STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
消えた入植地!
トグルータの芸術家たちが暮らす入植地キロスで、五万の住民が姿を消した。街を押さえていたのは、分離主義同盟の兵と、その庇護を名目に入り込んだ奴隷商人たち。ジェダイの将軍たちは、消えた人々の行方を追う。
ヴァラリアン打撃群は、ジェダイ・ルミナーラ・アンドゥリの作戦に加わり、奴隷を運ぶ船の通り道を塞ぎにかかる。だが奪った港で見つかったのは、囚われた人々だけではなかった。名前と値段を書き並べた、分厚い帳簿だった――
*
C.R.C. 7956.254 ヴェルタ星系、銀河平面座標 S-4、シャルティン・トンネル、外縁の集結点、《ハービンジャー》、格納区画
バリス・オフィーは、着艦の揺れが収まる前に座席の留め具を外した。
連絡艇の窓の外を、艦橋の塔が過ぎていった。ホロネットの映像より高い。隣のルミナーラ・アンドゥリは座ったまま、艇が完全に止まるまで両手を膝から動かさなかった。師のそういう所を、バリスは何年も見てきた。
傾斜路が降りた。
下で二人が待っていた。制服の少将と、半歩後ろで予定表を抱えた副官。
バリスは傾斜路の途中で足を止めかけた。ホロネットで何度も見た顔だった。それでも実物は違った。灰色の目が、こちらを真っ直ぐに見ている。アソーカが「すごい」としか言えなかった理由が、ようやく分かった。見過ぎてはいけない、と自分に言い聞かせ、視線を少将の肩のあたりへ置く。
淡い銀髪をきちんと整え、両手を身体の前で組んでいる。将官の立ち方というより、来客を迎える家の者の立ち方だった。隣を見ると、ルミナーラは眉一つ動かしていなかった。バリスは師の平静を、初めて少しだけ羨ましく思った。
「ジェダイ・ルミナーラ。アレクシアール・ヴァラリアンです。お待ちしていました」
「オープン・サークルの作戦に艦隊を付けてくださること、感謝します」
ルミナーラが答えた。バリスも名乗って頭を下げた。少将はバリスの顔を見て、口元をほんの少し動かした。何かを思い出した顔だった。
「アソーカから、お名前は聞いています。頼れる友達だと」
「私も、少将のお話を伺っています」
言ってから、バリスは続きを飲み込んだ。菓子を止められる少将。アソーカはその部分を、身振り付きで話した。
「何を聞いたのか、後で教えてください」
「はい」
少将の後ろで、副官が予定表から顔を上げた。
「お姫様。会議区画にお茶を用意しています。ジェダイのお二人の分も」
バリスは瞬きをした。ルミナーラの眉が、ごくわずかに上がった。
少将は振り向かなかった。
「……あとで説明します」
「必要でしたら」
ルミナーラが穏やかに言った。
通路の奥から足音が近づいた。ベイラン・スコールだった。名前しか知らないジェダイだったが、痛めた肩を庇う歩き方は一目で分かった。
「遅かったな、ルミナーラ。こちらは先に着いて、茶を頂いていた」
「行儀の悪いこと」
「艦の方に勧められた」
二人が短く笑った。古い付き合いなのだとバリスは察した。ベイランが少将の横に並ぶと、少将は肩から力を抜いた。
会議区画へ向かう通路で、少将は半歩遅れて歩いた。バリスはその背中を見た。癒しの技を学ぶ者は、疲れた人間の歩き方を覚える。少将の歩き方は、寝不足の兵のそれに似ていた。それでいて、艦の中の全員に目が届いている。すれ違った整備員の名を呼び、扉の前の兵の姿勢は直させず、床の印につまずきかけた補充兵の腕を通りすがりに支えた。
ジェダイが将軍と呼ばれ、制服の兵に囲まれて動く。バリスは最近、その並びを見るたびに、遠い場所から眺めているような気持ちになった。この艦の中では、その感じが少し薄かった。
*
《ハービンジャー》、会議区画
会議卓の上に、星域図が浮かんでいた。
シャルティン・トンネルに沿って、光の線が一本伸びている。線の途中にヴェルタ星系の印があり、終わり近くに、ザイゲリアの印が小さく置かれていた。
ルミナーラが指を線の途中へ置いた。
「ヴェルタII。ガス惑星の周回軌道に、環状の積替え港があります。ザイゲリアへ向かう奴隷輸送船が使ってきた港です。キロス方面から出た船も、ここで大型の輸送船へ積み替えられると見ています」
セルトが港の構造図を出した。中央の環から係留腕が六本伸びている。護衛艦の反応が二つ、小型船が多数。囚われている人数は分かっていなかった。
