STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
C.R.C. 7955.118 カリダ軌道
カリダの防衛泊地は、惑星の昼の側にあった。
コロニーズ、カリダ星系。パーレミアン・トレード・ルートからコアへ向かう支線の脇に位置する、古い兵站の星だった。共和国がまだ軍を持っていた頃から、補給と教育の拠点として使われてきた。二つの太陽に照らされた地表には、険しい山脈と、その間に点在する訓練施設が見える。山の中腹に張り付くように建つ大きな石造りの建物が、カリダの士官学校だった。
連絡艇の窓から、シーアは泊地の艦影を数えた。
ドレッドノートが五隻。プロクラメイターが一隻。そして、泊地の外側に、まだ見慣れない艦影が三つあった。二隻は、上面に長い飛行甲板を開いた楔形の艦。ヴェネターだった。試験記録で何度も見た形だった。もう一隻は、もう少し小さく、艦首の砲座が密に並んでいる。レンディリの新型、プロヴォケイターだった。
その向こうに、ハービンジャーがいた。
赤い帯を巻いた船体が、泊地の係留設備に抱かれていた。コルサントで見た時と同じ形だった。段をなして積み上がった上部構造の頂に、幅の広い艦橋が据えられている。カリダの太陽の光を受けて、赤い帯が鈍く光っていた。
「あれが、旗艦ですか」
隣の席の随員が言った。コルサントから同行してきた、司令部付きの若い士官だった。
「そう」
「大きいですね。ほかのどの艦よりも」
シーアは頷いた。大きかった。そして、この泊地にいるどの艦とも、形が違っていた。
*
格納区画へ降りると、出迎えの列が並んでいた。
艦長代理を務める士官が敬礼し、乗員の代表を紹介した。本来の艦長は、中央艦隊からの配属を待っているという。それまでは、試験運用の責任者が艦を預かっていた。
列の端に、一人だけ制服の違う者がいた。
KDYの作業服の上に、技術士官の階級章を仮に留めている。若い女性だった。シーアより一つか二つ年下に見えた。髪を後ろで短く束ね、手には試験記録の端末を抱えている。紹介の順番が来ると、彼女は端末を脇に挟み、敬礼ではなく会釈をした。
「KDYから出向しています。運用試験員、リラ・ブリセックスです。技術士官として乗艦を認められています」
「ブリセックス」
シーアは、その名を聞き返した。
「テクター級の設計主任と、同じ名前ですね」
「父です」
リラは、あっさりと答えた。
「父は、式典には出ました。私は、別の区画で試験の当番でした。だから、この艦の試験に入れてほしいと、上司に三回頼みました」
「三回」
「二回目までは、断られました」
出迎えの列の何人かが、笑いを堪えた。リラは気にした様子もなく、端末を抱え直した。
「司令官。お会いしたら、一つお訊きしたいことがありました」
「何ですか」
「艦橋の配置について所見を書かれたのは、あなたですね。ヴェネターの試験記録に」
「はい」
「あの所見のおかげで、艦橋の内部が一度全部組み直されました。父は三晩、家に帰りませんでした」
シーアは、どう返せばいいか分からなかった。
「……すみません」
「謝っていただく話ではありません。いい所見でした。艦と航空の責任者が同じ場所で話せる配置は、正しいと思います」
リラは、少し間を置いた。
「ただ、あの高さは、私は反対でした」
「高さ?」
「艦橋が高すぎます。見晴らしはいいです。でも、上部構造の一番上に、一番大事な区画が突き出ている。撃つ側から見れば、分かりやすい的です」
シーアは、格納区画の天井を見上げた。この上に、あの艦橋がある。
「高いのは、好きなんです」
「知っています。放送で拝見しました」
リラは真面目な顔で言った。
「撃つ側も、きっと好きです」
