STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
C.R.C. 7955.092 コルサント、ウスクル・ディストリクト
ホテルの窓際の席は、二年前と同じ場所にあった。
リヴィアは先に来ていた。低い卓に茶が二つ置かれ、片方には既にミルクが入っているジェダリン。シーアの前に置かれた方は、何も入っていなかった。注文を訊かれる前に、アール・ヴェロスが運ばれてくる。この店では、もうずっとそうだった。
「おかえり」
「ただいま」
彼女は立ち上がり、シーアの顔を見た。首都の照明の下で見ると、自分で思っていたより疲れた顔をしているらしい。リヴィアは何も言わず、座るように手で示した。
「眠れた?」
「船の中では」
「ラクサスでは?」
「最後の晩は、あまり」
シーアは茶を取った。熱かった。ラクサスで二年間飲んだ茶は、たいてい冷めていた。
「決裂したの、ニュースで見た」
「うん」
「伯爵が来たんでしょう。それと、将軍も」
「うん。グリーヴァス将軍」
シーアはカップを置いた。何から話せばいいのか、少し迷った。広間のこと、四つの項目のこと、ヴェルンの一行のこと。どれも、首都へ戻る船の中で何度も頭の中で並べ直したことだった。
「人形、って言われたんでしょう」
リヴィアが言った。
シーアは顔を上げた。
「それも、ニュースに出てた?」
リヴィアは一瞬だけ、カップの縁に目を落とした。
「どこかで見た。現地の記者が書いてたのかな」
「記者は、広間に入ってなかったと思うけど」
「じゃあ、誰かが話したのね。随員の誰か」
彼女はジェダリンにもう少しミルクを足した。シーアは、そうかもしれないと思った。あの場には、共和国と連合の随員が何十人もいた。誰かが廊下で話し、それが記事になる。二年間、そういうことは何度もあった。
「姫王子、とも言われた」
「そっちは、昔からでしょう」
「昔は、十歳だったからだと思ってた」
リヴィアは笑いかけて、途中でやめた。
「今は?」
「今は、分からない。将軍が言うと、別のものに聞こえた」
しばらく、二人とも黙っていた。窓の外を、夕方の交通が流れていく。ここから見える景色は、十歳の頃から、ほとんど変わっていなかった。
「一度でも撃ったことがあるか、って訊かれた。ないって答えた」
「本当のことだものね」
「うん。燃える船の中で人がどういう声を出すか、知らないだろう、とも」
リヴィアは、カップを両手で包んだ。
「知ってる人が、偉いの?」
「偉いとは言ってなかった。ただ、知らない者は弱いって」
「じゃあ、知ってる人ばかりの国は、強いのかしら」
リヴィアの声は、いつもより少し低かった。シーアは彼女を見たが、彼女は窓の外を見ていた。
「知らないで済むように、あなたは二年間働いたんでしょう。それを紙って言う人に、同じ土俵で答える必要はないと思う」
シーアは頷いた。言われてみれば、そうだった。船の中で何度も考えて、そこへは辿り着けなかった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
リヴィアはようやく、いつもの顔で笑った。それから、鞄から小さな包みを出した。
「少し早いけど」
「何?」
「結婚祝い。決まったんでしょう、日取り」
シーアは包みを受け取った。まだ決まっていないと言いかけて、兄から来ていた連絡を思い出した。ヴァルコス家とサーティネイニアンの間で、既に話が進んでいるらしい。
「まだ、正式には」
「なら、正式に決まったら開けて」
包みは軽かった。形からすると、紙のもののようだった。
*
C.R.C. 7955.095 コルサント、ヴァラリアン邸
日取りを決めたのは、シーアではなかった。
アウレリアンが書斎で見せた予定表には、既に一つの日付が入っていた。七九五五年、一〇六日。場所はエリアドゥ、ヴァルコス家が支援して修復した旧劇場。エレナが三つの候補から選び、シーアが指した場所だった。
「早いね」
