STAR WARS: STAR DESTROYER   作:あーくわいてんず

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後退戦

 罠が、閉じる!

 

 セスウェナの北縁で、第3合同任務群は分離主義者の前衛を粉砕した。だが、逃げる敵を追ったその先に待っていたのは、大洋艦隊の主力であった。

 

 後続の味方まで、九十分。

 

 十四隻の艦隊は、百隻を超える敵を前に、生きて帰らねばならない――

 

 *

 

C.R.C. 7956.045 標準時〇九時一三分 ハービンジャー

 

「右翼、分離しています。レキューザント級、さらに三隻」

 

 カルヴィの声に、正面の距離を読む声が重なった。通信卓ではセルトが片方の耳を押さえ、もう片方で三つの任務群の応答を聞いていた。赤い印が増えるのを黙って見ていた時間は終わっていた。指が表示を動かし、返事を待つ回線の灯りがいくつも点いた。

 

「本隊へ更新を」

 

「送っています。後続も加速準備に入りました」

 

 シーアは北の方角を見た。第1合同任務群の到着見積もりは、まだ約九十分だった。そこまで十四隻を運ばなければならない。

 

 正面ではプロヴィデンス級とルクレハルク級が、砲を向けたまま間を詰めていた。その両脇を軽艦が追い越していく。左に十数隻、右に十数隻。前衛から帰ったバルワーク四隻のうち、三隻が右翼へ加わっていた。

 

「後ろにも、別の群れがあります。中央の戦列には入りません」

 

 カルヴィが囲んだ印は、左右のどちらへも向かえる位置で速力を合わせていた。シーアはその位置を見てから、自分たちの北に残る空間を見た。正面へ戻っても、左右のどちらを叩いても、そこへあの群れが来る。いま必要なのは敵の中央を破ることではなかった。

 

「3群、全艦」

 

 シーアは言った。

 

「これより、北へ後退する。任務群ごとに跳躍後退。一つの任務群が効力射を行う間、他の二つの任務群は次の射撃宙域へ下がる。効力射を終えた任務群は射撃宙域を変換し、下がった任務群の後ろへ回る。どの瞬間にも一つの任務群が撃ち、二つの任務群が下がっている状態を、保ってください」

 

『32、了解』

 

『33、了解』

 

『34、了解』

 

 三つの任務群の指揮官の声が順に返ってきた。コーヴィン大佐。マドック大佐。《アクレイム》のヘイグ大佐。

 

「第35任務群」

 

 シーアは自分の艦の艦橋の中を見た。コルヴェンが艦長席で頷いた。《ヘラルド》のソーンと、《エンヴォイ》のブレインの像が表示の脇に並んでいた。

 

「第35任務群は任務群の周期に入りません。袋の口を開けておいてください。敵の両翼の軽艦の群れが、両脇から回り込んでくる。その先端を叩いてください。先端が閉じなければ、袋は閉じない」

 

『《ヘラルド》、了解』

 

『《エンヴォイ》、了解』

 

 ソーンの声もブレインの声も平らだった。演習で何十回も聞いた声だった。

 

「本隊へ。第3合同任務群、北へ後退しつつ、敵の主力との接触を維持する」

 

 送信の表示が出た。

 

「《ストレイト・ライン》」

 

『はい、少将』

 

 ハロウェイの声だった。

 

「北へ。袋の口の外へ先に出てください。脱出艇が出たら、拾ってもらうことになるかもしれません」

 

『……燃料の艦に救難の真似事ですか』

 

「今日はほかに誰もいません」

 

 少しだけ間があった。

 

『拾います。燃料の残りも読み上げながら』

 

 《ストレイト・ライン》の印が北へ離れていった。

 

 シーアは艦橋の時計を見た。〇九時一五分。

 

「34、効力射開始。32と33、後退を」

 

 ヘイグの応答が終わる前に、後ろの二つの群は動き始めていた。三つの群が一緒に背を向けるのではない。撃っている群の後方へ次の射撃位置を作り、その位置から砲火を引き継ぐ。朝には敵へ近づくために繰り返していた運動が、今は敵から離れる距離になった。

 

 *

 

標準時〇九時一四分 《プライド・オブ・ザ・コア》、艦隊司令部区画

 

 第3合同任務群の報告を、ホーンは司令部の区画の大きな表示で読んだ。

 

 大洋艦隊主力を発見。攻略の船団、なし。戦闘艦のみ。敵の目標は本艦隊と判断する。

 

 ホーンは表示の上の、縦に長く伸びたグランド・フリートの列を見ていた。先頭の十四隻。その後ろに、二時間の間隔で、四つの合同任務群。一番後ろに、自分たちの直轄の重戦列。

 

 先頭と最後尾の間が八時間以上あった。

 

「全合同任務群へ」

 

 ホーンは言った。

 

「前進の速度を上げる。合同任務群の間隔を一時間に詰めろ」

 

 参謀が振り返った。

 

「直轄の重戦列は補給艦の速度に合わせています。補給艦を連れていてはこれ以上は」

 

 ホーンは少しだけ黙っていた。

 

「補給艦は切り離す。兵站群は後から来い。戦闘艦だけで前へ出る」

 

 参謀は一瞬、何か言いかけた。それから、命令の文面を作り始めた。

 

 ホーンは表示の上の、先頭の十四の印を見ていた。

 

 セスウェナを失うかもしれないと知った時、艦隊はどこまで無理をするか。ホーンはその計算を今、自分でしていた。誰かが同じ計算をしているかもしれないことは、考えなかった。考える時間がなかった。