今度は、出迎えの列の誰も笑いを堪えなかった。艦長代理が咳払いをし、シーアも笑った。リラだけが、笑わずに端末を見ていた。自分の言ったことが冗談だとは、思っていないらしかった。
「艦橋を案内していただけますか。試験員の方に」
「喜んで。防護の強化案も、お見せします。父には、まだ見せていません」
*
艦橋は、コルサントで見た時と同じだった。
横へ長く伸びた指揮区画、艦長席の周りに並ぶ調整席。窓の外には、カリダの山脈と、泊地の艦影が見えた。違うのは、席に人がいることだった。試験運用の乗員が、それぞれの席で機器の確認を続けていた。
リラは、艦橋の後部にある技術区画へシーアを案内した。壁一面に、試験の記録が表示されていた。機関、兵装、シールド、航法。項目の横に、完了と未完了の印が並んでいる。
「未完了が、まだ三割あります」
「戦闘に出せますか」
シーアが訊くと、リラは表示を見たまま答えた。
「出せます。でも、出したら、残りの三割は戦闘の中で試験することになります。それを試験と呼ぶかどうかは、司令官が決めてください」
シーアは、未完了の項目を一つずつ読んだ。艦橋の防護、予備の火器管制、長距離航行時の機関の負荷。どれも、今すぐ艦が動かなくなる項目ではなかった。どれも、一度の戦闘で問題になる可能性のある項目だった。
「父上は、この艦のことを、何と言っていましたか」
リラは、少しだけ手を止めた。
「完成した日に、写真を送ってくれました。灰色のうちに撮ったものです。それから、この艦は自分より長く飛ぶだろう、と」
「いい言葉ですね」
「父は、少し怖がっていました。自分の作った艦を」
リラは、窓の外の泊地を見た。
「私は、怖くありません。この艦が好きです。父が怖がる理由は、私にはまだ分からない。分からないうちは、好きでいようと思っています」
シーアは、彼女の横顔を見た。父親と同じ艦を見て、違うことを考えている顔だった。
「僕も、好きです」
「知っています」
リラはそう言って、ようやく少しだけ笑った。
*
C.R.C. 7955.119 カリダ防衛泊地、司令部会議室
会議室は、泊地の中央にある古い管制塔の中にあった。
窓から、並んだ艦影がよく見えた。卓の周りに、指揮官たちが座っていた。カリダ防衛艦隊の司令、ドレッドノート各艦の艦長、そして、シーアの名簿に載る四隻の艦長たち。
プロクラメイター《アシュアランス》艦長、トーリン。
ヴェネター《レゾナンス》艦長、ハラ・ディム。ヴェネター《ヴァンガード》艦長、オーレル・サンス。プロヴォケイター《ヴェリタス》艦長、ケン・マドック。
トーリンが、卓の向かいからシーアを見ていた。ラクサスからの帰りに、艦橋で別れて以来だった。
「また会ったな、コマンダー」
「今は、まだコマンダーです」
「辞令は見た。TF-35司令官。……艦を動かす判断は、今度は君がする」
ラクサスへ向かう前、トーリンは言った。艦を動かす判断は私がする、と。同じ言葉を、今度は向きを変えて返されていた。
カリダ防衛艦隊の司令は、年配の司法代将だった。名をヴェラン・コスと言った。白髪を短く刈り、背筋を伸ばして座っている。シーアが着席すると、彼は手元の資料を開いた。
「まず、確認しておく。君の麾下の四隻は、名簿上は、まだカリダ防衛艦隊の所属だ」
「承知しています」
「TF-35という部隊は、現時点では、司令部と旗艦しか持たない。四隻が君の指揮に入るのは、特定事態行動が発動された時だ。それまでは、私の艦隊の艦だ」
コスの声に、敵意はなかった。ただ、自分の艦を他人に預けることになる者の、硬さがあった。
「その特定事態行動を、今日、再確認したい」
卓の上に、計画書が表示された。
特定事態行動。共和国の領域またはその利害に対して、組織的な武力攻撃が行われた場合、あるいはその明白な危険がある場合に、各部隊が事前の命令なしに取る行動を定めた計画だった。第一号から第七号まであり、それぞれに想定する事態と、発動の条件、各部隊の行動が記されていた。