「キロスは」
シーアが訊いた。
ベイランが端末を引き寄せた。
「スカイウォーカー将軍とケノービ将軍の班が向かっている。タノ司令官も一緒だ。到着は四日後になる。連絡が途絶えて五日。住民の所在は、まだ誰も確かめていない」
「入植地の登録人口は、五万です」
バリスが小さく言った。
シーアは数字を聞いて、星域図から目を離せなくなった。五万。積替え港が一晩で出せる数ではない。運び出す船と、受け入れる側の準備が、先に整っていたことになる。
「本部の要請は二つです」
ルミナーラが続けた。
「港の制圧と、港を出る船の阻止。港と船の中に囚われた者の解放は、私の作戦目的に含みます」
要請を受けたGF司令部から、三群をこの作戦へ付ける命令が届いていた。開始は合流時、終了は港と救出者を後続へ引き渡した時。シーアは二つの時刻の欄を確かめた。
「艦隊は、船の外側を担当します」
シーアは言った。
「一つ確認させてください。作戦の中止は、どなたが判断しますか」
ルミナーラが、初めて間を置いた。バリスが師の横顔を見た。
「私です。作戦を預かっているのは私ですから」
「艦が撃てない状況になった時は」
「撃たない判断を、あなたがなさるのでしょう」
ルミナーラは即座に答えた。
「私はそれを止めません。艦隊に私が命じるのは目的までです。撃つかどうかは、あなたの艦の側にあります」
ベイランが目を伏せた。シーアは頷き、その言葉をそのまま記録へ入れるようセルトに頼んだ。アンバラの記録の中に、同じ種類の空白があった。
「ありがとうございます。もう一つだけ。囚われた人のいる区画には撃ちません。護衛艦を先に止め、輸送船は機関をイオン砲で止めます。射線を取れなければ、乗艦班を待ちます。時間が掛かります」
「構いません」
ルミナーラの口元が、わずかに緩んだ。
「あなたは、私が思っていたより、数えてから撃つ方ですね」
「数えないと、撃てないんです」
ベイランが港の図を自分の端末へ移した。
「150連隊から、休養と医務の確認が済んだ班を出す。突入の間はルミナーラに預ける。私は二隻で搬送と受入れを持つ」
バリスは膝の上で手を組み替えた。
セレナが茶を運び、ジェダイの前に置いた。ケレンが菓子の皿を卓の端へ滑らせる。皿はシーアの手の届かない側へ寄せてあった。バリスの肩が一度だけ揺れた。
「……アソーカには、報告しないでくださいね」
「何をでしょう」
バリスは真面目な顔のまま答えた。
*
C.R.C. 7956.255 ヴェルタII周回軌道、《ハービンジャー》、索敵卓
イーノ・ラセルは、距離から読んだ。
ガス惑星の輪の影から、環状の構造物が浮かび上がる。最初の反応が港の本体で、八百キロ先。次が係留腕の先端。護衛艦の反応が二つ、それぞれ港の外側にいる。
「ミュニファスント級、二。距離、九百二十と九百四十」
隣の卓で、補充の兵曹が続けて読んだ。
「係留腕、三本に大型船。船種、輸送母艦級。収容区画の生体反応が――」
声が途切れた。ラセルは横を見なかった。
「数字のまま読んで」
「三番腕、三千三百十。四番腕、千八百六十。五番腕、二千百四十。……港の収容環にも、九百四十」
ラセルは復唱した。声が上ずりかけたので、速さを落とした。四つの数字を足したところで、指が止まった。八千二百五十。
「大型船三隻、離脱の動き。護衛艦が前へ出ます」
背後から、シーアの声が答えた。
「護衛艦の射撃管制を先に止めます。第32任務群は右の一隻、直轄部隊は左の一隻を。輸送母艦の収容区画を射線に入れないでください」
ソーンが直轄部隊へ割り振りを伝える声が、回線の奥で続いた。コルヴェンが復唱し、艦が角度を変える。射線が輸送母艦の影を避けて開いた。ラセルは護衛艦の距離を読み続けた。九百、八百八十、八百六十。港の砲台が撃ち始め、光の筋が輪の影を横切って《エンヴォイ》の盾に当たり、散った。
「三番腕の船が離れます。護衛艦の一隻が、その陰に入りました」
「陰に入った護衛艦へは撃てません」
シーアが言った。
「三番腕の船を先に止めます。機関への射線を、第32任務群で確認してください」
新しい兵曹が息を詰めた。ラセルは図の上の機関区画と収容区画の線を重ね、間隔を読み上げた。船尾側、四十メートル。近すぎる、と思った。それでも読んだ。
「四十です。四十メートル」
「確認が済むまで待ちます」
