昨日の飛行隊も、同じ傷のある船を追っていた。港へ出入りする船と通信を交わし、造船施設の外を抜け、こちらの随伴を引き連れたまま帰っていく。夜の食堂では、明日も来る方へ賭ける者がいなくなっていた。

 

 スルイス・ヴァン、アウター・リムのスルイス・セクター、銀河平面座標M-19。リマ交易ルートを行く船が寄港し、修理と補給を受けてまた幹線へ戻っていく。造船所へ向かう商船の間には、共和国とも分離主義同盟とも契約を持つ船がいた。政府は軍港協定を維持し、同盟側の企業にも、届け出た輸送と通信支援を続けさせていた。

 

 《クワイタンス》の申告も、その一つだった。

 

 ドレッドノート級《リゾルヴ》が後方を追い、基地から上がったZ-95一個スコードロンが外側へ付いていた。リナたちは十二機だった。機体を次の訓練へ回す予定は、朝の発進命令とともに取り消されている。

 

『間隔を保て。向こうの船体を見ていて、隣を忘れるな』

 

 ヨル・ハーデンが告げた。編隊長の機体が少し姿勢を変え、リナも距離を確かめる。前方には惑星の青い縁があり、その上を細長いフリゲートが横切っていた。

 

『マレン。今日は、いつまで付き合うと思う』

 

 テム・アーデルの声が入った。

 

「聞こえない振りをしたいけど、今朝直したばかりの通信機なのよね」

 

『よく聞こえるだろう』

 

「とても」

 

 ハーデンが私語を止めさせた。リナは口元を緩め、正面へ向き直った。

 

 ミュニファスントの船腹から、機影が剥がれた。

 

 最初のヴァルチャーが翼を開き、続いて別の列が動く。外板に貼り付いていた時には分かりにくかったドロイド戦闘機が、次々と船体から離れていた。《リゾルヴ》の通信員が発進の理由を尋ねる。艦の周囲を飛ぶだけなら、以前にもあった。

 

 今回は、機首が揃ってこちらを向いた。

 

『散開!』

 

 ハーデンが叫んだ。

 

 レーザー弾がZ-95の編隊を貫いた。リナの風防のすぐ外を赤い光条が走り、シールドの端で白く弾ける。機体を転がした瞬間、テムの右翼に続けざまに命中した。

 

 翼端のレーザー砲が吹き飛び、次の弾が胴体へ入った。機首が明るく膨らんだ。爆発で押し出された外板の間に、操縦席の形を探す時間はなかった。

 

「テム!」

 

 呼び掛けの上へ、被弾を告げる警報が重なった。リナは操縦桿を引いた。二機のヴァルチャーが、散った編隊の間へ入り込んでくる。翼を開いた灰色の機体が風防いっぱいに迫り、砲口が光った。

 

 僚機のレーザーがその胴体へ突き刺さった。ドロイドの頭部が砕け、片翼を残した機体が回転して流れていく。リナは破片の向こうへ照準を送り、もう一機へ撃った。両翼の砲から伸びる火線が、逃げる機体を追った。

 

『各機、応戦しろ。ドレッドノート側へ寄れ!』

 

 ハーデンは撃ちながら指示を出していた。リナは彼の機体を探し、遅れた味方の後ろへ入った。追ってきたヴァルチャーを撃つと、敵機は翼を畳むように向きを変え、射線を逃れた。リナは撃つのを止めず、曲がり切った機体へ次の連射を重ねた。

 

 機首が砕けた。別の敵機が、その残骸の脇を抜けてきた。

 

 通信には、短い命令と息遣いが流れていた。さっきまで誰も撃っていなかった宙域を、レーザー砲火が埋めている。民間船が推進器を噴かして離れ、その向こうで《リゾルヴ》の対空砲が旋回した。

 

『六番機、右へ――』

 

 警告の途中で、エダ・サールの識別が消えた。遠くに膨らんだ炎の中から、折れた翼が抜けていった。

 

 リナは歯を食いしばり、機首を戻した。追えば、残った編隊から離れる。レーダーの端で味方を数え、また目の前の敵へ視線を移した。

 

『俺から離れろ。制御を失った』

 

 ハーデンのZ-95が、後部からガスを噴き出していた。リナが名前を呼ぶと、風防が外れ、射出座席が機体から離れた。救難信号が点く。その背後でZ-95は大きく傾き、艦影のない方へ流れた。

 

「こちらマレン、指揮を引き継ぐ。隊長の信号を《リゾルヴ》へ送って。残る機は返事を!」

 

 回答が続いた。声を聞きながら、リナは追ってくるヴァルチャーへ機首を向けた。引き金を引く指が痛かった。照準の表示が揃うと、短く連射し、命中した機体が散る前に次の動きを探した。

 

 残ったZ-95は互いを見失わずに撃ち返した。損傷機を追おうとしたヴァルチャーが僚機に落とされ、外から回った別の機体も、二方向のレーザーに挟まれた。敵の機影が薄くなり、やがて一群が母艦へ向けて退き始めた。

 

「追撃はそこまで。まとまって離れる」

 

 リナは息を吐いた。九機が残っていた。二機は損傷を報告し、そのうち一機の操縦士は、短い返答にも苦しそうな息を混ぜていた。

 