 *

 

標準時〇九時一六分 トリトン星系外縁、《エクスターミネイター》

 

『共和国先鋒、十四隻。後退ノ方位、北』

 

 TD-17が正面の表示を更新した。横のTD-18は、逃げる十四隻の現在位置を追っていなかった。数分ごとの予測位置を並べ、その先へ両翼の線を伸ばしていた。

 

『後続ノ到着、約九十分。加速ヲ確認。見積モリ更新中』

 

『左翼、後方遮断線ヘ五十九分』

 

『右翼、六十四分。収容シタ前衛三隻ノ速力ヲ反映』

 

『共和国ノ後退速度、推定上限ヲ超過』

 

『中央圧力ヲ増加。射撃宙域ノ変換ニ要スル時間ヲ再計算』

 

 数字が替わった。TD-19が共和国の後続の位置を修正すると、十八が引いた線の終点も動いた。艦の並びが変わる。中央圧力群、左翼遮断群、右翼遮断群。その三つの後ろに、まだ進出先を決めていない機動予備群が残った。

 

『予測値ヲ共有』

 

『共有』

 

『再計算。……後続到着前ノ包囲、可能』

 

「予備を全部、左右へ入れた場合か」

 

 ゼーアが訊いた。TD-18の頭がこちらを向いた。

 

『一部ヲ投入スレバ、閉鎖ヲ早メラレマス』

 

「残せ。あの三隻のテクターが、どちらを選ぶかはまだ分からん」

 

 ハイデンは、共和国の先頭で動く三つの印を見た。前衛の側面を抜いた艦だった。ゼーアは予測線の一つだけを指で消した。最も早く閉じる代わりに、中央の後ろが空く案だった。

 

「閉じた時刻だけを比べるな。途中で破られた場合も並べろ」

 

『予備保持。包囲案、更新』

 

 三つの表示に、同じ一案が残った。ゼーアは頷いた。

 

「やれ」

 

 命令は四つの群へ送られた。中央が圧力を上げ、両翼はその砲火の脇を進む。予備はまだ動かなかった。

 

 通信の参謀が共和国の補給艦の信号を別の表示に出した。戦闘艦の列から離れ始めている。ゼーアはそれを見たが、先ほど捨てた誘引の図を開き直しはしなかった。後続は確かに急いでいる。しかし先鋒を閉じ込められる時間は、その分だけ短くなる。

 

「《エクスターミネイター》は、戦列の後ろから。イオン砲は一隻を止めるためではなく、任務群の周期を崩すために撃て。撃つ任務群を止めれば、下がる任務群が撃たれながら下がることになる」

 

 ハイデン大佐が頷いた。

 

「回頭、右へ。左舷を共和国の先鋒へ向ける。戦列の後ろで回れ。前へは出るな」

 

 大型のイオン砲は両舷にしかなかった。撃つためには艦体を横へ向け、舷側を目標へ晒さなければならない。巨大な艦が戦列の後ろで、ゆっくりと横を向き始めた。

 

 左舷の砲口の奥に、青白い光が溜まり始めた。

 

 *

 

標準時〇九時二四分 《ヴァリアント》

 

 コーヴィンが見ていたのは、正面の敵ではなかった。第33任務群の《アダマント》が正面の砲火を受け持っている。彼女の右の表示では、ミュニファスント級三隻が、次に自分たちの下がる宙域へ艦首を向けていた。

 

「《トライアンフ》、右の三隻を追跡。《ディグニタス》はその内側。前部の損傷面を向けないで」

 

 処置を送ってから、合同任務群の回線を開いた。

 

「32、右翼遮断群を確認。次の効力射を右へずらします。正面は33の射撃終了まで、引き受けられません」

 

『了解』

 

 シーアの返事はそれだけだった。許可を受けてから艦を回したのでは、右の三隻が先に着く。コーヴィンは航法席から返った針路を見て、《ヴァリアント》の艦首を次の射撃位置へ向けさせた。

 

 左の遮断群へは、ソーンの三隻が走っていた。先頭のレキューザント級に重い光が集まり、艦首の砲座が砕ける。後続の二隻も進路を外へ膨らませた。それで左は開くはずだった。

 

 敵の中央の後ろから、別の二隻が出た。

 

「予備が左へ動きました」

 

 コーヴィンは正面の表示へ目を戻した。二隻が抜けた位置に、射線の細い部分がある。《アダマント》はそこへ撃ち、後退中の第34任務群は予定より早く次の位置へ抜けていった。ヘイグから短い報告が入る。

 

『34、後退位置を二十秒早く取れる。次の受け渡しを早めたい』

 

『変更を許可します。32は右を見たままで』

 

 左右の敵が開いた分だけ、正面が近づいていた。正面へ砲を戻せば、右翼の三隻が後ろへ回る。コーヴィンは右の射界を残した。

 

「効力射、開始」

 

 《ヴァリアント》の二十二基が光った。三隻のミュニファスントは撃沈されなかった。先頭の艦が減速し、その後ろの二隻が進路を開けるまでの時間が生まれた。コーヴィンは撃沈の欄を見ず、次の射撃位置へ下がる僚艦の速さを見た。

 

 *

 

標準時〇九時三八分 ハービンジャー

 

 正面の敵の主力の戦列の、さらに後ろで、巨大な艦影が横を向いていた。

 

