STAR WARS: STAR DESTROYER 作:あーくわいてんず
C.R.C. 7957.230 コルサント星系、銀河平面座標 L-9、パーレミアン・トレード・ルート起点、ヴァラリアン別邸
シーアは上着を脱ぐと、一番近い椅子の背に掛けた。
「そこじゃないわ」
奥からエレナの声がした。姿は見えない。音で分かったらしい。
「玄関の横に掛け金を付けたの。あなたが艦で、扉のそばの金具に掛けるって言ってたから」
シーアは上着を取り直して玄関へ戻った。壁に真鍮の掛け金が一つ増えていた。前に帰った時にはなかった。掛けてみると、ちょうど肩の高さだった。
「僕の背に合わせた?」
「セレナさんに測ってもらったのよ。あなたの肩の高さ」
玄関の扉がもう一度開いて、ケレンが荷物を抱えて入ってきた。艦から下ろしたシーアの私物の箱と、茶葉の缶の包みだった。
「ノアちゃん、箱は二階へお願い。茶葉は台所の左の棚ね」
エレナの声が奥から飛んだ。ケレンは迷わずに階段を上がり、下りてくると台所の左の棚を開けた。棚には同じ缶が、もう三つ並んでいた。ケレンは新しい缶をその端へ揃えて置いた。
「ノアちゃん?」
シーアが訊くと、ケレンは棚の扉を閉めてから振り返った。耳の先が少し赤かった。
「奥様が、そうお呼びになるので」
「艦隊がコルサントへ戻ってから、あなたが艦に詰めてる間も、ノアちゃんが茶葉を届けに来てくれてたのよ」
エレナが顔だけ出して言った。
「何度か伺っただけです」
「毎週よ。泊地に入ってから、一度も欠かさずに。来るたびに、棚の並べ方を直していくの」
ケレンは返事をしなかった。代わりに、シーアの上着の掛け金の位置を一度だけ見て、少し高いですね、と言った。
「セレナさんが測ったんだって」
「では、合っていると思います」
ケレンは一礼して、残りの荷物を取りに外へ出ていった。
居間の窓際には、作りかけの模型が置いたままだった。マンデイター級の艦橋だけが組み上がり、船体の部材は箱の中で番号順に並んでいる。最後に触ったのは、第3艦隊が発足する前の休暇だった。箱の上に、薄く埃が積もっていた。その隣の椅子だけが新しかった。
「椅子、替えたんだ」
「前のは、あなたが模型を作る時に体を斜めにするから、脚が一本ぐらついてたの。座ってみて」
座ると、背もたれが少し後ろへ倒れた。模型の箱へ手を伸ばすのに、体を斜めにしなくても届く。
艦の当直はソーンに渡してあった。コルサント軌道の泊地では、第3艦隊の整備と休養が予定どおり進んでいる。《プレカーサー》は151日に戦列へ戻り、今は僚艦と同じ整備の順番に並んでいた。連絡の窓口は二つ。ソーンの当直と、セレナの端末。どちらかに入れば、ここへ届く。
それだけ確かめてしまうと、することがなくなった。
壁の画面が、夕方の定時ニュースに変わった。
リマ沿いの星系がまた一つ、同盟への軍需供給を停止し、共和国部隊の受入れを決めた。続けて、別の星系との暫定協定の成立。読み上げているのは外交委員会の担当部局の報道官で、シーアの知らない名前だった。前なら、こういう話はシーアの司令官室の回線から始まっていた。今は、シーアがニュースで知る。
画面の星図で、リマ沿いの印が一つ、共和国の色に変わった。シーアはその印をしばらく見ていた。百五十日余り前、ヴァンデルヘルムの港の前に四つの印を動かした時、あの線の上に共和国の色は一つもなかった。
シーアは画面を消さずに、台所の方を見た。
「今夜、一緒に食べられる?」
「食べられるわ。明日は朝から稽古だから、早く寝るけど」
エレナが布巾を手に出てきた。髪を後ろで一つにまとめている。稽古場から帰ったばかりの格好だった。
「あなたが留守の間に、階段の三段目を直してもらったの。鳴らなくなったわよ」
「鳴ってたっけ」
「鳴ってたわ。あなたが夜中に下りてくるたびに」
シーアは階段を見た。言われてみれば、夜中に水を飲みに下りた記憶はあった。三段目の音は覚えていなかった。
「明日の朝、確かめてみる」
「夜中に確かめなくていいのよ」
*
C.R.C. 7957.234 アナクセス星系、銀河平面座標 R-7、パーレミアン・トレード・ルート、アナクセス外縁、《ノースウィンド》
トーヴ・ヘインは、受領の符号が並ぶのを数えていた。
防衛艦の群が二つ。軌道の防御施設の管制。地上の対空指揮所。支援基地の航空隊が三個。最初の警報から四分で、七つの符号が揃った。
開戦の日、ヘインはこの外縁で、来るはずの任務部隊を待った。警報からカリダの出港までに八時間。着いたのは、そのさらに後だった。待っている間、受領を返してきたのは基地の管制だけだった。
