悪徳の都に浸かる   作:晃甫

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010 開戦の狼煙

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「クソッ、どうなってやがる!?」

 

 ダンッ、と自らのデスクを叩き、ヴェロッキオはその額に青筋を浮かべていた。余りにも激しい彼の怒りに、同じ室内にいた部下の顔色は見る見るうちに悪くなっていく。ここで余計な口を叩こうものなら容赦ない制裁が待っていると分かっている手前、返答することすら儘ならない状況である。

 ヴェロッキオの怒りの原因は、彼がこの街に放った二人の殺し屋にあった。

 ヘンゼルとグレーテル。童話の名を冠する二人の子供である。だが子供だからと侮ってはならない。幼少の頃から殺しを仕込まれた彼等に美学はなく、拘りもない。故にどこまでも純粋に、単純に、二人は殺人という行為に没頭する。

 二人をロアナプラに放って約五日。既に犠牲者は十に達しようとしている。加えて言えば、その犠牲となった人間はそこいらのチンピラではない。黄金夜会直系の構成員、生粋の武闘派たちですらその手にかかっているのだ。

 そしてヴェロッキオが憤慨しているのは、正にこのことだった。

 

「俺はロシア人(イワン )東洋人( アジアン)を一人ずつ始末しろと言ったんだぞ! だってのに何だこの状況は!?」

 

 ヘンゼルとグレーテルはホテル・モスクワのバラライカとウェイバーを抹殺するために秘密裏に雇った殺し屋である。

 悪徳の都で多くの利権を有する黄金夜会の一角。一等の大悪党である二人を、どうしてヴェロッキオは狙っているのか。それはとても簡単な理由で、ロアナプラでの勢力を拡大させたいが為だった。

 過去幾度とない抗争の末に、黄金夜会と呼ばれる集団は誕生した。戦力の拮抗した状態で争い続けても得るものは疲弊ぐらいのものだ。それならばいっそ手を組んで、この街で得られる利潤を分配しようと考えられた。当然本当に協力体制を敷こうとしている人間など黄金夜会のメンバーの中には誰一人としていない。彼らに揃って下されている指令はロアナプラでの地位を確立させることであり、現在のこの状況は停滞に他ならないからだ。

 しかし、だからといって一つの組織が単独で行動を起こす訳にもいかない。

 そうなれば残りのメンバーはこれを口実にその組織を袋叩きにするだろう。利益の分配率が高くなる。それだけの理由で。

 

 ヴェロッキオは焦っていた。

 コーサ・ノストラの本部に居る大幹部から、一刻も早くロアナプラを落とせと圧力をかけられていたからだ。本部でのうのうと高級なソファに腰を下ろす大幹部どもは、今のロアナプラの状況というものを全くもって理解していなかったのだ。

 下手に行動を起こすことは出来ない。けれど本部からの命令に背くわけにもいかない。

 そして板挟みにあうヴェロッキオは、ヘンゼルとグレーテルという双子の殺し屋を秘密裏に雇い黄金夜会の一角を切り崩すという苦渋の決断を下したのだった。

 ターゲットとして選んだのはホテル・モスクワのバラライカとウェイバー。両者ともロアナプラきっての武闘派であり、その影響力は黄金夜会の中でも頭一つ抜けていた。二人を抹殺することに成功すれば、今よりも格段にこの街で動きやすくなると考えたのだ。

 そうして裏で行動を起こしたヴェロッキオは、無事双子をこの街に招き入れるところまでは成功した。

 が、蓋を開けてみればご覧の有様。

 

「誰が部下の胴体持ち帰ってオモチャにしろと言ったんだッ!? しかも見ろ! もう(ツラ)まで割れちまってる!」

 

 乱暴にデスクに叩きつけたのは二枚の手配書。ヘンゼルとグレーテルの顔が印刷されたものだ。どこかのスナッフビデオの映像を切り取っているのか、鮮明に表情が見えるわけではないが、正体を暴かれた時点で作戦は瓦解したも同然だった。それもこれも、ヘンゼルとグレーテルがウェイバーを殺しそこね、あまつさえ目撃者のホテル・モスクワの構成員を取り逃がしたせいである。

 

