STAR WARS: STAR DESTROYER   作:あーくわいてんず

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アナクセス

C.R.C. 7954.079 コルサント、ホロネット放送局

 

 撮影が始まる前に、襟へ付けた通信具の位置を直された。

 

 シーアは顎を上げ、衣装係が手を離すのを待った。制服の上着はいつもと同じだったが、照明の下では肩の埃までよく見えるらしい。柔らかい刷毛で払われ、前へ落ちた銀髪を戻されると、ようやく椅子へ座るよう案内された。

 

 向かいの司会者は、帰還協定の資料を読んでいた。卓には艦隊の模型も、保有数の一覧もない。足元の表示に、エリク・ダーンが家族に迎えられる映像が出ていた。軍の広報ではなく、本人と家族の許可を得て使うものだと、事前に説明を受けている。

 

「この後、お会いになりましたか」

 

「いえ。帰還を確かめた時も、僕はラクサスにいました」

 

「今回、初めてこの映像を?」

 

「全部を見るのは、初めてです」

 

 娘が父親の手を引いて出口へ向かう。シーアは最後まで見てから、司会者へ顔を戻した。帰還の受領書には、この先のことは書かれていなかった。

 

 撮影機の灯りが点いた。

 

 司会者は、二つの惑星にいた拘束者が帰還したことと、双方の実務窓口が引き続き活動していることを紹介した。あの晩から何が変わったのかを問われ、シーアは、現地の軍務機関と医療担当が直接話せるようになった経緯を説明した。

 

「最初は、どこへ電話すればよいかも分からなかった?」

 

「連絡先はありました。ただ、受け取った方が決められる仕事ばかりではなくて。送った文書が、次の部署で止まることもありました」

 

「そこを、あなたが動かした」

 

「動かせる方を、探しました。面会の許可を取る人も、迎えの艇を出す人も、現地にいますから」

 

 司会者は頷いた。以前の取材で使われた、爆発する戦闘機や、軍用港に降ろされたミュニファスントの映像は、今回は短く編集されていた。長く映されたのは、帰還者を受け取る医療員と、卓で文書を交換する両代表だった。

 

「次は、もっと大きな合意を期待してよいのでしょうか」

 

「そのための準備をしています。今の取決めを維持するだけでも、参加している政府や企業に、続けて負担を引き受けてもらう必要があります。次の案には、その期限と確認の方法まで入れたいと思っています」

 

 画面の下に、〈対話継続へ 危機収束に手応え〉と文字が出た。

 

 シーアはそれを読み、司会者の次の質問へ耳を向けた。自分の言ったことを取り消す必要はなかった。あの会議室で、互いの言葉を待つ時間は確かに短くなっていた。

 

 収録が終わると、制作担当者が次の出演を申し込んできた。今度は軍務の解説だけでなく、交渉団が普段どのように暮らしているかも聞きたいという。

 

「一日中、同じ部屋で相手と顔を合わせるのでしょう。食事の時には、何を話すんですか」

 

「食事が来るのが遅いとか、冷める前に休憩を取れないかとか」

 

 担当者が笑った。シーアも笑ってから、公務の日程を確かめると答えた。

 

 帰りの車では、今日の発言を使いたいという他局からの照会が届いていた。代表部の広報担当者は、使用する映像の範囲を確認している。その隣へ、面会を求めるセクター代表部からの連絡が増えた。

 

 番組で話した共同窓口の運営費について、議員の説明を聞く前に、軍の必要を確かめたいという内容だった。シーアは二つの予定を見比べ、次の収録にも出られる時間を返した。

 

 *

 

C.R.C. 7954.083 アナクセス、共和国艦隊支援基地

 

 コマンダー・トーヴ・ヘインは、出港予定の船が二つに分かれるのを航路図で見ていた。

 

 貨物船は管制の誘導に従い、補給所へ向かっている。もう一つの表示は、その外側を通った。レキューザント級《ヴィジル》。同盟側の企業連絡任務として、星系内の通過を届け出ていた。

 

 アナクセスは、アウター・リムのアンテメリディアン・セクター、銀河平面座標R-7にあった。域内の中継宙域から分かれるハイパースペース航路、アナクセス連絡線が、造船・補給施設へ船を運んでいた。艦を整え、別の外縁任務へ送り出すための基地だった。戻ってきた船と、これから出る船が、同じドックの順番を待っている。

 

 基地管制域の外には、一般の航行を認められた宙域が広がっていた。境界は惑星を一様に囲む球ではなく、造船施設と、発着のために空ける場所に合わせて区分されている。そこを外から通るだけなら、基地は目的を確認し、必要な監視を付けて見送る。

