悪徳の都に浸かる   作:晃甫

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023 狂乱の始まりは小さな息吹と共に

 

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 悪党だよ。そう簡単に言ってのけた男を前にして、雪緒は言いようのない不安を感じていた。チャカなど霞んでしまうほどの強さを持つことは今しがたの攻防でなんとなく理解している。そんな男を前にしているのだ、敵か味方かも不明な以上、漠然とした不安を感じるのは無理からぬことだった。先程チャカに殴られた頬は未だ熱を持っているが、それと反比例するかのように全身に悪寒が駆け巡る。思わず自身の肩を抱く雪緒を見て、ウェイバーは苦笑気味に呟いた。

 

「何を考えてんのかは知らないが、別に取って食ったりはしない」

「……そう簡単に信用出来ません」

「そりゃまぁ確かにな」

 

 鷲峰雪緒は目の前の男が香砂会に雇われていた人間であることを知らない。しかし彼のことは明確に覚えていた。高市で初めて出会った時、銀次が言っていた事がずっと頭の片隅に残って離れない。危ない臭いがすると言っていたあの時の銀次の表情は、付き合いの長い雪緒であっても見たことのないようなものだった。

 その張本人が目の前に立っている。これで警戒するなという方が無理な話で、少女の顔には猜疑心がありありと浮かんでいた。

 部屋の片隅で身動きが取れなくなっているチャカには目もくれず、ウェイバーは何を思ったか唐突にジャケットを脱ぎ始めた。そのまま脱いだジャケットを雪緒の前に差し出して。

 

「一先ずこれを羽織った方が良い。あちこち破けてるぞ」

「……っ!」

 

 言われ、ようやく現在の自身の服装を思い出したのだろう。警戒する人物に施しを受けるのは気が引けたが、背に腹は代えられないと無言で彼のジャケットを受け取り、袖は通さず肩から羽織った。

 ジャケットを渡したウェイバーはズボンのポケットに突っ込んであった煙草を取り出し、慣れた手つきで火を点ける。

 

「ここ、禁煙ですよ」

「固いこと言うな。それに今更だろう」

 

 雪緒の指摘など意に介さず、ウェイバーは肺に取り込んだ煙を天井に向かってゆっくりと吐き出した。部屋の隅にはパイプ椅子が幾つか畳まれた状態で置かれており、その一つを引っ張ってきたウェイバーは雪緒の正面に広げ、どっかりと腰を下ろした。一分程でフィルタ付近まで短くなった煙草を靴の裏で消して、ウェイバーは雪緒と同じ高さの目線で正面から向かい合う。

 

「さて」

 

 びくっ、と雪緒の身体が震える。これから一体何をされるのかまるで想像がつかないのだ。話に応じてくれるだけの人間味はあるようだが、その実内心では何を考えているのか全く分からない。チャカを一瞬で無力化したことといいその佇まいといい、只者でないのは雪緒にも分かる。そんな男と一対一で正面から相対することは、少女に多大な緊張と恐怖を与えた。

 ウェイバーの瞳は日本人特有の黒さを持つものだったが、決定的に自分たちとは違うと雪緒は感じていた。黒い、余りにも黒すぎる、ドス黒いだとか漆黒だとか、そんな安易な表現では言い表せないような黒さ。気を抜けば吸い込まれてしまいそうなその視線は、雪緒という一人の少女にのみ向けられている。

 

「時間もそう無い。回りくどい話は止めておこう。どうして君は飛び込んだ?」

 

 どこへ、などとは口にしなかったウェイバーだったが、その言葉の意味するところを雪緒は完璧に理解していた。理解した上で、少女はこう返す。

 

「……何故、そんなことを聞くんですか?」

「鷲峰組の現状は知ってる、香砂会との関係も含めてだ。その上で言わせてもらうが、他の選択肢もあったんじゃないか」

 