「だからあれほど言ったんだ! ウェイバーには細心の注意と最高の警戒であたれと! なのにタイマン張っただと!? ふざけてんのかあの糞ガキども!!」

 

 部下からの報告を耳にしたときは唖然とするしかなかった。

 あのウェイバーに単独で挑むなどこの街の住人はおろか黄金夜会の人間ですらしない愚行である。いくら余所者とは言え、相対すればその力量くらいは感じ取れるものだろう。感じ取れなければその程度だと割り切るしかないが、理解した上で挑みかかったのだとしたらただの自殺志願者だ。

 怒りの収まらないヴェロッキオの胸中に渦巻くのは多大な憤怒とそれ以上の焦り。コーサ・ノストラの大親分はこの街のことをいたく気にかけている、それこそ本拠地であるイタリアと重要度で並ぶ程に。

 この街に来た以上、生半可な成果では本部の連中は納得しない。下手をすれば次の最高幹部会で海の藻屑にされるかもしれない。

 それを回避するためには、既に瓦解したも同然な作戦を遂行しなくてはならない。ここまで来た以上、引くという選択肢は存在しなかった。

 と、ここで部下の一人がヴェロッキオの間近にまでやって来た。何かに怯えるような素振りを見せながらも、入口付近に視線を向けて口を開く。

 

「あの、ボス……」

「ああ!? なんだこんな時に!」

「いえ、あの……双子が、ここに」

「……なんだと?」

 

 部下の言葉を受けて怪訝そうに向ける視線の先に、二人は立っていた。子供らしい柔らかな笑みを携えて立つ二人を見て、ヴェロッキオが苛立たしげにソファから立ち上がる。

 

「ここには出入りをするなと言った筈だぞ、一体何しにきやがった」

「ふふ、二人で話し合って決めたのよ」

「そう、ボルシチとスシはメインディッシュって」

「あぁ?」

 

 口調を荒げるヴェロッキオを前にして、二人は笑みを浮かべたまま言った。

 

「最初はマカロニからって」

 

 それが合図となった。

 ヴェロッキオファミリーのオフィス内で、凄惨な殺戮の幕が開く。

 

 

 

 12

 

 

 

「……成程な。これでハッキリした」

「ヘンゼルとグレーテル、ですか」

 

 ホテル・モスクワの所有する施設内、一台のブラウン管テレビを見つめているのはバラライカとボリス。テレビに映し出されているのは一本の殺人(スナッフ )ビデオ。二人の幼い子供が鈍器や銃器、鋭利な刃物を手にし、前方に並べられた人間たちを殺していくという内容のものだ。時折背後に映る撮影者やスタッフらしき男たちは、子供の凶行を楽しそうに眺め口元を歪めている。

 

「大尉殿の勘が当たりましたな」

「違和感は始めから感じていた。奴らは生粋の殺し屋ではない、誰かが興味本位に仕込んだものだろう」

 

 バラライカの予想はずばり的中していた。サハロフから伝えられた情報を元に人相を特定、その話し言葉から出身地を割り出した。裏の界隈で流通しているビデオを隅々までチェックしていった結果、双子がルーマニアの出身であり、殺人ビデオをきっかけとして殺戮人形へと変貌した事実を突き止めたのだ。

 

「なんとも皮肉な話だ。人口増加のための政策が、人殺しを生み出すことになるとはな」

「チャウシェスクの落し子、ですか」

 

 ルーマニアで定められた法律の中に、妊娠した女性が中絶することを禁止するという項目が追加された。国の人口を増加させるために政府が打ち出したのだ。この政策の結果、確かに国の人口は増加した。だが今度は育児放棄によって孤児院に引き取られる子供たちが急増する。この子供たちのことを、チャウシェスクの落し子と言った。

 

「それだけガキが増えれば施設の運営なんてのはすぐに破綻する。そうした施設から闇へと売られていったガキ、それが双子の正体だ」

 

 葉巻を咥え、彼女は小さく息を吐く。

 

「奴らは自分が生き残るために必死になって変態どもが喜ぶ殺し方を覚えた。……そして、いつしか全てを受け入れた」

「こちら側、ですな」

「そうだ。青空を拝むことを諦めて漆黒の闇へと堕ちていった。ビデオの元締めの下でピエロになることを選んだのよ」

「……これからどう動くおつもりで」

「張に連絡しろ。奴にもこの情報を与えておく」

 