 ミュニファスントの対空レーザー砲が、一斉に光った。

 

 退くヴァルチャーの間を火線が抜け、Z-95へ伸びてきた。リナは反射的に機体を傾けた。真横を通ったレーザーがシールドをかすめ、風防の内側に青白い光が広がった。

 

「母艦も撃ってる! 全機、艦から離れろ!」

 

 *

 

 《リゾルヴ》の艦橋には、戦闘配置を告げる警報が鳴り続けていた。

 

 コマンダー・ベレンは、航空隊から届く声を聞いていた。二機撃墜。一機脱出。自艦の外部映像にも、母艦へ退くドロイド戦闘機と、それを援護する対空砲火が写っている。

 

「中止要求への回答は」

 

「ありません。送信は受け取っています」

 

 航路図で白く表示されていた《クワイタンス》へ、赤い標識が付いた。砲術士官は艦長を見ていた。ベレンは通信卓へ半歩寄り、艦隊司令部への回線が開いていることを確かめた。

 

「敵対行動を確認。自衛のため交戦する。主砲、ミュニファスントを射撃。味方機を逃がせ」

 

「主砲、射撃します」

 

 ドレッドノートの舷側で、ターボレーザー砲塔が斉射した。

 

 太いエネルギー弾が宇宙を横切り、《クワイタンス》の防御シールドへ叩き込まれた。最初の着弾が船体を包む膜を浮かび上がらせ、その直後の弾着で、青白い波紋が艦首から艦尾へ走った。ミュニファスントは対空砲火を続けたまま、艦首をこちらへ向けてきた。

 

「敵艦、主砲を指向」

 

「前方のシールドを維持。次弾、撃て」

 

 相手の艦首に光が集まった。

 

 返ってきたターボレーザー弾が、《リゾルヴ》の前方シールドに着弾した。艦橋の窓が一瞬白くなり、ベレンは足を開いて身体を支えた。続く一撃で床が跳ね、後ろの席から椅子の金具が軋む音がした。

 

「前部シールド、負荷上昇!」

 

「機関、維持できるか」

 

「送っています。まだ保てます」

 

 双方の砲火が、二隻の間を埋めた。

 

 《リゾルヴ》の斉射がミュニファスントの中央部へ集中した。防御シールドが大きく発光し、同じ区画へ次の着弾が重なる。明滅する膜を抜けたターボレーザー弾が外板へ食い込み、内部から橙色の炎を噴き上げた。張り出していた砲座が砕け、燃える部品が船体の下へ飛んだ。

 

 敵艦のレーザーが一本途切れた。別の砲が、なお撃ち続けていた。

 

 《リゾルヴ》にも命中した。

 

 左舷後部でシールドが弾け、船体に衝撃が伝わった。艦橋の照明が落ち、非常灯が点く。後部配電区画の表示が赤く変わり、続いて火災警報が鳴った。

 

「左舷後部、火災。応急班、向かっています」

 

「閉鎖を確認しろ。主機の状態は」

 

 答える声が回線の雑音に埋もれた。ベレンはもう一度呼び、別の系統で報告を受けた。艦の推進は維持されていた。砲術士官が、失われた補助電源を迂回して砲塔を動かすと告げる。

 

 彼は撃ち続けさせた。

 

 窓の向こうで、《クワイタンス》の艦尾にターボレーザーが着弾した。装甲がめくれ、その奥から減圧した区画の内容物が噴き出す。小さな金属片に混じって、停止したドロイドが回転していた。推進器の噴炎が不揃いになり、船体が傾いた。

 

「停止信号を送れ。武器を停止し、本艦の指示に従うよう要求」

 

 通信員は返事を待ちながら、同じ文を繰り返した。救難艇の責任者が出発できるか訊いたが、ベレンは待機を続けさせた。ハーデンの信号は、まだ二隻の砲火が届くところにあった。

 

 敵艦が再び撃った。主砲の弾が《リゾルヴ》の上を抜け、後方の宇宙へ消える。その直後、ドレッドノートの一斉射が艦首側へ入り、ミュニファスントの砲口が炎に隠れた。

 

 回線から叫び声が聞こえた。

 

『射撃をやめる。停止信号を受理する!』

 

「全砲、撃ち方やめ。次の斉射を止めろ」

 

 ベレンはすぐに命じた。発射準備を示していた表示が消え、砲術科から順に復唱が返る。相手の対空レーザーも止まり、残ったヴァルチャーが艦の近くで速度を落とした。

 

「責任者を出せ」

 

『艦長サイル・ドレム。これ以上撃つな。負傷者がいる』

 

「降伏を受け入れる。兵装と艦載機を停止せよ。針路を変える時は、こちらの指示を待て」

 

 ベレンは相手の推進と降下能力を確かめた。ドレムの返事の背後で、警報と、区画の閉鎖を求める声が聞こえていた。

 

 救難艇に発進を命じ、地上司令部へ軍用港の収容区画を求めた。飛行可能なZ-95がミュニファスントの外側に残り、損傷した味方機は基地へ戻す。艦橋の煙を排出する送風が始まったが、ベレンは席に座らなかった。

 

「司令部へ、敵艦が降伏したと伝えろ」

 

 通信員が文面を入力した。隣の士官がその言葉を見て、艦長の方を向いた。

 

