悪徳の都に浸かる   作:晃甫

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 今回主人公視点が一切ありませんが仕様です。
 おかしい。冥土さんメインになるはずだったのに。


004 二挺拳銃と呼ばれるに至るまで

 -1

 

 夢を見る。周りには何もない真っ黒な空間の中、そこだけ切り取ったように四角い画面が目の前にあった。宛ら映画館のようである。そんな周囲の光景を確認して、彼女は額を押さえた。

 ああ、またこの夢だ。

 レヴィはそう嘆息した。起きた時には何も覚えていないというのに、いつだって同じ夢を繰り返し見続けているのだ。それは酷い不快感となって、起きた後の彼女にべったりとへばりついて中々離れない。

 今も忘れることのできない、最悪の人生の始まりが場面を切り取って、彼女の周りを流れていく。

 

 下卑た笑い、怒声、血走った(まなこ )

 思い出すだけで身震いを起こす、おぞましい記憶の断片。

 レヴィには母親が居なかった。物心ついた時には既に父親しかおらず、生死さえも分からないまま、残った父親に育てられた。

 彼女は男手一つで育ててくれる父に感謝していたし、父もまたレヴィを愛してくれた。貧困地域にありながら、最低限の生活は保っていた。

 幸せな家庭が、そこには確かに存在していた。有りふれた幸福が、求めるものが在ったのだ。

 

 父親が急変したのは、勤める小さな工場が多額の負債を抱えて倒産してからだった。

 新しい仕事も探さず、日々酒に飲まれる生活を送る父に、彼女は次第に不安を覚えるようになっていった。

 ある日、レヴィは言ったのだ。

 このままでいいのか、働かなくてはいけないのではないのか。

 その言葉がこれまで父が溜め込んでいたストレスを爆発させたのだろう。

 その日、初めてレヴィは暴力を受けた。それは次第にエスカレートしていって、ついには性的暴行にまで発展する。初潮を終え、二次性徴を迎えようとする娘の身体を、父親は狂ったように貪った。

 少女は涙しながら懇願した。しかし、その願いは聞き届けられることは無かった。

 目の前で腰を振る男は本当に父親なのか、これは本当に自分の身体なのか。

 余りにも疑問が多すぎた。多すぎて、そして彼女は考えることを止めた。自らの精神を守るために。

 

 そしてその日はやってくる。

 

 いつものように娘を暴行し、睡魔に身を任せて眠りこける父の寝室へと向かう。

 静かに部屋の扉を開ければ、大の字で鼾をかく父親の姿があった。足音を殺し、ゆっくりと父親の前に立つ。左手には自身が使用している羽毛枕。右手には護身用として父が所有する拳銃が握られている。

 そっと枕を父親の顔に当てて、その中心に銃口を押し付ける。

 

 躊躇いは、無かった。

 

 部屋に漂う血と硝煙の匂い。

 手に持つ拳銃が、酷く重たく感じられた。

 帰る家を失った。不思議と、気分は落ち着いていた。今日この日から、彼女は貧困街(スラム )の一員となった。

 

 ここで場面が切り替わる。

 そこはニューヨーク市警察が管理する刑務所の中だった。

 レヴィは服役囚として、監獄の中での生活にも慣れを感じ始めていた。犯罪に手を染め、刑期を終えて出所してはまた罪を犯すの繰り返し。父親をこの手で殺めたその日から、きっと彼女の精神は酷く歪んでしまった。

 ぐるり。場面が変化する。

 刑務所内の独房だった。

 中には手と足を拘束されたレヴィと、二人の警察官。

 三人ともが、下半身には何の衣類も纏っていなかった。独房内に漂う性臭が、この場で何が起きたのかを語っている。

 