「跳躍反応、北東。大型艦三。随伴、十以上」
索敵担当が読み上げた。ヘインは表示を拡大した。先頭の三つの反応が大きい。
「識別、出ます。ルクレハルク級一。プロヴィデンス級二」
「所属は」
「艦名から照合しています。……《ディープ・タイド》。去年、大洋艦隊の補給の符号で拾った艦名です。ほかの二隻も、大洋艦隊の通信で使われた呼出しと一致します」
ヘインは顎の無精髭に手をやった。防衛艦隊ではない。大洋艦隊の艦が、アナクセスへ来ている。
「随伴の方は」
「それが、揃いません。ミュニファスントの二隻は大洋艦隊の符号です。残りのうち三隻は、防衛艦隊の補給の呼出しと一致します。一隻は、どこの記録にもありません」
寄せ集めだ、とヘインは思った。一つの艦隊が自分の艦だけで組んだ編成ではない。足りない分を、あちこちから借りてきている。
「基地へ。攻撃部隊は大洋艦隊所属と推定。随伴に他部隊の艦を含む。根拠は艦名と呼出しの照合」
推定、と付けたのは、それ以上のことを知らなかったからだった。
《ノースウィンド》は守備群の一隻として、北東の外縁に配置されていた。古いドレッドノートの砲は、もう主力ではない。その代わり、外縁で最初に見る目だった。
「母艦から発進。大型の機体、多数。形状は……E-STAPに近い。だが翼が長い。推進の数が違います」
表示の上に、新しい反応が湧き出していった。母艦の腹から、列になって出てくる。翼の長い改良型の後ろに、見慣れた在来型の形が混じっていた。
「改良型と在来型が、同じ列にいます」
「護衛も出ています。ヴァルチャーと、トライ・ファイター」
列は旋回し、アナクセスの軌道へ向きを揃えようとした。揃うまでに時間がかかった。改良型の列は速く、在来型の列は遅れる。護衛はその間を行き来して、列の形を作り直していた。
隊形を整え終わる前に、改良型が三機、列から外れた。母艦の方へ戻っていく。
「推進器の熱が、規定値を超えています。三機とも」
「まだ一発も撃たれていないぞ」
ヘインは外れていく三つの点を見送った。新しい機体には、新しい機体の故障がある。それを直す時間を取らずに、ここへ連れてきたのだ。
その時、表示の前半分が白くなった。
「反応、多数! 数え切れません。正面一帯に――」
索敵担当の声が上ずった。反応の点が雪のように散らばり、本物の爆撃隊の印を呑み込んでいく。欺瞞片の雲だった。金属の細片を撒き、索敵の反射を埋め尽くす。共和国の爆撃隊が前に使った手を、向こうも覚えてきていた。
ヘインは表示の時間を一分戻し、また進めた。もう一度、戻して進めた。
「雲は流れている」
「は?」
「撒かれた細片は、撒かれた時の速さのまま軌道に沿って流れる。機体は流れない。推進して、こちらへ向かってくる。一分前と比べて、流れていない点だけを拾え」
索敵担当が処理を切り替えた。白い雪の中から、流れに逆らって動く点が一つずつ浮かび上がっていった。列の形が戻ってくる。
列の先に、別の小さな群がいた。速い。爆撃隊より先に、造船区の上へ出ようとしている。
「先行の小隊。何かを落としています。……標識です。光る標識弾」
標識の光が、造船区の上に並び始めた。後ろの爆撃隊は、あの光に向けて落とすつもりだった。
ヘインは標識の位置を、造船区の図に重ねた。
北船渠だった。
北船渠の船台は、春に南へ移していた。艦の建造を増やすために、広い南の区画へ船台をまとめ直した。今、北船渠に並んでいるのは、使わなくなった足場と空の資材棚だけだった。
向こうの地図は、春より前のものだ。
「航空隊へ。標識は北船渠に落ちている。北船渠は空だ。それから、標識を打ち直す隊が出るかもしれない。南の船台へ向かう小隊がいたら、それを最優先に」
送信の表示が出た。三十秒後、支援基地の航空隊から受領が返ってきた。
*
アナクセス防空空域
ナディ・フェルは、護衛を見ないことにした。
Z-95の列の正面で、ヴァルチャーの群れが広がっていた。撃ってこいと言っているような広がり方だった。その奥で、長い翼の爆撃機の列が、北船渠の標識の光へ向かっている。
《ノースウィンド》の報告は、もう読んでいた。標識は空の船渠の上にある。爆撃隊があの光に落とすなら、落とさせておけばいい。
困るのは、向こうが間違いに気づいた時だった。
「三番、四番、ヴァルチャーは基地の二隊に任せる。うちは列の外を回る。標識を打ち直しに来る隊を探して」
『了解』
フェルは機首を下げ、ヴァルチャーの群れの下をくぐった。上で撃ち合いの光が交差する。後ろの機が一機、引き込まれかけた。フェルが名前を呼ぶと、その機は撃ち合いを捨てて列へ戻ってきた。
