俺は勇者ソース。年齢は二十歳。
今、周囲に無数の岩がプカプカと浮かぶ謎の赤い空間で、巨大な蝶の姿をした魔王と戦っている。
「これで終わりだ! とりゃあ!!」
「グハァァ!!」
渾身の力で聖剣を振りぬくと、切り裂かれた魔王が断末魔をあげる。
「やったか!?」
不穏なセリフを吐いているのは戦士のショーユ。巨大な盾とハンマーを持つ、俺たちの盾役だ。
「邪悪な気配はまだ消えていません! 油断しないで!」
そう叫ぶのはヒーラーのタルタル。金髪ロングヘアーの美女で真面目な性格。俺の恋人でもある。
「えーまだ終わらないの? だるぅ」
気だるげにため息をつくのは魔法使いのマヨ。妹のタルタルとは双子で見た目はソックリだが性格は不真面目で適当。
「クッ……ククク、よくぞここまで我を追い詰めた。だが、これで終わりではないぞ。今から真の姿を見せてやろう」
そう言うと、魔王の体がみるみるうちに鋼鉄の塊になってしまった。
「な、なんだこりゃ? どうなってる」
剣で体をつついてみるが、なんの反応もない。
次にみんなで魔法を交えた攻撃を加えるが傷一つつかない。
どうしたものかとみんなでわーわー言っていると、五分程経った頃急に魔王の体がカタカタと震えだした。
「ショーユ。タルタルとマヨを頼むぜ」
「おう」
タルタルとマヨが寄り添い、ショーユがその前で大盾をかまえる。
「さーて、どうなるんだ?」
魔王の腹部にヒビが入ったかと思うと、殻をやぶるように中から血のような赤色をしたカマキリが出てきた。
「あーあ、ショーユがフラグ立てるから」
「いや、やったと思うだろアレは」
「二人とも、のん気にしゃべってる場合ではありませんよ」
変身を終えた魔王がゆっくりとした動きでこちらに顔を向けると、巨大なカマを振り上げこちらを威嚇するようなポーズをとる。
「……待たせたな。今から本当の地獄を見せてやろう」
あいさつ代わり、といった感じに振り下ろされたカマをあわてて剣で受け止める。
先ほどよりも重みを増した一撃に、剣を握った手が痺れる。
「さーて、残業開始だ。いくぞみんな」
「やれやれ、どうせ手当は出ないんだろ」
「真面目にやってください」
「あーあ、早くおうちに帰りたーい」
こうして魔王との二度目の戦いが始まった。
♢ ♢ ♢ ♢
「うごぉぉぉ!」
魔王が断末魔をあげる。……五回目の。
カマキリを倒したと思ったら、次はハチ。次はクワガタ、といった感じで次から次へと変身を続け、今はカブト虫のような姿をしている。
どうやら変身中は完全無敵状態になるらしく、どんな攻撃も受け付けないのでただ変身が終わるのを見守るしかなかった。
「クックック。これで終わりだと思うなよ」
「いや……終わってくれよ」
「さすがに疲れたぜ」
「回復アイテムがなくなりそうです……」
「だる」
疲労困憊。萎える俺たちの目の前で、再び魔王の体が鋼鉄化していく。
「なあ、今度の変身はどのくらいかかる?」
魔王に問いかけると、少し思案した後野太い声で答える。
「……大体六時間程度だろうな」
「六時間、か」
繰り返すたびに、その変身時間は伸び続けている。
さっきは二時間ちょっとだったので、ほぼ倍になっていく計算のようだ。
「じゃあ、ちょっと街まで物資の補給に行ってくるわ。また戻って来るから、それまでに変身終わらせておいてくれ」
「……うむ」
「マヨ、頼むわ」
「はーいはい。ドルモー」
マヨがだるそうに唱えた呪文で俺たちは一瞬で最寄りの街へとワープした。
そこで補給と腹ごしらえを済ませ、再び魔王城へと戻り、変身を終えた魔王と戦った。
