カードもできるギャルゲー世界に転生した(けど気付いてない)男のカードゲームライフ! 作:烏丸英
「えっ……!?」
不意に響いたその声に、私たちが顔を上げる。
少し離れた位置に立っていたその声の主は、一ノ瀬進弥……私の萌香ちゃんを倒した、憎き男。
どうやら彼は足止めに用意した兵隊を倒し、偽物の萌香ちゃんの応援に駆け付けたらしい。
まあ、少しばかり遅かったようだが……と考える私の前で、偽物の萌香ちゃんが彼へと言う。
「一ノ瀬……! でも私、もう……っ!!」
「まだだ! ダメージチェックが残ってる! ダメージを回復するリバイブマーカーのカードが出れば、擁立戦は続くんだ!」
「はっ……! 何を言うかと思えば、そんな都合のいい展開になるわけないでしょう? 馬鹿も休み休み言いなさい」
「……あるさ。それが『エヴォルレジェンズ』なんだからな」
私は知っている。現実は漫画やアニメとは違う。理不尽な悲劇やままならない不幸に抗えず、涙を流すことの方が圧倒的に多いということを、私は身を以て理解している。
自分自身と姉の存在を賭けた勝負の中で迎えた絶体絶命のピンチ、そこで大逆転を招く奇跡が起きるのは都合の良い空想の世界の中だけだと……そうせせら笑う私の言葉を、一ノ瀬進弥はどこまでも真っすぐな目で否定してみせた。
「確かに確率は低い。だけど、ゼロじゃない。あり得ないような奇跡が起きて、大逆転勝利を掴む可能性がいつだって残ってる。だから『エヴォルレジェンズ』は……カードゲームは面白いんだ。絶望的な状況からの大逆転こそが、カードゲームの醍醐味だろ!?」
「甘いのよ。そんな僅かな可能性でしか起きない奇跡に縋るなんて、馬鹿のすること――」
「かもな。でも、最後まで諦めない奴にだけ、その奇跡が舞い降りるんだ。だからデッキと自分を信じろ、甘木! お前なら奇跡を起こせる!! 今日まで『エヴォルレジェンズ』を心の底から楽しんで、お姉さんのために全力で努力して、調整にも練習にも一生懸命に向き合ってきたお前に、デッキは応えてくれる! 絶対にだ!!」
「一ノ瀬……!!」
……どこまでも馬鹿で、真っすぐで、愚かな男だ。口先だけの励ましじゃない。この男は、本気でまだ偽物の萌香ちゃんが私に勝てると思っている。
笑いたくなる。嗤いたくなる。だけど、彼が持つどこまでも愚直な眼差しと、友達を信じ続けるその姿を見ていると、どうしてだか心がぐらついてしまう。
勝ったはずだ、私は。これから勝つはずなんだ、私は。奇跡なんて、起きるはずがないんだ。
そう思っているはずなのに、どんどん不安の方が大きくなっていく。そんな私に対して、偽物の萌香ちゃんは先ほどまでの絶望した姿が嘘であるかのように、力強く希望に満ちた表情を浮かべていた。
「……そうだよ、一ノ瀬の言う通りだ。まだ終わってない。私はまだ、負けたわけじゃない」
ゆっくりと、彼女がデッキトップに手を伸ばす。
静かに息を吸い、吐いて……カードに触れた彼女は、瞳を閉じながら小さな声で呟いた。
「お願い、みんな。お願い、心愛。私に、力を貸して……!!」
触れたカードを、デッキの一番上に置かれているカードを、そのまま引く。
なんてことのない、擁立戦をしていれば何度だって見るその光景から、私は目が離せなかった。
「え……?」
そして……私は確かに見た。彼女が引いたカードが、眩い輝きを放つ様を。
それと同時に水の中で弱々しくもがいていたルルリカの目が開き、力強さを取り戻す。
何もかもがひっくり返っていく中、ダメージチェックのために場に置かれたカードを目にした私は、驚きに言葉を失ってしまった。
「【グローリー・シャイニングソウル】……! アルティメットマーカー、ゲット!!」
彼女が引いたのは、ダメージを回復するリバイブマーカー持ちのカードではなかった。
それ以上に厄介な能力を持つ、デッキに一枚しか投入できない超強力なカード、アルティメットマーカーだ。
