STAR WARS: STAR DESTROYER   作:あーくわいてんず

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不服従

 攻勢限界!

 

 共和国はアンバラの飛行場を奪取した。しかし、首都への道にはなお敵の防衛線が立ちはだかり、上空の補給船からは分離主義勢力の物資が届き続けている。

 

 数時間に及ぶ共和国艦隊の攻撃も、厚い護衛艦隊に阻まれていた。補給船へ迫るヴァラリアン打撃群。地表では、ベイラン・スコール率いる空挺部隊が、届かぬ地上主力を待ちながら北の橋を守り続けていた。

 

 正面からの攻撃では、戦況を変えられない。そう考えた兵士たちは、誰にも知られぬまま、別の道を選ぼうとしていた――

 

 *

 

C.R.C. 7956.247 アンバラ上空、雲海上の交戦空域、《ヴァリアント》

 

 コーヴィンは、冷えた指を脇の下へ挟んでいた。

 

 砲撃を始めてから、二時間が過ぎていた。指揮区画の送風は昨日から強く、整備員が吹出口を調べるたびに、今度は卓の裏から風が来る。砲塔の冷却には余裕がなくなっているのに、ここだけは寒かった。手袋を取りに行かせるほどではないと思っているうちに、隣のヴェネターから出た攻撃隊が二度目の帰投に入っていた。

 

 艦の下には雲が広がり、砲火が横切るたびに盛り上がった縁が照らされた。帰投機はその上を低く飛んでくる。傷んだ一機が雲へ沈みかけると、僚機も高度を落とした。コーヴィンは二つの印が母艦へ向きを揃えるまで見届け、正面の敵艦へ視線を戻した。

 

「ミュニファスント級三隻、接近。中央は《ティセント・パクト》です」

 

 昨夜まで識別の取れなかった一隻だった。補給通信の呼出しが艦名と位置を結びつけ、その右には《セカント・クレーム》の表示が付いた。残る一隻は、損傷したアンテナの形で追っている。三隻とも最初にいた位置からは後退していたが、その後ろの補給船へは、まだ有効な射撃を通せていなかった。

 

 《ヴェイル・カーゴ》。二つの大きな船体を中央の構造でつないだ補給船には、地表から上がった小型船が今も寄っていた。さっきの攻撃隊が引き返した後にも、一隻が荷を受け取って降下している。コーヴィンはその航跡を途中まで追い、消した。地上へ届くのを止めるために、ここで撃っていた。

 

 第32任務群の四隻は、砲を休ませる艦を替えながら攻撃を続けている。ヴァリアント級《インヴィオレート》が右側へ火力を寄せ、《ディグニタス》がその射界から外れたファイターを撃つ。プロヴォケイター級《アウクトリタス》は、コーヴィンの《ヴァリアント》と間隔を詰めずに進んでいた。二隻の大型艦の砲撃でミュニファスント級を押すことはできた。問題は、押した後だった。

 

「《セカント・クレーム》、艦尾に命中」

 

 砲術長のサイラス・オーヴェル少佐が、観測像を卓へ送った。敵のシールドの縁が光り、その内側から破片が飛んだ。左右を揃えていた三隻の一隻が遅れ、補給船の中央部が射界へ出てくる。コーヴィンは脇から手を抜き、投影へ身を寄せた。

 

「そこを開けて。攻撃隊を通します」

 

 オープン・サークル側から、次の編隊が来ていた。Yウィングの後ろには護衛のZ-95が付き、任務群の砲火が途切れた所から高度を下げ、雲の上面に沿って敵の内側へ入っていく。最初の二度より深かった。コーヴィンは補給船への距離より、編隊の前へ出る敵の印を見ていた。

 

 レキューザント級が二隻、横から進路を塞いだ。

 

 一隻は《バランス・デュー》。細長い船体が砲撃方向へ向きを変え、先頭のYウィングの行く手へ火線を引いた。もう一隻は、その後ろから別の角度で撃っている。三隻のミュニファスント級が下がった所へ、戦場の奥にいた艦が入ってきた。補給船との間に空いた場所が、今度は二隻の長い船体で隠れた。

 

『目標への進入を中止。抜けます』

 

 攻撃隊からの声に、コーヴィンは受領を返した。帰路へ寄せてきたレキューザント級へ魚雷を放ち、爆撃機の印がまとまって向きを変える。護衛機が後ろへ回り、追ってきたヴァルチャーを引き受けた。オーヴェルはすでに射撃目標を替え、帰投する編隊の脇へレキューザント級が寄れないよう砲火を送っていた。

 

 補給船を撃つはずだった照準が、また護衛へ戻った。

 

「《セカント・クレーム》は退きます」

 

 観測員が告げた。敵の艦尾からはまだ破片が落ち、雲の中へ消えている。損害は与えた。だが、下がった一隻を追えば、二隻のレキューザント級から同時に撃たれる位置へ出ることになる。コーヴィンが進路を替える前に、《インヴィオレート》も速度を落としていた。隣の艦長にも同じものが見えていた。

 

「追わずに、次の攻撃隊を待ちます」

 

 言ってから、コーヴィンは次がいつになるかを照会した。返ってきたのは、いま帰した機体へ魚雷を積み直すという回答だった。彼女はそれを読んで、卓へ置きかけた手をまた脇へ戻した。

 

 その後の四十分、ミュニファスント級は距離を詰めてこなかった。砲を向けたまま射界の端を移り、こちらが追えば奥のレキューザント級が動いた。砲撃の間隔を変えても、攻撃方向をずらしても、補給船が見えるのは短い時間だけだった。そのたびに帰投機の通路を空け、冷却の報告を受け、次に使える砲を揃え直す。《ヴァリアント》の床を伝わる震動は一度弱くなり、また強くなった。

 

 砲塔二基が連続射撃の制限に届き、オーヴェルが射撃を止めると報告した。コーヴィンは頷いたが、少佐が別の担当へ指示してから、同じ砲塔の状態をもう一度訊いた。

 

「止めています。復帰までは、こちらで見ます」

 

 彼は時刻を示した。コーヴィンはその表示へ触れず、敵の方へ戻った。再開までの残り時間が、一秒ずつ減っていく。

 

 今度は《アウクトリタス》の前へ、ミュニファスント級二隻が出てきた。艦尾を撃たれた《セカント・クレーム》も、その後方から射撃を続けている。32が補給船の下方へ回ろうとした所へ向きを合わせ、後退しながら撃っていた。

 

「奥の大型艦、識別できました。プロヴィデンス級。《インデムニティ・ボンド》」

 