軌道防御の砲台が撃ち始めた。造船区の南の上に、遮蔽の膜が淡く浮かぶ。北船渠の上には膜がない。空の船渠を守る理由はなかった。
爆撃隊の列が、投下の隊形へ開いた。
最初の爆弾が北船渠へ落ちた。古い足場が光の中で折れ、空の資材棚がばらばらに散っていく。後続の機が、前の機の爆発を目印にしてさらに落とした。北船渠の上に、白い光が重なり続けた。
その光の外を、小さな群が四機、南へ回り込んでいた。爆撃隊とは別の進路で、速い。
「いた。南の船台へ向かう四機。トライ・ファイターが二機付いてる」
フェルは群の進路を引き伸ばした。南の船台の真上に出るまで、九十秒。
「二番、トライ・ファイターを引き剥がして。三番と四番は私と、先頭の機」
トライ・ファイターが向きを変えた。二番が正面から撃ち込み、すれ違って後ろへ回る。一機がそれを追った。もう一機は残った。
フェルは標識隊の先頭の機の後ろへ付いた。改良型ではない。在来型のE-STAPに、標識の投下筒を付けた機体だった。一連射で翼が折れ、投下筒が開く前に機体が回転しながら落ちていった。
残った護衛のトライ・ファイターが、フェルの上へ回り込んだ。三番がそれに撃ちかかる。フェルは二機目の標識機へ機首を向けた。
二機目は標識を落とした。
光る標識弾が、南の船台の遮蔽の膜の縁へ向かって漂っていく。フェルは舌打ちしかけた。膜の上で標識が灯れば、北船渠へ落としている爆撃隊が、こちらへ向きを変える。
『こちら軌道防御、南第三砲台。漂流中の標識弾、捕捉』
管制の声が入った。膜の縁から近接防御の細い光が伸び、漂う標識弾を撃ち抜いた。標識の光は、灯りきる前に消えた。
フェルは息を吐き、反転しかけた二機目の後ろへ付いて撃ち落とした。それから三機目を追った。三番と四番が両側から挟み、その機は投下筒を開いたまま爆発した。四機目は標識を捨てて逃げた。
北船渠の上では、まだ爆撃が続いていた。
何機かの改良型が、自分で間違いに気づいたらしかった。列から離れ、南の船台へ向かってくる。一機ずつ、ばらばらに。投下の隊形を組まないまま、遮蔽の膜と砲台の正面へ入ってきた。
硬い機体だった。最初の一連射が翼の根元に入っても、列を外れない。外板から煙を引いたまま、同じ高度で飛び続ける。前の型なら、この一連射で翼が折れていた。二連射目で、ようやく推進器が一つ消えた。
それでも全部は止められなかった。
膜へ向かった爆弾の幾つかが、膜の縁を抜けた。外れの資材置き場に火が上がった。外周の連絡橋が一本、中ほどで折れた。管制の回線が被害を読み上げていく。資材置き場、一。外周の連絡橋、一。南の主船台、異常なし。
投下を終えた列が、旋回して離れていった。帰り道にも、Z-95の別の隊が待っていた。北東の外縁で、母艦の群が収容を始めている。戻ってくる爆撃機の数は、出ていった数より目に見えて少なかった。
フェルは追わなかった。追えば、母艦の防空圏に入る。
『こちら六番。左の推進器をやられた。帰れるが、速度が出ない』
「位置を出して。二番、六番の外側に付いて」
フェルは自分も六番の反対側へ回った。若い操縦士だった。声が少し高い。
「基地まで十分。管制には、六番を最初に下ろすよう言ってある」
『了解。……さっきの標識の機、落ちましたか』
「三機。一機は逃げた。今は前を見て」
《ノースウィンド》から、敵母艦の跳躍の兆候が回線に流れた。母艦の群は、収容しきれない機を外縁に残したまま、一隻ずつ消えていった。
六番を最初に下ろし、残る隊が順に着いた。フェルが機を降りた時には、受入れ区画の外で、造船区の作業灯がもう点き直していた。南の主船台の溶接の光が、一つずつ戻っていく。
北船渠では、空の資材棚の残骸がまだ燃えていた。連絡橋の修理班が、その煙の横を通って南へ向かっていった。
*
C.R.C. 7957.241 ラクサス星系、銀河平面座標 S-5、ティオン交易路、ラクサス・セカンダス外縁、第9艦隊爆撃流
三度目の変針で、ペトル・ハスケルは自分の位置が分からなくなりかけた。
前を行く機の推進光だけが頼りだった。左右にも上下にも、PTB-625の列がある。第9艦隊のヴェネター群から出た爆撃隊は、一本の長い流れになってラクサスへ向かっていた。外縁の前哨は、先遣隊が一つずつ潰していた。それでも真っ直ぐには向かわない。二度大きく曲がり、三度目でようやく惑星の方へ機首を向ける。
航法士が膝の板に時刻を書き込んでいた。投下まで、四十分。
「第11の陽動隊、反対側の補給集積所へ進入しました」
