STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
両艦隊、激突!
第3合同任務群の決死の後退戦は、グランド・フリートの到着までの時を稼ぎ切った。
トリトンの北の宙域に、二つの艦隊が集う。
共和国、九十一隻。分離主義者、百四隻。
クローン戦争始まって以来最大の艦隊決戦が、今、幕を開ける――
*
C.R.C. 7956.045 標準時一〇時五〇分 《エクスターミネイター》
「共和国ノ第1合同任務群、到着。先鋒ハ第1合同任務群ノ戦列ノ中ヘ下ガリマシタ」
TD-18が報告した。北へ伸ばした両翼の航跡は、途中から外へ曲がり、自軍の中央へ戻っていた。
『両翼、収容ヲ継続。機動予備群、掩護中』
ゼーア提督は表示の上の十八の印と、その中に紛れ込んだ第3合同任務群の印を見ていた。主力の前で縦に重なるはずだった共和国の群が、横へ広がり始めていた。
「沈めたのは」
「プロヴォケイター級、一隻。ヴィクトリー級、一隻航行不能。ヴァリアント級、一隻大破。テクター級の先頭の艦、艦橋に被弾。……それでもあの合同任務群は周期を止めませんでした。艦橋を撃たれた直後も」
ゼーア提督はしばらく黙っていた。
「艦橋を撃っても止まらない艦隊か」
提督は少しだけ口元を動かした。笑ったのではなかった。
「先鋒は逃がした。だが、艦隊は来た。補給を切って、戦闘艦だけで。我々の選んだ宙域へ」
TD-19は後続の跳躍点の候補を表示していた。早朝の作戦図では、先鋒を追う群が同じ進路を通るはずだった。今は、そのどれもが第1合同任務群の側方へ繋がっている。
「到着した群を、繋がる前に切り離す」
提督は機動予備の位置を共和国の戦列の端へ移させた。
「包囲には固執するな。次は、隣の群が砲を向けるまでの間に食う。全部が揃う前に、一つでも多く」
三機の戦術ドロイドが到着地点と展開時間を分担した。TD-18は軽艦の速さではなく、重い砲がその場所へ届くまでを計り始めた。
『ラジャー、ラジャー』
*
標準時一一時四七分 トリトン星系北方宙域、第2合同任務群
第2合同任務群の十七隻が跳躍を抜けたのは、第1合同任務群の戦列の左の端から、少し離れた宙域だった。
旗艦のマエルストローム級《レグルス》の艦橋で第2合同任務群司令官のソラン少将は表示を見た。第1合同任務群の戦列が右に見えていた。その向こうに、大洋艦隊の赤い印が並んでいた。
「第1合同任務群の左の端に、戦列を継ぎ足す。任務群ごとに展開」
ソランは言った。
三つの任務群が第1合同任務群の戦列の端へ向かって散り始めた。展開には十分かかる。十分あれば、第1合同任務群の戦列と一本の線になる。
四分目に索敵担当が声を上げた。
「敵、ルクレハルク級二、プロヴィデンス級四。軽艦が随伴。本群の左の端へ向かっています。……速い」
大洋艦隊の戦列の右の端から、六つの大きな印が離れていた。第2合同任務群がまだ組み終わっていない戦列の、一番外側を狙っていた。
組み終わる前に叩く。ゼーアの命令のとおりだった。
「23、展開を中止。その場で効力射。左の端を守れ」
ソランは言った。
「第21任務群と第22任務群は展開を続けろ。第1合同任務群と繋がるまで、止まるな」
第23任務群の四隻が展開の途中で向きを変え、撃ち始めた。先頭にいたのはマエルストローム級《アルタイル》だった。
ソランの卓には、自分の旗艦もそちらへ向ける針路が出ていた。《レグルス》が寄れば四隻を助けられる。だが、その分だけ第1合同任務群へ繋がるはずの中央が空く。
「旗艦は予定の位置へ」
艦長が彼の方を見た。ソランは《アルタイル》の印から目を離さず、同じ命令を繰り返した。四隻を見捨てるためではなかった。四隻が下がれる場所を、先に作るためだった。
ルクレハルク級の巨大な円盤の縁が、一斉に光った。
光は、《アルタイル》の艦首に集まった。前部シールドが明滅し、破れた。次の斉射が艦首の外板を剥ぎ、その次の斉射が、艦首の砲塔の列を一つずつ吹き飛ばしていった。
『《アルタイル》、艦首、全砲塔喪失。前部の区画、火災。……後退します』
「救難艦、《アルタイル》へ。第23任務群、《アルタイル》の前へ詰めるな。射界を補え」
《アルタイル》は艦首から火を噴きながら、戦列の後ろへ下がっていった。救難艦がその横に並んだ。
第23任務群の残りの三隻は、下がった一隻の場所へ寄らなかった。互いの射界を補う位置へ広がり、効力射を続けた。ヴァリアント級の《イントラクタブル》が、二十二基で、迫ってくるプロヴィデンス級の先頭へ光の雨を降らせた。
先頭のプロヴィデンス級の艦首が、雨の中で折れた。
その間に第21任務群と第22任務群が、第1合同任務群の戦列の左の端に届いた。
「第1合同任務群と接続。戦列、繋がりました」
「23、戦列の中へ下がれ」
第23任務群が下がると、六隻の大きな印はそれ以上は追ってこなかった。プロヴィデンス級を一隻と、付いてきたレキューザント級を一隻失い、戦列の右の端へ戻っていった。
ソランは表示の上の《アルタイル》の黄色い印を見ていた。艦長から救難艦への引き渡し完了が届く。その行に触れてから、隣の、第4合同任務群の到着予測を開いた。十分が要るはずだった。敵はその十分を渡すつもりがなかった。
「組み終わる前に叩かれた」
ソランは言った。
「次に着く合同任務群に送っておけ。着いたら、組みながら撃て、と」
*
標準時一二時四八分 第4合同任務群、マエルストローム級《アンタレス》
第4合同任務群の司令官のヴァイアン少将は、第2合同任務群からの送信を跳躍の中で読んでいた。
組みながら、撃て。
「跳躍を抜けたら、展開と効力射を同時に。第41任務群は抜けた瞬間から撃て」