 補給船の先にいた丸みのある船体が、こちらへ舷側を見せた。砲火がミュニファスント級の間を抜け、《ヴァリアント》の前方でシールドを白く染める。レキューザント級の一隻も下側へ寄っていた。コーヴィンが見ていた退避方向へ、その艦の砲が向いている。

 

「高度を下げない。四隻とも味方側へ」

 

 命じた直後、《アウクトリタス》の回線に警報が重なった。

 

『左舷、被弾。火器管制が――』

 

 続きが途切れた。表示の一部が落ち、損傷箇所が揃うより先に同艦の射撃が止まった。コーヴィンは通信卓を見た。再呼出しが始まっている。その音が二度鳴る間に、敵のミュニファスント級が艦首を揃え直した。

 

「《アウクトリタス》、応答を」

 

 返事は、彼女が言い終わるのに重なった。主機は使える。左舷火器管制区画が被弾し、隣接する冷却管が破断。負傷した二人を出してから隔壁を閉じる。艦長は射撃を落とした側を敵から隠そうとしていたが、《ティセント・パクト》の砲火が、その回頭へ追いついていた。

 

「離脱してください。こちらの内側を通って」

 

 コーヴィンは自艦の操艦を副長へ渡し、《インヴィオレート》へ損傷艦の退避方向を送った。二隻のヴァリアント級が射撃を寄せると、《ティセント・パクト》は艦首をずらした。そこへ奥のプロヴィデンス級が撃ち、床が大きく持ち上がった。

 

 コーヴィンの掌が卓から外れた。肘をぶつけ、投影の中へ上体が入る。起き直す間にも《アウクトリタス》は動いていた。速度は落ちているが、機関の表示は消えていない。

 

「二人は出たんですか」

 

『区画外へ搬出。医務へ向かっています』

 

 コーヴィンは椅子を引き寄せて座った。もう一度呼ぶ代わりに、艦の退避を続けるよう伝えた。《アウクトリタス》は以前、主機を失って長く修理に残った艦だった。今度は動けている。それを確かめるために開いた機関の欄を、なかなか閉じられなかった。

 

 四隻で攻めていた場所を三隻で支えることになり、補給船は表示の奥へ遠ざかっていった。コーヴィンが損傷報告を送ると、シーアから音声が返った。

 

『補給船まで届きますか』

 

「まだ無理です」

 

『護衛を追えば』

 

「こちらが伸びます。ミュニファスント級の向こうに、レキューザント級が二隻。プロヴィデンス級もいます。三隻では、攻撃隊の帰りまで開けておけません」

 

 少将が黙った間、コーヴィンは離脱する艦を見ていた。三時間前に攻撃を始めた時には、同じ位置に四つあった印が三つになっている。

 

『では、追わない。32の幅を狭めてください。空く所はこちらで引き受けます』

 

 コーヴィンが受領すると、《エンヴォイ》から接近を告げる声が入った。副司令官ソーンは、こちらの回頭を待っていた。テクター級の主砲がレキューザント級を捉え、その艦首が《アウクトリタス》から外れる。奥のプロヴィデンス級はまだ撃っていたが、損傷艦は二隻の間を抜けていった。

 

 コーヴィンは冷えた手を卓へ戻した。肘が痛み始めていた。脇では整備員が吹出口の覆いをようやく閉じ、送風が弱くなった。礼を言う相手が立ち去るまで、彼女はそのことに気づかなかった。

 

 *

 

《ハービンジャー》、戦闘指揮所

 

 シーアの袖口には、寝台の布の跡が付いていた。

 

 ソファから寝台へ移ったのは、セレナに言われたからだった。眠れないと答えた後、横になったところまでは覚えている。次に目を開いた時には、彼女が靴を揃えていた。何分眠ったのか訊く前に、指揮所から呼出しが入った。

 

 今は服の皺を直す手間も惜しかった。端末を持ち替えるたび、手首に赤い線が見えた。

 

「それ、痛みますか」

 

 セレナが訊いた。

 

「何が」

 

「袖です」

 

「痛くはないけど」

 

「では、引っ張らないでください。余計に残ります」

 

 シーアは手を離した。彼女は開いた襟を直そうとはせず、予備の上着だけを椅子の背へ掛けた。

 

 戦闘可能な艦は十三隻になっていた。ソーンが直轄艦の位置を変え、マドックは輸送船の通過時刻をずらしている。橋へ砲撃を送るヘイグの任務群も、その仕事を続けていた。誰からも、次の指示を待つという連絡は来ない。シーアの卓には、攻撃を始めた時の位置と、いまの位置が並んでいた。

 

 三時間撃って、補給船は残っていた。

 

 砲撃を始めてから、敵のミュニファスント級を下げ、レキューザント級が動くたびに射撃を合わせ、オープン・サークルの攻撃隊を三度通した。それでも敵は、傷んだ艦の後ろから別の艦を出せた。戦域全体へ表示を広げると、別系統の共和国部隊まで合わせても、敵艦の印の方が多い。約束されていた増援の到着欄は、更新されていなかった。

 

「次の攻撃隊は」

 

「再出撃の準備中です。魚雷の搭載が済み次第」

 

 セルトはオープン・サークル側の連絡士官と話し、発艦見込みを送ってきた。画面の端のヴェネターから、救難艇が戻っていく。航空隊の回線では、次の発艦へ向けた確認が続いている。彼は自分の群が引き受ける射界だけを確認し、受領を返した。

 

 次の編隊が出るまでに、橋への支援射撃が二度あった。シーアはその間に冷却の更新を受け、コーヴィンの報告へ返事をし、届かない増援の欄をまた開いた。空白は変わらなかった。端末を閉じようとして、同じ欄へ指が戻った。

 

「新しい通知はありません」

 

 セルトが言った。彼は指を離し、別の表示へ切り替えた。

 

 四度目の攻撃隊は、レキューザント級《バランス・デュー》の砲撃を避けて進路を曲げた。その先へヴァルチャーが寄る。《インヴィオレート》が敵艦を牽制しても、奥のプロヴィデンス級までは下げられなかった。編隊長から中止の声が来た時、シーアは返事をせず、開いていた補給船の船体図を閉じた。

 

「帰投路を空けてください」

 

 次に口を開いた時には、声が戻っていた。ソーンが受領し、テクター級の砲撃が止まる区間を航空隊へ送る。爆撃機がその間を抜けていくと、敵も距離を詰めてきた。今度はその艦を押し返すために、砲を使わなければならなかった。

 