距離の数字は動き続けた。コーヴィンから、射界の確認が入った。機関への給電部を狙う。収容区画は射線の外。二射で止める。
最初の光が輸送母艦の尾部を撫で、次の一射で推進器の光が消えた。船体は惰性で港から離れていった。収容区画の生体反応の数は、動かなかった。
ラセルは、その数が減らなかったことを声に出して読んだ。
「三千三百十。変化なし。収容区画の減圧、検出なし」
「負傷の確認は、乗艦班に」
シーアの返答を、セルトが地上側の回線へ渡した。隣の兵曹の肩から、力が抜けた。
四番腕と五番腕の船も、同じ手順で止まった。三隻とも機関を失い、港の周りを漂っている。直轄部隊が止めた護衛艦の砲は沈黙し、もう一隻が輸送母艦の陰から出て、跳躍の準備に入った。
「護衛艦、一。跳躍点まで四十秒」
「追いません」
シーアが言った。
「港を先に。砲台を止めてください」
消える直前、護衛艦から送信の反応が出た。ラセルは送信時刻を打ち込んだ。星の点が引き伸ばされ、艦が消える。消えた場所の座標を記録し、方位の欄を埋めた。
「跳躍前に送信があります。宛先、内容は不明」
「記録してください。他の港にも知らせが届いたつもりで進めます」
ラセルは送信の行を、消失した艦の記録に付けた。
「港の砲台、沈黙。ジェダイの突入班が出ます」
セルトが告げた。ラセルは読み上げの速さを、いつもの半分に戻した。隣の兵曹が、小さく息を吐いた。
*
ヴェルタ積替環、収容環、第四区画
収容環の通路は、予想していたより暖かかった。
港の外では、機関を止められた三隻の輸送母艦に別の班が取り付いている。バリスは環の内側へ入る突入班の後ろを歩いていた。150連隊の兵が先行して通路を押さえ、ルミナーラは兵と兵の間を足音を立てずに進んでいく。消毒剤の匂いがした。その下に、消毒剤が隠しているものの匂いがあった。
タックから、制御室を確保したと報告が来た。拘束環への指令は切った。環ごとの電源は残っているので、解除具で一つずつ外す。バリスは受領し、渡された工具を手に持ち替えた。
壁の高い所に番号が塗装されている。同じ書体で、同じ大きさ。等間隔に並んだ扉の上に、それぞれ違う数字が振ってあった。バリスはその一つの前で足を止めた。
扉が開いた。
中に人が立っていた。二十人ほどが、列を作って。種族はばらばらだった。壁に向かって並ぶ者もいれば、扉に顔を向けたまま動かない者もいる。誰も走らなかった。ブラスターを持った兵が入口に立っても、誰も声を上げなかった。
「出ていいぞ」
兵が言った。列は動かなかった。
バリスは兵の横を抜けて中へ入った。一番手前の男の首に、細い環が嵌まっていた。縁で小さな緑の灯りが点滅している。彼女が手を伸ばすと、男は身体を固くした。
「外します。触れてもいいですか」
男はバリスの手を見た。それから顎を上げた。工具を当てると、環は開いて床に落ち、鈍い音を立てた。灯りが消えた。
次の環を外す時、バリスは小さな音に気づいた。環ごとに鳴っている。外れるたびに、音が減った。男は首を押さえ、列の何人かはしゃがみ込んだ。入口は開いているのに、誰もそこへ向かわなかった。
「番号を、呼んでください」
奥から細い声がした。
列の一番端に、十歳になるかならないかの少女が立っていた。両手を身体の脇に付けている。
「呼ばれるまで、動けません」
バリスは答えを探した。後ろの兵が端末を構え、番号を読み上げようとした。
「待ってください」
ルミナーラだった。師は扉をくぐり、少女の前で膝を折った。目の高さを合わせた。
「あなたの名前を教えてください」
少女は瞬きをした。
「……番号は、二十七です」
「あなたを、何と呼べばいいですか」
少女は口を開け、閉じた。唇を動かしてから、小さな声で言った。
「ティーリ」
「ティーリ。ありがとう。私はルミナーラです。私と一緒に、外へ出ましょう」
ルミナーラは立ち上がり、兵に向き直った。
「呼ぶ時は、名前を聞いてください。今は答えられない方も、先に外へ。番号の札は照合に使うので、外した場所を付けて保管してください」
兵は番号を読もうとした端末を下ろし、扉の外を指した。椅子と水を用意してある、と言った。ティーリがルミナーラの手を取ると、列の前の男も入口へ動いた。
バリスは次の男の環を外し、名前を訊いた。男は答えるまでに長くかかった。名乗った後、自分の口から出た音を確かめるように、もう一度その名を繰り返した。隣の者は答えなかった。バリスは水の置き場を教え、付き添いの兵へ渡した。
