彼女の戦いを聖魔術でバックアップするのは、たった一人の相棒である修道女マリア。
危険な闇を生き抜くふたりの、切なくも熱いガールズラブ・アクション。
冷たい石造りの路地に、夜更けの霧が這う。
ロンドンの下町、ガス灯の黄昏れた光が届かない闇のなかで、その影は獲物を待ち構えていた。銀の髪が月光を浴びて淡く光り、ショートヘアの端正な輪郭を引き締めている。豊満な胸元はぴったりとした黒のレザーのライダースーツに包まれ、戦闘の動脈が走るたびにしなやかな緊張感を伝えていた。
ヴァイオレット──冷徹にして最強と謳われるヴァンパイアハンター。
彼女の左手には、巨大な銃身を持つSmith & Wessonのシルバーリボルバー。右手には冷たい金属光を放つタクティカルアクス(戦術斧)。
「ヴァイオレット、そっちはどう?」
静寂を裂くように、無線機から澄んだ声が響く。
耳に装着したインカムの向こう側にいるのは、彼女のたった一人の相棒、マリア。古い教会の地下深く、聖句の響く聖堂で彼女は通信機を握りしめ、ヴァイオレットの背中を支えている。
「静かすぎるわ、マリア。罠のにおいがプンプンする」
ヴァイオレットは低く、ベルベットのような声音で答えた。
息を潜める彼女の胸元が、わずかに上下する。その豊満な曲線は戦いの場において時に目を引くものだが、今の彼女にとってそれは、極限の集中を湛えた殺戮の彫像の一部にすぎなかった。
「気を付けて。今夜の標的は、ただの野良ヴァンパイアじゃないわ。貴族院の側近、伯爵級よ。古い魔術を使う可能性が高いわ」
「上等よ。私の銀の弾丸と、この斧の切れ味を試すいい機会だわ」
ヴァイオレットは唇の端を不敵に歪め、闇の中へ踏み出した。
「主よ、我が相棒の盾となりたまえ……」
ロンドン郊外、放棄された大聖堂の地下聖具室。
周囲には聖水が満たされた銀の盆が並び、マリアは白い修道服の裾を翻しながら、幾重もの聖印を宙に描いていた。彼女の黄金色の髪が揺れ、澄んだ瞳には深い祈りの色が宿る。
マリアにとって、教会は世界のすべてだった。だが、ヴァイオレットと出会ってから、彼女の世界はその冷たい石壁の外へと広がった。
いや、広げさせられたのだ。あの銀髪の女が、無防備な自分の手を取って、夜の闇へと連れ出したのだから。
(ヴァイオレット……無茶をしないでよ)
マリアは手元の古文書のページをめくり、魔力の波形をモニターする。
ヴァイオレットの心拍数は、戦闘の気配が近づくにつれて高鳴っている。その鼓動の音が、インカムを通じてマリアの耳にも心地よいリズムで届いていた。二人を繋ぐこの小さな無線機は、お互いの命を繋ぐ絆であり、誰にも踏み込めない二人だけの秘密の空間だった。
かつて、マリアは信仰心だけで悪魔を祓おうとしていた。しかし、現実は甘くなかった。力なき祈りは踏みにじられ、絶望の淵に沈んでいた彼女を救い出したのは、血まみれのコートをまとったヴァイオレットだった。
『──マリア、見つけたわ』
インカムから聞こえた冷ややかな声に、マリアはハッとして現実に戻った。
『聖堂の最奥、祭壇の裏よ。……どうやら、私の歓迎会の準備ができているらしい』
大聖堂の地下最奥。
そこはかつて、禁断の儀式が行われていた血の祭壇だった。
天井から垂れ下がる無数の鎖の隙間から、漆黒の外套をまとった男がゆっくりと姿を現す。青白い肌、血に染まった瞳、そして漆黒のコウモリの翼のような気配。伯爵級ヴァンパイア、マルセル。
「ほう……人間ごときが、よくここまでたどり着いたな。しかも、こんな美しい雌猫が一人でか」
マルセルは卑俗な笑みを浮かべ、ヴァイオレットの全身をいやらしい視線で舐め回した。豊満な胸元や、ライダースーツ越しにわかる肉体の美しさに目を奪われている。
「雌猫、ね」
ヴァイオレットは冷ややかに鼻で笑い、左手のSmith & Wessonをカチリと構えた。銃口がマルセルの眉間を正確にとらえる。
「その下品な目をしている暇があったら、遺言でも考えるといいわ。貴族の血ってやつが、私のリボルバーの銃身をどれだけ美しく汚してくれるか、楽しみでならないのよ」
「口の減らない女だ……!」
マルセルの姿がかき消えた。
──瞬間移動。音速を超える超常のスピード。
だが、ヴァイオレットの反射神経はそれを上回っていた。
彼女は空気の微かな揺らぎを頼りに、右手のタクティカルアクスを真横へと薙ぎ払う。
ガキィィンッ!