第4合同任務群の十六隻が跳躍を抜けた。第41任務群は抜けた瞬間に撃ち始めた。第42任務群と第43任務群はその砲火の下で、第2合同任務群の戦列の左の端へ展開していった。
大洋艦隊の戦列の右端では、プロヴィデンス級が一度、艦首をこちらへ振った。第41任務群の砲火が届くと、突進する針路を外へ変えた。後続もその後ろに留まった。ヴァイアンは第2合同任務群から受け取った記録を、表示の脇に残していた。《アルタイル》が負った損傷の欄だった。
「敵、寄ってきません」
「そのほうがいい。組み終わるまで――」
ヴァイアンが言いかけた時、索敵担当が振り返った。
「敵の戦列の後ろ。サブジュゲーター級、回頭を始めています。……右へ。左舷を本群へ向けつつあります」
ヴァイアンは表示を見た。
大洋艦隊の戦列のずっと後ろで、細長い艦影がゆっくりと横を向き始めていた。巨大な船体の舷側が少しずつ、第4合同任務群の方へ晒されていく。
ヴァイアンは、その動きを知っていた。デヴァロンの前、《ハルバード》が同じ光を浴びた時にも、戦列の奥で同じ艦影が横を向くのを見ていた。
「向き終わるまで、どれくらい」
「推定、二分」
「充填の兆候は」
「……出ました。左舷の砲口」
ヴァイアンは合同任務群の全艦への回線を開いた。
「4群、全艦。母線の機械遮断、準備。弾薬区画、隔離弁を手動の位置へ。目標が分かり次第、その艦は遮断して散開」
二分は、長かった。
巨大な艦が横を向いていく間、その舷側は第4合同任務群の戦列からもはっきり見えていた。ヴァイアンはその舷側を撃ちたかった。だが、遠かった。大洋艦隊の戦列の、ずっと後ろだった。第4合同任務群の砲では、届かなかった。
撃たれるのを待つしかなかった。
「目標、特定。……《コヴェナント》」
プロクラメイター級だった。第42任務群の真ん中にいた。
『《コヴェナント》、母線、遮断準備完了。散開します』
細いプロクラメイターが、任務群の隊形から横へ抜け出そうとした。
青白い光が放たれた。
光は《コヴェナント》を包んだ。艦の灯りが消えた。機関の光が消えた。
『兵装母線、切断。弾薬庫、隔離。危険区画、減圧。……二次爆発、なし』
《コヴェナント》は、暗いまま、漂い始めた。
第42任務群の残りの艦は、《コヴェナント》の周りに集まらなかった。救難艦が一隻、その横に付き、トラクター・ビームで戦列の後ろへ曳いていった。
撃ち終えた巨大な艦はまた、ゆっくりと艦首を戻し始めた。
《コヴェナント》の艦長から、艦内の非常灯が点いたとの報告が来た。ヴァイアンは了解を返してから、索敵席の記録を止めないよう命じた。大きな砲口がこちらを向かなくなっても、艦の舷側はまだ見えていた。
ヴァイアンは、その艦が元の向きに戻るまでの時間を計らせた。
「二分十秒」
「記録しろ。向く時に二分。戻る時に二分十秒。その間、あの艦の舷側はこちらを向いている」
ヴァイアンは表示の上の、巨大な艦の印を見ていた。
「艦隊司令部に送れ。あの艦を撃つなら、横を向いている間だ。届く砲を持った艦が届く距離にいれば」
第4合同任務群は組み終わった。戦列の左の端がまた少し伸びた。大洋艦隊の戦列の右の端のレキューザント級が二隻、第4合同任務群の第41任務群の効力射の中で火を噴き、戦列から離れていった。
*
標準時一三時四九分 第5合同任務群、ヴァリアント級《テナシティ》
第5合同任務群が跳躍を抜けた時、空が小さな印で埋まっていた。
「ヴァルチャー、多数。ハイエナ、多数。……本群の正面へ向かっています。百機を超えます」
第5合同任務群の司令官のオスリク少将は、表示を見た。
大洋艦隊の戦列の後ろに並んだプロヴィデンス級の空母が、格納口を開けていた。四隻、五隻。どの空母からも艦載機が吐き出され続けていた。
組み終わる前に叩けないなら、組み終わる前に、空から叩く。
「対空、全門。戦列の展開を続けながら撃て。ヴェネター級は艦載機を全部出せ」
第5合同任務群の二隻のヴェネター級から、Vウイングの編隊が飛び立ち、雲の中へ入っていった。第5合同任務群の各艦の舷側の対空の砲座が、一斉に空へ向いた。
雲が、第5合同任務群の戦列へ降りてきた。
ヴァルチャーが展開の途中の艦の間をすり抜け、艦橋と砲座を狙って撃ち込んできた。ハイエナの編隊が密集したまま、艦の艦尾へ降下していった。
『《ルーメン》、艦尾に被弾。機関区画、火災。……推進、停止』
プロヴォケイター級だった。第53任務群の一番後ろにいた艦だった。
『《ルーメン》、火災、拡大。弾薬区画へ延焼。……総員、退艦』
救命の艇が船腹から離れ始めた。三隻、四隻。
五隻目の艇が離れる前に、《ルーメン》の艦尾から、白い光が噴き出した。
プロヴォケイターの細い船体が、中央から折れた。
オスリクは艦長席の手すりを握っていた。
「救難艦、救命の艇を拾え。……第51任務群、効力射開始。目標、敵の空母の前にいる艦」
《テナシティ》の二十二基の砲塔が光を放ち始めた。艦首から艦尾へ途切れずに。光の雨が、空母の前に並んでいたミュニファスント級の列へ降り注いだ。
ミュニファスント級が一隻、二隻、三隻と、雨の中で火を噴いた。空母の前の盾がなくなった。空母は格納口を閉じ、戦列の後ろへ下がっていった。
雲は少しずつ薄くなり、やがて引いていった。
第5合同任務群は組み終わった。十七隻で跳躍を抜け、十六隻で戦列の端に並んだ。
*
標準時一四時三〇分〜一六時五〇分 トリトン星系北方宙域
第5合同任務群が組み終わった時、共和国の戦列は、トリトンの北の宙域からクラクドールの外縁まで、横に長く伸びていた。