 

 《ヴィジル》も、途中まではそのとおりに進んでいた。

 

「出域予定、変更です」

 

 当直士官が報告した。ヘインはドレッドノート級《ノースウィンド》の艦橋で、相手の新しい進路を開いた。星系から離れる方向へ向かっていた艦が、基地の外縁に沿う針路へ曲がっていた。

 

『連絡対象との会合を待つ。管制域への進入は求めていない』

 

 同盟艦からの回答だった。ヘインは相手の位置を確かめ、情報担当へ、会合するという船の通報が出ているか尋ねた。該当するものはなかった。

 

「監視位置へ進む。こちらから火器管制を向けるな」

 

 《ノースウィンド》は泊地を離れた。船渠の光が艦橋の横を流れ、整備中のプロクラメイターが遠ざかる。受入れたばかりの機器を艦内へ運ぶ作業は中止され、仮置きしていた箱が固定された。

 

 レキューザントの長い艦首が、外部映像へ入ってきた。

 

 砲座が見えた。搭載艇を出す動きはなく、火器管制照射を受けたという報告もなかった。ヘインは急がずに距離を取り、相手と同じ方向へ進ませた。

 

「予定の経路へ戻るよう要求」

 

 通信員が伝えると、《ヴィジル》は承認を求める場所には入っていないと答えた。次の回答では、通信上の連絡を待つため、もう少し滞在すると言ってきた。

 

 そのまま、外縁を回り続けた。

 

 地上から上がる輸送艇の経路に近づいたところで、ヘインは基地へ相手の予想進路を送った。艇の発進が保留された。別の経路で出す案を検討し、軌道上の交通と整備ドックの移動を組み替える。

 

 宇宙に通れない壁ができたわけではなかった。遠くを回れば出られる。だが、変更した艇が到着する先でも、その時間に荷役員と着艦設備を空けなければならない。最初の便が遅れた時には、次の貨物船も受入れ時刻を変えることになっていた。

 

「軍務連絡へ。継続的な周回を始めています。通過の予定に戻る見込みは、今のところありません」

 

 ヘインは報告し、基地からの指示を待った。通信員の後ろでは、若い士官が予定していた上陸を取り消していた。艦長はそれを横目に見てから、当直へ向き直った。

 

 相手は撃っていない。境界も越えていない。それでも、自分の艦を泊地へ戻す命令は出せなかった。

 

 *

 

C.R.C. 7954.084 アナクセス、航空隊格納庫

 

 ナディ・フェルのZ-95には、ミサイルが吊られていた。

 

 装備員が取り付けを確かめる間、彼女は梯子の下で待った。隣の機体では、操縦士が既に座席へ入り、管制との回線を試している。今日の訓練は、警戒任務が落ち着いてからやり直すと説明された。

 

 格納庫の壁面には、レキューザントの映像が出ていた。同じ方向から撮った《ノースウィンド》の記録で、長い艦首の向こうに惑星の縁が見える。スルイス・ヴァンの戦闘映像を見た時から、フェルは、ああいう船へ近づく自分の機体を何度も想像していた。

 

「航空隊は出ていますか」

 

「まだ。ドロイドの発進は確認していない」

 

 班長が答え、彼女の機体の点検を終えた。フェルは座席へ入り、拘束帯を締めた。発進の許可は来なかった。待機のまま、計器と、開いた格納庫口を見ていた。

 

 しばらくして、輸送艇が一機上がった。

 

 管制が変更した経路を使い、基地の外へ大きく回る。護衛の二機は別の待機列から出ていった。フェルたちは、基地へ接近する機体があった時のために残された。

 

 水を飲むよう班長が言い、彼女はマスクを外した。隣の操縦士が、昨日、母親から来た連絡の話をした。帰還協定ができたのだから、予定どおり休暇を取れると思っているらしい。

 

「うちも。まだ帰れないと送ったら、ニュースでは落ち着いたと言っていたのに、って」

 

 フェルは答えた。班長が目で発進表示を示したので、二人とも前へ向いた。

 

 表示は変わっていなかった。

 

 交代要員が来るまで、同じ二機がそこにいた。機体を降りる許可が出ると、フェルは身体を伸ばし、固くなった肩を回した。自分が休息に入っても、ミサイルは取り外されず、次の操縦士が座った。

 

 *

 

C.R.C. 7954.087 コルサント、司法省

 

 シーアは、アナクセスの航跡を一日分ずつ重ねた。

 