TF-35に関わるのは、第三号だった。
アナクセス方面における連合軍の組織的侵攻。発動時、TF-35はカリダ防衛艦隊より指定艦の編入を受け、アナクセスへ前進し、同基地の防衛を支援する。
「発動から出港までの時間は」
ヴェネターの艦長、ディムが訊いた。
「現行計画では、十二時間」
コスが答えた。
「短縮できますか」
シーアが言った。卓の視線が、彼に集まった。
「ラクサスの交渉で、アナクセス周辺の連合艦の配置を二年間数えていました。前進配備の附属書で、双方が維持すると約束した離隔距離があります。連合がそれを破って前進した場合、アナクセスの支援基地に残された時間は、艦が監視位置から攻撃位置へ移るのに要する時間です。《ヴィジル》の運動記録から見積もると、十時間前後」
シーアは、アナクセスの離隔図を表示した。ヘインが送ってきた数字が、そのまま残っていた。
「十二時間後に出港しても、到着する前に基地の支援区画は失われます。出港を八時間まで縮めたい」
コスは、しばらく図を見ていた。
「八時間で、ヴェネターの航空隊を揃えられるか」
ディムとサンスが、顔を見合わせた。
「補給が先に済んでいれば、可能です。今は、搭載機の一部を地上の訓練に出しています」
「では、それを今日中に戻す」
シーアが言った。
「特定事態が発動されるかどうかは分かりません。されなければ、訓練の予定が崩れるだけです。されれば、四時間を取り戻せる」
マドックが、手元の端末に何かを書き込んだ。プロヴォケイターの艦長は、今まで一言も発していなかった。
「《ヴェリタス》は、就役から二か月です。乗員の半分は、カリダの士官学校を今年出たばかりです」
「八時間で出られますか」
「出られます。出た後のことは、保証できません」
正直な答えだった。シーアは頷いた。
「それを、計画に書いてください。出港は八時間。ただし、《ヴェリタス》は、到着後の最初の任務を後方の護衛とする」
修正は、午後まで続いた。
救難の回線を、発動後も維持すること。ラクサスで作った合同調整室の窓口を、戦闘中でも使える連絡先として残すこと。拘束者と負傷者の扱いを、帰還協定の手順に揃えること。シーアがそれを加えるたびに、コスは眉を寄せた。
「戦争になっても、向こうと話す窓口を残すのか」
「戦争になれば、捕虜が出ます。死者も出ます。それを返す窓口は、戦争の前に作っておかないと、戦争の中では作れません」
ドゥークーが言ったのと同じことを、自分が言っていることに、シーアは気づいた。窓口は残したまえ。これから、あれが要る。
コスは、しばらく黙っていた。それから、修正案に署名した。
「君がラクサスで何をしていたのか、少し分かった気がする」
*
休憩の間に、会議室の外の通路で、艦長たちが話していた。
「ジェダイ・オーダーが、大挙して出発したらしい」
サンスが言った。コルサントの港にいる知人から、連絡が来たのだという。
「大挙して?」
「聖堂から、何十隻もの輸送船が出た。行き先は分からない。評議会の主だった者が、ほとんど乗っていたそうだ」
「ジェダイが、そんな数で動いたことがあるか」
「私の知る限り、ない」
ディムが言い、通路の窓の外を見た。泊地の艦影の向こうに、カリダの太陽が傾いていた。
シーアは、アナキンのことを考えた。婚礼に来られないと連絡してきた友人は、アミダラ議員の護衛に就いていたはずだった。ナブーへ戻った議員と一緒に、今もそこにいるのか。それとも、聖堂を出た輸送船のどれかに乗っているのか。
端末を開き、短い文を書きかけた。無事か、と。
送る前に、トーリンが通路へ出てきた。手に、情報部門からの速報を持っていた。
「もう一つある。これは、確認が取れた情報だ」