 

 

 

 

 

 

『成程な、チャウシェスクの落し子か。酷い話もあったもんだ』

「どの口が言ってるのかしらね張」

『そう噛み付くな。俺はなバラライカ、どうも道徳や正義ってのは肌に合わん。そのガキどもに同情する気なんて更々無い』

 

 電話越しでそう言う張は、どことなく寂しそうに笑っているようだった。

 

『相手がどこの誰だろうと関係ない。俺やお前んとこのモンに手を出した。理由はそれだけで十分だ』

「そうね、私たちに正義なんて必要無いわ。いるのは利益と信頼だけ」

『それで? 販売元は割れてるんだろう?』

「ええ、管理していたのはイタリアン・マフィア。ここまで言えば後は分かるわよね」

『確かに、身内から死人が出りゃ立派なアリバイだ』

「イタ公には奴らの躾が出来なかった。その煽りを食らったのよ」

 

 イタリアン・マフィア、コーサ・ノストラ。この組織の幹部であるヴェロッキオが今回双子をこの街に放った張本人だ。大方ロアナプラでの権利拡大を狙っているのだろう。順調に事が運んでいないのは純粋にヴェロッキオの力不足だとバラライカは嘲笑した。

 

『理由はどうであれ、けじめは付けさせてもらうさ。さて、そろそろ本題といこう。俺に何を望んでいるんだバラライカ』

「そうね。……そろそろ街の色を変えるべきじゃないかしら」

『昔のように戦争するつもりか?』

「まさか。あのレベルの戦争を引き起こすのはデメリットしかないわ。ホテル・モスクワと三合会、ウェイバー。三つ巴なんて冗談じゃない」

『……俺だって土手っ腹に鉛玉食らうのはもうたくさんだ』

「だからこれは戦争じゃないわ。正当な理由による粛清よ」

『連絡会の意味が無くなるな。ウェイバーには何て説明するんだ』

「必要無いんじゃない? そういう場面(・・・・・・ )になれば放っといたって出てくるわよ。そういう男ですもの」

 

 それもそうか、と受話器越しに張は笑った。

 ウェイバーという男はいつも変わらない。自身が守るべきだと判断した人間は何があっても守りきる。これだけ聞けば到底この街の人間とは思えない善人だ。

 しかし忘れてはならない。彼はこの街でも一等の悪党。ウェイバーという人間は守るべき人間は守りきる。その逆もまた然りなのだ。殺すべきだと判断した人間に、一切の容赦はしない。

 今回ヘンゼルとグレーテルに襲撃されたにも関わらず動きを見せていないということは、恐らくは彼の中で双子は殺すべき人間ではないと判断されたのだろう。そこにどういった基準があるのかは定かではないが、ウェイバーとはそういう男だ。

 だが、例えウェイバーはそうであってもホテル・モスクワにとっては同胞の仇。死をもって償わせる他に道はない。

 

「後は貴方次第。組むか、忘れるか」

『……まぁ、本部に申し奉るまでもないか。剛力のみが俺たちの流儀にして唯一の戒律だ』

「久しぶりにガンマン姿が見られるかしら?」

『鉄火場に立つのは嫌いじゃないが、生憎とウェイバーみたいなのを期待されても困るな。俺は人間を辞めたつもりはないんでね』

「ほんと、どの口が言ってるのかしら」

『行動を開始するときは連絡をくれ。同時に始めるよ』

 

 そう言って通話を終える。受話器を置いたバラライカは、そのまま席を立ち別室へと向かう。

 これで三合会はこちら側となった。共闘態勢である。黄金夜会の筆頭であるホテル・モスクワと三合会が手を組み動く。ロアナプラで特大の花火が打ち上がること必至だった。

 

「軍曹、同志戦友たちに連絡しろ。一八〇五より準備待機。想定、教則217ケース5だ」

「街区支配戦域における 要人略取(スナッチミッション )ですか」

「そうだ。混乱が予想される、周囲区画には管轄の部下を配置しておけ。この街上げてのカーニバルだ」

「賑やかなのはいいことです大尉殿」

「ああ、……行くぞ」

 

