STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
鎖の星カダーヴォ!
キロスから消えた人々を追い、スカイウォーカー、ケノービ、アソーカ、レックスは奴隷商人の都へ潜入した。だがザイゲリアの女王は四人を捕らえ、ケノービとレックスを処理施設カダーヴォへ送ってしまう。
脱出したスカイウォーカーとアソーカが救援を呼ぶ。プロ・クーンとコバーン提督の艦隊は施設へ、第3合同任務群は救出隊が戻る道を守るため、その外側へ向かう。
連れ帰る人々。帰る場所を失った人々。救出が終われば、そこには何が残るのか。それを数え始めた者がいた――
*
C.R.C. 7956.258 ヴェルタ星系、銀河平面座標 S-4、シャルティン・トンネル、ヴェルタ積替環、中央広間
リブが机を離れた時、椅子の背には次の当直の上着が掛かっていた。
救護船から来た受入れ係が、同じ端末を引き寄せて座る。リブは旧番号を残した照合表と、家族の確認が済んだ印を見せた。名前のない票を開くと、相手の指が止まった。
「呼ぶ時は」
「聞けた名前で。まだ答えられない人は、付き添いが連れてくる。呼び名は後から足せる」
係は画面を戻し、次の者へ椅子を勧めた。リブは横に立って、その一人が終わるまで見ていた。診療の印を確かめ、水の場所を教え、後送の欄へ進む。最後の質問を聞いたところで、自分の鞄を持ち上げた。
シーアの端末にも、引継ぎ先の受領が付いていった。医療、食事、家族の照合、帰る場所の聞き取り。空いた欄には、まだ決まらない理由と、続きを引き受ける者の名がある。バリスは生年月日の違う記録を二つ持ち、一人の女性の隣に座っていた。
キロスの報告が来たのは、帰艦の便を選んでいる時だった。
アナキンとアソーカが街の爆弾を解除し、ケノービが敵指揮官ダーツ・ドナーと交戦した。確保したドナーへの聴取で、住民はザイゲリアへ運ばれたと分かった。五万の人々は、まだ見つかっていない。
シーアはGF司令部へ次の任務の指示を求め、広間を見た。バリスの隣の女性が、指を折りながら生まれた年を数えている。
「僕がここにいなくても、続きを聞いてくれる人はいますね」
セレナが、受領の付いた列を指した。
「その方々の名が、そこにあります」
シーアは名を読み、帰艦の便を決めた。
*
C.R.C. 7956.259 《ハービンジャー》、戦闘指揮所
港の警備を引き受けた部隊から、最後の確認が来た。
収容環、係留腕、停止した護衛艦の監視、拘束した警備員の区画。輸送母艦三隻は環へ繋いだまま、工作班へ機関の検査を渡した。救出者八千二百五十人の医療と後送は、別に来た船が引き受ける。全員の名前はまだ揃っていなかった。
『残る票と、家族の照合は、担当者ごと渡してある』
ベイランの回線の背後で、テザーが最後の帰艦班を数えていた。
『最初の搬送便は着いた。以後も先方の受領を返す。連隊の負傷者は医務に残す』
シーアは受領し、新しいGF命令を開いた。ザイゲリア方面へ進出、潜入班の位置が分かるまで星系外で待機。救出の要請後は、軌道の敵戦力と後送路を受け持つ。
運用十三隻が港から離れた。ベイランの二隻と、ルミナーラの部隊が続く。最後の映像に、ティーリが映っていた。毛布を腕に抱え、受入れ係の顔へ戻って何か訊いている。係が頷いて手を出すと、少女はその手を取った。
*
C.R.C. 7956.260 ザイゲリア星系外縁、銀河平面座標 S-4、シャルティン・トンネル/リステホル・ラン接続方面、《ハービンジャー》、戦闘指揮所
潜入班が港へ入ったという知らせは、短い符号で届いた。
アナキン、ケノービ、アソーカ、レックス。四人はドナーから押収した船で、商人とその護衛に姿を変えていた。シーアは次の連絡時刻を受け取り、各任務群を外縁へ置いた。ヴェルタの攻撃は既に知られているつもりで待つ。こちらまで港へ近づけば、潜入班の仕事が変わってしまう。
兄からの資料も、同じ当直の間に届いた。
十五年分の失踪記録と、残っていた決裁。《ソルヴェイグ》の捜索には、海賊による拿捕を疑う所見があった。その後に、現認情報なし、活動区画を特定できず、派遣船の継続使用困難、と並んでいる。記録は港の役所から配船を決める部署へ届き、戻って、終わっていた。
――記録のない三名については、会社の清算資料から家族への連絡先を探している。ほかの案件も売買表と合わせる。数はまだ出さない。
シーアは決裁後の照会経路を調べてほしいと返信した。最後に「どうして」と打ち、その四文字へ続く文を入れられずに消した。
端末を持って立つと、セレナが襟の後ろへ手を伸ばした。
「お姫様。洗濯の札を、私が外し忘れました」
「朝から、ちくちくしてました」
「なぜ仰らなかったのですか」
「戦闘指揮所で、襟がちくちくするって?」
「はい」
札には、返却する区画と自分の名が書いてあった。シーアはそれをセレナへ渡し、司令官室へ戻った。
*
C.R.C. 7956.261 《ハービンジャー》、通信卓
連絡時刻を過ぎても、符号は来なかった。
セルトは予備の窓口を確かめ、こちらからは送らずに待った。市場の公開映像が別の卓へ届いている。ミラージュ・シンテル女王の催し。競りに集まる船。壇上へ押し出されたケノービ。
腕を拘束されていた。
シーアが座って他の三人を探しているうちに、映像は別の催しへ切り替わった。セルトは時刻を添えて保存し、ルミナーラとプロ・クーン側にも送った。
