STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
C.R.C. 7954.172 ラクサス・セカンダス
未決事項の一覧は、三頁に減っていた。
シーアは最初の頁を卓へ置き、括弧の数を数えた。四十一。会期の初めには、同じ書式で十二頁あった。数字が減るたびにリンドは一覧を刷り直させ、古い版を捨てずに綴じていく。控室の棚には、その厚い綴りが三冊並んでいた。
残る括弧の多くは、大型艦の計数に掛かっていた。
会議の冒頭、ヴェルンは封をした文書を卓へ置いた。企業側の担当者が隣で認証を入れ、記録員が開封の時刻を読み上げる。
「建造番号七一号。予備申告の補正です」
全長、四千八百四十五メートル。主兵装の区分、機関の出力帯、艦載機の収容数。完成予定の欄には、七九五六年とあった。
シーアは数字を読み、手元の評価と比べた。一年半前、この会場の通信室で見た解析図は、船体を四千八百メートル前後と見積もっていた。四十五メートルの差は、画像の尺度の誤差に収まる。
「こちらの評価と、一致します」
リンドが言った。それ以上は付け加えなかった。画像をどこで手に入れたかを、ここで話すわけにはいかない。ヴェルンも訊かなかった。
「分類は、ヘヴィ・クルーザーのままですか」
シーアが尋ねると、ヴェルンは首を振った。
「附属書の新しい区分に入れます。全長四千メートルを超える艦は、一隻を三隻分として数える。そちらの案です」
「受け入れていただけるんですね」
「受け入れないと、この一隻のために、ほかの全部が止まります」
企業の担当者は何か言いかけたが、口を閉じた。ヴェルンは次の頁を開いた。
「代わりに、そちらの試作艦の寸法を」
共和国側の申告には、クワットで建造中の試作艦が一隻、記載されていた。砲戦用。全長の欄は、商業上の理由により未記載となっている。七一号の欄が空いていた頃と、同じ書き方だった。
シーアはその欄を見た。一年前、自分はこの卓で、記載がないことを理由に戦力もないものとして計算はできない、と言った。
「本国へ求めます。次の会合までに」
その夜、彼はカースへ連絡した。理事は、製造元として公開を渋る理由を並べた。競合する造船所、受注の交渉、設計の独自性。シーアは全部を聞いてから、七一号の補正を送った。
『向こうは出したのですか』
「出しました。こちらが出さないと、次の括弧が閉じません」
カースはしばらく黙り、法務と相談すると答えた。
二日後、補正が届いた。全長、千六百メートル。反応炉二基。主格納庫なし。シーアはそれを申告へ移し、ヴェルンへ渡した。彼女は数字を確かめ、七一号の頁の隣へ綴じた。
同じ週、前進配備の附属書にも手が入った。指定区域の基地ごとに、発着と作業に要る範囲を定め、双方の艦はその外側で離隔を取る。アナクセスで一か月かけてまとめた取決めが、そのまま条文の雛形になっていた。ヘインの報告書の文面は引用されなかったが、離隔の距離は、彼が送ってきた数字のままだった。
四十一の括弧は、三十四になった。
*
C.R.C. 7954.201 コルサント、最高議長府
地方艦隊の付属協定は、全部で九通あった。
共同任務へ提供する部隊の条件を、ラクサスへ申告するための確認だった。シーアは議長府の閲覧室で一通ずつ読み、公開を認められた版と照合していった。八通までは一致した。
九通目には、公開版にない附則が付いていた。
最高議長が非常事態を宣言した場合、当該セクター艦隊の作戦指揮は、宣言の時点で司法軍へ移る。セクター政府の指定は要しない。
シーアは附則の日付を見た。七九五四年、〇六二日。ラクサスで、地方艦隊の日常の指揮は各政府が執ると説明した後だった。同じ説明を、彼はヴェルンの前で何度も繰り返している。
ターキンは、呼ばれてすぐに閲覧室へ来た。附則を示されても、顔色は変わらなかった。
「非公開の附則だ。条約の申告の対象ではない」
「共同任務へ使える条件を申告すると、こちらから提案しました。この附則があれば、この艦隊は政府の判断なしに中央の指揮へ入ります。向こうへ説明した内容と違います」
「非常時の規定だ。平時の保有には影響しない」
