STAR WARS: STAR DESTROYER   作:あーくわいてんず

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ロングレンジ・パトロール

 銀河は、燃えている!

 

 ジオノーシスの戦いから二十日。独立星系連合の大軍は、ミッド・リムからアウター・リムの全域で、一斉に攻勢へ転じた。

 

 ドロイドの軍勢が、共和国の星々を次々に呑み込んでいく。ジェダイの将軍たちとクローンの兵士たちは、各地で懸命の防戦を続けている。

 

 だが、戦線は広すぎた。

 

 アンテメリディアン宙域の片隅で、ただ一つ、共和国の小さな艦隊が敵の前進泊地を焼いた。

 

 その艦隊に今、新たな命令が下ろうとしていた――

 

 *

 

C.R.C. 7955.141 アナクセス、共和国艦隊支援基地

 

 統合作戦本部からの状況図は、夜の当直の間に届いていた。

 

 シーアは朝の最初の仕事としてそれを開いた。ハービンジャーの司令部区画の卓いっぱいに、銀河の星図が広がる。共和国の星系は青、連合の星系は赤、戦闘が続いている星系は黄色で示されていた。

 

 二十日前の図と、並べて表示した。

 

 赤が増えていた。

 

 ミッド・リムの南で、三つのセクターがまとめて赤に変わっていた。アウター・リムでは、黄色の点が連なって線になり、その線が少しずつ内側へ寄っている。パーレミアン・トレード・ルートに沿って、赤い点が幾つもの中継星系を飛び越えて並んでいた。

 

「ここ二十日で連合側に落ちた星系は、確認できただけで四十一です」

 

 情報担当の士官が言った。声は報告の書式どおりに平らだった。

 

「うち十七は一度こちらが奪い返した後で、また落ちています。クローン部隊が次の戦場へ移った後、星系防衛隊だけでは持ちこたえられなかった」

 

 シーアはその十七の星系を一つずつ見た。

 

 青に変わり、また赤に戻った点だった。ジェダイとクローンが降り、ドロイドを追い払い、勝利が報じられる。クローンが去る。数日後、連合の艦が戻ってくる。残っていた防衛隊の報告が途中で途切れる。

 

「任務部隊の損失は」

 

「TF-12、TF-19、TF-27。三個任務部隊が全滅」

 

 情報担当は次の頁を開いた。

 

「三つとも、ジェダイ将軍が指揮するオープン・サークルの編成です。攻撃したのはグリーヴァス将軍の艦隊。ジェダイの乗った艦を優先して狙い、周りの艦はジェダイを沈めるついでに沈めています」

 

 TF-12の司令官の名前があった。シーアの知らないジェダイだった。TF-19には、オビ=ワンと同じ年頃のジェダイ・ナイトの名前。TF-27の欄にはジェダイの名前の下に、共和国の艦長たちの名前が並んでいた。クローンではない乗員の名前も、その中に混じっていた。

 

「生存者は」

 

「TF-19から、脱出艇が二隻。それ以外は確認できていません」

 

 コルヴェンが卓の向こうで息を吐いた。

 

 シーアはグリーヴァスの声を思い出した。私が狩るのは剣を持つ者だ。ラクサスの広間で、将軍はシーアの顔を見て、人形と言った。その将軍が今、ジェダイを追って銀河を渡り歩いている。ジェダイの乗った艦の周りにいた者たちは、ついでに死んでいた。

 

「ケルシスの後、アナクセス方面に連合の動きは」

 

「ありません。少なくとも集結の兆候は」

 

 情報担当はアンテメリディアン宙域を拡大した。そこだけ、二十日前の図と同じ青のままだった。

 

「この方面で共和国が押し返した場所はここだけです」

 

 シーアは答えなかった。ここだけ、という言葉が褒め言葉に聞こえなかった。

 

 もう一度、パーレミアンの赤い点の並びを見た。

 

 点は航路の線に沿って、同じような間隔で並んでいた。連合の艦隊が星系を落とし、次の星系へ進む。その間隔は戦闘の強さではなく、補給の届く距離で決まっているように見えた。赤い点の一つ一つの手前には、パーレミアンの中継点があった。

 

 前線を見ていてもこの並びは分からない。星図を引いて、航路ごと見れば分かる。

 

 シーアはその重なりをしばらく黙って見ていた。

 

 *

 