「観測を続けます。救出の出撃準備も、そのまま」
シーアはソーンへ伝え、ケノービの映像を開き直した。腕の後ろに、別の者の首環が見えていた。
*
C.R.C. 7956.262 《ハービンジャー》、戦闘指揮所
アナキンの回線は、予定にない方角から入った。
艇の機関音が声へ重なり、肩の後ろにアソーカが見える。シーアは二人の顔を確かめた。
『四人とも捕まった。俺とアソーカは出た。オビ=ワンとレックスはカダーヴォへ送られた。キロスの人たちもだ』
「座標は」
『女王から聞いた。プロにはもう伝えた』
数値が届いた。ヴェルタの帳簿の三番、七番、十一番には座標がない。シーアは番号の枠を別に残し、新しい数値を航法へ渡した。
『女王は死んだ。ドゥークーが来た。……今は、オビ=ワンたちが先だ』
「外の線は、こちらで持ちます」
アソーカが画面へ寄った。
『水と、拘束具を外す道具。たくさん。それと、怖がっている人を、急に引っ張らないで』
シーアは、扉が開いても並んだままだったヴェルタの人々を思い出した。
「受入れの班へ、そのまま伝えます」
回線が閉じると、ルミナーラが火口の図へ岸側の修理棟と搬出路を重ねた。主施設はアナキンたち、上空はプロ・クーン。岸側へは自分とバリスが入る。
ベイランは150連隊から、休養と医務の確認が済んだ二個班を付けた。現場はテザー、受入れは自分の二隻。肩を痛めている将軍は艦に残った。二隻の作戦統制をシーアへ預ける期間も、救出者と上陸班の後送が済むまでと記録された。
*
C.R.C. 7956.263 カダーヴォ星系、銀河平面座標 S-4、シャルティン・トンネル方面からの局地進入路、カダーヴォ地表、火口東岸、第二受入地点
リブは、毛布の数を二度数えた。
補給便で届いた分が、斜面の下に積んである。四千枚。ほかの受入地点へ回す分を引くと、目の前の列には足りない。フォイルは一枚を二つに折り、担架の子供の足を包んでいた。
カダーヴォの風は冷たく、硫黄の匂いがした。火口の向こうには巨大な処理施設が吊られ、支柱が岸からその側面へ伸びている。煙の上がる砲塔が見えた。ここから内側を見ることはできず、主施設の救出は回線で聞いていた。
東岸の修理棟では、ルミナーラが回転する研磨機を止め、作業台の前から動けない者へ一人ずつ声を掛けた。首環への指令が切れても、手を動かし続ける者がいた。バリスが環を外し、150連隊が保守区画と点検坑まで確認してから、ようやく列が外へ出てきた。
斜面に並べた机は二十脚だった。ヴェルタで使ったものを、後送班と一緒に運んできた。タックが端末を同期させ、リブは列が折り返す場所を変えた。向こうの搬出路からも、人が入ってきていた。
「毎分、三十から四十」
タックが読んだ。
「ここを通る見込みの、三倍です」
先頭の机で、兵が名前を訊こうとした。
「待て。艇の順を先に決める。聞き取りは乗ってからだ」
言ってから、リブはティーリの顔を思い出した。番号はもう呼ばなくていいかと訊いた少女に、呼ばないと答えた。机の向こうの男は、こちらが何か言うのを待っている。
リブは読取器を腕輪へ寄せた。旧番号と収容区画を合わせて、一人分の搬送票が開く。同じ者を二度数えず、医療の順と艇を決める。名前の欄は空いたままだった。
「番号は、数えるために読む。呼び名には使うな。話しかける時は、目を見ろ」
兵が頷いた。テザーの声が受信器へ入る。
『聞き取りは艦の受入れ班へ渡す。旧番号と一緒に、引継ぎ票を付けろ。番号は取っ手だ。それ以上のものにするな』
「了解」
次の男が腕輪を差し出した時、タックの照合表に印が付いた。
同行関係の二つの旧番号が、ヴェルタの受入れ票に繋がっている。第四区画の母と子。二人とも名前が入り、後送先の担当から今朝の診療の受領が返っていた。
リブはその二つの名を男へ見せた。
「この方たちを、知っていますか」
男は画面へ顔を近づけた。唇が動き、二つの名を言った。続けて、妻と子だと答えた。リブは確認を票へ入れた。
「二人とも、生きています。ヴェルタで解放して、後送先で診てもらっています。担当へ、あなたが見つかったと送ります」
男は腕輪を差し出したまま動かなかった。リブが毛布を渡すと、受け取って胸へ抱えたが、前へは進まない。後ろの列が詰まり、タックが乗艇の方向を指した。
「こちらです。連絡は、軍曹が続けます」
男はリブを見た。唇だけが、また名前の形を作っていた。
フォイルが近づき、歩けるか確かめてから腕を取った。男が艇へ向かうと、机の前が空いた。リブは家族の担当へ票を送り、次の腕輪を待った。
修理棟から、最後の担架が出てきた。
痩せた機関士が上衣の中へ工具を抱えていた。先端の曲がったねじ回しだった。フォイルが持つと言うと、取られまいと胸へ寄せる。
「持ったままでいい。艇には乗れる」
リブが言うと、機関士は工具をしまい、支えられて歩き出した。タックの中継器が、別の出口と艇をつないでいた。クラスプが付けた端子の印は、蓋を開けた箱の内側に見えた。
*
カダーヴォ周回軌道、《ハービンジャー》、戦闘指揮所
コバーンの軽クルーザーが火口へ降りた時、シーアはシタデルの配置を思い出した。
救出隊が内側へ入り、こちらが戻る道を守る。GF命令の終了条件も、救出者を後続へ引き渡すまでだった。今は図の下に、地表で待っている人々の数が増えている。