通信員が言った。第11艦隊の航空隊が、ラクサスの裏側にある補給の集積所へ向かっている。迎撃隊をそちらへ引き付ける。その間に、第9艦隊の本隊が北の進入路から入る。準備に四十日をかけた計画だった。
通信員が、別の周波数を拾った。
『爆撃流、主力ハ北ノ進入路。針路、二七〇。陽動ニ構ウナ。全迎撃隊、流レノ中ヘ』
ドロイドの声だった。暗号ですらない。同盟の管制が、全周波数へ流している。
ハスケルは声の言った針路を、自分の計器と比べた。合っていた。
「……読まれてる」
航法士が言った。誰も返事をしなかった。
前方で、一機のPTB-625が爆発した。
撃たれる光は見えなかった。迎撃機の姿も見えなかった。機体が急に膨らみ、破片になって流れの中を後ろへ飛んでいく。後部銃座から、何も見えないという声が上がった。
二機目は、ハスケルの右下で爆発した。爆発の光の中に、一瞬だけ黒い影が見えた。ヴァルチャーだった。流れの中にいた。爆撃機と同じ針路、同じ速さで、列の腹の下を飛んでいる。
PTB-625の後部銃座は、後ろと上を見る。腹の真下は見えない。
「下だ。腹の下にいる」
ハスケルは機体を左へ傾け、すぐに右へ傾け直した。螺旋を描くように揺らして、腹の下を銃座の射界へ晒す。後部銃座が撃ち、黒い影が流れから外れていった。前の機も同じ動きを始めていた。列の形が乱れ、隣の機との間隔が詰まる。
迎撃機は、流れの中へ入っては抜け、また入ってきた。爆発の光が、流れの前から後ろまで点々と続いた。ハスケルは数えるのをやめた。
ラクサス・セカンダスの夜の側が近づいてきた。
大気圏の上端へ入る前から、警報が鳴りっぱなしになった。
「地上の索敵波、多数。捕捉されています」
通信員が読み上げた。地表のあちこちに、巨大な索敵陣地の反応があった。一つの陣地が一機を捉えると、隣の陣地がその機の高度と速さを重ねて送る。三つ目の陣地が送る頃には、もう射撃の諸元ができあがっていた。
地表から、青白い光の塊が上がってきた。
対軌道イオン砲だった。光は前の機の一機を正面から包んだ。爆発はしなかった。推進の光が消え、機体の灯りが全部落ちる。動かなくなった機は、そのまま惑星の重さに引かれて、雲の中へ落ちていった。その後を追うように、地上の砲台の弾が雲の上で炸裂した。
二発目のイオン砲は、ハスケルの左の隊の真ん中で弾けた。三機の灯りが同時に消えた。
「捕捉が外れません」
「外れなくていい。諸元を狂わせろ」
ハスケルは速度と高度を、不規則に変え始めた。索敵陣地が送る諸元は、捕捉した時の針路で機体の行き先を読む。読んだ先にいなければ、イオン砲は空を撃つ。機体の下で、砲弾の炸裂がいくつも重なった。外板に破片が当たる音がした。
「標識、見えます」
照準手が言った。
雲の切れ間に、先導隊が落とした標識弾の光が並んでいた。赤と緑。軍需区画の上の色だった。
だが、標識は一か所ではなかった。北の外れにも、赤と緑の光が灯っていた。もっと手前の郊外にも、もう一つ。
「どれが本物だ」
「分かりません。色は同じです」
『こちら指揮機。正しい標識は中央の――』
先導隊の指揮機の声が、途中で切れた。回線には雑音だけが残った。
前の機が、手前の標識に向けて投下を始めていた。捕捉されたまま、イオン砲の射界で長く飛んでいたくない。その気持ちは、ハスケルにも分かった。一秒でも早く落として、一秒でも早くここを抜けたい。前の機が少し手前で落とし、その次の機がさらに少し手前で落とす。爆弾の着弾が、進入路に沿って手前へ這い寄ってきていた。
「中央の標識に合わせる。もう少し我慢しろ」
ハスケルは速度を変えながら、さらに奥へ進んだ。十秒。二十秒。砲弾の炸裂が機体を揺らした。
「中央、照準合致」
「投下」
二十四発が離れた。
機体が軽くなり、ハスケルは機首を上げた。後方の映像で、中央の標識の周りに光が広がった。だがその光の大半は、軍需区画の上に張られた遮蔽の膜の上で弾けていた。膜の下で、区画の灯りは消えなかった。
膜の外の郊外では、手前へ這った爆弾が、何もない空き地と倉庫の列を焼いていた。
帰りの道でも、迎撃機は流れの中にいた。
ハスケルの機の右の推進器に、腹の下から撃たれた。推進が落ち、列から遅れ始める。後部銃座がまた何も見えないと叫んだ。ハスケルは機体を揺らし続けた。遅れた機は、狙われる。
《セウェルス》の上面のハッチは、開いたままだった。艦の背の長い扉が左右に割れ、その下に飛行甲板の灯りが見えている。着艦待ちの列はもう長かった。誘導灯の下に、損傷した機が三重に並んでいる。甲板の端では、別の機に爆弾を積み直している整備員の姿があった。
