STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
勝利の、その後!
トリトンの北の宙域で、共和国グランド・フリートは分離主義者の大洋艦隊を退けた。セスウェナ・セクターは守られ、ホロネットは再び勝利の報せに沸いている。
だが、艦隊司令部の端末に次々と届いたのは、祝電ではなかった。
失われた艦。死んだ乗員。止まった周期。間に合わなかった一分。
勝った艦隊は今、自分がどう勝ったのかを数え始めていた――
*
C.R.C. 7956.050 ネクサス・オルタイ、《エクスターミネイター》
グリーヴァス将軍の連絡艇が着く前に、艦橋の戦術ドロイドたちは戦闘の表示を立ち上げていた。ゼーア提督は帰投した艦の一覧を開いたまま、将軍を待った。扉の脇では案内役のB1が、床に引かれた黄色い線の上に両足を揃えていた。
扉が開ききる前に、金属の爪がその縁を掴んだ。歪んだ扉を押し広げて入ってきたグリーヴァスは、ゼーアを素通りし、一覧の一番下へ目を走らせた。外套を着た護衛ドロイドが二体、扉の両脇に立つ。喉の奥で咳が鳴った。短く収まらず、二度目は胸の装甲まで震わせた。
「百二十一隻だ。私が貴様に預けたのは」
「六十八隻が帰投しました。九隻を泊地で処分し、戦力として残ったのは五十九隻です」
扉の脇のB1が反射的に報告の姿勢を取った。
『五十九隻、確認シマシタ、将軍』
グリーヴァスの腕が伸びた。ドロイドの細い首を掴み、案内の表示板に叩きつける。表示板が砕け、黄色い線の上に頭部と胴が別々に落ちた。頭部から漏れた声が一度だけ続きを探し、消えた。
戦術ドロイドの一体が、表示の残りの画面を黙って隣へ移した。ゼーアは部下を見なかった。グリーヴァスの爪が表示板の破片を払う音だけがした。
「セスウェナは取れず、艦隊も半分にした。では、共和国から何を奪った?」
「戦闘艦十隻を沈め、十隻を航行不能にしました。敵のグランド・フリートは大きな損害を受けています」
「大きな損害?」
グリーヴァスの爪が今度は艦長席の背もたれを掴んだ。金属が音を立てて曲がる。喉に溜まった咳を無理に呑み込み、将軍はゼーアの顔へ身を寄せた。
「共和国内で勝利の放送が流れている。セスウェナの攻略軍は出港もしていない。貴様は敵の艦を二十隻止め、六十二隻を失った。それを大きな損害と呼ぶのか」
六十二には、ネクサス・オルタイで自分たちの手で処分した九隻も入っていた。ゼーアは反論しなかった。背もたれがもう一度軋み、近くの戦術ドロイドが半歩下がった。足元のB1の頭部を踏まないためでもあった。
ゼーアは戦闘記録を壁に映した。先鋒の艦橋を撃っても後退は止まらなかった。別の合同任務群の司令官を殺しても、二秒で指揮が継がれた。共和国の追撃が止まった〇一時二二分の行まで開く前に、グリーヴァスが爪で表示を払った。壁に映った図が乱れた。
「半年だ。ライロスで艦が要る時も、ボサウイで艦を失った時も、貴様はネクサス・オルタイで船を並べていた」
将軍が一歩近づき、咳を押し殺しながら残った艦の数を見た。
「並べた百二十一隻で、共和国の何を奪った。セスウェナの星系を一つでも取ったか。攻略軍を一個大隊でも降ろしたか」
「共和国の艦隊は、デヴァロンの時とは――」
「黙れ」
扉の両脇にいたマグナガードが動いた。片方がゼーアの腕を押さえ、もう片方の電撃杖が背中に触れた。放電の白い光が制服の肩口を走る。ゼーアの膝が折れ、艦長席の足元へ倒れた。ハイデンが一歩出かけると、杖の反対側の端が彼の胸の前で止まった。
グリーヴァスはゼーアを見下ろした。倒れた提督の指はまだ、共和国の戦列を示す表示へ向いていた。
「軍法会議へ連れていけ。伯爵への報告は私がする」
マグナガードは気を失ったゼーアを抱え、歪んだ扉の間を抜けた。艦橋の戦術ドロイドたちは進路を空けた。誰も提督の端末に触れないまま、扉が閉まった。
