STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
C.R.C. 7955.110 サーティネイニアン軌道
最初に見えたのは、港の灯りだった。
船が大気圏の縁へ近づくと、夜の側の地表に、光の帯が弧を描いていた。シーアの記憶にあるサーティネイニアンの港は、あんな形をしていなかった。造船区の灯りがまとまって一つの島のように見え、そこから細い線が内陸へ伸びているだけだった。今は、その島が海岸線に沿って長く広がり、軌道からでも輪郭が分かる。
「あれが、あなたの国?」
隣の窓から、エレナが訊いた。
「……たぶん」
「たぶん?」
「前は、あんなに大きくなかった」
エレナは窓に額を寄せた。船が高度を下げるにつれ、光の帯は幾つもの区画に分かれていった。係留塔の列、新しい船渠の骨組み、荷役設備の赤い警告灯。その間を、貨物艇の小さな光が行き来している。
向かいの席で、アウレリアンが資料を閉じた。兄は婚礼の翌日、父と一緒に同じ船へ乗っていた。元老院の会期が再開するまで、数日だけ本国へ戻るのだという。
「三年前から工事をしている。最後の区画が終わったのは、去年の秋だ」
「聞いてない」
「言っていない。お前はラクサスにいた」
兄は窓の外を一度だけ見た。
「明日、案内しよう。エレナ殿にも見ていただきたい」
エレナは礼を言った。アウレリアンの言い方が少し改まっていることに、シーアは気づいた。昨日までは、弟の婚約者だった。今日からは、弟の妻だった。
*
C.R.C. 7955.111 サーティネイニアン、中央港
朝の港は、シーアの知らない音で満ちていた。
大型の荷役機が、頭上を低く唸りながら通り過ぎる。新しい係留塔の足元では、作業員が交代の列を作っていた。舗装の色が、区画ごとに違う。古い区画は灰色で、新しい区画は少し青みがかっている。その境目を、兄の車がゆっくり越えた。
八歳の時、父に連れられてこの港の造船区を見学した。星図にはドレッドノート級三隻と書かれていたのに、基地にいたのは一隻だけだった。もう一隻は遠くへ出ていて、もう一隻は造船区で機関を開いていた。持っているだけでは、人は守れない。父はそう言った。
その造船区は、今も港の奥にあった。だが、その手前に、同じ大きさの区画が三つ増えていた。
「これは、何のための?」
シーアが訊くと、アウレリアンは窓の外を指した。
「こちらが商船用。エリアドゥからの定期便が、週に六便入る。あちらは修理区画。外縁から戻る船を、ここで受ける」
古い造船区の門の前で、車が一度止まった。
交代の作業員たちが、門の脇を通っていた。窓越しにシーアの顔が見えたのか、一人が足を止め、隣の者の袖を引いた。その隣の者も止まった。列の後ろの方で、誰かが名前を呼んだ。アレクシアール様、と。
アウレリアンが、降りるかと目で訊いた。シーアは扉を開けた。
作業員たちは、近づいてこなかった。少し離れたところで、互いに顔を見合わせている。コルサントの宴席や放送局で向けられた視線とは違った。珍しいものを見る目ではなく、知っている顔を確かめる目だった。
列の中から、年配の女性が一人出てきた。溶接用の前掛けを着けたまま、手袋を脱いでいた。
「若様。大きくなって」
シーアは、その顔を覚えていなかった。女性の方は気にしていないようだった。
「八つの時、お父様とここへ来たでしょう。造船区で機関を開いてたドレッドノートの下で、ずっと船体を見上げてた。私、あの時、あの船の外板を張り替えてたんですよ」
「……覚えてます。船の方は」
女性は笑った。
「船、見に来たんですか」
「はい」
「今は、ここで造ってますよ。あっちの新しい方で。見ていってください」
女性は、新しい区画の方を指した。それから、エレナに気づき、深く頭を下げた。婚礼のことは、この国にももう伝わっているらしかった。
列の後ろで、若い作業員が端末を持ち上げかけ、隣の者に肘で止められていた。シーアは一度頭を下げ、車へ戻った。
車が動き出すと、エレナが窓の外を振り返った。女性は、まだ門の前に立っていた。
「あなたのこと、みんな知ってるのね」
「顔だけは、放送で」
「そうじゃないと思う。あの人は、八歳のあなたを知ってた」