 言外に、自身以外が総代を継承する道があったのではないかと聞かれているような気がして、雪緒は小さく首を横に振った。

 

「盃の復権には親族以外の継承は認めない。そうあったんですよ」

 

 自嘲気味に笑う雪緒を、ウェイバーは無言で見つめる。

 

「分かっています。どう考えたってこれは言い掛かりの難癖、義理や人情なんて存在しません。でもね、私たちはその中で筋を通すことしかできないんです」

 

 それに、と雪緒は付け加えて。

 

「これ以上、組の人たちが倒れていく姿を見ていられなかった」

「……組の人間を守るため、自分自身が矢面に立ったってことか」

 

 はぁ、と目の前の男は溜息を吐き出した。

 そういえば、どうして誰とも分からぬ男にここまで内情を話しているのだろうと雪緒は思う。男に対する警戒心は未だ消えない。にも関わらず、心の何処かで全てを吐露したいと思っている自分がいることに気が付いた。天然の人誑しなのだろうか、そんなことを考えずにはいられない。

 

「つまり、君はこの場所に望んで立った訳じゃないんだな」

「いいえ。これは私が自ら望んだことです」

 

 ウェイバーの言葉を、雪緒は即座に否定した。

 だがその言葉を、ウェイバーは更に否定する。

 

「それしか選ぶ道が無い上での選択を選んだとは言わない。君はそう思いたいだけだ」

 

 部屋の隅ではチャカが割れた顎でモゴモゴと何かを呟いているようだが、そんなことは雪緒は全く気にならなかった。正面に座るウェイバーの真っ黒な瞳が、一切の揺らぎなく自身を見つめているからだ。

 

「君は望んだんじゃない。望まざるを得なかった」

「……例え私が総代を継承しなかったとしても、いずれはこうなっていました」

「だろうな。香砂会の連中は徹底的に鷲峰組を潰すつもりだった、早いか遅いかの違いしかないだろうよ」

 

 そう簡単に言うウェイバーの軽薄さに雪緒はムッとする。自然、語気が荒くなる。

 

「だったらこうするしかないじゃないですか。もう誰も傷付けたくないんです。少しでも傷つく人が減るなら、私はその道を選びます」

「あのサングラスや他の組の連中は、君をこんな戦いから遠ざける為に身を粉にして戦ってたんじゃないのか」

「……だったら、」

 

 無意識のうちに瞳に溜まっていた涙が一筋、頬を伝って零れ落ちる。

 

「だったら、どうしろって言うんですか! 私にはこんなことしか出来ません! 銀さんや他の人たちの陰に隠れてのうのうと生きていられるほど私は強くない!」

 

 慟哭にも似た叫びが室内に反響する。羽織ったジャケットの裾を握り締め、心の内側に溜まっていた想いが溢れ出す。感情のままに、癇癪を起こした子供のように雪緒は言葉をぶつけ続ける。

 

「私はここへ来るしかなかったんです! 自分で望んで、選んでこの場所へやって来たと思わなきゃ、とても覚悟を決められない!」

「それで君は全てを背負ってこちら側へと堕ちるって言うのか?」

「そうです! 私がこうすることで皆が助かるなら、それで良いって決めたんです!」

 

 少女の言葉を受けて、ウェイバーは小さく息を吐いた。彼は言葉を選んでいるのか数秒逡巡した後、右手で後頭部を掻いて。

 

「……君はホテル・モスクワと香砂会に復讐をするつもりなのか」

「引き返すつもりはありません。私たちは私たちの方法で強大な勢力と相対します」

「仮に君の掲げる目的を果たしたとして、その先に何を望むんだ?」

「そんなこと、わかりません」

 

 分かるわけがないじゃないですかと、雪緒は消え入りそうな声音で呟いた。彼女は聡明だ、自分たち鷲峰組とホテル・モスクワ、そして香砂会との戦力差が歴然であることなど百も承知だった。しかしそれでも尚、引鉄を引かねばならない状況なのだ。このまま黙っていれば押し潰されることは明白、それならばいっそ、と。少女はそう考えていた。