グリーヴァスは戦術ドロイドを振り返った。喉の奥から短い咳が漏れる。
「共和国の命令回線を洗え。どの艦が停止を命じ、どの艦が受けた。全部だ」
『了解。指揮系統ト通信経路ヲ照合シマス』
将軍も艦橋を出た後、B1の残骸が片づけられた。ハイデンは曲がった艦長席の背もたれを直さず、ゼーアの残した戦闘記録を開いた。止まった共和国の艦隊の印が、壁に戻る。止めた命令を出した艦だけが動いていたのではない。合同任務群ごとに撃ち、動き、別の艦へ指揮を継いでいた。
この記録を説明する者はいなくなった。共和国も同じ記録を作っているはずだった。次に会う時、向こうが今より強くなることだけは、ハイデンにも分かった。
*
C.R.C. 7956.068 エリアドゥ軌道、《プライド・オブ・ザ・コア》艦内、グランド・フリート司令部
グランド・フリートはエリアドゥに停泊していた。工廠に入れる艦から修理へ送り、動ける艦は泊地の外縁とトリトンへ通じる航路を交代で見張った。大洋艦隊の主力は退いたが、取り残された敵艦や次の攻撃がないと決まったわけではない。《プライド・オブ・ザ・コア》の艦隊司令部にも、哨戒艦からの連絡が絶えず入っていた。
その警戒を続けながら、戦闘詳報を編むのに三週間余りかかった。デューロを出た九十八隻の戦闘記録、五つの合同任務群と直轄重戦列の司令部記録、救難艦、兵站群、捕虜、軍情報局と保安委員会第二室から届いた連合側の通信。時計のずれを直して並べると、司令部会議区画の壁いっぱいに二十一時間が伸びた。
詳報を受けて、合同任務群の司令官たちが艦隊旗艦へ集められた。哨戒の指揮はそれぞれの次席が引き継いでいる。ホーンの前で、ソラン少将の名は席の表示から消されていない。その場所には戦闘中に指揮を継いだ《レグルス》艦長が座り、両手を卓の下に置いていた。第3合同任務群のシーアは左肩を固定したまま、壁の記録を見ている。
先鋒十六隻を見誤った時刻。《ヴィルトゥス》が射撃宙域の変換を四十秒遅らせた時刻。その隣には、敵右翼が進路を変えた時刻があった。中央と両翼、その後ろを動いた予備。敵の命令を全部読めたわけではないが、自分たちの一つの遅れを相手がどう使ったかは、各艦の観測記録を重ねると見えた。
一〇時四五分、第1合同任務群到着。ソーンが最後まで続けた射撃と、マーレンが引き継いだ砲火。その後にソランの戦死と二秒の継承があり、日付が変わると、《アファーメーション》が支援の射界を出た航跡があった。敵の側が作ろうとした孤立を、追撃中の一隻が自分で作っていた。
発言を求められた者は何が起きたかを述べた。詳しい説明は既に各艦の記録にあり、誰もこの席で会戦をもう一度戦おうとはしなかった。
ホーンは対処を一つずつ確認した。撃ちかけた斉射を捨てて変換を優先する。指揮継承の直後は、少なくとも最初の一時間、継承者を周期の維持に集中させる。群内の位置を見る次席を別に置き、その分担は一時間が過ぎても勝手に解除しない。追撃中は敵旗艦の姿勢を監視する艦を決める。戦闘中にもう暫定命令を出したものもある。艦長たちは自分たちの端末に届いた改訂箇所を確かめた。
次に兵站群。補給艦を切り離したことで本隊の到着は推定三時間早まった。二三時には重戦列の主砲弾が四割を切り、兵站群が追いついたのは翌朝だった。あと六時間、敵が踏みとどまれば、重戦列は撃つ弾を失っていた。ホーンは各合同任務群へ送っていた残量表示を開いた。戦闘の途中でそれを何時間分と読み替えたのは、司令部だけだった。
「次に補給を切る時は、残りを時間で知らせる。見積りが変われば、そのたび全合同任務群へ送れ」