「向こうが数えたいのは、その非常時に動かせる艦です」
ターキンはシーアを見た。
「開示すれば、このセクターは交渉の卓へ引き出される。政府は、非公開を条件に署名した」
「開示しなければ、条約が発効した後で、こちらが違反したことになります。見つかるのは、たぶん最初に戦争が起きた時です」
言い過ぎたかと思った。ターキンは答えなかった。
扉が開き、パルパティーンが入ってきた。隣の部屋で話を聞いていたらしい。最高議長は附則の頁を手に取り、しばらく読んでいた。
「君は、これを向こうへ出したいのだね」
「はい。セクター政府には、こちらから説明します」
「ウィルハフ」
「政府との約束があります」
「約束は守ろう。セクター政府へは、私から話す」
パルパティーンは頁を卓へ戻した。
「隠したまま結んだ約束は、いずれ誰かに暴かれる。君が先に言えば、それは君の言葉になる。相手は、次も君の言葉を聞くだろう」
ターキンは一拍置いてから、頷いた。シーアは礼を述べ、開示の範囲を記した文書を作ると答えた。
議長府を出る時、足が少し軽かった。反対されると思っていた。二年近くこの交渉を続けて、最も言いにくいことを言いに来た日に、最も簡単に許可が出た。
その理由を、彼は深く考えなかった。
*
C.R.C. 7954.215 ラクサス・セカンダス
ヴェルンは附則を読み終えると、紙を裏返して卓へ置いた。
「いつ、分かったのですか」
「十四日前です」
「本国の許可を取るのに、十四日」
「セクター政府へ説明する時間も含めて」
彼女は裏返した紙を見ていた。怒っているのか、別のことを計算しているのか、シーアには分からなかった。
「こちらでは、前からこの形を疑っていました。証拠はありませんでした」
「だから、出しました」
「出さなければ、私たちは知らないまま署名していた」
「はい」
ヴェルンは顔を上げた。
「どうして出したのですか。あなた方の不利になるのに」
シーアは少し考えた。答えは前から決まっていた。どう言えばいいかを選んだだけだった。
「七一号の寸法を、出していただいたからです。あれが出た日に、こちらの試作艦の欄も埋めました。同じことを、もう一度しただけです」
ヴェルンは紙を表へ戻し、附属書の該当欄へ番号を書き込んだ。非常時に中央の指揮へ入る艦は、平時の地方保有とは別の区分で数える。その欄を、彼女は新しく作った。
「では、こちらも一つ出します」
彼女が出したのは、企業の保安契約の一覧だった。動員の要請があれば、四十八時間以内に連合の艦隊指揮へ入る。平時は企業の護衛任務に就いている艦で、これまで企業保安部隊として計数の外に置かれていた。
百六十隻あった。
シーアはリンドを見た。武官団長は一覧を受け取り、すぐには何も言わなかった。
「これで、お互いの非常時が同じ欄に入ります」
ヴェルンが言った。
その日の会合が終わると、シンがシーアを庭へ誘った。
照明の配線は、まだ芝の上に積まれていた。シンはその脇のベンチへ腰を下ろし、シーアに隣を勧めた。夕方の風が、開いた窓から紙のめくれる音を運んできた。
「ヴェルンから聞きました。あの附則を出したのは、あなたの判断だと」
「許可を出したのは、最高議長です」
「言い出したのは、あなただ」
シンはしばらく、庭の向こうの街を見ていた。
「私は元老院にいました。あなたの兄上と同じ議場に。あの頃、私たちは何度も条件を出した。負担に見合う保護を。自分たちで決められる手続きを。返ってくる答えは、いつも次の会期でした」
「議事録を読みました。何度も」
「今は、この卓で、一日に括弧が二つ閉じる」
シンはシーアの方を向いた。
「私は、条約が欲しいのです。独立を、共和国に認めさせたいのではない。互いに認め合う文書が欲しい。条約で認められた独立なら、誰にも奪えません」
シーアは頷いた。
「共和国にも、奪えなくなります。奪えないようにするのが、こちらの仕事だと思っています」
シンは笑った。短く、息を吐くような笑いだった。
「あなたの国の人が、皆そう言ってくれればいいのですが」
「僕の国の人は、たいてい、僕より話が長いです」
今度は、シンは声を出して笑った。