「【グローリー・シャイニングソウル】のアルティメットスキル、発動! ルルリカのパワーを+100万し、次のターンに与えるダメージを一増加させる! そして、このカードはダメージゾーンには行かず、ハーツへと送られる!! これでダメージ六は回避したわ!! 擁立戦は、まだ終わらない!!」
「嘘よ……! こんな、こんなことが起きるなんて……!?」
掴みかけた勝利が手の間から擦り抜けていく感覚に、私は思わず呻き声を漏らした。
あと一歩、もう少しで萌香ちゃんと幸せになれたのにという悔しさのままに握り締めた拳をファイトテーブルへと叩きつけた私は、息を荒げながら窮地を乗り越えた相手へと言う。
「いい気にならないで……! 運良くこの場を乗り切れたかもしれないけど、次のターン、あなたに何ができるの? ユニットは全員『崇拝状態』、手札もゼロ。ここから逆転なんて、できるわけないじゃない!」
奇跡は二度も起きない。ピンチを乗り越えられたとしても、次のターンで私にトドメを刺すことなんてできない。
私の手札には引いたばかりの『無敵』カードだってある。彼女ができるたった一回の攻撃は、それで阻まれることが確定しているのだ。
「お友達に励まされて、運にも味方されて、その気になっちゃった? 勝てるわけないでしょ! あなたが、私に!! 私は孤独を纏って強くなった! 家族や友人に囲まれて、呑気に生きてきた弱いあなたとは何もかもが違うの!」
「違う! 甘木は、弱くなんか――!!」
怒りのままに叫ぶ私の言葉を、一ノ瀬進弥が否定しようとする。
しかし、それを止めたのは他でもない偽物の萌香ちゃん自身だった。
「いいよ、一ノ瀬。間違ってない。もう一人の心愛が言うように、私は弱い人間だよ。だけど、だけどね……あなただって、全然強くない! ずっとずっと、ただ強がってるだけじゃない!」
「なんですって……!?」
「だってそうでしょ!? 本当にあなたが孤独を纏って強くなったって言うのなら、どうして妹と一緒に生きることを望むの!? 死んだ妹ともう一度人生をやり直したいって望むのは、本当は一人が寂しいって思ってる証拠じゃない!!」
「っっ……!!」
その言葉に、私は何も反論できなかった。
自分自身の言動の矛盾を突き付けられて言葉を失った私へと、彼女は引いたばかりのカードを見つめながら言う。
「このアルティメットマーカーは、心愛から貰ったカード。心愛がこのカードをくれなかったら、私は負けてた。デッキだってそう。オカルト研究会の先輩たちが調整に付き合ってくれたから、私はここまであなたと戦えてる。何より、心が折れそうになってた時、一ノ瀬に支えてもらえてなかったら……私は全部を諦めて、ここに立つことすらできなかった。あなたの言う通り、私は家族や友達に助けてもらってばかりの弱い人間だよ。でも、私は、私たちは、そんな弱い自分を認められる! 強がってるあなたたちとは違って、寂しい時に寂しいって正直に言える!!」
「それの、どこが、強さだっていうのよ……!?」
「強いさ、甘木は。もしかしたら今は弱いかもしれない。でも、強くなるための第一歩は自分の弱さを認めることなんだ。自分の本音から目を背けて、孤独に育てられて強くなったんだって言い張ってるあんたたちができてないことを、甘木はできてる。それは強さのはずだろ?」
「~~~~~っ!!」
必死に絞り出した言葉は、一ノ瀬進弥に弾き返された。
それでもう何も言えなくなってしまった私を見つめながら、偽物の萌香ちゃんが言う。
「次のターン、私に何ができるかはわからない。だけど、私は全力を尽くすよ。ここまで私を支えてくれたみんなと、一緒に戦ってくれるルルリカたちを信じて、自分のやれることをやる。それがきっと、次の奇跡を呼ぶんだって信じてるから」
「……なら、見せてみなさい。あなたのその、ちっぽけな強さってやつを」
唸るような私の言葉を受けた甘木萌香の手が、デッキに触れる。
勝敗を分ける、運命のラストドロー……その一枚を引く瞬間、彼女は力強く大きな声で叫んだ。
「私のターン……ドロー!!」
18時頃にもう一話投稿します
楽しんでください