 食堂の壁面では、コルサントのホロネットが最高議長の演説を流していた。

 

 昼の交代の時間だった。食事の盆を持った乗員たちが、席に着く前に画面を見上げている。シーアも盆を受け取ってから足を止めた。ケレンが隣の列から彼の分の茶を運んできた。

 

 画面の中で、パルパティーンは元老院の演壇に立っていた。

 

 共和国の市民諸君、と議長は語りかけた。我々は今、千年の歴史で最も厳しい試練の中にいる。分離主義者たちの軍勢は我々の星々を脅かし、我々の法を踏みにじっている。

 

 だが、我々は一人ではない。

 

 映像が切り替わり、ジオノーシスの赤い大地が映った。白い装甲のクローン兵が隊列を組み、光る剣を持ったジェダイがその先頭に立っている。議長の声がその映像に重なった。勇敢なクローンの兵士たちと、ジェダイの将軍たちが共和国を守るために戦っている。彼らの献身に我々は応えなければならない。

 

 私は元老院にさらなる兵力を求める。

 

 食堂のどこかで、誰かが小さく拍手をした。すぐに止んだ。

 

 議長は続けた。この戦いは、共和国を試している。そして、この戦いを通じて、共和国は一つになるだろう。かつてないほど強く、かつてないほど固く。

 

 シーアはその言葉を聞いた。

 

 ハービンジャーの艦橋で、同じ声を聞いたことがあった。戦争で共和国を作り直すのだ。銀河を。

 

 演説の映像には、クローンとジェダイしか映っていなかった。

 

 カリダの士官学校を出て、ケルシスの環の中を通信封鎖で飛んだ操縦士たちは、映っていなかった。ヴェネターの前へ出て、手を震わせながら照準を合わせた砲術士官も。燃料艦の機関区画で、十二分を待った民間の機関員も。

 

 ケレンが画面を見ていた。カリダの山村で育った少尉は、共和国の軍を望んだ星の人間だった。

 

「……議長は私たちのことは言わないんですね」

 

 ケレンが言った。責める声ではなかった。ただ、気づいたことを口にしただけのようだった。

 

「クローンの方が映像になるから」

 

 シーアは答えた。それが本当の理由なのかどうか、自分でも分からなかった。

 

 画面の演説が終わり、別の報道員が戦況を読み上げ始めた。どこかの星系で、ジェダイ将軍が勝利を収めた。クローン部隊がドロイドの大軍を退けた。その星系の名前をシーアは今朝の状況図で見ていた。十七の星系の、一つだった。

 

 *

 

C.R.C. 7955.141 コルサント、共和国元老院

 

 演説が終わると、議場の拍手はしばらく続いた。

 

 アウレリアンは拍手をしなかった。手元の端末に今朝の戦況報告を開いていた。四十一の星系。そのうち十七は一度取り返してから、また失っている。

 

 最初に発言を求めたのはロジンだった。

 

「最高議長の要請に、全面的に賛成します」

 

 ロジンは演壇の前で、議場を見渡した。

 

「前線から届く報告はどれも同じことを言っている。クローンが足りない。一つの星系を解放しても次の星系へ向かえば、背後が空く。ならば、答えは一つです。クローンを増やす。カミーノへさらなる発注を」

 

 賛同の声が幾つもの席から上がった。

 

 アウレリアンは十七の星系の一覧を見ていた。クローンが去った後、残っていた星系防衛隊の報告が途切れた場所だった。防衛隊の装備の欄には旧式の砲と、数隻の哨戒艇としか書かれていない。その予算を何年も前から削ってきたのが、この議場だった。

 

 ヴェッロが発言を求めた。

 

「カミーノへの発注には反対しません。ただ、一つ確認したい。今、クローンを百万発注したとして、その百万が戦場に立つのはいつですか」

 

 説明員が手元の資料を確かめた。

 

「……成長の促進を含めても十年近くかかります」

 

 議場が少しだけ静かになった。

 

「十年」

 

 ヴェッロはその数字を繰り返した。

 

「では、来月、クローンが去った後の星系を守るのは、誰ですか。以上の回答を求めます。その上で分離主義同盟滅ぶべし、と申し上げる」

 

 拍手が起きた。前よりも大きかった。だが、ヴェッロの問いに答える者はいなかった。

 