 最初の通過経路から外れた線が、翌日にも続いていた。レキューザントは、惑星の周囲を均等に回っているのではない。基地から船が出る方向へ近づき、その後で離れ、また同じ側へ戻る。管制域の境界が迫るところでは、その手前で針路を変えていた。

 

 リンドが現地司令部から受け取った要求には、退去の期限を示し、応じなければ阻止するという案があった。政府はまだ認めていない。《ノースウィンド》へは追尾を続ける命令が出ていた。

 

「これは、地元の民間交通も止まっていますか」

 

「一部は変更で動いている。軍用の発着を後ろへ回して、港を空けた」

 

 リンドは遅延の内訳を示した。シーアは艦の位置だけを表示していた図に、発着予定を加えた。相手の船体が何もしていないように見える時間にも、こちらでは艇を待たせ、ドックへ入れる艦の順番を替えている。

 

 現地からの回線がつながった。ヘインは艦橋の後部から応答し、シーアの表示した経路を確かめた。

 

『この時刻に戻ってきたので、予定していた進水作業を一度止めました。次の通過に支障がない位置まで、相手が離れるのを待っています』

 

「連絡相手は分かりましたか」

 

『答えない。会合待ち、次は航法の確認。今朝は機器の試験だそうです』

 

「実際に、そのための動きは?」

 

『艇は出ていません。広域の捜索を続けています。攻撃の準備と認定できる記録は、まだありません』

 

 ヘインはそこで自分の艦の点検予定を送った。今週、機関側の一部を止めることになっていた。泊地へ戻らずにできる仕事は進めているが、艦を離す許可が出なければ、その先へ入れない。

 

『現状を維持するなら、交代をください。こちらも整備が要ります』

 

 シーアは即答せず、リンドを見た。武官団長は運用局へ要求すると答え、前進配備の評価とともに現地の報告を送った。シーアは合同窓口へ同じ記録を渡し、相手の任務期間と、出域予定を照会した。

 

 その夜、放送局から次の出演に使う映像案が来た。アナクセスについても説明してほしいという。広報担当者は、これまでに発砲も損害も出ていないことと、合同窓口がすぐ受理していることを先に置いていた。

 

 シーアは、遅れている発着の一覧を加えるよう求めた。担当者はそれを受け取り、細かな時刻は出さず、運航の調整を続けていると説明する案へ直した。

 

 そこまで確認してから、シーアは出演を了承した。相手へ退去を求める理由を、人のいるところで話せる機会でもあった。

 

 *

 

C.R.C. 7954.091 共和国元老院

 

 ヴェッロは、基地からの支援要請を読み終えると、説明員へ最初の頁を戻させた。

 

「この交代艦を出せば、どこの仕事が減りますか」

 

 軍の担当者は、域内の別任務へ充てる予定だったと答えた。その任務にも代わりを出すか、巡察の期間を短くする必要がある。

 

「その見積もりも載せてください。アナクセスの分だけを払えば済むようには見えません」

 

 担当者が資料へ追記する間、ロジンは、境界を越えないからという理由で外縁の基地を威圧させていると批判した。自軍の拠点に来た武装艦を追い払うのに、なぜ相手の承認が要るのかという。

 

 ベイルは、ラクサスからの回線で発言した。すでに正式な説明を要求しており、受入れられる発着経路について現地の調整も始まっている。発砲を命じる前に、その回答を得るよう求めた。

 

「それで帰らなければ?」

 

「次の措置を、記録に基づいて決めます。現場の艦長へ、その場で新しい戦争を選ばせるつもりはありません」

 

 議長席が次の発言を認めた。モスマは、影響を受けた民間便がどれだけ動き直したかを訊き、補給と修理を優先して必要な費用を出す案に賛成した。相手が警告を聞かないからといって、自軍の整備まで止めたままにはできなかった。

 

 ヴェッロは修正した支出案を確認し、いつもの結びを述べた。

 

「分離主義同盟滅ぶべし」

 

 前に笑っていた席からも、拍手があった。それは長くは続かず、次に採決へ掛けられたのは、合同窓口を維持するための費用だった。こちらも可決された。

 

 会議が終わると、報道員は、対話を続けながら外縁の任務を守るという方針が支持されたと伝えた。議場の音声から切り出したヴェッロの一言は、夕方の短い映像にも使われたが、その前には、帰還協定によって戻った人々の姿が流れた。

 

 アウレリアンは、二つの採決結果を弟へ送った。支援を認めた者と、交渉の継続へ賛成した者は、大部分が重なっていた。

 

 *

 