通路の先で、隣り合った収容室の前に立つ兵が、扉を開けかねていた。バリスは近づいた。
二つの部屋の間は、透明な壁で仕切られていた。一方に女性が、もう一方に幼い子供が立っている。壁の両側で、掌が同じ高さに重ねられていた。指の間は、壁一枚分だけ空いていた。
二つの扉は別々の方向を向いていた。バリスはどちらも開けた。子供が母親の腕に入るのに、一秒も掛からなかった。母親は何も言わなかった。子供の背中を、繰り返し撫でていた。
バリスは二人の腕輪に付いた札を見た。母親は「五」、子供は「三」。同じ書体で書いてあった。
「将軍」
突入班の兵が通路の奥から呼んだ。
「事務室があります。記録装置が、動いたままです」
バリスは母子から目を離し、後を追った。
事務室は狭かった。壁の一面に大きな板があり、表の枠が引かれて数字が書き込まれている。左端に日付、その隣に「入荷」「出荷」「損耗」。損耗の欄には、今日の日付の横に、十一と書いてあった。
バリスはその数字を見ていた。
ルミナーラが隣に来た。板に目をやり、何も言わずに、記録装置の方へ向かった。
「艦へ原本ごと移します。照合に使う写しを、少将に渡してください」
「はい」
答えた声は、思ったより平らだった。
部屋を出る時、バリスは板をもう一度見た。損耗の欄の隣に、小さな字で「許容内」と書き添えてあった。
通路でルミナーラの端末が鳴った。テザーからの報告だった。三番腕へ通じる連絡路で、残っていた戦闘ドロイドが搬送班を撃った。150連隊の戦死三、負傷十一。負傷者は収容艇へ、戦死者も回収済み。
ルミナーラは三人の呼び名を確かめ、ベイランへ報告を渡した。バリスは壁の板から目を離した。通路の先では、担架が一台ずつ曲がり角を通っていた。
*
C.R.C. 7956.256 《ハービンジャー》、会議区画
帳簿は、きれいに整っていた。
セルトは一晩かけて、記録装置の中身を表に開いていた。港が動いていた十四年分の入出荷が、日付の順に並んでいる。二十一万四千件。シーアは最初の一件を読まず、列の見出しを左から指でなぞった。
登録番号。氏名。取得日。取得区分。種族。取得時の年齢。技能。資格。評価額。出荷区分。同行関係。便名。仕向け。想定損耗。装置型番。備考。
「補給表と、同じ並びです」
向かいでベイランが顔を上げた。
「品目コードの所に登録番号が入ります。数量は一で固定。有効期限がないだけで、集積点、便名、仕向けの順番も同じです」
誰も答えなかった。ルミナーラは卓の端で腕を組んでいる。バリスは表ではなく、シーアの指先を見ていた。
救出班からは、港と三隻の収容区画を合わせて八千二百五十人と報告が来ていた。乗員と拘束した警備員は別の一覧にいる。診療と食事の配布は始まっていたが、名前を聞けた者はまだ一割にも届いていなかった。
「評価額の列は」
「技能と資格の加算に、年齢ごとの係数を掛けています」
セルトが読んだ。
「係数が最も高いのは、二十代から三十代前半。機関整備や航法の技能が入った行は、額が三倍を超えます」
「出荷区分の凡例を出してください」
別の枠が開いた。一、家内。二、船舶。三、養成。四、農園。五、鉱区。六、その他。
バリスが小さく息を吸った。
「腕輪の札は、母親が五で、子供が三でした」
シーアは三の行を見た。養成。備考に十二歳未満とある。価格は育った後の見込みで付けられ、五年後と十年後の見込額が別々の列に入っていた。
「同行関係を」
同船可。同船不可(血縁)。同船不可(同一取得地)。三つの値のうち、二つ目が付いた行が、画面の半分近くを占めていた。
「血縁は同じ船に載せない。逃亡と反乱の抑止、と備考にあります」
セルトが淡々と読んだ。
「収容室の母子は、連番の三行のうちの二行でした。三つの便に振り分けられ、着く港も日も別です。三人目は四日前に出ています。仕向けは、七番」
バリスは目を伏せた。母親が子供の背中を撫で続けていた手つきを、思い出していた。
シーアは頷いた。頷いてから、指が同じ行の上へ戻っていたことに気づいた。
「想定損耗の列を」
列には百分率が並んでいた。輸送中の損耗は便ごとに見積もられ、積載人数から逆算して、水と食料の量が決められている。許容内に収まる最少の量だった。
「許容損耗という言葉は、僕も使います」
シーアは言った。
「予備の弾薬や、交換部品の数を決める時に。足りなくなる前に、どこまで削れるかを」