救難群は十三隻を曳き、百四十一隻の救命艇を拾った。合同任務群に一隻ずつの救難艦では、担当宙域を離れられない。《ストレイト・ライン》が燃料補給艦でありながら第3合同任務群の脱出艇を拾った記録の先には、救難が間に合わず消えた信号も並んでいる。
「ヴェッロ議員へ、各合同任務群二隻の定数を求めます」
シーアが言った。ホーンはその艦名の下に記された収容者の数を見て、頷いた。
戦場で確認した敵の喪失は三十九隻。うち九隻は敵の自沈。第二室の補足では、帰投途中でさらに十四隻が失われ、六十八隻がネクサス・オルタイへ着き、九隻が泊地で処分された。戦える艦は推定五十九隻。ホーンは二つの欄を統合しなかった。戦場で見届けた数字と、戦場の外を追って得た数字だった。
すべての報告が終わっても、壁の表示は消されなかった。戦死した者の名前を登録した欄は、二十一時間の線よりずっと下へ続いている。席にいる者は、勝利の報告を受けた時にその名簿も受け取っていた。
「我々は勝った」
ホーンは言った。三週間前、その言葉は問いだった。今は誰も答えを求められていない。
「では、勝った後に何を残した。敵が戦場を離れる前に倒した艦だけを戦果に書く。敵が帰る途中で失った艦は、第二室の欄へ書く。味方の死者はどこで死んだかを残す。そこを混ぜれば、次に何を直すべきか分からなくなる」
《レグルス》艦長が卓の下から手を出した。席に残るソランの名には触れず、《アファーメーション》の記録を自分の端末に呼び出す。あの艦が列を離れた時には、艦長は周期を回していた。二秒で指揮は継いだ。だが、継いだ瞬間にソランと同じ数の艦を見られるようにはならなかった。
「次は次席を置きます。一時間が済めば、全部を一人へ戻すのではなく」
艦長は言った。
「私が全体を回す間、群の中を見ている者を」
「そうしてくれ」
ホーンは答えた。ソランが死ななければ助かった、という行を詳報に加えることはできない。代わりに、次に死者が出ても艦が列を離れない手順を作る。それでも《アファーメーション》は戻らない。
シーアの端末には、《ハービンジャー》の修理日程が開いていた。艦橋を造り直すまで指揮は《ヘラルド》から執る。《アダマント》《ヴィルトゥス》《アクレイム》の工期は揃わない。沈んだ《グラヴィタス》と《フィデス》の代わりに来るプロヴォケイター級二隻は、乗員の半分が新しい。図の上なら二隻を同じ位置に置ける。四か月かけた演習の時間まで、そこへ置くことはできない。
同じ再編案には、ソーン大佐を副司令官に充てる項目もあった。第35任務群は番号と三隻の編成を残し、第3合同任務群司令部の直轄にする。ソーンに機動予備を預け、シーアが指揮を執れない時には合同任務群全体を引き継がせる。その間、三隻を動かす者は別に定める。
「ソーンには、艦長も続けさせるのか」
ホーンの指が、人員配置の欄で止まった。
「後任を置きます。群を継いだ人に、自分の艦まで見させたくありません」
ホーンは《レグルス》艦長を一度見てから、その項目を人事の審査へ回した。艦の修理が終わるまでに、人も揃えなければならなかった。
「新しい乗員で、周期を回せるか」
ホーンが訊いた。
「回せるようにします。ただ、今度はカリダの四か月がありません」
「どれだけある」
「分かりません。ゼーアも五十九隻を数えているはずです」
シーアは壁の最後の行を見た。〇三時〇〇分、追撃終了。艦隊は止まって生き延びた。相手もそれを見ている。
「次は止まれない所まで、僕たちを連れて行こうとすると思います」
ホーンはその行を閉じなかった。
「次の会戦の最初の記録に入れろ」
司令官たちが席を立った。席に残るソランの名を消すのは、全員が部屋を出てからになる。ホーンは壁に残った二十一時間を見上げた。明日からは、その線の下に新しい演習の時刻が足される。
*
C.R.C. 7956.070 エリアドゥ、KDYエリアドゥ工廠
《ハービンジャー》は乾ドックの中にいた。