「早くした」
兄は予定表を閉じた。
「父上とヴァルコス家で話がついた。ターキン殿も同意している。お前の次の配置が、近いうちに出る」
「次の配置?」
「私も詳しくは知らん。ターキン殿の言い方からすると、艦隊の方だ。装備計画部の机ではない」
シーアは兄の顔を見た。アウレリアンは、それ以上を言わなかった。言えないのか、知らないのか、シーアには分からなかった。
「配置が出てからでは、式を挙げる時間が取れなくなるかもしれない。だから、その前に」
「エレナは、それでいいって?」
「本人に訊け」
シーアは、その夜、エレナへ連絡した。
彼女は、劇場の客席にいた。背後の座席から、最後の覆いの布が外されたところだった。壁の色は、結局、最初の案のままだった。深い緑に、金色の細い縁取り。照明を点けると、天井の古い装飾が浮かび上がって見えた。
『いいに決まってるでしょう』
エレナは言った。
『三か月、待たされるより、十日で準備する方がいいわ。ウィルハフおじさまが、もう時刻表を作り始めてる』
「本当に?」
『本当に。入場は十四時ちょうど、署名は十四時十二分。私が階段で転んだ場合の予備の時刻まで書いてあるの』
シーアは笑った。エレナも笑い、それから少しだけ真面目な顔をした。
『あなたの次の仕事、艦隊なんでしょう』
「兄さんから聞いた?」
『おじさまから。はっきりとは言わなかったけど』
エレナは客席の背もたれに手を置いた。
『だから、急ぐのよ。いつか、じゃなくて、今。私は、それでいいと思ってる』
シーアは、画面の中の劇場を見た。二年前、写真の中では客席の半分に布が掛かっていた。今は、全部の座席が見えている。
「行くよ。十日後に」
『遅れないでね』
通信を終えた後、シーアはリヴィアからの包みを開けた。
青い便箋が一束と、短い手紙が入っていた。六年前、二人で文房具の店へ行った時に、彼女が選んだのと同じ色だった。
おめでとう。これからは、この紙で、奥様に手紙を書きなさい。
シーアは便箋を一枚取り、窓の光に透かした。光の当たる向きで、小さな模様が見えた。
*
C.R.C. 7955.104 エリアドゥ
エリアドゥの宇宙港は、九歳の時に降りた場所と同じだった。
セスウェナ・ホールへ向かう道の途中で、シーアは窓の外を見た。十一年前、父と一緒にこの道を通った。あの時は、ターキンの《タイラント》を見上げて、その砲の形ばかり気にしていた。今日は、港の外れに停泊している艦の識別を、自分でも気づかないうちに読んでいた。
エレナは、迎えの車の脇で待っていた。
淡い色の外出着で、風に髪を押さえている。シーアが降りると、彼女は駆け寄りかけて、途中で歩く速さに戻した。随員と警護員の目があることを、思い出したらしい。
「来た」
「来たよ」
彼女はシーアの顔を見上げ、それから眉を寄せた。
「痩せた」
「みんな、そう言う」
「みんなが正しいのよ」
エレナは彼の腕を取った。二年前、スティアガードの旅客区画で会った時よりも、ずっと自然な手つきだった。
劇場は、港から車で半時間ほどの旧市街にあった。
石造りの正面には、新しい看板と古い彫刻が並んでいた。エレナは玄関の前で立ち止まり、正面の上の方を指した。
「あそこ。割れていたのを、職人さんが三か月かけて継いだの」
シーアは見上げた。言われなければ、どこが継ぎ目なのか分からなかった。
「分からない」
「分からないように継いだのよ。それが一番難しかったって」
中へ入ると、客席が広がっていた。
写真で見た深い緑の壁と、金色の縁取り。天井の装飾は、照明を点けると思っていたより高く、舞台の上の幕は、式のために新しい布へ替えられていた。客席の最前列には、まだ椅子を並べ直す職人がいた。
「ここで、署名するの」
エレナが舞台を指した。
「最初は、客席の真ん中でやろうと思ったの。でも、おじさまが、それでは後ろの席から見えないって」
「ターキンさんが?」
「来賓の視線の角度まで、図に描いてきたのよ」
舞台の袖から、そのターキンが現れた。