♢ ♢ ♢ ♢
「ぐおー」
カナブンの姿をした魔王が叫ぶ。
「これで終わりじゃないんだろ?」
「……無論だ」
もう何度目……いや、十何回目の変身だろうか。
倒しても倒しても変身を繰り返し、ついに変身時間は一ヵ月を超えるようになった。
「えーと、今度は……二か月くらいか?」
「三か月はかかるだろう」
「ん、三か月な」
「ドルモー」
もはや誰も無駄口をたたく事なく、スピーディーに街へと帰還する。
そして、それぞれ自由に過ごし、変身が終わる頃に集合して再び魔王城へ乗り込む。そんな生活を送っていた。
それからさらに時は流れ、気づくと俺はすでに二十四歳。初めて魔王城に乗り込んでから四年の月日が流れていた。
「よう、久しぶりだな」
変身におよそ二年かかるようになった頃、俺とタルタルの左手の薬指には金色の指輪がはまっていた。
カメムシのような姿をした魔王が俺の手元を見ながらつぶやく。
「……結婚したのか」
「ああ。いつまでかかるかわからないからな。早い方がいいと思って」
愛妻のタルタルに視線を送ると、はにかみながら俯く。
「……それはめでたい。しかし残念ながらその幸せも、ここで終わりだがな」
「それはどうかな?」
「うおー」
「わー」
♢ ♢ ♢ ♢
四年後。俺、二十八歳。
マイマイカブリのような姿をした魔王と対峙する俺の手には、赤ん坊が抱かれていた。
「……子供ができたのか」
「ああ。男の子で、オイスターっていうんだ。お前にも紹介しておこうと思って」
「そうか。……いないいない、ばぁ」
魔王がトゲだらけの足で顔を隠し、開くと同時に顔を震わせる。
「……おんぎゃあ! おんぎゃあ!」
「あーあ」
怖かったのだろう、オイスターが大声で泣き始める。
正直、俺も恐怖を感じた。
「……すまん」
「まあ、いいさ。それじゃ一旦帰ってこの子預けてくるから、待っててくれ」
「あいわかった」
そして街に戻り、魔王城に帰ってくると久々の戦いが始まった。
♢ ♢ ♢ ♢
八年後。俺、三十六歳。
ナメクジのような姿をした魔王に、再び子供を紹介する。
「……二人目か」
「ああ。ホイップっていう女の子だ」
「母親に似ているようだな」
言いながら、タルタルの姿を探す。
「む……母の姿が見えぬようだが?」
今、魔王の前には俺とホイップとシューユ、そしてマヨの四人しかいなかった。
「……逝っちまったよ。俺たちを置いてな」
前回魔王を倒してすぐだった。
タルタルは原因不明の病に倒れ、街はずれに買った俺たちの家のベッドの上で、みんなに見守られながら静かに息を引き取ったのだ。
「その子は忘れ形見、という事か」
「いや……」
俺がマヨに目くばせすると、気だるそうに口を開く。
「その子の母親はあたし。ホイップはあたしとソースの子なの」
「……なんと」
タルタルを失って失意のどん底にいた俺を元気づけてくれたのはマヨだった。
ずぼらな性格なのに一生懸命身の回りの世話や、オイスターの面倒を見てくれているうちに俺はマヨを愛するようになっていた。それに、どうやらマヨもずっと俺のことを……ということだったらしく、二人の距離が縮むのに時間はかからなかった。
「姉貴にソースのことをよろしくねって言われちゃってさ。ま、仕方なく? みたいな感じで」
「そうだったのか」
魔王が動きを止め、しばし黙り込む。
「少し抱かせてはくれまいか。……その子を」
「いや、さすがにそれはちょっと」
「……そうか。いや、そうだな」
出しかけたトゲだらけの腕をあわてて引っ込める。
わかっている。今、こいつにこの子を預けても、ただあやすだけなのだろう。