主施設ではアグラスが床を開き、操作部を壊した。ケノービとレックスは管制室で戦い、アソーカは狭くなる床から人を渡す場所を探していた。プロ・クーンの戦闘機が上空を押さえ、アナキンが防御砲塔を止める。ウルフの兵が収容区画へ取り付いた。
『下へ艦を入れる。固定索を出せ』
コバーンの声がした。軽クルーザーの送信位置が施設の下へ動き、構造物の影へ入る。
ソーンから、分離主義側の増援通信の解析が届いた。到着まで一時間四十分。地上と各艦が合わせた収容の見込みは、あと二時間だった。
シーアは二つの時間を並べた。
「差の二十分は、外の線で作ります。コバーン提督へ。収容が長引く時は、延ばす判断をその都度合わせてください」
回線の向こうで受領が返った。最初の艇が上がり、セルトが艦上の受領を付ける。施設から出た人数、岸側で待つ人数、艦へ入った人数。別々の欄を使っていた。乗り換えた艇の記録が遅れて届くと、ずれていた行が一つ繋がった。
跳躍路に反応が出たのは、到着見込みの十分前だった。
「プロヴィデンス級、二。ミュニファスント級、四。レキューザント級、三」
ラセルの声が硬くなった。九隻が惑星へ向かい、こちらの帰路の外側へ広がる。シーアは13隻の位置を見た。火口から出る艦と輸送艇の進路を、敵に渡すことはできなかった。
「第32任務群は前の線へ。第34任務群は左翼と受入れ艦を。直轄部隊は帰路の内側を覆います。第33任務群は後送船の列を守ってください」
各群の復唱が続いた。コーヴィンが前へ出し、ソーンは直轄部隊の割当てを動かす。砲火が交差し、輸送艇の列はその内側を上がってきた。
二十分の差が、三十分に広がった。
《エンヴォイ》に被弾の警報が灯った。ソーンの投影の背後で、通信員が別の席へ移る。ブレインから左舷区画の閉鎖が報告され、応答のない持ち場が読まれた。
シーアはその報告を受け、後送路の線を引き直した。茶のカップには触れなかった。ケレンも盆を持ったまま、扉の脇に残っていた。
最初の斉射から十五分が過ぎた頃、コバーンの通信が入った。
『収容、見込みの七割。残りは施設の奥です。あと十五分、必要です』
約束した二十分のうち、残っているのは五分だった。ソーンは敵の砲の向きを送り、ブレインは閉鎖区画の救助班を出していた。《インヴィオレート》が射撃の間を縫って姿勢を変え、帰路を横切ろうとする敵へ艦首を戻す。
「十五分を持たせます。過ぎたら、その時に決め直します。それまでは退きません」
シーアはセルトへ向いた。
「地上にも伝えてください。どこまで外が持つか、向こうが数えられるように」
セルトが受領した。地上からは、搬出に残る者と艇への到着見込みが返ってくる。主施設の床から固定索へ渡る声が、艦砲の報告の間に聞こえた。
『次を。止まらないで』
アソーカの声だった。誰かの息と、索が縁へ当たる音。その後に子供が泣き、次の者を呼ぶ声が続く。
残り二百。残り七十六。東岸の保守区画も確認終了。
シーアは卓の縁を指で押さえていた。地上の声が途切れるたびに、受信の印へ目が戻った。回線は開いている。ラセルは敵艦までの距離を読み、セルトは最後の艇を追っていた。
収容が終わったのは、延長した十五分の二分前だった。
「解放した人々、収容一万千三百四十。地上の搬出票と艦上の受領は一致しました。収容区画と搬出路の確認も終わっています」
セルトが言った。
アナキン、ケノービ、レックスを乗せたガンシップも上がった。アグラスはレックスが倒したと報告された。東岸のルミナーラの班、ウルフの回収班にも、帰艦の受領が付いていく。
シーアは頷き、外の線を後送船の進路へ寄せた。敵の先頭が速度を落とし、間隔が開いた。追う許可は出さなかった。
『外を持ってもらいました』
コバーンの声だった。
「収容を確認しました」
『主施設の破壊へ移ります。救出計画に入っています。こちらの班の離脱を確かめてから』
「管理記録は」
『端末三基と、岸側の記録を持ち出しました。主施設の記録室は崩れています。それ以上の回収はできません』
セルトが三基の受領を画面へ付けた。シーアは送られ始めた一覧を開いた。施設の在籍欄は一万七千八百。最後に更新された日付は、救出当日より前だった。
一万千三百四十との差、六千四百六十。前に運び出された者、死んだ者、転記の抜けた者。今の表からは分けられなかった。
「照合の済んでいない行は残してください。移送便があれば、その先を追います」
セルトは空いた欄へ、確認待ちと入れた。コバーン側には、回収記録を捜索へ回す窓口を返す。
プロ・クーンの声が入った。
『よく守ってくれた。外が持っていると、中の者は前だけを見られる』
「ありがとうございます」
シーアは答えた。画面の下で、最後のガンシップが岸から離れようとしていた。
*
カダーヴォ地表、第二受入地点、医療天幕
バリスの手の下で、トグルータの女性の指が開いた。
手のひらに火傷があり、握ったまま動かせなかった。バリスは手を包み、痛みが和らぐのを待ってから、医療班の塗り薬と包帯を当てた。傷の赤みは残っていた。名前を訊いた時だけ、女性はラーナと答えた。
入口の布が揺れた。
アソーカが入ってきた。首に環はなかったが、その跡を襟が擦っている。バリスを見つけると、口の端が上がった。声は掠れていた。
「バリス」
「動かないで」
「まだ、何も」
「首を見せて」
