STAR WARS: STAR DESTROYER   作:あーくわいてんず

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同じ海

 奪われた王国!

 

 分離主義者の支配下に落ちたモン・カラ。共和国の救援部隊も捕らえられ、若きリー=チャー王子とアソーカ・タノは、海中で孤立した戦いを続けていた。

 

 軌道上では、ベイラン・スコールと150連隊の突入によって、辛くも共和国艦隊の退路が守られた。だが、傷ついた艦と兵士たちに、再び攻め込む力は残されていない。

 

 王国を取り戻すためには、昨日まで銃を向け合っていた者たちが、同じ敵に立ち向かわなければならない。モン・カラの未来を決める時が迫る――

 

 *

 

C.R.C. 7956.207 モン・カラ星系、銀河平面座標 U-6、タイダル・サーキット/オーヴェリック・グリップリンク、《プレカーサー》艦内

 

 リブは、右手用の手袋を探していた。

 

 工具袋から出てきたのは、左手用が二つだった。どちらも掌の部分が擦り切れ、指先だけ別の布で継いである。持ち主がどちらを使っていたかは知っている。知っているが、二つとも左手用だったことには、今まで気づかなかった。

 

 袋を広げた整備用の台には、小型の切断器、接点を磨く道具、長さの違う三本の線が並んでいた。袋の底に付いた赤黒い汚れは、洗う前に記録しなければならないと言われた。スプールの所持品を受領する兵が、端末の欄を一つずつ埋めている。

 

「私物は、これで全部か」

 

「ヘルメットがある。左側に傷のあるやつだ」

 

「装備の方へ回っている」

 

「なら、そっちにも名前を入れてくれ」

 

 兵は頷き、台の上の二つの手袋を見た。リブが左手用だと言うと、どちらか一つを持ち帰ってきた時に間違えたのだろう、と答えた。スプールならあり得た。工具の場所はいつも決まっていたのに、自分の服はたいてい誰かに訊いていた。

 

 通路の向こうで、金属の足が床を擦った。

 

「捕虜ハ座ッテモイイデスカ」

 

 透明な仕切りの中で、B1-6H3が警備兵に訊いていた。武器と通信装置は昨夜のうちに外され、胸の空いた取付部には封印が付いている。椅子は一脚あったが、ドロイドはその前でずっと立っていた。

 

「好きにしろ」

 

「ヤッタ」

 

 座った途端に、長い膝が机の裏を押した。警備兵が椅子を引くよう言うと、今度は引きすぎた。リブは片方の手袋を袋に戻しながら、それを見ていた。昨日、あの細い脚は担架の通る場所を空けるため、隔壁へ張り付いていた。

 

「何を喜んでる。疲れるのか」

 

「立ッテイルヨリ、怒ラレル場所ガ少ナイ」

 

 警備兵が何か言おうとして、やめた。リブも返す言葉を見つけられず、切断器の型番を受領係へ読み上げた。そこだけは間違えようがなかった。スプールはそれを誰かに貸すたび、次に貸すまでに返せと言っていた。

 

 医務区画へ寄ると、ブラケットは寝台の上で脚を持ち上げようとしていた。膝の下に固定具があり、持ち上がるのは踵だけだった。衛生兵が戻ってくる足音を聞くと、彼は何もしていなかった顔で枕へ頭を戻した。

 

「見られてますよ」

 

「何をだ」

 

「それです」

 

 リブが固定具を指すと、ブラケットは足元の表示を見た。動かした回数まで記録されている。彼は一度だけ目を閉じ、それから寝台の脇の椅子へ顎を向けた。

 

「スプールの物は」

 

「受領を終えました」

 

「お前が持っていろと言いたいが、そうもいかんか」

 

「工具は部隊へ戻せるそうです。私物は別になります」

 

 ブラケットは少し考え、誰が受け取るのかと訊きかけた。言葉が出る前に、リブは袋の中に左手用の手袋が二つあったと話した。

 

「右は俺が借りた」

 

 ブラケットは天井を見たまま答えた。

 

「ミルダーンで。車の牽引索が切れた時だ。返したつもりだった」

 

 リブは吹き出した。

 

「あいつ、自分がなくしたと思ってたんですよ。右はどこへ行ったって、何度も」

 

「俺に訊けばよかったのに」

 

 ブラケットも笑った。リブはスプールが手袋を裏返して確かめる姿を思い出した。笑うたびに同じ動きが浮かび、もう一度声が出た。その続きを本人へ話そうとして、息が詰まった。

 

「あとで――」

 

 言いかけたまま、端末を見た。私物の受領欄にスプールの名がある。リブは顔を伏せ、笑った時のまま開いていた口を閉じた。ブラケットも天井を見るのをやめたが、何も言わなかった。

 

 リブは受領係へ送る欄を足した。同じ文字を二度消した。

 

 通路からテザーが入ってきた。手には輸送艇の座席配置があった。先遣隊の負傷者二十九名を、母艦の医療区画へ移すためのものだった。歩ける者と、寝台のまま運ぶ者で便を分けてある。ブラケットの名は後の便に入っていた。

 

「二人は」

 

 ブラケットが訊いた。

 

「まだだ」

 

 テザーは端末を伏せなかった。チョックとスキッドの艇が最後に見えた位置、その後に破片が流れた範囲、救難艇が調べ終えた場所が並んでいる。夜の間に一つ信号を拾ったが、別の艇から外れた発信器だった。

 

「《カーム・リーチ》が、次の捜索を引き受ける。昨日、対空砲が残っていた側まで入れる」

 

「今なら入れるのか」

 

「敵の艦が距離を取った」

 