 裏世界に身を投げる。口で言うのは簡単だが、年端もいかない少女が実際に飛び込むにはかなりの恐怖と戸惑いがあったに違いない。そこまでしてでも、雪緒は鷲峰という組を守りたかったのだ。例え自分自身がどうなったとしても。

 分かるわけがないのだ、この先どうなるかさえ分からないというのに、先の未来に明確なビジョンを思い描ける筈がない。

 

「……そういう貴方は、どうなんですか?」

 

 訝しげにウェイバーの眉が動く。それに構わず、雪緒は男を見据えて告げる。

 

「こんな世界で、貴方は何を望むんですか」

「望み、ね」

 

 雪緒から視線を外し、蛍光灯を見上げる。

 胡乱気に揺れた真黒な瞳が何を見ているのか、雪緒には全く分からない。

 

「……そんなもの無いよ」

 

 やがて呟かれた言葉は短く、言い聞かせるような口調だった。

 

「無い……?」

「俺にはそんなご大層な望みはない。精々死なないように生きていくってくらいだ」

 

 とても冗談を言っているようには見えなかった。目の前の男は本心からそう思っている。裏の世界に身を置いているということは少なくともそこに至るまでの経緯があるはずだ。そうなってしまった理由、そこに居場所を置く理由がなければおかしい。嵌められたにしろ自ら飛び込んだにしろ、結果だけが存在することは無い。必ずそれまでの経緯、過程が存在する。

 しかしウェイバーはそんな過程を全てすっ飛ばして結果だけを告げた。望みなど無いと。

 いよいよ以て本格的にウェイバーという男が分からなくなった。雪緒は無意識のうちに身を攀じる。本能的に彼から距離を取ろうとしたのだ。人間は理解できないものを恐れる。目の前の男が正に雪緒にとってのそれだった。

 

「……だから、あんなことが言えるんですね」

 

 かろうじて呟いた声は、震えていた。

 

「望みがないってことは、貴方は現状に満足しているからなんでしょう?」

「…………」

「貴方はそこに留まることを選んだだけです。私はそれが出来ない状況にあった、たったそれだけの違いしかないんですよ!」

 

 八つ当たりにも等しい行為だ。それは雪緒にも分かっていた。だがこうして言葉にしなければ、今一度自分の選んだ事を確認しなければ固めた筈の決意が揺らいでしまいそうで。降りかかる理不尽に感じるやり場のない怒りを、目の前の男にぶつけてしまっていた。

 いつの間にかポケットから取り出していた煙草を咥え、少女の言葉を最後まで聞いていたウェイバーは、やがて静かにこう切り出す。

 

「君はいつでも正しくあろうとするんだな」

 

 子供に言い聞かせるような優しい声音だった。

 

「あぁ、くそ。そういやさっきも似たような事言ったんだった。柄じゃねえな全く」

「……?」

「いや悪いこっちの話だ、話を戻そう。君のやろうとしていることは正しいよ。当主が体を張って下の人間を守る。ご立派なことだ」

 

 でもな、そうウェイバーは続けて。

 

「正しいだけじゃあこっちの世界じゃ通用しない。何事にも一定の力が必要になる。権力でも単純な戦闘能力でも何でもいい。とにかく、自分の意思を押し通せるだけの力が要るんだよ」

 

 その言葉に、雪緒は言葉を詰まらせた。

 分かっている。そんなことは分かっているのだ。父や板東が居なくなった今の鷲峰組には発言を通せるだけの権力はなく、銀次を始めとした武闘派も少ない。綺麗事だけで切り抜けられはしない。

 

「じゃあ、どうすれば良いっていうんですか……。私にはもう、こうするしか……!」

 