アソーカは椅子に座り、顎を上げた。バリスは皮膚の熱と腫れを確かめた。指を当てて痛みを鎮めると、相手の肩から力が抜けた。
「中で、名前を聞いて回ったの」
アソーカは天幕の布を見ていた。
「全員は無理だった。数が多すぎて」
「ヴェルタでも、聞いてた」
「アナキンが、あの表を読んでた。家族を会わせてるって」
バリスは頷いた。首の跡から手を離し、布で包んだ冷却材を渡す。アソーカは自分で持って当てた。
「まだ聞こえる。誰かが後ろで、自分の番号を言ってる」
アソーカは振り返らなかった。ラーナが包帯を巻かれた手を膝に置き、二人の話を聞いていた。外から搬送票を読む兵の声がする。番号を口にする前に、付き添いの者へ手を上げ、どの艇へ行くかを示していた。
「シーア少将は、どうだった?」
「会議で、お菓子を遠くへ置かれてた」
アソーカは笑おうとし、喉の痛みでやめた。バリスもそのまま続きを言わず、冷却材の角度を直した。
「名前を聞く人だった。答えられない人も、先に診てもらっていいと」
「うん」
「数も、残してる」
アソーカは目を閉じた。
「数えてくれる人がいて、よかった。私は、数え切れなかったから」
バリスは返す言葉を見つけられず、乗艇を知らせる声が来るまで隣にいた。
天幕は最後の便に合わせて畳まれた。リブが班員を集め、誰も失っていないことと、新しく負傷した者がいないことを確かめた。フォイルが担架を渡し、タックが中継器の電源を切る。ラーナは付き添いと乗り、アソーカはバリスの肩へ頭を預けたまま席へ落ち着いた。
ルミナーラが最後に乗った。艇が岸を離れた時、斜面に机が一脚残っていた。回収する時間はもうなかった。
窓の外で、ウルフの部隊のガンシップが主施設の周りを回った。収容区画の確認と、共和国要員の離脱を受けた後、支柱へ砲火が集まった。
一本が折れた。次の一本が火口の縁から外れ、吊られていた構造物が傾いた。側面に付いていた灯りが列ごとに消える。施設は下へ動き、裂けた支柱を引きずりながら火口の奥へ落ちていった。
艇の中で、何人も窓へ顔を寄せた。年寄りが膝の毛布を握り、ラーナは巻かれた手を身体の前で合わせていた。底から上がる煙が見える頃、アソーカは眠っていた。
「壊れましたね」
バリスが言った。
「ええ」
ルミナーラは窓を見ていた。
「これで、終わりでしょうか」
「この施設から出す仕事は終わりました。次は、送り先で誰が受け取るかを確かめます」
「帰る場所がない人は」
師がバリスを見た。答えをすぐには出さなかった。端末には後送先からの受領が来ている。行先の空いた票も、まだあった。
「その人の希望を、聞くところからです」
ルミナーラは言い、空いている一件を開いた。バリスは窓から目を戻し、自分の端末を出した。
*
《エンヴォイ》、左舷区画
ソーンは、焦げた隔壁の前に立っていた。
戦闘の当直を引き継いだ後だった。区画の火は消え、救助班の確認も終わっている。冷却剤の白い跡が壁を流れ、閉じた扉の向こうに熱が残っていた。ブレインは数歩後ろで端末を開いた。
「死者六名。負傷十四名は医務へ収容しました」
「六名を、読んでください」
艦長は名を読んだ。砲術士官の少尉。機関兵二人。通信員。整備員。給仕係の兵。一つ読むたびに、ソーンは復唱した。艦の当直を組む時に、自分で見た名だった。
外へ出された私物箱が、通路の脇に並んでいた。一つは蓋が焼け、遺品の係が中身を確かめて別の箱へ移している。畳んだ制服、手紙の束、小さな缶。缶には、配給の茶と同じ銘柄が印刷されていた。
「この箱の人は」
「機関兵のダンツです」
ソーンは札を見た。斜めの癖字が、端末の書体と同じ名を作っている。係は缶の蓋を閉じ、手紙の上へ布を掛けた。
収容一万千三百四十。戦死六。
ソーンは艦の損害報告を開き、六名の欄へ戻った。機関兵二人のうち、もう一人の名も読んだ。足りなくなった当直を組み直す欄は、その後にあった。
「司令官へ、六名の名前を直接送ってください。補充を待つ間の当直は、こちらで組みます。この区画は閉鎖を続ける」
ブレインが受領した。ソーンは隔壁へ手を当てかけ、熱を感じて指を戻した。係が新しい箱の札を付けるまで、その場にいた。
*
《ハービンジャー》、通信卓
岸側の記録と受入れ票が繋がったのは、夜の当直へ替わる前だった。
ヴェルタの出荷便と同じ名がある。施設の受領には、旧番号、技能、配置先が付いていた。七番の横にカダーヴォの座標。セルトは二つを並べ、特定の便の仕向けが一致したと報告した。
「全ての七番が同じ施設かは、まだ確かめます。三番と十一番には、座標がありません」
シーアは頷き、九名の最後の出荷を重ねた。
テオ・ハスケル。7956.236。修理棟配線班。
オルタ・ペンデル。7956.247。機関部材整備。
二人とも《フォワード・ライト》の受入れに、同じ旧番号があった。自分から名乗り、拿捕された船も答えている。シーアは二つの票を開き、声を聞けるかと訊いた。
今夜の聴取はここまでにしたい、と医務から返事が来た。明朝は患者の移送があり、この二人は《ハービンジャー》の医務へ受け入れる予定だった。
「……はい。明日、本人がよければ」
シーアは同じ票を開き直した。診療中という文字は変わらなかった。
兄へは先に、二名が見つかったことと、本人の確認を翌朝に行うことを送った。テオの家族への照会も付ける。セレナは予定を開き、面会の欄を空けた。
*