*
C.R.C. 7955.006 コルサント、最高議長府
新年の祝賀会は、議長府の大広間で開かれた。
会談は年末から休会に入っていた。シーアが入口で名を告げると、係員は名簿を確かめる前に頷いた。制服の襟を直し、兄の後ろについて広間へ入る。数歩進んだところで、近くの話し声が一度途切れ、少し遅れて戻った。
番組に出るようになってから、こういうことが増えていた。以前は、名を聞いて振り向く者が多かった。今は、顔を見てから名前を思い出す者の方が多い。
議員の配偶者だという女性に写真を頼まれ、シーアは応じた。撮り終えると、別の客が同じ端末を差し出した。アウレリアンが三人目の前へ半歩出て、弟を飲み物の卓の方へ連れていった。
「全部に応じていたら、夜が明ける」
「断り方が分からなくて」
「覚えろ。これから要る」
最初に声を掛けてきたのは、ロジンだった。
「条約の立役者に、新年のご挨拶を」
グラスを掲げ、周りに聞こえる声で言った。
「条約ができれば、辺境の基地も安泰ですな。向こうの船を、決めた線の外へ出しておける」
「こちらの船も、同じ線に縛られます」
「それで向こうが大人しくなるなら、安いものです」
ロジンは満足そうに頷き、次の客のところへ移った。シーアはその背中を見た。あの人にとって、条約は相手を縛る道具で、こちらが縛られる部分は代金にすぎない。訂正する言葉を探しているうちに、議員はもう別の話を始めていた。
ヴェッロは、壁際で皿を持っていた。料理には、ほとんど手が付いていなかった。
「署名したら、あの結びはどうされますか」
シーアが尋ねると、老議員は少し考えた。
「発効したら、変えます」
「何に?」
「まだ考えていません。条約が守られているうちは、そのままでも差し支えないでしょう。滅ぶべきなのは同盟であって、連合と条約を結ぶことではない」
どこまで冗談なのか、シーアには分からなかった。ヴェッロの顔は、議場にいる時と同じだった。
モン・モスマは、ベイルと並んで立っていた。シーアが挨拶すると、彼女は祝いの言葉を先に述べた。
「番組、拝見しました。模型の艦橋は、その後まっすぐになりましたか」
「おかげさまで」
「それは何より。あなたの艦橋が傾いていると、条約まで傾いて見えますから」
ベイルが口元を押さえた。モスマは表情を変えずに、手元のグラスを少し回した。
「条約に、あなたの顔が付き始めています」
「署名するのは、オーガナ議員です」
「報道は、そう書きません。成功すれば、あなたの成果。破れれば、あなたの失敗。どちらも、あなたが決めたことではないのに」
「それは、議員にも言えることでは」
「私は議員ですから。選ばれた者は、そういう役を引き受けます」
モスマはシーアを見た。
「あなたは、選ばれていません」
ベイルが笑いながら二人の間へ入り、新年早々それでは困ると言った。モスマは素直に謝り、今年もよろしくと言った。シーアも同じ言葉を返した。二人とも、言ったことを取り消しはしなかった。
カースは、造船所の幹部たちと一緒にいた。シーアを見つけると、輪から抜けてきた。
「寸法を出していただいて、ありがとうございました」
「あれで、法務から三日間恨まれましたよ」
理事は声を落とした。
「春の初めに、試作艦が船台を離れます。もう秘密でもありませんから、申し上げておきます」
「見に行けますか」
「式典はあります。ただ、見学の許可は、あなたでも難しいでしょう。代わりに写真を送ります」
シーアは、少しがっかりした顔をしたらしい。カースは笑い、灰色のうちに撮っておきますと言った。
ターキンに呼ばれたのは、露台へ出た時だった。
広間の熱を逃がすため、扉が開け放たれていた。コルサントの夜の交通が、眼下を途切れずに流れている。ターキンは手すりの近くに立ち、グラスを持っていなかった。
「附則の件で、セクター政府が不満を伝えてきた」
「議長が、自ら説明すると」
「された。一度だけ」
ターキンは交通の流れを見ていた。
「君は、議長の許可を得た。正しい手続きだ。だが、許可を出した者が、その後の結果まで引き受けるとは限らない。覚えておきたまえ」