シーアは答えなかった。自分の方は、あの女性の顔を覚えていなかった。この国の人たちは自分を知っているのに、自分はこの国のことを、港の大きさすら知らなかった。
車が止まった先は、一番新しい区画だった。
巨大な船渠が四つ並び、そのうち二つに船体が入っていた。骨組みの段階で、まだ外板は張られていない。だが、その輪郭には見覚えがあった。楔形の船体と、腹部に開いた降着装置の区画。
「プロクラメイター」
「地方艦隊向けの追加建造だ。KDYからの技術供与で、うちの造船所が組み立てる」
アウレリアンは車を降り、二人を船渠の見学通路へ案内した。
シーアは通路の手すりから、船体の骨組みを見下ろした。十一歳の時、カースからカタログを受け取った艦だった。その艦を、自分の国が造っている。予算の説明で何度も数字を並べた、地方艦隊の供給計画の一部として。
エレナが、隣で骨組みを見ていた。
「大きいのね」
「中に入ると、もっと大きく感じる」
「入ったことがあるの?」
「《アシュアランス》に、何度も」
通路の先で、兄が待っていた。その背後の壁に、港の拡張を記念する銘板が掲げられていた。
古い石を模した金属板だった。上段に、サーティネイニアン公王家の紋章。下段に、エリアドゥのヴァルコス家の紋章。その間に、事業の名が刻まれていた。
ヴァラリアン=ヴァルコス共同港湾開発。
シーアは、その下の一行を読んだ。
事業協定締結 C.R.C. 7944
七九四四年。
シーアは、その数字をもう一度読んだ。一度目に読み違えたのではないかと思った。読み違えてはいなかった。
九歳だった。父と一緒にエリアドゥへ行き、ヴァルコス家の広間で、一歳年上の少女と引き合わされた。婚約を確認する書面に、自分の名前を書いた。何の書面なのか、よく分かっていなかった。その夜、セスウェナ・ホールで取締役会が全滅した。翌日、軌道の《タイラント》を見上げて、エリアドゥが船になっていると思った。
同じ年に、この港の協定が結ばれていた。
エレナも、銘板を見ていた。彼女は何も言わなかった。
シーアは、兄の方を向いた。
「兄さん」
「何だ」
「僕は、売られたの?」
アウレリアンは、すぐには答えなかった。
港の音が、通路の外で続いていた。荷役機の唸り、作業員の呼び声、係留索を巻き取る機械の音。兄は、その音を聞いているようだった。
「そうだ」
アウレリアンは言った。
「契約書にお前を担保として書いたわけではない。だが、両家が簡単には手を切れない保証として、お前たちの将来を使った。違うと言うつもりはない」
言い換えも、言い訳もしなかった。十三歳のふりをするな、知らなければ聞け、と弟に言った時と、同じ声だった。
「父上は十一年かけて、昔からあった港の上に、今のお前が見ている港を重ねた。ヴァルコス家は、ハイディアン・ウェイ沿いの港湾と造船の出資者を束ねている。ターキン家とも近い。うちが外縁へ船を出すための中継港を持つには、あの家と組むしかなかった。組むためには、互いに手を切れない保証が要った」
「それが、僕」
「お前と、エレナ殿だ」
兄は銘板を見た。
「工事は、一度も止まらなかった。お前がアカデミーにいる間も、スティアガードにいる間も、ラクサスにいる間も。お前が、船がなければ共和国は届かないと言っている間に、父上は、ここに船を造る場所を造っていた」
シーアは答えなかった。
船がなければ、共和国は届かない。港がなければ、船は動かない。それは、自分が十歳の時から言い続けてきたことだった。父は、それを実行していた。息子の婚約を担保にして。
怒るべきなのかどうか、分からなかった。怒る理由は、自分がずっと言ってきたことの中にはなかった。
「知らなかった」
「知らせなかった。お前が九歳の時には、知らせても意味がなかった。十五の時には、知らせたらお前は反発しただろう。二十になった今なら、分かると思った」
「今日、見せるつもりだった?」
「銘板の前に連れてくるつもりだった。何を言うかは、決めていなかった」
アウレリアンは、エレナの方を向いた。
「エレナ殿。失礼なことを申し上げました」
エレナは首を振った。
「いいえ。私も、知っていましたから」
シーアは、彼女の方を向いた。
*
その夜、父の書斎に呼ばれた。