 細長い船体の舷側がこちらへ晒されていた。サブジュゲーター級の大型のイオン砲は、両舷にしかない。撃つためには艦を横へ向けるしかなかった。戦列の後ろで向きを変え終えたその艦の、左舷の砲口の奥に、青白い光が溜まっていた。

 

「敵の旗艦、大型イオン砲に充填の兆候。……目標、第34任務群」

 

 カルヴィの声が艦橋に響いた。

 

 第34任務群は跳躍後退を終え、効力射の準備に入ったところだった。《フォーティチュード》と、二隻のプロヴォケイターと、《アクレイム》。

 

『34、母線の機械遮断。弾薬区画を隔離。目標が変わるまで全艦、準備を維持』

 

 ヘイグの命令が回線に重なった。カルヴィの警報を受けて、自分の四隻へ先に下ろしていた。

 

『34、準備完了』

 

『回避。散開』

 

 ヘイグの声で、第34任務群の四隻が一斉に散った。

 

 青白い光が敵の戦列の後ろから放たれた。

 

 光は散った四隻のうちの一隻を包んだ。

 

 ヴィクトリー級の《アクレイム》だった。

 

『《アクレイム》、被弾。……兵装母線、切断。弾薬庫、隔離。危険区画、減圧』

 

 回線の雑音の奥で、手順の声が次々に重なった。

 

『……機関、停止。推進、応答なし。二次爆発、なし』

 

 《アクレイム》は、暗いまま、漂い始めた。

 

 第34任務群の残りの三隻は、《アクレイム》の周りに集まらなかった。互いの射界を補う位置へ移り、効力射の準備を続けた。演習で何度もやった動きだった。

 

 だが、演習の時には後ろに救難艦がいた。

 

 今日はいなかった。

 

「第35任務群」

 

 シーアは言った。

 

「35、曳航に一隻。トラクター・ビームで、《アクレイム》を」

 

 ソーンが《エンヴォイ》を指名した。

 

『《エンヴォイ》、了解。……撃ちながら、曳きます』

 

 ブレインの声だった。

 

 《エンヴォイ》が、任務群の外側から、漂う《アクレイム》の方へ回り込んだ。テクター級は、十基のトラクター・ビームの発生装置を積んでいた。見えない腕が暗くなった《アクレイム》の艦体を掴んだ。

 

 《エンヴォイ》は、《アクレイム》を曳きながら、北へ走り始めた。走りながら、上の砲塔は、回り込んでくる右翼の群れへ撃ち続けていた。

 

 テクターだけにできることだった。主反応炉が推進とトラクター・ビームを受け持ち、前部反応炉が砲を受け持つ。曳きながら、撃てた。

 

「《アクレイム》の乗員、脱出艇へ移る準備を」

 

『移ります。艦は――』

 

「艦も曳けるところまで曳きます」

 

 ヘイグの返事は、予備電源へ切り替えた狭い回線から届いた。

 

『了解。34の指揮は維持する。私は連絡艇で《フォーティチュード》へ移る』

 

 ヘイグは《アクレイム》の損害対処と脱出準備を副長へ渡した。《エンヴォイ》の牽引が安定するまで、連絡艇は発進を待った。その間もヘイグは残る三隻へ次の射撃位置を送り続けた。自分の艦に残す者と、群の指揮のために連れていく者を、同じ名簿から分けていた。

 

 *

 

標準時〇九時五二分 ハービンジャー

 

 敵の主力の戦列が押してきていた。

 

 プロヴィデンス級のドレッドノートが、戦列の先頭に四隻並び、その後ろにルクレハルク級の巨大な円盤が三つ、浮かんでいた。どの艦も撃ちながら、真っ直ぐに北へ進んでいた。第3合同任務群の後退する速さに、少しずつ、追いついてきていた。

 

「敵の主力、距離を詰めています。後退の速さより、前進の速さの方がわずかに上です」

 

「効力射の時間を延ばしますか」

 

 コルヴェンが訊いた。

 

「延ばせば、跳躍後退が遅れます。遅れれば、両翼が回りきる」

 

 シーアは表示を見ていた。

 

 正面の主力に撃ち続ければ、主力の足は鈍る。だが、その分、任務群は下がれない。下がれなければ、両翼の群れが袋を閉じる。

 

 どちらを選んでも、何かを失う。

 

「効力射の時間は変えません」

 

 シーアは言った。

 

「ヴァリアント級は効力射の間、全部の砲で撃ってください。一発でも多く。その代わり、時間が来たら、必ず下がってください。撃ち足りなくても」

 

『32、了解』

 

『33、了解』

 

『34、了解』

 

 第32任務群の効力射が始まった。《ヴァリアント》の二十二基が敵の主力の先頭のプロヴィデンス級へ、光を浴びせた。四分間。その間にプロヴィデンス級の艦首のシールドが破れ、艦首の砲座が一列、光の中で消えた。

 

 四分が過ぎた。

 

「32、効力射終了。射撃宙域変換」

 

 《ヴァリアント》は、撃つのを止め、向きを変えた。反応炉の出力が砲から推進へ戻っていく。艦は撃ち足りない相手を背にして、北へ下がり始めた。冷却の数字が少しずつ下がっていった。

 

 その背に敵の主力の砲火が集まった。

 

『《ヴァリアント》、後部シールド、負荷七割。……後部の砲塔、二基喪失』

 

 コーヴィンの声が少しだけ硬くなった。艦橋の後部から、砲塔の死傷者を確かめる問い合わせが聞こえてきた。

 