C.R.C. 7956.264 《ハービンジャー》、第二医務室
最初の患者移送便は、朝の当直が替わる前に着いた。
主な後送先はコバーンの部隊とベイランの二隻、それに到着した救護船だった。《ハービンジャー》が引き受ける患者は、医療班の一覧で決めてある。格納区画の一角に担架が並び、名前の欄の空いた票にも、医務室と担当者が付いていた。
テオとオルタの票には、二人の名が入っている。
シーアは七名の捜索欄を閉じ、二人の免状と現地の記録を持って通路へ出た。夜のうちに兄から、テオの家族を確認した返事も来ていた。通路を歩きながら、母の住所をもう一度読んだ。
第二医務室の前で、セレナが足を止めた。
「お姫様。私が先に入ってもよろしいでしょうか」
シーアは彼女を見た。
「故郷の言い方で話せる者が、先に入った方がよいと思います」
「お願いします」
扉が閉まった。向こうで低く短い声がする。語尾を落とす時の響きが、エリアドゥのものだった。
「……おかえりなさい」
金属の器が床へ落ちた。
シーアが入ると、寝台の男は毛布を握り、セレナを見ていた。痩せた顔に薄い髭があり、首環の跡が残っている。帳簿で見ていた十五歳は十一年前の年齢だった。分かっていたのに、入口で足が止まった。
「今」
男の声が割れた。
「エリアドゥの言葉を」
「はい」
「十一年、聞いていませんでした。その言い方を」
セレナは膝を折り、器を拾って台へ置いた。それからシーアの横へ下がった。
「テオ・ハスケルさんですね」
男の目が制服の肩章から顔へ動き、そこで止まる。
「……殿下」
「アレクシアール・ヴァラリアンです」
シーアは寝台の脇へ座った。膝に端末を置き、話を聞いてもよいかと訊く。テオが頷くと、《ソルヴェイグ》の出港地と免状を取った年を確かめた。男は答え、画面へ見せた控えの名にも頷いた。
「祭りの桟橋で、お見かけしたことがあります」
テオは画面から目を上げた。
「公王様の後ろから、船を見ておられた。まだ、こんなに小さかった」
手を腰の高さへ上げ、慌てて下ろす。
「失礼しました」
「構いません」
シーアはその手を見ていた。指には布が巻かれている。自分がどの船を見ていた日なのかは、思い出せなかった。
「迎えに来るのが遅くなりました」
テオの唇が動いた。
「迎え……」
「ヴェルタの帳簿に、あなたの名前がありました。免状の番号と一緒に。兄が登録所へ確かめました」
「名前は、最初の日に訊かれただけです。免状の照会に要るというので」
テオは膝へ手を戻した。
「その後は、番号でした。朝の点呼で呼ばれて、返事をします。名前は毎晩、自分で言ってから眠りました。ハスケル、テオ。声には出さずに。忘れないように」
シーアは待った。男は名前をもう一度、今度は声にして言った。
ケレンが茶を運んできた。湯気の薄い小さなカップを、寝台の脇へ寄せる。テオは手を伸ばしかけて、止まった。
「砂糖を、いくつ入れてもいいですか」
「好きなだけ」
シーアが答えると、ケレンは壺を手の届く所へ置いた。テオは一杯、二杯と入れ、五杯目でケレンを見た。ケレンは開いた蓋を横へずらし、そのまま置いておいた。
テオは茶を飲み、目を閉じた。
「甘いです」
シーアの目の奥が熱くなった。頷いても、相手は目を閉じていて見ていない。膝の端末を押さえ、テオが次の一口を飲むまで何も言わなかった。
「あの建物、壊れたんですね」
テオは訊いた。
「移る前に、窓から見ました」
「主施設は、壊しました」
「十一年、同じ音を聞いていました。どこの港でも、点呼と、環の音。……あれが落ちていく時は、静かだと思いました」
カダーヴォへ最後に送られた日は、7956.236だった。シーアはその行を閉じ、兄からの返事を開いた。
「お伝えすることがあります。お母様の今の住所が分かりました。エリアドゥにおられます」
テオのカップが止まった。
「母が」
「海事登録所へ届けを出したのも、お母様でした。連絡してよければ、この宛先へ、あなたが見つかったと送れます」
「お願いします」
テオはすぐに答え、それからカップを置こうとした。指が受皿の端へ当たり、ケレンが横から支える。
シーアは次の文へ進む前に、一度顔を上げた。
「あなたの名前は、港の慰霊碑にもあります。失踪宣告が済んでいました」
テオは動かなかった。シーアは待ち、男がこちらを見たところで続けた。
「捜索は、三年で終わっていました。兄から、決裁が届いています」
「死んだことに、なっていたんですね」
「はい」
自分が学院に通い、船の図を描いていた間に、この名前を捜す仕事は終わった。シーアは膝の端末の角を握った。
「僕の国が、そこで捜すのをやめました」
「殿下の」
「僕の国です」
テオは返事をしなかった。カップへ伸ばした手が震え、茶を毛布へ落とした。セレナが布を取り、拭いてから乾いた部分を男の膝へ掛け直す。
「母は、碑に行っていたんでしょうか」
「刻まれてから、春の式には毎年。参加の記録があります」
「花を」
「そこまでは、まだ分かりません。確かめます」
「いえ」
テオは首を振った。
「聞いただけで、いいです」
通路を担架が過ぎた。車輪が敷居へ触れ、扉の前で医療班が受入れ先を確かめている。セレナは濡れた布を盆へ移し、男のカップをもう少し近くへ寄せた。
しばらくして、テオが言った。
「ほかにも、名前を覚えています」
シーアは端末から顔を上げた。