第1合同任務群、第2合同任務群、第4合同任務群、第5合同任務群。四つの合同任務群の戦列が、端と端を繋いで一本の線になっていた。その後ろに、第3合同任務群の十隻がいた。
第3合同任務群は第1合同任務群の戦列の後ろで、残った艦を組み直していた。《ヘラルド》が合同任務群の司令部の中継を受け持ち、ハービンジャーは艦橋の潰れた上部構造を晒したまま、予備の指揮所から戦列の外側を走り続けた。
戦列の端と端では撃ち合いが続いていた。大洋艦隊の軽艦が回り込もうとし、共和国の任務群がそれを押し戻した。共和国は重戦列の到着を待っている。大洋艦隊には待つ理由がなかったが、群を一つ切り離すたびに、その前へ次の群の砲火が届いた。
ゼーアが望んだ到着順の各個撃破は、まだ一度も成立していなかった。共和国側に損害がなかったのではない。損害を受けた群が、隣へ渡す仕事を手放していなかった。
大洋艦隊の側も戦列を組み直していた。前衛の残りを主力の両脇へ回し、軽艦を側面へ散らし、ルクレハルク級とプロヴィデンス級で横に長い戦列を作っていた。その後ろに、《エクスターミネイター》が浮かんでいた。
二つの戦列がトリトンの北の宙域で、少しずつ向かい合う形になっていった。
*
標準時一六時二〇分 ハービンジャー、艦橋下予備指揮所
艦橋の区画の死傷者の名簿が、予備の指揮所の表示に届いた。
シーアはそれを一行ずつ読んだ。
死亡、四名。砲術士官二人、前部通信席の士官一人、索敵の兵曹長一人。その後に重傷者三名の欄が続いた。どの名にも、艦橋の前半分にあった席が記されていた。
ドレン・カルヴィの名前が、その四名の中にあった。ケルシスで、ドロイドの受け渡しの報告を読み上げていた声だった。ロングレンジ・パトロールで、船団の数を数えていた声だった。今朝も、七隻の救命艇の位置を読み上げていた。
シーアはその名前をしばらく見ていた。
「代わりの索敵担当は」
「《ヘラルド》から応援を一人、連絡艇で寄越しています。この会戦の当直を埋めます」
コルヴェンが答えた。額の包帯が少しだけ新しくなっていた。
「艦橋は」
「使えません。修理は工廠でなければ無理です。この予備の指揮所で、最後まで行きます」
シーアは予備の指揮所の低い天井を見上げた。配管が並び、非常灯の赤い光がまだ点いていた。
「狭いですね」
「狭いです」
コルヴェンは少しだけ口元を緩めた。
「ですが、高くはありません」
リラが言った言葉をコルヴェンも覚えていた。艦橋が高すぎる。撃つ側もきっと好きです。
予備の指揮所は艦の上部構造の奥にあった。外からは見えなかった。
ケレンが茶を運んできた。今度はカップが満たされていた。艦が揺れていなかった。
シーアはそれを手に取った。温かかった。飲み終える前に、応援の索敵担当が予備の指揮所の扉を叩いた。
セルトが使える索敵回線を教え、どの表示が艦橋から途絶えたままなのかを説明した。兵は、カルヴィが最後に残した未確認の範囲を開いた。シーアはその手元を見ていた。続きを見る者は来た。名簿に載った者が戻ったのではなかった。
*
標準時一七時〇五分 トリトン星系北方宙域
最後の跳躍の光は大きかった。
共和国の戦列の一番後ろの空で、光が縮み、その中から巨大な艦影が現れた。
マンデイターII級《プライド・オブ・ザ・コア》。
その周りに、直轄の重戦列の艦が次々に跳躍を抜けてきた。マンデイターI級の改装艦が二隻。ディクテイター級。プロキュエーター級。リベレーター級。テクター級の四隻。随伴艦を含めた十六隻が、中央へ入ってきた。
グランド・フリートが、揃った。
ハービンジャーの予備の指揮所の表示の上で、共和国の戦列が端から端まで一本の線になって並んでいた。その線の向こうに、大洋艦隊の戦列がもう一本の線になって並んでいた。
二本の線の間は主砲の射程の少し外だった。
『全合同任務群へ』
ホーンの声が艦隊の全艦の回線に流れた。
『艦隊司令部、到着。これより艦隊の指揮を執る』
それだけだった。
シーアは表示の上の二本の線を見ていた。
一本はカリダで四か月かけて作った線だった。もう一本は、ネクサス・オルタイで半年かけて作られた線だった。
朝、十四隻だけだった共和国の表示は、両側へ長く伸びていた。シーアはその端を順に見た。自分たちを追っていた敵の両翼も、今はそれぞれ、別の合同任務群と向き合っていた。
表示の上で大洋艦隊の戦列の後ろに、一つの識別の記号が浮かんでいた。
SUBJUGATOR-CLASS。
その記号の向こう側で、ゼーア提督も、こちらの戦列の後ろの記号を見ているはずだった。
MANDATOR-II-CLASS。
両軍の主力が、初めて互いを見た。
*
標準時一七時一〇分 《プライド・オブ・ザ・コア》、艦隊司令部区画
司令部の区画の大きな表示に、戦場の全体が映っていた。
全体といっても一枚の絵ではなかった。二本の戦列はトリトンの北の宙域から、クラクドールの外縁まで伸びていた。端から端まで主砲の射程の何倍もあった。一つの艦の索敵では、戦列の半分も見えない。各合同任務群の索敵の結果を繋ぎ合わせて、ようやく一枚にしていた。
「共和国、戦列に使用可能な戦闘艦九十一隻。うち損傷を抱えたまま就いている艦、十三」
参謀が読み上げた。
「大洋艦隊、戦列にある艦、推定百四隻。撃沈と放棄のほか、航行不能や戦列離脱を除いた数です。残存総数とは分けています」
ホーンは表示を見ていた。
数では、負けていた。前の晩、ネクサス・オルタイの報告を読んだ時から分かっていた。分かっていて、ここへ来た。
「各合同任務群へ」
ホーンは言った。
「合同任務群ごとに効力射、跳躍、射撃宙域変換。周期は各合同任務群の司令官に任せる。艦隊司令部が決めるのは、どの合同任務群がどこへ火力投射を向けるかだけだ」