 ブラケットは返事をせず、寝台の下へ手を伸ばした。届かなかったので、リブが代わりに装備袋を引き出す。ブラケットは中から右手用の手袋を一つ出した。

 

「返しておいてくれ」

 

 リブはそれを受け取った。受領係の仕事は、まだ終わっていなかった。

 

 *

 

《ハービンジャー》、司令部区画

 

 シーアが戻ると、司令官室の椅子が廊下へ出され、奥の隔壁からは焼けた回線が束になって引き出されていた。保護材を敷いた床では技術員が作業を続けている。机に工具を置こうとする手の下へ、ケレンが空いた容器を差し出した。

 

「どれくらいかかりますか」

 

「椅子を戻すだけなら、今すぐです」

 

 技術員は手を止めずに答えた。シーアは邪魔をしたことに気づき、廊下の椅子へ座ろうとした。セレナが背後からその肘掛けを押さえる。

 

「そこは人が通ります」

 

「座る場所がないんだけど」

 

「食堂にはあります」

 

 艦内の小食堂では、すでにベイランが朝食を始めていた。肩の手当てを済ませたばかりらしく、上着は着ていない。左手でパンを割ろうとし、うまくいかずに皿へ戻した。シーアは空いている別の卓を見た。セレナがいつもの席へ皿を置いたので、向かいへ座った。ベイランはスープを飲み、シーアはまだ端末を手放さなかった。

 

「戻ったのか」

 

「あなたが先に戻っていたとは思いませんでした」

 

「治療の後に食事をしろと言われた。両方とも済ませるつもりだ」

 

「まだ治療の途中でしょう」

 

 セレナが言い、パンを切るための道具を渡した。ベイランは礼を言った。

 

「ここで刃物を光らせると、君の副官に叱られそうだ」

 

「分かってるなら、言わなくても」

 

 シーアの皿にも同じパンが置かれた。彼は半分に割ってから、端末を卓の端へ寄せた。ソーンの朝の報告には、シーアが眠っている間に終えた交代が並んでいた。《エンヴォイ》は外側の警戒を続け、ダーヴェンの六隻が交代で前へ出ている。コーヴィンの二隻は補給を受け始めた。修理へ下げた《インヴィオレート》は、まだ給電の試験にも入っていない。

 

 第3合同任務群で動かせる十二隻のうち、どの艦を先に休ませるかも決まっていた。コルヴェンが付けた《ハービンジャー》の修理項目には、戦闘指揮所の当直を残して作業する、とある。シーアが食堂へ来るために、艦隊の仕事を止めた者はいなかった。

 

 通信主任のセルトから、短い呼出しが入った。

 

『ダーヴェン代将です。補給群の到着見込みを更新したいと』

 

 シーアは端末を立てた。ホログラムの向こうで、ダーヴェンも何かを食べていた。こちらの食卓を見て、一度だけ口元を拭いた。

 

『失礼。まだ朝食前かと思った』

 

「同じです。そちらも続けてください」

 

『冷却材は今日中に渡せる。砲の部材はまだ後だ。君の艦の分は、先に抜き出させた』

 

「《プレカーサー》の搬送架の部材はありますか」

 

『そちらも。合うかどうかは、現場で当ててからになる』

 

 シーアはダス艦長へ回すようセルトに頼んだ。ダーヴェンは、自分の六隻が後で交代を求める時刻を伝えた。増援は来たが、六隻にも食事と整備が要る。シーアが了承すると、相手は今度こそパンへ手を伸ばした。

 

 回線を閉じた時、ケレンが卓へ戻ってきた。茶器は二人分だったが、セレナは立ったまま飲もうとする。

 

「あなたも座れば」

 

 シーアが言うと、セレナは予定表を見た。

 

「あなたが食べ終わるまでなら」

 

「そんなに急いで食べないよ」

 

「だから座れるんです」

 

 ベイランが笑った。ケレンは空いた二席へ皿を置き、自分も腰を下ろした。シーアがパンの硬い端を先に食べるのを見て、セレナが昔から同じだと言った。

 

「お好きなんですか」

 

「違います。残すと、そこだけ食べていないのが分かるから」

 

 シーアは噛んでいる途中で顔を上げた。セレナは彼を見ず、ケレンへ続けた。

 

「昔は硬い所を先に食べて、柔らかい所を隠していました。部屋へ戻ってから読むものがある日は、特に」

 

「食べる時間を後へ回すのは、変わりませんね」

 

 ケレンが答えた。セレナは頷きかけ、彼がいつのことを言ったのかと訊いた。

 

「デヴァロンの後です。温かい物を置くと、すぐ戻ると言って出ていかれました。戻る頃には冷めているので、次から小さい器にして、二度に分けました」

 

「家では、大きい皿に少しだけ載せると怒ったのに」

 

「そうでしたか」

 

「二人とも、食べながら僕の引き継ぎをしないで」

 

 シーアは言った。ベイランは今度は声を出して笑った。彼自身の皿では、ようやく割れたパンがスープを吸いすぎて崩れていた。

 

 セレナはケレンの皿へ、小さな器を一つ寄せた。あとでその時の話を聞かせてほしい、と言った。ケレンも、隠したパンをどこへ置いていたのか知りたいと答える。

 

「それは教えなくていいから」

 

 シーアが言い終える前に、端末へ新しい表示が出た。海面側の通信だった。二人の消息を待っている回線とは別の色で、クオレン港湾評議会の識別が付いていた。

 

 シーアはパンを置き、セルトへつないだ。ケレンは茶器を下げなかった。皿の端へ寄せ、戻っても口を付けられるようにしておいた。

 

 *

 

