悪徳の都に浸かる   作:晃甫

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021 HELL PARADE

 

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「――――大尉殿。鷲峰組に動きがあったようです」

「詳細を」

「鷲峰組の屋敷を警戒していた部下よりの連絡です。一時間ほど前に邸内で騒動があった模様。その後数台の車が走り去っています」

 

 ボリスの報告を受けて、ソファに浅く腰掛けていたバラライカは背中を背もたれへと預け、身体をやや深く沈めた。

 

「造反か」

「おそらくは」

「無能な上官の下には同類しか集まらんというわけだ」

 

 滑稽な演目でも眺めるかのように、バラライカは嘲笑を浮かべる。

 バラライカが懐から取り出した煙草に火を点けるのを待って、ボリスは報告を続けた。

 

「その十五分後にロックとトゥーハンドが邸内へと侵入。十分後に鷲峰組所有のクラウンで移動を開始した模様」

 

 ピクリと眉尻を動かしたものの、バラライカはその報告に口を挟まなかった。視線だけでボリスに続きを促す。

 

「報告によれば鷲峰雪緒は拉致されたとのこと。車の移動先も九割方割り出しは完了しています。動くのであれば即座に状況を開始できますが」

 

 ボリスの提案に、しかしバラライカは首を振った。

 

「放っておけ。我々の目的はあくまでもこの地での戦争。勝手に崩壊する組織の事情になど興味はない。それに二挺拳銃とロックが首を突っ込んでいるのなら今だけは傍観してやろうじゃないか。奴らが地獄の釜の入口でどう踊るのか、そちらには少しばかり興味がある」

 

 口角を吊り上げ、火傷顔(フライフェイス)は邪悪に微笑む。

 

「見せてみろ、我々と共に踊る資格があるのかどうか」

 

 

 

 38

 

 

 

「つうかよ、その話まじなわけ?」

「嘘ついてどうなるわけでもねえだろ。香砂会はオシマイだよ、全員漏れ無くスプラッタにされたんだ」

 

 ピンを弾く独特の甲高い音が響き、上部に設置されたモニタのスコアが更新される。

 寂れた印象を抱かせるこのボウリング場には現在数十人のチンピラと、一人の少女だけが居た。そんな中にあって中央のレーンで呑気にボールを投げる千尋は、座席に座るチャカを見ないまま口を開く。

 

「てかよ、なんでその女連れてきたんだ」

「手土産だよ。何かいっこくらい渡さねえと向こうも納得しねえべ」

 

 言ってチャカは隣の少女へと腕を回す。途端に顔を顰める雪緒に、しかしチャカは上機嫌なまま。

 

「そんな顔すんなって雪ちゃん。別に殺そうってわけじゃねえんだし」

「触らないで」

 

 髪に触れようとしたチャカの手を払い除ける。自身を拒絶されたことが癪に障ったのか、先程までの取り繕われた笑顔が一変して眉間に皺が寄っていく。そのまま無言で雪緒の顔を打つ。その衝撃で少女の身体はよろめくが、チャカは雪緒の腕を掴んで離さない。そのまま二度、三度と少女を平手で打った。

 口内が切れたのか血を垂らす雪緒を睨み付けて、チャカは下卑た笑みを浮かべた。

 

「そうやって粋がってられんのも今のうちだ。すぐにあのロシア人どもに明け渡すのもなんだし、まずは知り合いの変態んとこに回してやっからよ。そいつチッピー以上のド変態でな、薬漬けしてからじゃねーと勃たねーんだよ」

「おーい聞こえてんぞチャカー」

 

 チャカの言葉の一切を聞き流し、雪緒は己の愚かさを悔いていた。

 どうして気が付かなかったのか。予兆はあった、目の前の男の行動の至るところに裏切りを示唆するようなものが滲み出ていた。それに気が付かなかった。鷲峰組という組織の存亡が掛かったこの局面になるまで、この男は本性を隠していたのだ。長いものに巻かれるなどという可愛いものではない。利用価値がある側に付く、そこに義理や恩情は介在しない。それがチャカという男だった。

 香砂会、そしてホテル・モスクワを相手取ると心に決めた。その時から自身の末路が碌なものでないことくらいは承知しているはずだった。銀次や吉田を始めとした鷲峰組の組員たちが命懸けで戦っているというのに、その中心にいる己がのうのうと生き続けることなど許されはしない。