カリダで第3合同任務群の司令官が言ったのと、同じ言葉だった。十四隻でやっていたことを九十一隻でやる。任務群を合同任務群に合同任務群を戦列に置き換えるだけだった。
「直轄の重戦列は中央。艦隊の錨だ。動かすな」
「第3合同任務群は」
「予備。第1合同任務群の後ろ。右翼の外側を空けておけ。何かが回り込んでくるなら、右からだ」
参謀が命令の文面を合同任務群の司令官たちへ下ろしていった。
*
標準時一七時一二分 《エクスターミネイター》
「共和国ノ戦列、動キマセン。合同任務群ゴトニ交代デ射撃位置ヲ回シテイマス」
戦術ドロイドが報告した。
ゼーア提督は、作戦室の表示の上の共和国の戦列を見ていた。
「百四隻で九十一隻を割る」
提督は言った。
「主戦列はルクレハルク級とプロヴィデンス級で組む。正面から押さえろ。空母は戦列の後ろから艦載機を出せ。軽艦は両翼へ。どちらかの端を回り込めれば、あの戦列は横から崩れる」
「《エクスターミネイター》は」
ハイデン大佐が訊いた。
「戦列の後ろだ。正面には出るな。共和国がどこかを割りに来たら、そこを止める。一撃で一つの合同任務群を止めろ」
ハイデン大佐は頷いた。
「撃つ時は舷側を向けることになります」
「分かっている。撃ったら、すぐに戻れ。横を向いている間、あの艦隊の重い砲はこちらを見ている」
ゼーア提督は表示の上の、共和国の戦列の中央の記号を見た。MANDATOR-II-CLASS。
「あの艦隊はドロイドの艦隊ではない。人が乗っている。人は疲れる。人は数える。数えるものが多すぎれば、どこかで数え違える」
提督は少しだけ間を置いた。
「計算が揃っていても、前提は外れる。先鋒の後退は予測より速かった。修正を止めるな」
TD-17が砲火の密度を、十八が両翼の速さを、十九が後続と補給を表示した。ゼーアは三つを見た。共和国の艦隊にも、これを別々に数える者たちがいるはずだった。どこか一つでも、数える前に撃たせられればよかった。
*
標準時一七時二〇分 トリトン星系北方宙域
最初の光は双方ほとんど同時だった。
大洋艦隊の主戦列の、プロヴィデンス級とルクレハルク級の砲が一斉に光った。共和国の戦列の各合同任務群の、効力射の番の任務群が一斉に光った。二本の戦列の間の暗い宙域が、行き交う光の束で埋まった。
プロヴィデンス級の空母の格納口が開き、ヴァルチャーとハイエナの群れが吐き出されていった。何百という小さな印が表示の上で、雲のように広がった。
共和国の側からも艦載機が出た。第1合同任務群と第2合同任務群に残っていたヴェネター級から、Vウイングと ARC-170の編隊が飛び立ち、雲の中へ入っていった。
戦列の間で小さな光が無数に瞬き始めた。
《ポラリス》の艦橋でラックスは第1合同任務群の戦列の周期を見ていた。
「11、効力射終了。射撃宙域変換。第13任務群が引き継いだ」
第1合同任務群司令部からの通知を受け、副長が艦橋へ伝えた。カダーンで死んだ副長の代わりに来た、若い士官だった。
《ポラリス》の新しい艦橋の窓の外で、第13任務群の砲火が、正面のプロヴィデンス級へ降り注いだ。プロヴィデンス級のシールドが明滅した。明滅している間に、そのプロヴィデンス級の隣のルクレハルク級が、ほとんど同じ速さでその前へ滑り出し、シールドの肩代わりをした。
撃たれた艦の前に、別の艦が入った。一秒の迷いもなかった。
「……速い」
副長が小さく言った。
「ドロイドの艦隊だ」
ラックスは言った。
「迷わない。命令を待たない。向こうは向こうで、一つの手順で動いている」
*
標準時一八時〇五分 《プライド・オブ・ザ・コア》
「左翼、第2合同任務群と第4合同任務群。敵の戦列の右端を押しています」
参謀が報告した。
表示の左の端で、第2合同任務群と第4合同任務群の印が少しずつ前へ出ていた。二つの合同任務群の効力射が交互に途切れず続き、大洋艦隊の戦列の右の端のプロヴィデンス級が一隻、艦首から火を噴いて列を離れた。
「押せるか」
「押せています。敵の右端、後退を始めました」
ホーンは表示を見ていた。
大洋艦隊の戦列の中央から、艦が動き始めていた。ルクレハルク級が二隻、プロヴィデンス級が三隻。戦列の中を滑るように右の端へ移っていく。移っている間も撃ち続けていた。どの艦も隣の艦とぶつからず、互いの射界を塞がず、決められた線の上を正確に動いていた。
十分後、大洋艦隊の右の端は元の厚さに戻っていた。
「敵の右端、増強されました。第2合同任務群と第4合同任務群、前進が止まりました」
「中央の穴は」
「空いていません。戦列の後ろの艦が中央へ出てきて埋めています」
ホーンはしばらく何も言わなかった。
一か所を押せば、そこへ艦が集まる。集まった分だけ、どこかが薄くなるはずだった。薄くなった場所はどこにもなかった。後ろに控えていた艦が薄くなる前に埋めていた。
「……数だな」
ホーンは言った。
「向こうには動かしても穴の空かないだけの数がある。それを、一つの頭で動かしている」
*
標準時一八時四〇分 ハービンジャー、艦橋下予備指揮所
「右翼の外側。敵の軽艦、多数」
索敵担当の声が予備の指揮所に響いた。
シーアは表示の右の端を見た。
大洋艦隊の戦列の左の端から、小さな印の群れが離れていた。レキューザント級とミュニファスント級。三十隻近かった。戦列の端をぐるりと回り、共和国の戦列の右の端の、さらに外側へ向かっている。
回り込めば、共和国の戦列は横から撃たれる。第1合同任務群の右の端から、戦列の中央まで、順に。
『第3合同任務群』
ホーンの声が回線に入った。
『右だ』
「了解」
シーアは艦内の回線と、合同任務群の回線を同時に開いた。
