悪徳の都に浸かる   作:晃甫

53 / 55
後日談 2

 世界中の悪党どもを集めて掻き混ぜたような、混沌とした街があるという。

 世界の警察アメリカであってもおいそれと手を出せないような、悪徳の都があるという。

 その街に巣食う人間たちの多くは、各国では名の知れた犯罪者たちなのだとか。

 表立って動くことはない巨大な組織が幾つも根を張り、一個の生命体のように蠢いている。

 犯罪に縁のない者たちにとっては、そこは恐怖と侮蔑の対象である。

 しかし少しでも人の道理を外れた者たちからすれば、悪のカリスマが集う穢れた別天地。

 常人には理解出来よう筈もない、常軌を逸したナニカを求めて、今日も悪党はその地を訪れる。一度踏み込んでしまえば、もう後戻りは出来ないと知っていながら。

 

 その街には、どうしようもなく悪党どもを突き動かす狂気じみた魅力がある。

 ロアナプラ。西暦2000年を迎えてなお世界各地で語り継がれる、怪物たちの巣窟だ。

 

 

 

 1

 

 

 

 東南アジア独特の焦がすような太陽光が降り注ぐ。

 無防備に晒された肌は熱を持ち、身体の内側から根こそぎ水分を奪っていくかのようだった。

 上空には真っ青な空が広がり、この空の色だけは世界どこへ行っても共通なのだなとしみじみ思わされた。異国の地にあっても故郷と何ら変わらぬ空の色に、僅かばかり安堵した。

 

「しっかしよォ兄ちゃん、ホントにいいのか? たんまりと金は貰ってるから目的地には連れてってやるが、あの街に行こうなんて自殺志願者か身の程知らずの馬鹿しかいねェぞ」

 

 唐突に背後から声を掛けられて、青年は振り返る。

 アロハシャツを着たガタイの良い髭面の男が、操舵席の窓から顔を出していた。

 

「心配してくださってありがとうございます。でも俺は、あの街に行かなければいけないので」

「ハッ。どう見てもカタギにしか見えねえが、実はやれんのかい?」

 

 小型の漁船を操縦しながら、髭面の男は怪訝そうに眉を顰めた。

 船首に近い場所に立つその男は、素人目に見てもあの街に馴染むような人間には見えなかった。黒い髪の色からして、日本か中国の人間だろうか。小奇麗なワイシャツに袖を通し、スラックスを履いたその身なりだけを見ればどこぞの企業に勤めるサラリーマンにしか見えない。

 

 髭面の男の質問に、青年は困ったように笑った。

 

「いえ、全く。見ての通りの一般人ですよ、俺は」

「だってんならなんでまた……いや、すまねえ。深く詮索はしねェって条件だったな」

 

 込み入った事情があることくらいは直ぐに理解できたが、それ以上踏み込むことは契約違反になると髭面の男は口を閉ざした。無闇に藪をつついてはいけない、何が飛び出すか分からないのだから。

 

 青年は髭面の男が船の操縦に注意を戻したところで、ポケットから一枚の紙切れを取り出した。

 ノートの切れ端でも利用したのか、紙の端は繊維が見え隠れしている。

 そんな紙切れの真ん中には、ボールペンで走り書いたような文字が並んでいる。その文字の羅列に一通り目を通して、青年は視界を紙切れから外した。眼前には青い海、その先に見える陸地が、徐々に大きくなっている。

 

「あそこが、ロアナプラ……」

 

 話を聞くところによれば、悪党どもの肥溜め。汚れ切った悪の都。良い話など全く聞くことができなかった、最低最悪の街だ。

 

「……はぁ」

 

 どうしてそんな街に自分は赴くこととなったのか。

 今でも信じられない。

 ロアナプラに向かっていること自体にではない。こうして今でも生きていることに、である。

 

 青年は数日前の雨の日、死んでいた筈だったのだ。

 

 

 

 2

 

 

 

 その青年の名は、波佐美涼と言った。

 これといった特徴のない、言ってしまえば何処にでもいるような日本人だ。いや、日本人だった。

 両親とは既に死別していた彼は、東京で一人ひっそりと暮らしていた。可もなく不可もなく流されるがままに日々を過ごし、そんな主体性のない日常も、いつの間にか受け入れていた。

 

 それがいけなかったのだろうか。

 どうやら神様は、そんな青年のことが許せなかったらしい。

 