手には、紙の束を持っていた。シーアとエレナを見ると、束の一番上の頁を示した。
「到着が予定より七分早い。問題はないが、明日は予定どおりに来るように」
「はい」
「それから、君の入場の位置だ。舞台の右袖から出て、この印まで歩く。歩数は十四歩。君の歩幅なら、そうなる」
シーアは印を見た。床に、小さな白い点が付けられていた。
「測ったんですか」
「君の歩幅は、以前の映像から見積もった。違っていたら、今、直す」
シーアは右袖から出て、白い点まで歩いた。十四歩だった。
ターキンは頷き、紙に小さく印を付けた。エレナが横で、声を殺して笑っていた。
その夜、宿へ戻ると、アナキンから連絡が来ていた。
《行けない。任務が入った。ごめん。おめでとう》
短い文だった。その後に、もう一行あった。
《いい式になるといいな。お前が選んだ人なら、きっといい人だ》
シーアは返信を書いた。気にしなくていいこと、任務が終わったらまた整備区画で会おうということ。送ってから、アナキンがどんな任務に就いているのかを考えた。ジェダイの任務について、彼が詳しく書いてきたことは一度もなかった。
*
C.R.C. 7955.105 エリアドゥ
式の前夜、父の部屋へ呼ばれた。
アルドレンは、宿の一番奥の部屋を使っていた。窓際の机に、サーティネイニアンから持ってきた書類が積まれている。婚礼の前日にも、国の仕事は止まらないらしかった。
「座れ」
シーアは向かいの椅子に座った。父と二人で話すのは、久しぶりだった。ラクサスへ出てからは、通信で近況を伝え合うだけだった。
「ラクサスの報告は、読んだ」
「はい」
「よくやった、とは言わん。お前も、そう言われたくはないだろう」
シーアは頷いた。父は、机の上の書類を一冊だけ脇へ寄せた。
「明日の式のことだ」
アルドレンはしばらく言葉を選んでいた。珍しいことだった。
「この婚約は、お前が九歳の時に、私たちが決めた。お前に訊いたことは、一度もない」
「知っています」
「知っているのと、分かっているのは違う」
父は息子を見た。
「明日、お前は自分の口で、望むと言う。そう言うなら、それはもう、私たちが決めたものではない。お前のものだ。お前とエレナのものだ。そうしなさい」
「……はい」
「私たちが何を考えて決めたかは、いずれお前も知るだろう。その時に、今夜のことを思い出せ」
シーアは、父が何のことを言っているのか分からなかった。訊こうとすると、アルドレンは机の書類へ手を戻した。
「もう寝ろ。明日は、ターキン殿の時刻表どおりに動かねばならん」
父の口元が、わずかに緩んでいた。シーアも笑い、部屋を出た。
廊下の窓から、港の灯りが見えた。十一年前、同じ街の同じ港を、父の隣で見上げていた。あの時の父が何を考えていたのかを、シーアは一度も訊いたことがなかった。
*
C.R.C. 7955.106 エリアドゥ、旧劇場
入場は、十四時ちょうどだった。
シーアは右袖の暗がりで、自分の番を待っていた。白い礼装の襟が、首に少し固かった。セレナが朝から三度直した襟だった。客席の話し声が、幕の向こうから低く聞こえてくる。
隣に、兄が立っていた。
「緊張しているか」
「少し」
「なら、正常だ」
アウレリアンは、弟の襟を一度だけ見た。直さなかった。
「父上が、客席の三列目にいる。お前が舞台に出たら、たぶん一度だけ頷く。見逃すな」
「見逃したら?」
「後で、見逃したと言え。父上は、もう一度頷く」
舞台監督の合図があった。シーアは右袖から出た。
照明が眩しかった。客席の顔が、光の向こうでぼやけて見えた。歩数を数えるつもりはなかったが、足が勝手に数えていた。十四歩目で、白い点の上に立った。
三列目に、父がいた。
アルドレンは、息子を見ていた。正装の胸に、サーティネイニアンの古い紋章を付けている。シーアが目を向けると、父は一度だけ頷いた。
見逃さなかった。
反対側の袖から、エレナが出てきた。
客席が静かになった。