 アウレリアンは弟へ短い連絡を書いた。今日の議場のこと。ロジンの発言と、ヴェッロの問い。答えが出なかったこと。

 

 最後に一行だけ加えた。

 

 《クローンが足りない、と皆が言っている。お前なら、何が足りないと言う》

 

 *

 

 命令は午後に届いた。

 

 シーアは司令部区画へ各艦の艦長を呼んだ。トーリン、ディム、サンス、マドック。ヘインも、《ノースウィンド》から連絡艇で来ていた。リラが技術区画の記録を持って卓の端に座った。

 

 シーアは命令書を卓の中央へ表示した。

 

 共和国グランド・アーミーTF-35は、アナクセスを発し、パーレミアン・トレード・ルートに沿ってラクサス方面へ進出する。連合の補給線を捜索し、これを攻撃する。進出の限度、期間は司令官の判断に委ねる。補給は同行する補給艦と、途中の友好星系の港湾に依る。

 

 読み終えた艦長たちが顔を上げた。

 

 誰もすぐには何も言わなかった。

 

「五隻で敵の補給線へ三十日」

 

 トーリンが命令書の表題を読んだ。

 

「これを、哨戒と呼ぶのか」

 

「作戦本部の書類では」

 

 シーアは答えた。表題には、《ロングレンジ・パトロール》とあった。哨戒と呼ぶには帰る港から遠すぎる任務だった。

 

「ラクサス方面、ですか」

 

 最初に口を開いたのはディムだった。

 

「ラクサスは連合の首都ですよ」

 

「首都までは行きません。途中まで」

 

「途中までが問題なんです」

 

 ディムは星図の上に指を置いた。アナクセスから、パーレミアンの線に沿って、ラクサスの方向へ。

 

「この線の周りはほとんど赤です。友好星系の港湾、と書いてありますが、どこにあるんです」

 

「三つ、残っています」

 

 シーアは星図の上に三つの印を付けた。パーレミアンの線から少し外れた、青い点だった。

 

「どれも、今朝の状況図では共和国側です。独立系の商港が二つと、司法軍の古い中継基地が一つ。明日もそうかは分かりません」

 

 シーアはパーレミアンの線を拡大した。線の上に小さな点が等間隔に並んでいた。

 

「パーレミアンは古い航路です。コアに近い区間は整備されていて、長い跳躍が続けられる。でも、外縁へ下りるほど、航法の計算が合わなくなる。長い区間の途中で、一度通常空間へ出て、計算をやり直さなければならない。その場所がこの中継点です」

 

 トーリンが腕を組み直した。

 

「輸送船団はそこで必ず一度止まる」

 

「止まります。ドロイドの船団でも、計算は同じです。前線へ下りてくる船団はこの中継点のどれかで、必ず跳躍を抜ける。そこで待ちます」

 

「どの中継点で待つかは」

 

「分かりません。だから、巡回します。一つの中継点に長くいれば、向こうもこちらに気づく。気づかれる前に、次の中継点へ移る」

 

 サンスが低く笑った。笑ったというより、息を吐いただけだった。

 

「とんでもない任務だ」

 

「はい」

 

 シーアは否定しなかった。

 

「とんでもない任務です」

 

 トーリンが腕を組んだまま星図を見ていた。

 

「何を狙う」

 

「連合の攻勢はパーレミアンに沿って、ミッド・リムの南へ伸びています」

 

 シーアは状況図の赤い点の並びを示した。

 

「赤い点は全部、ドロイドと艦と燃料が届いた場所です。届けているのはこの線です。ラクサス方面から、パーレミアンに沿って、輸送船団が前線へ下りてくる。前線の艦隊はその船団が来なければ、次の星系へ進めない」

 

「前線で止めるんじゃなくて、前線へ来る途中で止める」

 

「はい。ケルシスと同じです。何隻持っているかではなく、今、前線へ何隻来られるか。その数を補給線の上で減らす」

 

 トーリンはしばらく黙っていた。

 

「五隻でか」

 

「五隻と、補給艦一隻で」

 

「前線のタスクフォースが三つ、全滅したばかりだ」

 

「知っています」

 

 シーアは状況図の損失の頁を開いた。

 

「三つともジェダイ将軍が指揮していた部隊です。グリーヴァス将軍は、ジェダイの乗った艦を優先して狙っている。この艦隊にはジェダイは一人も乗っていません」

 