モン・カラ、クオレン港湾評議会の通信室

 

 ケシュ・ヴォルが送ったのは、援軍の要請ではなかった。

 

 医療部材船の現在位置を教えてほしい。それだけだった。昨日まで自分たちの管制で追えていた船が、連合側の管理表示から消えている。沈んだという報告はない。到着した港もない。

 

 共和国側の返答には、検査を終えて出航した時刻と、最後に受け取った位置が添えられていた。問い合わせた範囲より広い星図は付いていない。ケシュはその位置を自分たちの記録へ重ねた。船は共和国の検査を抜けた後で、連合の臨時管制へ回されていた。

 

「船長から返事は」

 

 ドルン・セクが訊いた。

 

「ありません。臨時管制は荷を留めているそうです。優先順位を変えた、と」

 

「どこの命令だ」

 

 ケシュは送られてきた承認欄を開いた。タムソンの司令部だった。宛先には、この港の医療局が入っていない。

 

 通信室の隅には、医療局から来た職員が座っていた。隣の診療所から部材を借り、使える機械を一か所へ集めて凌いできたが、もう借りられる物がない。交換する部材が着かなければ、明日の患者を別の区画へ移さなければならない。彼女は荷をどこへ取りに行けばよいかと訊き、返事を待ちながら、借りた機械の一覧へ新しい故障を書き込んだ。

 

「連合側へ、もう一度要求してください」

 

 ケシュが言うと、職員は三度送ったと答えた。

 

「四度目でもいいです。これを付けて」

 

 ケシュは共和国側の通過記録を渡した。ドルンは止めなかった。職員が出ていくと、主任は通信室の入口まで歩き、廊下に誰もいないことを確かめて戻った。

 

「船籍を貸した会社の担当者が見つかった」

 

 ドルンは声を落とした。偽装貨物船の改修を承認したことになっていた男だった。勤務を終えた後の識別を使われ、以来、港へ出てこなかった。

 

「何と言っています」

 

「自分は許可していないと。帳簿が残っていれば分かる、とも言っている」

 

 ケシュは隅の別端末を見た。控えはそこにも、医療局にも、航路管制の監査員にもあった。男がいなくなっても、承認した時刻と勤務を終えた時刻は消えなかった。

 

 ドルンが呼び出した新しい一覧には、二人分の名があった。改修した荷役装置を実際に動かした者だった。二人とも、連合からは通常の貨物だと言われていた。共和国が検査しようとしていると知った時には、もう船は港を離れていたという。

 

「共和国へ送りますか」

 

 ケシュが訊いた。

 

「先に、うちの評議会へ送る」

 

 ドルンは記録の宛先を選んだ。前と同じ答えだった。だが、今度は添付する物が違った。港が偽装に使われた記録、医療部材を通した検査記録、その荷を連合の司令部が止めた記録。互いに無関係だったはずの三つの仕事が、一つの端末に並んでいる。

 

「王子が逃げている間は、こちらにも選べるものがある」

 

 ドルンは言った。

 

「捕まれば?」

 

「それは、私には分からん」

 

 主任は答えた。普段なら、分からないことを部下へ言う人ではなかった。ケシュが通信を送る間、ドルンは窓の外を見ていた。通路を隔てた建物の灯りが、上から順に消えていく。電力を軍へ回すよう命じられた区画だった。

 

 評議会からの返答はすぐには来なかった。代わりに、連合の管理担当から未承認の外部照会をやめるよう警告が来た。ケシュが共和国へ送った、医療部材船の問い合わせについてだった。

 

「返事は」

 

「船を見つける必要があった、と書け」

 

「そのままで?」

 

「そのままだ」

 

 ケシュは書いて送った。送信が終わると、ドルンは通信室の保存装置から、小さな記録媒体を抜いた。前からそこにあったものだった。主任はそれをケシュへ渡さず、自分の上着に収めた。

 

 初めて、ケシュはこの人も恐れているのだと分かった。

 

 *

 

モン・カラ、海中観測路

 

 四番標識の部品は、最後まで足りなかった。

 

 レマ・ケルは、作業員が外して持ち帰った送信器を受け取った。覆いに指を掛けると、内側から細かい破片が落ちた。補修できる部分を探すより、別の物から使える部分を外す方が早い。ところが、外してよい機械がもうなかった。

 

 頭上の観測路を、負傷者を連れた一団が通っていった。共和国の兵もグンガンもいたが、今は軍服より、泳げる者と泳げない者の違いが大きかった。レマは避難所の入口へ手を振り、艇はまだ来ていないと伝えた。

 

 通信器が鳴った。

 

 王子が捕まった。

 

 レマは送信器を置いた。相手が繰り返す間、何も言わずに聞いた。リー=チャーはタムソンの前へ連れていかれ、処刑されるという。アソーカについては、その報告にはなかった。

 

「上へ、送りますか」

 

 作業員が訊いた。

 

「送る。出所も、そのままで」

 

 レマは答えた。指が一度、違う欄に触れた。消して打ち直す。王子の所在を知らないと言い続けてきた。初めて届いた確かな場所が、そこだった。

 

 観測路の奥で、誰かが避難所を移した方がいいと言った。別の者は、移るならどこへ行くのかと訊き返した。レマにも答えはなかった。海面には共和国の艇が来る。そこまで泳げる者は乗れる。王都の全員を上げられる数ではなかった。

 

 その時、入口の見張りが武器を上げた。

 

 クオレンの兵が三人、観測路へ入ってきていた。

 

 一人は腕を伸ばし、ブラスターの銃口を下へ向けたまま、何かを叫んでいた。見張りは下げなかった。レマは二人の間へ泳いだ。背中から、戻れと呼ばれた。

 