 北の橋の更新は、端末の端に来た。南側の斜面に敵。射撃位置の変更。負傷者の移動準備。ベイランの署名がある。シーアは開き、観測班が示した範囲を確かめた。昨日の言い争いの後も、相手から必要な連絡は来ていた。余計な言葉がないことを、自分への怒りだと読もうとすれば、どの報告もそう読めた。

 

 シーアは画面を卓へ移し、観測員が加えた印を指した。

 

「橋から、新しい除外区域です」

 

 セルトが受け取り、ヘイグへ回した。シーアは、受領が戻るまでそこへ指を置いていた。

 

 ラセルが椅子を寄せた。

 

「地表から三機。アンバラン・ファイターです。敵補給船の方へ上がっています」

 

 同型機はこれまでも往復していた。三機だけを別に示したのは、雲を抜けてきた位置が、いつもの便と違ったからだった。

 

「攻撃隊へ近づきますか」

 

「いいえ。敵の帰投機の後ろへ入ります」

 

 飛行場側へ照会を出したセルトが、まだ回答待ちと告げた。アンバラン識別は出ている。乗っている者までは分からない。

 

 シーアは敵編隊の中へ消える三つの印を見た。補給船の周囲には、戦闘機の出入りが続いている。こちらを攻撃して戻った機体と、これから降りていく機体が交差していた。

 

 橋の支援射撃が終わり、地上観測班から効果の報告が来た時、三機の印は補給船の表示に重なっていた。ラセルは識別を消さず、最後に追えた時刻を添えた。

 

 *

 

ミュニファスント級《ティセント・パクト》、指揮区画

 

 戦術ドロイドK-82は、反転していく共和国の爆撃機を追っていた。四度目の攻撃も補給船へは届かなかったが、《セカント・クレーム》は艦尾の砲を失い、自艦にもシールド発生器の警告が出ている。レキューザント級を二隻とも前へ出せば、補給船の反対側が薄くなる。プロヴィデンス級《インデムニティ・ボンド》からは、その二隻を追撃へ使うなという指示が繰り返されていた。

 

「左舷ノ目標ヲ継続。レキューザント級ノ前ヘ出ルナ」

 

 操艦担当のB1が受領した。隣のB1は、帰投機の情報を何度も同じ欄へ入れていた。戻る機体が変わるたびに発艦機の欄も増える。K-82が補給船への荷の移送量を確認している間に、三機が管制を通った。

 

「帰投三機、管制ニ引渡シ済ミ」

 

「着艦ノ確認ヲ取レ」

 

「取ッテイマス」

 

 B1は通信を開いた。返事の代わりに、補給船の警報が混じった。

 

「機内デスカ、格納庫デスカ。コチラデハ場所ガ――」

 

 声が切れた。B1は顔を上げ、もう一つの回線へ手を伸ばした。

 

 侵入者。クローン。反応炉区画。

 

 別々に届いた語を、K-82は同じ事象へまとめた。共和国艦隊の射撃より先に、補給船内で戦闘が始まっている。味方識別の機体に誰が乗っていたのか、そこでようやく分類が変わった。

 

「補給船ニ保安部隊ヲ――」

 

 正面の光が、指揮区画を白くした。

 

 B1の頭が窓へ向き、そのまま止まった。補給船の中央から外へ光が膨らみ、二つの船体をつないでいた構造が裂けていく。破れた船腹から、燃える格納架が吹き出した。内側でもう一つ爆発が起こり、格納庫から出た二機が破片の間を抜けた。K-82の照会へ返るはずの報告は、途中で途絶えた。

 

「出テキマシタ」

 

「侵入機ダ。追跡シロ」

 

「補給船モ出テキマス」

 

 船体の一部が、こちらへ回転しながら近づいていた。

 

 K-82は回避を命じた。同時に迎撃機へ新しい目標を渡したが、二つの回線で指示が重なった。補給船を守るために戻れという旧命令と、もう存在しない発艦口を避けろという警告が、まだ更新されていない機体へ届いていた。

 

 共和国の砲火が来た。傷んだ《セカント・クレーム》が、残った砲を共和国側へ向けた。レキューザント級《バランス・デュー》は残骸を避けたために隣艦との間隔が開き、そこへテクター級の砲火が入る。K-82も主砲を戻したが、補給船を背に揃っていた射界は戻らなかった。《インデムニティ・ボンド》から再集合の位置が届く間にも、共和国の小型機が空いた空域を抜け始めていた。

 

 *

 

《ハービンジャー》、戦闘指揮所

 

「補給船内部、高熱源」

 

 ラセルが告げた。

 

「こちらの射撃ですか」

 

「違います。着弾より先です」

 

 シーアが顔を上げた時、拡大映像の中央で船が割れた。白い光が下の雲まで照らし、その縁から黒い破片が飛んだ。二つの大きな船体が離れ、片方が傾きながら高度を失っていく。ラセルの表示が、遅れて落下を追い始めた。

 

「爆発。船体中央部から、両側へ拡大」

 

「沈みましたか」

 

「沈みます。推進部が離れています」

 

 誰も撃沈の報告をしていなかった。コーヴィンからも、補給船へは射撃していないと来た。オープン・サークル側の攻撃隊も反転中だった。ラセルが熱源と船体の追跡を分け、戦闘可能な一隻としては残せないと告げた。

 

「攻撃目標、沈んじゃいましたね」

 

 語尾と一緒に、笑いに似た息が出た。四時間近く何度見ても残っていた船が、いまは二つに割れている。シーアは口を閉じ、コーヴィンの受信表示を見た。彼女の報告には、撃沈の文字がなかった。セルトが次の通信を開いても、すぐには顔を向けられなかった。

 

「敵も状況を掴めていないようです」

 

「僕たちも掴めてません」

 

「はい」

 

 彼女は手を止めなかった。

 

 ソーンからの連絡で、シーアは卓へ戻った。三十五のテクターがレキューザント級の回頭へ射撃を合わせ、32はミュニファスント級を押さえている。オープン・サークル側からも、いまなら迎撃機を前へ出せると来た。さっきまで帰投機を通すためだけに空けていた場所へ、共和国側の編隊が入っていった。

 

 ラセルが、補給船から離れた二機を示した。

 

「アンバラン機。地表へ降下します」

 

「先ほどの三機と同じですか」

 

「二機は航跡がつながります。もう一機は確認できません」

 

 シーアは画面を開いたまま、飛行場側への照会を続けるよう頼んだ。まだ攻撃者を決められる情報ではなかった。

 

 その時、北の橋から呼出しが入った。

 

 ベイランは、外にいた。

 

『橋を放棄する。回収を頼む』

 

 シーアは端末を持ち直した。ずっと待っていたはずの言葉が来たのに、すぐには返せなかった。

 