 ベレンは頷いた。今、他に使える言葉はなかった。

 

 *

 

 《クワイタンス》は、雲の下へ降りた。

 

 反発力駆動を使って姿勢を保ち、誘導艇の間を進む。破れた外板が大気を受けて震え、内部で燻っていた火が、排気口から黒い煙を引いていた。地上の軍用港では通常の作業が中止され、救急車両と武装した隊員が、広い着陸区画の外で待っていた。

 

 支持架構へ船体が下りると、港の舗装を砂塵が走った。接地の報告とともに、基地の兵員輸送車が動き出した。

 

 艦からは、先に負傷者が降ろされた。

 

 ドレムは焼けた手袋を外せないまま、担架を運ぶ者へ何かを伝えていた。ニモーディアンの灰緑色の顔には煤が付いている。傍らで立入班の士官がドロイドの停止を確認し、続けて乗員へ携帯火器を置くよう命じた。

 

「この者は、機関区画で煙を吸っている。先に診てくれ」

 

 ドレムが言うと、共和国の医療員が担架へ寄った。艦長は後を追いかけ、警備兵に止められた。自分のブラスターを腰から外し、机へ置いてから、乗員名簿を渡した。

 

 生きて艦を下りたのは三十四名だった。さらに三名の遺体が、後から運ばれた。

 

 航空基地では、九機のZ-95が帰還していた。

 

 リナは風防を開け、整備員に差し出された手を掴んだ。梯子へ足を掛けると、膝がうまく曲がらなかった。着地してから、しばらく機体の側面へ寄り掛かっていた。

 

「隊長は?」

 

「救難艇へ収容した。いま戻ってくる」

 

 彼女は頷いた。テムとエダについては、誰も続けて答えなかった。

 

 ヘルメットを外すと、自分の機体の塗装が焦げているのが見えた。翼に空いた穴の向こうで、整備員が灯りを動かしていた。滑走区画の端には、帰ってこなかった三機のための誘導員が残っている。一人が手にした灯りを消した。

 

 リナは、その時になって、自分がテムの名を何度呼んだか思い出せないことに気づいた。

 

 *

 

C.R.C. 7954.041 ラクサス・セカンダス

 

 艦隊申告の会議は、同盟側の代表が席を立ったところで止まった。

 

 シンに渡された通信を、ヴェルンも横から読んでいた。シーアの側にも連絡員が来た。最初の報告は、戦闘継続中というものだった。二つの勢力の艦名が並び、戦闘機の損失が記されている。

 

 リンドは送信元を確認した。

 

「実弾か」

 

「はい。ターボレーザー砲戦に移っています」

 

 机の端で書類を運んでいた職員が立ち止まった。シーアは報告を開いたまま、首席代表の方を見た。ベイルは既に現地司令部との回線を求めていた。

 

 次の報告では、敵艦降伏と更新された。

 

 ヴェルンが会議室へ戻り、《クワイタンス》の所在を訊いた。降下を始めたと伝えると、彼女はすぐに負傷者の人数を尋ねた。まだ確定していない数字が幾つかあった。シーアは分かっている分を読み、氏名が届き次第、追加すると答えた。

 

「共和国が我々の艦を攻撃したと、本国へ入っています」

 

 シンが言った。

 

 リンドは、ヴァルチャーの攻撃開始から記録があると答えた。相手が否定するより早く、ベイルは現地へ医療の受入れを進めるよう求めた。帰還や艦の返還を話せるところまでは、まだ誰も来ていなかった。

 

 双方の連絡員が部屋を出入りする間、シーアは《クワイタンス》の登録を開いた。同盟艦隊の運用群に載り、政府の警備契約に組み込まれている。毎日の出港も、その仕事として承認されていた。

 

 同じ卓の上には、弾着を受けた同艦の映像がある。レーザーを撃ち合う二つの艦のうち、手前の丸みを帯びた船体には共和国の標章が見えた。

 

 司法省の法務担当者が、隣で報告の件名を直した。

 

 接近事案、という最初の文字が消えた。

 

 共和国司法軍・独立星系連合艦隊間の交戦。

 

「同盟の宣言以後、両軍の相互射撃を確認した記録は、これが最初です」

 

 担当者はリンドへ告げた。

 

 武官団長は一度だけ頷き、部下へ原記録の保存を命じた。声は平らだったが、その後、机の上に置いてあった通常会合の資料を全部閉じた。

 

 窓の外では、午前の工事が続いていた。会場の照明を増やすための配線が、庭に積まれている。誰かが扉を閉め、作業の音が聞こえなくなった。

 

 *

 

C.R.C. 7954.041 ケイト・ニモーディア上空

 

 スルイス・ヴァンから最初の戦闘報告が送られた頃、エリク・ダーンのRC-160は、まだ帰投点へ達していなかった。

 

 任務は前日に命じられていた。基地へ増設された区画と、そこに置かれた設備を確かめる。出発した時には、スルイス・ヴァンの砲火はまだ始まっていなかった。彼の航法表示には、基地の上を通る経路が引かれていた。変更の命令は入っていない。

 