ハスケルの機は、五番目に下ろされた。降りてから数えると、出発の時に左右を飛んでいた機のうち、戻ってきたのは半分だった。
*
第9艦隊旗艦《コンスタンティア》、航空指揮所
リナ・オクセン少佐は、攻撃隊長の第一報を二度読んだ。
第二次攻撃ノ要アリ。軍需区画、健在。
飛行隊の符号で書かれた、短い報告だった。オクセンはそれを司令官席へ回した。第9艦隊司令官のドミトル・ヘルマー中将は、報告を読むと、作戦表示のラクサスを見た。
「予備の攻撃隊を、陽子爆弾に積み替えろ」
予備の攻撃隊は、BTL-A4の対艦攻撃隊だった。同盟の艦隊が出てきた時のために、魚雷を積んで甲板の下で待たせてある。外縁の前哨を潰した後も、同盟の機動部隊は見つかっていなかった。
「機動部隊が出てこなければ、予備は使い道がない。軍需区画へ、もう一度入れる」
オクセンは格納区画へ命令を下ろした。各艦の兵装員が、BTL-A4の腹から魚雷を外し始める。弾薬庫への揚降機は二基しかない。外した魚雷は、甲板の脇へ並べて置かれた。空いた懸架に、陽子爆弾が運ばれてくる。
その間にも、第一次攻撃隊の帰投機が降りてきた。損傷した機から先に下ろす。下ろした機には燃料を入れ、整備に回す。甲板は、降りる機と、積み替える機と、魚雷と爆弾で埋まっていった。
どの母艦も、上面のハッチを開けたままにしていた。ヴェネターの飛行甲板は、艦の背の長い扉の下にある。閉じて開け直せば、そのたびに収容と発艦が数分止まる。帰投機が続けて降りてくる間は、開けておく方が早かった。オクセン自身が、そう決めて各艦へ回した手順だった。
ラクサスの地上基地から上がった同盟の爆撃機が、散発的に母艦の群へ来ていた。数は少ない。直掩の機がその度に上がって追い払った。一機も母艦へ届かなかった。その度に、甲板の作業が止まった。
「偵察四号から報告」
通信員が言った。
「惑星の陰の宙域。敵艦らしきもの、十隻程度」
オクセンは偵察の予定表を見た。四号は、発艦の装置が故障して、予定より三十分遅れて出ていた。惑星の陰を見る受持ちだった。
「艦種は」
「確認中とのことです」
ヘルマーは表示の惑星の陰を見たまま、しばらく黙った。
「艦種を確かめさせろ。キャリアがいるかどうかだ」
十分後、二報目が来た。
「プロヴィデンス級を含む。最後尾に、キャリアらしきもの」
ヘルマーが振り返った。
「積み替えを戻せ。予備の攻撃隊は、魚雷に戻す」
オクセンは命令を下ろした。格納区画から、確認の声が返ってくる。半分の機は、もう陽子爆弾を積み終えていた。外した爆弾は、また甲板の脇へ置かれる。魚雷と爆弾が、同じ甲板に並んだ。
「中将」
オクセンは言った。
「陽子爆弾を積んだ機だけでも、今すぐ出せます。護衛も上がっています」
「陽子爆弾で艦は沈まん」
ヘルマーは答えた。
「第一次攻撃隊の収容が終わっていない。今、甲板を発艦に使えば、帰投機が燃料切れで落ちる。収容を済ませ、魚雷を積み、護衛を付けて、まとめて出す。それで一度に沈める」
筋は通っていた。オクセンもそう思った。帰投機を見捨てて、半端な装備の攻撃隊を出す理由はない。
オクセンは収容と積み替えの順番を組み直した。四十分あれば、全部が揃う。
*
C.R.C. 7957.242 第9艦隊旗艦《コンスタンティア》、航空指揮所
最初の攻撃は、日付が変わって間もなく、惑星の縁すれすれから来た。
「低い。ハイエナ・ボマー、二十以上。惑星の縁に沿って、母艦の群の下から」
直掩の機が一斉に下へ向かった。ハイエナは高度を上げずに突っ込んでくる。速くない。護衛も薄い。直掩の機が上から襲いかかり、一機、また一機と火を噴いた。
母艦の砲も撃った。どの艦も近接防御の砲塔を下へ振り向け、盾の出力を下面へ寄せた。開いたままの上面のハッチには、発着口を覆う遮蔽の膜が張ってある。帰投機を通すための薄い膜で、その分の出力も下面の盾へ回された。下から来る列を、母艦の腹で止めるためだった。
ハイエナの列は、母艦へ届く前にほとんど崩れた。
一発のミサイルも、母艦に届かなかった。
航空指揮所の誰かが、短く笑った。オクセンも息を吐いた。積み替えは、あと十五分で終わる。
直掩の機は、全部が下にいた。
オクセンが表示の上の方へ目を上げたのは、索敵の担当が言葉にならない声を上げたからだった。
惑星の夜の側の上空。直掩の機が一機もいない高さに、反応の列が並んでいた。ハイエナの別の列だった。母艦の群の真上から、まっすぐ降りてくる。
「上だ!」
「全母艦、上面ハッチ閉鎖! 近接防御、上へ! 遮蔽を発着口へ戻せ!」
オクセンは叫んだ。命令は届いた。《セウェルス》の背の長い扉が、両側からゆっくり動き始めた。下を向いていた砲塔が、一基ずつ旋回を始める。下面の盾へ回した出力が、発着口の遮蔽へ戻り始めた。