ベイランが何か言いかけて、口を閉じた。
「装置型番の列は」
「首環です。交換周期と電池の型番が付いていて、補充表に消耗品として計上されています」
「補充表を」
最後の枠が開いた。期首の日付の下に、鉱区、農園、船舶ごとの必要人数が並んでいる。鉱区の行には、一年目の想定損耗が二割と入っていた。その隣に、損耗を足した数。その隣に、港ごとの取得目標。
港コードは一から十四まであった。この港は九。取得目標は、一年で一万八千。
シーアは十四という数字に指を置いた。港の数まで、表に書いてあった。
「先に、必要な人数が決まっています。そこから逆算して、集める数が決まる」
「はい」
「キロスの五万人も、たぶん、こういう数字の一部です」
部屋が静かになった。ルミナーラが腕を解いた。
「私は、キロスの船がここを通ると見ていました」
「キロスの日付の前後に、大口の入出荷はありません」
セルトが答えた。
「救出した方にも、いまのところキロスの方はいません」
「私の見立てが外れました」
ルミナーラは表情を変えなかった。
「外れても、八千二百五十人はここにいます」
シーアは言った。
「それと、この書式が。どの港でも同じなら、キロスの人たちも、同じ形の表のどこかの行にいます」
セルトが仕向けの列を開いた。寄港地と経由地の記載を除いて出荷先をたどると、数千行の右端に同じ番号が繰り返し現れた。三番、七番、十一番。
「処理施設の番号です。所在は、どこにも書かれていません」
「三つとも、同じ組織の施設ですか」
「書式は同じです。それ以上は、この帳簿からは分かりません」
シーアは三つの番号を、別の枠へ写した。
「便名と、前後の港の入出記録を合わせてください。港コード十四個も本部へ。警報が届いていれば、向こうはもう記録を消しているかもしれません」
セルトが照会先を並べた。原本から取った写しが、一つずつ送信待ちの列へ入った。
「もう一つ、ご覧いただきたいものがあります」
セルトが言った。
「資格の欄に、発行機関の名が入っています。加算率が機関ごとに違います」
一覧が開いた。数十の機関名が、加算率の順に並んでいる。上から二番目に、見覚えのある名があった。
サーティネイニアン海事登録所。エリアドゥ港務局。
「僕の国の免状は、値を上げるんですか」
誰も口を開かなかった。シーアは発行機関の名に指を置いた。免状の試験が難しいことは知っていた。受験者数の推移を、艦の乗員計画の説明で見たことがある。合格して、船に乗れるようになった。その資格が、ここでは売るための値段に足されていた。
「こんなことのために、出しているんじゃない」
最後の言葉だけ、声が強くなった。シーアは卓の向こうを見た。誰も自分の国の免状を出した者ではなかった。発行機関の名から指を離し、画面の次の欄を開いた。
「この二つの名前で、絞ってください」
画面が縮み、九行になった。
バリスの手が卓の縁を掴んだ。ベイランが身体を前に倒した。
取得日は、三年前が二件。八年前が四件。十一年前が三件。取得区分は九件とも同じだった。拿捕船乗員。仲介の欄には、海賊組合と書いてある。
二十一万四千件のほとんどで、名前の欄は空いていた。埋まっているのは、免状の番号を照合するのに名前が要った行だけだった。
シーアは九つの名を、上から順に読んだ。
テオ・ハスケル。十一年前、十五歳で取得。甲板員見習い。拿捕船《ソルヴェイグ》。
ネリア・ラウレン。八年前、二十五歳で取得。航法士補。拿捕船《ハルメ》。同行関係の欄に、夫の登録番号が入っていた。同船不可。
オルタ・ペンデル。三年前、四十一歳で取得。機関士二級。拿捕船《ペリダ》。
《ペリダ》。船名を口の中で繰り返した。聞き覚えがあった。どこで聞いたのか、思い出せなかった。免状は国外の船員にも出している。九人の国籍も、現在の所在も、この表にはなかった。
「共和国は」
声が出てから、自分の声だと気づくまでに少し掛かった。
「共和国は、これを放置していたんですか。十一年前から、人が売られていた。戦争が始まるずっと前から」
問いは、誰に向けたものでもなかった。ルミナーラが答えた。
「禁じられています。旧共和国の時代から、法で。禁じたのは、私たちが生まれるよりずっと前です」
彼女は言葉を切った。
「聖堂の記録には、ジェダイがザイゲリアの奴隷制を解体したとあります。遠い昔のことです」