C.R.C. 7954.096 コルサント、ホロネット放送局

 

 今度の椅子には背もたれがあり、卓には茶が置かれていた。

 

 午前の軍務を終えて来たシーアへ、制作担当者は資料を全部持って座らなくてもよいと言った。必要な図は画面へ出す。大きな記録ケースは、椅子の脇へ預けることになった。

 

 司会者は彼の仕事を紹介してから、持ってきた小さな模型を卓へ置いた。番組側が用意したプロクラメイターで、組立て式の玩具だった。艦橋塔が少し傾いている。

 

「お好きだと伺いまして」

 

「僕が持っているものより、きれいですね。砲が全部残ってます」

 

「なくなるんですか」

 

「動かしていると、時々。机から落ちた時には、一つずつ探します」

 

 司会者が模型を持ち上げ、すぐに慎重に戻した。撮影機の向こうでスタッフが笑った。シーアもつられて笑い、傾いた艦橋を直してよいか尋ねた。

 

 会談中の一日の過ごし方を訊かれ、彼は食事の時間がずれることと、模型を広げる場所はまだないと話した。ラクサスの庭を散歩できたかという質問には、何度かは、と答えた。誰かがそこで撮った写真まで、広報へ渡していたらしい。

 

「御家族も番組をご覧になりますか」

 

「兄は、仕事で見ていると思います。父からは、たまに言葉遣いについて連絡が来ます」

 

「婚約者の方からは?」

 

 シーアは少し間を置いた。

 

「まだ、一緒に見たことがありません」

 

「感想を聞くのが怖い?」

 

「今の答えを聞かれたら、そうかもしれません」

 

 笑いが収まるのを待ち、司会者はアナクセスの星図へ話を移した。背景の色が変わり、模型を置いた卓の上にも二隻の航跡が映る。

 

「こちらは、また危機になっているのでしょうか」

 

 シーアは表示の位置を確かめた。軍の内部資料のように、応答していない照会や整備の期限が全部載っているわけではない。相手の船が留まっているところと、基地が困っている理由を、自分で伝えなければならなかった。

 

「発砲は起きていません。ただ、船の出入りを待たせ、こちらも追尾を続けています。基地では普段より人と機材が必要になっています」

 

「まだ、危険は残っている」

 

「だから、相手へ予定を出すよう求めています。いまは両側の管制と軍務の担当がつながっていて、変更できる経路を同じ図で確かめています」

 

 司会者は、以前なら途中で止まっていた連絡が、現在は使われていることを確認した。シーアは頷き、今週になって二つの便を予定へ戻せたと話した。民間の運航会社からも受領を得ている。

 

「まだ全部ではありませんが、同じ方法で次を動かせます」

 

「対話が機能している、と」

 

「はい。少なくとも、目の前の仕事には使えています」

 

 司会者は、次回の軍備会合を伝えた。シーアの説明はそのまま使われたが、〈緊張緩和、次の段階へ〉という見出しの下では、留まり続けるレキューザントより、動き始めた民間船の方が長く映っていた。

 

 帰り際、模型を持っていくよう勧められた。シーアは断りかけたが、撮影のために開封してしまったので、と言われ、箱へ収めるのを手伝った。

 

 代表部へ戻る途中、エレナから連絡が来た。

 

『私も、ちゃんと番組を見ているわよ』

 

 彼は車の中で声を出して笑った。返信に、次に会った時は一緒に見ようと書いた。送ってから、自分の顔がずっと映る番組を彼女と見ることを想像し、少しだけ後悔した。

 

 *

 

C.R.C. 7954.103 アナクセス軌道

 

 《ノースウィンド》の艦尾を、補給艇が離れた。

 

 ヘインは引渡しを終えた物品を確認し、後部区画の作業制限を解いた。交代艦はまだ到着していない。港へ戻る代わりに、停止できる設備を一つずつ切り替え、必要な整備を進めていた。

 

 レキューザントは、その日も管制域の外にいた。

 

 艦の上部構造へ光が当たり、艦首から艦尾までがはっきり見える。ヘインは外部映像より、記録された運動を長く見ていた。相手は地元の管制と通信し、決めた時刻には発着を妨げない位置へ動くようになっていた。それは改善だった。だが、一度空けた場所へ、作業が終わると戻ってくる。

 

 砲術士官が、一基の砲塔の点検を申し出た。待機中にできる範囲で、冷却系の不具合を直したいという。

 

「隣の区画で受け持てるか」

 

「切替えれば可能です。時間をください」

 