「3群、全艦。右翼の外側へ。敵の軽艦の群れの、頭を押さえます。三つの任務群は交互進退射撃。第35任務群は先行して、敵の先頭を叩いてください」
『32、了解』
コーヴィンの声だった。《ヴァリアント》は後部の砲塔を二基失っていたが、残りの二十基は生きていた。
『33、了解』
マドックの声だった。第33任務群は、《ヴェリタス》と《ディグニタス》の二隻に組み直していた。
『34、了解』
《フォーティチュード》と《フィデス》と《トライアンフ》。
十隻が共和国の戦列の右の端の外へ走り出した。
テクターの三隻が一番先に出た。
「リアクター砲戦モード。前部反応炉、上限」
コルヴェンが命じた。
「前部反応炉、上限。冷却、規定値の六割。……撃てます」
リラの声だった。
三隻のテクターは敵の軽艦の群れの進路の前へ、斜めに走り込んだ。走りながら、主砲を撃った。重い光が群れの先頭のレキューザントを二隻、続けて折った。
群れは、止まらなかった。先頭が折れると、次の艦が先頭になった。迷わなかった。進路も変えなかった。
「数が多い」
コルヴェンが言った。
「進路を塞ぎます」
シーアは言った。
「32、効力射開始。目標、群れの進路の前方。艦ではなく、宙域を撃ってください」
『32、了解。……宙域を』
《ヴァリアント》の二十基の砲塔から、赤い光条がシャワーのように噴き出した。光は敵の艦ではなく、敵の軽艦の群れがこれから通る宙域へ降り注いだ。光の雨の中へ群れの先頭の艦が突っ込んだ。一隻、二隻、三隻。シールドの薄い軽艦が、光の雨に打たれて次々に火を噴いた。
群れの進路が初めて曲がった。
「32、効力射終了。射撃宙域変換。第33任務群、効力射開始。同じ宙域へ」
砲火が途切れなかった。光の雨は降り続けた。群れは、雨を避けて、外へ外へと膨らんでいった。膨らんだ分だけ、共和国の戦列の右の端から遠ざかった。
二十分後、敵の軽艦の群れは、回り込むのを諦めた。十一隻が進出の列から脱落していた。撃沈を確認できたのは、そのうち四隻だった。火を噴きながら自軍へ戻る艦も、曳かれる艦もある。シーアは十一をそのまま撃沈の欄へ入れさせなかった。
コーヴィンから届いた報告には、敵の損害より先に、自分の艦の冷却限界が書いてあった。第33任務群の二隻はすでに次の射界へ入り、第34任務群がその後ろを回っていた。《ヴァリアント》が撃ち続けた時間を、今度はその五隻が支えなければならなかった。
「右翼、塞ぎました」
シーアは艦隊司令部へ報告した。
『受領した』
ホーンの声だった。
シーアは予備の指揮所の表示を見ていた。第3合同任務群の十隻の印はまだ十隻だった。《フィデス》が前部に被弾していた。《ヴァリアント》の冷却の数字が規定値の九割を指していた。
「《ヴァリアント》、次の効力射まで、どれくらい」
『冷却の回復まで、十二分』
「十二分、効力射の番から外します。第34任務群と、第33任務群で回してください」
どちらが先に崩れるのか、分からなかった。こちらも向こうも、止めては止められていた。
*
標準時一九時〇〇分 ミュニファスント級フリゲート、第二十二号艦
「ナア」
砲座の制御席で、B1-3391が言った。
「何ダ」
隣の席のB1-8120が答えた。
「サッキノ、アレ、何ダッタンダ」
「アレ?」
「雨ダヨ。赤イ雨」
8120は首を傾けた。
三十分前、この艦は、戦列の左の端から回り込む軽艦の群れの中にいた。群れの先頭の艦が折れた後、前の宙域いっぱいに、赤い光が降ってきた。狙って撃たれたのではなかった。そこにいるだけで、当たった。隣を走っていたレキューザントが、雨の中で三回光って、消えた。
「アレハ、共和国ノ、新シイ艦ダッテ。ヴェネターノ、デカイヤツ」
「ヴェネターハ、アンナ雨、降ラサナイダロ」
「降ラサナイナ」
3391はしばらく黙っていた。
「……オレタチノ艦隊、数ハ多インダヨナ」
「多イ。百隻以上」
「ジャア、勝ツヨナ」
「勝ツ」
8120は少しだけ間を置いた。
「タブン」
艦の外でまた、遠くの方で赤い雨が降り始めていた。二体は制御席の表示を見たまま、首を傾けていた。
*
標準時一九時三〇分 《プライド・オブ・ザ・コア》
「中央を割る」
ホーンは言った。
左は止められた。右は塞いだ。残っているのは中央だった。大洋艦隊の戦列の中央は左右の端へ艦を回した分だけ、ほんの少し薄くなっていた。後ろの艦が埋めていても埋める艦の数には限りがある。
「直轄の重戦列、前進。第1合同任務群、第2合同任務群は重戦列の左右を支えろ。マンデイターで、敵の中央のルクレハルクを押し潰す」
「重戦列は艦隊の錨です。動かせば――」
「錨は動かすために置いてある」
ホーンは表示から目を離さなかった。
「動かす時が来るまで、動かさずにいただけだ」
直轄の重戦列が前へ出た。
《プライド・オブ・ザ・コア》を中心にマンデイターI級の改装艦が二隻、ディクテイター級、プロキュエーター級、リベレーター級、テクター級の四隻。共和国で最も重い砲を積んだ艦たちが、ゆっくりと、戦列の中央から大洋艦隊の中央へ押し出していった。
マンデイター級の主砲が光った。
ルクレハルク級の巨大な円盤の縁に、光が入った。縁の砲座の列が一斉に砕け、円盤の外周の一角が内側から膨らんで裂けた。ルクレハルク級はゆっくりと傾きながら、戦列の後ろへ下がり始めた。
「敵の中央、ルクレハルク級一隻、大破。後退しています」
「押せ」
重戦列の砲が続けて光った。中央のプロヴィデンス級が一隻、艦首から折れた。もう一隻が機関の区画に火を噴いて止まった。
大洋艦隊の戦列の中央に、初めて、穴が空き始めていた。
*
標準時一九時四二分 《エクスターミネイター》