 ケイト・ニモーディアは、コロニーズのクェラー・セクター、銀河平面座標N-11にあった。コメナーとクェラーを結ぶクェラー・ランが、この星にも通じている。航法表示で幹線側の交通が離れていく一方、雲の下には、橋のような都市と、その先の高原に広がる軍用施設が見えた。ダーンは機首をわずかに直し、記録装置が動いていることを確かめた。

 

 地上で、迎撃砲の照準装置が回っていた。

 

 最初のレーザーは前方を抜けた。基地の端に赤い光が連なり、RC-160の右側でシールドが発光した。警告が鳴り終わる前に、次の命中が機体を横へ叩いた。

 

 計器の照明が消え、床下から白い煙が上がった。ダーンは呼出しを送った。自分の声が回線へ出ているか確かめられなかった。操縦桿を戻しても、機体は同じ側へ傾いていく。

 

 風防の向こうで、基地が急に大きくなった。

 

 彼は座席に身体を押し付け、脱出装置を引いた。

 

 風防が飛んだ。次の瞬間、激しい加速で息が止まり、機体が足元へ落ちていった。燃える翼が一度見え、それから雲が視界を覆った。

 

 後方で飛行を監視していた共和国の担当者は、RC-160の通信が途絶えた地点へ印を付けた。機体を呼び続けても、返事はなかった。

 

 *

 

C.R.C. 7954.042 保安委員会情報収集艦《リスナー》

 

 受信室の夜間勤務は、交代の時刻を過ぎても終わらなかった。

 

 主任のネサ・レルは、空になったカップを端末の後ろへ押した。画面に積み上がる通信の件数を、前日の同じ時間帯へ重ねる。昨日なら受信の間隔が開いていたところを、新しい送信が埋めていた。夜勤の分析員が取り分けた記録にも、未処理の印が増えている。

 

 《リスナー》は、保安委員会情報局の信号情報収集艦だった。輸送船を基礎にした船体へ受信装置と処理設備を積み、同盟の通信中継網へつながる航路で活動していた。普段なら、港の連絡と艦の交代を拾い、どの回線がどの艦隊へ結び付いているかを、少しずつ確かめる仕事だった。

 

 今夜は、その網が一斉に動いていた。

 

「艦隊司令部へ集まっています。こちらは基地から、こっちは企業の軍務窓口からです」

 

 分析員が、三つの発信点を示した。ネサは通信の本文を開かず、宛先と送受信の順を追った。暗号化された軍用回線には、まだ読めないものが多い。だが、普段は定時報告しか出さない司令部が、短い間隔で部隊を呼び、受領を確かめていた。

 

 別の端末で、港の通信を担当する職員が片手を上げた。

 

「上陸者への帰艦命令です。さっきの港と同じ。休暇中の技術員にも連絡を回しています」

 

 記録を再生すると、指定艦の乗員へ直ちに帰艦するよう命じる声が聞こえた。続いて、港内の連絡艇が増便を要求している。夜明けまで停泊するはずだった艇が、何度も基地と艦の間を往復する予定へ変わっていた。

 

「この群は、整備休止を取り消しました。補助動力の試験を、乗員帰艦後に繰り上げています」

 

 ネサは各報告を並べた。通信量が増えたというだけなら、戦闘の問い合わせが殺到しているとも考えられる。今は、船に人を戻し、出せる状態へ変える指示まで聞こえていた。

 

「当直を呼んで。艦長にも報告する」

 

 提出する評価に、彼女は『艦隊待機態勢への移行を確認』と記した。確認できた部隊名を付け、どの艦が出港するかは空欄のままにした。

 

 艦長が来た時にも、受信は続いていた。別の基地で、翌日の教育航海が中止された。艦載機の要員が帰艦を命じられ、民間の整備業者には作業員を引き揚げさせないよう連絡が回っていた。

 

「全体への命令か」

 

「複数の軍務機関で動いています。同じ時刻からです」

 

 ネサは最初の変化があった箇所を示した。スルイス・ヴァンの交戦より後だった。

 

「緊急で送れ。艦の出港が確認できたら、追送する」

 

 艦長は命じた。

 

 通信員が送信を始めると、別の端末からまた呼ばれた。通常なら翌朝に回す貨物の積込みを、今すぐ再開しろという連絡だった。荷役員の名簿を読み上げる声に、起こされたらしい男の苛立った返答が重なっていた。

 

 ネサは、その記録にも時刻を付けた。艦内の通路では、早く起こされた昼勤の者たちが、上着を羽織りながら受信室へ向かっていた。

 

 *

 

C.R.C. 7954.042 ラクサス・セカンダス

 

 翌朝、シーアが会場へ入ると、外の警備が増えていた。

 

 前日まで受付の職員が立っていた場所に、ブラスターを持つ兵士がいる。共和国代表団の通行証は有効だったが、車を停める位置が変わり、荷物を運ぶ者まで呼び止められた。シーアは記録ケースを預けず、身分を確かめるのを待った。

 

 控室には《リスナー》の報告が届いていた。

 

 リンドは艦隊の待機命令を読み、《アシュアランス》へ連絡した。代表団の艦にも当直を増やし、搭載艇を戻しておくよう指示する。予定していた上陸は中止された。艦長トーリンからは、受領とともに、帰艦させる人員の確認が返った。

 

 机に残っていた昨夜の資料へ、新しい報告が重ねられた。

 

 RC-160、未帰還。

 