「何の用です」

 

「避難所へ、兵を戻せ。ここへ来るドロイドを止める」

 

「誰の命令で」

 

「ノソー・リーの命令だ」

 

 レマは動かなかった。相手の口からその名が出ても、昨日ここへ近づいたクオレンの兵が敵であったことは変わらない。後ろの負傷者たちが入口から離れるのが見えた。

 

 兵は自分の通信器を差し出した。

 

 リー=チャーを守れ。分離主義者に従うな。

 

 声は途切れた。繰り返しを待つ間に、王都の回線がいくつも戻ってきた。解放された者の呼出し。落とした武器を求める声。ジェダイが戦っている、グンガンが動き始めたという報告。レマは発信元を確かめながら、別々の場所へ応答を返した。

 

 レマの後ろで、見張りの銃口が少し下がった。

 

「ドロイドは、どこから」

 

 レマが訊くと、クオレンの兵は観測路の上を指した。

 

「貨物用の水路だ。ここから出る者がいると、連中は知っている」

 

「あなたたちが教えた?」

 

 兵はすぐには答えなかった。

 

「この道は、俺たちも使っていた」

 

 レマは相手を見た。それから、見張りへ上の隔壁を閉じるよう言った。閉じれば、艇へ向かう出口も一つ塞がる。別の出口を教える必要があった。

 

「三番から出ます。そこへ行くまでを守ってください」

 

 クオレンの兵が頷いた。二人を上へ送り、自分は避難所の入口に残った。横を通ろうとした負傷者が、兵を見るなり支えの手を振り払った。レマは代わりにその腕を取った。

 

 兵は何も言わなかった。

 

 上の隔壁へ衝撃が当たり、観測路の灯りが暗くなった。兵が振り返る。レマは負傷者を引いたまま、作業員へ三番を点けろと言った。王都で何が変わっても、この先の暗い水の中には標識が要った。

 

 最初の艇が来るまでに、隔壁は二度撃たれた。レマが最後の負傷者を通す時、クオレンの兵は入口の外で撃ち返していた。その背中の向こうに、レマの同僚が並んでいる。二人は互いを見ずに、同じ方を見ていた。

 

 艇へ全員を引き渡した後で、王都から新しい通信が来た。

 

 リー=チャー、生存。タムソンを倒した。王都の部隊は、残るドロイドを排除している。

 

 レマは最初の一行を、もう一度聞いた。

 

 王子は生きていた。

 

 通信器を持った手が、観測路の壁へ当たった。レマはそこでようやく、自分が少しずつ沈んでいたことに気づいた。上へ戻ろうとして、いったん壁に手をついた。

 

 隣の作業員が、何か言った。声になっていなかった。レマも答えられず、頷いた。

 

 それから通信を上へ送った。三番標識が二度、光った。

 

 *

 

モン・カラ星系外縁、プロヴィデンス級《アイアン・レヴィ》

 

 タムソンの司令部からの通信は、命令の途中で切れた。

 

 ダロ・ヴェスクは再接続を命じなかった。既に三度試している。その間にも、クオレン側の泊地が着陸を拒否し、給油施設が予約を取り消していた。昨日まで使えていた海面の進入標識が、連合艦だけを外へ戻す符号を送っている。

 

「王都ノ指揮所ヲ失イマシタ」

 

 戦術ドロイドが告げた。

 

「知っている。残っている地上部隊を数えろ」

 

「回収ノ許可ヲ求メマスカ」

 

「誰にだ」

 

 ドロイドは頭を傾けた。

 

 ヴェスクは回答を待たず、《コールド・トリビュート》へ回収可能な艇の位置を送った。海へ降りることはできる。降りた艇が戻ってくるまで、共和国艦と現地部隊の両方を押さえる手段はなかった。海中の部隊を全て拾うという計画は、最初から作れない。

 

 隣の表示で、《トールキーパー》の艦長が給電の復旧を報告していた。艦内の短い回線は戻ったが、中継の能力は戻らない。主砲の一部も使えないままだった。

 

「跳べるか」

 

『跳躍機関は使えます』

 

「先に出ろ。航路を空けておく」

 

 味方へ戦場の全てを見せていた艦が、今は自分の近くしか見えない。ヴェスクは、その艦を自分の前へ置いた。傷んだレキューザントの後ろへ、ミュニファスント級《デット・ウォーデン》と護衛艦が続く。

 

 共和国のテクター二隻は、まだ動ける位置にいた。《アイアン・レヴィ》が先に下がれば、遅れた艦を撃たれる。ヴェスクは旗艦の主砲をそちらへ向けたまま、速力を落とした。

 

「撤収デスカ」

 

「そうだ」

 

「地上ヨリ増援ノ要求ガ継続シテイマス」

 

 ヴェスクは一度、閉じた地上の表示を開いた。王都の位置に、タムソンの司令部の識別が残っている。そこへ補給を降ろすために、何隻も傷めた。到着しなかった船もある。

 

「回収できる所を送れ。そこまで来られる者だけだ」

 

 命令を受けたドロイドが通信席へ向き直った。ヴェスクは冷めた香草飲料を口へ運び、飲まずに戻した。回収地点へ来られない者の数を、今は訊かなかった。

 

 *

 

モン・カラ軌道、《ハービンジャー》

 

 敵のレキューザント級が向きを変えた時、イーノ・ラセルは、それまでよりゆっくり艦名を読んだ。

 

「《トールキーパー》。離脱する進路です。《デット・ウォーデン》が追随。プロヴィデンス級二隻は、こちらへ砲を向けたままです」

 