 ああ、こいつらもだ。

 この警察官たちも、父親と同じような眼をしている。

 醜く濁った、ドブのような腐った眼だ。

 そして恐らくは、自身も同じような眼をしているのだろう。焦点の定まらない視界の先で笑う警察官たちを見て、自嘲気味な笑いが漏れる。それが気に入らなかったのだろう。二人は時間ギリギリまで、レヴィのことを嬲り続けた。

 

 再度、暗転。

 レヴィの少女時代の出来事が、それぞれ場面ごとに周りを流れていく。

 神に祈った。

 無実の罪で警察官に半殺しにされた夜から、神は祈る対象ではなく呪う対象へと変化した。

 神を呪った。

 金を持たない小娘には、人権さえも与えられない事実を知って、呪う神すらいないのだと悟った。

 

 気が付けば、ニューヨークを追い出され、東南アジアの辺境の地に流れ着いていた。

 自身と同じかそれよりも酷い悪の吹き溜まりだと言われただけのことはあった。ここは死人にも見劣りしない人間が死に場所を求めて徘徊する肥溜めだ。

 何もない。

 もう少女には、何も残されていなかった。

 人間、堕ちることはいとも容易い。最下層にまで、彼女は堕ちていった。

 毎晩悪夢を見る。その夢に魘されて眼を覚ますというのに、その内容は一切覚えていない。それがどうしようもなく気持ち悪くて、眠ることすら躊躇うようになっていった。

 ロアナプラの刑務所に放り込まれ、出所し、また出戻りを繰り返す。やっていることはここでもニューヨークでも同じだった。結局どこにいようと彼女がすることは決まっていて、それがまるで他人に決められているようで、彼女の神経を逆撫でする。

 

 いつの間にか、肩には刺青が走っていた。

 ボサボサに伸ばされた髪の毛は、肩口を越えていた。

 身体は、もう汚れきっていた。

 

 レヴィのこれまでの記憶に、温かなものは存在しない。幼少の父親との生活ですら、この時の彼女には色褪せ、黒ずんだものになってしまっていた。冷え切った、殺風景な記憶。その中に、小さな光が生まれるようになっていく。

 それは、この悪徳の都でとある男と出会ってからだった。

 

 ロアナプラでは珍しい、雨の降る夜のことだった。

 帰る家など何処にもないレヴィは、いつものように建物と建物の間でボロ切れを纏い身体を丸めていた。大通りを歩く人間の中に、彼女に視線を向ける者などいない。関われば噛み付かれる狂犬だと噂されるくらいには、この街で彼女は有名になっていたからだ。

 それでいい、とレヴィは思う。

 所詮は他人でしかなく、本人の気持ちは本人にしか理解することは出来ない。真の理解者など存在しないし、欲しくもない。

 黒々とした不快感は、彼女の大部分を覆い尽くそうとしていた。

 

 そんな彼女を打つ雨が、唐突になりを潜めた。

 怪訝に思って落としていた視線を上げれば、自身に向かって傘を差し出している男の姿。

 

 ――――風邪ひくぞ。

 

 ――――うるせぇ、消えろ。

 

 始まりの会話は、そんな風に殺伐としたものだった。

 他人への親切など所詮は見返りを求めての行動でしかない。そんな安い同情紛いのものは要らなかった。

 

 ――――お前、家は?

 

 ――――此処がアタシの家だ。

 

 ――――一畳も無いだろうここ。

 

 男はしゃがみこんで、レヴィと視線を合わせる。

 

 ――――うちに来い。一階なら空いてる。

 

 いよいよ馬鹿らしくなってきて、レヴィはその申し出を鼻で哂った。

 馬鹿か、そこらでのたくってるガキどもに、皆同じことを言って回っているのかと声を荒げる。

 まさか、と男は答えた。

 

 ――――たまたま眼についたのがお前だった。なんだかほっとくと死んじまいそうだったからな。

 

 だったらそのまま放っておいてくれと告げて、レヴィは最初の体勢に戻る。

 しかし、差し出された傘は動かない。

 いい加減苛立ち始めた彼女は、懐に潜ませていた拳銃を男の額に突きつけた。怒気を孕ませた低い声で、レヴィは呟く。

 