アルドレンは、窓際の椅子に座っていた。書斎の窓からは、港の灯りがよく見えた。父は、息子が入ってきても、窓の外を見たままだった。
「アウレリアンから聞いた」
「はい」
「銘板を見たそうだな」
「はい」
アルドレンは、ようやく息子の方を向いた。
「弁解はせん」
「分かっています」
「お前を、この港と引き換えにした。お前が九歳の時にだ。それは事実だ」
父は窓の外を示した。
「あの港で、今、何人が働いていると思う」
「……分かりません」
「四万二千人だ。十一年前は、一万人に満たなかった。エリアドゥからの定期便ができて、外縁の修理を受けるようになって、今は地方艦隊の建造もしている。お前が、共和国が来られない場所を共和国と呼べるか、と訊いていた頃から、この国は、来られる場所になろうとしていた」
アルドレンは息子を見た。
「王冠は、コルサントに置いてきた。受け継いだのは、責務だ。私はそれを、お前に何度も言った」
「はい」
「お前も、その一部だった」
シーアは、父の顔を見た。十一年前、エリアドゥの夜にターキンと向き合っていた時と、同じ顔だった。
「婚礼の前の晩に、言ったな。私たちが何を考えて決めたかは、いずれお前も知るだろう、と」
「……はい」
「今夜が、その時だ。そして、あの晩のことを思い出せ。お前は、自分の口で望むと言った。あれは、もう私たちが決めたものではない。お前が決めたものだ。私がこの港を造るためにお前を使ったことと、お前がエレナと結婚したことは、同じではない」
アルドレンは、それ以上何も言わなかった。
シーアは、しばらく立っていた。それから一礼し、書斎を出た。扉を閉める前に振り返ると、父はまた、窓の外の港を見ていた。
*
エレナは、客間の窓辺で待っていた。
窓の外には、同じ港の灯りが見えていた。彼女は椅子を二つ窓の前に並べ、片方に座っていた。シーアが入ってくると、もう片方の椅子を手で示した。
「お父様、何て?」
「弁解はしないって」
「そういう方なのね」
シーアは椅子に座った。港の灯りが、窓の硝子に映っていた。
「いつから知ってたの」
「十五の時。父が、港の出資の書類を机に広げていたの。サーティネイニアンの名前があって、その横に、私の名前があった」
エレナは膝の上で手を組んだ。
「最初は、腹が立った。でも、父に訊いたら、隠さなかった。あなたの家も同じことをしている、って」
「僕には、誰も言わなかった」
「あなたは、コルサントにいたもの。それに、あなたは、船の話ばかりしてたでしょう。港の出資の話なんて、聞かせても聞いてなかったと思う」
シーアは、否定できなかった。
エレナは、窓の外を見ていた。
「私も売られたのよ。あなたと、同じ値段で」
シーアは彼女を見た。エレナは、笑っていた。少しだけ、寂しそうな笑い方だった。
「だから、あなたが今日、銘板の前であの顔をした時、ほっとしたの。私だけじゃなかったって」
「ほっとした?」
「ずっと、一人で知ってたから。あなたに言おうかと思ったこともある。でも、言ったら、あなたは私のことを、港の担保だと思うでしょう」
「思わないよ」
「今なら、そう言えるのよ。今日、一緒に知ったから」
エレナは、椅子の上で身体をシーアの方へ向けた。
「婚礼の日に、登録官にあの文言を入れてもらったのは、そのためよ。当人たちの意思によって。最初に決めたのは、私たちじゃなかった。でも、最後に決めたのは、私たち。私は、それを自分の耳で聞きたかったの」
シーアは、エレナの手を取った。
「僕も、聞いた」
「知ってる。望みますって、ちゃんと言ってた」
二人は、しばらく港の灯りを見ていた。遠くの船渠で、夜勤の溶接の光が、青く瞬いていた。まだ外板のないプロクラメイターの骨組みが、その光の中に一瞬だけ浮かび上がった。
「怒ってる?」
エレナが訊いた。
「分からない」
シーアは正直に答えた。
「港は、いいものだと思う。船がなければ届かないって、ずっと言ってきたのは僕だから。父さんは、それをやった。僕を使って。それが嫌なのか、自分が言ってたことの意味を、今まで分かってなかったのが嫌なのか、分からない」
エレナは、彼の手を握り返した。
「じゃあ、分かるまで、一緒に考えましょう。約束したでしょう。眠れない夜のことは、私に先に話すって」