 ヘインは許可した。砲塔の整備をするたびに艦隊へ増援を求めるわけにはいかない。だが、相手の大型艦が見えている間に使えない兵装を作る判断は、その都度、艦長へ戻ってきた。

 

 私用の連絡が入ったのは、点検の終了を待っている時だった。家から送られた映像で、息子が学校の課題を持っていた。祖母が撮影しているらしく、画面は少し傾いている。

 

『帰ってきたら、これを見て』

 

 ヘインは返信の時刻だけを予定へ入れ、当直へ戻った。艦隊本部から、交代できる艦が一隻決まったと届く。ただし、すぐにここを離れても、点検を全部終えれば、再び警戒へ戻る予定だった。

 

 命令書の任務期間には、終了する日がなかった。

 

 *

 

C.R.C. 7954.108 ラクサス・セカンダス、合同調整窓口

 

 シーアが戻った時、窓口の壁には新しい名簿が貼られていた。

 

 帰還協定の時に自分で受けていた回線は、常任の連絡官が使っている。アナクセスからの問い合わせにも、その者が応答していた。シーアは到着を知らせ、受領済みの記録を引き継いでから軍務会合へ入った。

 

 ヴェルンは、彼を見ると、手元の端末を伏せた。

 

「模型の艦橋は、直りましたか」

 

「見たんですか」

 

「こちらでも流れました。字幕が付きましたが、笑うところは分かりました」

 

 彼女は少し笑い、次の書類を出した。アナクセスへ来ている艦の任務説明だった。企業間の連絡と、航法・通信設備の確認。同じ船が長く滞在する理由は書かれているが、基地から離れる時刻はなかった。

 

 シーアは航跡を表示した。民間便を通すために動いたところには、既に修正が入っている。その後、同じ位置へ戻る線を、彼女も目で追った。

 

「こちらへ、部隊を引き揚げると約束させたいのでしょう」

 

「まず、発着のある場所へ繰り返し近づくのを止めてほしいんです。ここを空けるたびに、こちらは別の便を後ろへ動かしています」

 

「基地の管制域には入っていません」

 

「分かっています。だから、侵入したという抗議は出していません」

 

 シーアは、現地が取り消した発着予定を並べた。ヴェルンの側へ届いた説明では、安全上の判断で共和国側が自主的に止めたものとなっている。

 

 彼は三日分の図を同じ倍率へ揃えた。どの便の前に相手が近づき、どの作業の時に戻ったかが重なった。ヴェルンは図を動かし、受け取った任務説明へ視線を戻した。

 

「この時間に、その試験をする必要があるのか、問い合わせます」

 

「試験の終わりもお願いします。昨日までの説明では、毎朝、終わる予定が延びています」

 

 次の会合には、同盟側の艦へ指示を出す担当者が加わった。軍の行動を共和国の港湾予定へ従わせることは認めないと言い、相互の通過を保障する既存の合意を挙げた。

 

 リンドは、現地が提案した広い排除区域を、そのまま卓へ出さなかった。代わりに、造船施設への接近と、艦を引き出す作業に使う範囲を示した。

 

「この間だけでも、継続して空けられないか」

 

 担当者は、地図を細かく確かめた。一部は了承できるが、別の部分は民間港への経路にも重なるという。シーアは港側から、使用している船の寸法と必要な作業時間を出してもらい、範囲を調整した。基地の全任務を秘匿したまま、どこも使わせないという要求にはできなかった。

 

 合意は、その日のうちにはできなかった。だが、次の回答には、相手艦が一定の離隔を取る期間が記されていた。艦を交代させた場合にも引き継ぎ、民間便と大型艦の移動に関わる位置変更は、同じ窓口へ通知する。共和国側は、認めた経路を通る相手の連絡艇を妨げず、安全上の調整に必要な発着予定を出す。

 

 レキューザントそのものを、星系から追い払う取決めにはならなかった。

 

 シーアは現地へ案を送り、ヘインの意見を求めた。艦長は離隔を取る予定の位置を見て、曳航作業を再開できると答えた。

 

『その位置へ行ったかどうかは、こちらでも分かります。まず、動かしてもらってください』

 

 司令部も案を受け入れ、シンが実施の承認を取り付けた。ベイルは、同じ問題が別の基地で起きた時にも使うため、今回決めた項目を次の条約案へ載せるよう求めた。

 

 シーアは机に残った広い排除区域の図を閉じた。その範囲を得られなかった理由も、本国へ説明しなければならない。だが、現地から来た返事には、久しぶりに、明日出せる船の名があった。

 

 *

 