 全ての始まりは、東京駅で声を掛けられた事だった。

 改札を出て帰路につこうとしたところ、肩に手を置かれたのである。新手のキャッチか何かだと思い、男の顔も見ずに振り払おうとするも、どういうわけか男の手は一向に肩から離れない。

 仕方なしに振り返ってみれば、そこには一組の男女の姿があった。どこか精悍さと渋さを感じさせる男と、清楚さと妖艶さの同居した美女の組み合わせである。

 

「ほら、やっぱりこの人じゃないですか」

 

 波佐美の顔を確認して、女性はやや嬉しそうに男に言った。

 発言からして波佐美の事を知っているようだったが、彼にはその女性の顔に一切の見覚えがない。

 脳内でクエスチョンマークが浮かぶ波佐美に、次に声を掛けたのは女性の隣に立つ長身の男だった。

 

「話がある。少し時間を貰えるか」

 

 その言葉に、波佐美は首を縦に振るしか出来なかった。

 有無を言わせぬ物言いというのが実際に存在するのだと、波佐美が実感した瞬間である。

 

 そんなこんなで以下略の末、波佐美はロアナプラの地に降り立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……いやいや、待て待て。おかしいよな、おかしいだろ。何がどうしてこうなった?」

 

 波佐美を乗せて港に船を着けてくれた髭面の男は、仕事を終えた途端脱兎の如く沖へと逃げ出した。それ程までに近付きたくない土地なのだろう。日本を発つ前に、女性の方から口を酸っぱくして言われた言葉を思い出す。

 

『真っ直ぐに3Wという場所を目指してください。迷った場合の事も考えて最寄りの酒場も書いておきます。いいですか、絶対に他に寄り道なんてしないでくださいね』

 

 そう言いながら手渡された紙切れを再度取り出し、視線を落とす。紙面上に書かれているのは港から事務所までの大まかな地図と、「3W」、「YF」、「CB」という文字。

 事務所らしき場所の上に3Wと書かれているところを見るに、それが事務所の名前なのだろうか。ということは残る二つは酒場ということになるか。そんな事を考えながら、波佐美はようやく歩き出す。このままいつまでも立ち呆けていたら、いつ襲われるか気が気でなかったのだ。

 

 コンクリートで粗雑に舗装された道を、碌に荷物も持たずに歩く。波佐美が現在所持しているのはメモ書きされた紙切れと、出国前に渡された携帯電話と千ドルだけ。足がつきそうなものは事前に全て破棄されていた。

 

「……しかし、思ったよりも普通、なのか?」

 

 まだ歩き始めて五分程しか経っていないが、事前情報にあった銃声の絶えない日常なんてブッ飛んだ光景は見当たらない。人の数もまばらで、道の端でよく分からない果実を売る老婆や荷を運ぶ老人ばかりが目に付いた。

 女性に前もって教えられていたロアナプラとは全く違った印象を受ける、のどかな田舎町そのもののようだ。自身を怖がらせるためのトラッシュトークだったのだろうかと、つい頭の片隅で考える。頭上に輝く太陽の光はより力強さを増して、波佐美の肌をジリジリと焼いた。

 東南アジアのような湿度も気温も高い気候に身体が慣れていないせいもあったのかもしれないが、波佐美は唐突な喉の渇きに襲われた。

 しかしながら先にも述べたように彼には手持ちの飲み物など無い。幸いにして金なら手持ちがあるが、高校英語までしか勉強していない波佐美がまともに注文を行えるかと問われれば、首を傾げざるを得なかった。

 

 喉の渇きと格闘すること十五分。

 やはり人間、欲望には勝てなかった。

 

 港から事務所へと向かう過程に建つ「CB」という酒場を目指し、波佐美は歩を早めた。

 

 

 

 

 

「人は見た目によらないってのは本当らしいな。あんなナリでも情報戦にゃあ特化してるときた」

「岡島さんみたいな人だと思いませんか?」

「アイツとはまた別系統の悪党だな。金の為とは言えヤクザの裏情報なんかに手を出してる。そこそこ肝は据わってるらしい」

「ああいう手合いはどうしたって必要になります。近頃の組は頭も使わないと」

「お前が居れば問題ないような気もするんだがな」

「ダメですよ、私だけじゃとても手が足りません。ウェイバーさんも、最後まで付き合ってもらいますからね」

「ヘイヘイ」

 