シーアは返事をしかけ、やめた。ターキンは、それ以上説明しなかった。
広間の中で、杯を打つ音がした。
パルパティーンが壇上に立っていた。新年の挨拶は短かった。昨年の困難と、元老院と政府の働きに触れ、それから、ラクサスで交渉を続けている代表団の名を挙げた。
「そして、その卓に、若い佐官が一人座っています。皆さんの多くは、画面でご存じでしょう」
笑いと拍手が起きた。何人かが、露台の方を振り向いた。シーアは広間へ戻りかけた足を止め、会釈した。顔が熱かった。
最高議長は杯を上げた。
「新しい年が、新しい共和国の年となるように」
広間の全員が杯を上げた。シーアも、渡されたグラスを掲げた。新しい共和国。条約で、分かれた星々と、もう一度同じ文書を持つ共和国。彼はそう聞いた。
会が終わり、兄と車へ向かう途中で、シーアはモスマの言葉を思い出した。選ばれていない。反論は、まだ見つからなかった。
*
C.R.C. 7955.031 ラクサス・セカンダス
エレナは、式を挙げる場所の候補を三つ送ってきた。
二つはヴァルコス家が使ってきた広間で、残る一つは、彼女が修復を手伝っている古い劇場だった。添えられた写真では、客席の半分にまだ布が掛かっている。壁の色は、結局、最初の案に戻ったらしい。
『春には、修復が終わるの』
通信に出た彼女は、少し得意そうだった。
「ここがいい」
シーアは三つ目を指した。エレナは、選ぶと分かっていたという顔をした。
『日付は?』
「署名が済めば、長い休暇が取れる。そうしたら」
『じゃあ、条約に日取りを決めてもらうのね』
「条約の方が、僕より日程に正確だといいんだけど」
エレナは笑い、予定表の日付の欄を空けたまま、劇場の名だけを書き込んだ。
『ウィルハフおじさまにも、話しておくわ。あの方、式の段取りを任せると、全部を時刻表にするのよ』
「知ってる」
『そうだったわね』
通信を終えた後、シーアは自分の予定表を開いた。署名の日付は、まだ空いていた。その隣の欄に、劇場の名だけを書いた。
*
C.R.C. 7955.084〜087 ラクサス・セカンダス
リサ・ヴェルンは、本国の軍事保安部門と三晩続けて話した。
最後に残った括弧の一つは、査察の受付窓口をどこに置くかだった。共和国側の査察団が連合の施設へ入る時、その申請を誰が受け、誰が施設へ通知するか。本国の案では、軍事保安部門が直接受け付けることになっていた。
『施設の防護に責任を持つのは、我々だ。外部の査察団を、別の窓口から通すことはできない』
画面の向こうの担当官は、初日から同じことを言った。
「その部門が、去年、共和国の搭乗員の収容を否定しました」
『あれは現地の判断だ』
「現地の判断を、あなた方が本部の回答として、こちらへ送ってきたのです」
ヴェルンは、否定の回答を受け取った日付と、それを訂正した日付を読み上げた。二つの間には、九日あった。その九日の間、ラクサスの卓では、存在しない収容をめぐって同じ質問が繰り返されていた。
「査察の申請が同じように止まれば、共和国は違反と判断します。止めたのが誰でも、署名したのは私たちです」
担当官は、検討すると答えた。
二晩目には、上官が出てきた。合同調整室は共和国の職員も使う場所であり、そこへ施設の情報を集めることは保安上の危険だという。ヴェルンは、合同調整室が一年近く帰還と救難の窓口を務め、その間に施設の情報が漏れた記録はないと答えた。上官は、記録がないことは漏れていないことの証明にならないと言った。
それは正しかった。ヴェルンも、それが正しいことは知っていた。
「では、受付だけを合同調整室に置き、施設への通知は保安部門から出してください。申請が届いたこと、いつ通知したかを、同じ記録に残します」
上官は、その案を持ち帰った。
三晩目の通信は、日付が変わる前に始まり、変わってから終わった。
承認が届いた時、ヴェルンは控室に一人だった。共和国側の控室にはまだ灯りがついていて、閉じた扉の下から、紙を揃える音が聞こえていた。
彼女は承認の文書を二度読み、それから最終案の写しを開いた。査察の窓口の条項の余白に、一行を書き足す。今夜、この写しに双方の頭文字が入る。