C.R.C. 7954.116 アナクセス、軌道造船区

 

 固定架構が外れると、曳船の灯りが一つずつ移った。

 

 新しく造った船ではなかった。長い修理を終えた貨物船を、隣の検査区画へ動かす作業だった。《ヴィジル》の接近で何度も時刻を変更し、今日は機関の点検をする職員も呼び直していた。

 

 レキューザントは、約束した外側へ位置を変えていた。ヘインはその移動を確認し、基地へ知らせた。相手からも、離隔を取る指示を受領したという通信が来ている。

 

「作業を再開する」

 

 管制官の声で、曳船がゆっくり推力を上げた。大きな船体が造船施設の間を抜け、待っていた艇がその後ろへ入る。二つの作業灯が移り、港で止めていた別の便にも発進が認められた。

 

 ヘインは記録へ時刻を付け、現地の実施結果を送った。短い文の最後に、助かったと添えた。報告を読んだ者がそこを引用するかどうかは考えていなかった。

 

 午後、基地から当直の変更が届いた。交代のドレッドノートが到着し、《ノースウィンド》は泊地へ戻って点検に入れる。レキューザントの監視と航空隊の待機は、そのまま継続する。

 

 ヘインは艦内へ帰投を告げた。予定の検査に入れると分かると、機関科から、いつ給電を止めてよいかと早速問い合わせが来た。艦長は点検の順序を確かめ、次の当直が引き継いだことを待って許可を出した。

 

 《ヴィジル》は外部映像から小さくなっていった。いなくなったのではない。今度は、別の艦が同じ映像を見ている。

 

 *

 

C.R.C. 7954.120 保安委員会情報収集艦《リスナー》

 

 ネサ・レルの机には、平常の通信量へ戻ったという見出しの報告があった。

 

 本文には、その評価を行った別の部署の集計が付いている。危機が拡大した夜のような呼出しは減り、定期の報告が多くなった。港の混乱も収まり、上陸者への連絡が平穏に読み上げられていた。

 

 ネサは前の月の記録を開いた。帰還協定の後、一部の艦が整備を再開し、乗員を休ませたことは自分たちも報告している。今日の受信にも、勤務を終えた者を港へ運ぶ便があった。

 

 ただ、艦隊が置いていった補給船は帰っていなかった。

 

 臨時で前へ送った整備要員の交代が始まり、同じ数の技術員が次の便で入っていた。燃料と部品の配達は、一度きりの優先輸送から、定期の予定へ組み替えられている。呼び戻した乗員を今度は家族のところへ送り返す、という通知は少なかった。

 

「担当者が休めるようになったのは、本当ですね」

 

 分析員が言った。

 

「それで、この群は何隻戻った?」

 

 ネサが尋ねると、相手は出港と受入れの記録を照合した。一隻が後方へ移り、入れ替わりに別の艦が来ていた。数日だけ片方が減る時期はあるが、支援の契約は残っている。

 

 彼女は集計への追記を作った。通信の混雑は解消。確認できる群では、前進した配置を維持。戦力を引き揚げる命令や、攻撃へ移る命令を読めたとは書かなかった。

 

 艦長はその評価を読み、受信要員の交代を予定どおり行わせた。《リスナー》自身も、最初の緊急派遣の時期を越えている。後方へ戻すはずだった職員の交代要員が送られ、機材の点検は寄港先を変えて続けることになっていた。

 

 ネサは新しく来た分析員に、普段使う食堂の場所を教えた。前の当直者の寝台は空けられていたが、端末の受信設定は、そのまま引き継がれた。

 

 *

 

C.R.C. 7954.126 ラクサス・セカンダス

 

 政府の発表では、アナクセスの航行問題は実施段階へ移ったと伝えられた。

 

 造船区で船が動き、遅れていた便が出た映像が、両側の報道へ渡された。共和国の部隊を妨げるなと主張していた者も、基地を口実に交通を独占するなと主張していた者も、それぞれが要求を認めさせたと説明できた。

 

 合同窓口に届く問い合わせは、次に使う経路と日時へ変わっていた。緊急の会合を呼ぶための文面が減り、通常の予定へ入れられるものが増える。シーアの机にも、次の条約案を確認する時間が戻ってきた。

 

 ヴェルンは、共和国の地方艦隊について送った質問の回答を持ってきた。

 

 あるセクターとの協定に、共同任務へ参加する場合の命令系統が記されていた。提供する部隊を政府が指定した後は、司法軍の現地指揮官が作戦上の指示を出す。その期間と解除の条件を、申告へ加えるよう求めていた案件だった。