「……うん」
「今夜は、眠れそう?」
「たぶん、無理」
「なら、ちょうどいいわ。私も」
エレナは、窓の外を指した。
「あの青い光、何?」
「溶接。外板を張る前に、骨組みを繋いでる」
「一晩中?」
「たぶん。港は、夜も止まらないから」
シーアは、その光について説明を始めた。どうして夜に作業するのか、どの順番で外板を張るのか、完成までどのくらいかかるのか。エレナは、途中で何度か質問をした。船の話ばかりしている、と言われた相手に、船の話をしていた。
窓の外が白み始めるまで、二人は話し続けた。
*
C.R.C. 7955.114 サーティネイニアンからコルサントへ
帰りの船で、アウレリアンは元老院の資料を読んでいた。
会期が再開すれば、共和国軍の創設法が採決にかけられる。司法軍を改編し、地方艦隊を含めた統一の軍を置く法案だった。ラクサスの決裂の後、採決は急に前倒しされていた。
「反対派の中心は、アミダラ議員だ。着陸場で船を爆破された」
「ニュースで見た。無事だったって」
「本人はな。囮の護衛が一人死んだ。今は、ジェダイの護衛を付けてナブーへ戻っている」
兄は資料をめくった。
「護衛に付いたのは、ケノービの弟子だそうだ。若いパダワンだと聞いた」
シーアは顔を上げた。
「アナキンだ」
「知り合いか」
「友達。婚礼に来られないって、連絡が来てた。任務が入ったって」
アウレリアンは、少しだけ口元を緩めた。
「それは、断る理由としては上等だ」
シーアも笑った。アナキンは、ジェダイの任務について詳しく書いてきたことが一度もなかった。今度の任務も、たぶん、帰ってきてから少しだけ話してくれるのだろう。整備区画で、袖を黒くしながら。
窓の外で、星の光が長く伸びていた。隣の席では、エレナが眠っていた。昨夜も、ほとんど眠っていなかった。
*
C.R.C. 7955.116 コルサント軌道、第三艦隊泊地
カースから写真が届いたのは、サーティネイニアンを発つ前の晩だった。
灰色一色の艦が、クワットの船台を離れるところだった。約束どおり、塗装の前に撮ったものだった。段をなして積み上がった上部構造、その頂に据えられた幅の広い艦橋。外板を覆う下地の灰色の中に、継ぎ目も区画番号も沈んでいた。
《ハービンジャー。灰色のうちに》
添えられていたのは、その一行だけだった。
同じ艦が、今、シーアの目の前にあった。
搭載艇の窓の向こうで、艦は泊地の係留設備に抱かれていた。写真で見たのと同じ形だった。だが、色が違った。艦首から艦尾へ、赤い帯が走っていた。ヴェネターと同じ、共和国の赤だった。艦橋の脇には、共和国の紋章が描かれていた。
灰色は、どこにも見えなかった。
就役式は、艦の格納区画で行われた。主格納庫を持たない砲戦艦で、式に使えるほど広い区画は、補給品の搬入区画しかなかった。そこに椅子が並べられ、軍と政府の関係者が座っていた。シーアは、ターキンの隣に席を与えられていた。
最高議長が、艦の就役を宣言した。
短い演説だった。新しい時代の先触れとして、この艦は共和国を守る、と議長は言った。拍手が起きた。シーアも拍手をした。カースの写真の灰色が、頭の隅に残っていた。
式が終わると、ターキンがシーアの肘に触れた。
「議長が、艦橋で待っておられる」
*
艦橋は、広かった。
段の頂に据えられた構造の中に、指揮区画が横へ長く伸びていた。艦長席の周りに、航空と砲戦の調整席が並んでいる。同じ場所で、艦と航空の責任者が話せる配置だった。二年近く前、ヴェネターの試験記録に自分が書き添えた所見が、この形になっていた。
窓の向こうに、コルサントの夜の側が見えた。都市の灯りが、惑星の曲面いっぱいに広がっていた。
パルパティーンは、窓の前に立っていた。
「ここからの眺めは、気に入ったかね」
「はい。……高いですね」
「君は、高い艦橋が好きだと聞いた」
議長は穏やかに笑った。シーアも笑い、窓の前へ並んだ。ターキンは、艦橋の入口に残っていた。
「ラクサスのことは、残念だった」
パルパティーンは言った。
「君たちの仕事は、立派なものだった。オーガナ議員も、リンド代将も、そう報告している。条約が壊れたのは、君たちのせいではない」
「……ありがとうございます」