 次の射撃で撃ち返せる相手は、まだ目の前にいた。コーヴィンは砲術席へ手を上げ、追尾を打ち切らせた。そこで一発返せば、後ろの群が待つことになる。

 

『下がります。予定どおり』

 

「予定どおりで」

 

 シーアは言った。

 

 撃つ時間と、動く時間を分けた艦は動く時間の間、撃たれるしかなかった。四か月前の公試で、それは分かっていた。分かっていて、その艦を任務群に入れた。

 

 撃たれながら下がる《ヴァリアント》の後ろで、第33任務群の《アダマント》が、効力射を始めていた。

 

 *

 

標準時〇九時五八分 《アダマント》

 

 マドックが射撃中止を命じると、《アダマント》と《ヴェリタス》の砲火が途切れた。三つ目の射撃表示だけが点灯している。《ヴィルトゥス》だった。

 

「《ヴィルトゥス》、切れ。射撃宙域を変換する」

 

『目標のシールドが落ちます。次の斉射で――』

 

「捨てろ。次の位置へ下がれ」

 

 返事より先に、もう一度、光が走った。目標の選定処理が終了せず、撃ちかけの斉射も残っていた。《ヴィルトゥス》の艦長はそれを終えてから回頭に入ろうとしていた。

 

 マドックは経過の秒数を見た。《アダマント》と《ヴェリタス》はもう後退している。二隻を戻せば、第33任務群そのものが前へ残る。彼は戻れとは言わなかった。

 

「撃たずに捨てろ。今すぐだ」

 

『《ヴィルトゥス》、射撃中止。変換、開始』

 

 四十秒が過ぎていた。

 

 敵の中央にいたプロヴィデンス級の砲火が、一隻だけ残った《ヴィルトゥス》へ向いた。機関区画に光が入り、後部のシールド表示が消える。マドックは最初の命令を取り消せなかった。取り消していれば、今度は三隻がその光の中にいた。

 

『後部シールド、喪失。機関区画、火災。速力、半分』

 

「そのまま北へ。《ヴェリタス》、追尾している敵を押さえろ」

 

 《ヴィルトゥス》は火を引きずって下がった。マドックは合同任務群の回線へ、遅延と損傷を一緒に送った。言い訳を添える時間はなかった。

 

 *

 

標準時〇九時五九分 《エクスターミネイター》

 

『共和国ノ第33任務群、一隻遅延。後退速度低下』

 

 TD-17がその艦の航跡を共有した。TD-18は右翼の進出線を内側へ引き、TD-19が共和国の後続が到着するまでの残り時間を添えた。前へ残った一隻を追うために、右翼を全部向ける必要はなかった。

 

『右翼先頭、進路修正。閉鎖予測、四十七秒短縮』

 

 ゼーアは表示の右端を見た。数値は四十七秒だった。その艦が完全に止まればさらに短くなるし、共和国が別の群を寄せれば長くなる。だが、いま生まれた時間を捨てる理由はなかった。

 

「予備から右翼へ二隻。残りは動かすな」

 

 右翼の先端が伸びた。その分だけ中央の後ろが薄くなり、共和国の残る群が北へ加速する。三機の計算は止まらなかった。

 

 *

 

標準時一〇時〇三分 ハービンジャー

 

「33、跳躍前進――」

 

 シーアは言いかけて止まった。

 

 後退の途中で前進の号令はなかった。跳躍後退だった。周期の順番が一つずれていた。《ヴィルトゥス》が抜けた分、第33任務群の番が予定より早く回ってきていた。

 

「33、効力射開始」

 

『33より。《アダマント》は、まだ撃てません』

 

 マドックの声だった。座乗艦の艦長から受けた数値を、そのまま報告していた。

 

『冷却が規定値の九割。前の効力射から、まだ下がりきっていません。今撃てば、砲の冷却が途中で限界に来ます』

 

 シーアは表示を見た。

 

 第32任務群は効力射を終えて下がる途中だった。第34任務群はまだ次の射撃宙域に着いていなかった。今、撃てる任務群は第33任務群しかなかった。撃たなければ、正面の主力は一分間、誰にも撃たれずに前へ出てくる。

 

「撃てるだけ撃ってください」

 

 シーアは言った。

 

「次が下がるまででいい。第34任務群が射撃宙域に着いたら、すぐに止めてください」

 

『……了解。撃てるだけ』

 

 《アダマント》の甲板から、赤い光条が噴き出した。二十二基の砲塔が艦首から艦尾へ、光を送り出していった。

 

 九十秒、撃った。

 

 十二基目の砲塔の光が途中でぶれた。

 

『《アダマント》、第十二主砲、冷却の限界。……自動遮断が効きません。砲塔の区画で過熱』

 

 第34任務群が射撃宙域に着いた。

 

「34、効力射開始。33、射撃を切ってください」

 

 マドックが隷下艦へ中止を命じた。

 

 《アダマント》が、撃つのを止めた。止めた時には第十二主砲の区画から、白い煙が噴き出していた。

 

 その煙の上に敵の主力の砲火が入った。

 

『《アダマント》、被弾。第十二主砲の区画、貫通。……火災、拡大中』

 

 *

 

 《アダマント》の艦内で、損害対処班長のベリック一等兵曹は通路の途中で立ち止まっていた。

 

 扉も隔壁も案内の表示も、ヴェネター級のものだった。第十二主砲の冷却区画へ向かう最短の経路は、この先の扉を抜けて、右だった。ヴェネター級なら、そうだった。

 