 自身が生きるも死ぬも、彼ら組員たちと共に。

 そう心に誓い、いざ行動を起こそうとした途端にこれだ。たった一人の組員の裏切りにも自分ひとりでは対処することが出来ない。吉田という右腕のような存在を失い、嫌でも己の無力さを痛感する。

 結局どこまで言っても雪緒は少女でしかなく、鷲峰組組長としての矜持はあっても戦う術を持っていなかったのだ。

 

(このままこの男たちのいいようにされるというのなら、いっそのこと……)

 

 鉄の味が混じった生唾を飲み込み、雪緒は舌に歯をあてがう。

 この先生き恥を晒すくらいなら、この場で潔く死んだほうが。そう思って徐々に顎に力を込めていく雪緒だったが、その動きを目敏く察知したチャカが彼女の口に猿轡を嵌め込んだ。

 

「あ、それ俺が持ってきたやつじゃねえか」

「助かったわチッピー。ここで死なれちゃわざわざ拐った意味がねえもん」

 

 千尋が用意したのだという猿轡を口に押し込まれ、彼女の自決は敢え無く失敗した。

 雪緒が無駄な抵抗を諦めたと見て、チャカは席を立ちボウリング球を構える。放たれた球は寸分の狂い無くトップピンのやや横へ吸い込まれ、そのまま十本全てのピンを薙ぎ倒した。

 

「これからどうするつもりだよチャカ。お前考えがあるんだろ? 香砂会も鷲峰組も壊滅状態でどこへ行こうってんだ」

 

 全容を聞かされていなかったらしい千尋が、フィルタ付近まで吸いきった煙草を灰皿に押し付けながら尋ねた。

 

「最終的にはうちの組と関わってたあのロシア人んとこに転がり込む。雪ちゃん土産に渡してやりゃあ悪いようにはされねえっしょ。ま、その前に強面のボディガードが雪ちゃん助けにくるだろうからさ、それ始末してからになんだろうけど」

「まあ、俺はあの銀髪幼女とヤれればそれでいいんだけどよ」

「香砂会で雇ってたっつうロアナプラのガキか。俺もこっちで見つけたんだよなァ、女でヤれるガンマン」

 

 ホテル・モスクワ側が用意した通訳。その用心棒としてこの地を訪れていた黒髪の女を思い浮かべて、チャカは己の欲望が限界付近まで溜まっているのを感じた。出来ることなら今すぐにでも一戦交えてみたいものだ。現在の状況が状況だけにそんな悠長なことをしていられないが、もしもそれが許されるようであれば彼は迷わず行動に移すだろう。

 

「ここで待ってりゃあ向こうから来てくれる。それ始末したらとっととずらかるぜ。こんだけ頭数揃えたんだ、逃げ場なんざどこにもねーよ」

 

 周囲に屯するチンピラたちを見渡して満足そうに笑う。

 しかしこの場に居る全てのチンピラたちがチャカに協力的かどうかを問われれば、それは首を傾げざるを得ない。

 実際ボウリング場の片隅で拳銃を渡された男たちの何人かは、チャカや千尋に聞かれない声量で困ったことになったと会話を続けていた。

 

「こんなもんどうしろってんだよ……」

 

 手に持った拳銃に視線を落として、男の一人が呟いた。

 

「マジな話、俺ら超シャバくねェ? 撃ち方とか知んねえぞ」

「つーかこんなんなるとは思わねえだろ普通。ヤクザの娘拉致るとかどう収拾つけるつもりなんだよ」

「……あのよ、乱闘(ゴチャマン)始まったらバックレねぇ?」

 

 次第にこの場から離れることに会話の流れが傾いていく。

 集まった男たちが銃を持ちながらそんな会話を進めていることに気が付いたチャカは、徐にボウリングの球を掴み男たちへとぶん投げた。それなりの速度で放たれた球は男たちの一人の頭部に直撃、その男は頭蓋を陥没させて地面へと沈んだ。

 恐怖に顔を引き攣らせる男たちの元へ、チャカは無表情で近づいていく。

 

「オメーらさ、散々世話してやったの忘れたの? あんだけ甘い汁吸っといてな、土壇場でケツまくるとか有り得ねえっしょ」

 

 既に死に体の男の腹部に蹴りを入れて、震える男たちを睨み付ける。

 

「楽しいパーティーが始まんだからさ、盛り下げるような真似してんじゃねえよ」

 

 

 

 39

 

 

 