 

「ここを出してもらえたので、この艦を二重に数えずに済みます」

 

 ヴェルンは表を直した。地方の保有であることを消さず、中央が共同任務へ使える条件を別の欄に入れる。未確定の政府については、回答待ちのまま残した。

 

「相手の軍務当局からは、まだ違う説明が来ています」

 

「署名した部門へ照会しています。こちらが使えると思っている艦を、現地では出すつもりがないなら、先に確かめたいです」

 

 シーアは返答し、新しい照会の写しを渡した。ヴェルンは受け取ると、今度は自分の側の保管艦についての修正を出した。企業が売却したと報告していた船が、同じ軍務機関の契約で使われ続けていた。担当者へ実際の任務を確認し、常備枠へ残す手続きが進んでいる。

 

 卓の両側で、同じ書式が使われていた。

 

 帰還の夜に開いた通信席は、今も患者の移送や技術者の立入りを受けている。シーアがそこへ座り込まなくても返事が来るようになっていた。会議の終わりには、双方の首席代表が次の全体会合の予定を確認した。未決の事項は残っているが、主要な附属書をまとめて審議へ出す準備ができ始めていた。

 

 シンは、記者へ渡す発表案を読み、次回も双方の代表団が出席すると明言した。ベイルも同意し、二人は会場の玄関で並んで質問を受けた。

 

 その写真を見た放送局から、シーアへ共同の特集番組への出演依頼が届いた。今度はラクサスの支局で収録し、コルサント側の司会者とつなぐ。シンの発言も別の取材で使うという。

 

 シーアはリンドへ申請し、軍務会合の後の時間を空けた。

 

 *

 

C.R.C. 7954.134 ラクサス・セカンダス、ホロネット支局

 

 司会者の姿は、大きな表示の中にあった。

 

 シーアの背後には、会談会場の庭を撮った映像が用意されている。技術者が照明と通信の遅延を確かめる間、彼は手元のメモを読んだ。回線が安定すると、コルサント側から、前の番組の反響がよかったと声が掛かった。

 

「今日は、その後を聞かせてください」

 

 最初に流れたのは、シンへのインタビューだった。彼は全員の帰還を終えたことと、アナクセスの発着が改善したことを挙げ、次の条約案を政府へ提出するため協議を続けると話した。共和国と独立星系連合の政治的な主張が一致したとは言わなかった。それでも、相手を攻撃するための言葉は、前の放送より少なかった。

 

 司会者はシーアへ話を戻した。

 

「相手の代表とは、直接話せば、随分印象が変わるものですか」

 

「最初より、何をその場で答えられる方かは分かるようになりました。僕も、分からないことを持ち帰る時に、いつ返すかを聞かれます」

 

「仲良くなった、とまでは言えない?」

 

「今日も、こちらの回答が遅いと叱られました」

 

 司会者が笑った。シーアも口元を緩め、机へ置いた写しに目を落とした。叱ったヴェルンの字が残っていた。

 

 画面に、アナクセスの造船区が映った。曳船に引かれた貨物船が、ゆっくり移動する。司会者は、レキューザントが星系から退去したのかと訊いた。

 

「周辺には同盟側の艦がいます。今回動かしたのは、発着と造船作業に必要な範囲です。現地の艦も航空隊も警戒を続けています」

 

「では、この映像の意味は?」

 

「この船は、予定していた検査へ進めました。港の人たちが、作業員を集め直し、曳船を出してくれた。そこをまず、認めてほしいんです」

 

 シーアは、資料を読まずに答えた。ヘインが添えた短い言葉を思い出していた。

 

「相手がいるから何もできない状態を、少し変えられました。次の案では、毎回同じ交渉をしなくても使える条件を増やします」

 

 話しているうちに、声が落ち着いていた。彼自身、その仕事が進んでいることを疑っていなかった。全員を安心させる言葉を探すより、実際に動いた船と人のことを話す方が、司会者にも伝わった。

 

 番組の後半には、視聴者からの質問が出た。外交官になるつもりはあるか、いつ軍の艦へ戻るのか。シーアは、今も軍務として来ていると答え、次の配置を自分で決められるわけではないと笑った。

 

「では、次に出演する時には、何を説明していただけますか」

 

 司会者が締めに尋ねた。

 

「署名した条約を、持って来られたらと思っています」

 

 言った後、シーアは、少し先の約束をしすぎただろうかと考えた。司会者は期待していると答え、会場で拍手が起きた。足元のモニターに、次回の全体会合の日程が映った。

 