 茨の道だと知りながらも進まねばならない。その心境は如何程のものだろうか。それはきっと雪緒自身にしか理解できないもので、ウェイバーには理解できるものではない。

 それを知ってか知らずか、唐突にウェイバーは話を切り替えた。

 

「これは君には関係無い話だが、俺の雇い主が不慮の事故で死んでしまってね。依頼料も受け取っていないんだ」

 

 困ったような表情を浮かべて、雪緒へと視線を合わせる。

 

「いや困った。このままじゃ国へ帰れない。その依頼料でチケット代を払うつもりだったからな、日本には知り合いも居ないしこのままじゃ寒空の下で凍え死んじまうかもしれない」

「……何が言いたいんですか?」

「いや、これは相談なんだが」

 

 そう言って、ウェイバーはパイプ椅子から立ち上がる。そのまま数歩前へ進み、雪緒の前にまでやって来た彼はゆっくりと右手を差し出して。

 

「――――俺を雇ってくれないか?」

 

 

 

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 恐ろしい速度で鞘から抜き放たれた白刃が、俺の命を刈り取るべく振るわれる。雪緒へ雇用提案をしていた所へやって来た銀次が、血相を変えて飛び掛ってきた。いやいや、これ絶対何か勘違いしてるよね。まさか俺が雪緒をここまで痛め付けたとか思っているんじゃないだろうな。とんでもない誤解だ。やった張本人は部屋の隅に転がってるだろうが、お前も何か言ってくれ。あ、だめだ顎砕いたから碌に喋れないな。

 というか向こうは俺がこのまま雪緒を連れ去ろうとしていると思っているんだった。自分で蒔いた種だったことを思い出して自嘲する。 

 取り敢えずこのまま斬り殺されるのは御免なので、イーグルを白鞘の刃に合わせるように突き出す。刃にそのまま突き出せば拳銃なぞ真っ二つにされるだろうが、切っ先から少し接触点をずらしてやれば問題ない。弾く様にして白鞘を上へと跳ね上げる。

 それを前にして銀次が驚愕の表情を浮かべる。俺も初めてやったので成功して内心驚いていたりするが、それを表情にはおくびにも出さない。こんなの朝飯前だぜとでも言うように口元を吊り上げておく。

 

「銀さんっ!」

「お嬢、よくぞ御無事で……」

 

 俺を挟んで行われる会話。それは一向に構わないが、殺気を浴びせ続けるのは止して欲しいものだ。サングラスの奥で光る野獣のような瞳が先程から俺を捉えて離さない。

 

「お嬢、離れていて下せェ。コイツは今ここで斬っておかなきゃいけねェ人種だ」

「止めておけよ、此処(・・)でやり合うのは愚策だ」

 

 狭い空間の中だ、跳弾の危険だって低くない。俺にそのつもりはなくとも彼女を傷つけてしまう可能性があるのだ。それを分からない男ではないだろう。

 銀次は逡巡しているのか、無言のまま動かない。これで止まらないようであれば致し方ない。不本意ではあるが、ここで戦闘となるだろう。正直やり合いたくはないので、離脱前提での戦いになるが。

 なんてことを考えていると、俺の背後で雪緒が立ち上がった。

 

「待って下さい銀さん。この人は、先程私が鷲峰組総代として雇用しました」

「お嬢……!? 一体何を……」

「この人の強さは銀さんも知っている通りです。ホテル・モスクワ、香砂会と相対するにはこの人の力が必要だと判断しました」

 

 雪緒の言葉を聞き眼を見開いた銀次は、次いで俺へと視線を移す。

 

「おめェさん、一体何を考えてやがる」

「利害の一致ってやつだよ。彼女は力を欲してる。俺は後ろ盾を欲してる」

 

 後ろ盾なんてご大層に言ってはみたが、実際の所は金銭面での援助という名目だ。それも結局のところ少女一人の手助けをするという隠れ蓑でしかないわけだが、それをここで明かしたところで何の意味もない。

 