 トーリンが眉を上げた。

 

「将軍に狙われないと」

 

「狙う理由が少ない。ラクサスで将軍は僕のことを人形と呼びました。ケルシスの後もたぶん、そう思っている」

 

 卓の周りが少しだけ静かになった。

 

「侮られているなら、それを使います」

 

「ケルシスをもう一度やれば、さすがに人形扱いも終わるぞ」

 

 トーリンが言った。

 

「その前に移ります」

 

 シーアは答えた。

 

「向こうが評価を改めるまでの時間を、使います。改められたら、その時は別のやり方を考えます」

 

 マドックが手元の端末に何かを書き込んだ。《ヴェリタス》の艦長はケルシスの後、右舷の修理を終えたばかりだった。

 

「補給艦はどの艦ですか」

 

「《ストレイト・ライン》。明日、カリダから着きます。艦隊用の燃料と、交換部品と、三十日分の糧食」

 

「三十日で戻ってこられますか」

 

「三十日で戻ってこられるように、進出の限度を決めます」

 

 リラが手を挙げた。

 

「ハービンジャーについて、一つ」

 

 全員の視線が技術区画の試験員に集まった。

 

「カリダを出た時、未試験の項目が三割ありました。ケルシスで予備の火器管制は試せました。まだ残っているものの一つが、長距離航行時の機関の負荷です」

 

 リラは試験記録の頁を開いた。

 

「主反応炉と前部反応炉を長時間、同時に高い出力で回した記録がありません。三十日の進出なら、途中で必ずその状態になります。何が起きるかは分かりません」

 

「止まる可能性は」

 

 シーアが訊いた。

 

「止まるとは思いません。でも、思わない、というのは試験の結果ではありません」

 

 リラは真っ直ぐにシーアを見ていた。

 

「それを、試験と呼ぶかどうかは司令官が決めてください」

 

 カリダで同じことを言われた。未完了の三割を戦闘の中で試験することになる。シーアはあの時と同じように答えた。

 

「試験と呼びます。記録を取ってください。全部」

 

「了解」

 

 リラは少しだけ口元を緩めた。

 

 最後にヘインが口を開いた。

 

「《ノースウィンド》は、ここに残る」

 

「はい。アナクセスの防衛は、支援基地のドレッドノート二隻に任せます」

 

「二隻で足りるか」

 

「ケルシスの泊地が直るまでは。直る前に戻ります」

 

 ヘインはしばらくシーアを見ていた。

 

「二年間、この基地の外縁で、あのレキューザントを見張っていた。来る日も来る日も向こうが何をするか待っていた」

 

 古い艦長は星図のパーレミアンの線を見た。

 

「今度はこっちが待つ番だ。……帰ってきてくれ」

 

「帰ります」

 

 *

 

C.R.C. 7955.141 コルサント、金融・経済分析総局第二室

 

 リヴィアが受け取った配布資料には、TF-35の新しい任務が載っていた。

 

 パーレミアン・トレード・ルートに沿って、ラクサス方面へ進出。連合の補給線を攻撃する。進出の限度と期間は司令官の判断に委ねる。

 

 通常の金融分析には関係のない資料だった。第二室の閲覧区分で配られたのは、この任務の結果が、連合側の輸送契約と保険の動きに現れるからだという。どの船団が止まれば、どの企業の株価が下がるか。第二室の分析員はそれを予測するよう求められていた。

 

 リヴィアは承認の欄を見た。

 

 統合作戦本部の番号の下に、もう一つ、決裁の番号が付いていた。先頭の記号を彼女は知っていた。K-4を終結にした決裁と、同じ記号だった。

 

 同じ朝に配られた戦況報告をリヴィアは読み直した。十七の星系。クローン部隊が次の戦場へ移った後、防衛隊だけでは持ちこたえられなかった場所。クローン部隊の移動命令の承認欄にも、同じ記号が並んでいた。

 

 取り返した星系から、クローンを引き抜く。その命令がどこから出ているのか。

 

 リヴィアはそれ以上は調べなかった。調べるための閲覧区分を彼女は持っていなかった。

 

 TF-35の任務の資料をもう一度開いた。ジェダイは乗っていない。前線のタスクフォースを三つ沈めた将軍は、ジェダイの乗った艦を狙っている。ラクサスの広間で、将軍が彼を何と呼んだかを、彼女は現地の報告で読んでいた。