「共和国の重戦列、中央へ前進。こちらの中央、ルクレハルク級一隻大破。プロヴィデンス級二隻喪失」
ゼーア提督は表示を見た。
「ハイデン」
「はい」
「止めろ」
ハイデン大佐は艦長席の前に立った。
「回頭、右へ。左舷を共和国の重戦列の先頭へ。戦列の後ろで回れ」
『回頭、開始。左舷指向マデ、二分十秒』
巨大な艦が戦列の後ろで、ゆっくりと横を向き始めた。
細長い船体の舷側が共和国の戦列の方へ、少しずつ晒されていった。
「共和国の重戦列、本艦の回頭を観測しています。テクター級四隻、本艦の舷側へ照準を合わせつつあります」
「構わない」
ゼーア提督は言った。
「撃たせろ。こちらが先に撃つ」
左舷の砲口の奥に、青白い光が溜まり始めた。
*
標準時一九時四四分 《プライド・オブ・ザ・コア》
「敵の旗艦、回頭中。左舷を重戦列へ向けています。……充填の兆候」
索敵担当の声が司令部の区画に響いた。
「目標は」
「重戦列の先頭。……《ウィル・オブ・ザ・コア》」
マンデイターI級の改装艦だった。重戦列の、一番前にいた。
「《ウィル・オブ・ザ・コア》へ。母線の機械遮断、準備。弾薬区画、隔離」
『《ウィル・オブ・ザ・コア》、準備、完了』
「重戦列のテクター群。敵の旗艦の舷側へ。撃てる艦は全部」
《プロクレイマー》《エミッサリー》《クーリエ》《ポーテント》の四隻のテクターが横を向いた巨大な艦の舷側へ、主砲を向けた。
二分十秒は長かった。
テクターの主砲の光が先に届いた。横を向いた《エクスターミネイター》の舷側のシールドが明滅した。四隻の連続射撃が、途切れずに舷側を叩き続けた。やがて、舷側の外板に光が入った。
それでも、砲口の光は消えなかった。
青白い光が放たれた。
光は、《ウィル・オブ・ザ・コア》を包んだ。それだけでは止まらなかった。光は巨大な艦の艦体をなめるように広がり、その隣を走っていたマエルストローム級の《アルデバラン》の艦首まで届いた。
『《ウィル・オブ・ザ・コア》、被弾。兵装母線、切断。弾薬区画、隔離。……機関、停止。二次爆発、なし』
『《アルデバラン》、艦首に被弾。前部の系統、停止。……母線、遮断済み』
重戦列の先頭の二隻が灯りを失って、止まった。
止まった二隻の後ろで、重戦列の前進が止まった。前の二隻を避けなければ、進めなかった。避けるために戦列が乱れた。乱れた戦列の前の穴へ、大洋艦隊の中央の戦列の後ろから、艦が雪崩れ込んできた。
横を向いていた《エクスターミネイター》が、また、ゆっくりと艦首を戻し始めた。舷側から、細い煙が何本か噴き出していた。
「救難艦、《ウィル・オブ・ザ・コア》と《アルデバラン》へ。……敵の中央、前進してきます。重戦列の前の穴へ」
ホーンは表示の上の、雪崩れ込んでくる赤い印の群れを見た。プロヴィデンス級が五隻。レキューザント級が十隻以上。止まった二隻を食いに来ていた。
「各群のヴァリアントを含む任務群で、あの進路を塞げ」
ホーンは言った。
「1群、第2合同任務群、第4合同任務群、第5合同任務群。重戦列の前へ火力を集中。いま撃てる砲を集めろ。射撃位置と交代は各群で決めろ」
『1群、了解』
『2群、了解』
『4群、了解』
『5群、了解』
マーレンはすぐに二隻を出した。ソランは片方の冷却を確かめ、残る任務群へ左の射界を渡してから二隻を加えた。ヴァイアンとオスリクからも、射撃位置の座標が届いた。艦隊司令部はその座標を重ね、互いの艦体が射線へ入る所だけを返した。
四つの合同任務群から、ヴァリアント級八隻の砲が揃った。
八隻、百七十六基の砲塔が重戦列の前の穴へ向いた。
光が、雨になって降った。
雪崩れ込んできたプロヴィデンス級の先頭の艦のシールドが、一瞬で白く飽和した。その後ろのレキューザント級が、光の雨の中で次々に砕けた。一隻、三隻、六隻。
八隻のヴァリアント級は四分間、撃ち続けた。四分が過ぎると、一斉に撃つのを止め、射撃宙域を変換して下がっていった。下がる間、その舷側に大洋艦隊の砲火が集まった。一隻が後部に被弾し、火を噴いた。
四分の後、重戦列の前の穴には大洋艦隊の艦の残骸が漂っていた。
穴は、埋まらなかった。どちらの艦でも、埋まらなかった。
しばらくして、艦隊司令部から、第3合同任務群へ個別の回線が入った。
『ヴァラリアン少将』
ホーンの声だった。
「はい」
『中央をもう一度割れると思うか』
シーアは予備の指揮所の表示を見ていた。重戦列の前の穴。漂う残骸。その向こうで、大洋艦隊の中央の戦列がまた厚くなり始めていた。後ろに控えていた艦が前へ出てきていた。
「割れません」
シーアは言った。
「割れても割れた所へ向こうが入ってきます。入ってきた所をこちらが撃ちます。撃った所に穴が空きます。空いた穴へまた向こうが入ってきます」
『私もそう思う』
ホーンは言った。
『では、どうする』
「割らずに数えます」
シーアは言った。
「向こうの艦がこちらの艦より速く減るなら、割らなくてもいつか向こうの数が足りなくなります。こちらの周期が崩れない限り」
回線の向こうで、ホーンは少しだけ黙っていた。
『周期を崩すな』
それだけ言って、回線が切れた。
*
標準時二〇時一五分 《エクスターミネイター》
「《リサーレクション》、喪失」
戦術ドロイドが報告した。
前衛の旗艦だった。先鋒の戦いで生き残り、主戦列の左の端に加わっていた。重戦列の前の穴へ雪崩れ込んだ艦の中に、その艦もいた。
「ヒルマーは」
『脱出艇ノ信号、確認デキマセン』
ゼーア提督は何も言わなかった。
表示の上の、共和国の戦列を見ていた。