「同じ区画にいた人たちの。夜に、小さな声で名乗り合っていました。二十人くらいは」
「教えてください。疲れたら、そこで止めます」
テオは目を閉じた。
ヨルム。サイ・テルナー。ベルタ・オンジ。カイ・フォーゲル。ハンス。ロッタ・ミュレ。
一つずつ、シーアは打った。種族も出身も、今どこにいるかも分からない。名を声に出して確かめると、テオは頷き、同じ区画にいた時期を話した。
「カイは、三年前に環が焼けて。目の前にいました。倒れた後も、外してもらえなかった」
シーアの指が止まった。
「あなたが見たこととして、残します」
死亡の目撃証言、と記した。テオが言った日と場所を添え、次の名を聞いた。
途中で男の声が掠れ、茶を一口飲む。次の名を思い出すまで、シーアは待った。二十一件を書き終えると、ファイヴズ、ジェシー、ハードケースの下に九件、その下に二十一件が並んでいた。
「ありがとうございます」
テオが言った。
「お礼は、僕が言うことです」
シーアの声が揺れた。
「あなたが覚えていてくれたから、この人たちを名前で捜せます」
テオは砂糖壺を見ていた。蓋は開いたままだった。
「帰れますか。エリアドゥへ」
「帰します」
シーアは言った。
「次の港で受け取る人も、そこから乗る船も合わせます。途中で、あなたがどこにいるか分からなくなるようにはしません」
「俺、帰りたいです」
シーアは頷き、返事をしようとして息を吸った。目の前の顔がぼやけた。袖を上げかけ、セレナの差し出した布を受け取る。
「……はい」
それから先の言葉を、もう一度探した。
「お母様へ、先に知らせましょう。あなたの言葉も付けて」
テオは長く考え、最後に、自分の名を書いてほしいと言った。
シーアは宛先と名前を画面へ出し、男に見せた。テオの指が、一文字の上で止まった。そのままでよいと頷くまで、端末を持って待った。
*
《ハービンジャー》、第三医務室
オルタ・ペンデルは、曲がったねじ回しを寝台の横へ置いていた。
処置を終えた右手は、二本の指が曲がったままだった。爪の間に油が染み、洗っても取れていない。シーアが名乗ると、工具から手を離し、起き上がろうとした。
「そのままで。お話を聞いてもいいですか」
「こちらからも、話しておきたいことがあります。技師として」
シーアは椅子へ座った。セレナは扉の脇に残る。免状と船の仕事、最後の出荷便を確かめる間、オルタは工具の場所へ何度か目をやった。
「《ペリダ》の機関士でした」
「港の放送で、船名を聞きました。三年前に」
シーアは言ってから、ようやく思い出したと気づいた。食堂の壁に付いた受信機が、帰らなかった船を読んでいた。
「全員行方不明、と」
「放送があったんですね」
「はい」
オルタは頷いた。右手を毛布へ置き、動く方の指で工具の紐を確かめた。
「これだけ、ずっと使っていました。向こうのものが合わなくて、自分で曲げた。兵が、持って乗れると言ってくれました」
「持って帰れます」
オルタは工具を置き直した。医療班の器を取り、両手で飲んでから言った。
「三年、待ちました」
シーアの指が、端末の上で止まった。
「最初の頃は、共和国の商船が来たら、旗を出せば分かると思っていたんです。何度か、外の港へ来ていました。出せる旗も、ありませんでしたが」
どの加盟国の船かは知らない、と付けた。オルタは一つ咳をし、器を膝へ戻した。
「待たなくなると、日が早く終わります。仕事をして、寝る。……来たんですね」
「遅くなりました」
シーアは言った。報告と同じ速さで出た声が、最後で崩れた。
「ごめんなさい」
オルタはシーアを見た。何か言いかけ、器へ目を戻した。通路の足音が止まるまで、二人とも口を開かなかった。
先に話を戻したのは、機関士だった。
「動力と給水を、直していました。運ばれた先で、壊れるたびに呼ばれます。免状のある人間は、それで値が上がります」
「はい」
「誰かが直さなければ、止まります。だから、直しました。給水が止まれば、同じ部屋の人間も飲めなくなるので」
言葉は何度も頭の中で並べ直してきたように、同じ速さで続いた。オルタは曲がった指を見ていた。
「カダーヴォでも、動力の部品を直しました。修理棟の床に寝かされて、艇が来るまで待っていました。あの施設が壊れるところは、見ていません」
シーアは、作業台から離れられなかった者がいたという報告を思い出した。オルタの記録には機関部材の整備とある。
「壊れても、別の所で、誰かが同じ動力を直します。僕らがいなくなっても、免状のある人間が、また買われてきます。《ペリダ》のような船は、ほかにもありますから」
セレナの肩が、扉の脇で動いた。
「その人たちが、同じことを言う前に、止めてほしいんです」
オルタは言った。
「技師として、言えるのはそれです」
シーアは端末を開き、その言葉を名の横へ入れた。途中で器を持ち直す音がしても、指を止めなかった。
書き終えると、オルタが右手を上げた。
「まだ仕事ができるか、診てもらえるでしょうか」
「伝えます。でも、できるようになるまで、帰るのを待たなくていいです」
声を強くしそうになり、シーアは端末から指を離した。
「帰ってからも、診てもらえる所を合わせます」
オルタは手を戻した。礼を言いかけて喉を鳴らし、器を取る。医療班が来て、今日の面会をここまでにするよう告げた。
シーアは椅子を戻した。隣の区画からテオの声が聞こえた。母へ送る名を、もう一度医療班に読んでもらっていた。