トーリンは速報を読み上げた。
「カミーノで、共和国のためのクローン軍団が存在することが確認された。数は、少なくとも二十万。訓練を終え、装備を与えられた状態で、既に出動の準備ができている」
通路が静かになった。
「クローン軍団?」
サンスが繰り返した。
「共和国の、軍団だと? 誰が発注した」
「分からない。十年前に、ジェダイの一人が発注したという話がある。確認は取れていない」
シーアは、トーリンの手元の速報を見た。
二十万。
ラクサスで、二年間数えてきた。連合の艦を、ドロイドを、企業の保安艦を。共和国の艦も、保管中のドレッドノートも、建造中の試作艦も。記載のないものを、戦力もないものとして計算はできない。そう言って、テクター級の寸法まで出させた。
その二年間、どの附属書にも、どの欄にも、二十万のクローンは載っていなかった。
「カミーノ」
シーアは、その名を口の中で繰り返した。聞いたことのない星だった。どこにあるのかも知らなかった。
ふと、カースのことを思い出した。ハービンジャーの寸法を出してくれた時の、三日間法務に恨まれたという苦笑。灰色の写真だけを送ってきた、短い一行。
なぜ、今、カースを思い出したのか。自分でも分からなかった。
端末の中で、アナキンへの書きかけの文が、送られないまま残っていた。シーアは、それを送った。無事か、と。
返事は来なかった。
*
その夜、シーアは司令官室で、エレナへの通信を開いた。
エリアドゥは、まだ夕方だった。劇場の控室にいるらしく、背後で衣装を運ぶ者たちの声がしていた。エレナは画面の向こうで椅子を引き寄せ、座り直した。
『眠れないの?』
「まだ、寝る時間じゃない」
『でも、眠れなさそうな顔をしてる』
シーアは、少し笑った。約束したのだ。眠れない夜のことは、先に話す、と。
「クローンの軍団があったんだ。二十万。カミーノっていう星で、十年前から」
エレナは、黙って聞いていた。
「ラクサスで、二年間、全部数えてきた。向こうの艦も、こっちの艦も。記載のないものは、ないものとして数えられないって、僕が言った。その間、二十万のクローンは、どこにも載ってなかった」
『あなたは、知らなかったのね』
「知らなかった」
『知ってた人は、いたのね』
シーアは、答えられなかった。
エレナは、しばらく何も言わなかった。それから、画面に少し顔を寄せた。
『話してくれて、ありがとう。……明日も、眠れなかったら、また話して』
「明日は、たぶん忙しい」
『忙しくても、よ』
通信を終えた後、シーアは司令官室の窓から、泊地の艦影を見ていた。カリダの夜の側で、ハービンジャーの赤い帯が、泊地の照明を受けて黒く見えた。
*
C.R.C. 7955.120 ハービンジャー
司令部区画の壁面に、元老院の議場が映っていた。
臨時の会期だった。議員たちの席は、ほとんど埋まっていた。ジオノーシスで連合の大軍が確認されたという報告が、朝から繰り返し流れていた。ケノービというジェダイが、捕らえられる直前に送った通信だという。
ナブーの代表席で、一人の議員が立ち上がった。アミダラ議員の代理だという。
グンガンの代表だった。長い耳を揺らし、少し緊張した声で、最高議長に緊急の権限を与える動議を提出した。連合の軍に対抗するため、議会の審議を待たずに軍を動かせる権限を。
議場が、どよめいた。
拍手が起きた。反対の声も上がった。だが、拍手の方が大きかった。
シーアは、画面の中の議場を見ていた。何年も、兄の隣で見てきた議場だった。予算の費目を一つずつ分け、協定の条件を一行ずつ詰めてきた場所だった。その場所で、一つの動議が、拍手で押し流されていく。
最高議長が、演壇に立った。
パルパティーンは、深い溜息をつくように、議場を見渡した。与えられる権限を、自分は望んでいない。だが、共和国を守るために、引き受ける。危機が去れば、この権限は必ず議会へ返す。