 ――――失せろ。額で煙草を吸いたくはねえだろう? アタシの銃の引鉄は軽いんだ。

 

 ――――そうかい。

 

 男はそれだけ言うと、一度レヴィから視線を外して。

 

 ――――それじゃ、俺が額で吸うコツを教えてやろう。

 

 一瞬、男が何を言っているのか分からなかった。 

 銃を抜いてから、視線を外した覚えはない。男の一挙手一投足を目にしていたつもりだ。見落とすはずがない。

 ならば、今自身の額に押し当てられているのは一体なんなのだろうか。考えるまでもなく、それは拳銃だった。恐らくは懐にあるホルスタから抜いたものなのだろう。だが幾ら何でも早すぎる。右手には尚も差し出されている傘を握っている。左手一本で銃に手を伸ばし、引き抜き、額にあてがう。これだけの動作を、知覚させずに行える人間など果たしてこの世に存在するのだろうか。

 

 ――――てめぇ、何モンだ。

 

 ――――教えてやるさ、お前がここから動く気になったらな。

 

 銃口から伝わる冷たい感触が、彼女に決断を迫る。

 男の瞳を見れば判る。この拳銃は脅しで抜かれた訳ではない。それを理解できる程度には、彼女もこの街でその腕を上げていた。

 数秒して、レヴィが男の額から銃を下ろす。それに続いて男も素早く拳銃をホルスタに収めた。

 

 ――――お前、名前は?

 

 ――――人に物尋ねるときは自分からだって教わらなかったのかよ。

 

 ――――ああ、失敬。

 

 男はレヴィに傘を渡して、雨の降るロアナプラを歩き始める。

 

 ――――ウェイバー。そう呼ばれている。

 

 光景が切り替わる。

 レヴィとウェイバー。はじめは一晩だけのつもりだった彼女だが、いつしかそこに住み着くようになった。

 かといってそれは彼女の本意ではない。できることなら今すぐにでも出ていきたい所存である。ではどうしてそうしないのか。それは(ひとえ)に男のせいであった。

 

 ――――決めた。お前うちに居ろ。逃げても探し出して連れ戻すから。

 

 とんでもない暴論だ。

 元より一晩だけのつもりで家に上がり込んだのだが、ウェイバーと名乗る男はこの先もずっと住まわせる腹積もりのようだ。

 

 ――――フザけんなよ糞野郎。あたしがどこで何をしてようがテメエには関係ねぇ。

 

 ――――でもお前、家が無いんだろ? 

 

 レヴィにはどうにも理解できなかった。

 どうして赤の他人の面倒をここまで見ようとするのか。この街の人間とは思えない。ロアナプラの殆どの人間は、路肩で野垂れ死にが居ても視線すら向けない。それが日常茶飯事、ありふれた光景であるからだ。どんな理由でくたばろうが自己責任、その尻拭いを別の人間が行うことはしない。

 この街で生き抜くためには、一人で全ての責任を負えることが最低条件なのだ。

 だからレヴィはこれまで他人を一切頼らなかった。

 頼れる人間など元より存在しないが、他人に関与されることを彼女はとことん嫌っていたからだ。

 ニューヨークでもロアナプラでも、結局最後にモノを言うのは自身の力だ。そこに異論は挟ませない。

 

 ――――そんなに世話焼きてえならジジイどもの尻でも拭ってろ。あたしよりは世話のしがいがあるだろうさ。

 

 そう吐き捨てて、レヴィは彼のオフィスから出ていこうと身を翻す。

 しかしそれをウェイバーは是としない。

 彼に背を向けたレヴィがその殺気に気づき、振り向きざまに拳銃に手をかけた時には、既に彼の銃口はレヴィの後頭部に押し当てられていた。一切の躊躇もなく、ウェイバーは引鉄に指を添える。

 

 ――――そうだな、よし。レヴィ、じゃあお前が俺から一本取れたら好きにしていいぞ。

 

 ――――あぁ? んな面倒な勝負に乗るとでも思ってんのか?