「何機、要りますか」

 

『いま数えている。負傷者を先に出す。南の着陸帯は、もう使えない』

 

 ベイランの向こうで、土が跳ねた。像の端にテザーが入り、何かを指して消えた。

 

「どこなら降りられますか」

 

『管理所の西。狭い。地図を送る』

 

 話している間にも、位置が来た。シーアはヘイグと輸送側へ渡し、ケノービへの回線を求めた。

 

 橋へ上がるはずだった車列の先頭は、まだ南にいた。

 

 *

 

アンバラ地表、北の跨谷橋

 

 ベイランは、管理所の壁から背を離した。

 

 壁へもたれていた時間は短い。離れると、その場所だけ湿っていた。汗なのか、外壁を伝っていた水なのかは分からなかった。南の斜面から射撃が来るたび、兵が管理所の角を替えている。

 

 橋の北側は、まだ持っていた。

 

 問題は、その兵を引き下げた後だった。南の着陸帯を見下ろす斜面へ敵が出て、下ろした艇の腹を撃てるようになっている。追い返すために一班を回せば、橋の北端にいる班を交代できなかった。

 

 空の上で何かが光ったのは、その計算をテザーと確かめていた時だった。

 

 頭上を通る敵機の声が乱れた。地上の兵には意味までは分からない。上空の艦隊から来た連絡も、敵補給船喪失とだけ告げていた。次の編隊が現れるまでに、兵たちは負傷者の担架を運び出せた。さっきまで音の切れなかった頭上を、テザーが見上げた。

 

 ベイランはその間に回収を求めた。

 

「橋の北側へ、撤収準備を。まだ走らせるな」

 

 テザーが伝えた。南側の弾薬を北へ運んでいた兵が立ち止まり、指示を聞いて箱を置いた。誰かが帰れるのかと訊いたが、答えた声は聞こえなかった。

 

 通信にケノービが入った。

 

 彼の背後では、昨日まで正面を向いていた重歩行兵器が、道路の脇へ砲を向けていた。コーディが地図を投影し、先端と後続を分けて示す。

 

『次の障害を越えても、橋へ着く時刻は約束できない』

 

 ケノービが言った。

 

『そちらを保持したまま、さらに待たせることはできない。北の橋からの撤収を認める。こちらの主力は分岐を基点に組み直す』

 

「橋は使える」

 

 ベイランは言った。相手が否定したわけでもないのに、その言葉が先に出た。

 

「修理も済んでいる。重い車も通せる」

 

『分かっている』

 

「通すために取ったんだ」

 

 テザーの手が、地図の上で止まった。

 

 ケノービはすぐには答えなかった。背景で車両が後退し、誘導する兵が片腕を振った。彼はその兵を一度見てから、ベイランへ向き直った。

 

『こちらからは、届かない』

 

 橋の上で銃が鳴った。

 

 ベイランは視線を外した。欄干の欠けた所に、自分たちの置いた遮蔽物がある。その向こうを通る車のために、工兵が中央の幅を空けていた。二日以上、その幅へ物を置かないようにしてきた。

 

「了解。守備隊を出す」

 

 ようやく答えた。

 

 シーアが回収候補地の図を出した。管理所の西側は大型車の待避所で、艇を横へ並べる広さはない。入る艇と上がる艇を重ねれば、どちらも動けなくなる。

 

『北側から戻る兵が、西へ回る間は』

 

「私と後衛で持つ」

 

『回収の終わりまで、あの管理所を使いますか』

 

「使う。そこへは撃つな」

 

『撃ちません』

 

 即答だった。ベイランは頷き、表示をテザーへ渡した。

 

 ケノービが橋の処置を訊いた。ベイランは、橋脚に爆薬を仕掛けていないと答えた。壊せば敵にも使えなくなるが、そのために新しく兵を残す必要がある。谷の周辺には別の道もあり、橋一つの破壊で追撃そのものを止められるわけではなかった。

 

『自軍の機材を処分して撤収してくれ。橋は残す』

 

 ケノービの指示を受け、テザーは工兵へ回した。

 

 工兵のスパンが、管理所から出てきた。橋面の接続部を直していた兵だった。両手で端末と測定器を抱え、どちらを先に片づけるか迷っている。

 

「記録は送ったか」

 

 ベイランが訊くと、彼は頷いた。

 

「なら、測定器は置け」

 

「もう一度、車の重量を――」

 

「車は来ない」

 

 声が管理所の壁へ当たり、スパンの腕が止まった。ベイランは測定器へ手を伸ばしかけたが、工兵が抱え直すのを見て下ろした。

 

「記録だけ持って戻れ。直した所は、そのままでいい」

 

 工兵は機器を床へ置いた。小さな留め具を外している指が、うまく動かなかった。ベイランはそこで初めて、手袋の先が焼けていることに気づいた。

 

 スパンはまた屈み、測定器の電源を切った。

 

 *

 

アンバラ地表、共和国が確保した飛行場

 

 リブは、まだ開けていない食料の包みを、タックから受け取った。

 

「二つあった」

 

 タックが言った。

 

 軍曹は袋の表を見た。同じ物だった。昨夜もこれを食べた。袋ごと温めると中身が端へ寄り、切り口から最初に出てくるのは熱い油ばかりだった。

 

「俺も一つある」

 

「なら、返してください」

 

 リブは返した。タックは自分の装備へ押し込み、どちらが古い方だったか分からなくなったと呟いた。

 

「どっちでも同じだろう」

 

「気分が違います」

 

 フォイルが二人の間を通り、空になった救護鞄へ包帯を詰め始めた。リブは食料を置いた。顔を上げた衛生兵は、まだ呼ばれていないぞ、と言った。

 

「詰めてるじゃないか」

 

「なくなったからだ」

 

 リブは袋へ手を戻した。食べ始めてから止まるのが嫌で、初めから開けない癖がついていた。だが、開けずに持っていれば、食べたことにはならなかった。

 

 格納庫の向こうでは、上空で補給船が爆発したという話が広がっていた。五〇一の通信へ人が集まっていたが、こちらには詳しい報告が来ていない。フォイルは顔を上げただけで、鞄へ予備の止血材を足した。

 

 リブはようやく袋を開け、半分を口へ押し込んだ。次の一口を飲み込む前に、テザーから呼出しが来た。

 

 北の橋から撤収する。飛行場へ受け入れる便と、直接母艦へ上がる便がある。先遣班は西の着陸区画を広げ、後続の輸送要員と受入れを組む。

 

 リブは口の中の物を飲み込んだ。

 

「橋の全員ですか」

 

『今、橋にいる部隊を出す。受入れの担当を知らせろ』

 