 雪の散らつく島国で、男女はそんな風な会話をしていたとか。

 

 

 

 

 

「クローズド? そりゃそうか、まだ真昼間だもんな……」

 

 入口に立てかけられた看板の「CLOSED」の文字を見て崩れ落ちる波佐美。見た感じ清潔感を漂わせるバーのようで彼的には大当たりの酒場だったのだが、そもそも開店していないのでは話にならない。喉の渇きを意識してからそれなりの時間が経過している。ぶっちゃけそこらの露店に駆け込みたいが、住民の話を聞いた感じ英語の訛りが強すぎて何を言っているかよく分からない。

 

「諦めて3Wに行くか? 寄り道すんなって言われたし……、でもなあ喉渇いたしなぁ……」

「人の店の前で何してんのさアンタ」

 

 唐突に横から声を掛けられて、反射的に波佐美は声のした方へ顔を向けた。

 

「……映画の撮影か何かですか?」

「は?」

 

 そこに立っていたのは、給仕服を纏ったブロンド美人さんだった。後ろで纏められた金髪に太陽光が反射して輝いている。エデンはここにあったのだ。

 

「おーい。私の話聞いてる? うちは夜八時からオープンなんだけど」

「あ、ああ。スミマセン、この紙に書かれていたので」

「どれどれ。……うん?」

 

 波佐美が取り出した紙切れを見て、怪訝そうに眉を顰める金髪美女。是非ともお名前を伺いたい。

 

「これ、ウェイバーの字だね。事務所にも印ついてるし、3Wなんて書くのアイツくらいだ」

 

 紙切れを一頻り眺めた彼女は次いで波佐美の顔をまじまじと見つめて。

 

「そういやアンタ、この辺の人種じゃないね。ウェイバー、いやロックと同じ国の人かな。どっちにしろ関係者ってことね。それならそうと言ってくれればいいのにさ」

 

 何やら納得したのかブロンドの美女は頷いて、くいくいと手招きする。

 

「いいよ、入りな。そろそろあの子もくる頃だし、丁度良いでしょ」

 

 

 

 3

 

 

 

 店内に入ると、懐かしい木の匂いがした。

 海外映画で観たような雰囲気そのままのバーが、彼の視界に飛び込んでくる。

 

「適当にカウンターに座って。今何か出してあげるから」

「あ、いえ。水を一杯いただければ」

「ダメよ。ウェイバーのお客さんなんでしょ。今コーヒーでも淹れてあげる」

 

 なんだこの人天使かよ。

 波佐美は緩む口元を押さえながら、カウンターでせっせと用意をする女性を眺める。事前に聞いていた話とは良い意味で全然違う。いいじゃないかロアナプラ、この街に住むのも悪くないかも。

 

「はいブレンド。そういえばまだアンタの名前聞いてなかったね」

「波佐美といいます」

 

 出されたコーヒーを手に取りながら波佐美は答える。

 

「ハザミね、私はメリッサよ。よろしくね」

 

 にっこりと笑う彼女に、自然と波佐美の顔も綻ぶ。

 この時だけは、昨日までのクソッタレな現実を忘れられそうだった。

 

 しかしながら。

 現実とはそう甘く簡単なものではないのである。

 

 からんからん、と。木製のドアの上部に取り付けられていた小さなベルが鳴る。ドアが開くと同時に店内に入ってきたのは、メリッサとは対照的な銀の髪をした美少女だった。年はざっくりだが十五から十八くらいだろうか。

 

(俺よりも年下、か? 外人は見た目じゃ分かり難いよなぁ)

 

 なんてことを思っていると、少女は波佐美の隣に座ってメリッサへと言葉を投げる。

 

「こんにちはメリッサ。今日は暑いわね」

「そんな恰好してるからだと思うわよグレイ。この間着てたワンピースはどうしたの?」

「あれはおじさんがくれたものだもの、あの人が居ない所では着ないわ」

 

 出されたアイスココアに口を付けて、グレイと呼ばれた少女は艶やかな笑みを浮かべた。控えめに言って超エロイと思いました。

 

「それで? いつもはこの時間お客様はいない筈だけど」

 