しかし、やはり勇者と魔王。紹介はすれどさすがに愛する我が子を魔の手に渡すわけにはいかない。
……ここに連れてきておいてなんだけど、やはり立場上線引きはしておかないとな。
「じゃ、ちょっと待っててくれ」
「うむ」
街に戻り、ホイップを義母に預け、再び魔王との戦い。
タルタルの抜けた穴は回復薬でカバーしたが、変身のたびに力を増す魔王の攻撃は苛烈で、前回よりも討伐に時間がかかってしまった。
♢ ♢ ♢ ♢
十六年後。俺、五十二歳。
「……ふむ、随分と成長したようだな」
ムカデのような姿をした魔王の前に、すっかりおじさんになった俺とショーユ、そして成熟した女性のマヨがいる。
さらにその後ろには修行を終え、すでに俺を超える実力をつけた二十四歳のオイスターと、修行を始めたばかりの十六歳のホイップが立っていた。
「あなたが魔王ですね。今日は父と共に戦わせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」
オイスターが背筋の通った礼をすると魔王が小さく体を揺らす。
「ククク……息子はお前と違って礼儀を
「うるせえやい」
続けて魔王の視線がホイップを捉えると、怯えた表情でホイップがマヨの後ろに隠れてしまう。
「……実力はあるんだが、まだ実戦経験が浅いんだ。あまり怖がらせないでやってくれよ」
「知ったことか」
「フッ。それじゃ、始めるか。マヨ、オイスター、ホイップ。いけるな?」
俺が呼び掛けると、それぞれが武器を構える。
「……おい、俺を忘れるなよ」
「お、いたのかショーユ」
「長年の戦友に対して随分な態度じゃねえか?」
「冗談だよ、冗談。今回も頼むぜ相棒」
「……ああ」
こうして五人となった俺たちと、魔王の戦いが始まった。勝った。
♢ ♢ ♢ ♢
三十二年後。わし、八十四歳。
「はぁ……はぁ……」
魔王の謎空間に来る時、長い階段を上る必要があるのだがこの歳だとさすがにこたえる。
「大丈夫か」
「まったく、こんな歳になるまで付き合わせおって」
目の前の巨大な蜘蛛の姿をした魔王が、わしの体を気遣うように見下ろしている。
わしの後ろには渋いイケオジになったオイスターと、大陸一の魔法使いに成長したホイップ、そしてオイスターの双子の娘、サラダとゴマが控えている。
孫たちは若い頃のタルタルとマヨにそっくりで、見るたびに涙腺がゆるむ。
マヨもショーユももういない。そして、勇者の責務はオイスターに引き継がれた。
つまり、わしはもうただのジジイというわけだ。
「恐らく、わしがお前と戦うのもこれが最後じゃろう」
「やれるのか、その老いた体で」
「舐めるなよ。これでも修行は続けておるのじゃぞ」
杖代わりにしていた剣を横に薙ぐと、鋭く空気を切り裂く音が周囲に響く。
「なるほど。腰は折れても剣は折れていないようだ」
「手加減などしてくれるなよ。いくぞ」
「……こい」
♢ ♢ ♢ ♢
「見事だ……勇者の一族よ」
魔王の体がじわじわと硬化していく。
今回で終わってくれたらドラマチックなのに、残念ながらまだ変身は続くらしい。
「みんな、すまんがこいつと二人にしてもらえんか」
そう言うと、息子たちは戸惑うそぶりをみせながらも、魔王城と謎空間をつなぐ扉から出て行った。
「よっこらしょっと。ふぅ……」
蜘蛛型の魔王の太い足に寄りかかるように座り、深いため息をつく。
「お前は何回変身を繰り返せば気が済むんじゃ?」
「……我にもわからぬ」
「自分の体のことじゃろが」
