文明を発達させた我々だが、この星はもう限界のようだった。
獣の因子をも組み込んだ環境対応型遺伝子改良実験。
肉体を排し機械の躯体へと精神を移し替える鋼鉄都市計画。
“星の王”のように振る舞った人の落し子、すなわち王女による浄化計画。
再生する技術も目処は立ったが、その完遂に人類は耐えられないだろう。
幸い我らには次元間航行システム、通称”ウトナピシュティムの方舟”がある。人類の存続は可能だろう。
神秘という未だ御しきれぬ未明の現象により我々から色彩という概念が消えつつあった。
鳥類が人類に認識できぬ四原色を理解できたように、これまでの認識が神秘という新たなテクストにより塗り替えられているのだろう。
次第に色褪せていく景色に違和感を覚えない自身に、私は恐怖せざるを得なかった。
この変化が色彩感覚だけでないと、誰が言い切れるであろうか?
これは好き勝手に世をいじっていた人類への、神からの罰ではないか。そのようにのたまう学者もいた。私は彼の言葉を笑い飛ばせなかった。
私はモニタに写った衛星写真に視線を移す。
かつて青き星と呼ばれた地球だが、度重なる汚染と色彩の喪失により以前の姿をしていなかった。
夜空を見る。
星星の輝きと漆黒の宇宙はまだかつてのままだった。
幸いにも明暗を見分ける色覚はまだ影響されてはいないようだ。
意外なことだが、これほどまでに技術を発展させてもテラフォーミングはまだ不可能なままだった。
人類が生存可能な他星系までは物理的距離の障害があったし、せいぜいが宇宙コロニーを数機打ち上げるにとどまった。これも主用途は研究や資源採取が主で、継続的で快適な暮らしを保証するものではなかった。
皮肉にも神秘により齎された技術体系の発展が、遥か彼方とも思われたSFに追いつく形となったのだ。
なぜそうなるのかは分からない。が、使えることはわかっている。
かつてもあったし、此度もそうだ。
何光年も離れた星よりも、多次元の同位体に転移するほうが簡単だった。
何より最も大きなものがあった。
多次元をつなぐワームホールから見えた向こう側の故郷、我らの母星。
地球は、青かった。
そこには我らが喪いかけた色彩が確かにあったのだった。
色彩の異常が神秘によるものであるとデータが示す以上、この次元から離れれば解消される、少なくとも進行を止められる可能性があった。
程なくして先遣隊が送られ、収集されたデータの検証が行われた。
結果、少なくとも向こう側に異常はないという結論が出た。
向こう側の地球は記録上の地球と環境は変わらず、しかも都合の良いことに文明と呼べるほどのものを持った原生生物は存在しなかったのである。
また、戻ってきたメンバーが戻ってきた際に色彩の喪失を訴えたことも決め手となった(なお彼は帰還後に神秘に再び触れたことが起因とされる恐怖(テラー)と呼ぶに相応しい恐慌状態を示し精神に異常をきたした)。
彼らの献身的成果もあり、本格的移住が世界会議により決定した。
数年後には第一次移民団が方舟により送られる予定である。
神秘の影響を可能な限り減らすため、移動するのは旧時代の技術体系に限られるとした。
神秘技術を前提とした各種の延命計画は中止され、現在はその後処理を行っている段階である。
これらも神秘由来であるために移民船には乗せられず、この星へと破棄されることになる。
多額の費用を消費する研究はそのほとんどが停止する予定だが、私はその一つに待ったをかけた。
かつて星を一つの生命体とみなす論があった。
これを発展させ全天球管理システムを構築できないか、という地球再生プログラムだ。
今となっては無用の長物だが、もし色彩という異常がなければ一番夢のあるものであった。
PROJECT:BLUE ARCHIVE
青き惑星、我らが故郷。その在りし日を取り戻す、皮肉のような青写真。
自立稼働する人工知能と無人生成を可能とするオートマトン。
人類という大喰らいを排した環境ならばこれらは成立可能だった。
何十年、何百年かは分からない。だがいつの日にか。
────────────
この記録を読んでいる未来の見知らぬあなたへ。
地球は、青いですか。
この惑星に、色はありますか。
色彩ならぬ色に、彩られていますか。
知らないのなら、幸いだ。
知っているのなら、喜ばしい。
残された遺産は、自由にしてくれて構わない。
もしかしたら、かつて旅立った我々がそちらに戻ることもあるかも知れない。その時どうなるかは分からないが、出来れば対立することのないよう祈っている。
そういえば色彩喪失化現象に対して破滅主義者がごく僅かにいた事を覚えている。今や彼らも大半はこちらに移住することになったが、星に残ることを決めた彼らは、今でもごく一部は生き残っているのだろうか。
諍いは人の世の常である。これはきっと未来も変わらないだろうけれど、それでも。
何にせよ、こうして故郷を離れた今、この星に住まうのは今を生きる君たちだ。少なくとも私は何が起ころうと恨むことはないとだけここに記しておく。
かつてこの惑星で生きた一人の人間より、未来のあなたへ親愛を込めて。
ブルーアーカイブというコンテンツに触発された、過去の時代の妄想を雰囲気で。
これを思いついたのは最終章からEx.デカグラマトン編の辺り。整合性は気にしないでね。