遅咲きのプロゲーマー~W杯優勝GK、36歳からeスポーツへ~ 作:タイラー・カイマー
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大きな活躍によって、チームを勝利へ導くこと。英語で「運ぶ」という意味から使われる。
*
BUSTERとの開幕戦、Game1。
ドラゴンへ続く入口を塞がれ、ARCANAの5人がわずかに足を止める。
その時だった。
視界のない川の奥から、1本の長槍が飛んでくる。
ARAKI「っ!」
HARU「FROGの槍! 今度はARAKIに命中!」
FROGの女狩人
見えているのは、入口を塞ぐ岩石生命体の
NAGI「ARCANA、これは長く睨み合いたくないですね」
HARU「と、言いますと?」
NAGI「BUSTERは先に位置を取っています。ARCANAが入口で迷っている間にも、
NAGI「下がってドラゴンを渡すのか、それとも今、強引にでも仕掛けるのか。判断が必要です」
ARAKIにも、それは分かっていた。
無理に戦わず、このドラゴンをBUSTERへ渡す。
それも1つの選択だった。
だが――。
ここまで、何のために序盤の損を受け入れてきた。
ここでも下がれば、ドラゴンを奪取され、すでに先行しているFROGを、さらに走らせることになる。
分の悪い賭けかもしれない。だが、ここで下がれば勝機はさらに遠のく。
ARAKI「やるぞ! ZERO、入れ!」
ZERO「はい!」
ZEROが操る重装の騎手、
入口を塞いでいた
岩石の巨体が動きを止めると、ARCANAの面々が後から続く。
Pikaのワニ戦士
HARU「ARCANA、仕掛けたぁ! 先に陣形を作られていましたが、強引に正面から入った!」
両軍の体力が削れていく中、Zarkの
HARU「BUSTERはまずTopのTetsuが落ちた!」
続いて、退こうとした
HARU「SupportのNeroも撃破! ARCANA、2人持っていった!」
客席で、明美が思わず身を乗り出した。
明美「倒せたじゃん!」
だが、隣のtakaは笑わなかった。
大型スクリーンの端を見ている。
taka「いや……まだ後ろにいる!」
そう……まだ3人残っていた。
HARU「BUSTER、生き残ったのはJungleのFROG、ADCのTrigger、MidのRAKU! 火力を担う3人が全員残っています!」
しかも――。
ARAKI(くっ、冷静だな……!)
その間に、BUSTERの3人はさらに距離を取っている。
ARCANAが仕掛けるより前から、次の位置へ動いていた。
そこへ。
横から、またも長槍が飛び、
Zark「っ!」
ARAKI「
直後、獣へ姿を変えた
その時にはもう、Triggerの
さらにRAKUの機械仕掛けの魔術師、
HARU「Zarkが落ちた!」
FROGは止まらない。
倒した瞬間には、もう次を見ている。
NAGI「ARCANA、陣形が崩れました! 反撃を合わせられません!」
歓声が1段、大きくなる。
Pikaも、ZEROも、ARAKIも倒れていく。
残ったShadowも反撃を試みるが、3方向からの攻撃に押し切られた。
やがて、
HARU「ARCANA、全滅です!」
大型スクリーンに表示されたのは、ARCANA5人の死亡。
一方のBUSTER。生き残ったのはFROG、Trigger、RAKUの3人。
彼らはそのまま川のくぼみへ入り、ドラゴンの体力を削っていく。
そして――。
HARU「ドラゴン獲得はBUSTER!」
客席から歓声が上がる。
明美は画面を見ながら、まだ少し納得できないように首を傾げた。
明美「ドラゴンは取られちゃったけど、こっちも2人倒せたし、悪くないんじゃないの?」
taka「FROGにたくさん経験値とお金が渡っちゃったのがヤバいんだ……」
明美「そんなに?」
takaは、大型スクリーンから目を離さない。
taka「さっきより、もっと止められなくなる」
復活を待つ灰色の画面を見ながら、ARAKIも同じことを考えていた。
仕掛ける判断を、間違えたとは思わない。
全員、指示どおりに動いた。
それなのに。
戦いが終わった時、致命傷を負ったのはARCANAだった。
そこから先、ARCANAに立て直す余裕はなかった。
ドラゴンを獲得し、大量の資金まで手にしたFROGは、さらに試合の速度を上げていく。
ARCANAも食い止めようとした。
だが、あの集団戦を境に差は一気に広がった。
やがてARCANAの本拠地が破壊される。