 ケイト・ニモーディアの基地当局は、共和国の偵察機を撃墜したと発表していた。画像には燃えた残骸と、回収した装備の一部が映っている。乗員については記載がなかった。

 

 シーアは情報部門へ、任務の経路を要求した。

 

 届いた線は、基地を越えていた。添付された広報用の草案には、通信と航法装置の異常を調査していると書かれ、表紙に未承認と付いている。公開済みの発表は、一機が未帰還になったという短い通知だけだった。彼は草案と飛行経路を並べ、担当者を呼び出した。

 

「この経路を命じたんですね」

 

『そうだ。申告された施設に、説明のない増設がある。確認する必要があった』

 

「本人が勝手に入ったという情報は」

 

『受けていない』

 

 シーアは草案の一文を指し、リンドへ渡した。武官団長は、その説明を交渉で使うことを認めなかった。命令された経路と食い違うことを付記して本国へ戻し、政府の回答を求めた。午後に届いた承認文は、ダーンが軍の命令で任務に就いていたことを認め、生存者の捜索と所在の確認を要求するものだった。航法上の事故や操縦士の独断を述べる発表は出なかった。

 

 基地の増設についての質問は、シーアも書いていた。何が造られているのか分からなければ、保有枠も配備の制限も決められない。回答を督促するたびに、情報を欲しいと思っていた。そのための飛行命令を、自分の机で初めて見ていた。

 

 午後、保安委員会の連絡官が、追加の資料を持ってきた。

 

「現地からです。生存者を収容した可能性が高いと」

 

 シーアは端末へ認証を入れた。SIGINTの報告とは異なる配布区分が付いている。現地駐在員が協力者を通じて得た情報だった。

 

 撃墜の後、飛行服を着た人間の男性が、警備付きで基地の医療棟へ運ばれた。右腕を負傷している。意識があり、医療員の問いに答えていた。現地では墜落機の操縦士として扱われていたという。

 

「氏名は?」

 

「確認できていません。顔写真もありません。収容の時刻と場所は、機体の墜落に一致します」

 

 シーアはダーンの写真を開いた。妻と娘を家族欄に記した、通常の軍籍資料だった。どこへ飛ばしたかを知らされない者でも、未帰還になれば、この紙で家族へ通知することになる。

 

「もう一度、確認を頼んでください。医療の状態を。本人に近づけるかは、そちらで判断して」

 

 連絡官は了承した。情報源を特定する部分は、会談へ出せなかった。シーアは現地駐在員の報告を閉じ、生存者の捜索と収容について尋ねる照会を作った。

 

 夕方の会合で、シンは基地の回答を読み上げた。

 

「当該機の搭乗員を、同盟軍が収容した事実は確認されていません。残骸の調査は継続しています」

 

 シーアは目を上げた。

 

「基地の医療施設も確認しましたか」

 

「現地の管轄機関へ照会した回答です」

 

「負傷者の収容を、もう一度調べてください。医療員を出す用意があります」

 

 シンは書面を伏せ、ヴェルンへ何かを伝えた。彼女は担当者を呼び、別の回線へ移った。戻ってきた時の答えも同じだった。捜索のために共和国の艇を降ろす要求には、同意が得られなかった。

 

 その間にも、《クワイタンス》の乗員を返せという要求は届いていた。シンの机には全員の名簿があり、病院へ運んだ者の所在まで書かれている。

 

 シーアの手元にあるダーンの欄は、埋まらなかった。

 

 *

 

C.R.C. 7954.043 コルサント、共和国元老院

 

 中継の表示から、ミュニファスントの艦尾にターボレーザーが命中する場面が繰り返し流れた。

 

 撮影したのは司法軍の艦だった。隅に記録時刻が残り、シールドが崩れて船体へ火が入るところで映像が止まる。その脇には、軍用港へ下りた艦と、タラップから降りる乗員の写真が置かれていた。

 

「我々の船も、反撃できる」

 

 ロジンが言うと、いくつもの席から声が上がった。

 

「これまで、どれだけ警告を繰り返したのですか。追突され、艦を止められ、今度は戦闘機を撃ち落とされた。次の一隻が撃つ前に、止めるだけの戦力を集めるべきです」

 

 軍の説明員は、既に複数の部隊へ待機命令が出ていると答えた。出港の時刻と行先については、公開の席では説明しなかった。アウレリアンが補佐官へ目を向けると、非公開の会合へ回す資料が用意されていた。

 

 モスマが求めた星図は、スルイス・ヴァンから大きく内側へ移った。ケイト・ニモーディアとクェラー・ランが表示される。コロニーズの代表席から、会話の声が上がった。

 

「この飛行を承認したのは、どの機関ですか」

 

 モスマが尋ねた。説明員は、政府の命令による任務だったと答え、作戦命令書は非公開の審議へ提出すると述べた。

 

「経路の承認者も読める形でお願いします」

 

「その場所に同盟が基地を造っているから、確かめたのでしょう」

 

 ロジンが星図を指した。

 

「コアへ通じる産業と交通のすぐ近くです。外縁の誰かが困っているという話では済みません」

 

 コロニーズの議員が発言を求めた。基地への関与を否定していた自国の企業にも、すでに取引を止めるのかという問い合わせが来ている。これ以上飛行を続ける命令があるなら、自国の交通に影響する範囲を政府から知らせるよう求めた。