彼女の衣装は、劇場の壁と同じ深い緑だった。後で聞いたところでは、壁の色を決めた時に、同じ染めの布を別に取っておいたのだという。裾に金色の細い刺繍がある。天井の縁取りと同じ模様だった。
エレナは舞台の中央まで歩き、シーアの隣に立った。彼の顔を見上げ、それから客席へ向き直った。
「十四歩だった?」
小声で訊かれ、シーアも小声で答えた。
「十四歩だった」
エレナの口元が、少しだけ緩んだ。
署名の卓は、舞台の中央に置かれていた。古い劇場の小道具部屋から出てきた、脚に彫刻のある卓だという。婚姻の登録簿が開かれ、その横に筆が二本並んでいた。
立会人は、アウレリアンとターキンだった。
司式を務めるエリアドゥの登録官が、二つの家の名を読み上げた。サーティネイニアン公王家、ヴァラリアン。エリアドゥ、ヴァルコス。二つの家の間で、十一年前に交わされた婚約が、今日、当人たちの意思によって婚姻となる。
当人たちの意思によって、と登録官は言った。シーアはその言葉を聞き、隣のエレナを見た。エレナも、こちらを見ていた。
「アレクシアール・ヴァラリアン。この婚姻を、あなた自身の意思として望みますか」
「望みます」
「エレナ・ヴァルコス。この婚姻を、あなた自身の意思として望みますか」
「望みます」
エレナの声は、はっきりしていた。客席の後ろまで届いたはずだった。
シーアが先に署名した。筆が思ったより重く、最初の文字が少し太くなった。エレナが続いた。彼女の字は、いつもの手紙と同じ、少し右へ傾いた字だった。
ターキンが立会人の欄に署名し、アウレリアンが続いた。ターキンは署名を終えると、手元の時刻表を一度だけ見た。
十四時十二分だった。
登録官が登録簿を閉じ、二人が夫婦になったことを告げた。
客席から拍手が起きた。
シーアは、どうすればいいのか一瞬分からなかった。エレナが彼の手を取った。温かい手だった。客席へ一緒に頭を下げると、拍手がもう一度大きくなった。
三列目で、父がまた頷いていた。今度は、二度だった。
*
祝宴は、劇場の上階にある古い社交室で開かれた。
窓からエリアドゥの旧市街が見えた。夕方の光が屋根の上に伸び、港の方には、停泊している艦の灯りが点き始めていた。
シーアは、来客へ挨拶して回った。ヴァルコス家の親族、エリアドゥの政府関係者、サーティネイニアンから来た父の随員たち。誰もが祝いの言葉を述べ、何人かはラクサスのことを尋ねた。シーアは同じ答えを何度も繰り返した。決裂したこと、窓口は残っていること、詳しくは話せないこと。
カッシオは、セリアと一緒に来ていた。
「似合わない」
友人は、シーアの白い礼装を見るなり言った。
「ありがとう」
「褒めてない」
「分かってる」
カッシオは笑い、シーアの肩を叩いた。セリアがエレナのところへ行き、衣装の刺繍を見せてもらっていた。
「アルマダは、しばらくお預けだな」
「なんで?」
「新婚の家に、模型の箱を持って押しかけるわけにいかないだろう」
「エレナは、たぶん気にしない」
「お前が気にしなくても、俺が気にする」
カッシオはそう言って、グラスを掲げた。
「おめでとう、姫王子」
同じ呼び名だった。カッシオの口から出ると、十歳の頃と同じものに聞こえた。シーアは、そのことに少しほっとした。
リヴィアは、少し遅れて社交室へ入ってきた。
淡い青の礼服を着ていた。入口で立ち止まり、部屋の中を見渡してから、まっすぐシーアの方へ来た。
「おめでとう」
「ありがとう。来てくれて」
「来ないわけないでしょう」
リヴィアは、エレナにも祝いを述べた。二人が顔を合わせるのは、これが初めてではなかった。何年か前の新年会で、一度だけ短く挨拶を交わしている。エレナは礼を言い、衣装を褒められて笑った。
給仕が飲み物の盆を持って近づいてきた。リヴィアは盆を見て、茶の入ったカップを一つ取り、シーアへ渡した。
「こっちにしておきなさい。まだ挨拶が残ってるでしょう」
「うん」
シーアは受け取った。リヴィアは自分のカップにミルクを入れ、それから、シーアの襟元に手を伸ばした。