 

 

 13

 

 

 

 ――――午後六時十五分。

 ヴェロッキオ・ファミリーの所有するオフィスの周囲には、黒塗りの高級車が何台も並べられていた。それらの全てが三合会が所有する車であり、既に建物の全方位は張の部下によって包囲されている。あとは彼の指示に従い、内部に突入するだけとなっていた。

 入口の正面に停車された車の後部座席から、張がゆっくりと外に出る。確か三階がヴェロッキオの部屋だったと記憶しているが、その部屋には今も明かりが点いていた。どうやら内部に人がいることは確実らしい。

 周囲の部下たちがそれぞれの武器を手に入口に視線を向けている中、張だけはサングラス越しにヴェロッキオの部屋を見ていた。眼を細め、何かを見極めようとしているようにも見える。

 

「張大哥。ビルの周りは完全に固めました。あとは大哥が号令を」

 

 黒服の部下にそう言われるも、張は上方から眼を逸らさない。

 そしてそのまま、彼は隣の部下に呟く。

 

「周、頭を低くしといたほうがいいぞ」

 

 その言葉の意味が分からなかった部下だったが、次の瞬間には全てを理解する。

 バリンッ! と窓ガラスが砕け散る音と共に、男が車の屋根に落下してきたのだ。肩から腹にかけて斜めに切り裂かれ息絶えている男はヴェロッキオ・ファミリーの一人だろう。そんな男をちらりと見て、張は親指で頭の横を押さえた。

 

「……こりゃ仕事は人狩り(マンハント)に変更だな」

 

 すぐにホテル・モスクワに連絡をするよう指示を出し、懐から愛銃を引き抜く。

 とうとう親にまで噛み付いてしまったのだろう。ヴェロッキオごときでは、あの双子を飼い慣らすことなど出来はしなかったのだ。

 

「ったく、ついてないな」

 

 

 

 ――――午後六時十八分。

 ホテル・モスクワの所有する建物の一区画。小さな戦争が起こせそうなほどの武器弾薬が貯蔵された部屋の中心に、バラライカと彼女直属の部下たちの姿はあった。部下の全員が同じ軍服に身を包み、手に銃を携えている。

 

「同志諸君。ヴェロッキオ・ファミリーが襲撃を受けた。だが予定に変更はない、現刻より状況を開始する」

 

 三合会からの連絡を受けても、彼女らの行動は止まらない。

 

「勇敢なる同志諸君。我らにとってメニショフ伍長はかけがえのない戦友だった」

 

 銃を持つ部下の中には、現場に居たサハロフの姿もある。彼もまた他の部下と同様に口を真一文字に結び、バラライカの言葉に耳を傾けていた。

 

「鎮魂の灯明は我々こそが灯すべきもの。亡き戦友の魂で、我らの銃は復讐の女神となる」

 

 バラライカの表情は険しい。亡き戦友メニショフを思ってか、またはこれから起こるであろう粛清を思ってか。隣に立つボリスは、ただ彼女を見たまま動かない。

 一度言葉を切ったバラライカは、最後に部下たちに告げる。

 

「カラシニコフの裁きのもと、5.45ミリ弾で奴らの(あぎと )を食いちぎれ!!」

 

 

 

 ――――午後六時二十分。

 ヴェロッキオ・ファミリーのビルの前は戦場と化していた。

 並べられた黒塗りのセダンは何台もひっくり返され、蜂の巣にされて爆発炎上していく。辺りの地面は多くの薬莢と血溜まりで彩られていた。

 BARによる掃射をセダンの陰に身を潜めて避ける張は、件の双子が一人しかいないことに気が付いていた。

 

(どこだ……? もう一人は一体どこにいる)

 

 両手にベレッタM76のカスタムモデル、天帝双龍(ティンダイションロン)を構えたまま張は周囲を見渡す。

 このビルの周囲は三合会の部下たちによって完全に包囲されている。襲撃が起こっているのはこの入口前だけなのを考えると、もう一人はまだ建物内部に残っている可能性が高いのではないだろうか。