 言いながらグレイは隣に座っている男へと視線を向ける。どことなくウェイバーに似た雰囲気を感じるのは、彼が黄色人種の黒髪だからだろうか。

 

「ああ、ウェイバーのお客らしい。ハザミ、さっきの紙切れ見せてあげて」

 

 言われるがままに少女へと紙切れを手渡す。グレイはそれを受け取って、書かれた内容を見つめて笑った。

 

「確かにおじさんの字だわ。それに3Wですって」

「ね、ウェイバーくらいよね。そこが『4W』じゃないのって」

「? あの、一体どういうことですか」

 

 いまいち話の内容が掴めない波佐美へ、グレイは楽し気に笑って。

 

「ここにある事務所の通称のことよお兄さん。WAVER、WITCH、WHITEの頭三つを取って3W。でもね、この街の皆は最初にもう一つWを付けて4Wと呼ぶの」

 

 美しい少女は続ける。この街がこの街たる所以の一端、それを余所者へと知らしめるかのように楽し気に、愉し気に。

 

「――――WARNING。あの事務所はね、この街のアンタッチャブルの一つなのよ」

 

 

 

 4

 

 

 

「へェ、おじさん日本で二人に会ったのね。運が良いわ、普通なら死んでるもの」

 

 アイスココアを飲み終えたグレイは店を出て何処かへと歩き始めた。メリッサに言われるがまま、波佐美もそれに同行する形である。彼女の数歩後ろを歩いているのだが、その背中に背負われている真っ黒なケースはいったい何なのだろうか。

 

「な、なあ。これはどこへ向かってるんだ? 紙だと事務所は反対方向なんだけど……」

「お仕事よ。いつも始める前にあのバーでココアをいただいてから出掛けることにしているの。ルーティーンというやつね」

 

 満足そうに告げるグレイだが、波佐美の額には大粒の汗が滲んでいる。当然、冷や汗である。

 なにせ彼女、どんどん人気の無い方へと進んでいくのだ。バーが建っていた場所はまだ人も居てそこまで無法地帯の雰囲気を感じなかったが、路地を何本か裏に入ってしまえばもうアウトロー感がすごいことになっている。壁に付着した正体不明の飛沫なんかが当然のように姿を現す。至る所に散らばっているのは薬莢だろうか。

 

「お兄さんがこの街に来たのは、きっとお姉さんの為ね」

「お姉さん?」

「おじさんの隣に居た黒髪のお姉さんよ。会ったのでしょう?」

「ああ、あの人か」

 

 日本でのことを思い出し、合点がいく。柔和な笑みが印象的なこれまた美人さんだった。

 

「あの人、ヤクザ? とかいう組織のボスだったのよ」

「は、ええ!?」

「確か鷲峰組とか言ったかしら」

 

 聞いたことがあった。

 何年も前の話であるが、海外マフィアまで巻き込んだ大規模な抗争が東京のど真ん中で勃発したのだとか。その時に争っていたのが関東和平会の一翼を担う香砂会と鷲峰組。それぞれが独自の伝手を使ってマフィアを雇い、相手の組を潰そうと画策した。

 結果的には香砂会、鷲峰組双方の長は凶弾に倒れこの事件は幕を引いた。共倒れの構図だったと記憶している。

 

「楽しかったわあ、この子ではなかったけれど、的当てがたくさん出来たんですもの」

 

 背中のケースを撫でながら、グレイはにっこりと笑う。

 え、いや。まさかね。その抗争に参加していたとか言わないよね。波佐美の冷や汗は尚も止まらない。

 

「鷲峰組は事実上壊滅したと聞いていたけど……」

「ええ、事実上はね。おじさんがお姉さんをこの街に逃がしたのよ。時期が来るまで、力を蓄えるために」

 

 時期とは、つまり。

 

「お姉さんは組を復活させるわ。その為に、お兄さんの力が必要なんじゃないかしら?」

 

 思えばあの二人は、最初からこちらの存在を知っているようだった。

 詳しい話はあの場ではそこまで聞くことができなかったが、こちらの素性を掴んでいたことは確かだろう。

 であれば、自身が組の間で多重スパイの真似事をしていたことも当然知っているということだ。

 戦闘方面はからっきしだが、情報戦においてはそれなりの才能があったらしい。まあ、事がバレて双方から殺されかけたわけだが。

 

「ついたわ。ここよお兄さん」

 