 収録を終えると、首席代表の事務所から発言の確認が来た。問題はないという返答だった。ベイルからは、次の案のために明朝の時間を空けておくよう連絡も届いた。

 

 支局を出る時、シーアは自分の言った言葉を一度だけ再生した。声は思っていたより明るく、画面の自分も笑っていた。

 

 *

 

C.R.C. 7954.139 ラクサス・セカンダス

 

 《リスナー》の追加評価を読んだ後、シーアは共和国側の配備表を取り寄せた。

 

 あちらで通信の混雑が収まり、補給の順番が安定したのと同じ頃、こちらでも臨時の輸送枠が整理されていた。一部の船は元の任務へ戻っている。休暇と検査も再開した。

 

 ただ、前へ出した兵站の拠点には、人と設備が残っていた。艦を替えて担当する区画も増え、待機に必要な補給は定期の計画へ入れられている。いまの費用を、次の期間にも支出するための要求だった。

 

 リンドは、目の前の案について意見を求めた。シーアは、交代する艦を決めずに一隻へ張り付かせる運用は続けられないと答えた。整備をする時間を取り、航空隊の当直も増員する必要がある。

 

「では、この交代表は支持するか」

 

「はい。ただ、増やした配置そのものを、いつ見直すかも入れてください」

 

 リンドはその要求を本国へ送った。返答には、相手の常備運用と前進展開について、継続した確認が得られた時点で再評価するとあった。具体的な解除日は示されなかった。

 

 シーアは再び付表を読んだ。ここで交代を認めなければ、ヘインの艦のように、同じ乗員を待たせ続ける。必要な人員と補給に賛成し、配置の見直しを求める意見を残して、軍務上の評価を返した。

 

 午後の会合では、ヴェルンと保管状態の確認について話した。見せられる記録が増え、次回の査察に同意した企業もある。彼女は予定どおり終えられれば、長く残った附属書を閉じられると述べた。

 

「その後は、本国の審議ですね」

 

 シーアが言うと、彼女は頷いた。

 

「お互い、そちらも働いてもらわないと」

 

 彼は笑い、前の番組を見た議員から説明を求められていると答えた。今なら、次の合意を支持してもらえるかもしれない。ヴェルンも、同じ期待を持っているようだった。

 

 会議が終わると、二人は次の書面を分け合った。シーアの机には、署名へ進めるための案と、当面の警戒を支えるために同意した人員表が並んでいた。

 

 *

 

C.R.C. 7954.146 アナクセス、共和国艦隊支援基地

 

 《ノースウィンド》が監視へ戻る朝、格納庫では増設した連絡席の据付けを行っていた。

 

 借り物の卓を並べて始めた区画だった。そこへ正規の設備を入れ、航空隊と艦隊の当直が交代して使う。作業員は仮の配線を外し、壁の中へ収めるための板を開いていた。

 

 ナディ・フェルは隣の通路で待ち、工具箱が退くと機体へ向かった。今日は先の当直を終えた者を休ませ、夕方まで別の組が入る。勤務の間隔は前より整っていた。食事を途中で置いて走る回数も減った。

 

 壁面の放送では、シーアが条約案への期待を語っていた。

 

 整備員の一人が顔を上げ、うまくいけばいいなと言った。フェルも頷いた。機体へ乗る前に家へ送る連絡を打ち、今日は指定の時刻には話せるはずだと書いた。

 

 軌道では、ヘインが前の当直艦から監視を引き継いだ。

 

 レキューザントは、離隔を取った位置を守っていた。基地の発着を直接待たせる動きは減り、港の便は通っている。艦長は現在の位置を確認してから、補給艇の受入れを認めた。

 

 司令部から、新しい配備命令が届いた。

 

 危機に際して追加した当直と支援要員を、次期の常備配置へ組み入れる。艦は交代し、整備を受けて戻る。前進させた補給機器は返送せず、現地の管理へ移す。ヘインは実施日を確かめ、副長へ渡した。

 

「明日から、この表で組め。機関科の検査予定も付けてくれ」

 

 副長は受領し、各部署へ送った。

 

 地上の格納庫では、古い通信卓が台車へ載せられた。臨時借用と書かれた札が外れ、新しい卓の裏へ、基地の備品番号が取り付けられる。作業員がケーブルをつなぎ、当直の士官に応答を試してもらった。

 

 《ノースウィンド》から声が返った。映像には、外縁にいるレキューザントの識別が重ねられていた。

 

 壁面の番組が終わり、拍手が流れた。

 

 作業員は一度その方を見てから、増設した通信卓を床へ固定した。

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