そう言った後、議長は続けた。
権限を与えられた最初の行為として、共和国の大軍を創設する。分離主義者たちの脅威に対抗するために。
議場が、もう一度、拍手に包まれた。
共和国の大軍。
シーアは、その言葉を聞いた。ハービンジャーの艦橋で、議長から聞いた言葉を思い出した。銀河の人々が、同じものを守るために同じ代価を払う。その時に初めて、共和国は名前ではなくなる。
だが、議長が今、大軍と呼んでいるものの中身を、シーアは昨日、通路で聞いたばかりだった。
二十万の、クローン。
誰も、自分で選んでいない軍だった。
胸の奥で、何かが小さく軋んだ。それが何なのか、シーアにはまだ分からなかった。分からないまま、画面の中の拍手を見ていた。
扉が開いた。
「司令官。お茶を、お持ちしました」
若い士官が、盆を持って立っていた。今年、カリダの士官学校を出たばかりの少尉だった。名札には、ノア・ケレンとある。司令部付きとして、昨日配属されたばかりだった。
盆の上のカップから、柑橘の香りがした。
シーアは、カップを受け取った。一口飲んだ。濃い黒茶に、柑橘の皮。何も入っていなかった。
「アール・ヴェロス」
「はい。お好きだと伺いましたので」
「誰から?」
ケレンは、少し顔を赤くした。
「放送で、です。ラクサスからの特集の時に、司会の方と話されていたので。何も入れずに飲まれる、と」
シーアは、カップを見た。いつも、この茶を何も訊かずに出してくれたのは、ホテルの店員と、リヴィアだった。エレナには、まだ話していなかった。自分の茶の好みが、放送を通じて、会ったこともない少尉にまで届いていた。
「ありがとう。おいしい」
「光栄です」
ケレンは嬉しそうに言い、一歩下がった。
その時、司令部区画の通信卓が鳴った。
*
二つの通知が、続けて届いた。
一つ目は、人事通知だった。
略式任官。共和国軍創設に伴い、司法佐官アレクシアール・ヴァラリアンを、共和国グランドアーミー代将に任ずる。
司法軍長距離作戦部隊TF-35は、カリダ防衛艦隊より指定艦《アシュアランス》《レゾナンス》《ヴァンガード》《ヴェリタス》の編入を受け、共和国グランドアーミーTF-35として再編成する。旗艦、ハービンジャー。
シーアは、通知を二度読んだ。
それから、自分の端末の奥にある文書を開いた。コルサントで辞令を受け取った時、ターキンから別に渡された封筒の中身だった。万一の場合の人事案として、目を通しておくように、と言われていた。
二つを並べた。
同じだった。文言も、艦名の順番も、句読点の位置まで。案の方には、日付の欄が空いていた。今届いた通知には、今日の日付が入っていた。違いは、それだけだった。
案の作成日を見た。七九五五年、〇八一日。
ラクサスで、最後の括弧が閉じる六日前だった。
シーアは、しばらくその数字を見ていた。万一の場合の人事案。軍は、いつも最悪の事態に備えて、案を用意しておくものだ。交渉がまとまっても、まとまらなくても、案は案として引き出しに入っている。そういうものだ。
そう考えると、筋は通った。
二つ目は、暗号通信だった。
ケレンが下がるのを待って、シーアは認証を入れた。最高議長府、共和国軍統合司令部の連名だった。
特定事態行動第三号、発動。
ジオノーシスにおける連合軍の組織的な武力行使に鑑み、非常事態宣言に基づき、各部隊は事前計画に従って行動を開始せよ。
その下に、アナクセスからの報告が添付されていた。
基地外縁で監視を続けていた連合艦のうち、レキューザント級《ヴィジル》を含む三隻が、前進配備の附属書で定めた離隔位置を離れ、支援基地の方向へ移動を開始。同方面の連合艦隊の増強を確認。監視艦《ノースウィンド》艦長ヘインより、支援を要請。
ヘインの名があった。