段を重ねた上部構造の頂が、削り取られたように形を変えていた。幅の広かった艦橋は前半分が焼けた金属の塊になり、作業員たちがその塊を少しずつ切り取っては、ドックの底へ降ろしていた。切るたびに、誰かが働いていた区画の輪郭が一つずつなくなった。
リラは足場の上から、吊り下げられる破片を見ていた。隣には、クワットから来た父、ウォレックス・ブリセックスが立っていた。
「艦橋は元の形に戻すの?」
「戻す。あの高さは要る。艦首から艦尾まで、船体に遮られず見渡せる位置に」
ウォレックスは艦橋の下の階層を指した。戦闘の途中でシーアが移された、予備指揮所のある場所だった。
「変えるのはそこだ。予備という名を外す。上と同じだけの情報と命令回線を持つ戦闘指揮所にする。艦橋が潰れてから人を移すのではない。戦いが始まった時には、下にもう一つの頭がいて、最初から戦っている」
「マエルストロームの二つの艦橋みたいに」
「あちらは横に並ぶ。こちらは上下に離す。上から見る者と、下で指揮を続ける者が、同じ斉射で失われないように」
リラは削られた艦橋を見た。
「高すぎます、って報告に書いたのは私よ」
「読んだ。撃つ側もきっと好きだ、とも書いてあった」
ウォレックスは娘を見なかった。削り取られた艦橋の方を見ていた。
「撃つ側は、好きだった」
足場を上ってきたのはシーアとコルヴェンだった。シーアはまだ左肩に装具を付けている。下から見るより近くに来ると、彼の歩みが段差ごとにわずかに遅れるのが分かった。
「カルヴィ兵曹長の席は」
シーアが訊いた。
コルヴェンは焼け残った右端を指した。
「あの辺りです。もう、切り取られています」
ドレン・カルヴィ。ケルシスでドロイド艦の受け渡しを読み上げ、パーレミアンで船団の数を一隻ずつ数えた索敵担当。トリトンでも、敵前衛の十六の印を最初に読み上げた。
「新しい艦橋でも、索敵の席は同じ場所ですか」
「同じ場所に置きます。一番よく見える場所です」
ウォレックスが答えた。
「一番よく見える場所は、一番よく撃たれる場所でもある。それでも、索敵の席はそこに要る。下の戦闘指揮所にも、同じ表示と、別の担当を最初から置きます。一人の目が失われても、艦隊が見ているものを失わないように」
四人はしばらく黙っていた。カルヴィの席があった辺りから切り離された板が、吊り具の先でゆっくり向きを変えた。シーアはそこから目を離さなかった。作業員がそれを降ろすと、金属の擦れる音が乾ドックに長く残った。
*
C.R.C. 7956.072 コルサント、国防省、軍事装備委員会
軍事装備委員会の普段の卓だけでは足りず、隣の卓を継ぎ足してあった。
国防相ハロルド・タッグの右にはホーン、左には統合作戦本部のケスティン。艦政局と軍需調達局の責任者たちがその先を埋めた。向かいにはクワット・ドライブ・ヤード、レンディリ・スタードライブ、サイブ・ドライブス。各社の代表に、船体と機関と兵装の主任技師が従う。KDY席の端には、エリアドゥ工廠につないだ投影台が一つ。リラ・ブリセックスは《ハービンジャー》の修理現場を離れず、そこから会議に参加していた。工廠で何隻造れるかを決める者と、造った艦の中で何が起こったかを知る者が、同じ卓についていた。
末席に《ヴァリアント》の艦長アデル・コーヴィンと、《アダマント》の損害対処班長ベリック一等兵曹が座っていた。ベリックの左手には、まだ包帯が巻かれている。立ち上がる時、卓上の端末を全席に接続した。《アダマント》の配置図と損害対処記録が、代表たちの前に同時に開いた。
「七九五六・〇四五、一〇時〇三分。《アダマント》第十二主砲、冷却の限界に達した状態で被弾。区画に火災」
低い声で読み続けた。