「おめェさんの力なんて必要ねェ」

「本当にそうか? ホテル・モスクワと今の鷲峰がぶつかって勝算があると、本当に思ってるのか?」

 

 銀次の返答を待たずして、俺は更に言葉を重ねる。

 

「どんな流血も辞さず、加減も秩序も存在しない。己の利潤のみを追求する暴力性、反社会性を持つ大組織に、アンタらだけで対抗できると思ってんのか」

「……おめェさん一人の存在でロシアの連中どもに対抗できるようになるわけでもあるまいよ」

 

 銀次の言葉は尤もだ。たった一人の存在が大局を左右することなど有り得ない。多大な物量に押し潰されるのがオチだ。

 しかしそれはただの一般人だった場合の話である。幸か不幸か、俺には身に余る地位と権力がある。流石にホテル・モスクワを上回るなんてことは言えないが、少なくとも今の鷲峰組よりは動かせるモノは多いだろう。黄金夜会なんてものの存在を日本人が知っている筈もないので、いくら俺が口で説明したところで半信半疑だろう。

 故に俺は提示するのだ。

 表情に一切の気負いを見せず、まるでそれが容易いことであるかのように思わせながら。

 

「だったら見せてやるよ。たった一人の存在が大局を左右する瞬間ってやつを」

 

 

 

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 鷲峰雪緒がウェイバーを雇った。

 この事実を聞いて、ロックは二の句が告げなかった。思わず天を仰ぎ見る。こうなってしまってはもう、彼女を陽の当たる世界に帰すなんてことは出来なくなってしまうだろう。ウェイバー、そしてバラライカ。あの二人と関わってのうのうと陽のもとを歩けるなどとは間違っても言えない。

 完全に敵対の構図が出来上がってしまった。

 鷲峰組と離反したホテル・モスクワ。鷲峰組に雇われたウェイバー。ロアナプラで絶対に争わせてはいけない二人が極東の島国で銃口を向け合う形になってしまった。悪い夢なら覚めてくれ、そうロックは思わずにはいられない。

 しかし当の本人であるウェイバーは特に気にした様子もなく、いつもどおりの飄々とした態度だった。

 

「直に夜も明ける。早いとこ離れた方がいい、そのうち警察もやって来るだろうしな」

 

 ウェイバーの横にはやけにニコニコしたグレイが立っており、そんな少女をロックの隣に立つレヴィはげんなりしながら見つめていた。何があったのかは聞かない方が身の為だ、そうロックは判断して、視線を正面に立つウェイバー、そして雪緒と銀次へと向ける。

 

「雪緒ちゃん……」

「岡島さん、これは私が決めたことです。この人がどんな人なのか、きっと岡島さんの方が詳しいんでしょう。でもそれはもう些細なこと、これより鷲峰組は徹底抗戦に入ります」

 

 少女の瞳に、揺らぎはない。

 死と隣り合わせの現状、恐怖していない訳が無い。それでも雪緒は動じることなく、はっきりと言い切ってみせた。

 

「私は貴方の敵です。出来ればもう二度と、お会いすることが無いことを願っています」

 

 ロックはその言葉に何か返そうとして、結局それを飲み込んだ。今更何を言ったところでどうにもならないと悟ったのだ。ボウリング場に入る前にウェイバーに言われたことを思い出す。自分は強くない、己の意思を押し通せるだけの力も無ければ権力も無い。そんな状態でいくら綺麗事を並べたところで、状況が好転することは無い。

 

「ボス、これから姉御とやり合おうってのか?」

「状況は逼迫してる。バラライカのことだ、今日にでも鷲峰系列の事務所を襲撃してくるだろう。俺とグレイでどこまでやれるかは分からんが、利害が一致している限りはこっち側で動くさ」

「……あたしは」

「レヴィ。お前はお前の思うように動け、ロックの護衛で日本へ来たんだろ? ならそれがお前の為すべき仕事だよ」

 

 ロックとレヴィはバラライカ側の人間だ。ロックはバラライカの通訳として、レヴィはロックの護衛として日本へやって来た。それはどこまで行っても変わらない。このまま行けば雪緒やウェイバーと対立し、血で血を洗う戦場を目の当たりにすることになるだろう。

 本当に、それでいいのか? 