 

 ――――乗らないなら別に構わないが、いつまでもここに住んでもらうぞ。因みに食事づくりは当番制だ。

 

 押し付けられた銃口と彼の言葉を受け、忌々しげに舌を打つ。

 非常に不本意ながら、この勝負に乗らざるを得ないようだ。掴んでいた銃をホルスタへと戻し、レヴィは両手を上げる。

 オーケイ、と面倒そうに呟いて。

 

 ――――一本だな。せいぜい寝首掻かれて死なねえように気をつけな。

 

 そこからの日々は、レヴィにとって全く新しいものだった。

 一本を取るとウェイバーは言ったが、その定義まではしなかった。故に、殺してしまっても問題はないだろうと決め付けて深夜の彼の部屋に侵入。寝込みを襲ったことがあった。

 また彼の料理中にサイレンサーを取り付けた拳銃で背後から撃ったこともあった。

 シャワーを浴びているウェイバーの浴室に突撃して、無防備な彼を蜂の巣にしようとしたこともあった。

 仕事に出掛けるという彼の車に安物の爆弾を仕掛け、爆殺しようとしたこともあった。

 だが、そのどれもが失敗に終わった。

 いつ、どのタイミングで奇襲をかけてもあの男には通用しなかったのだ。

 寝込みを襲ったときは何故かベッドにおらず、逆に背後を取られた。

 後ろからサイレンサーで狙い撃ちした時は、調味料を探す振りをしてコンマ数ミリで躱された。

 セダンに爆弾を仕掛けた時は、見透かされていたのかその時に限って徒歩で仕事へ向かった。

 掌で踊らされているかのようだった。

 

 しかしながらそんな日々が、いつしか心のどこかで気に入ってしまっていた。

 この街に来てからずっと一人で気を張っていたせいもあってか、ウェイバーと話をしていると落ち着いている自身がいるのだ。

 不思議な感覚だ、と思わず首を傾げる。あれほど最初は嫌っていたというのに、殺し合いの中で生まれる情もあるというのだろうか。

 その後もレヴィの暗殺作戦は続けられた。

 その回数が五十を超え、百を超え、三百に達しようとする頃には、彼女はすっかりウェイバーの家の住人となっていた。

 いつからか、あの不快感しか感じない悪夢は見なくなっていた。

 

 なにをしてるんだ。自分以外の人間なんてどうでもいいはずだろう。

 そう思いはするものの、彼と居て感じる心地よさに縋り始めている自身がいることに気が付いていた。

 心が、弱くなっていくかのような錯覚に陥る。

 周囲の全てを切り捨ててここまでやってきた筈だ。

 なのに今更、どうして。

 ウェイバーという男は一風変わり者だ。この街で多くの利権を有しているというのに、他のマフィアどものように高級な住居を構えたり、大規模な組織を従えたりはしない。

 一匹狼という点では、彼はレヴィと同じだった。

 ただし、彼の場合は周囲の人間が彼に一目置いている。自身では決して持ち得ないような他者からの人望や地位を、彼は当然のように有していた。その違いをふとした時に感じて、レヴィは思う。

 嗚呼、やはり住む世界が違うのだと。

 一日、また一日と日々が過ぎていく中で、生まれていた温かな気持ちの中に再び粘ついた黒い不快感が点となって浮き上がってくる。

 

 その感情が嫉妬だと気づきながら。お門違いの八つ当たりだと理解しながら。レヴィはしかしその行き場の無い感情を持て余すようになっていった。

 

 一時期は見なくなっていたあの得体の知れない悪夢に、再び魘されるようになった。

 それがきっかけになったのかは、当時の自身は余り覚えていない。

 ただ、その時は一刻も早くこの場所から離れるべきだと思った。でなければ、本当にあの男を殺しそうになってしまうから。これまで失敗してきた勝負事とは違う、本当に互いの命を懸けたやり取りにまで発展してしまいそうになったから。