「だが、壊れたのには、理由がある」
議長は、窓の外の都市を見ていた。
「連合は、条約を必要としなかった。条約を結べば、連合は共和国と対等な国になる。それは、彼らが望んだことのはずだ。それでも、最後に彼らは、条約より別のものを選んだ。なぜだと思う」
シーアは考えた。ドゥークーの言葉を思い出した。条約で与えられたものは、条約で取り上げられる。
「条約では、自分たちを守れないと思ったから、だと思います」
「そうだ。そして、共和国も同じなのだよ」
パルパティーンは、シーアの方を向いた。
「共和国は、千年、条約と協定で星々を繋いできた。税を払い、代表を送り、協定を結ぶ。それで、自分たちが共和国だと思ってきた。だが、君はスティアガードで見ただろう。ラクサスでも見た。星々は、払っていても、属してはいない。共和国のために何かを差し出したことが、一度もないからだ」
議長の声は、低く、静かだった。
「私は、もう戦争に踏み切るべきだと思っている」
シーアは、議長の顔を見た。
聞き違えたのではないかと思った。聞き違えてはいなかった。
「戦争を、望んでおられるのですか」
「望んではいない。だが、避けられないものを避けようとして、共和国はここまで弱った。ならば、避けられないものを、使わねばならない」
パルパティーンは、窓の外へ手を向けた。コルサントの灯りが、その手の向こうに広がっていた。
「古い共和国は、もう自分の重さを支えられない。一度壊れなければ、作り直すことはできないのだよ。戦争で、共和国を作り直すのだ。銀河を」
シーアは、窓の外を見た。
その時、頭のどこかで、何かが動いた。
知らない光景だった。石畳の広場に、人が溢れている。誰も制服を着ていない。手に持っているのは、古い形の銃だった。旗が揺れていた。三つの色の旗だった。誰かが歌っていた。言葉の意味は分からなかった。ただ、その歌の中に、武器を取れ、と呼びかける響きがあることだけが分かった。市民よ、と。
エリアドゥで、光る剣を見た時と同じだった。顔も名前も、思い出せなかった。ただ、その光景が、何を意味しているのかだけは、分かる気がした。
払うだけで属していなかった者たちが、自分の手で守ることを選んだ時、国ができる。王でも、議会でも、条約でもなく、同じものを守るために同じ代価を払った人々が、国になる。
戦争で、作り直す。
シーアは、議長を見た。
「銀河の人々が、自分たちで守ることを選ぶ戦争なら」
言葉は、自分でも驚くほど静かに出た。
「払うだけではなく、自分たちの手で守る。そういう戦争になるなら、その後の共和国は、今とは違うものになる。星々が、本当に共和国に属するようになる」
パルパティーンは、しばらく彼を見ていた。
それから、微笑んだ。
「そうだとも」
議長は言った。
「銀河の人々が、同じものを守るために同じ代価を払う。その時に初めて、共和国は名前ではなくなる。戦争が終わる時、銀河は今と同じ形ではない。君の言うとおりだ」
シーアは頷いた。胸の奥が、熱かった。
スティアガードで、ラクサスで、ずっと探していた答えが、ここにあるような気がした。共和国が来られない場所を、共和国と呼べるのか。呼べない場所を、どうすれば共和国にできるのか。条約では、できなかった。協定でも、できなかった。人々が自分で選ぶ以外に、方法はなかったのだ。
パルパティーンは、窓の前を離れた。艦長席の方へ歩き、そこで振り返った。
「君に、任せたい部隊がある」
「ターキンさんから、カリダと伺いました」
「そうだ。長距離作戦部隊、TF-35。司令官として、編成から任せる。艦を選び、人を選び、出す時刻を決める。君の部隊だ」
議長は、艦橋の入口に立つターキンを見た。ターキンは、何も言わずに頷いた。
「戦争が始まれば、共和国は、君のような者を必要とする。数えることのできる者を。何隻が、どこへ、いつ来られるかを知っている者を」
グリーヴァスの声を思い出した。数字を並べて、戦争の代わりにする。その数字が、ここでは必要とされていた。
「お受けします」
シーアは言った。
パルパティーンは、満足そうに頷いた。
「それと、もう一つ」
パルパティーンは、艦長席の背もたれに手を置いた。
「この艦を、TF-35へ回す」
シーアは、すぐには意味が分からなかった。