*
《フォワード・ライト》、医務区画
ケノービは、寝台で目を開けていた。
コバーンの艦から移る時には、もう首環が外れていた。今は跡へ当たらないよう襟を折り、頭を枕へ預けている。寝台の脇で、レックスが腕を組んで眠っていた。装甲は脱いであった。椅子の脚の横に、回収した装具の箱が置かれている。
「起きていたのか」
ベイランが言うと、ケノービは頷いた。
「眠ると、点呼の声が聞こえる」
「そうか」
ベイランは椅子を引いた。痛めた肩を動かさずに座るまで、少し時間が掛かった。
「橋のことを、礼を言っていなかった」
「ケノービ。もう聞いた」
「二度言う価値がある」
ケノービは天井を見ていた。ベイランも、その先を急がなかった。レックスが眠ったまま姿勢を変え、椅子の背へ頭を預け直した。
「首の環は、思っていたより重かった。物としては、軽いのに」
ケノービの指が襟へ行き、途中で止まった。
「アナキンが奴隷だった頃の話を、分かっているつもりで聞いていた。記録を読んで、ほかの人々を助けにも行っていた」
「私もだ」
ベイランは言った。ヴェルタの帳簿では、首環は電池と交換周期の列に入っていた。目の前では、外した後も手が同じ所へ戻ろうとする。
ケノービは何か言いかけ、口を閉じた。目を閉じると、ベイランはレックスの寝台側へ寄っていた毛布を直した。使っていない方の端を、大尉の膝へ掛ける。
医療班が来た時、ベイランは眠れたかとは訊かなかった。もう少しここに座っていてよいかと、担当者に確かめた。
*
《ハービンジャー》、会議区画
会議卓には、破壊前のカダーヴォの図が浮かんでいた。
火口上の主施設に黒い印が重なり、東岸修理棟には停止と記されている。ソーンは《エンヴォイ》から投影で参加していた。後ろの当直席は一つ空き、隣の通信員がその仕事も引き受けていた。
シーアは受け取った六名の名を先に開いた。損害表を閉じる前に、機関兵ダンツの行をもう一度読んだ。
「六名の受領を確認しました。負傷した方の経過も、こちらへお願いします」
『送ります』
ソーンは答え、救出の資料へ移った。
解放し収容した者、一万千三百四十。拘束した警備員四百は別一覧。管理記録は主施設の端末三基と岸側から持ち出した分。過去の在籍数一万七千八百との差は、更新日と移送便を合わせるまで確認待ち。
「キロスの五万との照合も、まだです」
セルトが言った。
「総督は共和国へ加わる意思を、タノ司令官へ話しています。帰還の便はコバーン提督側で調整中です」
シーアは頷いた。テオとオルタの本人確認を報告し、残る七名と、テオの覚えていた名を捜索へ回したと告げる。ヴェルタの母子の三人目も見つかった。後送の担当者を通じて連絡をつなぎ、二人の名を本人が確かめたところまでが今の記録だった。
「施設の七番は」
ルミナーラが訊いた。
「現地の受領と、特定の便で一致しました。三番と十一番の所在は、まだ分かりません」
セルトは回答した。三つの番号を、同じ組織の施設と確定する印は付いていない。
ソーンが次の見積りを開いた。
『ザイゲリアの港と行政、カダーヴォの周辺と域外への輸送を、再建の防止まで含めて押さえる計画です。地上の制圧だけで、少なくとも三個師団。治安維持と港の運営、食料、家族捜索を続ける工程は、五年を置いています』
ベイランは地上兵力の欄を読んだ。150連隊を全部降ろしても届かず、医務にいる者を編制定数へ戻して数えることもできなかった。
『昨夜送った占領兵力の要求に、GF司令部から正式な回答が来ました。供給できないとのことです。救出者の後送と残る回収を終え、戦闘部隊は撤収へ移る。警戒の延長は、次の配属と合わせる』
「封鎖を続ける分は」
『補給、交代、臨検と乗艦班が要ります。その継続配置も、許可は出ていません』
シーアは回答を最後まで読んだ。待っている別の戦域と、そこへ回す部隊が付いている。空いている部隊を、こちらだけで探して連れてくることはできなかった。
「主施設は壊しました。岸側の首環と制御も使えなくします。それで、何が止まりますか」
『今の施設で人を受け取ることは止まります。別の施設へ回すこと、建て直すことまでは止まりません。建物より、動力と給水を直す技能者、船員、輸送船を先に揃えるはずです』
「ペンデル技師も、同じことを言っていました」
シーアはオルタの証言を出した。
「自分たちがいなくなっても、免状のある人間がまた買われてくると」
ソーンは目を通してから、補充表を並べた。取得目標、技能、港コード。ヴェルタで見た書式の、先の日付だった。
『この表では、次の九十日の取得目標は二万九千です』
「ここを壊しても」
『破壊前の計画です。実際にこの数を売買できると予測した値ではありません。既に動いている他港の分も、所在地の分からない施設向けも含みます』
シーアは二万九千という数字へ指を置いた。
「それでも、集めるつもりで、この数を書いたんですよね」
『はい』
「本部へ送ってください。兄を通して、防衛委員会にも。計画の数字だという説明も付けたまま」
セルトが受領した。ルミナーラはシーアを見ていた。
「数字を渡すことに、私は同意します。その数字を何の判断に使うのかを、確かめています」
「次の人を、同じ場所へ戻さないためです」
「送り先の船と、港の担当者は、今も合わせています」
「今日助けた人だけの話ではありません」