 緩やかに停止したクラウンから降りて、レヴィは眼前の建造物を見上げた。空は雲で覆われ月や星の光は殆ど届かない。周囲に光源となるような建造物も無いため、ここら一帯が闇に飲み込まれたかのような錯覚を覚える。

 

「へッ、まるで暗黒の塔(ダークタワー)だな。姫を救う騎士様のご到着ってわけだ」

 

 レヴィに続いて助手席に座っていた銀次、そして運転席からロックが降りる。ロックも目先のボウリング場を視界に捉え、否応無しに緊張が高まっていくのを感じていた。

 銀次の予想が正しければ、このヒラノボウルというボウリング場に雪緒と誘拐犯であるチャカたちが居るはずだ。向こうもこちらがやって来ることは予想済みだろうから、相応の武装をしていることは容易に想像がつく。

 こと戦闘面に関して言えば、それほど心配はしていない。こちらにはレヴィと銀次がいるのだ。二人の実力の高さは理解している。例え何十人も相手がいようが関係なく制圧するだろう。それよりも心配なのが雪緒の安否だ。誘拐したということはそこに人質としての価値を認めているからだ。それ故にすぐ様殺してしまうということは無いだろう。だが状況が逼迫し追い詰められた時、あの男は何を仕出かすか分からない。そうなる前に雪緒を保護することが先決だ。

 チャカと共に居るであろう雪緒を奴の元からなんとか引き剥がし、陽の当たる世界へと帰す。それがロックの望みであり、銀次が諦めた夢でもあった。

 

「ロック、あたしたちは正面から仕掛けにいく。あんたは裏から回ってくれ」

「分かった、俺は何を――――」

 

 カトラスを抜いて構えるレヴィに問い返そうとして、ロックは途中で言葉を失った。

 彼がその視界に捉えたのは、この場に限っては最も居てはならない人物。

 

 まさか。

 いや、きっと目の錯覚だろう。

 ここに、この場所に。あの人が居るわけがない。

 

 暗闇のせいで視界が悪く、きっと通行人か何かを見間違ったのだろう。周囲には民家もなく通行人など通るはずもないのだが、ロックは逃避気味にそんなことを考えた。もう一度目をこすり、先程の場所を目を凝らして見つめてみる。

 幸か不幸か、ロックのそれは見間違いではなかった。

 彼の視界の先にははっきりとグレーのジャケットを着た男と、真黒なコートを着た銀髪の少女の姿がある。決して近い距離ではないが、どういうわけかロックはその二人をはっきりと捉えることが出来た。二人が放つ得も言われぬ雰囲気を感じ取っているのかもしれない。

 そんな二人の存在に、レヴィと銀次もほぼ同時に気が付いた。普段であればウェイバーを視界に捉えた瞬間に駆け出すレヴィは、今回に限ってはそうした行動は取らなかった。現在の状況が状況だけにそうおおっぴらに動くことを躊躇ったのだろうか。カトラスを握ったまま、じっとウェイバーの方を見つめている。

 一方の銀次は切れ長の瞳がより一層鋭くなっていた。腰に下げた白鞘に手を掛け、いつでも抜刀できる状態を作り出している。ウェイバーに対しての警戒度がかなり高い。これにはロックも驚いた。

 

 そんな二人を他所に、当の二人はこちらの存在に気付いていないかのようにボウリング場の入口目指して歩いていく。

 こちらの存在に気づいていない訳が無い。レヴィはともかく、銀次に至ってはロックですら一歩下がるような殺気を醸し出している。百戦錬磨のウェイバーとその助手であるグレイが気付かないはずが無い。

 ロックのその予想を裏付けるかのように、一度グレイがこちらに顔を向け、柔らかに微笑んだ。その表情だけを見ればそれは天使と形容しても差し支えのないもので、しかしその手に構えた重量感のある銃が色々と台無しにしていた。

 そのままボウリング場内部へと消えていこうとする二人を前に、ロックは本能の部分で行動を起こしていた。

 

「ウェイバーさん!」

 

 このまま二人だけを先に行かせてはならないと、彼の第六感が告げていた。

 その声が耳に届いたのか、ここでようやくウェイバーがその足を止めた。ゆっくりとこちらに振り返る。

 

「……ッ!」

 