あの艦長は、今も、同じ場所で同じ艦を見ているのだ。助かった、と一言添えた報告を送ってきた人が、今度は支援を要請していた。
さらに下に、発動の根拠が列記されていた。
非常事態宣言。共和国軍創設令。そして、最後の一行。
地方艦隊付属協定、附則第三条。最高議長が非常事態を宣言した場合、当該艦隊の作戦指揮は、宣言の時点で中央の軍へ移る。
シーアは、その一行を読んだ。
議長府の閲覧室で見つけた附則だった。セクター政府の指定を要しない、と書かれていた附則。ターキンが反対し、議長が簡単に許可を出し、自分がラクサスの卓でヴェルンに差し出した附則だった。
あの時、出さなければ、条約が発効した後で、こちらが違反したことになる、と言った。見つかるのは、たぶん最初に戦争が起きた時だ、と。
最初の戦争が、今日、起きていた。
附則は、隠されていなかった。自分が出したからだ。相手も知っていた。自分が出したからだ。そして、附則は、書かれたとおりに発動した。誰にも隠されず、誰にも止められずに。
カリダ防衛艦隊の四隻が、今、この一行によって、自分の指揮下に入っていた。
シーアは、通信を閉じた。
カップの茶が、まだ温かかった。一口飲んだ。ラクサスで二年間、冷めた茶ばかり飲んでいた。温かいうちに飲めたのは、久しぶりだった。
*
司令部区画を出ると、ケレンが通路で待っていた。
「司令官。艦橋へ上がられますか」
「うん。一緒に来て」
昇降機に乗ると、ケレンは少し緊張した顔で、階数の表示を見ていた。
「少尉は、カリダの出身?」
「はい。この星で生まれて、この星の士官学校を出ました」
「家族は?」
「山の向こうの村に、両親がいます。昨日、配属の報告をしました。父は、共和国の軍に入るのかと、喜んでいました」
ケレンは、少し言葉を切った。
「カリダは、軍の創設法に賛成していました。この星の人は、みんな、共和国が自分の軍を持つことを望んでいたんです。私も、そうでした」
シーアは、少尉の横顔を見た。
この星の人は、自分で選んでいた。共和国の軍を望み、そのために自分の息子を士官学校へ送っていた。払うだけではなく、差し出していた。
その軍の前線に立つのは、二十万のクローンだった。
「……いい星だね」
シーアは言った。ケレンは、嬉しそうに頷いた。
昇降機が止まった。
*
艦橋には、全員が揃っていた。
横へ長く伸びた指揮区画の、それぞれの席に、乗員が着いていた。試験運用の乗員と、昨日までにカリダから配属された乗員が、同じ区画に並んでいた。技術区画の前には、リラが立っていた。端末を胸に抱え、シーアが入ってくるのを見ていた。
窓の外に、泊地の艦影が見えた。
《アシュアランス》。《レゾナンス》。《ヴァンガード》。《ヴェリタス》。四隻の艦橋にも、今頃、同じ通知が届いているはずだった。
通信士官が、全艦への回線を開いた。
「司令官。全艦、受信しています」
シーアは、艦長席の横に立った。
艦橋が静かになった。窓の外の太陽が、艦首の赤い帯を照らしていた。その赤の下にある灰色を、シーアは知っていた。カースが、灰色のうちに撮っておいてくれたからだ。
グリーヴァスの声を思い出した。数字を並べて、戦争の代わりにする。
代わりには、ならなかった。
だから、今度は数えた数字で、戦争をする。何隻が、どこへ、いつ来られるか。アナクセスへ、ヘインのところへ、八時間で。
シーアは、息を吸った。
「これより、共和国グランドアーミーTF-35は、予定通りアナクセス方面に向け8時間後に出発する」
艦橋の誰かが、復唱した。回線の向こうで、四隻の艦橋から、受領の声が続けて返ってきた。
トーリンの声が、最後だった。
『《アシュアランス》、受領。……了解した、代将』
シーアは、窓の外を見た。
泊地の艦影が、一隻ずつ、出港準備の灯りを点け始めていた。