 

 補佐官がアウレリアンへ、同盟側の報道を示した。スルイス・ヴァンの砲戦と、基地で燃えるRC-160の映像が続けて流れ、共和国による一連の軍事行動だという説明が付いていた。こちらの報道局は、同じ映像を同盟の各地での攻撃として扱っている。

 

 アウレリアンは、二つの事件の発生時刻と、各司令部が報告を受けた時刻を提出するよう求めた。説明員が端末を送り、撃墜の公表時刻しか入っていない欄を見つけたところで、原記録を取り寄せると答えた。

 

 モスマはダーンの所在へ話を移し、家族と最後に連絡を取った時刻を確かめた。生存を断定できる証拠がないため、家族へは未帰還と伝えているという。

 

 ヴェッロは戦死者の名を読み、誰が遺族への説明を担当したか尋ねた。その後で、同盟側が発砲と拘束についてどの機関の責任で回答しているのかを求めた。

 

「署名した者を、この席にも示してください。次の会合で、前の回答を聞いていなかったと言わせないように」

 

 議事が終わると、ロジンは廊下で報道員に囲まれた。地方艦隊への新造艦供給を早めるべきだという声明が、その日のうちに配信された。軍の募集施設には追加の勤務が命じられ、すでに退勤した職員が呼び戻されていた。

 

 アウレリアンは議長府への通路で、軍の連絡将校とすれ違った。手にしているのは演説の草稿ではなく、招集に関する承認書だった。

 

 弟へ送った連絡には、会合の記録と、政府が追加の部隊を待機させたことを記した。帰ってこいとは書かなかった。あの席から人がいなくなった時、軍同士の回線だけが残ることを、彼も分かっていた。

 

 *

 

C.R.C. 7954.043 スルイス・ヴァン、司法軍航空基地

 

 ハーデンが診療室から戻ると、飛行隊の入口に武装した歩哨が立っていた。

 

 前の晩まではいなかった。彼が通行証を探そうとすると、兵は所属を確かめて扉を開いた。通路の奥では、休暇から呼び戻された隊員が、私服の鞄を抱えて飛行装備を受け取っていた。

 

 格納庫の勤務は交代制に変わっていた。損傷の小さいZ-95から順に直し、飛べるものは待機列へ出す。補充された機体の番号を確かめる整備員の前で、リナは自分の飛行装具を畳んでいた。

 

「また出るのか」

 

「今は待機です」

 

 彼女は答え、編隊長の脚を見た。まだ自力で長く歩けず、杖を使っている。ハーデンは近くの椅子を引き、慎重に座った。

 

 机の上には、テムとエダの私物を引き渡すための袋があった。二人の家族へは、基地から通知が済んでいた。リナはテムの袋の口を閉め、荷札を内側へ折り込まないように直した。

 

「敵の艦は?」

 

「港に置いたままです。今朝、陸戦隊が増えました」

 

 基地の放送が鳴った。待機している操縦士は、指定された区画を離れないように。格納庫の奥で、座席へ身体を入れていた者が顔を上げた。

 

 リナの端末へ、母からの連絡が来ていた。ニュースでは勝利したと言っているが、いつ帰れるのかという。彼女は一度文面を開き、返信を打ちかけたところで、また自分の機体を呼ぶ声を聞いた。

 

「行ってきます」

 

 ハーデンは頷いた。彼女がヘルメットを抱えて歩き出すと、同じ待機列の者たちも立ち上がった。今日は、誰も来航する艦を賭けの話にはしなかった。

 

 軍用港では、ミュニファスントの周囲に遮蔽板が立てられていた。船内の記録を保全する担当者が入り、外では対空用の装備が移されている。捕虜を収容した建物の窓にも、外の作業灯が映っていた。

 

 ドレムは、廊下の足音が増えたことに気づいていた。

 

 監督の士官が来ると、彼は、残した負傷者の容態を聞いた。その後で、港に何が来る予定なのか尋ねた。

 

「あなた方の護衛が増えています」

 

「警備の変更です」

 

「同盟の艦が来るのか」

 

 士官は答えなかった。ドレムはその顔を見て、部下のいる部屋へ視線を向けた。降伏を受理された時には、これで撃たれずに済むと思った。今は、閉じた扉の外で何が起きるかを知らせる回線さえ、自分では開けなかった。

 

 *

 

C.R.C. 7954.044 保安委員会情報収集艦《リスナー》

 

 夜明け前、ネサは引き継いだばかりの端末へ呼び戻された。

 

 港の定期便が、軍の要員を運ぶために発着枠を変えていた。乗員への帰艦命令は前日から続き、今回は、家族を伴う休暇中の士官にも最寄りの連絡所へ出頭するよう通知が出ている。艦隊の待機態勢は一晩で解かれなかった。

 

 軍用回線の一部が、短い受領の応答ばかりになっていた。最初に送られた命令は読み取れていない。それでも、別の港の連絡には艦の出港を優先する指示が混じり、補給艇の作業予定が同時に変わっていた。

 

「この群、動きます」

 

 分析員が言った。ネサは出港を示す記録を確認し、前日の待機評価へ追加した。目的地は不明。武器使用に関する命令も未確認。そこを推測で埋めず、艦隊が泊地を離れる可能性が高いと送った。