HARU「Game1はBUSTER! FROG選手、見事な
歓声の中、明美が首を傾げた。
明美「Carry?」
taka「試合を勝たせることをCarryっていうんだ。勝利を運ぶっていう意味」
明美「へえ……」
その隣で、陽菜が不安そうに大型スクリーンを見上げていた。
陽菜「パパ、逆転できるかな……」
takaは画面を見たまま、答えなかった。
*
Game1を落とし、ARCANAの5人が控室へ戻る。
誰も、すぐには口を開かなかった。
勝てると思っていた。
少なくとも、ここまで一気に崩されるとは思っていなかった。
Zark「何でだ、何でだよクソ……いけると思ったのに……」
自分たちは間違った判断をしたわけではない。
それでも、戦い始めた時にはもう遅かった。
ARAKIが加わり、ARCANAはようやく5人の判断を1つに揃えられるようになった。
以前なら、自分たちの判断がまとまらないまま崩れていた。
今は違う。
揃えてなお、BUSTERに先を取られている。
だからこそ初めて、王者との差がはっきりと見えた。
そんな空気の中、Lemonが試合映像を巻き戻した。
Lemon「見返しても、ARAKIさんの判断が遅いとは思えません」
ARAKI「ああ。俺もそう思ってる」
Shadow「ならば何故あれほどまでに先手を取られたのでしょう……」
TopへのGank。Botへの圧力。そしてDragon前の集団戦。
振り返れば、どの局面もFROGの動きが起点になっていた。
FROGが動く。
その直後には、BUSTERの残り4人も次の形へ入っている。
ARAKI「……FROGが、俺より先まで読んでたのか?」
ZERO「未来をですか?」
ARAKI「あいつが動く前から、その後に起こることまで考えて、4人に指示する……」
自分の判断速度には自信があった。
サッカーでも、SOLでも、相手より先に危険を見つけることがARAKIの強みだった。
その自分が、何度も後手に回された。
ARAKI「そんなことができるのか……?」
驚きより先に、悔しさが込み上げる。
もし本当にそうなら。
自分は、まだ王者の司令塔に追いつけていない。
Lemon「少なくとも、FROGが動いてからBUSTER全体が動くまでが、ものすごく速かったです」
ARAKIは映像から目を離した。
ARAKI「なら、こっちも1手前から動く」
4人を見る。
ARAKI「次に起こりそうなことを、先に2つか3つ伝える。起きてから考えるんじゃなく、先に答えを用意しておく」
Lemon「それ、ARAKIさんの負担が大きくないですか?」
ARAKI「問題ない。2つ先ぐらいまでならやれる」
Pika「……本気デスカ? かなり超人ですヨ」
ARAKI「やるさ。問題はお前らだ。俺の指示を受け取りながらプレイ出来そうか?」
ZERO「確かにこちらの脳処理速度も上げる必要があります」
Zark「やるしかねえだろ、勝つために!」
ARAKIは立ち上がった。
負けたまま、納得して終わるつもりはない。
ARAKI「よし、行くぞ!」
*
Game2。
ARAKIは、試合が動く前から声を出し続けた。
ARAKI「次、FROGがTopへ来たらPikaはすぐ下がれ。ZEROは逆側を取る。来なければ、そのままDragon側を見る」
Pika「了解デス!」
ほどなく、FROGが上側の視界から消える。
ARAKI「1つ目!」
今度は早かった。
PikaはFROGの姿を確認する前から下がり始め、ZEROも同時に逆側へ動く。
FROGがTopへ姿を見せた時には、すでにARCANAの対応は始まっていた。
HARU「ARCANA、早い! Game1より明らかに対応が速くなっています!」
NAGI「相手が動いてから考えるのではなく、次の展開を先に用意していますね」
手応えはあった。
これなら間に合う。
そう思った直後だった。
ZERO「こっち、先に入られてます!」
Shadow「Botからも来ます!」
ARAKIが視線を走らせる。
FROGがTopへ姿を見せた、その裏側。
RAKUとTriggerは、ZEROが資源を取り返すはずだった逆側の森へ、先に向かっていた。
ARAKI「なら次は――」
指示を出す。
ARCANAの4人も、すぐに反応する。
ZEROは引き返す。Pikaは守れたが、反対側で取り返すことはできなかった。
遅くない。
Game1より、確実に速い。
それでも。
ARAKI(……まだ、先にいる?)