シーアは端末を膝へ戻した。
「テオは、毎晩自分の名前を言っていたそうです。十一年。母親は碑へ行っていた。僕の国は、三年で捜索を終えていた。オルタは、また買われてくる技師の話をしました」
言葉の終わりで息が足りなくなった。水を取り、一口飲む。医務室で二人に言えなかったことが、ここでは続いて出てきた。
「今日会えて、嬉しかったです。帰りたいと言ってくれた。でも、次の船が入れば、別の人が同じところを直します。助けるたびに壊して、そのたびに、直す人まで買ってくる」
「次の犯罪を阻止する仕事も、本部へ求めます」
「求めました」
シーアは正式回答の枠を指した。
「この回答で帰った後に、誰が止めるかを訊いているんです」
ルミナーラは回答を読み、視線を戻した。
「必要な者を置けないという回答は、私も受け取りました。だからといって、私たちの部隊で、際限なく作戦を広げてよいことにはなりません」
「また、取りに来るんですか」
シーアの指が卓の縁を二度叩いた。
「モン・カラの航路も、アンバラの分岐も橋も、取って、残って、兵を帰して。そのたびに帰らない人がいて、名簿を書いて。ヴェルタで三人、この艦隊では六人。次の名簿も、先に作って待つんですか」
ベイランの動く方の手が、卓へ置かれた。シーアはその手を見て、次の言葉を止めた。
ルミナーラはカダーヴォの岸側へ指を置いた。施設の外にも、居住の印がある。
「ここで暮らす者の全てを、私たちは確認していません。ザイゲリアの港も、給電も、運送も、人が暮らすために使われています。次を防ぐために壊す範囲を広げる時には、その人々もあなたの判断の中に入ります」
「調べます」
「調べてください。先の日付の数字が、今そこにいる者を追い越さないように」
シーアは彼女を見た。卓の上には二万九千と、六名の名と、二人の受入れ票がある。どれも消さずに、回答の枠を閉じた。
ソーンが、本部の次の方針を伝えた。
『ザイゲリアの統治評議会へ、奴隷制の廃止と港・施設の引渡しを要求する準備に入っています。正式文面は、今夜届く予定です』
「拒まれた場合は」
『次の指示は、まだありません』
ルミナーラが頷いた。
「今の後送と捜索を続けます。次の判断は、その返答と、現地の確認を合わせてからです」
「はい」
シーアも答えた。両者の間には、さっきの問いが残っていた。どこまでを、この部隊の仕事として引き受けるか。セルトは記録を続け、次の後送船へ受入れ票を流していた。
*
《ハービンジャー》、司令官室
上衣の袖が、一か所ほつれていた。
セレナはシーアから上衣を受け取り、机の灯りの下で糸を通した。医務室で布を受け取る時、留め具へ引っ掛けたらしい。シーアは薄いシャツのままソファへ座り、ベイランはいつもの椅子を引いた。
私用の端末には、エレナからの返事があった。最後まで稽古を見たことへの礼と、二人とも眠れたなら途中で寝たことは許すという一行。次の稽古の日付まで読み、シーアは端末を膝へ伏せた。
「二人に会えたら、もっと嬉しいと思ってました」
ベイランは聞いていた。
「嬉しかったです。それなのに、三年待ったと言われたところばかり、思い出します。母親が碑へ行っていたことも」
「私も、オビ=ワンに会った」
ベイランは痛めた腕を椅子の脇へ下ろした。
「話を聞いていたつもりだったと、言っていた。環を外した後も、眠ると点呼が聞こえるそうだ」
シーアは端末を起こした。兄へ二人の本人確認と、連絡を望む宛先、医療窓口を送る。テオが名前を付けてほしいと言ったことも書いた。帰還の便は、診療を見ながら合わせる。ほかの七名も、捜索中だった。
「何をするつもりだ」
ベイランが訊いた。
「まだ、見積りを揃えています」
「君の数え方を、私は理解できる。アンバラの橋で、私も兵の数、幅、時間を数えた。数え終わると、取るか、退くかの二つになった」
「はい」
「その二つの先に、何を置くつもりだ」
シーアは返信を送った。二名、と書いた箇所へ、目が戻る。
「次の救出を、しなくて済む状態です」
「そこへ、何をして行くのかを訊いている」
返事を探している間に、セレナが盆を運んできた。ケレンの用意した食事だった。
「お姫様。お食事です」
「後で」
「先です」
盆が低い卓へ置かれた。セレナの語尾だけが強かった。
「今日は、もう三度、伺いました」
「……三度」
「三度です」
シーアは匙を取った。温かいスープが喉へ通る。横には茶と砂糖壺があった。テオは五杯入れたところで、ケレンの顔を見た。シーアは蓋を開け、一杯だけ自分のカップへ入れた。
ベイランはすぐに立たず、食べる音が続く間、椅子にいた。セレナが直した上衣を背へ掛け、ケレンが空いた茶器を盆へ戻す。
やがてセルトから、後送の担当者の受領が揃ったと連絡が入った。今回の施設から出した人々と回収班は艦へ入り、次の港までの仕事も受け取られている。シーアは受領を返した。
ベイランが立った時、シーアは端末を卓へ伏せた。
「稽古を見た夜の問い、まだ持っていますか」
相手は戸口で振り返った。
「持っている」
「僕も、持っています」
シーアは言った。
「答えは、まだ出ていません」
ベイランは頷き、それ以上足さずに出ていった。シーアはスープの残りを食べた。端末をもう一度開くと、駐留できる兵力と、別の場所へ移して使える設備の欄が並んでいた。ザイゲリアの港の一つに、給水と動力が稼働中、と新しい報告が付いていた。