 ウェイバーの瞳を見て、ロックはぞっとした。背骨を全て氷柱と差し替えられたような寒気が襲う。

 彼の瞳に、自分たちは一切写っていなかった。真黒。漆黒。底の見えない暗闇のように、ウェイバーの瞳には光が無い。よく臨戦態勢時のレヴィが似たような瞳をすることがあるが、それとは次元が違った。人間はここまで冷たい瞳をすることが出来るのかと、ロックは驚愕と恐怖を禁じ得ない。

 

「……ロックか」

 

 ウェイバーからの返事があったことでなんとか平静を保つ事に成功したロックは、彼の元へと近づいていく。その後ろからレヴィと銀次も続いた。

 目の前にやって来て、ロックはウェイバーの瞳に光が戻っていることに気が付いた。先程までの底冷えするような冷たさは感じない。ロアナプラで出会ったときそのままの彼が立っている。そのことに疑問を抱くが、今はそれを解消している暇はない。

 直ぐに本題へと入ることにした。

 

「ウェイバーさん、どうして貴方がここに?」

 

 尤もな疑問だ。ウェイバーがどうしてこの場にいるのか。鷲峰組が襲撃されたのは小一時間ほど前。幾ら何でも情報が早すぎる。

 そして仮にこちらの状況を全て把握しているのだとすれば、ウェイバーは何を目的としてこの場にやってきたのか。

 事と次第によっては、ウェイバーと敵対しなければならない可能性も出てくる。先日レヴィに言われた時、既に覚悟は決めた。例えここで黄金夜会の一角を敵に回すことになろうとも、雪緒という少女を陽の当たる世界へ帰すのだと。

 だがいざ当人を目の前にすると、流石に若干の後悔は拭えない。単騎で過剰戦力とまで言わしめるウェイバーを相手にするなど自殺行為だと自覚もしている。

 しかし、それでも。

 男には退いてはならない場面がある。

 

 様々な思いが渦巻くロックに、ウェイバーは事も無げに答えた。

 

「……鷲峰雪緒を拐いに来た」

 

 瞬間。銀次とグレイが同時に動く。

 銀次の抜いた白鞘がウェイバーの首筋ギリギリに宛てがわれ、グレイの構えたMP7が銀次の額に突き付けられる。一瞬の出来事にロックは呆然とするほかなかったが、レヴィはニヤリと笑うのみで、ウェイバーに至っては刃を向けられているというのに微動だにしない。

 ウェイバーと銀次の視線が交錯する。

 

「……アンタ、香砂に雇われてんだってなァ。お嬢拐ってどうするつもりですかい」

「お前にそれを伝える必要があるか?」

「生憎とあっしらもお嬢を捜してましてね。渡すわけにゃァいかんのですよ」

 

 白鞘を向けられたままのウェイバーは数秒沈黙して。

 

「アンタら鷲峰を押し潰そうとしてた香砂会はもう無いぞ」

「私たちが掃除しちゃったもの」

 

 その言葉に思わずロックが口を挟んだ。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。もう無い? 香砂会が? それって一体……」

「言葉通りの意味よ、お兄さん。私たちがみィんな片付けてあげたわ」

 

 銀次へと突き付けた銃口はそのままに、グレイは口角を持ち上げた。

 

「それってつまり、香砂会は壊滅したってことですか?」

「……そんな話、信じると思ってンですかい」

「真実が知りたきゃニュース番組でもラジオでも点けてみろ。今頃トップニュースで報じてるだろうよ」

 

 言われ、ロックは携帯電話を取り出してネットを開く。そこには確かに関東香砂会屋敷が襲撃されたと報じられていた。

 香砂会をたった二人が壊滅させた。一般人に聞かせれば到底信じられる話ではない。但し、その二人の化物じみた強さを知っている人間であれば話は別だ。その身一つで悪徳の都の頂点にまで登りつめた男と、その街で手練を何人も屠ってみせた少女。

 この二人であればやりかねない、そうロックは納得してしまった。

 だがそうなると分からないのは、どうして香砂会を壊滅させたかだ。ウェイバーは香砂会に雇われていた。それはつまりウェイバーにとって香砂会は依頼主ということである。いつかレヴィは言っていた、一度受けた依頼は必ず遂行しろとウェイバーに教わったと。であれば今の彼の行動は、その教えに反しているのではないか。

 

(いや、待てよ)

 