 

 侮られているなら、それを使う。彼なら、そう考えるだろう。

 

 リヴィアは配布資料を閉じた。それから、私用の端末で短い文を書きかけて、消した。送れることは何もなかった。

 

 *

 

C.R.C. 7955.142 アナクセス軌道

 

 補給艦《ストレイト・ライン》は、予定より三時間遅れて着いた。

 

 カリダからの航路で、連合の哨戒艦を避けて遠回りをしたのだという。丸い船腹の横腹に、急いで塗り直したらしい共和国の標章が見えた。艦長は年配の女性だった。補給艦を三十年動かしてきたと、最初の通信で言った。

 

『燃料は満載です。ただし、満載で三十日。それ以上はどこかで積み直してください。私は港を作ることはできません』

 

「分かっています」

 

『分かっている方で、よかった』

 

 補給の作業は夜を徹して続いた。

 

 《ストレイト・ライン》から各艦へ燃料の管が渡され、交換部品の箱が搭載艇で運ばれていく。ヴェネターの飛行甲板では、ケルシスで失った五機の補充のBTL-Bが、カリダから届いた新しい操縦士とともに降ろされていた。

 

 シーアは、《レゾナンス》の甲板を訪ねた。

 

 整備員たちが補充の機体に番号を書き込んでいた。その脇でマイ・トレンが、自分の機体の推進剤の配管を覗き込んでいた。ケルシスで漂流した機体だった。整備員が交換した配管を、自分の目で確かめているらしい。

 

 マイはシーアに気づくと、慌てて姿勢を正した。

 

「代将」

 

「楽にしてください。機体はどうですか」

 

「直りました。……推進剤の計算を自分でやり直しました。環の中で姿勢を直しすぎた分を、次は最初から引いておきます」

 

「次はもっと長く飛びます」

 

「聞きました」

 

 マイは少しだけ顔を強張らせた。それから、配管の蓋を閉めた。

 

「パーレミアンの方へ行くんですよね」

 

「うん」

 

「……私、自分で選んで、ここにいます」

 

 マイは言った。シーアに言っているのか、自分に言っているのか、分からない声だった。

 

「だから、行けと言われたら、行きます」

 

 シーアは少尉の顔を見た。カリダの士官学校を今年出たばかりの顔だった。ケルシスの環の中を通信封鎖のまま飛んだ顔だった。

 

「行けと言うのは僕です」

 

 シーアは言った。

 

「だから、帰れるように、数えます。あなたの推進剤の分まで」

 

 マイは一度だけ頷いた。

 

 *

 

 その夜、司令官室に戻ると、エレナからの便りが届いていた。

 

 劇場の次の公演の初日が決まったという。修復した客席の写真が添えてあった。深い緑の壁と、金色の縁取り。客席の半分がもう予約で埋まっていると書いてあった。

 

 《初日には来られないわよね》

 

 最後の一行だけ、少し字が小さかった。

 

 シーアは返信を書いた。

 

 初日には行けないこと。しばらく連絡が遅れること。どこへ行くのかは書けないこと。それから、約束を思い出して、もう少しだけ書いた。

 

 《とんでもない任務だって、艦長たちに言われた。僕もそう思う。怖くないと言ったら、嘘になる。でも、行けと言ったのは僕だから、行く。帰ってきたら、公演の話を聞かせて》

 

 送信の表示を確かめてから、兄からの連絡をもう一度開いた。

 

 《クローンが足りない、と皆が言っている。お前なら、何が足りないと言う》

 

 返事の欄を開いたまま、しばらく何も書けなかった。十七の星系のことを考えた。クローンが去った後、報告が途切れた防衛隊のことを。何かが足りないのは分かる。それが何なのかをまだ言葉にできなかった。

 

 シーアは返事を書かずに、端末を伏せた。

 

 窓の外で、《ストレイト・ライン》の燃料の管がまだ各艦の間に渡されていた。作業灯の列が暗い軌道に細い線を引いていた。

 

 *

 

C.R.C. 7955.143 アナクセス軌道

 

 出港は予定どおりだった。

 

 ハービンジャーの艦橋に、各艦から出港準備の完了が届いた。《アシュアランス》、《レゾナンス》、《ヴァンガード》、《ヴェリタス》、《ストレイト・ライン》。六つの受領が表示の上に並んだ。