「曲がってる」
「セレナが三回直したんだけど」
「四回目が要ったのよ」
彼女は襟を指で整え、手を離した。それから、エレナの方を向いて、何事もなかったように劇場の修復のことを尋ね始めた。
エレナは答えた。壁の色、天井の縁取り、正面の彫刻の継ぎ目。答えながら、彼女の目は、一度だけシーアの襟元へ向いた。
*
祝宴の途中、シーアはターキンに呼ばれた。
社交室の外の廊下は、窓が開け放たれていた。夜の風が入り、下の通りから車の音が聞こえる。ターキンは窓の前に立ち、港の方を見ていた。
「式は、予定どおりに進んだ」
「おかげさまで」
「礼は要らん。時刻表を作るのは、私の趣味のようなものだ」
ターキンは港の灯りを見たまま言った。
「近いうちに、辞令が出る。カリダだ。長距離作戦部隊の編成を任される」
シーアは、窓の外の艦の灯りを見た。
「僕が、指揮を?」
「君の部隊だ。査閲でも、参謀でも、交渉の武官でもない。艦を選び、人を選び、出す時刻を決める」
ターキンは振り返った。
「詳しいことは、コルサントで議長から話がある。ここでは、それだけ伝えておく。エレナには、君から話したまえ」
「今日、ですか」
「今日でなくてもいい。だが、議長に会う前には」
ターキンは社交室の方へ戻りかけ、扉の前で足を止めた。
「一つだけ。今日の登録官は、当人たちの意思によって、と言った。あれは、エレナが頼んで入れさせた文言だ。元の式次第にはなかった」
そう言って、ターキンは扉の向こうへ消えた。
シーアはしばらく、廊下に立っていた。窓の外で、港の灯りが一つ、また一つと増えていった。
*
エレナに話したのは、祝宴が終わった後だった。
来客が帰り、社交室の灯りが半分落とされた。職員たちが食器を片付けている間、二人は劇場の客席へ降りた。舞台の上には、署名の卓がまだ置かれていた。照明は落とされ、非常灯の薄い光だけが、深い緑の壁を照らしていた。
エレナは最前列の席に座り、靴を脱いだ。
「痛かったの。ずっと」
「言えばよかったのに」
「言ったら、あなたが気にするでしょう」
シーアは隣に座った。舞台を見上げると、昼間の白い点が、薄暗がりの中でまだ見えた。
「カリダだって。ターキンさんから聞いた」
「長距離の部隊ね」
「知ってた?」
「おじさまは、はっきりとは言わなかった。でも、あなたが自分の艦を持つんだろうとは思ってた」
エレナは、脱いだ靴を揃えて床に置いた。
「おめでとう。それも」
「ありがとう」
しばらく、二人とも黙っていた。劇場の奥で、誰かが最後の照明を落とす音がした。
「一つ、訊いていい?」
エレナが言った。
「うん」
「リヴィアさんのこと」
シーアは、エレナの方を向いた。彼女は舞台を見たままだった。
「あの人、あなたの襟を直したでしょう。何も訊かずに」
「曲がってたから」
「分かってる。そういうことじゃないの」
エレナは膝の上で手を組んだ。
「お茶も、先に選んでた。あなたが、ラクサスで眠れなかったことも知ってた。社交室で、あの人がそう言ってたの。あなたが話したんでしょう。私には、無事だよ、としか書かなかったのに」
シーアは答えなかった。答えられることは、あった。帰った日にホテルで会ったこと。広間のことを話したこと。
「私が知らない間も、ずっと会っていたの?」
エレナの声は、責める調子ではなかった。確かめるための声だった。
シーアは、少し考えた。何を言うべきかではなく、何が本当かを考えた。
「会ってた」
エレナは頷いた。
「仕事の相談もしたし、そうじゃない話もした。十歳の時から、ずっとそうだった。リヴィアは、僕が首都で最初に会った人だから」
「そうじゃない話って?」
「ラクサスの話も、今日の話も。……君に話す前に、あの人に話したことが、たぶん、たくさんある」
言ってから、それが一番言いにくいことだったと気づいた。
エレナは、しばらく何も言わなかった。
「それを、私が知らなかったのが、嫌なの」
ようやく、彼女は言った。
