悪徳の都に浸かる   作:晃甫

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前日譚 1

 

 黒髪の東洋人が、あの黄金夜会に名を連ねたらしい。

 そんな噂が実しやかに囁かれ始めたのは、件の男がロアナプラで生活を始めて半年程経った頃だった。当初はそんな与太話を誰が信じるものかと鼻で嗤う者たちが大半であったが、黄金夜会の一翼を担う三合会の支部長、張維新がその男の加入を公言したことで一度大きな波紋をロアナプラに起こすこととなった。

 

 黄金夜会は、ロアナプラでの利権拡大を目指すマフィアたちが互いの動きを牽制し、また得られる利潤を分配するために形成された組織だ。

 ホテル・モスクワ、三合会、コーサ・ノストラ、マニサレラ・カルテル。いずれも各国に強大な地盤を持つ一大組織であると言っていい。その構成員の数は末端まで含めれば数千にのぼる。それほどの組織が正面から衝突し、このロアナプラの利権を巡って争い始めて数年。一向に鎮静の色を見せなかったその情勢だが、ある日を境に徐々に戦禍が小さくなっていった。その後つくられたのが黄金夜会という街の情勢安定を司る機関。

 そんな組織に、一人の男が単身身を置いているのだという。

 

 奇妙な話だ、と街に住まう悪漢どもは思った。

 聞けばその男は夜会に所属する組織たちにかなりの打撃を与えたらしいが、聞くだに全く信じられない類のものばかり。終いにはあの火傷顔と三合会の若頭を相手に大立ち回りを演じ、それぞれに銀の弾丸を見舞ったというのである。全く以て疑わしい。

 

 これは何か表沙汰に出来ないような事情があるのではないかと、少し頭のキレる人間たちが勘繰るのは当然の事と言えた。もしかすると、その男から芋づる式に黄金夜会の情報を手に入れられるかもしれない。そうなれば甘い汁を吸うのは何も夜会に属する組織だけではなく、自分たちにもそのチャンスが巡ってくるのではないだろうか。

 確証はない。しかし、その足掛かりとなる材料は揃っていた。

 何処の誰が言い始めたのかは定かではない。いつしかロアナプラには、あの男を殺せば黄金夜会に加わることが出来るという噂が蔓延するようになった。

 そしてこの街の悪党どもは、ぶら下がる獲物は決して逃さない。

 

 

 

 1

 

 

 

「ったく、本当にいい迷惑だ」

「随分な物言いじゃないか、ウェイバー」

 

 黄金夜会の一角、三合会が所有する娼館の一室で不機嫌さを隠そうともせずにそう言い放った。

 俺の周囲には張、バラライカ、アブレーゴにヴェロッキオといった各組織の頭目たちが勢揃いしており、奴らを囲うように周りには部下たちが立ち並んでいる。円形のガラステーブルとそれを覆うように設置された革張りのソファに腰を下ろしている俺は、苛立ちと共に何とも言えない居心地の悪さも感じていた。360度全てが敵で埋め尽くされている空間に一人で放り出される気持ちが分かるだろうか。全裸で南極に放り出された方がまだマシなレベルだ。

 

「何をそうカリカリしてやがる、糞の切れでも悪かったか?」

 

 ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべるヴェロッキオが、ウィスキーの入ったグラスを傾けながら問い掛けてきた。本当になんでこうコイツは人の神経を逆撫でするのが上手いのだろうか。ある種才能の域だと思う。

 

「イタ公の戯言に付き合う必要はないぞウェイバー。臓物にまで豚の匂いが染み付いてしまう」

「あァ? 軍人崩れの雌犬(スーカ)が吠えるじゃねェか」

「待て待て二人とも、今日の会合の趣旨は罵詈雑言を突き付け合うことじゃあないだろう」

 

 視線だけで人を殺せそうな形相のバラライカとヴェロッキオを、張が宥める。そう言うコイツも数か月前まで血眼で鉛弾を喰い合っていたわけだが、そのあたりの事は完全に棚上げしているらしい。食えない奴だ。今更ながらにそんな事を思う。

 

「この組織が創設されて半年。ようやくその役割が街全体に浸透しつつある」

 

 部下から差し出された火に煙草を近づけて、張は煙を燻らせる。

 

「街の情勢が安定してるってのはいい事だ。我々も些事に気を取られている暇は無い。労せず成果を上げられるのなら、これ程好ましいこともない」

「フン、随分と丸くなったものね張。ウェイバーにしてやられたのがそんなに痛かったかしら」

「よしてくれバラライカ。あの夜の事は今引き合いに出すような代物じゃない。君だってよく分っている筈だ」

 