 シーアは敵の航跡を見ていた。二隻のプロヴィデンスの間へ速い艦を入れれば、傷んだレキューザントに届く。そのための道を、ソーンもコーヴィンも見ているはずだった。

 

 隣の表示に、海中からの通信が届いていた。王都の戦いはまだ終わっていない。けれど、囚われていたアミダラ議員とジェダイたちは解放され、クオレンもリー=チャーの下で戦っている。地上から上がる艇の数は、敵が下がるほど増えていた。

 

 通信主任のマレナ・セルトが顔を上げた。

 

「ソーン副司令から。敵の撤退を確認。接触を保っています」

 

 追撃の準備ができた、という言葉はなかった。今いる位置で何ができるかを、副司令は知っている。その先を選ぶのはシーアだった。

 

「追わないで」

 

 シーアは言った。

 

 セルトが送る。ソーンから短い了解が返った。《エンヴォイ》の印は、敵を追って外へ延びなかった。少し遅れて、コーヴィンが収容中の艇の数を報告した。既に砲火の間へ回収艇を出していた。

 

 シーアは、コルヴェンが切り替えた表示を見た。

 

 退避先へ向かう《ヘラルド》では、動かせない機関の周りを人が歩いている。《インヴィオレート》の外板にはまだ穴があり、そこを塞ぐ班が艦外へ出る時刻を待っていた。戦える十二隻のうち何隻を追撃へ出せるかは、数えることができた。追撃へ出した艦を次に誰が代わるかは、まだ決まらない。

 

 ダーヴェンの《ジャベリン》から、損傷艦を移す間、現在の警戒を引き継ぐと連絡が来た。頼むより先だった。シーアは礼を返し、救難群の欄を開いた。

 

 《カーム・リーチ》は、敵の砲に遮られていた最後の宙域へ入れる。

 

「ヴェルト艦長へ。捜索を続けてください」

 

 セルトは宛先を確かめ、送った。シーアが何を探すつもりかを、訊かなかった。

 

 戦闘表示の端で敵艦が跳躍し、その識別が消えた。ラセルは消えた順に記録し、主砲をこちらへ向け続ける《アイアン・レヴィ》を見失わなかった。最後のプロヴィデンス級が離脱するまで、艦橋の誰も席を立たなかった。

 

 それが消えた後、シーアは椅子へ深く座り直した。

 

 海の映像を開くと、相変わらず青かった。海面には壊れた標識も破片も浮いているはずなのに、この高さからは見えない。

 

 アミダラからの通信が入ったのは、それからしばらく経ってからだった。

 

 肩から上だけの映像だった。髪も服も濡れていた。議員は、シーアが見慣れた会議の背景にはいなかった。

 

『クオレンの港へ、医療用の船を入れたいの』

 

「受け入れる港から確認があれば、通せます」

 

『その確認は、彼らから送ります。私の名前で代わりに出さないように頼んであるわ』

 

 シーアは頷いた。議員の後ろを負傷者が運ばれていった。彼女は一度そちらを見て、画面へ戻った。

 

『王子に会ったわ。……もう、陛下と呼ぶ準備をしなければね』

 

「お元気ですか」

 

『疲れている。でも、話したい人が大勢いるそうよ。クオレンの人たちにも』

 

 議員はそこで少し笑った。笑い終えるより先に、誰かが呼んだ。

 

『こちらが落ち着いたら、直接お礼を言いに行きます。今は、このままで許して』

 

「眠る時間を先に取ってください」

 

『あなたもね、少将』

 

 回線が切れた。背後でセレナが端末に何かを入れた気配がした。シーアは振り返った。

 

「聞こえていた?」

 

「はい。議員のお勧めでしたので」

 

 ソーンへの引き継ぎを終える時刻は、既に予定に入っていた。その直後の空欄へ、セレナが休息の時間を書き入れていた。

 

 シーアは反対しようとして、やめた。コルヴェンへ声を掛けると、艦長は明朝までに終える修理の項目だけを見せた。シーアはそれを読み、艦橋を出た。

 

 *

 

C.R.C. 7956.208 モン・カラ、海面発着場

 

 ナリ・ヴォスが艇を降りると、床が揺れた。

 

 波に合わせて動く床へ戻ったのが久しぶりで、ナリは脚を突っ張った。手すりを掴むと、先に降りた乗客が少し笑い、自分も掴んだままだと気づいて手を離した。

 

 軌道の管制席を引き継ぐのに、予定より二時間かかった。休暇ではなかったが、今日は地上側の管制と直接話せる。そのまま家へ寄るつもりで、ナリは私物の入った袋も持ってきた。妹から借りた食器が中で鳴る。

 

 発着場の端に、共和国の印のない輸送艇が留まっていた。荷を降ろしているのはクオレンの作業員だった。封印の番号を見て、ナリは足を止めた。通過させた医療部材が、今、初めて港へ届いている。

 

「一つ、照合させてください」

 

 ナリが端末を出すと、作業員は表情を硬くした。

 

「もう検査は受けている」

 

「その時の管制です。届いた記録を閉じたいだけです」

 

 作業員は、後ろの事務区画を指した。

 

 ケシュ・ヴォルは、机を持ち出して発着場の屋根の下で働いていた。建物の通信設備は連合の管理装置を外すまで使えない。机の脚の一本が短く、端末を置くたびに揺れた。ケシュは工具の薄い箱を脚の下へ押し込んでから、ナリの名を聞いた。

 

「昨日は、ありがとうございました」

 

「照会の方ですね。船長とは話せましたか」

 

「連合の管制へ拘束されていました。荷を降ろす場所が変わると言われて、そのまま待たされていたそうです」

 