 

 リラが技術区画の席で、長距離航行の試験記録の頁を開いていた。主反応炉と前部反応炉の負荷を、同時に記録するための欄が空白のまま並んでいる。

 

「記録、開始します」

 

 リラが言った。

 

 窓の外で、《ノースウィンド》の古い艦影が泊地の外縁に浮かんでいた。ヘインの艦から、短い通信が入った。

 

『《ノースウィンド》。見送る。……今度はこっちが待つ』

 

「TF-35、受領。行ってきます」

 

 シーアは艦隊への回線を開いた。

 

「TF-35、全艦へ。これよりアナクセスを発し、パーレミアン・トレード・ルートへ向かう。以後、長距離の通信は封鎖する。受領を」

 

 受領が一つずつ返ってきた。トーリン、ディム、サンス、マドック。補給艦の年配の艦長の声が最後だった。

 

『《ストレイト・ライン》、受領。三十日です、代将。三十日』

 

「三十日で戻ります」

 

 コルヴェンが航法担当へ命じた。

 

「跳躍」

 

 星の光が引き伸ばされた。

 

 アナクセスの青い縁が窓の外から消えた。

 

 *

 

C.R.C. 7955.147 パーレミアン・トレード・ルート、第九中継点

 

 四日間の跳躍の間、リラは技術区画を離れなかった。

 

 主反応炉と前部反応炉の負荷を、同じ時刻の欄に並べて記録していく。長い跳躍の間も、主反応炉にはハイパードライブと艦内の系統から、一定の負荷が掛かり続けていた。前部の反応炉は砲へ回す必要がないので、低く保たれている。ただ、艦内の温度の記録の中に、二日目から一つだけ、少しずつ上がり続けている数字があった。

 

「前部反応炉の冷却系の戻り側です」

 

 リラは司令部区画でシーアに記録を見せた。

 

「規定値の内側です。でも、戻っていません。長い跳躍の間、冷却がほんの少しずつ追いついていない」

 

「戦闘になったら」

 

「前部反応炉の出力を上げれば、この数字も上がります。どこまで上がるかは分かりません」

 

 リラはその欄に印を付けた。

 

「試験と呼ぶと言ったのは司令官です。だから、記録を続けます」

 

 四日目の終わりに、TF-35は第九中継点で跳躍を抜けた。

 

 何もない宙域だった。近くの恒星は遠く、小さな岩の塊が幾つか漂っているだけだった。パーレミアンの航法標識が一つ、暗がりの中で点滅している。外縁へ下りる船はここで一度通常空間へ出て、次の区間の計算をやり直す。

 

 シーアは艦隊を岩の塊の影に入れさせた。各艦の機関を落とし、通信を封鎖する。ヴェネターは飛行甲板を閉じたまま、BTL-Bの発進準備だけを整えた。《ストレイト・ライン》は、一番後ろの岩の影に隠れた。

 

 待つことになった。

 

 一時間が過ぎた。二時間が過ぎた。航法標識の点滅だけが同じ間隔で続いていた。

 

 ケレンが盆を持って艦橋へ上がってきた。シーアは茶を受け取り、窓の外の標識を見ていた。

 

 八時間が過ぎた頃、索敵担当が顔を上げた。

 

「跳躍反応。標識の手前」

 

 艦橋の空気が、止まった。

 

「……輸送艦、十二隻。護衛、ミュニファスント二隻。前線の方角へ向かう航法の計算を、始めています」

 

 窓の外の暗がりに、光の点が一つ、また一つと現れた。丸い船腹の輸送艦が、列を作って標識の周りに集まっていく。その両脇に細長い護衛艦が付いていた。どの艦もシールドを低く保っていた。ここで襲われるとは思っていない。

 

 シーアはその列を数えた。

 

 十二隻の輸送艦に、前線の艦隊が次の星系へ進むためのものが積まれている。燃料、ドロイド、交換部品。この十二隻が届かなければ、前線のどこかで、一つの攻勢が止まる。

 

 ラクサスで二年間数えてきた。今この場所へ何隻来られるか。

 

 今日はその数をここで減らす。

 

「来た」

 

 シーアは艦隊への回線を開いた。

 

「TF-35、全艦へ。通信封鎖、解除。船団を攻撃する」

 

 受領が次々に返ってきた。

 