TD-17が新しい交代間隔を読み上げた。一つの群は前の周期より三秒遅く、隣の群は二秒早かった。誤差はある。砲を失った艦も、冷却を待つ艦もある。そのたびに次の群が射撃を継ぎ、同じ場所に無防備な艦が残る時間はほとんど生じなかった。
「艦隊司令部が、一つずつ直しているのか」
『訂正ノ通信ハ、各群ノ内部カラ出テイマス』
ゼーアは中央のマンデイターの印を見た。その艦から来る命令だけを読んでいても、共和国が次にどの艦を下げるのかは分からない。
「下で直しているのか」
今朝、一隻が四十秒遅れた。あの時のような遅れを待っていた。しかし、共和国の艦が遅れなかったのではない。遅れた艦の仕事を、別の艦が引き受けていた。
提督はヒルマーの消えた欄を閉じなかった。前衛が遭ったものを、自分はいま艦隊全体で見ていた。
*
標準時二〇時二二分 第2合同任務群、マエルストローム級《レグルス》
ソランは次の射撃位置を見ていた。第23任務群の一隻が冷却のため遅れる。その穴へ隣の群を寄せれば、左端が薄くなる。彼は全体を寄せず、交代の時刻をずらすことにした。
「23の復帰を待つな。22は、その射界を――」
第2合同任務群の旗艦の艦橋に、プロヴィデンス級の主砲の光が入ったのは、効力射の番が終わる十秒前だった。
艦橋の窓の上から、重い密閉のシャッターが落ちた。落ちきる前に光が入った。
第2合同任務群の司令官のソラン少将は、艦長席の脇で倒れていた。
航行側の艦橋で、《レグルス》の艦長は途切れた指令を聞いた。艦としての針路は変わっていない。副長へ自艦を預け、合同任務群の表示を呼び出す。戦闘指揮側から、司令官の戦死が短く伝えられた。
艦長はソランが途中まで指定した射界を見た。第22任務群の指揮官は、残る十秒の射撃を続けていた。指示が途切れた瞬間に止めるような手順にはなっていなかった。
群の回線を開くまで、二秒だった。
「2群、全艦へ。合同任務群の司令官、戦死。指揮を、《レグルス》艦長が継承する。効力射、継続。周期は変えない」
第2合同任務群の任務群の指揮官たちの声が、順に返ってきた。
『21、了解』
『22、了解』
『23、了解。冷却中の一隻を除いて継続』
合同任務群の周期は止まらなかった。艦長は第22任務群へ射界の引き継ぎを確定し、それからようやく、ソランが倒れた側へ医療班を送った報告を聞いた。
艦隊司令部の表示の上で、第2合同任務群の司令部の記号が一度だけ明滅し、それから、《レグルス》の艦名の横へ移った。
「2群、指揮継承。……止まったのは二秒です」
参謀が報告した。
ホーンは何も言わなかった。表示の上の、移った記号を見ていた。
カリダで何十回も繰り返した想定だった。指揮官、戦死。その一行を艦隊の全部の合同任務群が演習の欄で読んできた。
*
標準時二〇時三〇分〜二三時四〇分 トリトン星系北方宙域
そこから先は同じことの繰り返しだった。
共和国がどこかを押せば、大洋艦隊がそこへ艦を移して止めた。大洋艦隊がどこかを回り込めば、共和国の合同任務群が走ってそこを塞いだ。共和国の重戦列が前へ出れば、《エクスターミネイター》が横を向いて止めた。止まった艦の前の穴へ大洋艦隊が雪崩れ込めば、ヴァリアント級の光の雨がそれを止めた。
どちらも進もうとした場所で、必ず止められた。
戦列の形は何度も変わった。左が前へ出て、右が下がり、中央が膨らんで、また縮んだ。トリトンの北の宙域から、クラクドールの外縁まで。戦場は少しずつ、横へ広がっていった。
戦略の上では、何も動かなかった。
艦だけが、減っていった。
救難艦が戦列の後ろを行き来し続けた。止まった艦に並び、曳き、外部給電の索を繋ぎ、救命の艇を拾った。どの合同任務群の救難艦も一隻では足りなくなっていた。《ストレイト・ライン》も、また救命の艇を拾っていた。燃料の残りを読み上げる声は、もう誰も聞いていなかった。
戦列の間では、艦載機が戦い続けていた。ヴァルチャーとハイエナの雲が、共和国の戦列へ押し寄せては、対空の砲火とVウイングの編隊に削られて引いていった。引いていった雲は空母の格納口に戻り、また出てきた。出てくるたびに、雲は少しずつ薄くなっていた。
二一時過ぎ、第1合同任務群のヴェネター級から飛び立ったARC-170の編隊が、雲の薄くなった隙を抜けて、大洋艦隊の戦列の後ろへ回り込んだ。プロヴィデンス級の空母の一隻が、格納口を開けたまま、魚雷を受けた。格納口の奥で光が膨らみ、艦載機の整備の区画が中から燃え上がった。その空母からはそれきり、ヴァルチャーは出てこなかった。
《ポラリス》の艦橋でラックスは第1合同任務群の周期の表示を見ていた。
命令する場所が一つあれば、止める場所も一つになる。止める場所が一つなら、次が一秒で継げる。カダーンの後、シーアに言ったこと、シーアに言われたことをラックスは、第1合同任務群の周期の表示を見ながら、もう一度考えていた。
今、この戦場で命令する場所は一つだった。ホーンの司令部。その下に合同任務群が五つと、重戦列が一つ。その下に任務群。その下に艦。
一つの場所から、全部が命令されているのではなかった。どこまでを誰が命令するのかが、決まっていた。
それは、ラックスが思っていた「一つ」とは少しだけ違う形をしていた。
シーアは予備の指揮所の表示を見ていた。
戦場の全体はどこにも映っていなかった。映っているのは第3合同任務群の周りの宙域と、艦隊司令部から回ってくる各合同任務群の印だけだった。合同任務群の印の一つ一つの中で、何隻が撃ち、何隻が動き、何隻が止まっているのかは、合同任務群の司令官しか知らなかった。
ホーンも同じはずだった。
《プライド・オブ・ザ・コア》の司令部の区画の大きな表示にも、九十一隻の艦は映っていなかった。映っているのは五つの合同任務群と、一つの重戦列の、六つの印だった。