 ケシュは荷目を開いた。必要だった部材は揃っている。診療所の職員は、他の区画から借りていた物を返せる、と言ったという。ナリは到着時刻を入れた。昨日まで使っていた連合側の欄は、もう承認先から外されている。

 

「偽装した船の記録も、送ります」

 

 ケシュは言った。

 

「ドルン主任が、評議会の承認を取っています。ただ、証言した者の名前は、そちらへ出す前に本人へ確かめたい」

 

「それは、私の席では決められません。捜査の担当へ、その条件も送ります」

 

 ナリが答えると、ケシュは少し頷いた。頼めば何でも約束する相手でないことに、かえって安心したようだった。

 

 事務区画の中から、別の職員が何かを尋ねた。戦闘の間に押さえたモン・カラマリ船籍の艇を、持ち主へ返してよいかという話だった。ケシュが保管記録を求めると、職員は軍が使っていたから分からないと答えた。

 

「分からないまま返せば、返した側が責任を持つことになる」

 

 ケシュは立ち上がりかけた。そこへ、艇の持ち主らしい男が入ってきた。

 

「持っていく時は、そんなことを訊かなかっただろう」

 

 屋根の下が静かになった。

 

 ケシュは椅子から離れた。相手を艇へ案内し、自分も一緒に中を確かめると言った。男はまだ怒っていた。ナリに向かって、自分は漁に出るための艇を取り返しに来ただけだと言い、それからケシュの後を追った。

 

 ナリは屋根の下で待った。

 

 昨日の勝利について話す声は、発着場のどこからも聞こえた。荷を待つ者たちはリー=チャーの名を口にし、ノソー・リーが王子を守ったという話を繰り返していた。そのすぐ隣で、艇を取られた者が説明を求めている。ナリは荷の受領記録を閉じ、次の便の照会を待ちに戻した。

 

 海へ降りる階段から、モン・カラマリの士官が上がってきた。濡れた器材袋を持ち、肩の留め具が一つ外れていた。

 

「ナリ・ヴォスさんは」

 

 声で分かった。

 

「レマ?」

 

 相手がナリを見た。二人はしばらく、相手の顔と、いつも聞いていた声を合わせていた。

 

「もっと、大きい方だと思っていました」

 

 レマが言った。

 

「私もです」

 

 ナリが答えると、レマは袋を持ち上げた。三番標識の送信器だった。借りた観測設備を元へ戻すため、新しい物と交換する。王都側の部隊から、ようやく予備が回ってきたという。

 

「四番は?」

 

「直せませんでした」

 

 レマは何でもないことのように言いかけ、途中で声を落とした。ナリは、四番が壊れてからどのくらいの時間、レマが三番を点け続けていたかを思い出した。

 

「家へは帰りましたか」

 

「まだです。これを返したら、見に行きます」

 

「連絡は」

 

「取れました。家族は無事です。家の方は、窓が全部駄目だそうです」

 

 その返事を聞いて、ナリは肩の袋を持ち直した。

 

「うちは、妹が怒っています。食器を返さないので」

 

 レマは袋を見た。

 

「返しに来たんですね」

 

「ええ。今から」

 

 別れ際に、ナリは送信器を運ぶのを手伝おうかと訊いた。レマは交換品の受領もあるから、と断った。それから、少し迷ってナリを呼び止めた。

 

「管制へ戻ったら、また呼びます」

 

「今度は、避難艇でなくてもいいですよ」

 

 レマは頷いた。ナリが発着場の通路へ出ると、後ろから、工具の箱を借りたいとケシュを呼ぶ声がした。机の脚から抜いたので、机がまた揺れた。

 

 ナリは少し笑い、家へ帰る艇の列に並んだ。

 

 *

 

C.R.C. 7956.210 モン・カラ軌道、《ハービンジャー》

 

 リー=チャーが王冠を受ける映像を、シーアは途中から見た。

 

 艦内の休憩区画に流れていたものだった。通りかかった時には、若い王の周りに人々が集まっていた。モン・カラマリだけではなかった。シーアは壁へ少し寄り、通路を空けて見ていた。

 

 歓声が上がった。隣で見ていた整備員が、小さく息を吐いた。

 

「若いですね」

 

 同僚へ言ったつもりだったらしい。シーアに気づき、敬礼しようとしたので、彼は手で止めた。

 

「そうですね」

 

 シーアは答えた。自分に似ているとも、自分より若いとも思わなかった。あの人はこれから、あの人々の中で暮らし、決めていかなければならない。映像の外へ下がる共和国の代表たちを見てから、シーアも通路へ戻った。

 

 司令官室の椅子は元の場所へ戻っていた。隔壁の覆いも閉じている。ただ、閉じる前に外した留め具が一つ、机の端に残っていた。シーアは作業員が取りに来るだろうと思い、そのままにした。

 

 机には戦闘可能十二隻の一覧が出ていた。修理中の四隻はまだ戻らない。応援の第41任務群には、休めた艦から次の当直が割り当てられ、《ヘラルド》を工廠へ回す日程は、引き継ぐ部隊の到着を待って決めることになっていた。ソーンの名は《エンヴォイ》の欄にある。

 

 救難の報告は、その隣に開いた。

 

 チョックとスキッドは見つからなかった。捜索艇は今日の範囲を終え、現地の監視施設へも二人の識別を渡していた。ヴェルト艦長の報告には、次に調べる範囲と、浮遊物の流れをもう一度確かめる時刻が書かれていた。

 

 シーアは読み終えた表示を閉じなかった。

 