 ちらり、と二人の視線が俺に向けられる。

 いや、おい待て。そんな意味あり気な視線を向けられても何も気の利いた事は言えないからな。あの夜の事は言うなれば事故だ。たまたまで偶然な出来事が二つか三つ重なっただけの事故なのである。そうでなければ今俺はこんな場所に座っていない。良いトコ海の藻屑だろう。

 

「ま、俺としちゃ金になるなら問題は無ェ。そこの雌犬や東洋人共は確かに気に食わねェしブッ殺してやりてェが、今はそれより先に片づける仕事があるからな」

「その通りだヴェロッキオ。今俺たちの前には、可及的速やかに解決すべき案件が転がっている」

 

 何やら二人が悪い貌をしている。ああ、元からか。

 何てことを考えていると、張とヴェロッキオの二人がこちらに顔を向けて。

 

「此処の所、ウェイバーを殺せば黄金夜会に参加出来るという噂が広まっていることは周知だ。良くない傾向だ、そう思わないかウェイバー」

「…………」

 

 そりゃそうだろう、とは言わなかった。

 思っても口にしないことが吉なのは往々にして良くあることだ。ここで簡単に肯定してしまえばお前が片を付けてこいと言われるのは目に見えている。そんな厄介事を引き受けるのは御免だ。何ならこの機に乗じて雲隠れしたいまである。

 尚も視線を外さない張に対して、俺は無言でグラスを傾ける。

 

「ハッ、聞くまでも無ェってか。言わずともその眼が語ってやがるぜウェイバー」

「あ?」

「無粋な事を聞くものじゃないわミスター張。この男が黙って見ているとでも思って?」

「んん?」

「悪い冗談だ、ウェイバーが動くってんならカルテルは暫く様子を見させてもらうぜ」

「……オイオイ」

 

 当事者を置いてけぼりにして進む会話に中々割って入ることが出来ない。だってコイツら怖いんだよ。挨拶代わりに銃口突き付け合うような連中と気楽なお喋りなんて出来る訳がない。

 だがしかし、ここはハッキリと言わねばなるまい。このタイミングを逃せば恐らくもう後戻りは出来ない。無茶苦茶な仕事を振られるに決まっている。具体的には先月バラライカから受けたモンゴルの国境付近に潜伏する反ソ連ゲリラを殲滅しろみたいな。本当に、いい迷惑だ。

 

 出来る限り神妙な面持ちで、最大限申し訳無さそうに掌を合わせて。あ、昨日指立て伏せして筋肉痛で指までしかくっつかねえ。しかしながら一度動き出した手を止める訳にもいかず、なんとも不格好な「ごめんなさい」となってしまった。

 

「……あのなァ、」

 

 頭も少しは下げておいた方がいいだろう。手の位置よりも下にするのは格好悪いので、顔と掌の高さが同じになる程度にしておく。必然的に肘が膝に付いて前のめりになってしまうが、この辺りは容赦願いたい。あんまりコイツらの顔を見てると気分が悪くなりそうなのだ。主に胃痛で。

 視線は下に向けたまま、気弱さを演出するために絞り出すように告げる。

 

「今の俺を見れば分かンだろ……、察しろよ」

 

 俺を殺しても黄金夜会には入れないだろうし、寧ろ欲しいなら喜んでくれてやる。目の前の金銭、利益よりも今ある命が大事だ。死というものに忌避感を持っていないとは言え、自殺と他殺では痛みも捉え方も違う。この立場に居ることで命の危機があるというのなら、俺は自らこの立場を放棄する。

 だから察してくれないか、俺にはこの立場は荷が重いのだと。

 無意識のうちに吐き出されていた溜息に気が付いて、自嘲気味に苦笑する。

 

「……ま、分かっちゃいたがね」

 

 頭上から聞こえてきた声の主である張の表情は俯いている俺からは見えない。こんな腰抜けだったのかと、落胆しているだろうか。そうなると今この場に居ることすら危険な事に今更ながらに気付いた。顔色を窺うのが恐ろしいので、今暫くはこの姿勢を続けさせてもらうことにしよう。

 

「ケッ、こんな話続けるだけ無駄だぜ張。コイツの性格を考えりゃあどうなるかなんざ分かりきってる。見ろよこの姿を、グラッパの飲みすぎでもなけりゃこの先を想像するのは難しくねェ」

 

 吐き捨てるようにヴェロッキオが告げた。相当お冠なのか、捲し立てるように言って部屋から出て行ってしまったようだ。

 