扉が閉じきるには、四十秒かかる。砲塔が上を向くには二十秒。遮蔽の膜が元の厚さへ戻るには、それより長くかかる。
最初に上を向いた《セウェルス》の砲塔が、先頭のハイエナを撃ち落とした。二機目が、その破片の中を抜けてきた。
二機目のハイエナが、扉の隙間の真上でプロトン・ミサイルを放した。二発。三発。薄いままの遮蔽の膜が一度だけ揺れ、白い航跡はそれを抜けて、まだ半分開いている扉の間へ吸い込まれていった。
飛行甲板の中央に光が入った。並んでいたBTL-A4の列が、魚雷ごと持ち上がった。燃料を入れたばかりの機体が火を吐き、甲板の脇に置かれていた陽子爆弾に火が届いた。爆発が爆発を呼び、《セウェルス》の甲板が端から端まで火の帯になった。
《コンスタンティア》にも来た。
自艦の扉は、三分の二まで閉じていた。残った隙間へ、ミサイルの航跡が二本入った。衝撃が航空指揮所の床を突き上げた。オクセンは卓に掴まった。閉じかけた扉の隙間から、火が噴き上がっていた。扉はそこで止まった。閉鎖の機構が、熱で動かなくなっていた。扉の下で、積み替えたばかりの機体が並ぶ列の真ん中に穴が開き、そこから火が格納区画の奥へ吸い込まれていった。
続いて、艦橋の下へ一発が命中した。照明が落ち、非常灯に切り替わる。
「損害対処班、甲板へ!」
「甲板への通路、火災で塞がっています!」
甲板の脇に置いた魚雷が、一本ずつ熱で炸裂していった。そのたびに、艦が揺れた。
オクセンは表示を見た。三隻目のヴェネターが、同じように甲板から火を噴いていた。最初のミサイルから、五分も経っていなかった。
ヘルマーが航空指揮所へ上がってきた。額から血が出ていた。
「艦の指揮は艦長へ。司令部はヴィクトリーへ移る」
オクセンはヘルマーの腕を取り、連絡艇の区画へ向かった。通路の壁が熱かった。途中で、甲板から逃げてきた整備員の列とすれ違った。顔が煤で黒い。誰も、何も持っていなかった。
連絡艇が《コンスタンティア》を離れた時、オクセンは窓から自艦を見た。甲板の火が、艦体の前から後ろまで走っていた。
「《ペルティナクス》は」
ヘルマーが訊いた。
「無傷です。ちょうど収容の合間で、上面のハッチを閉じていました。近接防御も半分を上に残していたそうです。上から来た列は、あの艦の上で三機落とされています」
「攻撃隊を出させろ。積んでいるもので構わん。あのキャリアを叩け」
《ペルティナクス》の甲板から、攻撃隊が上がっていった。BTL-A4が十二機。積んでいたのは、陽子爆弾ではなく魚雷だった。
*
ラクサス・セカンダス外縁、第11艦隊旗艦
マティアス・ケルン中将は、ルクレハルクの壁から目を離せなかった。
六つの円盤は、第11艦隊の正面に並んでいた。押してこない。撃ち合いには応じ、機体を吐き出し続けて、第11艦隊をその場に縫い付けている。ケルンが内側へ向きを変えようとすれば、円盤から出た機体の群が側面へ回ってくる。
内側の第9艦隊の表示で、母艦の印が次々に赤へ変わっていた。
ハイエナの低い列は、ほとんど全部が落とされていた。落とされるために来た列だった、とケルンは思った。第9艦隊の直掩も砲も盾も、その列に合わせて下を向いた。上から来た列は、その向きを待っていた。
攻撃は最初の三隻で止まらなかった。燃える母艦から帰投機を振り替えて受け入れていた二隻が、ハッチを開けたまま上から撃たれた。外側の群でも、さらに三隻が甲板か推進をやられた。発着不能。発着不能。推進低下。第9艦隊の回線から、同じ言葉の報告が続いた。
「《ペルティナクス》の攻撃隊、敵のキャリアへ突入」
ケルンは内側の表示を拡大した。十二の小さな点が、プロヴィデンス級の一隻へ向かっている。直掩の機に削られ、点が九つになり、七つになった。七つの点が艦の横腹へ魚雷を放した。
プロヴィデンス級の艦首が割れた。艦は傾き、惑星の陰へ滑り落ちていった。
「プロヴィデンス、一隻撃沈」
艦橋の誰かが拳を握った。ケルンは表示から目を離さなかった。もう一隻のプロヴィデンス級が、まだ残っている。その艦から、新しい攻撃隊が出ていた。行き先は《ペルティナクス》だった。
二十分後、《ペルティナクス》の印も赤に変わった。
第9艦隊のヴィクトリー群が、退く母艦の外へ並んで反撃していた。火を噴く母艦を背にして、追ってくる別働隊へ砲を向けている。だが母艦をまとめて動かす指揮は、もう第9艦隊のどこにもなかった。ヴィクトリーへ移った司令部の符号は、まだ回線に戻っていない。
攻撃を続けるかどうかを決める段階は、過ぎていた。