「自動消火は、被弾で制御回路を焼損して作動しませんでした。隔壁の自動閉鎖は作動しました。その結果、消火班が冷却区画へ入る経路も閉じられました。配置図にあった迂回路は、増設した冷却管で塞がれていました。図面は更新されていません」
ベリックは表示を火災区画の断面へ切り替えた。緑の避難経路が、閉じた隔壁の手前で途切れた。
「装置が止まった後、手で火を消しに行ける人員は十一名。定員は、自動化が生きていることを前提に決められていました。隔壁を開けて十一名を救出しました。奥にも人が残っていましたが、火が広がり、閉じ直しました」
端末の縁に添えた包帯の指が、一度だけ動いた。ベリックはその指を離さず、次の行を読んだ。
「死者六十一名。うち四十四名は、閉じた隔壁の向こうの区画にいました」
サイブの主任技師が、手を組んだまま指先で爪を押した。受領の会議では、決戦編成用ですから、と何度も笑っていた技師だった。ベリックは死者の名前が並ぶ一覧を開かなかった。
「私は十二年、司法軍の艦に乗っていました。ヴェネター級には就役以来です。一緒に救出に入った者も、皆ヴェネターからの転属でした。ヴェネターを知る者ほど、この艦では迷う。公試の報告書に、冗談のように書かれていました」
ベリックは表示を消した。
「冗談ではありませんでした」
ハロルドは自分の端末で報告を最後まで読んだ。ベリックが開かなかった死者の一覧にも目を通し、表示を消した。それから、端末を卓に置いた。置いたのではなかった。叩きつけた。卓の上の水の容器が小さく跳ねた。
サイブの技師が、まだ濡れてもいない自分の端末を反射的に引き寄せた。ハロルドはその手元も見ずに言った。
「ヴァリアント級は、第二陣のうち艤装中の九隻までで終わりだ。残る二隻は建造に入れるな」
「先に受領した十一隻と合わせて二十隻。それ以上も発注しない。ただし九隻は造り終えろ。トリトンでは、あの砲が戦列の穴を塞いだ。必要な艦だ」
ハロルドはベリックの送った損害図を卓上に呼び戻した。
「だが、引き渡す前に、消火装置が止まっても人が走れる通路を通せ。隔壁が閉じても代わりの経路を残せ。配置図と実際の冷却管を一致させろ。定員は、自動化が動かない場合から計算し直す。既就役艦にも同じ改修を出す。できなければ、九隻の受領を止める」
「九隻とも、直します」
技師の声は硬かった。ベリックは包帯のある手を膝へ下ろした。もう一度、閉じた隔壁の位置を指し示す必要はなくなった。
コーヴィンが手を挙げた。
「《ヴァリアント》はトリトンで後部の砲塔を二基失いました。それでも残った二十基で、第32任務群の効力射を続けました。欠陥があることは記録してください。ただ、役に立たなかった艦だとは書かないでいただきたい」
「書かない」
ハロルドは答えた。
「役に立った。だから九隻を完成させる。欠陥があった。だから二十隻で止める。両方、残す」
*
席を立つ者はいなかった。ホーンが次の戦闘詳報を開き、卓の中央にテクター級の投影を置いた。灰色の楔形の船体が、継ぎ足した卓の端まで影を延ばした。
「第三世代型スター・デストロイヤーの先行型として、テクターはトリトンで働いた」
ホーンは重戦列の射撃記録を指した。主砲の斉射の間隔。被弾しても途切れなかった推進。損傷した《ハービンジャー》から、艦橋の下の指揮所へ移してなお続いた艦隊指揮。
「戦果だけで採用を決めるつもりはない。整備も稼働率も、実際の損害対処も調べた。その上で言う。先行型は成功した。本格採用に耐える」
KDYの代表が小さく息を吐き、レンディリの代表は手元の数字を見直した。ハロルドが頷くまで、誰も拍手をしなかった。
「テクターの生産枠は拡げる」
ハロルドは言った。
「ただし、同じ船体を持つ艦を、全部同じ艦にする必要はない。そこで次の議題だ」
軍需調達局の責任者が新しい指標を開いた。卓の上に一本の太い線が現れ、その先で三つの欄に分かれた。最上段に《共通船体計画》。下の欄には《インペレーター》と《ヴェクター》。そのどちらにも、艦級の確定を示す印はまだ付いていなかった。