「俺が出ます」

 

 軍曹は名乗り、地表管制へ場所を求めた。さっきまで調べていたのは、次の強襲部隊を出す区画だった。同じ場所へ、橋を守っていた兵を迎えることになった。

 

 タックが包みを拾い、リブの装備へ押し込んだ。

 

「開けた方です。先に食べてください」

 

「ああ」

 

 それ以上は話さず、二人で電源の箱を運んだ。

 

 使える床には別の荷があり、空いている所へ箱を置くと、航空燃料を運ぶ車が止まった。リブは運転手の振る手を見て、もう一度箱を持ち上げた。脇へ運ぶ間に、タックが地表管制を呼んで別の場所を確保していた。

 

 フォイルは救護班へ加わった。ここから母艦へ送る者のため、往路の弾薬を降ろした艇にも担架を載せられるようにする。橋から帰る兵と、五〇一の後送を同じ一列へ押し込まないよう、入口を分けた。

 

 迎えに出る輸送艇が動き始めた。

 

 ナイラ・イェルド中尉は、機体の脇で整備員の端末を受け取っていた。《フォワード・ライト》航空隊の操縦士だった。分岐へも便を飛ばしていたので、リブは顔を知っていた。名前で呼んだのは、この時が初めてだった。

 

「イェルド中尉。戻りはこっちへ」

 

 彼女は軍曹の示した場所を見た。

 

「最初の便は母艦へ上げる。私は最後の方だ」

 

「では、その便を待ちます」

 

「床の荷を全部どけておいて。横へ流れたら、ここまで来る」

 

 彼女が靴で示したのは、標識よりさらに外側だった。リブは理由を訊かず、タックを呼んだ。中尉はヘルメットをかぶり、飛行前の点検へ戻っていった。

 

 移した電源箱を、もう一度動かすことになった。リブが持ち上げようとすると、タックが待てと言った。接続具がまだ外れていない。軍曹は手を止め、彼が屈むのを待った。

 

「ここを押さえてください」

 

 タックが指した。

 

 リブはそこへ手を置いた。相手が工具を回す間、指先へ振動が伝わってきた。クラスプならもっと早かった、と考えかけ、目の前の手へ視線を戻した。

 

 タックは一つずつ外した。箱が動き、彼が端末へ新しい位置を入れた。

 

 リブは空いた床を歩き、イェルドに示された所まで障害物がなくなったことを確かめた。

 

 *

 

《ハービンジャー》、戦闘指揮所

 

 回収艇が橋へ向かう間、シーアは橋の拡大表示を閉じ、進入する艇まで見える縮尺へ戻した。ヘイグの群から来る観測、航空隊の航路、別の共和国部隊が押さえている敵艦の位置を並べると、卓の上はそれだけで埋まった。

 

 ソーンの声が入った。

 

『レキューザント級二隻が戻ります。《バランス・デュー》が先頭。その後ろにプロヴィデンス級』

 

 ソーンの報告に、ミュニファスント級の位置も重なった。《ティセント・パクト》が外側から砲を向け、三十五を内側へ押そうとしている。さっき開いた場所へ、もう一度艦が入り始めていた。

 

「そこを保持できますか」

 

『いまは。長引けば、32も交代が要ります』

 

 《ヴァリアント》の冷却の表示が、攻撃前の値へ戻らないまま止まっていた。ソーンが示した交代位置まで下がれば、回収艇の帰り道も曲げなければならない。雲を抜けた先で母艦へ向かう艇が、いまは三十五の守る空域を通っていた。シーアは地表へ向かっている便と、その後ろの空の艇を確かめた。

 

「いまの位置を守ってください。橋にいる者を出します。最後の便が通ったら、下がって」

 

『了解。最後の便まで』

 

 返事の途中で《エンヴォイ》が被射界を変え、敵の砲火がそのシールドを横切った。ソーンの声は途切れず、次の指示はブレインへ向いていた。シーアは回線を開いたまま、地表から来た砲撃要請へ手を伸ばした。

 

 要請の目標は、橋から離れた丘にある対空陣地だった。降下してくる機体を追い、撃ち終わると掩体へ戻る。二日前には別の位置から撃っていた砲だという。いま見えている範囲と、味方が動く範囲が重なっていないことを、ヘイグ側が確かめていた。

 

 シーアが優先を渡すと、《アクレイム》の砲が地表へ向いた。共和国が橋へ入るために撃った時と同じ艦から、今度は着陸帯へ近づく敵を退ける射撃が落ちていった。

 

 最初の着弾の後、観測員はまだ撃つなと告げた。砲が移ったのか、煙に隠れただけなのか分からない。そこで待った数十秒の間に、回収艇の先頭は進路を曲げていた。

 

 セルトが指を止めた。

 

「迎えの一番艇、予定経路を変更。別の砲から撃たれています」

 

「橋へは」

 

「向かっています」

 

 シーアは椅子から腰を浮かせ、また座った。地上映像を開きたい気持ちが戻ってきた。

 

 丘の観測が更新された。給電車が遮蔽物の外へ出ている。射撃が通り、その位置からの対空砲火が途切れた。先頭の艇はそこを越え、橋の西側へ下り始めた。

 

 上空では、迎撃に来たアンバラン機を護衛が引き受けていた。補給船を失った敵も、残った機体では戦えた。共和国側の一機が追い過ぎかけて呼び戻され、艇との間へ戻った。

 

 シーアはその報告を聞き、橋の図を開いた。

 

 着陸地点の印が変わるのを待っていると、セレナが横へ来た。端末を持っていない。彼女は何も言わず、椅子の背から落ちかけた上着を掛け直した。

 

「いまは、食べられません」

 

「何も持ってきていません」

 

 シーアは横を見た。セレナの両手は空いていた。言葉を戻そうとして口を開いた時、回収艇の接地が報告された。

 

 彼は画面へ向き直った。セレナはそれ以上話さず、少し離れた壁際へ戻った。

 

 *

 

北の跨谷橋、西側待避所

 

 最初の艇は、片側だけ低く見えた。

 

 ベイランは管理所の角で身を屈め、脚が地面へ触れるまで見ていた。待避所の傾きに合わせて機体を保っているのだと分かった。扉が開くと、すでに運ばれていた担架が上がった。

 

 テザーは兵を一か所へ集めていなかった。管理所、給電設備の陰、橋の南端。それぞれの場所で待たせ、艇に空きができた時だけ出した。遠くから見れば、まだ同じ数の銃が橋を守っているように見えたかもしれない。

 

「歩ける者を、担架の後ろへ」

 