 だが建物内部には既に多数の部下を向かわせている。対象と接触すれば直ぐに連絡が入るはずだ。その連絡もないことを考えると、何処にいるのか見当が付かなくなってしまう。

 

「あはは! おじさんやるぅ!」

 

 BARを乱射する少女が楽しそうに嗤う。

 この時点で部下を何名か殺られているが、今はそれを気にしている場合ではないようだった。セダンの陰から飛び出し、二挺を少女へと向けて容赦なく発砲する。そのまま近くにあったセダンに転がり込むようにして飛び込み、鉛の雨を回避する。先程からこれの繰り返しだ。

 

「この前のおじさんとどっちが強いかしら。殺してみれば分かるでしょうね」

 

 でも残念、と少女は張のほうを見て。

 

「今はおじさんと遊んでいられないの。時間稼ぎはもう終わったみたいだから」

 

 直後、ビルの三階が爆発した。

 破壊された窓ガラスが降り注ぐ。炎が内側からビルを飲み込んでいく。

 爆発の際に一瞬眼を閉じていた張が再び眼を開くと、そこに少女の姿は無かった。今の爆発で出来た一瞬の隙に乗じて移動したのだろう。恐らくはビルを爆破したもう一人と共に。

 パラパラと降るガラス片を手で払いながら、張はセダンにもたれ掛かる。

 

「ああ、……まったくほっとする」

 

 

 

 14

 

 

 

「どうやら始まったみてえだな」

「なにがだいダッチ」

「ホテル・モスクワの大捕物だよ」

 

 缶ビール片手に窓から外を眺めるダッチの隣にロックがやって来る。

 既に太陽は西の彼方に沈み、深い青の夜空が広がっている。普段であればイエローフラッグでアルコールを呷っているだろう時間だが、ダッチたちは自分たちのオフィスの中に居た。

 

「今日ばかりは無闇矢鱈に出歩くわけにもいかねえ。風穴開けられたくねえからな」

 

 ホテル・モスクワが大々的に動く。

 その報せは瞬く間にロアナプラを駆け巡った。故に殆どの人間は夜間外出を控え、ダッチたちのように閉じこもっているのだ。もしもふらふらと通りを歩いていれば、行く手を遮る全てを排除するバラライカの手によって肉塊へと変えられてしまうかもしれない。まあ、懸賞金目当ての自殺志願者たちは話が別だが。

 

遊撃隊(ヴィソトニキ)を出すなんて只事じゃねえ。昨日の朝のことにそうとうお冠みてえだ」

「遊撃隊?」

「ロックが知らねぇのも当然か。バラライカの子飼いの部下のことを纏めてそう呼ぶのさ。ホテル・モスクワ以前からの連中のことだ」

「大尉って呼ばれてるだろ、彼女」

 

 ロックとダッチの会話に、冷蔵庫から取り出した缶ビールのプルタブを開けながらベニーが加わる。

 

空挺( パラ)だったか 特殊部隊(スペシャルフォース)だったか、その手の部隊にいたらしい。直系の部下たちは第三次大戦に臨めるだけの戦場と技量を積んだ百戦錬磨のアフガン帰還兵」

「他のマフィアと違うのはそこだな。とにかく統率が取れて容赦がねえ。バラライカを頭とした一個の殺戮機械だ」

 

 ダッチやベニーの言葉を聞く限り、とても勝てる気がしない。

 それに加えウェイバーまで殺し屋はターゲットにしていると聞く。正気の沙汰とは思えなかった。

 

「ウェイバーさんも動くんだろうか」

「さあな。アイツの動きは誰にも予測できねえ、それでいていつも大事なとこには必ず現れやがる」

 

 ダッチは残っていたビールを飲み干して、新たなビールを冷蔵庫に取りに向かう。

 

「バラライカにウェイバー。はっきり言ってこの街で一番敵対しちゃいけねえ二人だ。通り魔たちの気が知れねえ」

「バラライカさんはともかく、ウェイバーさんは確かに強いけど、何も後ろ盾はないだろ? 殺すことは難しいかもしれないけど、バラライカさんよりは難易度が下がるんじゃないか?」

「お前は何も分かってねえなロック」

 

 ロックの発言に、ダッチはすかさずそう返した。

 