「汎用戦闘艦と艦隊空母の基本船体を共通化する構想です」
責任者は言った。
「インペレーター案はテクターの戦闘記録を受けた汎用艦です。砲戦に専用の二次反応炉を降ろし、主砲を減らす。空いた容積を格納庫、兵員区画、物資の搭載と作業のために使う。戦列にも加われますが、それだけに閉じない艦にする。ヴェクター案は、同じ系列の船体を航空運用に大きく振り分けます。建造設備と損傷時の補修部材を共通化できれば、艦隊を増やす速度が変わります」
ホーンが航空戦の記録を開いた。
「ヴェネターはまた四隻、オープン・サークルと方面部隊へ移った。戻せとは言わない。前線で要る。だがグランド・フリートにも航空団が要る。トリトンでは敵の空母が、戦列の後ろから何時間も機体を送り込んだ」
サイブの技師が、まだ輪郭線だけの航空運用案を指した。
「こちらはテクターを格納庫に改造する図ではありません。二次反応炉と大型砲の給電・冷却設備を除き、主反応炉一基に集約します。艦内容積の大半を格納庫、発着艦、整備、燃料、予備機材に渡す。自衛砲はヴェネター級のDBY-827と同程度の新型コンパクト砲塔を片舷三基ずつ。設計の目標は、航空団一個七十二機で数えて十二から十六個航空団。ただし、収容上限と継続出撃数は別々に試験します」
「艦と同じ速度でしか飛べないから、載せるのか」
ケスティンが訊いた。
「いいえ。通常空間では機体の方が速く動けます。ハイパードライブのある機体なら艦隊と同じ航路を跳べる。ただ、次の戦闘で再び飛ばすには、補給と整備と乗員の休息が要ります。跳躍できない機体も運ばねばなりません」
技師は格納庫の奥に、隔壁が閉じても残る二本の通路を書き加えた。ベリックの示した閉鎖区画が、隣の投影にまだ残っていた。
KDYの代表が指標の下部を指した。
「テクターの採用まで来た。ならば共通船体の詳細設計を進め、初期生産の枠も押さえてよいのではありませんか。量産設備は図面が固まってからでは間に合わない」
レンディリの代表も頷いた。サイブは航空甲板の製造枠を示し、軍需調達局は来年の予算欄を開いた。いつ造るか、何隻造るか。楔形の船体の影の下で、指標の空欄が次々に数字で埋まり始めた。
ウォレックス・ブリセックスは《インペレーター》の文字を見ていた。二次反応炉を降ろして格納庫を通す図面は、いま初めて思いついたものではない。《ハービンジャー》が船台を離れた日、すでに彼の机にあった。砲の数を減らしても、主反応炉と楔形の船体が残る。兵員と機体と物資を積み、艦隊を連れて行き、必要なら戦列に入る。専用の砲戦艦より、造られる数も、赴く場所も多くなるだろう。
あの日の《ハービンジャー》は、まだ赤く塗られていなかった。防食の下地塗料だけの灰色の艦が船台を離れ、調達担当者は新しい時代の先触れだと言った。ウォレックスは、誰の時代なのかをその場で訊けなかった。娘に送った写真の艦も灰色だった。塗料はいつか剥がされ、また塗り直される。下に残る色を、彼は覚えている。
エリアドゥの乾ドックでも、その灰色を見た。艦橋の前半分が焼け、金属の板が吊り具に下がっていた。あの艦を撃たれて初めて、次の艦に二つの指揮所が要ると分かった。汎用型の図面には、まだ知らない欠けた所があるはずだった。
インペレーターは、おそらく傑作になる。艦隊がどこへ向かっても使える艦になる。共和国のために引いた線が、共和国のあとまで残るかもしれない。ウォレックスはそれを望んで図面を引いてきた。それでも、あの灰色の艦を思うと怖かった。
「基本設計には賛成です」
彼が口を開くと、数字を書いていた者たちが手を止めた。