 きっかけは彼の勝手なお節介とは言え、これまで世話を焼いてくれたことには感謝している。恩人だと素直に思える程度には、彼女の心にも余裕が出来ていた。

 だからこそ。恩人と濁った眼で殺し合うことなどしたくは無かった。このままではそうなってしまうのはそう遠くない。レヴィはある晩、ウェイバーが寝室に入ったのを確認して、簡単な荷物だけを纏めて家を出ようとした。

 

 ――――イエローフラッグにでも飲みにいくのか?

 

 扉に手を掛けたレヴィの動きがピタリと止まる。

 その声が誰のものであるかなど、今更確認するまでもない。

 彼女は振り向かず、ただ小さく「ああ」と答えた。

 

 ――――なんだか今日は飲み足りねぇからさ、ちょっくらバオんとこでひっかけてくるわ。

 

 ――――そうか。……朝までには帰ってこいよ。今日は珍しく冷えるみたいだからな。

 

 帰ってこい。その言葉を飲み込めずに、レヴィは奥歯に噛み砕かんばかりの力を込めた。

 ここで振り返れば恐らく、もう我慢できない。それでは今まで必死になって押し込めていた感情が爆発することになってしまう。その感情をウェイバーにぶつけることだけはしたくなかった。

 

 ――――おやすみ。

 

 そう言って、ウェイバーはただポンとレヴィの肩に手を置いた。

 それが、決壊の合図だった。

 寝室に戻るために階段を昇っていくウェイバーの背中に、ホルスタから抜いた拳銃を突き付ける。彼の足が止まる。しかし、何も言わない。それがどうにも神経を逆撫でして、彼女は感情のままに言葉を吐き出した。

 

 ――――なんでだ、なんでだよ! なんでアンタはそこまであたしに構うんだ! 他人だろ!? 放っておけよ、そこらで死んでたって何の関係もねぇじゃねぇか!!

 

 ――――人を構うのに、理由なんているのか?

 

 ――――いるね、当然だろ! この世界にゃ神サマなんてご大層なもんはいない。そんなもんに祈ってるわけでもねぇアンタがアタシを構う理由はなんだ!? 金か? 身体か? はっきりしろよ糞野郎!!

 

 やめろ。

 

 ――――いらない世話焼かれてこっちゃ迷惑してんだよ!

 

 本当は感謝しているんだ。だからやめろ。

 

 ――――何考えてんのか分かんねえアンタを見てると苛々すんだ!!

 

 子供の癇癪みたいに恩人を罵倒するのはやめろよ。

 そう心の何処かで思っているのに、まるで自分のものではないかのように口は勝手に言葉を吐き出し続ける。

 その罵倒を、彼は背中越しに黙って聞いていた。

 

 ――――俺には、家族と呼べる人間がこの世界に存在しない。

 

 レヴィが一通り言葉を吐き出し終えるのを待っていたのか、彼は唐突にそう口にした。

 

 ――――だから、ああ、そうだな。

 

 レヴィから彼の表情は窺い知ることは出来ないが、どこか恥ずかしそうに彼は言った。

 

 ――――きっと、家族が欲しかったんだろうなぁ。

 

 ウェイバーのその言葉は、レヴィの心に驚く程すとんと落ちた。

 レヴィと同じように、彼にも家族がいない。天涯孤独の身。だから人肌を、温もりを求めていたのか。

 はじめは勿論誰でも良かったのだろう。それがたまたま自身であっただけに過ぎない。しかし日が経つにつれて、彼の中にも自分と同じような思いが芽生えていたというのか。

 これまでの家族ごっこを、楽しんでいたというのか。

 

 ――――……んだよ、それ。

 