 扉が開き、ベイランが入ってきた。昨日より上着を着るのが楽になったらしく、今日は両方の袖に腕を通している。それでも椅子へ座る時には、傷のある側を庇った。

 

「ブラケットは」

 

「《フォワード・ライト》へ戻った。歩けると言い張るので、寝台ごと運ばせた」

 

 ベイランは答え、シーアが見ていた報告へ目を向けた。二人の名を見て、表情が少し変わった。

 

「テザーにも同じものが届いている」

 

「読みましたか」

 

「一緒に読んだ」

 

 シーアは頷いた。それ以上訊いても、まだ答えは増えなかった。ベイランはしばらく報告を見た後、持ってきた端末を卓へ置いた。先遣隊の兵を母艦へ移す手続きは終わっていた。死者十一名の記録も渡され、回収した遺体は別の区画へ運ばれた。

 

「リブが、スプールの工具を受け取った。使う者がいるなら回してくれ、と」

 

 ベイランは言った。

 

「自分では使わないんですか」

 

「道具の使い方を知っている者に持っていてほしいそうだ。手袋を一組、揃えて返したと言っていた」

 

 シーアには、その意味までは分からなかった。ベイランも説明を足さなかった。リブが持ち帰った袋の重さを、二人とも格納庫で見ていた。

 

 *

 

C.R.C. 7956.211 モン・カラ軌道、《ハービンジャー》

 

 アソーカ・タノは、紹介されるより先にシーアを見つけた。

 

 格納庫へ続く通路で、ベイランと話していたアソーカが、近づいてきたシーアへ顔を向けた。橙色の顔にある白い模様が、笑うのに合わせて動いた。シーアが名乗ろうとする前に、彼女は二歩近づいてきた。

 

「ヴァラリアン少将?」

 

「はい。タノ司令官ですね」

 

「アソーカでいいです。やっと会えた」

 

 同じ戦役にいながら、直接会うのは初めてだった。彼女は海の下でリー=チャーと戦い、シーアは水面から上がってくる便を待っていた。今日は両部隊の医療担当が引き継ぐ間に、艦へ立ち寄れたのだという。

 

「スカぴょんの友達って、本当だったんだ」

 

「……スカぴょん?」

 

 シーアが聞き返すと、アソーカは少し首を傾けた。

 

「マスター・スカイウォーカー。聞いたこと、なかった?」

 

 後ろでセレナが顔を横へ向けた。ベイランは隠すつもりもなく笑っている。シーアは二人を見てから、もう一度アソーカへ向き直った。

 

「本人からは、そう名乗られたことがない」

 

「それは、ないと思う」

 

 アソーカは答え、今度はシーアの顔をまっすぐ見た。見てから、自分が見過ぎていると気づいたらしい。少しだけ離れた。

 

「ホロネットでも見るけど、実物だと……すごい」

 

「何が?」

 

「顔。ごめんなさい。もっと近寄りにくい人かと思ってた」

 

 シーアは、どこへ返事をすればよいか分からなくなった。セレナが横へ来て、通路を塞いでいる、と穏やかに知らせた。後ろには部品を積んだ台車が待っていた。

 

 シーアたちは壁際へ寄り、そのまま近くの小食堂へ入った。ケレンが茶を運んでくると、アソーカは出発する便まで時間があるかを確かめてから、椅子を引いた。

 

「何を聞いたんです、アナキンから」

 

「艦の話になると、なかなか終わらないって」

 

「あの人もでしょう」

 

「うん。だから友達なのかな、って」

 

 ベイランが頷いた。シーアは反論するのをやめ、カップを取った。本人がいないところでまで、アナキンと同じ理由で笑われることになるとは思っていなかった。

 

 アソーカは茶の香りを確かめ、小さく一口飲んだ。海の下で使った装備を返した時、留め具の奥から砂が出てきた、と話した。洗ったはずなのにまだ残っていたので、整備員からやり直すよう言われたという。

 

「こっちにも残っています。海水が乾いた跡が。床を拭くだけでは、取れない所に入るそうです」

 

「それ、私も言われた」

 

 アソーカは笑った。どちらの艦でも、戦いの後には同じことを言う者がいるらしかった。しばらくは戦果の話をせず、落ちない汚れや、返しそびれた道具の話をした。

 

 ケレンが小皿を置くと、シーアは話の途中で焼き菓子を一つ取った。セレナが、昼食まであまり時間がない、と言う。シーアは取ったものを見てから、一つだけ、と答えた。

 

「いつも、こんな感じ?」

 

 アソーカがベイランへ訊いた。

 

「今日は、かなり行儀がいい」

 

「ベイラン」

 

 シーアが言うと、アソーカは声を上げて笑った。

 

「バリスにも話そう。あのホロネットの少将、ちゃんとお菓子を止められるんだって」

 

「もっと別の話は、ないかな」

 

「じゃあ、会った時に自分で話して」

 

 彼女は言い、出発の通知が鳴った端末を取った。マスターが待っているから、と立ち上がる。その言葉を聞いても、シーアの頭にはさっきの呼び名の方が浮かんだ。

 

「また同じ任務になったら、今度は先に挨拶に来ます」

 

「その時は、僕の方からでも」

 

 連絡先を交換し、格納庫の入口まで送った。アソーカは乗り込む直前に振り返り、手を振った。シーアも返した。今日は帰りの艇が撃たれる心配をせずに、見送ることができた。

 

 *

 

《ハービンジャー》、司令官室

 

 夕方、ベイランはまた司令官室へ顔を出した。シーアが端末から顔を上げると、いつもの椅子を引いて座った。昼にアソーカを送った後は、それぞれの部隊へ戻っていた。

 