「生産設備の準備も始めるべきでしょう。ですが、試験前に艦の定数を約束することはできません。テクターが成功したことと、別の用途の艦が完成したことは、同じではない」
ハロルドが目を上げた。
「君が引き受けるのか、ブリセックス」
「私はヴィクトリーから離れられません。レンディリと共同で開発したヴィクトリー級は生産を始めたばかりです。実艦から返る修正がこれから来る。戦列型を強めるヴィクトリーII級の開発も始まっています。両方を、ここで人に渡すわけにはいかない」
隣のレンディリの代表が、何も言わずに頷いた。
「共通船体計画には、私より適任の技師がいます」
ウォレックスはKDY席の投影台を向いた。リラの像の背後に、エリアドゥのドックの足場が透けて見える。彼女の手元には《ハービンジャー》の艦橋の改修図が開いていた。
「リラ・ブリセックスです。テクターの船体を知り、実際に撃たれた艦の内部も見た。私の図面に、艦橋が高すぎると最初に書いたのも彼女です。インペレーターの設計主任に推薦します」
リラはすぐに答えなかった。会議の共通図面が彼女の手元にも送られる。そこにある楔形の輪郭と、焼けた艦橋の断面を見比べた。
「父の名前で決めるなら、お断りします」
彼女は言った。
「ハービンジャーで指揮所が一つしかなかったら、あの艦は止まっていました。次の艦を描くなら、艦橋を失った後の六分から描きます。船体の各区画に、人が走る道を先に引きます。それで審査してください」
ハロルドはベリックの閉鎖区画の表示を見てから、指標へ目を戻した。
「設計主任の任命は技術審査にかける。リラの案を最初に出せ。共通船体の試験用船体と生産設備の準備は認める。艦級の確定と量産発注は、実艦の審査を経てからだ」
軍需調達局の責任者が、指標の空欄から生産隻数を書き消した。代わりに、試験と改修の欄を作った。
卓の上の二つの名は、まだ設計案だった。だが、灰色の楔形の輪郭は消えなかった。ウォレックスはその先端が、会議室の壁の向こうを指しているのを見ていた。
*
C.R.C. 7956.073 コルサント、元老院議員会館
モン・モスマの卓には、職務継承の草案が投影されていた。
「グランド・フリート司令官の職務の継承に関する条項」
モスマは草案をシーアの端末に送った。シーアが右手で表示を拡げると、左肩の装具が制服の下で動き、彼は少しだけ顔をしかめた。
「ラックス艦長から陳情が来たわ。あなたに書いてもらえと言われた、と」
「本気にしたんですか」
「条文の話を冗談で持ってくる人はいないわ」
モスマは草案を指した。
「私はグランド・フリート法に反対した。今も反対よ。共和国が集めれば、分離主義同盟も集める。向こうは百二十一隻を持ってきた。それでも法は通ったのだから、せめて危ういところを塞ぎたい」
モスマは昨年、自分が反対しながら書かせた条文を指で押さえた。追撃停止の命令は、艦隊司令官が一人で出す。トリトンでは、その一人が追撃を止めた。条文は働いた。だが、彼が戦闘の最中に倒れたら、という問いにはどこにも答えがなかった。
「司令官が指揮不能となった時、次席の合同任務群司令官が継ぐ。継承の順番は事前に定めて、統合作戦本部に届ける」
シーアは文を声に出して読んだ。
「指揮を継いだ者が何を最優先するかも、艦隊の手順に書きます。第2合同任務群で足りなかったのは、名簿だけではありませんでした」
「それから、ラックス艦長はもう一つ欲しがっている」
モスマは次の行を示した。司令官の判断が艦隊を著しく危険にさらすと認められる場合。
「誰が認めるの」
シーアはしばらく考えた。
「戦闘中に司令官を解任する手順を、いまの一行では書けません。誰が、どの情報を見て、何分で決めるかまで決まっていないと、命令が二つになります」
「では、艦隊司令官が間違っても替えられないの?」