「解体して、戻った」
シーアは言った。
「一度潰した。戻った」
その言葉が卓の上に残った。
「解体の記録はあります」
ルミナーラが静かに言った。
「その後を追った記録は、私は知りません」
シーアは九行の上で指を止めていた。バリスがその手を見ていることに、彼は気づかなかった。
「帳簿の日付と、港の入出記録を照合してください。偽物の可能性を先に潰します」
セルトが受領した。
「偽物にしては、整いすぎています」
「……偽物だったら、いいと思ったんです」
セルトの手が止まった。シーアは九つの名前を見たまま続けた。
「でも、確かめてください」
彼は九つの名を別の枠へ写した。
「この九名と船名三隻を、兄上へ。海事登録所と港務局の照合をお願いします。免状と国籍、出港時の乗員名簿、失踪届を」
「公王家からの照会として、ですか」
「兄上に、引き受けてもらいます。僕から窓口を順に回るより、早いから」
宛先を選んでから、送付文へ自分の名を入れた。兄への頼みと、艦隊司令官からの資料送付が、同じ欄に収まった。
「九名の最後の出荷日と、便名と、仕向けも抜き出してください。生きているか、いまどこにいるかは、別に確かめます」
「こちらで収容した方の旧番号とも、照合を続けます」
セルトの返事に、シーアは頷いた。
「もう一つ。同行関係の欄を、逆に使います。血縁が付いた行のうち、いま港と船にいる人たちを、組にして出してください。会わせる順番は、名前を聞いた順で。名前をまだ言えない人も、家族だと確かめられたら会わせてください」
ルミナーラがシーアを見た。バリスの目が、初めて表から離れた。
「別れさせるために作られた表でも、探すのには使えます」
「六百四組です。本人への確認を付けて、受入れ班へ渡します」
セルトが答えた。
*
《ハービンジャー》、客室区画の通路
会議が終わってから、バリスは帳簿の記録を三度読み返した。
割り当てられた客室へ戻る途中、通路の窓の前で足が止まった。窓の向こうにヴェルタの輪が見える。環状の港は、その手前で静かに回っていた。三隻の輸送母艦は牽引を受け、環の内側へ繋がれ始めている。
「眠れませんか」
ルミナーラだった。師は窓の脇に立ち、輪の方を見ていた。
「いいえ。……はい」
バリスは窓に近づいた。
「少将は、数字で考える方ですね」
「そうですね」
「けれど、会わせる順番は、名前を聞いた順だと仰いました」
「聞いていました」
ルミナーラは頷いた。
「数と名前をつなぐ仕事を、始めてくださっています。私たちも、聞いた名前を受入れ班へ渡さなければ」
「両方を持てるものでしょうか」
「重いでしょう」
師の声は平らだった。バリスは、窓に映る自分の顔を見た。
「私は、この艦の中の方が、息がしやすいと感じてしまいました」
口にしてから、言うべきではなかったかもしれないと思った。ルミナーラは咎めなかった。
「将軍と呼ばれ、兵を率いている時よりも」
「はい」
「それを口にする時は、相手を選びなさい。……私には、言って構いません」
バリスは頷いた。喉の奥の硬いものが、わずかに動いた。
「昨日、名前を聞いてくださいと仰いましたね」
「ええ」
「手の届く人に、名前を訊く。明日も、それならできると思いました」
ルミナーラはバリスを見た。彼女の手には、まだ受入れ班へ渡していない聞き取りの端末があった。
「明日も、お願いします。今夜はそれを渡して、休みなさい」
「はい、マスター」
*
C.R.C. 7956.257 《ハービンジャー》、司令官室
兄の返事は、夜のうちに届いていた。
シーアは寝台の端に座り、端末を膝に立てて読んだ。
――免状の氏名と番号は一致した。九名ともサーティネイニアン。三隻の出港時の乗員名簿にも、同じ九名がいる。
――九名のうち六名は、海事登録所に届けがあった。四名は失踪宣告が済み、慰霊碑に名が入っている。二名は届けが残ったままだが、捜索は三年で打ち切っている。
――三名は、届けそのものがない。乗せていた会社が、翌年に畳まれた。
――打ち切りの決裁は私が読む。うちの役所の仕事だ。
――十五年分の全件を出す。三日かかる。
――お前は、そこで自分の仕事をしろ。
九名ともサーティネイニアン。
シーアは最初の行へ戻り、同じ言葉をもう一度読んだ。端末を支えていた指が滑り、膝の上で画面が傾いた。両手で起こして、また読んだ。免状の発行先も、乗員の名簿も合っている。昨日読み上げた九つの名は、自分と同じ国の人たちのものだった。