 そこまで考えてロックは思考を切り替えた。

 一度受けた依頼は必ず遂行する。つまりウェイバーは香砂会から雪緒を誘拐しろと依頼されていたのではないか。何が原因で衝突することとなったのかまでは推測が難しいが、ウェイバーが香砂会から受けた依頼を尚も遂行しようとしているのならまだいくらかやりようはある。敵対も止むなしと考えてはいるが、味方に付けられればこれほど頼もしい存在もいないのだから。

 

「ウェイバーさん。雪緒ちゃんの誘拐は、貴方の意思ですか?」

 

 ロックの質問に、ウェイバーは間断無く答えた。

 

「そうだ」

「香砂会からの依頼ではないんですか?」

 

 ウェイバーが口を閉ざす。

 ここだ。ロックは直感する。今これからウェイバーと交わす言葉の二つ三つで、おそらく今後の流れが決定付けられる。彼を味方にするも敵に回すも、全ては自分の出方次第。ロックは内心で慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと切り出した。

 

「ウェイバーさん、僕たちは雪緒ちゃんを元の居場所へ帰してあげたい。彼女は望んでこちら側の世界へ来たわけじゃない。周囲がそうさせてしまったんだ。でも今ならまだ間に合う、今ならまだ引き返せる」

「…………」

「貴方も本当は彼女を解放しようとしているんじゃないですか? 誘拐なんて大義名分を掲げちゃいるが、実際のところは……」

「ロック」

 

 特に声を荒げたわけでも無かったウェイバーの言葉は、どうしてかロックにはいやに大きく聞こえた。

 ウェイバーは一つ息を吐いて。

 

「勘違いしちゃいけないぜ。元の居場所? 向こう側の世界? そんなもんの線引きは存在しないんだよ」

 

 銀次が持つ白鞘の刃の部分を指でなぞりながら、ウェイバーは続ける。

 

「仮にロックが言うあっちとこっちの世界があったとして、こっち側の世界の住人であるお前が彼女を助ける必要がどこにある」

「それは……」

「俺たちは悪党なんだぜロック。人助けなんて柄じゃないのはお前も分かってるだろう?」

 

 それは悪党としては紛れもない正論だった。

 ロックは自身が悪党であることを受け入れている。だが、その感情までも完璧に抑え込むことは出来なかった。

 

「あの子には未来がある! 真っ暗な闇の底に堕ちることを止められるなら、俺はそのために立ち上がりたい!」

「で、結局はレヴィやサングラスに頼るんだろう?」

 

 笑わせてくれるな、とウェイバーは呟いて。

 

「お前は正義を語っちゃいるが正義の味方なんかじゃない。自分の力を行使せずに他力本願で何かを望む、随分な正義もあったもんだ」

「……っ」

 

 ウェイバーの言葉に反論の言葉を見つけられないロックは、ただ歯噛みするしかない。

 

「お前は正しいんだろうさロック。でも強くない。自分の意見を押し通そうってんなら最低限の強さが必要だ。正義は必ず勝つんじゃない、勝った奴だけが正義を語れるのさ」

 

 ウェイバーは視線だけをグレイに向ける。その意味するところを正確に理解したグレイは、躊躇いもなく銀次から銃を下ろした。それに伴って銀次も白鞘を収める。

 尚も食い下がろうと言葉を探すロックを前に、ウェイバーは一度頭を掻いた。

 

「なんだか説教臭くなっちまったな。でもそういうことだ、別に俺を憎んだって構わないぜ。俺は悪党だからな、全ての憎悪を背負って生きてるつもりだ」

「……ウェイバーさんは、雪緒ちゃんがどうなってもいいんですか」

「そこに俺の意思が介在する意味はない」

「ボス」

 

 会話を終えて歩きだそうとするウェイバーに、レヴィが声を掛けた。

 

「ボスの目的は雪緒(あいつ)なんだろ? 目当てはあたしらもおんなじだ。この中にゃ糞野郎どもが蠢いてやがる、足元を這い回る屑ども蹴散らして目的のモンを手に入れる。やることは一緒じゃねえか」

「ま、そうだな」

 

 気軽に答えたウェイバーに対して、レヴィは獰猛な笑みを浮かべてみせた。

 

「だったら共同戦線といこうぜボス。賞品は早いもん勝ちだが、ゴミ掃除にゃ人手は多い方がいい」

 

 レヴィの提案に、ウェイバーはふむと一つ考えて。

 

「その方が効率的か。時間が経てば警察も来るだろうし、時間短縮出来るに越したことはないな」

 