 セレナが入ってきた。二人を見て、夕食を一人分増やすとケレンへ知らせた。ベイランは食べるとはまだ言っていないと口にしたが、立ち上がる様子はなかった。

 

「食べないんですか」

 

 シーアが訊くと、彼は首を振った。

 

「食べる。まだ頼んでいなかっただけだ」

 

「ここでは、よくあります」

 

 セレナは、聞こえないふりをして皿を置いた。ケレンが運んできたのは、パンと温かい煮込みだった。今日は四人分ある。皿を並べるため卓を動かすと、机の端の留め具が床へ落ちた。

 

 シーアが拾おうとして腰を浮かせる。ベイランの手が軽く動き、留め具が床から上がった。

 

「便利ですね」

 

 シーアは受け取って言った。

 

「こういう時は、な」

 

「艦内の失くした物を探す仕事も頼めますか」

 

「持ち主が先に片づければ、大抵は済む」

 

 ベイランは真面目に答えた。セレナが、まったくそのとおりだと頷いたので、シーアは今の依頼を取り消した。

 

 シーアは留め具を卓へ戻そうとし、今度はパンの皿を避けて端へ寄せた。セレナの手が伸びたので、その上から押さえる。

 

「あとで使うから」

 

「では、あとで見つかる所へ」

 

 ケレンが棚から容器を出した。朝、技術員の工具をまとめるために置いていたものだった。セレナはそこへ留め具を入れ、シーアの見える棚へ戻した。

 

「場所は覚えましたね」

 

 セレナが棚を指した。ベイランまでこちらを見たので、シーアは答える前にパンを口へ入れた。

 

 煮込みの器が空く頃、セレナとケレンが食器を運びに席を立った。ベイランが肩の包帯へ目を落とした。

 

「格納庫で、君に当たった」

 

 シーアは匙を止めた。何日も前のことになりかけていたのに、声の調子はまだ覚えている。

 

「君に言ったのではない、と言ったな。あれでは、何も謝っていなかった」

 

「はい」

 

「悪かった」

 

 シーアは皿の底を匙でなぞった。気にしていないと言えば、この話は終わる。そう言うつもりで顔を上げたが、別のことが出てきた。

 

「怖かったんです。道を変える用意をして、まだ帰ってこなくて。戻ってきたら、言わなくてもいいことまで」

 

 ベイランは自分の手を開いた。あの日、血が付いていた指だった。

 

「あの三分の間にも、私は兵を数えていた。君へ返事をする時、まだ通路にいるような気がした」

 

「でも、僕も待っていました」

 

「ああ」

 

 今度はすぐに答えた。

 

「君なら帰る道を残すと思った。だから行けた。それは、伝えておくべきだった」

 

 シーアは皿の端へ匙を置いた。嬉しいのに、すぐ笑うのは癪だった。ベイランの包帯から、顔へ視線を戻す。

 

「次に僕が変なことを言っても、いきなり怒らないでください」

 

「できるだけ、そうする」

 

「そこは約束してほしかった」

 

 ベイランが困った顔をした。その顔を見て、シーアはようやく肩の力を抜いた。

 

「シーア」

 

 ベイランが呼んだ。

 

「何ですか」

 

「君は、休みの日には何をする」

 

 シーアは、今から何日休めるかを訊かれたのかと思った。ベイランは首を振った。

 

「任務の話ではない」

 

「……芝居を見ます」

 

 答えてから、エリアドゥの劇場を思い出した。最後の灯りが消えるまで、エレナと並んでいた客席。出てくるのを待ってくれた案内係の顔も、まだ覚えていた。

 

「いい劇場を知っているのか」

 

「はい。でも、寝ないで見られる時に行きたいです」

 

 ベイランが頷いた。それが冗談なのかどうか、訊かなかった。

 

「あなたは?」

 

「歩く」

 

「どこを」

 

「行ったことのない場所を。行ったことがあっても、時間がなかった場所を」

 

 ミルダーンでも、モン・カラでも、シーアは作戦図に何度も触れた。そこを用事もなく歩く時間はなかった。海の中は、歩くとは言わないのかもしれない。

 

「それなら、エリアドゥへ来た時に案内します」

 

「任務でなくても?」

 

「その方が、時間を取れます。先に劇場へ行って、それから街を歩きましょう。食事の場所も考えておきます。ああ、でも、公演のある日は終わるのが遅いから、歩く方を先に――」

 

 シーアは卓へ指で曲がり角を描きかけ、ベイランが笑っているのを見て手を引いた。

 

「まだ、来ると決まったわけじゃないですね」

 

「案内してもらうつもりで聞いていた」

 

「じゃあ、エレナにも訊いておきます。僕より裏の道を知っているので」

 

 もう一つ教えたい場所が浮かんだが、それは会った時にしようと思った。

 

 ケレンが茶を注いだ。セレナは先に食べ終え、シーアの私信を端末の中で分けていた。返信を待つ欄の一つに、エレナの名がある。シーアはそれを見て、あとで書くと言った。

 

「寝る前に?」

 

「寝る前に」

 

 セレナは頷いた。ベイランは訊かなかった。自分のカップを持ち、背もたれへ身体を預けた。艦外の交代艇が着くまで、まだ時間があった。

 

 シーアは空になった彼の皿を見た。もう少し食べるかと訊こうとして、やめた。ケレンが既に器を寄せていた。

 

「明日も来ますか」

 

 代わりに、シーアは訊いた。

 

 ベイランは予定を確かめなかった。

 

「夕食なら」

 

 セレナが端末へ手を伸ばした。シーアは、その前に答えた。

 

「じゃあ、四人分で」

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