「……うちの人だ」
声に出した途端、喉が詰まった。端末を握ったまま、シーアは寝台の端で背を丸めた。もう一度言おうとして、息だけが出た。
三年で打ち切っている。その行へ指を戻す。失踪宣告。慰霊碑。読み終えたはずの言葉を、今度は追えなかった。
「三年で、やめたのか」
空いた部屋に声が響いた。シーアは顔を上げ、扉を見た。誰もいなかった。端末を寝台に置こうとして、手を戻した。置いてしまえば、朝の支度が始まる。この九人を知らなかった昨日と同じように、制服を着て、報告を聞いて、食事をする。
「まだ、帰ってこないのに」
頬へ涙が落ちた。袖で拭うと、画面の文字がまた読めるようになった。九名とも。三年で。二つの行を行き来してから、兄の書いた「うちの役所の仕事」に目が止まった。
共和国は放置していたのか、と会議で訊いた。届けを受け、三年で捜索を打ち切ったのは、自分の国の役所だった。
エリアドゥの港の端に、海難で死んだ船員の名を刻む碑がある。年に一度、公王家の誰かが式に出る。三年前の式に出たのが誰だったか、シーアは思い出せなかった。《ペリダ》の名をどこで聞いたのかも、まだ思い出せない。自分が知っている港に、あの名前が刻まれている。家の誰かが、その前で頭を下げていたかもしれない。
シーアは兄への返信欄を開いた。
九人を捜す。決裁も、送ってください。
打ち終えてから、文の最後へ指を戻した。帰したい、と足した。兄に頼める仕事の書き方を探し、結局そのまま送った。
控えの端末を開いた。ファイヴズ。ジェシー。ハードケース。その下に、九つの名を足した。打ち終えるのに、いつもの倍の時間が掛かった。
セルトから届いた照合表には、最後の出荷日、便名、仕向けの番号が、九名それぞれに付いていた。船と港の受入れ一覧には、まだ同じ旧番号がなかった。所在と生存の欄を空けたまま、シーアは兄の返事を添えて保存した。
その日の夜、《レゾリュート》から個別の回線が入った。
『読んだ。ルミナーラが回してくれた』
アナキンの声だった。飛行服のまま、格納庫から繋いでいるらしい。背後で整備の音がしていた。
「どこまで」
『全部だ。あの表の形まで』
顔は疲れていた。キロスまでは、明日の朝に着くという。
『会議で言ったんだろ。共和国は放置してたのか、って』
「言いました。あなたに向けた言葉じゃない」
『分かってる』
アナキンは短く言った。
『俺も、何度も思った。ずっと』
シーアは待った。
『法律で禁止されてるのと、いないのは別だ。それは知ってた。知ってたつもりだった。……お前の国の人間が、三年前に売られてた。俺の知らない場所で』
「僕の国です」
思ったより強い声が出た。アナキンの目がこちらへ動いた。シーアは端末の端を握り直した。
「十一年前には、十五歳の子がいたんです。見習いで船に乗って、それで攫われた。免状まで、値段を上げるために使われてた。船に乗るために取ったのに」
アナキンは口を開いたが、シーアは先を続けた。
「僕たちは三年で捜すのをやめて、碑に名前を入れて――」
言葉が途切れた。四人の刻名と二人の捜索打切りが、口の中で一つになっていた。シーアは兄の返事を開き、数字を確かめた。アナキンはその間、待っていた。
「……見つけられなかった。僕たちも」
言い直してからも、手を緩められなかった。画面を握っている指の先が痛かった。
「帰ってきてほしいです。あの人たちに。何年も経って、今さら見つけて、こんなことを言うのも……」
最後まで言えずに、シーアはアナキンを見た。
『言えよ』
アナキンは言った。
『帰ってきてほしいって。言っていい』
シーアは頷こうとして、顎を引いたまま止まった。アナキンも先を急がなかった。向こうの格納庫で工具の落ちる音がした。
『見つけて、潰す。俺が知ってるのはそれだけだ』
「潰しても戻る、と聞きました。昔に一度、ジェダイが解体したのに」
『……だから、また潰す』
単純な答えだった。シーアは反論しなかった。端末の隅では、港コードの照会先が一つずつ受領に替わっていた。十四のうち、まだ五つが送信待ちだった。
画面の端に、アソーカが立っていた。何も言わずにこちらを見ている。目が合うと、小さく頷いた。
『急がなきゃ』
それだけ言って、画面から外れた。画面が空いてから、アナキンが言った。
『またな、シーア』
「また」