 平然と告げるグレイ。しかし後ろに立つ波佐美には、目の前の建物がやばい連中のアジトにしか見えなかった。恐る恐る、確認の意味も込めて少女へと尋ねる。

 

「な、なあ。そのお仕事の内容、聞いてもいいか?」

「あら、言ってなかったかしら。いつもと変わらないわ」

 

 そう言って、少女は微笑む。

 

「不穏分子の排除、この子で天に還すだけよ」

 

 背負っていたケースから得物を引き抜く。姿を現したのは、少女が持つにはあまりにも不釣り合いな黒光りする銃器だった。

 

「時間だわ、さあイきましょう」

 

 躊躇なく、グレイは扉を開いて屋内へと入っていく。波佐美は中に入る勇気こそなかったが、目や耳を塞ぐといった愚行を犯すことはなかった。

 故に、それらは鮮明に彼の目に、耳に飛び込んでくる。

 

 何かが爆ぜ、潰れる異音。人間だったものの絶叫、咆哮。そしてそれらすべてを掻き消す、間断ない銃声。

 時間にしてみれば五分と経っていないはずだ。

 実際事を終えて建物から出てきた少女の顔に、疲労の色はない。

 屋内がどのような惨状になっているのか、想像すらしたくない。少女の衣服に微かに付着した血の匂いが、どうしようもなく吐き気を催す。

 

「どうしたのお兄さん、具合が悪そうだわ」

「…………いや、大丈夫だ」

 

 慣れるしかないのか。そう思わずにはいられない。

 確かにあの二人には命を救ってもらった恩がある。それに報いる覚悟もあった。

 だがこれは、少々刺激的過ぎやしないだろうか。

 

「事務所に戻りましょう。おじさんたちが帰ってくるまでまだ日があるけど、その間のお世話は私に任せてくださいな。あ、でも今日は会合があるのよね。代わりに出ろって言われてるし。夜ご飯どうしましょう」

 

 慣れた所作で銃器をケースに仕舞いながら、グレイは歩き始める。

 

「そうだわ、お兄さんにも一緒に出てもらって帰りにどこかで食べることにしましょう。そうね、それがいいわ」

 

 当人の希望を聞くことをしないグレイの中で、とんとん拍子に話が進んでいく。

 波佐美にしてみれば会合に出席すること自体はいい。いいのだが。

 

「なあ、俺って結局どうすればいいんだ?」

「さあ。おじさんの考えなんて私にはわからないもの。日本に戻すつもりなのか、この街に浸からせるつもりなのか。帰ってきたら聞いてみるといいわ」

 

 あの雨の日に死んでいた筈の命である。今更怖くは、まああるが。目の前の少女を見ていると、この街が他の都市とは一線を画す悪の都なのだと感じずにはいられない。

 

「あら、知らなかったの?」

 

 そんな感想を聞いて、グレイは妖艶に笑って見せる。

 

「ここはロアナプラ、悪党たちの肥溜めよ」

 

 

 

 5

 

 

 

「お、なんだ今日はお嬢さん一人かい」

「ええ、おじさんは今お仕事でここを離れているの」

「ここは小便臭いガキの来るところじゃねーぜお嬢ちゃん」

「鼻につく葉巻の匂いを纏っている貴方よりはマシだと思うわおじさん」

「言うねえ。流石はウェイバーんトコの娘っ子だ」

「フン、よくもまあ顔を出せたものだな」

「あらおばさん、ごきげんよう」

 

 煙草や葉巻の煙が充満する室内。その中央に設置されたガラステーブルと高級ソファに腰を下ろす、一癖も二癖もありそうな凶悪な悪党たち。

 そんな空間に当然のように居座るグレイの背後に立ちながら、波佐美は率直にこう思った。

 

(あ、これダメなやつだ)

 

 

 

 

 

 




 次話の投稿は未定だと言ったな、あれは嘘だ!!

・波佐美
日本版ベニーのようなことをしていたら殺されそうになったところをウェイバーたちに救出される。のちの雪緒が立ち上げる新鷲峰組の中核をなる(予定)
二代目ロックのような恰好をしているが、ロックのダウングレードではない、決して、いいね?

・グレイ
この時十七歳。髪の毛がついに膝まで伸びた。

・雪緒(とウェイバー)
地盤を固めるために日本へ。詳細は次話(まじで未定)にて。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。