「ハービンジャーと《アシュアランス》は、標識の前方。船団が前線へ向かう跳躍の方位を塞ぐ。《ヴェリタス》は、後方の方位。来た方へ戻ろうとする艦を止める。ヴェネターはBTL-Bを出してください。目標は護衛艦の後。輸送艦の機関」

 

『《レゾナンス》、了解。発進』

 

『《ヴァンガード》、了解』

 

「輸送艦はできるだけ沈めずに止めてください。積荷を届けさせないことが目的です。乗っている者がいれば、降ろしてから処置する」

 

 コルヴェンが、航法担当と砲術士官へ命令を下ろしていく。岩の影から、ハービンジャーの艦首がゆっくりと出た。

 

 船団の護衛艦が最初に気づいた。

 

 ミュニファスントの一隻が、計算を中断して機関を上げた。艦首がこちらへ向き、細長い船体の砲座が一斉に光った。もう一隻は輸送艦の列の前へ出ようとしていた。

 

「重イオン砲、手前のミュニファスント。機関区画」

 

 コルヴェンが命じた。

 

「前部反応炉、出力上昇」

 

 リラの声が技術区画から届いた。

 

「……冷却系の戻り側、上がっています。規定値の内側。まだ余裕はあります」

 

「撃て」

 

 青白い光がミュニファスントの艦尾に届いた。機関の光が明滅して消え、艦は撃ちかけの姿勢のまま、標識の脇を漂い始めた。

 

「主砲、斉射」

 

 二十四門の光がその船体を裂いた。

 

 二隻目のミュニファスントは、輸送艦の列の前で艦首を回そうとしていた。そこへ《アシュアランス》の舷側の砲が届いた。トーリンの艦は、ハービンジャーの隣で跳躍の方位を塞ぎながら、正確に護衛艦の機関を狙っていた。二度、三度。細長い船体が標識の光の中で止まった。

 

「護衛艦、二隻とも沈黙」

 

 索敵担当が告げた。

 

 輸送艦の列が崩れ始めた。

 

 丸い船腹の艦がばらばらの方向へ加速していく。前線へ向かう方位はハービンジャーと《アシュアランス》が塞いでいる。来た方へ戻ろうとした三隻の前には、《ヴェリタス》がいた。マドックの艦の艦首の砲座が、最初の一隻の機関を撃った。

 

 その上から、BTL-Bの編隊が降りてきた。

 

 マイ・トレンの機体もその中にいた。今度は通信封鎖はなかった。スコードロン長の声が目標を一隻ずつ割り振っていく。護衛のいなくなった輸送艦に、対空砲火はほとんどなかった。マイは割り振られた一隻の後部へ降下し、機関の噴射口の脇へ魚雷を一発だけ撃ち込んだ。

 

 噴射口の光が消えた。

 

 輸送艦はそのまま標識の周りを惰性で回り始めた。沈んではいなかった。ただ、どこへも行けなくなっていた。

 

『命中。機関停止。次の目標へ』

 

 マイは推進剤の残量を見た。今度は計算どおりだった。

 

 *

 

 三十分後、標識の周りには止まった輸送艦が十一隻浮かんでいた。

 

 一隻は機関を止められる前に跳躍へ入り、来た方角へ逃れていた。《ヴェリタス》の砲撃が艦尾をかすめたが、止めきれなかった。

 

「逃れた一隻が中継点のことを報せます」

 

 コルヴェンが言った。

 

「報せるでしょう」

 

 シーアは答えた。

 

「長くはいられません。やることを先に済ませます」

 

 通信士官が停止した輸送艦へ呼びかけを続けていた。機関を止めた艦から、少しずつ返事が来た。十一隻のうち八隻はドロイドだけで動いていた。返事は決まった形式の識別符号だけだった。

 

 三隻から、人の声が返ってきた。

 

『こちら輸送艦《ケイロン・メリット》。乗員、九名。……撃つのか』

 

『《テンス・ベイ》。民間の契約乗員だ。武器はない』

 

『《オーロス》。乗員、十四名。負傷者が一人いる』

 

 シーアは三つの声を聞いた。どれも、ケルシスで聞いた《ハロウ・ライン》の声と、同じ種類の声だった。企業に雇われて、積荷を前線へ運ぶ人たちだった。

 