 扉の先は砲塔の台座の給電区画だった。

 

「違う。戻れ」

 

 班員の一人が艦内の配置図を開いた。サイブの工廠で渡された図だった。図の上では、第十二主砲の冷却区画へは、一つ下の甲板を回る経路が一本だけ描かれていた。

 

 その経路の途中の隔壁が閉じていた。

 

「火災の区画を閉鎖しました。自動で」

 

 通信の担当が言った。

 

「その隔壁が閉じると、冷却区画へ行ける経路が全部なくなります」

 

 班長は配置図を見た。ヴェネター級の区画を、サイブが並べ替えて繋いだ艦だった。一つの隔壁を閉じると、その向こうの区画への道が、一本も残らないことがあった。ヴェネター級なら、必ず別の道があった。

 

「冷却管の迂回路は」

 

「図では、第十一主砲の脇を通っています。……ですが、先週、冷却管を増設した時に、経路が変わっています。図が古い」

 

 自動化の装置の表示が赤く明滅していた。区画の火災の消火を自動で行うはずの装置だった。第十二主砲の区画へ入った光が、その装置の制御の回路を焼いていた。

 

 手でやるしかなかった。

 

 自動化が生きていれば、区画を隔離した後でも、遠隔の弁で冷却を切り替えられるはずだった。ベリックが弁の表示に触れても、応答は返らなかった。配置図を開き直す。別の甲板を回る線も、閉じた同じ隔壁へ行き着いた。背後には消火剤を抱えた班員が待っていたが、そこへ通す道がなかった。

 

 自動化された艦が自動化を失った時のことを、誰も十分には考えていなかった。

 

 乗員は少なかった。消火の班を回せば、損害対処の他の区画が空く。

 

「隔壁を手で開けます。向こうの区画に、まだ人が」

 

「開ければ、火がこちらへ来る」

 

 班長は閉じた隔壁の、小さな窓を見た。窓の向こうで、煙の中に人の影が動いていた。

 

 ヴェネターを知っている者ほど、迷う。カリダの公試の後に、報告書に一行加わった冗談だった。

 

 今は冗談ではなかった。

 

 *

 

「《アダマント》、火災、拡大。第十一、第十二主砲、使用不能。……死傷者、多数。損害対処、手が足りていません」

 

 艦長の声が回線に入った。

 

「速力は」

 

『四割。まだ、走れます』

 

「北へ。第1合同任務群の方角へ真っ直ぐに。任務群から、外れてください」

 

『……了解』

 

 《アダマント》は、火を噴きながら、任務群の隊形から外れていった。第33任務群は、《ヴェリタス》一隻になっていた。マドックはその一隻へ次の位置を送り、司令部要員を連絡艇に集めた。艦長へ損害対処を渡してから、自分も《ヴェリタス》へ移る。通信が使える間は、燃える艦からでも群を動かさなければならなかった。

 

 シーアは表示の上の、三つの任務群を見た。

 

 十四隻で始めた。《アクレイム》は曳かれ、《ヴィルトゥス》は火を引きずり、《アダマント》は燃えながら北へ下がっていた。

 

 周期はまだ回っていた。回っていたが、回す艦が減っていた。

 *

 

標準時一〇時一四分 ハービンジャー

 

 《グラヴィタス》が、沈んだ。

 

 第34任務群のプロヴォケイターだった。跳躍後退の途中で、右翼の群れに混じった、前衛の生き残りのバトルクルーザー二隻の砲火が、同時に集まった。後退する向きの艦尾に、シールドの薄い場所があった。そこへ光が続けざまに入った。

 

『《グラヴィタス》、機関区画に被弾。火災。……推進、停止』

 

 プロヴォケイターの細い船体が、北へ向かう速さを失い、止まった。

 

『《グラヴィタス》、退艦準備に入っています』

 

 《フォーティチュード》へ移ったヘイグの声だった。艦長の判断を受け、残った僚艦へ掩護を命じていた。シーアは北を走る補給艦の位置を確かめた。

 

 救命の艇が船腹から離れ始めた。三隻。五隻。

 

 バトルクルーザーの次の斉射が、止まった船体の中央に入った。

 

 光が船体の内側から噴き出した。《グラヴィタス》は、中央から裂けて、二つの長い塊になって、回りながら離れていった。

 

「《グラヴィタス》、識別信号、消失。……救命の艇、七隻を確認」

 

 カルヴィは艦の印を消した後も、同じ宙域を拡大していた。大きな残骸の陰から、まだ艇が出るかもしれなかった。七隻の位置を送る時には、確認を続けている範囲も付けた。

 

 艦橋の誰もしばらく口を開かなかった。

 

「《ストレイト・ライン》へ」

 

 シーアは言った。声は平らだった。

 

「救命の艇、七隻。位置を送ります」

 

『受け取りました。拾いに行きます』

 

 ハロウェイの声がすぐに返ってきた。

 

『燃料、残り九日分。拾っても減りません』

 

 第34任務群は二隻になっていた。《フォーティチュード》と、プロヴォケイターが一隻。《アクレイム》は《エンヴォイ》に曳かれ、《グラヴィタス》は沈んだ。

 

「34、効力射の時間を他の任務群と同じに。二隻で火力投射を続けてください」

 

『34、了解。……二隻で続けます』

 

 ヘイグ大佐の声は変わらなかった。

 

 *

 

標準時一〇時一九分 ハービンジャー

 