査察の申請は、合同調整室がこれを受け付ける。
短い文だった。三晩かかったとは、読んだ者には分からないだろう。
ヴェルンはペンを置き、共和国側の扉を見た。この一行を今夜の会合で見せたら、あの青年はきっと、何も言わずに頷く。そして、自分の写しの同じ場所へ、同じ一行を書き写す。
彼女はそれを、少し楽しみにしていた。
*
C.R.C. 7955.086 ラクサス・セカンダス
リヴィアから連絡が来たのは、夜の会合の前だった。
彼女はまだ執務室にいるらしく、後ろに資料の積まれた机が見えた。挨拶もそこそこに、市況の表を画面へ出す。
「外縁の貨物保険、今日から下がり始めてる」
「条約の観測で?」
「そう。引受の大手が、先に料率を下げ始めたの。市場は、あなたたちより先に署名したみたい」
シーアは表を見た。スルイス・ヴァンの交戦の後に跳ね上がった線が、ゆっくり元の高さへ戻り始めていた。ナブーの封鎖の時、保険の引受が止まるのを、二人で並んで見ていたことがある。あの時とは、線の向きが逆だった。
「署名は、いつ?」
「たぶん、もうすぐ。明日の夜には、最後の括弧を詰める」
「そう」
リヴィアは少し間を置いた。
「決まったら、教えて。一番に、とは言わないから」
シーアは笑って頷いた。リヴィアも笑ったが、その笑い方が、いつもより少し早く終わったように見えた。疲れているのだと思った。第二室の仕事も、この頃は夜が遅いと聞いていた。
「ちゃんと寝てる?」
「あなたに言われたくない」
彼女はそう言って、通信を切った。
*
C.R.C. 7955.087 ラクサス・セカンダス
最後の括弧が閉じたのは、夜の十時を過ぎた頃だった。
大型艦の換算と、非常時の区分と、査察の窓口。三つの附属書の数字が、一つずつ括弧を外されていく。記録員が読み上げ、双方の法務担当が同じ箇所へ印を付ける。最後の一つが開いた時、誰も拍手をしなかった。記録員が次の行を探し、もう残っていないと気づいて顔を上げた。
「以上です」
ベイルは、自分の写しの最終頁を開いた。
「頭文字を、入れましょう」
シンが頷いた。二人は卓の中央で写しを交換し、それぞれの頁の下へ頭文字を書いた。リンドが確認の印を押し、向かいでは連合の軍事代表が同じことをした。本文と三つの附属書、星図が一枚。署名ではない。双方の本国が承認すれば、署名へ進む文書だった。
シーアは後ろの席で、その動きを見ていた。
初めてこの会場へ着いた日、軌道で火器管制照射を受けた。七十四秒だった。あの日から、ここまで来た。七一号の画像を見た通信室の椅子も、ダーンの写真を待った夜の冷めた茶も、この文書のどこかに入っている。
ヴェルンが、自分の写しの余白を指で示した。
査察の申請は、合同調整室がこれを受け付ける。
シーアはそれを読み、何も言わずに頷いた。自分の写しの同じ場所へ、同じ一行を書き写した。
ヴェルンは、なぜか少し笑っていた。
会合が散ると、シーアは控室で兄へ連絡した。アウレリアンはまだ代表部にいた。
「頭文字が入った」
『全部か』
「全部。あとは、本国の承認と、署名の日取り」
兄はしばらく黙っていた。
『よくやった、とは、署名の日に言う』
「うん」
『それまでに、寝ておけ』
通信を切った後、エレナへ短く送った。
《たぶん、日取りが決まる》
返事はすぐ来なかった。向こうはもう眠っている時刻だった。
机を片付けていると、会場の事務局から通知が届いた。二十三時四十分。明日午後の全体会合は、通常の会議室ではなく、式典に使う広間で開くという。場所の変更のほかには、何も書かれていなかった。
シーアはその通知を二度読んだ。
式典の広間。署名式は、双方の本国の承認を待ってから別に開くはずだった。だが、段取りを先に確かめるなら、実際に使う部屋で話すのが早い。事務局がそう考えたのかもしれない。
彼は通知を保存し、明日の資料へ付けた。
窓の外では、庭の照明の配線が、夜の中に黒く積まれていた。一年以上、同じ場所に置かれたままだった。署名式の前には、さすがに片付けられるだろう。
シーアは灯りを消した。
明日の午後、広間の卓の向こう側に、いくつの席が並ぶのか。彼はそれを、数えなかった。