「第11、内側へ寄せる。ルクレハルクへの砲撃は二群で続けろ。残りの砲戦群と航空隊は、第9の撤退路を開け」
『外側が薄くなります』
「薄くしろ。第9の母艦を外へ出す方が先だ」
ケルンの砲戦群が向きを変えた。ルクレハルクの壁から航空隊が追ってくる。外側に残した二群の砲火が、その追撃を削った。第11艦隊のクルーザーが一隻、推進を失って流れ始めた。
ケルンは自分の艦隊の損害の欄を見なかった。見れば、内側へ寄せた判断を数え直したくなる。今は第9艦隊の母艦が何隻外へ出られるかを数える方が先だった。
残ったプロヴィデンス級を、第11艦隊の砲戦群が側方から捉えた。《ペルティナクス》を炎上させた攻撃隊を収容している最中だった。開いた格納口に斉射が入り、艦は推進を残したまま爆発した。
別働隊の残りが退いた。ルクレハルクの壁は、追撃に出てこなかった。
ケルンは撤退の順を組み直した。動ける母艦を先に。曳航が要る艦は、第11艦隊のクルーザーが受け持つ。航空隊の収容は、甲板の生きている艦へ集める。第9艦隊の残りの機は、第11艦隊の母艦にも下ろさせた。どの艦に何機下りたのか、数える余裕はなかった。
ヴィクトリーに移った第9艦隊の司令部から、ようやく符号が戻ってきた。撤退の順番に同意する、という一行だけだった。
跳躍の順番が回ってきた時、第9艦隊のヴェネターの欄は、九つが赤か灰色になっていた。《コンスタンティア》の欄には、まだ生存者の数が入っていなかった。
ラクサス・セカンダスの軍需区画は、表示の上で一つも灯りを落としていなかった。
*
C.R.C. 7957.245 ラクサス・セカンダス、同盟防衛艦隊総司令部
「共和国第9艦隊、ヴェネター級九隻の撃沈または大破を観測。第11艦隊は損傷艦を曳いて撤退」
副官が読み上げた。
ヘルムート・ゲーリン元帥は、観測の記録を自分で開いた。ヴェネターの船体が一隻ずつ、惑星の外縁で動きを止めていく。
元帥は撃沈の欄と大破の欄を、映像と一隻ずつ照らし合わせた。船体が二つに折れた艦。弾薬庫の爆発で形を失った艦。この二つは撃沈の欄に残した。燃えたまま自力で跳んだ艦と、クルーザーに曳かれて離脱した艦は、跳躍の記録まで追ってから大破の欄へ移させた。九隻の合計は変わらない。撃沈の欄の数は、現地の第一報より減った。
今度は数え過ぎていない。
軍需区画の稼働表には、止まった行が一つもなかった。
迎撃の記録も揃っていた。爆撃流の針路を全周波数で流し、迎撃隊を流れの中へ入れる。大気圏へ入ってきた機を、地上の索敵陣地で一機ずつ捕捉し、対軌道イオン砲と砲台を向ける。郊外には偽の標識と偽の熱源を灯す。メタロンとムルカナの後、元帥がこの半年足らずで首都の上に組み上げた防空だった。
「防衛隊と機動部隊の指揮官へ、表彰の文を」
元帥は端末を引き寄せ、自分で一行目を書いた。前に書きかけて、別の報告に遮られたことがあった。今度は最後の行まで書いた。署名をして、送信の表示が出るのを見届けた。
腹の奥は、今朝は静かだった。
副官が次の資料を開いた。同盟全域の造船と引渡しの集計だった。半期ごとの、軍用艦の建造と引渡しの数。同じ期間、同じ数え方で、情報局が推定した共和国の数字が隣に並んでいる。
開戦の年、同盟の欄は共和国の欄の数倍あった。元帥はその頃の表を覚えていた。ラクサスの会議で、その数字を加盟政府の代表たちへ示したこともある。
今期の欄で、二つの数字はほとんど並んでいた。
共和国の数字も伸びてはいた。だが、二つが並んだのはそのためではなかった。同盟の数字が落ちていた。
元帥は内訳を開いた。メタロンの造船所の行は、まだ空いている。ムルカナの組立は、分散した工程が戻らず半分以下。トラヴォスの欄には、燃料と部材が届かないという注記が三つ付いていた。ヴァンデルヘルムと、その後に離脱した星系の工場の行は、もう集計の対象から外れていた。
ラクサスの造船所は動いている。だが、ラクサスだけで同盟の艦は造れない。
「共和国の次の艦隊が来るまでに、こちらは何隻戻せる」
元帥は訊いた。
「ラクサスの修理予定では、損傷した防衛艦のうち四隻が三十日以内に。機動部隊のルクレハルクは、二隻が四十日」
副官は頁を送った。補充艦の納入予定だった。
「新造の補充は……」
副官の指が止まった。
納入予定の行の半分に、延期の印が付いていた。通商連合の造船所から来る予定だった部材。追加の輸送便。補充の機体。理由の欄には、輸送手配の都合、契約条件の再確認、と書いてある。
元帥は補充機の行を見た。アナクセスへ出た大洋艦隊の攻撃で失ったE-STAPの改良型も、そこに入っていた。納入数の欄が、前の予定の半分になっていた。