「何も後ろ盾がない状態であの地位にいるアイツが如何にバケモンか」

「しょうがないよダッチ。ロックはウェイバーの昔のことを知らないんだから」

「昔のこと?」

 

 ベニーが切り出した話題に反応すると、その続きはダッチの口から紡がれた。

 

「アイツはな、昔ホテル・モスクワと三合会を敵に回して生き残った男だ。当然、単独でな」

「………………」

 

 唖然とするほか無かった。

 本当に同じ人間なのかと疑いたくなってくる。ホテル・モスクワと三合会、この二つがどういった組織なのかくらいはここに来て日の浅いロックでも理解している。下手に盾突けば汚い路地裏に転がることになるだろう。そんな組織を纏めて相手にして生還する彼は、どんなサイボーグなんだとツッコミたくなる。

 

「ま、ウェイバーに関しちゃ深く考えるだけ無駄だ。ウェイバーだから、そう思ってねえとついていけねえ」

「だね。前も視界塞がれた状態で敵十人の眉間に正確に撃ち込んだりしていたし」

「たった一人のくせに戦力過多って言われてるくらいだからな」

 

 ダッチとベニーはもうウェイバーの異常性に慣れてしまっているのか、いかにも軽い口ぶりだった。

 いつかは自身もこういう風に考えるようになってしまうのだろうかと思うと、冷や汗が止まらなくなる。

 

「……そういやレヴィはどうした」

「そういえば。さっきまで部屋にいたと思うけど」

 

 ウェイバーの話題を出せば間違いなく会話に参加してきた女ガンマンの姿が見えない。それに最初に気がついたのはダッチだった。

 部屋の中を見渡しても彼女の姿はなく、また寝室にも居なかった。今日のような日に外をほっつき歩いているのだろうか、まさか飲みに行っているわけではないだろう。

 

「……オイオイ、なんか嫌な予感がするぞ」

「奇遇だねダッチ。僕もだよ」

 

 それにはロックも全面同意だった。

 基本的に自分の欲望に忠実なレヴィだが、この街のルールを破るような真似はしない。姉御と呼ぶバラライカが外に出ることを控えるように言えば、最終的には従うくらいの理性は持ち合わせている。

 もしもそれを破るようなことがあれば、まず間違いなくウェイバーが絡んでいると言える。

 

「まさか、ウェイバーさんのところに……?」

 

 

 

 15

 

 

 

 静まり返る夜のロアナプラ。露店の殆どは早々に店をしまい、酒場にも客の姿が無い。

 昨日イエローフラッグでレヴィが言っていた『今のロアナプラはポップコーンだ』という発言は正しい。今正に至るところで破裂が始まっているのだ。ヴェロッキオ・ファミリーのビルを皮切りに、それは各地へ伝播していく。

 そして、此処にも。

 

「……こんばんは、お姉さん」

 

 二階建ての白い建物を前に少女、グレーテルは微笑む。

 この建物には当初からターゲットになっていた男、ウェイバーが居る。依頼主のヴェロッキオを殺してしまった今そんな依頼は無効になってしまうのかもしれないが、そんなことは彼女にはどうでも良かった。ただ殺したい。そんな欲求に素直に従い、グレーテルは此処にいるのである。

 そんなある意味で純粋な少女の前に立ちはだかる、一人のガンマン。右手に持っていた手配書を適当に放り投げ、代わりにショルダーホルスタへと手を伸ばす。

 ソードカトラスと名付けたベレッタM92lnoxを抜き、夜よりも暗い漆黒の瞳を少女へと向けた。

 

「やぁね、そんな怖い顔をして。何か嫌なことでもあったのかしら」

「……一つだけ聞く」

 

 グレーテルの問いかけに、レヴィは犬歯を剥き出しにして。

 

「ボスを狙ってんのは、てめえだな」

「ええ、そうよ」

「……そうか」

 

 まるで悪意を感じさせない少女の言葉に、思わずレヴィは引鉄を引きそうになる。

 それを寸でのところで堪え、ひどく低い声でレヴィは告げた。

 

 

 

 

「――――楽に死ねると思うなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ロックさん、出番アッタネ!
 次回双子編完結です。

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