火花が散り、金属と硬質な爪が激突する音が地下聖堂に轟いた。
マルセルの鋭い爪が、ヴァイオレットの振るったアクスを受け止めていたのだ。至近距離で見つめ合う二人。マルセルの顔色が変わる。人間の反射神経で、自分の攻撃を受け止められる者などいるはずがなかった。
「甘い!」
ヴァイオレットは重心を落とし、懐に踏み込むと同時に、左手のSmith & Wessonを放った。
轟音。
至近距離での銃撃。銀の特殊弾丸がマルセルの腹部を抉り、聖なる銀の光が彼の肉体を内側から焼き焦がす。
「ぐあああっ……!」
マルセルは絶叫し、後方へと吹き飛んだ。黒い血が石畳を黒く染める。
しかし、伯爵級の再生能力は凄まじく、瞬く間に傷口が塞がり、マルセルは怒りに狂った顔で立ち上がる。
「小賢しい……! 死ね、虫けらが!」
マルセルの周囲に、無数の血の槍が具現化した。それは空間を切り裂き、雨あられのようにヴァイオレットへと降り注ぐ。
避ける隙はない。直撃すれば、蜂の巣どころか身体が粉々になるほどの弾幕だった。
その瞬間、マリアの祈りが世界を書き換えた。
地下聖堂の壁面に刻まれた聖印が一斉に青白い光を放ち、ヴァイオレットの周囲に幾重もの光の障壁──『聖者のヴェール』が展開された。
ドォォンッ!
血の槍が光の壁に激突し、凄まじい衝撃波が地下聖堂を揺るがす。障壁はひび割れたが、致命的な一撃は見事に防がれ消滅した。
『ヴァイオレット、今よ! マルセルの背後、魔力の核が露出しているわ!』
「よくやったわ、マリア!」
彼女の身体が跳ねる。重力を無視したかのような跳躍。
圧倒的な身体能力と、マリアのサポートによる魔力のブーストが、ヴァイオレットを完全無欠の戦闘兵器へと仕立て上げていた。
「バカな、私の血の雨を防いだだと……!?」
「あなたの相手は私だけじゃないのよ。──背中を預ける相棒を、舐めないことね」
空中で身を翻したヴァイオレットは、右手に持ったタクティカルアクスに全身の魔力を込めた。斧の刃が眩いまでの銀の聖火に包まれる。
それはまるで、夜空を切り裂く一筋の流星のようだった。
「これで終わりよ、伯爵!」
ザシュッ──!
重い金属音と、肉を断つ鈍い音が響いた。
ヴァイオレットの振るったアクスが、マルセルの背中の核を正確に両断した。
「あ……が……」
マルセルは目を見開いたまま、その場に膝をついた。
彼の身体は内側から光の粒子となって崩壊し始め、やがて黒い灰となって夜の空気の中に溶けて消えていく。
静寂が、再び地下聖堂に戻ってきた。
戦闘の熱気が冷め、荒い息を整えながらヴァイオレットはその場に立ち尽くした。
手元のSmith & Wessonのシリンダーを開け、使い終わった薬莢を排出し、新しい弾丸をカチリと装填する。
「ふう……危うく、あの下品な顔を二度も見るところだったわ」
ヴァイオレットが苦笑しながらインカムに触れると、通信の向こう側から大きな安堵のため息が聞こえてきた。
『……よかった。本当に、無事でよかった……』
マリアの声が、少し震えている。
聖堂の冷たい空気が、なぜか急に温かく感じられた。
「心配性ね、マリア。私が生還することくらい、最初から分かってたでしょう?」
『分かってたけど……それでも、心配なのよ。私の大切な……パートナーなんだから』
最後の言葉が、わずかに詰まった。
その小さな隙間から、マリアの胸の奥にある熱い想いが、電波に乗ってヴァイオレットの心まで真っ直ぐに届いてくる。
冷酷なハンターとして生きるヴァイオレットの心に、その言葉は甘い蜂蜜のように染み入った。彼女の胸元が、戦闘の興奮とは違う理由で再び大きく波打つ。
「……そうね。私もよ、マリア」
ヴァイオレットはリボルバーをホルスターに収め、愛用の斧を背中に背負うと、地下聖堂の出口へと歩き出した。
外では、もうすぐ長い夜が明けようとしている。
「今すぐ戻るわ。教会の地下で、たっぷりと私を甘やかしてちょうだい。聖水じゃなくて、温かいミルクティーを淹れてくれるんでしょ?」
『もう……。ヴァイオレットは甘えん坊なんだから。……早く帰ってきて。待ってるから』
インカム越しに聞こえるマリアの柔らかい笑い声を聴きながら、ヴァイオレットは夜の闇を蹴って、愛する相棒の待つ聖堂へと走り出した。
二人の影が夜明けの光の中で重なり合い、世界は再び静かな朝を迎えるのだった。