「通商連合は、何と言っている」
「延期は一時的なものだと。正式な通知は来ていません」
元帥は延期の印を数えた。一時的なものが、同じ月に十一件並んでいた。
腹の奥が、また引き攣った。元帥は椅子へ深く座ろうとして、浅く座り直した。
「修理の順番を組み直せ。補充が来ない前提で」
「来ない前提、ですか」
「来たら、その時に足せばいい」
副官が修理の表を開き直した。元帥はもう一度、造船の集計の今期の欄を見た。並んだ二つの数字のうち、同盟の方の数字を指で押さえた。その下の来期の見込みの欄は、まだ空いていた。
*
C.R.C. 7957.246 コルサント、ヴァラリアン別邸
食卓には、皿が二つ並んでいた。
ケレンが温めた料理を運び、セレナが取り分けの匙を置いていった。
「ノアちゃんの分も、鍋に残してあるからね。セレナさんと食べて」
「ありがとうございます、奥様」
二人とも、シーアとエレナが座ると奥へ下がった。扉が閉まる音がして、家の中が静かになった。
「これ、前と味が違う」
シーアが言った。
「煮込みの香草を替えたの。稽古場の衣装係が持ってきてくれて。南の方の家の味ですって」
「おいしい」
「最初の一口で言わなくていいのよ。三口くらいで言って」
シーアは三口食べてから、もう一度言った。エレナが笑った。
エレナは稽古場の話をした。主役が、二幕の終わりで客席の方へ一歩出るかどうかで、演出家と三日揉めている。出れば客は泣く。出なければ、客は自分で泣くかどうかを選べる。
「どっちにしたの」
「明日の通し稽古で、両方やってみるの。客席で見て、決める」
「エレナが客席に座るの?」
「一番後ろの列に。前の列だと、役者の顔しか見えないから」
シーアは、端末越しに聞いていた稽古場の様子を思い浮かべようとした。うまくいかなかった。行ったことのない場所の、一番後ろの列だった。
シーアは家の話をした。居間の棚の二段目に、クワットで買った茶器が箱のまま入っている。買った日に使うつもりで、そのまま艦に戻った。
「あれ、あなたが買ったの? 私、誰かの贈り物だと思って、触らないでいたのよ」
「僕が買った。エレナと使おうと思って」
「それなら、明日の朝に使いましょう」
「明日の朝は通し稽古だよ」
「通し稽古の前に飲むのよ」
エレナは、稽古の途中で小道具の剣が折れた話をした。折れた先が客席の三列目まで飛んでいき、そこに座っていた演出家の膝に落ちた。演出家はそれを拾い上げ、今の場面はこれでいい、と言ったという。
「それで、剣は折れたまま?」
「明日から、折れる剣を作るんですって。毎晩同じ所で」
シーアは笑って、パンをもう一切れ取った。艦の食堂では、パンは配られた数だけ取る。家の籠には、数が決まっていなかった。
「ちゃんと眠れてる?」
エレナが訊いた。
「眠れてる。艦でも、だいたい」
「だいたい」
「だいたい」
エレナはそれ以上訊かなかった。自分の杯に水を足し、シーアの杯にも足した。
シーアの皿の料理は、エレナの皿より減るのが遅かった。話している間、匙が止まる。エレナが自分の皿を空けて、シーアの皿を見た。
「もう少し食べる? まだ鍋に残ってるわ」
「……少しだけ」
「あなたの少しだけは、だいたい二杯なのよ」
エレナが立って鍋の方へ行った。シーアは窓の外を見た。コルサントの夜の灯りが、建物の縁に沿って並んでいる。今夜は、どの灯りの下で何が起きているのかを数えなくてよかった。
エレナが二杯目を置いた時、卓の端の端末が光った。
私用の回線だった。表示に出た名前を、エレナの方が先に読んだ。
「……ウィルハフおじさま?」
シーアは匙を置き、端末を取った。事務局の定型の通知ではなかった。本人の呼出しだった。
『中将。すぐに司令部へ来てもらいたい。ホーンも待っている』
ターキンの声は低かった。前置きがなかった。
「何があったんですか」
『ラクサスだ。第九艦隊が、大きな損害を受けた』
シーアは何か言おうとした。言う前に、ターキンが迎えの車を出したと告げた。十分で着く。回線が切れた。
シーアは立ち上がった。椅子が床を擦った。
玄関の掛け金から上着を取った。肩の高さにあった。袖を通しながら、セレナの端末へ連絡を送る。ソーンの当直にも、同じものを。
エレナが玄関まで来ていた。布巾を持ったままだった。
「何時に帰るの」
シーアは答えを探した。司令部で何を聞くのか、まだ何も知らなかった。
「分からない」
「分かったら、教えて」
「うん」
外で、車の止まる音がした。
シーアが扉を開けた時、食卓には二杯目の皿が、湯気を上げたまま残っていた。