用意した分岐に従って動いても、BUSTERはその先に備えていた。
先を読んでも追いつけない。
分岐を増やすほど、ARAKIの処理量も増えていく。
それでもARAKIは声を止めなかった。
次はTop。
その次はDragon。
逆ならBot。
考え、伝え、また次を読む。
ARCANAも必死に食らいついた。
ARAKI(何が……何が足りない!?)
そのわずかな遅れを、FROGは見逃さなかった。
ARCANAの陣形に隙が生まれた瞬間、
1人を倒せば、もう次の標的へ。
客席で、takaが唇を噛む。
taka「……すげえよ。でも、今日くらい止まってくれよ……!」
追いつこうとするほど、FROGはさらに先へ進んでいく。
そして……最後までその差は埋まらなかった。
HARU「決着! Game2もBUSTER!」
ARCANAの本拠地が崩れる。
HARU「FROG選手、Game1に続いてGame2でもCarry! 開幕戦から圧倒的な存在感を見せました!」
NAGI「ARCANAも昨季から見違えるような戦いを見せてくれましたが、FROG選手が更に上を行きましたね」
HARU「開幕戦はBUSTERが2対0! 国内王者がストレートで勝利です!」
その瞬間、Zarkが拳を1度だけ机へ落とした。
Zark「……クソッ!」
だがZarkはすぐに手を引き、荒く息を吐くと、ヘッドセットを外した。
その横で、ARAKIは結果画面を見つめたまま、すぐにはヘッドセットを外せなかった。
Game1より速くなった。
間違いなく、速くなった。
それでも――届かなかった。
*
控室では、FROGのヒーローインタビューがモニターに流れていた。
会場の歓声が響く中、ARCANAの面々は誰も画面を見ていなかった。
ARAKIが口を開く。
ARAKI「……まず、謝らせてくれ」
5人の視線が集まった。
ARAKI「今日の敗北の責任は俺にある……すまなかった」
Shadow「まさか、あの特約のことを気にしているのですか?」
ARAKI「そうだ。お前たちは指示に従ってくれた……その上で負けた。俺の責任だ」
Zark「今更何言ってんすか! 別にあのことは誰も後悔してねーでしょ」
ARAKIが言葉を止める。
Lemon「それより……気付いた事があります。覚えてるうちにレビューしましょう」
ZERO「そうですね。記憶が新鮮なうちに」
ARAKI「……そうだな。頼む」
Lemonがリモコンを操作する。
FROGの姿が消え、モニターにはGame2の映像が映し出された。
Lemon「ここです」
FROGがTopへ向かう場面。
その姿が見えるより先に、RAKUが中央から動き始めている。
Triggerも同じだった。
ARAKIが事前に用意した分岐へARCANAが動き始めた時には、BUSTERの2人はすでに次の位置へ向かっていた。
ARAKI「FROGがTopへ出る前から、もう次に備えてる……」
Lemon「そうなんですよね……他にもあります」
別の局面。
今度はFROGから離れた場所で、Neroが先に位置を変えている。
Pika「離れた場所でも、同じように動きを変えてますネ……」
ARAKIは黙って映像を見つめた。
Game1で考えた。
FROGが、自分よりさらに先の展開まで読み切っているのだと。
だからGame2では、自分も先に分岐を用意した。
それでも届かなかった。
Lemon「たぶん……FROGだけじゃないんですよ」
ARAKI「……何?」
Lemon「BUSTERは、全員が次に何が起こるか考えながら動いてるんじゃないですか?」
ZERO「局面ごとの可能性を、5人とも分かっている……」
Shadow「そうなら、FROGの声を聞いてから考える必要はないですね」
ARAKIの中で、ようやく何かが繋がった。
ARAKI「……俺がもっと先まで読むんじゃない」