「三隻の乗員へ。救命艇へ移ってください。積荷はこちらで処置します。救命艇は標識の近くに残してかまわない。合同調整室を通じて、連合側へ位置を知らせます」

 

『……本当に撃たないのか』

 

「救命艇は撃ちません。移ったことが確認できたら、船の方を処置します」

 

 しばらく返事がなかった。それから、一隻ずつ、救命艇が船腹から離れていった。

 

 トーリンが回線に入ってきた。

 

『三十日の哨戒で、捕虜を連れては歩けん。それは分かる。……だが、救命艇を残していけば、ここに共和国がいたことを向こうはすぐに知る』

 

「逃れた一隻がもう報せています」

 

『それもそうか』

 

 トーリンはそれ以上言わなかった。

 

 シーアは合同調整室への回線を開いた。

 

「こちら共和国グランド・アーミー、TF-35。パーレミアン・トレード・ルート第九中継点。連合側輸送艦三隻の民間乗員、計二十六名が救命艇にて待機。一名負傷。位置を送る。回収を要請する」

 

 送信の表示が出た。今度はすぐに受信の確認が来た。受付者の名前は見なかった。見なくても分かる気がした。

 

 *

 

 救命艇が十分に離れたことを確かめてから、処置が始まった。

 

 ハービンジャーの主砲は使わなかった。

 

「前部反応炉の冷却系、戻り側が規定値の八割まで来ています」

 

 リラが技術区画から告げた。

 

「斉射を続ければ、上限に届きます。止まるとは思いません。でも、試験の記録にない領域です」

 

 コルヴェンがシーアの方を見た。シーアは頷いた。艦長代理は砲術士官へ向き直った。

 

「主砲の斉射は中止。前部反応炉の出力を落とせ。処置は船体のトレンチの砲で行う。一隻ずつ、積荷の区画を」

 

 ハービンジャーは止まった輸送艦の列の脇へ、ゆっくりと寄っていった。

 

 船体の縁のトレンチに並んだ砲塔が、初めて光った。上部の主砲のような太い光ではなかった。細い光条が一隻の輸送艦の積荷区画へ、続けざまに撃ち込まれていく。区画の外板が破れ、中に積まれていたものが燃え始めた。燃料の容器が一つずつ誘爆し、輸送艦の船腹が内側から光った。

 

 一隻、また一隻。

 

 《アシュアランス》と《ヴェリタス》も、それぞれの受け持ちの輸送艦を処置していった。ヴェネターのBTL-Bが、機関を止めた艦の積荷区画へ残りの魚雷を撃ち込んだ。

 

 シーアは窓の外の光を見ていた。

 

 燃えているのは艦ではなかった。燃料と、交換部品と、ドロイドの部隊と、それを前線へ運ぶための船だった。この十一隻が届いていれば、前線のどこかで、一つの攻勢が次の星系へ進んでいた。

 

 情報担当が積荷の目録の推定を読み上げた。

 

「艦隊用燃料、推定で中規模艦隊の十日分。バトル・ドロイド、二個大隊前後。交換部品、多数」

 

「十日分」

 

 シーアはその数字を繰り返した。

 

 十日の間、前線のどこかで、連合の艦隊が止まる。止まっている間に、クローンがもう一つの星系を取り返すかもしれない。取り返した星系から、クローンはまた次へ移る。その後に残る防衛隊は十日で強くはならない。

 

 兄の問いが、頭のどこかにあった。お前なら、何が足りないと言う。

 

 まだ、答えられなかった。ただ、今日燃やした十日分の燃料では、それが足りないものの代わりにならないことだけは、分かった。

 

 *

 

 最後の輸送艦が燃え尽きる前に、シーアは艦隊に出港を命じた。

 

「次の中継点へ。逃れた一隻が報せを届けるまでに、ここを離れる」

 

 受領が次々に返ってきた。《ストレイト・ライン》の年配の艦長が最後に燃料の残量を読み上げた。

 

『二十六日分です、代将』

 

「二十六日で戻ります」

 

 コルヴェンが航法担当へ命じた。

 

「跳躍」

 

 窓の外で第九中継点の航法標識が、同じ間隔で点滅を続けていた。その近くに、救命艇が三隻、小さく浮かんでいる。燃える輸送艦の光がその船腹を赤く照らしていた。

 

 星の光が引き伸ばされ、標識は見えなくなった。

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