 協調を図ることの利点を瞬時に判断し、レヴィの提案に乗ることにしたらしいウェイバー。レヴィはそれを聞いて一つ息を吐き、静かにロックの肩に手を置いた。彼にしか聞こえない程小さな声で耳打ちする。

 

「ここでボスと敵対するか協調するか、どっちが良いかくらいは分かるだろロック。敵対するにしても今じゃねェ、そこンとこを見誤るなよ」

 

 ファインプレーとも呼べるレヴィの行動には内心ロックもかなり助かっていた。

 自分ではどうしてもウェイバーとの敵対の構図を取ってしまうことになる。例え目的が違うのだとしても、その道中まで啀み合う必要は無い。レヴィの対応はこの状況下で限りなく正解に近いものであり、またロックが当初思い描いていた展開に酷似したものだった。

 それにな、と彼女は付け加えて。

 

「ボスが説教臭くなる時は決まって裏で何か企んでる時だ。あのガキのことも悪いようにはしねェだろうさ」

 

 そう言って僅かに頬を緩めるレヴィの言葉が真であることをロックは祈るしかなかった。

 ウェイバーが協調する、ということは必然的にその助手であるグレイも帯同することとなる。その少女はレヴィへと一歩近づいて。

 

「おじさんの援護は任せて、おねーさん」

 

 意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。

 ピキリ、とレヴィの額に青筋が浮かぶ。

 

「ボスに援護なんざ必要ねーんだよクソガキ。邪魔にならねェよう隅っこで燥いでろ」

「効率の問題だわ。手数は多いに越したことはないじゃない」

 

 このままだといつまで経っても中へ入れない。そう悟ったロックは二人の間に割って入ることでこれ以上の火種の拡大を防いだ。

 それを眺めていたウェイバーは、レヴィとグレイの二人が大人しくなったのを見届けてから身を翻す。

 

「じゃ、行くとしようか」

 

 途端にロックを除いた四人の纏う空気が豹変する。

 瞳は鋭く、より黒く。流れる血が冷たくなっていくような感覚に陥るロックを尻目に、四人は正面入口から堂々と敵の中枢へ踏み込んだ。

 

 

 

 40

 

 

 

 ボウリング場内部は閑散としたものだった。正面入口を抜けて直ぐに設置された受付に座る老人をレヴィがカトラスを突きつけることで黙らせ、四人は碌に清掃もされていない廊下を奥へと進んでいく。

 少し進むと、通路の奥に一枚の扉が現れた。その前では数人の男が地面に腰を下ろして談笑している。一応見張り役なのだろう。周囲に全く警戒している様子がないところを見ると、都内のチンピラたちの一部だと予想された。

 どうするの、と視線でウェイバーに問い掛けるグレイ。ウェイバーはそれには答えず、無言でリボルバーを抜いた。

 直後銃声。扉の前に座っていた男たちが例外なく崩れ落ちる。銃声は一発、しかし男たちには平等にマグナム弾が撃ち込まれていた。相変わらずの銃捌きにレヴィとグレイは静かに嗤い、銀次はサングラスの奥で驚きの表情を浮かべていた。

 そんな三人のことなど気にすることなく、ウェイバーは血に塗れた男たちの間をくぐり抜けて扉を開く。後に続いた三人が扉の中へと足を踏み入れると、そこにはチンピラたちを従えた金髪の男二人の姿があった。

 

「おや、チャンバラ野郎だけかと思ったらレヴィちゃんまで付いてきた」

「おいおいグレイちゃんが居るじゃねえか。なんでここに? いやどうでもいいや俺はもう我慢の限界」

 

 銀次はチャカのことなど視界に入っていなかった。彼の視線はチャカの真横、汚れた手で肩を抱かれた雪緒にのみ向けられている。雪緒の顔が腫れ、衣服のあちこちが破けているのを確認するや否や、銀次は怒りに身を染める。流麗な動作で白鞘を抜き、激昂のままに言葉を口にする。

 

「……やりやがったな……!」

 

 銀次が臨戦態勢に入ったのを見て、レヴィも獰猛に口元を歪めた。

 

「ダンスパーティだ、踊るぜ」

「おねーさんだけ楽しむのは無しよ、私だって退屈してたんですもの」

 

 レヴィがカトラスを、グレイがMP7を構えたことで状況は一気に緊迫する。

 そして。

 

「……とっとと済ませよう」

 

 撃鉄が落ちる。

 己の命を掛けた、死の舞踏会の幕が開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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