「ハービンジャーを、ですか」
「テクター級の一番艦だ。本来なら、試験を終えてから中央の艦隊へ配属する予定だった。だが、君の部隊には旗艦が要る。そして、この艦橋の形を決めたのは、君の所見だと聞いている」
議長は、艦橋の中を見渡した。横へ長く伸びた指揮区画、艦長席の周りに並ぶ調整席。
「君が形を決めた艦橋だ。君が使うのが、ふさわしい。私からの、ささやかなプレゼントだと思ってくれたまえ」
シーアは、艦橋の入口を見た。ターキンが、そこに立っていた。表情は変わらなかったが、一瞬だけ、議長の方へ視線を動かしたように見えた。
「……光栄です」
「艦は明日、クワットの運用試験員を乗せたまま、カリダへ回航する。試験はまだ残っているからね。君は明後日、後から着任したまえ。辞令は、ターキンが用意している」
*
艦橋を出る時、シーアはもう一度、窓の外を見た。
コルサントの灯りの手前に、艦の艦首が伸びていた。窓の縁から見える外板に、赤い帯の端が映っていた。塗装はまだ新しく、照明の光を艶やかに返していた。
カースの写真では、その場所は灰色だった。
塗料は、何年かごとに剥がして塗り直すものだ。シーアは、なぜかそんなことを考えた。考えてから、それがなぜ頭に浮かんだのか、自分でも分からなかった。
ターキンが、艦橋の入口で待っていた。
「辞令だ」
差し出された文書を、シーアは受け取った。司法軍長距離作戦部隊TF-35司令官。拠点、カリダ。着任、七九五五年一一八日。旗艦の欄には、艦名が一つだけ記されていた。テクター級スター・デストロイヤー、ハービンジャー。その下に、小さな字で注記がある。KDY運用試験員、乗艦継続。
「議長は、君に期待しておられる」
「はい」
「期待されることと、期待どおりにすることは、同じではない」
ターキンは言い、先に通路を歩き出した。シーアは、その言葉の意味を訊こうとした。訊く前に、ターキンは昇降機の中へ消えていた。
*
宿舎へ戻ると、エレナが待っていた。
サーティネイニアンから一緒にコルサントへ来ていた。明後日、シーアがカリダへ発った後、彼女はエリアドゥへ戻る。劇場の次の公演の準備があるのだという。
「どうだった?」
「辞令をもらった。カリダ。明後日。……艦も、もらった」
「艦?」
「今日、就役式に出た艦。議長が、TF-35の旗艦にするって。プレゼントだって」
エレナは、少しの間、黙っていた。
「議長から、艦を」
「うん」
「贈り物には、理由があるものよ」
エレナは言った。責める声ではなかった。
「私たちの家が、それを教えてくれたばかりでしょう」
シーアは、銘板の前で読んだ数字を思い出した。七九四四。それから、艦橋で議長が言った言葉を思い出した。君が形を決めた艦橋だ、君が使うのがふさわしい。
「理由は、聞いた。僕が艦橋の形を決めたからだって」
「そう」
エレナは、それ以上言わなかった。
シーアは上着を脱ぎ、椅子に掛けた。エレナは、彼の顔を見ていた。
「それだけじゃないでしょう」
シーアは、少し迷った。それから、エレナの隣に座った。約束したのだ。先に話す、と。
「議長が、戦争になるって言った。戦争で、共和国を作り直すって」
エレナは、黙って聞いていた。
「それを聞いた時、分かる気がしたんだ。人が、自分で守ることを選んだら、国になるって。どこで知ったのか分からない。でも、分かった」
「あなたは、それを望んでるの?」
「戦争を望んでるわけじゃない。でも、もし避けられないなら、その戦争が、そういうものになればいいと思う」
エレナは、しばらく何も言わなかった。
「議長は、あなたと同じことを考えてるの?」
「そうだとも、って言ってた」
エレナは頷いた。それから、シーアの手を取った。
「話してくれて、ありがとう」
「約束したから」
「うん。……明後日の朝、見送りに行くわ」
「港まで?」
「港まで」
シーアは、エレナの手を握った。窓の外で、コルサントの夜の交通が流れていた。どこかの泊地で、赤い帯を巻いた灰色の艦が、明日の出港を待っていた。
エレナは、議長の言葉について、それ以上何も訊かなかった。シーアも、それ以上話さなかった。ただ、彼女の手が、さっきより少しだけ強く、自分の手を握っていることに気づいていた。