 コマンダーの指示で二人が出た。一人は自分の銃を持てず、もう一人が二挺を抱えていた。乗り込む直前に何かを言い合い、二挺持った方が先に押し上げた。

 

 ベイランは北側へ歩いた。橋の中央は、今も空けてあった。ここを地上主力の車が通るはずだった。工兵の付けた印は、砲火で一部が剥がれている。自分の足で踏み越える時にも、そこへ傷を付けないように歩いてしまった。

 

 北端で後衛を指揮していた兵が、最後の弾倉を示した。

 

「残りをこちらへ回してもらいますか」

 

「必要な分だけ受け取れ。持ち出すために走らせるな」

 

 ベイランは彼の横へ入り、道路の先を見た。アンバランの兵が、壊れた車体の向こうで動いていた。顔は覆われている。こちらの数が減ったと知れば、もう一度出てくるだろう。

 

 第一便が離れると、その音に反応して敵の一人が身を出した。北端の兵が撃ち、その後ろで別の射撃が始まった。飛び立つ艇を追って、射線が上へ向いた。

 

 テザーは次の便へ合わせ、北側から一班を下げた。

 

 ベイランは刃を点けた。オレンジの光は暗い道路からよく見えた。敵の射撃が寄り、欄干と車体の角で弾ける。受けた一発を脇へ流した時、腕の内側が引きつった。

 

 彼は動きを小さくした。疲れていない時と同じ振り方を続ければ、先に腕が遅れる。背後の兵が橋を渡る音を聞きながら、剣を身体へ近づけた。

 

「北側の班、通過」

 

 テザーが告げた。

 

 次の艇が降りる前に、敵が点検路へ入った。昨日使われた道だった。南側の斜面で監視していた兵が先に見つけ、管理所へ戻る班と交差しない位置から撃った。だが、その射撃のために、待避所を守る銃が一つ減った。

 

 その間に別の方向から来た弾が給電設備へ当たり、ケースの端が裂けた。火花と破片が散り、スパンが崩れるのが見えた。側で担架を支えていた兵が彼の肩を掴み、もう一人が足を引きずって管理所へ戻った。

 

 ベイランはそちらへ向かいかけた。

 

「こちらで出します!」

 

 テザーが怒鳴った。

 

 ベイランは足を戻した。北側の敵が、剣の光が遠ざかるのを待っている。向こうの車体の陰に銃口が増えていた。

 

 南側から負傷者追加の報告が来た。三人。スパンは脛を破片にやられ、立てない。あとの二人も艇へ回す。

 

 次の便の乗せ方が変わり、自分の順番が後になると知らされた兵が声を荒らげた。何と言ったかまでは聞こえなかった。テザーが指を差し、負傷者のために空ける場所を示していた。兵は担架を見ると、口を閉じて管理所の角へ戻った。

 

 艇は負傷した三人を受け取り、扉を閉じた。先に乗るはずだった者も、残る者も、皆、同じように長くここにいた。ベイランは北側へ刃を向け続けた。自分の位置から見えるのは、今は敵だけだった。

 

 最後の便を操るイェルドから、声が入った。

 

『西側へ入ります。降りたら、長くは置けません』

 

「分かった」

 

『上がる側に、まだ砲がいます。護衛が一度押さえます。その間に離れます』

 

 ベイランはテザーを呼んだ。

 

 コマンダーは管理所を出て、残っていた兵へ手を振った。物を取りに戻るなという指示が、もう一度流れた。空の箱、加熱器、掩体にしていた機材。持っていくはずだった物が、誰も触れないまま残っていた。

 

 北端の兵が、最後の銃を下げた。

 

 ベイランは横へ出て、その兵が走り始めるまで待った。敵が遮蔽物から顔を出す。ブラスターの光を払いながら、橋面を後ろへ下がった。渡りきる直前、欄干の支柱が撃ち折られ、肩へ当たった。

 

 痛みに息が止まり、その一歩だけが遅れた。背後の兵が戻りかける。ベイランは手を振って止め、刃を前へ置いた。

 

「行け」

 

 声は、自分が思ったより大きかった。

 

 敵が橋の上へ出ると、共和国側の射撃が南の管理所から飛び、橋面の上で交差した。ベイランはその下へ身体を入れ、南端の角へ滑り込んだ。テザーが腕を引き、二人で壁の陰へ入った。

 

 イェルドの艇が来た。降りる途中で、側面に光が走った。

 

『左、被弾。操縦可能』

 

 彼女はそれだけを告げ、機体を落ち着かせた。扉を開くと同時に兵が走った。テザーは管理所の戸口へ戻り、中を確かめている。

 

 ベイランも中へ入った。座っていた箱が横倒しになり、窓の下には、まだ半分残った食事の容器がある。奥の寝床は空で、壁際にも人はいなかった。彼は最後に、スパンの置いた測定器を見た。

 

 持てた。

 

 その程度の重さなら、片手で持っていけた。

 

「将軍」

 

 テザーの声がした。

 

 ベイランは振り向き、何も取らずに外へ出た。

 

 丘の向こうで艦砲が落ちた。光が木々の輪郭を照らし、艇を追っていた射撃が途切れた。だが、橋を渡る敵兵の銃までは止まらない。ベイランは扉の前で剣を振り、テザーを先に乗せた。

 

 最後に床へ足を掛けた時、着陸脚が地面から離れた。ベイランは手すりを掴み、身体を内側へ引いた。扉が閉まりきる前に機体が傾き、膝が床へ落ちた。隣の兵も倒れ、互いの装甲が当たった。

 

『全員、内側か』

 

 イェルドが訊いた。

 

「入った」

 

 テザーが答え、兵を数えた。

 

 ベイランは剣を消した。耳にはまだ射撃音が残っている。実際に外から聞こえる音と、頭の中にある音を分けられなかった。

 

 隣の兵が、足元の銃を寄せてくれた。

 

「将軍。手」

 

 ベイランは手すりを掴んだ指を見た。力を抜こうとすると、一本ずつしか動かなかった。

 

 テザーが回収完了を送った。

 

 橋は後ろに残った。

 

 *

 

飛行場、西側着陸区画

 

 イェルドの機体は、標識より外へ流れてきた。

 

 リブは思わず一歩出た。機体がさらに流れてきて、操縦席の窓がこちらへ向く。タックが背後の兵へ退けと叫び、全員が遮蔽物の側へ下がった。

 

 着陸脚が床に触れ、横へ滑った。片方の推進器から煙が出ている。機体は移しておいた電源箱の跡を通り、ようやく止まった。リブはその位置を見てから、救護班へ手を挙げた。整備員が先に近づき、火災がないことを確かめるまで、扉へ兵を集めなかった。