 

 艦長は自艦の進路図を持ってきた。こちらの受信を続けられる場所にいれば、動き出した群が近づく可能性もある。《リスナー》には、軍艦の進路を塞いで情報を集めるだけの武装はなかった。

 

「受信は続けろ。艦の位置は私が決める」

 

 ネサは頷いた。航行に伴って使う受信装置が切り替わる。その短い間にも、別の中継局から、新しい呼出しが増えていた。

 

 送った先の共和国司令部から、受領が来た。すぐ後に、追加情報を至急送るよう要求が返った。向こうも当直を増やしているらしく、最初の返答とは違う士官の名が付いていた。

 

 ネサは次の記録を開いた。机の後ろでは、交代したはずの分析員が上着を脱ぎ直していた。

 

 *

 

C.R.C. 7954.044 ラクサス・セカンダス

 

 シーアの前へ運ばれてきた茶は、冷めるまで手が付かなかった。

 

 ケイト・ニモーディアの現地駐在員から、続報があった。前に医療棟へ運ばれた男性は、治療後も警備の付いた区画にいる。共和国の飛行装具を身に着け、右腕を固定されていた。医療棟の勤務者が、本人は意識を保っていると話している。

 

 情報局は、搭乗員が生存している可能性は高いという評価を維持した。だが、顔写真も本人の声も届かなかった。

 

「同じ話が別の人間を通って戻っただけでは?」

 

 リンドが尋ねた。

 

 連絡官は、前の収容を見た者と、後の所在を確かめた者の関係を説明した。詳しい入手経路はシーアの資料にはなく、武官団長と首席代表へ限定して提示された。シーアは席を外し、しばらくして呼び戻された。

 

 ベイルが端末を返した。

 

「この情報を根拠に、改めて所在確認を求めます。誰から聞いたかを相手に渡さずに済む文面を用意してください」

 

 その会合で、同盟側から届いた回答は前日より強いものになった。

 

 当該共和国軍人を、同盟当局が拘束している事実はない。

 

 シンは書面を示した。医療棟についての再照会には、基地は必要な調査を行ったと答えた。共和国側から現地へ捜索隊を出す要求は、同時に拒まれた。

 

 リンドが机へ手を置いた。

 

「収容していない。捜索も入れない。それなら、誰が捜している」

 

「現地当局が対応しています」

 

「責任者の氏名と、最後に調べた日時を出してください」

 

 シーアが続けた。ヴェルンは手元へ書き込み、シンの後ろにいた法務担当者へ渡した。

 

 返答を待つ間、相手側は《クワイタンス》の返還へ話を移そうとした。艦の状況を確認する技術者と、乗員に会う連絡官を受け入れるよう求める。共和国側は、生存者名簿と病院への搬送先を既に提出していた。

 

 シーアは自分の端末へ、ダーンの軍籍資料を表示した。

 

「氏名と認識番号です。これを、収容した負傷者に確かめさせてください」

 

「収容したとは回答していません」

 

「では、病院で照合してください。間違いなら、その結果を返せるはずです」

 

 シンはすぐには答えなかった。そばの職員が小声で何かを伝える。彼は書面をまとめ、政府へ再確認すると告げて席を立った。

 

 いつもの休憩時刻ではなかった。

 

 控室の前で、情報局の連絡官がシーアを呼び止めた。

 

「医療棟まで、照会で指定したのですね」

 

 シーアは頷いた。

 

「向こうは、こちらがどこまで知っているかを調べます。氏名を伏せていても、情報に触れた者を絞れます」

 

 シーアは扉へ目を戻した。本人の所在を答えさせることに気を取られ、相手がその質問を持ち帰る先までは考えていなかった。

 

「今まで送った照会も、現地の担当へ渡してください」

 

「文面を取り寄せています」

 

 連絡官は、彼が送った質問の写しを受け取った。シーアはもう一度医療状態を確かめる依頼を出そうとして、端末を閉じた。次の報告が遅れても、同じ催促を重ねる前に、この担当者へ話す必要があった。

 

 控室へ入ると、本国の新しい評価が届いていた。待機していた同盟艦隊の一部で、出港準備が進んでいる。共和国側でも、近隣の部隊を呼び戻し、補給を優先する命令が出た。どちらの艦も、まず相手が動き始めたと説明していた。

 

 《アシュアランス》から通信が来た。

 

『代表団の移動を変更するなら、早めに知らせてほしい。艇はいつでも出せるが、港側の許可を取り直す必要がある』

 

 トーリンの声だった。シーアは出発命令は受けていないと答えた。艦長は了承し、搭載艇を即応のまま待たせると伝えた。

 

 ベイルが本国との会議を終えて戻ってきた。

 

「政府の回答を求めます。軍務機関同士の照会では、もう足りない」

 

 彼は、シンへ送る書簡を開いた。搭乗員の氏名、照合すべき事項、これまでの回答が記されている。医療状態と所在について、政府の責任で返答するよう求めるものだった。

 

 シーアは添付の写真を選んだ。部隊で撮影した顔写真がいい。妻と娘が写るものは、彼の端末の中に残した。

 

 送信を終えると、兄から短い連絡が来ていた。

 

 《そこには、まだ全員いるか》

 