 ロックは思考を巡らせる。両者の激突は、本当に避けられないものなのだろうか。もしかすると、まだ何か見落としている部分があって、それを見つけることが出来ればこの争いを止めることが出来るのではないだろうか。

 再びウェイバーに言われた言葉が脳裏を過ぎる。

 

『自分の力を行使せずに他力本願で何かを望む、随分な正義もあったもんだ』

 

 分かっている。自分が甘いことを言っているくらい。

 

『正義は必ず勝つんじゃない。勝った奴だけが正義を語れるのさ』

 

 必要なのは結果。そこに至るまでの過程に意味はない。

 だったら、ああ、そうだ。

 

 ――――必要なリスクは自分で背負え。過程はどうでもいい、求める結果だけを手に入れろ。

 

 背を向けて歩き出すウェイバー、雪緒、そして銀次を見つめながら、ロックは静かに拳を握る。

 東の空が僅かに白み始める。最早一刻の猶予も残されてはいない。レヴィにはまた小言をぶつけられるかもしれないが、考えうる限り一番現実的な方法だ。動くなら今、このタイミングをおいて他にはない。意を決して、ロックはレヴィへと告げる。

 

「レヴィ、」

 

 ロックの表情を見て、レヴィは瞬時に彼の心境を悟ったのだろう。やれやれだ、とでも言うように溜息を吐き出して、彼の言葉を待った。

 

「――――マリアザレスカ号に、一緒に付いてきて欲しい」

 

 

 

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「鷲峰組屋敷を監視していた同士より連絡、鷲峰雪緒とウェイバーが接触した模様」

「……成程、そう来たかウェイバー」

 

 ボリスからの報告を受け、自然と口元を緩ませる。

 ウェイバーはこちらの行動を先読みしているのだろう。鷲峰雪緒を拐うと予想し、先んじて目標を手中に収めた。どんな手口を使ったのかは定かでないが、元は敵対していたはずの人間が組織の中枢にまで潜り込んでいる。

 

「相変わらず読めない男だよ、お前は」

「楽しそうですな」

「当然だ。我らと円舞曲(ワルツ)を踊れる数少ない男だ、心躍らずにはいられんよ」

 

 船室の窓から明るくなり始めた空を見つめ、緩んでいた口角を獰猛に歪める。

 

「ウェイバーの動きは考えた所でどうにもならん。我々は我々の任務を全うする。準備は出来ているな」

「既に二個分隊が行動を開始しています」

「では明朝○七五○より行動を開始する。鷲峰組の戦力はこれを徹底的に削げ。第三勢力(警察)介入の際は速やかに撤収、次の機会を待つ」

「ハッ」

「日本の連中に、戦の作法を教え込め」

 

 悪徳の都に君臨する大悪党が激突する。その瞬間は刻々と迫っていた。

 そんな中にあって、停泊するマリアザレスカ号の前に立つ青年が一人。その表情は何かを決心したようにこれまでとは違っていた。ロックは意を決して船内へと踏み込んでいく。

 リスクを背負い、不安要素を全て排除し、純粋なギャンブルに勝利しろ。自らの望む結末へ向かうために。護衛のガンマンとたった二人の、小さな戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 以下要点
・雪緒、ウェイバー雇用
・ロック、悪党への第一歩
・姉御本格始動
・さらっと生き延びているチャカ←

 ロックさん貴方今までどこで何やってたの
→一階を必死こいて捜索してました。

 レヴィ、グレイが合流する前に話ついとるやないの。
→あの場に四人揃うと瞬く間に世紀末ですから。

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