 右翼の群れのバトルクルーザーが、もう一度、回り込んできていた。

 

 今度は三隻だった。先端に一隻、その後ろに二隻。第3合同任務群の右の側面を、北へ向かって追い越そうとしていた。追い越されれば、袋の口の右側が閉じる。

 

「35、右へ」

 

 ハービンジャーが、《ヘラルド》を連れて、右へ走った。《エンヴォイ》は、《アクレイム》を曳いたまま、北への後退を続けていた。

 

 二隻のテクターの主砲が、先端のバトルクルーザーへ集まった。バトルクルーザーのシールドが、明滅した。

 

 バトルクルーザーの後ろの二隻が、揃って撃ってきた。

 

 長い砲身の光がハービンジャーの上部構造へ、真っ直ぐに伸びてきた。

 

 艦橋の窓が白くなった。

 

 窓の上から、重い密閉のシャッターが落ちてきた。落ちきる前に光が入った。

 

 音がした。艦体を伝わってくる、重い衝撃の音だった。

 

 シーアは自分の身体が、艦長席の脇から床へ叩きつけられるのを感じた。それから、何も感じなくなった。

 

 *

 

標準時一〇時一九分 《ヘラルド》

 

「ハービンジャー、艦橋に被弾」

 

 《ヘラルド》の索敵担当が声を上げた。

 

 ソーンは窓の外を見た。隣を走っていたハービンジャーの、段をなした上部構造の頂から、煙のような白い噴出物が細く伸びていた。幅の広い艦橋が半分、形を変えていた。

 

「ハービンジャー、応答を」

 

 回線は雑音だけだった。

 

「第3合同任務群司令部、応答を」

 

 雑音だけだった。

 

 ソーンは一秒、動かなかった。

 

 演習の想定の欄にあった一行を、思い出していた。第3合同任務群司令官、戦死。指揮の継承の順番はカリダを出る前の晩に、決めてあった。

 

 一秒が過ぎた。

 

「3群、全艦へ」

 

 ソーンは回線に言った。

 

「第3合同任務群の指揮を、《ヘラルド》が継承する。効力射、継続。跳躍後退、継続。周期は変えない」

 

 三つの任務群の指揮官の声が順に返ってきた。

 

『32、了解』

 

『33、了解』

 

『34、了解』

 

 任務群は止まらなかった。

 

 第32任務群は効力射を続け、第33任務群は跳躍後退を続け、第34任務群は射撃宙域の変換を続けていた。どの任務群も司令部の声が消えたことを知っていた。それでも、周期は崩れなかった。

 

 マドックが第33任務群の回線で、短く言った。

 

『止まったのは一秒でした』

 

 ソーンはそれに答えなかった。前方のバトルクルーザーを見ていた。

 

「ハービンジャーの状況を確認し続けて。艦として動いているなら、任務群の外で並走させる」

 

「ハービンジャー、推進、生きています。主砲も撃っています。……艦橋だけです」

 

 *

 

標準時一〇時二五分 ハービンジャー、艦橋下予備指揮所

 

 目を開けると、天井が低かった。

 

 艦橋の天井ではなかった。艦橋の下の階層の、予備の指揮所の天井だった。非常灯の赤い光が配管の並んだ天井を照らしていた。

 

 誰かがシーアの額に何かを押し当てていた。布だった。布の端が赤く濡れていた。

 

「動かないでください」

 

 ケレンの声だった。

 

「頭を打っています。血が止まりきっていません」

 

 シーアは身体を起こそうとした。左の肩に鋭い痛みが走った。

 

「……何分?」

 

「六分です」

 

 ケレンが答えた。

 

「周期は」

 

「回っています」

 

 シーアは少しだけ目を閉じた。それから、もう一度開けた。

 

「状況を」

 

 予備の指揮所の奥で、コルヴェンが振り返った。額に包帯を巻いていた。制服の袖が焦げていた。

 

「艦橋は使えません。シャッターが落ちきる前に、光が入りました。艦橋の前の半分の要員が死傷。……私は後ろの半分にいました。少将は床に叩きつけられて、気を失っていました。ケレンと二人で、ここまで運びました」

 

 コルヴェンは予備の指揮所の表示を示した。

 

「艦は生きています。推進、主砲、二つの反応炉、全部。艦の指揮はこの予備の指揮所から、私が執っています。テクター級の艦橋の下には、艦橋が潰れても艦を動かせる階層がある。設計の図にあったとおりでした」

 

「合同任務群は」

 

「第35任務群のソーン大佐が継承しました。被弾から、一秒で」

 

 シーアは表示を見た。

 

 三つの任務群がまだ回っていた。効力射。跳躍後退。射撃宙域変換。艦の数は減っていた。《ヴィルトゥス》の四十秒の傷も、《アダマント》の早すぎた効力射も表示の記録に残っていた。それでも、指揮官が倒れた六分の間、周期は止まらなかった。《ヘラルド》の印の横に合同任務群の司令部の記号が付いていた。

 

「一秒」

 

「マドック大佐が回線でそう言っていました。止まったのは一秒でした、と」

 

 シーアはしばらく表示を見ていた。

 

 技術区画から、リラが予備の指揮所へ上がってきた。作業服の袖が冷却材で濡れていた。シーアの額の布を見て、一瞬、足を止めた。

 

「……艦橋が高すぎます、って言いましたね」

 

 リラは小さく言った。

 

「一年以上前に。撃つ側もきっと好きです、って」

 

「言いました」

 

「撃つ側はやっぱり、好きでした」

 