 シーアは、同盟側の部屋の扉を見た。廊下には職員がいたが、ヴェルンの姿はない。警備兵が来客を止め、こちらの通行証を確かめていた。

 

 《こちらは全員いる。次の会合を待っている》

 

 彼はそう返信した。

 

 *

 

 同盟代表部へ戻ったシンは、基地から届いた回答を自分の署名した書面の横へ置いた。文面は一致していた。だが、根拠として照会した原報告は、まだ一通も送られていなかった。

 

 ヴェルンが持ってきたのは、撃墜の報告に付いていた配布一覧だった。対空部隊と基地司令部から軍事保安本部へ送られた添付資料があり、外交団への送付欄には許可が付いていない。

 

「こちらが受け取ったのは、公開用に抜き出した要約です。元の照会も、保安側へ回されています」

 

 シンは基地の連絡将校を呼び出した。将校は、押収した機器と関係者の調査を軍事保安部門が扱っており、その記録を自分の判断では渡せないと答えた。

 

「受け取れる責任者へつないでください」

 

『本部へ提出を求めています。ただ、任務の調査が終わる前に、外交部門で面会や移送を約束されては困るという指示です』

 

「私は、原報告を求めています。面会の時刻さえ、まだ出していません」

 

 将校は同じ制限を繰り返した。シンは日付と発信者を読み上げ、どの指示に従って送付を止めているのか確認した。返された番号は、彼の委任状が列挙する軍務機関の連絡先にはなかった。

 

 通信を終えると、ヴェルンが次の照会を用意した。シンはそれを送らせず、政府へ直接出す文書を開いた。

 

「収容していないという回答を、私は自分の名で渡した。いまさら、元の記録は読ませてもらえないと説明するのか」

 

 ヴェルンは黙って、これまでの受領通知を机へ並べた。基地へ最初の照会が届いてから、二日が経っていた。

 

 シンは、否定の回答に用いた根拠資料の提出と、今回の拘束案件を外交協議へ移す決定を求めた。添付したのは共和国の書簡だけではなかった。スルイス・ヴァンにいる自軍乗員の名簿と、会談の進展を待たず出港準備を進める艦隊についての報告も加えた。

 

 政府の連絡担当者は決裁へ回すと答えた。シンは執務室を出ず、繰り返されてきた要約では回答を作れないと伝えた。

 

 *

 

C.R.C. 7954.045 ラクサス・セカンダス

 

 待機していた代表団の車に、夕方まで運転手が残っていた。

 

 会議は二度延期された。最初は政府の審議が続いているという連絡で、次には、基地と軍事保安部門へ原記録を提出させる決定が出たと伝えられた。共和国側へ開示する範囲の承認は、まだ残っていた。シーアは受領を返し、ベイルの前へ持っていった。

 

 スルイス・ヴァンでは、捕虜を預かる区画の警備が強化されていた。病院へ送った乗員には医療員が付き、艦内を調べる技術者が交代して作業している。同盟側から接近する艦があった場合に備え、司法軍も配置を変えた。別の航路で予定していた巡察は後ろへずらされた。

 

 情報局からの定時報告では、艦隊通信は依然として平常へ戻っていなかった。

 

 シーアはその一文を読み、提出する書類の束へ加えた。紙の端を揃える指が、冷えていた。

 

 エレナから、今夜は話せるかと連絡が来た。彼は予定が決まらないと返し、少し迷ってから、自分はラクサスにいると書いた。ニュースで流れる二つの惑星のどちらにもいない。彼女は分かっていると答え、それでも無事なのかを聞いた。

 

 《無事だよ》

 

 送ってから、彼はダーンの所在を問う書簡を開き直した。

 

 夜になって、シンが会場へ戻った。

 

 ヴェルンも同行していた。二人の後ろにいた職員が、持参した端末を卓へ置き、記録員へ準備を求める。先に提示された委任には、軍事保安部門が留保していた収容記録の開示と、本件を外交協議で扱うことを認める決定が付いていた。シーアは、その対象番号を手元の照会へ書き写した。

 

 ベイルは書簡の写しを前へ置いた。リンドは座ったまま、相手が話し始めるのを待っていた。

 

「軍事保安部門が保有していた原報告が、政府へ提出されました。昨日までの回答には、この資料が使われていませんでした」

 

 シンが言った。

 

 シーアは、開いていた前日の文書へ手を伸ばした。収容の事実はないと書かれた末尾に、目の前にいる代表の署名があった。

 

「昨日の書面は、私の名で提出しました。その回答を訂正します」

 

 指が止まった。

 

 同盟側の職員が画像を送った。シーアの画面に、壁際の椅子へ座った男が現れた。飛行服の右袖が切られ、腕を固定されている。顔には擦り傷があった。口を閉じて正面を見ていたが、視線は撮影者の少し横へ向いていた。

 

 軍籍資料と同じ顔だった。

 

 画像の下へ、氏名が表示された。

 

 エリク・ダーン。

 

 ベイルは身を乗り出した。リンドが、画像を保存するよう記録員へ指示した。ヴェルンは何も言わず、シンの手元にある新しい文書を見ていた。

 

「RC-160の搭乗員は生存しています」

 

 シンは共和国側の代表を見て、続けた。

 

「現在、我々の拘束下にあります」

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