 

 中からテザーが降りてきた。コマンダーは軍曹へ何か言おうとし、喉を鳴らした。声が出なかったらしい。リブは端末を差し出したまま待った。

 

「最後の便だ」

 

 ようやく言った。

 

「北側の後衛も、ここにいる」

 

 兵が続いて降りてきた。誰も歩く速さが揃っていなかった。急に速く進む者の後ろで、扉の段差を長く見ている者がいた。フォイルは肩に手を置き、段を下りるのを手伝った。

 

 ベイランは最後に自分で降り、脇へ退いた。装甲の肩がへこみ、泥が乾いた所から新しい汗が流れていた。リブが敬礼しかけると、彼は首を振り、戻ってきた兵の方を見るよう示した。

 

 先に飛行場へ降りた便、直接母艦へ向かった便。リブはテザーの渡した対象者と照合し、まだ受領の返っていない便を確かめた。指揮所から返る返事が遅いと、隣の端末へ手を出したくなった。

 

「そっちは俺が見ています」

 

 タックが言った。

 

 リブは手を引き、テザーが渡した記録へ戻った。母艦から受入れの確認が届くと、最後に残った名前が移った。橋を出る時点で対象になっていた者に、行き先の分からない者はいなかった。

 

「合っています」

 

 軍曹が言った。

 

 テザーは自分の記録も閉じた。笑わなかった。受け渡した先の記録まで、数字は合っていた。肩を撃たれて先に上がった兵も、さっき担架で別の便へ入れたスパンも、それぞれの場所にいる。

 

 連隊の別の欄には、クラスプの名が残っていた。

 

 リブはそこを消さず、橋の撤収分だけを完了にした。

 

 イェルドが操縦席から降りてきた。整備員から、今日はもう飛べないと告げられている。彼女は頷き、端末へ署名してから、自分の機体の横へ座った。

 

「ここ、空けてもらってよかった」

 

 リブへ言った。

 

「言われた通りにしただけです」

 

「その通りの場所へ降りたかったんだけどね」

 

 彼女は機体を見上げた。リブは返事を探したが、上手い言葉は出てこなかった。代わりに水を一本置いた。中尉は受け取り、蓋を開ける前に両手で持った。

 

 戻ってきた兵の一人が、荷を下ろさずに立っていた。

 

「次は、どこだ」

 

 リブが答える前に、フォイルが床を指した。

 

「まず、ここへ座れ」

 

「座ったら、また立てと言われる」

 

「立てなくなったら、俺が起こす」

 

 兵は座った。背嚢を外すと、肩が思ったより大きく落ちた。隣へ別の兵が座り、やがて壁際へ列ができた。誰も整列を命じていなかった。

 

 テザーはそこへ戻り、一人ずつ顔を確かめた。装甲の損傷を医療担当へ伝え、荷を持ち直そうとした者の手を止めた。作戦の説明はしなかった。

 

 ベイランは、着陸区画の端にいた。

 

 リブが近づくと、彼は壊れた推進器の音を聞いていた。機体の電源はもう落ちていた。それでも何かが回っているように見えたのか、整備員へ止まっているかと訊きかけ、口を閉じた。

 

「将軍。母艦への便を、こちらで待てます」

 

 リブが示した場所へ、ベイランは歩いた。

 

 途中で足を止め、軍曹の胸を指した。

 

「食料が、出ている」

 

 開けた袋の端が装備からはみ出していた。リブは押し込もうとして、潰れた中身を見た。

 

「半分、残したので」

 

「そうか」

 

 ベイランはそれ以上何も言わず、用意された箱へ座った。

 

 リブは袋を捨てる場所を探した。タックが横へ来て、彼の胸元を見た。

 

「だから、先にと言ったのに」

 

「分かってる」

 

 返事はいつも通りに出た。

 

 タックは自分の閉じた袋を取り出したが、今度は渡さなかった。隣へ座って開け、食べ始めた。リブも壁へ背を預けた。二人の間には、まだ電源箱一つ分の間があった。

 

 母艦への便が来ると、二人とも包みを片づけて立ち上がった。兵を見送ってから、リブは空いた搬送車を戻しに行った。格納庫の壁に、昨日と同じ兵がいた。

 

 敵の機体を使ったファイヴズとハードケースの話をしていた男だった。リブが水を置き直した場所には、空の容器が残っている。今は銃を膝へ置かず、両手でヘルメットを持っていた。

 

「昨日の話、覚えてるか」

 

 彼が訊いた。

 

「敵機のことか」

 

「そうだ。上の補給船も、あいつらがやった。今度はジェシーも行った」

 

 リブは足を止めた。上空の爆発で雲が光るのを、彼も見ていた。その後、橋へ向かう艇が出た。敵機が来るまでの間が延びたと、戻った操縦士が話していた。

 

「帰ってきたのか」

 

「二人は」

 

 兵はヘルメットの縁を指でなぞった。

 

「ハードケースは、戻らなかった」

 

 リブは格納庫の奥を見た。アンバランの機体が置かれている。昨日は、あれへ乗り込んだ奴に会ってみたいと思った。本人に言えば喜ぶと聞き、そのうち会えるような気がしていた。

 

 呼びかけようとして、兵の名もまだ知らないことに気づいた。胸の識別にはCT-4628とある。リブが名乗ると、彼はラップだと答えた。それで会話が一度止まった。

 

「橋の便が通った」

 

 軍曹は言った。

 

「補給船がなくなって、迎えを出せたんだ」

 

 ラップは頷いた。嬉しそうにはしなかった。リブも、良かったという言葉を続けられなかった。

 

「本人に、言えばよかったな」

 

 ラップが呟いた。

 

 軍曹は隣へ座った。次の便まで時間はあったが、話の続きを作れるほどではなかった。二人とも、格納庫の奥を見ていた。

 

 *

 

《ハービンジャー》、戦闘指揮所

 

 北の橋から、味方の印が消えた。

 

 シーアはそれを見て、すぐには息を吐けなかった。回収完了はすでに聞いていた。先頭の便の受入れも、最後の便の着陸も確認している。それでも、表示がなくなる時には身体が固まった。

 

 ヘイグが支援射撃を止めた。回収便を通し終えたソーンも交代位置へ下がり、敵のプロヴィデンス級とレキューザント級が追わずに戦列を組み直したと報告してきた。地上からは、残った砲座の位置が送られてきた。共和国側が使えた時間だけが、終わろうとしていた。

 

「帰還した艇を先に入れてください。次の出撃は、点検が済んでから」

 

 シーアは伝えた。

 