「戦いの前に任命し、戦いの後に責任を問うことはできます。戦闘中に替える権限も、いつか必要かもしれません。ただ、今回、書いたつもりになるのは危ない」
モスマはシーアの顔を見た。
「ラックス艦長は納得しないわね」
「しないと思います。僕も、これで十分だとは思いません」
モスマは草案の審議欄に二人の名前を入力した。ラックスは戦闘中にも替える手順を求めている。シーアは、その手順が命令を二つに分ける一秒を恐れている。彼女はそれをどちらか一方の意見にまとめなかった。
継承は条文化する。判断の誤りによる解任は、統合作戦本部の権限と審査の手順を詰めてから、もう一度審議する。その二行を別々に残した。ひとつの勝利で、危うい問いが消えたわけではなかった。
「十年後、あなたたちが読み返せるようにしておくわ」
「僕たちだけじゃなく、次の人にも」
シーアが言うと、モスマは一度だけ頷き、審議欄にその言葉を書き足した。草案の本文より、残した意見の方が長くなっていた。
*
C.R.C. 7956.075 エリアドゥ、旧劇場
公演は夜の八時に始まった。トリトンから、ひと月が過ぎていた。
客席は埋まっていた。一番前の列の端の席には、予約済みの小さな札が付いている。幕が上がる少し前、その席に軍服ではない客が座った。上着の下で左肩の装具が膨らんでいた。
舞台袖にいたエレナは役者に最後の指示を出し、客席の脇を通って、その隣へ座った。自分で空けておいた席だった。
「遅れなかったわね」
「間に合うように、数えた」
シーアも小さな声で答えた。幕が上がった。
芝居は二時間だった。シーアは最後まで起きていた。途中で何度かエレナの方を見た。エレナは舞台から目を離さず、役者の台詞を声を出さずに唇だけで追っていた。
終演の後、客席に二人だけが残った。古い案内係が奥から灯りを一つずつ消していった。最後の列が暗くなっても、エレナは舞台の方を見ていた。舞台の上の一灯だけが残った。
「帰ってから話す、って書いてあったわ」
エレナが言った。
「うん」
「眠れなかった夜のこと」
シーアは舞台の灯りを見ていた。
「艦橋を撃たれた。気がついた時には、六分経っていた。予備の指揮所の天井を見て、最初に何分経ったか訊いた。次に、周期が回っているか訊いた。その次に、状況を訊いた」
エレナは何も言わなかった。
「艦橋の前半分で人が死傷したと聞いた。それでも僕は、合同任務群がどうなっているか、先に訊いた」
シーアは左肩の装具に右手を置いた。
「カルヴィ兵曹長が死んでいた。ケルシスからずっと、同じ声で船の数を読み上げてくれた人だった。その名前を知ったのは、もっと後だった」
舞台の灯りが少し揺れた。
「僕がいない六分間、艦隊は回っていた。四か月かけて、そうなるように作った。作ったとおりになったことを、僕は一番先に確かめた。……眠れなかったのは、それなんだ」
エレナはしばらく黙っていた。シーアの右手が、まだ左肩の装具の上にある。その手に自分の手を重ねた。
「一番先に確かめたから、帰れる艦があったんでしょう」
「うん」
「その後で知った人の名前も、忘れていないでしょう」
「忘れていない」
エレナは舞台へ目を戻した。
「私も初日の幕が上がる前には、照明と幕の綱と、役者が全員いるかを先に確かめるわ。誰かの台詞が上手いかどうかは、その後。順番を間違えると、舞台が始まらないから」
「芝居と戦争は違う」
「違うわね」
彼女はシーアの手を離さなかった。舞台の灯りが少し揺れ、誰もいない客席の背もたれに細い影が動いた。
「あなたが話してくれた順番も、覚えていていいのよ。カルヴィさんの名前をいつ知ったかも、その名前を忘れずにいることも」
案内係が最後の灯りの前で振り返った。消してもいいかと目で訊いている。エレナは少し待ってから、頷いた。舞台が暗くなった。
暗い客席で、シーアは彼女の手を握り返した。
その夜は、眠れた。