モニターには、動き出すBUSTERの5人。
ARAKI「全員で先を読む事が必要なのか……」
考え込むARAKIに、Lemonが口を開く。
Lemon「そこまで悲観する事ではないと思いますよ」
ARAKI「なぜそう思うんだ?」
Lemon「昨季まではこの問題点に辿り着く事すら出来なかったので……ボクは大きく前進したなと感じてます」
Shadow「ARAKIさんが加入してようやくスタートラインに立てた、ということかもしれません」
Pika「小学生に負けるくらいでしたからネ!」
Zark「その自虐だけはダメでしょ!?」
ARAKI「ふっ……」
重かった控室の空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
その時、控室の扉がノックされた。
マネージャー「失礼します」
扉を開けて入ってきたのは、BUSTERのマネージャーだった。
その後ろには、FROGとTriggerが立っている。
マネージャー「試合直後のところ、申し訳ありません。こちらの2人が、ARAKIさんと少しお話ししたいそうでして……よろしいでしょうか」
ARAKI「俺に?」
Trigger「はい!」
FROG「すみません。少しだけ、お時間いいですか?」
ARAKI「ああ、もちろん。入ってくれ」
マネージャー「この後も予定があるから、あまり長くならないように。私は外で待っているからな」
FROG「ありがとうございます」
2人が控室へ入る。
ARAKI「お疲れ様だ。いや……完敗だった」
FROG「驚いたのはこちらです。ゲームを始めて数か月で、あの実力……しかも36歳で。正直、信じられません」
Zark「すげえだろ?」
Trigger「何でお前が威張ってんだよ」
思わず何人かが吹き出した。
Shadow「それで、用とは? マネージャーの方が時間がないとか言ってましたが」
Trigger「あっ、そうだった!」
Triggerが慌てて手元の鞄を探り、2枚の色紙を取り出した。
Trigger「あの……ARAKIさん。よかったら、サインもらえませんか?」
Lemon「この流れで!? 完勝後に!?」
ARAKI「俺に勝った直後に、相手の控室まで来てサインを?」
Trigger「いや、その……今日じゃないと、またいつ会えるか分かんないんで!」
ARAKIは差し出された2枚の色紙を見る。
ARAKI「サッカー選手の荒木将として? それとも、ARCANAのARAKIとして?」
Trigger「え?」
そこまでは考えていなかったらしい。
Triggerが固まる。
ARAKI「2枚あるなら、両方書くか」
Trigger「えっ、いいんすか!? ありがとうございます!」
1枚には、サッカー選手として。
もう1枚には、プロゲーマーARAKIとして。
書き終えた2枚をTriggerへ返す。
その横から、FROGが覗き込んだ。
FROG「あとで1枚くださいよ」
Trigger「これは2枚ともオレのだ」
FROG「ひどい!」
先ほどまで、手の届かない王者に見えていた2人。
だがこうして目の前にいる姿は、どこにでもいる仲のいいチームメイトそのものだった。
ARAKI「ふっ……今度は勝つ。また、よろしく頼む」
FROG「はい。次も楽しみにしています」
Trigger「サイン、ありがとうございました」
BUSTERの2人が揃って頭を下げ、控室を出ていった。
Pika「楽しそうでしたネ」
ZERO「彼らのあんな姿、初めてみたかもしれません」
Zark「ARAKIさん。オレもサインください。プレミアついたら売れるかも」
ARAKI「お前はtakaを越えてからだ」
Zark「それ、かなりきついっす……」
ARCANAも笑いながら帰路へ向かう。
敗北を忘れたわけではない。
ただ、何が足りなかったのかは見えた。
だから今は、前を向いて会場を出られた。