 リラはそれ以上は言わなかった。唇を噛んで、表示の方を向いた。

 

「前部反応炉、出力八割。冷却、規定値の六割。主反応炉、正常。艦橋の区画の配電は切り離しました。……この艦はまだ撃てます」

 

「ありがとう」

 

 シーアはケレンの手を借りて、予備の指揮所の席に座り直した。

 

「ソーン大佐に回線を」

 

 後部通信卓から降りてきたセルトが、予備指揮所の回線を開いた。艦橋の前部通信席は応答していなかった。その回線も一覧から消さず、使える経路だけをソーンの艦へ繋いでいた。

 

『少将』

 

 ソーンの声が少しだけ高くなった。

 

『ご無事で』

 

「無事ではありませんが、話せます」

 

 シーアは言った。

 

「指揮を戻しますか、と訊かれる前に言っておきます。そのまま、続けてください。第1合同任務群が着くまで。周期はあなたが回している。今、回している人を替えれば、また一秒止まります」

 

 回線の向こうで、ソーンが短く息を吸った。

 

『……了解しました。第1合同任務群の到着まで、指揮を継続します』

 

「僕はここから見ています。何かが起きたら、言います」

 

 シーアは表示の時計を見た。一〇時二五分。

 

 第1合同任務群まであと二十分だった。

 

 *

 

標準時一〇時三五分 《アダマント》艦内

 

 損害対処の班長は隔壁の開閉の把手に、手を掛けていた。

 

 窓の向こうの煙の中に、まだ人影が動いていた。第十二主砲の冷却区画の班員たちだった。自動の閉鎖で区画ごと閉じ込められていた。

 

「消火の薬剤を全部こちらへ。開けたら、すぐに撒け。火を向こうへ押し戻す」

 

「開ければ、この通路も燃えます」

 

「分かっている」

 

 班長は把手を引いた。

 

 隔壁が手で押し開けられた。熱と煙が通路へ噴き出した。班員たちが薬剤の筒を向け、白い霧を区画の中へ押し込んでいった。煙の向こうから、人影が一人、二人と、よろめきながら出てきた。

 

 十一人が出てきた。

 

 十二人目は出てこなかった。区画の奥の、第十二主砲の台座の陰で、動かなくなっていた。その向こうにもまだ何人かいたはずだった。

 

「閉じろ」

 

 班長は言った。

 

 隔壁がまた閉じられた。

 

 班長は閉じた隔壁の窓をしばらく見ていた。それから、救い出した十一人の方を向いた。煤で黒くなった顔が並んでいた。作業服の胸には、前に乗っていたヴェネター級の記章を残している者もいた。ヴェネターを知っている者たちだった。

 

「配置図を覚え直せ」

 

 班長は自分にも言い聞かせるように言った。

 

「この艦はヴェネターじゃない」

 *

 

標準時一〇時四〇分 《ヘラルド》

 

 袋の口は狭くなっていた。

 

 右翼の群れは、ハービンジャーが艦橋を撃たれた後も、回り込むのをやめていなかった。三隻のバトルクルーザーが第3合同任務群の右の側面を、北へ向かって追い越しかけていた。左翼の群れも、もう一度、内側へ寄せてきていた。

 

 正面の主力は距離を詰め続けていた。プロヴィデンス級が二隻、艦首を失いながら、それでも撃ってきていた。

 

「《ヘラルド》と、ハービンジャー。右へ」

 

 ソーンは言った。《ヘラルド》の艦長席には、自艦の損傷報告と三つの任務群の時刻が並んでいた。彼女は自艦の回頭を副長へ渡し、群の表示を手前へ寄せた。代わったのは指揮官だけだった。見るべきものの数は、引き継ぐ前とは違っていた。

 

『ハービンジャー、了解』

 

 コルヴェンの声だった。予備の指揮所からの声だった。

 

 二隻のテクターが右へ走った。艦橋の潰れたハービンジャーは、それでも、主砲の重い光を、正確にバトルクルーザーへ叩き込んでいた。前部反応炉が砲を受け持ち、主反応炉が推進を受け持つ。艦の頭が潰れても艦の手足は別々に動いた。

 

 右の先端のバトルクルーザーが、二隻のテクターの主砲の集中を受けて、艦首から火を噴いた。回り込む針路がまた外へ振れた。

 

 袋の口は閉じなかった。

 

「第1合同任務群まで」

 

「五分」

 

 左でも、予備から出た軽艦が遮断群の先端へ加わっていた。右を止めたからといって左が待つことはない。ソーンは第32任務群から届いた射界の変更を承認し、第34任務群の後退が終わるまで、二隻のテクターを右へ残した。

 

 ソーンは北の方角の索敵の表示を見た。

 

 何も映っていなかった。

 

 まだ、何も。

 

 *

 

標準時一〇時四五分 北の宙域

 

「後方、跳躍反応!」

 

 《ヘラルド》の索敵員が声を上げた。ソーンは右を向けていた表示を北へ切り替えた。味方のはずだった。だが、識別が返るまでの間、艦橋の誰も次の言葉を口にしなかった。

 

「共和国識別。マエルストローム級《ポラリス》。第1合同任務群です」

 

 北の宙域で、光が次々に艦の形へ変わった。マエルストローム、プロクラメイター、プロヴォケイター、ヴァリアント。十八隻が、射界を分けながら広がっていく。

 

『着いた』

 

 先頭の第11任務群を率いるラックスの声だった。

 