誰も、戦場の全部を見ていなかった。見ていないまま、全部が動いていた。
二二時四〇分、リラが予備の指揮所へ上がってきた。
「前部反応炉、上限の出力で四時間を超えました」
リラは言った。作業服の袖が冷却材で白く汚れていた。
「冷却の戻り側、規定値の八割五分。……カリダで四時間なら、と言いました。四時間を過ぎました」
「下げられますか」
「下げれば、走りながら撃てる時間が短くなります」
「下げてください」
シーアは言った。
「七割まで。走りながら撃つのは本当に必要な時だけにします」
リラは少しだけ驚いた顔をした。
「……壊れる一歩手前まで使わない、ってことですか」
「お父さんに、そう頼まれました」
リラは何も言わなかった。技術区画へ戻っていった。背中が少しだけ軽く見えた。
艦の印の色が変わっていった。
白は戦える艦。黄色は損傷した艦。灰色は失われた艦。
表示の上で白が少しずつ減り、黄色が増え、灰色が増えていった。共和国の側も。大洋艦隊の側も。
二三時を過ぎた時、艦隊司令部から、損害の集計が回ってきた。
共和国。喪失、八隻。航行不能、八隻。損傷、二十一隻。
シーアはその数字を見た。八隻のうち、一隻は第3合同任務群の《グラヴィタス》だった。残りの七隻の名前をシーアは一つずつ読んだ。どの艦にも何百人かの乗員が乗っていた。
ケレンが茶を運んできた。シーアはそれを手に取らなかった。
表示の上で第3合同任務群の周期はまだ回っていた。効力射。跳躍。射撃宙域変換。十隻が九隻になっていた。《フィデス》が、二二時過ぎに機関を失い、救難艦に曳かれていった。
シーアは九隻の印を数え直した。数え直しても九隻だった。
*
標準時二三時一五分 コルサント、統合作戦本部
作戦部の当直室の壁の表示に、トリトンの北の戦場の中継が映っていた。
中継は遅れていた。グランド・フリートの艦隊司令部から、数分おきに送られてくる合同任務群の印と、損害の集計だけだった。
ハロルド・タッグはその表示の前に、椅子も使わずに立っていた。ケスティンが隣にいた。
「喪失、八。航行不能、八」
ケスティンが読み上げた。
「敵は」
「推定、喪失二十以上」
ハロルドは表示の上の、白と黄色と灰色の印を見ていた。
着く順に並べた一覧の艦名がそこにあった。毎朝、自分の机に届いていた一覧だった。今は艦隊司令官の机に届いている。その一覧の艦名の横に、今夜、灰色の印が付いていた。
「石板が足りなくなるな」
ハロルドは小さく言った。
ケスティンは答えなかった。
「……だが、崩れていない」
ハロルドは言った。
「五つの合同任務群も、重戦列も、記号が灯っている。デヴァロンの時には灯す場所がなかった」
*
標準時二三時二〇分 エリアドゥ、旧劇場
公演は予定どおりに開いた。
客席は半分しか埋まっていなかった。それでも、半分は埋まっていた。港の方で防衛隊の艦が慌ただしく出入りし、総督府の灯りが消えないまま、それでも、劇場へ来た人たちがいた。
終演の後、エレナは誰もいなくなった客席に一人で残った。
一番前の列の、端の席。背もたれに、予約済みの小さな札が付いていた。
端末には何も届いていなかった。報道はトリトンの方面で大きな戦闘が起きている、とだけ伝えていた。どちらが勝っているのかも誰が生きているのかも、伝えていなかった。
エレナはその席の隣に座った。
帰ってから話す、と書いてあった。
エレナは札を外さなかった。
*
標準時二三時四五分 《エクスターミネイター》、作戦室
「損害を」
ゼーア提督が言った。
兵站の参謀が表示を読み上げた。
「前衛崩壊後の交戦での喪失、十九隻。前衛での撃沈と放棄八隻を含め、総喪失二十七隻。現在の航行不能、九隻。損傷、三十隻以上。ネクサス・オルタイを出た百二十一隻のうち、自分の足で下がれるのは八十五隻です」
「共和国は」
「推定、喪失八隻。航行不能、八隻。デューロを出た九十八隻のうち、九十隻が残っています」
作戦室が静かになった。
ゼーア提督は表示の上の、共和国の戦列を見ていた。
戦列はまだそこにあった。五つの合同任務群と、一つの重戦列。どの合同任務群もまだ周期を回していた。効力射、跳躍、射撃宙域変換。損傷した艦は下がり、救難艦が拾い、残った艦が戦列を詰めていた。司令部の記号は六つともまだ灯っていた。
「共和国の艦隊は崩れたか」
提督は訊いた。
誰もすぐには答えなかった。
「……崩れていません」
情報の参謀が言った。
「艦は減っています。ですが、指揮の系統が一つも失われていません。合同任務群の司令部も艦隊司令部も。テクター級の先頭の艦は艦橋を失っても、合同任務群を指揮し続けています」
ゼーア提督はしばらく黙っていた。
セスウェナを取るには、セスウェナの空を先に取らねばならなかった。空を取るにはそこへ来る艦隊を沈めねばならなかった。
艦隊は、来た。沈まなかった。
「補給は」
「本艦隊の燃料は、ネクサス・オルタイから持ってきた分だけです。あと二日」
「共和国は」
「補給艦を切り離して来ました。ですが、ここはエリアドゥから跳躍二回です。共和国の兵站群は明日には追いつきます。修理の工廠も、エリアドゥとスルイス・ヴァンにあります」
ゼーア提督は表示の上で二つの線を見比べていた。
大洋艦隊の線はネクサス・オルタイから、ここまで伸びていた。長い線だった。共和国の線はエリアドゥから、ここまで。短い線だった。
長引けば、長い線の方が先に切れる。
「……十分だ」
ゼーア提督は言った。
作戦室の誰も何も言わなかった。
「攻略は中止する」
「では――」
ハイデン大佐が言いかけた。
「艦隊を残す」
ゼーア提督は艦隊の全艦への回線に手を伸ばした。
「撤退だ」