見上げると、相変わらず赤い背景に大小様々な岩がプカプカと漂っている。ここに来るのはもう何度目か。
目を閉じると、今でも初めて戦った頃の事を思い出せる。
「今更聞くのもなんじゃが、一体どこなんじゃここは」
「ここは魔空間。我の力と再生力を高めてくれる、異なる次元に存在する場所だ」
「ということは、しつこい変身もここにいるせいか?」
「それは違う。我の変身能力は元々持っていたものだ。……そうだな、少し昔話をするが、付き合ってくれるか?」
「話してる途中でわしの寿命が尽きないよう、手短に頼むぞい」
「……今からおよそ二百年前。先代の魔王が当時の勇者に倒されたことは知っていよう」
「勇者マスタードじゃな」
「先代と勇者の戦いは魔王城の外で行われた。熾烈な戦いの末勇者に敗れた先代は、残るわずかな魔の力を偶然近くを歩いていた虫ケラに注ぎ込んだのだ」
「……おいおい、まさか」
「そう。その虫ケラが我だ」
どうりで変身する姿が全部虫っぽかったわけだ。……目前の敗北に、前魔王もなりふり構っていられなかったということかな。
「我は先代の遺志を受け継ぎ、魔物たちを束ね、人間界に侵攻を重ねた」
「で、調子に乗っていたらわしらが来たわけじゃな。虫らしく慎ましい生き方をしていればよかったものを」
「……受け継いだ魔王の力は我の意思でどうこうできるものではない。蜘蛛が屋根裏に糸を張り巡らすように、蜂が軒下に巣を作るように、本能で破壊を求めるものなのだ」
「大人しくはしていられないってことか」
「そういうことだ。……できることなら魔王などやめて自然に囲まれた環境で静かに過ごしたいのだがな」
「元虫ならそうだよなぁ。ちなみに最初はなんの虫だったんじゃ?」
「……アリだ」
「アリ」
頭の中で、地面の上で一生懸命エサを運ぶ小さな黒い虫を想像する。
「おかしいか?」
「いや……アリ、ねぇ。でも、最初戦った時、アリじゃなかったろ?」
「魔王の力を受け継いだとはいえ所詮はアリ。最初は小動物にすら負けるあり様だった」
「ほう」
「敗北の度に変身を繰り返し、徐々に力を増して行ったのだ」
「お前も苦労してきたんじゃな」
「……」
「最初の変身時間はどんなもんだったんじゃ?」
「ものの数秒だ。何かの動物に踏み潰された後、気づくとハエの姿になっていた」
「なるほど。数秒、数十秒と長さを増していったんじゃな」
頭上でパキパキと響く硬化の音が小さくなっていく。
見上げると、すでに頭以外の部分が
「時間……のようだ。勇者ソースよ……お前に会えて良かったぞ」
「魔王よ。お前には散々振り回されてきたが、わしも悪い気分ではなかったぞい。いつかお前が、魔王の使命から解き放たれることを願ってるよ。それはきっと……わしの頼もしい子孫たちが成し遂げてくれることじゃろう」
「期待……しておこう……。ありがとう、ソースよ………アリ……だけ……に……」
最後にしょうもない事をつぶやき、魔王は再び長い変身期間に入った。
鉄と化し、鈍く輝く魔王に別れを告げ、わしは出口の扉へと向かう。
「次は六十四年後、か」
わしもオイスターも、もう生きちゃおるまいな。
……タルタル、マヨ、ショーユ。結局わしは魔王を倒す事ができなかったが、そっちに行った時怒らないでくれよな。まさかここまで変身が長引くとは思わなかったんじゃ。
「おじいちゃん、まだー?」
待ちくたびれたのか、サラダが半開きの扉からひょこっと顔をのぞかせる。
「ほっほっほ、今いくわい」
さて、後の事は若いモンに任せて、悠々自適な隠居生活でも送らせてもらうとしようかの。
おしまい
お読みいただきありがとうございました。