 彼の背に突き付けていた拳銃は、力なく下ろされた。

 まだまだ言いたいことは沢山あったはずなのに、頭の整理がつかないせいか上手く纏まらない。

 ぐちゃぐちゃになったままの頭を必死に働かせて、やっとの思いで出た言葉は、彼女自身最も意外なものだった。

 

 ――――家族か。……あたしでも、なれるかな。

 

 一度は全てを失った。

 でもそれはきっと、失って終わりではない。

 

 ――――なぁ、あたし、ずっとここに居てもいいのかな。

 

 作り上げることが出来るのだ。

 背中に縋るように顔を埋めてきた彼女を、ウェイバーは振り返って優しく抱きしめた。

 粘着く黒い不快感は、完全に無くなっていた。

 

 

 

 0

 

 

 

「なぁウェイバー! あたしにも銃の上手くなる方法教えてくれ! あんたみたいになりてぇ!」

「は? ならまずもっとマトモな拳銃使うこったな。そんな安物じゃすぐにブッ壊れちまうぞ」

「しょうがねえだろ金が無ぇんだよ!」

「ったく、しょうがねえな。これでまともなの買ってこい」

「あんたが今使ってるのくれてもいいんだぜ?」

「馬鹿野郎これはやれねえよ」

 

 ぶつん、と光景が一旦途切れる。

 次の光景が四角く切り抜かれた空間に映し出される。

 

「中々サマになってきたじゃないか」

「ったりめぇよ。ウェイバーの旦那の顔に泥塗るわけにはいかねえ」

「んじゃ、次の仕事だ」

「あいよ」

 

 懐かしいな、と思う。

 思い出すと心がじんわりと温かくなる、そんな日々がそこには映されていた。

 

「お前はもう一人前だよ、レヴィ」

「よしてくれ。ボスの腕には程遠いよ」

「明日にはダッチが顔を見せにくるだろうが、その前にお前に渡しときたいものがある」

「ん? なんだこれ……って!」

「いつまでも使い捨てのボロい拳銃(モン )使ってんな。そいつはバレルを六インチに延長した特注品だ。エンブレムは俺の趣味」

「これ、貰っていいのか?」

「お前のために作らせたんだよ。折角持ってる権力だ、こういう時に使わないとな」

「何か間違ってる気もするけど、ありがとよボス」

 

 今の彼女を形成しているのは、間違いなくこの時の彼との二人の暮らしだ。

 これが無ければ今頃彼女の精神は酷く歪に、そして醜く捻じ曲がってしまっていたままだったろう。

 悪徳の街の溢れている死人たちのように、泥の棺桶でくたばっていくだけの何の意味もない人生を送っていたに違いない。

 最終的に行き着く先は、きっと変わらない。天国か地獄かと言われれば間違いなく地獄に行くような人間だ。父を殺し、生き残るために多くの屍を踏み台にしてきた。

 でもそんな自分にも、生きる意味はあったのだ。

 ウェイバーという男が求めてくれる限り、決して死ぬことはない。死ぬことは許されない。償いではなく、罪悪感からの行動でもない。

 ただ、そうしたいから。

 

 雨降るあの日、あの男に出会ったことでレヴィの人生は大きく変化した。

 

 

 

 1

 

 

「……ヴィ、レヴィ!」

「んあ?」

 

 身体を揺り動かす感覚に引っ張られて、重たい瞼を持ち上げる。何度か瞬きをしてぼやけていた視界を安定させれば、目の前には自身の肩を持つ日本人ロックの姿があった。どうやらラグーン号の船内で眠りこけてしまっていたらしい。横たえていた身体を起こして、頭を横に数回振るって眠気を飛ばす。

 

「珍しいな、レヴィが仕事中に居眠りするなんて」

 

 どんな夢を見てたんだ? そう言うロックの問いかけに、レヴィはぼんやりと。

 

「さぁな、ただ……とてつもなく良い夢を見てた気がする」

 

 

 

 2

 