 イェルドの艇は飛行場で動けなくなっていた。人は出せた。別の便で操縦士も戻す。新しく欠けた輸送力は、そのまま予定表へ残った。

 

 《アウクトリタス》から、冷却管の遮断が終わったと報告された。火器管制の復旧には時間が掛かる。自力航行は可能、負傷した二人は生存している。シーアは、今日の戦列へ戻す指示を出さなかった。

 

 座ったままでいると、急に脚が重くなった。

 

 セレナが近づき、連絡艇の予定を見せた。ベイランは飛行場からいったん《フォワード・ライト》へ戻り、兵の受入れを確かめる。その後、作戦報告のためこちらへ渡るという。

 

「本人からですか」

 

「はい」

 

 シーアは頷いた。さっき言えなかったことを、今なら言えると思った。

 

「さっきは、ごめん」

 

 セレナが顔を上げた。

 

「食事の話をしていないのに」

 

「ええ」

 

「分かってたのに、ああ言いました」

 

 彼女はすぐに許すとも、気にしていないとも言わなかった。次の面会を移したことと、部屋を空けたことを伝えた。

 

「私には、いま何が必要か分からない時もあります。言ってください」

 

 シーアは頷いた。

 

「少し、一人にしてほしいです」

 

「分かりました」

 

 セレナは下がった。椅子の背の上着も、そのままにしていった。

 

 シーアは顔を両手で覆った。指の間から、橋の回収完了を示す文字が見えた。ベイランの到着予定を開き、閉じてからまた開く。定刻で到着する。自分で確かめたばかりの時刻を、指の間からまた読んだ。

 

 ラセルに呼ばれ、シーアは掌を離した。返事をしたつもりだったが、兵曹はまだこちらを見ている。喉を鳴らしてから、何ですか、と言い直した。

 

「補給船の件で、続報です」

 

 シーアは背を起こし、ベイランの便を端へ寄せた。

 

 *

 

《ハービンジャー》、司令官室前

 

 ベイランは、扉の前で足を止めた。

 

 シーアはちょうど中から出てきたところだった。会議区画へ案内するべきか、ここへ入ってもらうべきか、一瞬決められなかった。いつもなら相手が勝手に座る椅子がある。今日は、どちらも先へ動かなかった。

 

「肩は」

 

 シーアが訊いた。

 

「装甲がへこんだ。身体は診てもらった」

 

「痛くないんですか」

 

「痛い」

 

 ベイランは答えた。シーアは、それ以上訊かなかった。

 

 部屋へ入ると、机の端に着替えが置かれていた。前に置いていったベイランの物だった。ケレンが洗って戻しておいたのだと、シーアは説明した。

 

 ベイランは服へ手を置いた。

 

「ここにあったか」

 

「探していました?」

 

「橋では、探せなかった」

 

 笑おうとしたのかもしれない。だが、声は平らだった。シーアも笑わず、服を取れるよう机の上を空けた。

 

 報告は先に済ませた。北の橋は放棄。橋面は通行可能な状態で残した。持ち出せなかった装備、消去した記録装置、最後に見た敵の位置。ベイランが話し、シーアは必要な所だけ確認した。途中からソーンも通信に入り、地上から送った最後の観測を受け取った。

 

 通信が終わっても、ベイランは着替えを膝へ置いたまま椅子に座っていた。立っていたシーアが、向かいへ腰を下ろす。

 

「昨日のことですが」

 

「今は、話したくない」

 

 ベイランが言った。

 

 シーアは口を閉じた。膝へ置いた手を握り、開いた。

 

「分かりました」

 

 ベイランは顔を伏せた。拒んだ方も、楽になったようには見えなかった。シーアは話題を探して部屋を見回し、再生装置の所で視線を止めたが、そちらにも手を伸ばさなかった。

 

「補給船のことは、聞きましたか」

 

「三人で入った、と」

 

 シーアは届いた記録を開いた。

 

 ファイヴズ。ジェシー。ハードケース。

 

 捕獲したアンバラン機を使用。クレルの許可を受けた出撃ではない。補給船内部への侵入と破壊。帰還二名、戦死一名。

 

 ベイランは端末を受け取った。あの光が何だったかは、もう分かっていた。自分たちの知らない所で、別の兵が別の決断をしていた。

 

「命令違反だったんですね」

 

「そうらしい」

 

 シーアは画面の上へ指を戻した。三機が補給船へ入るまで、こちらにはアンバランの識別信号が届いていた。

 

「え、大丈夫なんですか。それ、何か法に触れません?」

 

 ベイランが顔を上げた。

 

「敵の機体を使ったことか」

 

「それだけじゃなくて。味方だと思わせたまま撃ったなら、という話です」

 

「そのまま撃ったかは、分かっているのか」

 

「……そこまでは」

 

 シーアは続きを探した。出撃の許可がなかったことは書いてある。攻撃時の信号の扱いは、書いていなかった。法務へ確認する項目を一つ足し、三人の名が見える所へ戻した。

 

「攻撃は、成功した」

 

「成功した」

 

 シーアは頷いた。続きを言いかけたが、ベイランが画面から顔を上げたので止めた。

 

「ハードケースは」

 

「帰っていません。戦死の報告です」

 

 ベイランは、端末を机へ置いた。

 

 シーアは上空の戦闘記録を隣へ出した。補給船の喪失を確定した時刻、その直後の敵機の動き、橋へ向かった最初の便。回収完了まで続いていた報告を、いま初めて別の側から読んだ。

 

 四度引き返した攻撃隊。戦列を離れた《アウクトリタス》。ようやく上がった回収艇。シーアはそれぞれの時刻を並べた。補給船が爆発した所から、止まっていた便が動き始めている。あの時、口から漏れた笑いに似た息まで思い出し、指を止めた。

 

 シーアは攻撃者の欄へ三人の名を入れ、出典となる報告を付けた。戦死の記録も添えた。指で確定を押そうとして、止まった。

 

「僕たちには、迎えを出せました」

 

 ベイランは答えなかった。

 

「何か、言ってくれませんか」

 

 口にしてから、シーアは相手を見た。

 

 昨日と同じことを頼んでいた。気づいたのは、ベイランの手が膝の上で動いたからだった。洗われた服の袖を、指で掴んでいる。

 

 シーアは首を振った。

 

「ごめんなさい。いまのは、答えなくていいです」

 

 ベイランは長く黙っていた。やがて着替えを持ち直し、立ち上がろうとして、もう一度椅子へ座った。

 

「ハードケースの名を、もう一度見せてくれ」

 

 シーアは端末を動かした。

 

 二人の間に、三人の名が残った。

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