「あなたが誰と会ってもいい。話してもいい。でも、あなたのことを、私よりあの人の方が知っている。今日、それが分かった。今日じゃなくてもよかったのに」
「ごめん」
「謝ってほしいんじゃないの」
エレナは、やっとシーアの方を向いた。
「これからは、私に先に話して。全部じゃなくていい。でも、眠れなかった夜のことは、私に話して」
シーアは頷いた。
「分かった」
「約束?」
「約束」
エレナは、少しだけ笑った。それから、舞台の上の署名の卓を見た。
「今日、登録官に、あの文言を入れてもらったの。当人たちの意思によって、って」
「ターキンさんから聞いた」
「おじさま、言っちゃったのね」
エレナは溜息をついた。
「最初に決めたのは、私たちじゃなかった。それは、ずっと分かってた。九歳のあなたと十歳の私が、何を決められたっていうの。でも、今日は、私が決めたの。あなたも、望みますって言ってくれた」
「言ったよ」
「だから、今日からのことは、私たちのものよ。昔のことは、昔の人たちのもの」
エレナは靴を拾い、手に持ったまま立ち上がった。
「リヴィアさんのことも、昔のことにしてくれる?」
シーアは、すぐには答えられなかった。
昔のことにする、というのが何を意味するのか、分からなかった。リヴィアは十歳の時から隣にいた。規則の文面と実際の運用が違うことを教えてくれた人だった。首都で迷った時に、駅の名を教えてくれた人だった。その全部を昔のことにするという約束を、今夜ここでできるのかどうか、分からなかった。
「……努力する」
エレナは、彼の顔を見た。それが、今の彼にできる一番正直な答えだということを、分かっているようだった。
「今は、それでいい」
彼女はそう言って、裸足のまま通路を歩き出した。シーアは立ち上がり、その後を追った。
*
リヴィアは、セリアと一緒に宿へ向かう車に乗っていた。
セリアは祝宴の料理の話をしていた。デザートの皿が珍しかったこと、エレナの衣装の刺繍が天井と同じ模様だったこと。リヴィアは相槌を打ちながら、窓の外を見ていた。
「襟、直してたね」
セリアが言った。
「曲がってたから」
「うん。見てた」
セリアは、それ以上言わなかった。リヴィアも、何も言わなかった。
車が宿に着くと、リヴィアは先に降りた。部屋に入り、礼服を脱いで椅子に掛けた。鞄を開けると、仕事用の端末が点滅していた。第二室からの定時配布だった。ジオノーシスの続報。連合の要人の船が、また一隻、同じ方角へ向かったという。
彼女は配布を読み、閉じた。
それから、鞄の奥から封筒を一つ出した。
中には、写真が一枚入っていた。六年前、劇場街の裏の店で撮ったものだった。笑った拍子に、十四歳のシーアの顔が少し彼女の方を向いている。窓の光が、銀髪の端を照らしていた。
リヴィアは写真をしばらく見ていた。
それから封筒へ戻し、鞄の奥へ入れた。捨てはしなかった。
端末の配布をもう一度開き、ジオノーシスの続報を最後まで読んだ。明日、コルサントへ戻る船の中で、報告書を書かなければならなかった。
*
C.R.C. 7955.107 エリアドゥ
翌朝、宇宙港には、サーティネイニアンの船が待っていた。
父が乗ってきた船だった。帰りに二人を乗せていくと、昨夜の祝宴で決まっていた。サーティネイニアンへ寄ってから、コルサントへ戻る。辞令が出るまでの、わずかな日数だった。
エレナは、港の待合室の窓から船を見ていた。
「サーティネイニアンは、初めて」
「港が大きくなったって、兄さんが言ってた。僕も、しばらく帰ってない」
「どのくらい?」
「アカデミーに入ってからは、ほとんど」
エレナは少し驚いた顔をした。
「自分の国なのに」
「コルサントの方が、長くなっちゃった」
搭乗の案内が流れた。アルドレンが先に立ち、随員たちが荷物を運び始める。エレナは窓から離れ、シーアの手を取った。
「見せて。あなたの国」
「うん」
シーアは頷いた。港が拡張されたこと以外に、何が変わっているのか、彼はまだ知らなかった。
船は、エリアドゥの空へ上がっていった。