 

 

 ガラガラと、大きめのスーツケースを引く女だった。

 ロアナプラという街において、滅多にお目にかかれない服装をしていることもまた周囲の眼を引いた。

 その女はどこかの屋敷にでも仕えているのか、メイドの格好をしていたのだ。彼女は先程市場で聞いた酒場を目指して歩いていた。なんでもこの辺りのヤクザやマフィアが好んで溜まり場にしている場所らしい。名前はイエローフラッグ。立地は良いので、すぐにでも見つかるとのことだった。

 市場の若者の言葉の通り、目当ての酒場は直ぐに見つけることが出来た。無表情のまま、その扉に手を掛けて店内に入る。

 

 店内は、異様な程に静まり返っていた。

 聞こえるのは酒を飲む音とグラスがテーブルに置かれる音、そして店主と思わしき男がカウンターを動き回る音だけだ。

 荒くれ者どもが集まると聞いていたのだ。もっと騒がしく下品な場所だと思っていたが、どうやらそれは勘違いだったらしい。女はそんなことを思いながらスーツケースを引いて、正面のカウンターに腰を下ろした。

 店主、バオは女の格好に一瞬眼を開いたが、すぐに持っていたグラス磨きの作業に戻り。

 

「ミルクはねえぞ」

「では、お水を」

 

 女の言葉に帰ってきたのは、無言で置かれたビールのジョッキだった。

 

「ここは酒場だ。酒を頼め」

 

 目の前に置かれたジョッキを見つめ、一度店主へと視線を移す。その眼光が、細く鋭くなっていく。

 

「バオ、そこまで言うことないだろう」

 

 その声は、女の二つ隣のカウンターに座る男のものだった。その男の手元には高級そうなビンとグラスが置かれている。

 

「下戸かもしれない」

「下戸が酒場に来るかよ」

 

 女、ロベルタはバオに向けていた視線をその男に向ける。

 彼女はこの悪徳の街について殆ど知らないが、直感で理解した。この酒場がこれほどまでに静寂に包まれているのは、横の男のせいなのだと。

 臭う。この男は危険だと、本能が警鐘を鳴らしている。

 そんなロベルタの内心を知ってか知らずか、男は席を一つ移動して真横にやって来た。

 

「こんにちはお嬢さん。変わった格好してるけど、こんな真昼間からここに何の用?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




◆おまけ◆

「なんだこれ」

 ロック、十七歳。高校生。学ラン。

「こういう設定なんだろ? んなことよりお前ちゃんと飯食ったか?」

 レヴィ、十七歳。高校生。セーラー服。チャカ持参。

「こんな物騒なやつがいる高校なんてごめんだぞ」
「お前あれ見てもそんなこと言えんの?」

「はい出席ぃ。三つ数えるうちに席に着かないと5.45ミリ弾ブチ込むわよー」

 バラライカ、○○歳。教師。威圧感ex。権力、バラライカ>校長。

「あん? なんだ岡島」
「いえ、まんまだなと」

「ベニー。っち、またあのクソガキ欠席かしら」

 ベニー、十七歳。ひきこもり。

「そういえばダッチやウェイバーさんはどうなってるんだ?」
「ダッチならあっこにいるぜ、ほら」
「なんで麦わら帽子被って花壇の世話をしてるんだあのオッサンは」

 ダッチ、三十三歳。校務員。最近の悩み、三日に一度花壇に風穴が開いている。

「んでボスは多分校長室だな」
「校長先生なのか?」
「いんや」

「全くどうなってるんですかこの学校は! うちの娘に何かあったらどうするんです!」
「は、はあ。しかしですね、むしろお宅の娘さんが……」
「うちの娘に何か問題でも!?」

 ウェイバー、三十五歳。モンスターペアレント。レヴィ命。


 ※年齢は適当です。

 原作ではレヴィのカトラスはコピー品ですが、こちらでは正規品の扱いとなります。

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