『数えたとおりに』

 

 ソーンは返事の前に、第33任務群の進路を見た。北へ下がり続ければ、そのまま第1合同任務群の射線へ入る。

 

「32、次の受け渡しまで射撃を続けて。33は北東の通過線へ。1群の正面を横切らない。34、間隔を開けて続いて」

 

 マドックの了解が、《ヴェリタス》から返った。その声に、マーレン少将の通信が重なった。

 

『第1合同任務群司令官、マーレン。右翼はこちらが引き受ける。通過線を送る』

 

 ソーンは受け取った線を三つの群へ渡した。艦橋の誰かが吐いた息は聞こえたが、彼女はまだ手すりを離せなかった。

 

 第1合同任務群の右端が光った。後退する第3合同任務群の上方を射線が通り、回り込んでいたバルワーク三隻へ届く。そのうちの一隻が艦首を振り、続く二隻も外へ開いた。左翼の遮断群にも、共和国の新しい砲火が向けられた。

 

 閉じかけた口が、両側から開いた。

 

『1群、効力射を引き継いだ』

 

「3群、射撃終了。通過を続けて」

 

 ソーンはその順番で命じた。新しい砲火が届く前に、自分たちの砲火を消すわけにはいかなかった。《エンヴォイ》が《アクレイム》を曳いて通過線へ入る。第1合同任務群の後方から救難艦が寄ってきた。

 

『救難艦《ミゼリコルディア》。《アクレイム》を引き取ります』

 

 牽引を渡した《エンヴォイ》が、通過する最後の群へ砲を向け直した。撃つ相手はまだいたが、右の遮断群はもう、帰る艦の前へ出られなかった。

 

 《ストレイト・ライン》が、救命の艇を七隻、格納区画に収めたまま、その後に続いた。

 

『燃料、残り九日分。救命の艇、七隻、全部拾いました』

 

 ハロウェイの声だった。

 

 *

 

 《エクスターミネイター》の表示から、閉鎖の予測時刻が消えた。

 

『共和国後続、展開。右翼遮断群、進出不能』

 

『左翼、射撃ヲ受ケテ針路変更。包囲閉鎖、不能』

 

「分かっている」

 

 ゼーアは答えた。TD-18が予備を右へ回す案を表示したが、提督は採らなかった。先鋒十四隻だけを閉じ込めるために引いた線の中へ、新しい十八隻が入っていた。

 

「両翼を戻せ。予備で離脱を支える。次の群が来る場所を探せ」

 

 三機のドロイドが新しい宙域を開いた。失敗した計算は戦闘記録へ移された。共和国の後退速度を、最初の予測値へ戻す機体はなかった。

 

 *

 

 ハービンジャーの予備の指揮所で、シーアは表示を見ていた。

 

 第1合同任務群の十八隻の印の後ろに、第3合同任務群の印が並んで入っていった。十四隻で出てきた。今、戦える艦は十隻だった。《グラヴィタス》が沈んだ。《アクレイム》は救難艦に曳かれていった。《アダマント》は、火を噴きながら、自分の力で第1合同任務群の後ろへ抜けていった。《ヴィルトゥス》は、機関の火災を抱えて、それに続いた。《ヴァリアント》は後部の砲塔を二基失い、《ディグニタス》は前部の砲座を失い、ハービンジャーは艦橋を失っていた。

 

 それでも、十隻が戦列の中にいた。

 

 《アダマント》の死傷者の数はまだ届いていなかった。届いた時にはその数の半分以上が、閉じた隔壁の向こうの区画のものだと分かることになる。

 

「ソーン大佐」

 

 シーアは回線に言った。

 

「指揮を戻します」

 

『……了解。第3合同任務群の指揮をハービンジャーへ返します』

 

 ソーンの声には少しだけ安堵が混じっていた。

 

 ラックスから、個別の回線が入った。

 

『艦橋を撃たれたと聞いた』

 

「撃たれた」

 

『生きているな』

 

「生きている」

 

 ラックスは少しだけ間を置いた。

 

『……一秒で継いだ、と第1合同任務群の回線にも流れてきた。命令する場所が一つでも、その一つが潰れた時に、次が一秒で継げるなら』

 

 ラックスはその先を言わなかった。

 

『後ろは、任せろ。第2合同任務群が一時間で来る』

 

 回線が切れた。

 

 第3合同任務群は生きて、戻ってきた。

 

 だが、戦闘から戻ったわけではなかった。

 

 第1合同任務群の戦列の向こうで、大洋艦隊が止まった。逃げたのではなかった。戦列を組み直していた。プロヴィデンス級が前へ出て、ルクレハルク級がその後ろへ並び、そのさらに後ろに、《エクスターミネイター》の細長い印があった。

 

「2群、跳躍まで五十七分」

 

 通信士官が言った。

 

「4群、一時間五十八分。第5合同任務群、二時間五十九分。直轄の重戦列――」

 

「分かりました」

 

 シーアは言った。

 

 向こうも、増えていた。

 

 六十。七十一。八十三。索敵の範囲へ入るたびに、赤い印が増えていった。

 

 さっきまでの九十分は、十四隻が生き残るための戦いだった。

 

 これから来るのは違った。

 

 ケレンが予備の指揮所へ茶を運んできた。カップは半分しか満たされていなかった。揺れる艦の中で、こぼさずに運べるのがそれだけだった。

 

 シーアはそれを手に取った。温かかった。

 

 表示の向こうで、二つの艦隊が集まり始めていた。

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