回線が切れた。
机の上に、いつの間にか器が置かれていた。温めたスープの湯気が、細く立っている。ケレンの足音は聞こえなかった。
シーアは匙を取り、器が空になるまで食べた。途中で一度、冷めていることに気づいた。匙は止めなかった。
扉の外で、セレナが翌朝の予定を確認する声がしていた。三件。シーアは器を机の端へ戻した。
*
C.R.C. 7956.258 ヴェルタ積替環、中央広間
広間の天井は高かった。
ベイランは入口の脇の壁に背を預けて立っていた。痛めた肩を壁に預けると、幾らか楽になる。
港が動いていた頃は、荷の積み降ろしに使われていた場所らしい。床に貨物用の印が残り、その上に150連隊が持ち込んだ折り畳み机が並んでいる。机ごとに端末と兵が一人ずつ付き、列の先頭の者が机の前に立つと、兵が名前を訊いた。旧番号は脇の照合表に残し、聞き取った名前を新しい受入れ票へ移していた。
ベイランは今朝、150連隊の名簿に三人の名を入れた。港の制圧で失った三人だった。負傷は十一。番号の欄は、書式の都合で埋めた。呼び名の欄は、自分で書いた。
机の間を歩くと、受領係の軍曹が端末に名前を打っていた。リブだった。名前の欄が埋まると、隣の欄を訊く。家族。帰る場所。
帰る場所の欄に入れる答えを持たない者が、半分を超えていた。リブは黙って待ち、答えが出なければ、空けたまま次へ進んだ。
「名前だけで、足りるか」
ベイランは訊いた。
「今は、足ります。後から聞けた分も、同じ受入れ票に足します」
リブは端末から顔を上げずに答えた。
「毛布は、後ろに積んであります。数が足りません」
「補給船団の便が、明日着く」
「はい」
ベイランの端末には、引継ぎ要員の到着予定も来ていた。救護船と医療班は今日の夕方。港の警備を引き受ける部隊と後送の輸送船は明日。各船の受入れ人数と、受け持つ者の名が並んでいる。
「名簿が終わる前でも、診療を済ませた者から乗せる。残る受入れ票は、後続の担当者へ渡す」
「送り出した便と、向こうの受領まで残します」
リブは一度だけベイランを見て、それから次の者に向き直った。
広間の奥に、シーアが立っていた。
セレナが一歩後ろに付き、ケレンが茶を載せた盆を抱えている。昼前に来て、もう二時間になる。彼は机の一つの脇に立ち、セルトから送られてくる組の一覧を、端末で受けては兵に渡していた。
ベイランは近づいた。
入口に近い机で、年配の男が立ち上がったところだった。種族の見分けがつかないほど痩せている。名前を告げ終えると、兵が端末の別の枠を示した。一行だけ、名前が出ていた。
「この方が、今、隣の広間にいます。会いますか」
男は動かなかった。画面の名に指を置き、何度か唇を動かした。それから頷いた。兵が隣の広間へ案内すると、男は足を引きずりながら後を追った。
シーアはその背中を目で追った。
ベイランは、シーアの脇に置かれた皿を見た。焼き菓子が三つ載っている。ケレンが子供たちの列に配るつもりで持ってきた物の残りだと聞いていた。朝から、一つも減っていなかった。
「眠っているか」
「眠る前に、あと二百組です」
シーアは端末から目を上げなかった。声は落ち着いていた。手も震えてはいなかった。
「決まっていることがある間は、大丈夫です」
ベイランは頷いた。それ以上は訊かなかった。
セレナが一歩前へ出た。
「お姫様。お茶が冷めます」
「後で」
「冷めてからでも構いませんが、淹れ直しは致しません」
シーアは盆の上のカップを見た。間を置いてから受け取り、一口飲んで、また端末へ目を戻した。セレナは何も言わずに下がった。
先日の夜、司令官室で持ち出した問いを、ベイランはまだ持っていた。秩序を作れば、次の戦争はなくなるのか。シーアの端末には、会わせた組の受領が届き続けていた。ベイランは横に立ち、次の机へ回す一覧を受け取った。
机の一つで、少女の声がした。
「ティーリです」
兵が端末に打ち込む。少女は続けた。
「番号は、もう呼ばなくていいですか」
「呼ばない」
答えたのは、隣の机のリブだった。振り向かずに言った。受入れ票の呼び名はティーリ。その横の照合表に、第四区画、二十七と入っている。リブは次の欄へ進んだ。
広間の隅の端末で、名前の件数が一つ増えるたびに、小さな音が鳴った。二千を少し超えたところだった。
残りは六千を超えている。その先に、キロスの五万人がいた。どの表にも、まだ載っていない名前が。