「そういうことだ張。カルテルとして今回の件には金輪際関わらねェ。テメエ等の好きにしな」

 

 ヴェロッキオが去ったのとほぼ同じタイミングでアブレーゴもこの場を後にするようだ。複数人の足音が室内に鳴り響き、やがて静寂が訪れる。

 

「……考えを変える気はないのか、ウェイバー」

 

 声の主はホテル・モスクワの頭目が一人、バラライカ。言葉尻にどことなく怒りを感じさせる音で、彼女は俺へと問い掛けた。

 正直なところ顔を上げれば一瞬で撃ち殺されそうなので、俺は視線を下げたまま首肯する。

 とんだ腰抜けだと言われるかもしれないが、ここらが潮時とも考えられる。やはり俺には過ぎた地位だったのだ、化けの皮が剥がれないように細心の注意を払ってきたが、それとていつまでも続けられるものではない。

 

「どうも俺は堪え性が無いらしい。分かっちゃいたが、今この状況を見過ごせる程甘くは無ェ」

「…………」

「今の俺を見ろよバラライカ。もう、限界さ」

「……そうだな、貴様はそういう男だった」

 

 先程までとは違いどこか愉快気に呟く彼女の様子にやや疑問が浮かんだが、ここで余計な口を挟むような事はしなかった。それが賢明だと、ロアナプラで半年生活してきた俺の直感が告げている。

 

「いいだろう。我々も暫くは様子を見る。この舞台をどう料理するのか、精々見させてもらうぞウェイバー」

 

 俺の頭上から投げられたその言葉は、人の少なくなったこの部屋によく響く。

 どういうわけか、三日月のように口元を歪めたバラライカの顔が頭の片隅に浮かんでいた。

 

 

 

 2

 

 

 

「あのなァ」

 

 ゾッとするほどに低く、そして平坦な声だった。

 普段からして心境が読めない男は、この場に限っては確かに怒りを抱いていた。飄々としている男のその明らかな怒気は、周囲の空気を瞬く間に凍てつかせる。

 彼の言葉に充てられたのか、今の今まで喧しかったヴェロッキオすらもが言葉を詰まらせていた。当然、取り巻きの部下は直立の姿勢を崩せない。

 

 事の発端は、どこからともなくウェイバーを殺せば黄金夜会へ加入できるという噂が独り歩きを始めたことだ。

 一体どこの馬の骨がそんな世迷言を吐き出したのかは定かではないが、事実としてこのロアナプラにはそんな類の話が蔓延していた。

 馬鹿馬鹿しい、と張維新はそんな噂を一蹴する。

 黄金夜会とは、たった一人の人間を殺したところで加入できるようなちんけな組織ではない。各国に強力な地盤を持つ国際マフィアどもが数年の抗争を経て辿り着いた一つの到達点だ。何の後ろ盾も無い一個人ごときが肩を並べられるようなものではない。

 

 普通であれば。

 

 先の言葉と矛盾する、何の後ろ盾も持たない一個人が己の武力のみで黄金夜会に身を置く例外中の例外。それこそが今張の目の前で怒気を滲ませる男、ウェイバーである。

 

 そもそも、この噂は前提からして破綻している。

 ウェイバーを殺すことなど、出来る筈がないのだ。この場に居る夜会の中心メンバー、そして部下を総動員しても息の根を止めることが出来なかった男。それがウェイバーだ。殺すことが出来ないのであれば、こちらに牙を向けないようコントロールするしかない。この男を夜会へ加入させたのには、そうした意図もあった。もっとも、直ぐにそんな事は不可能であると思い知らされたわけだが。

 

「今の俺を見れば分かンだろ。察しろよ」

 

 そんな彼に対して今後の対応を尋ねるなど、愚問でしか無かった。

 考えてみれば当然の事である。自身を殺せば代わりにその椅子が貰えると街中で噂されて、良い気分でいる人間などいない。ウェイバーはどちらかと言えば好戦的な方ではないが、それはあくまでもどちらかと言えばの話。荒事が苦手という訳ではない。それは張自身よく理解していた。

 ウェイバーは溜息を吐き出した後、夜会のメンバーには悟られぬよう口角を吊り上げた。立ち位置的に張だけがその表情を垣間見て、同時に背筋を凍らせる。

 殲滅。唐突にその二文字が頭を過る。

 

「……ま、分かっちゃいたがね」

「こんな話続けるだけ無駄だぜ張。コイツの性格を考えりゃあどうなるかなんざ分かりきってる。見ろよこの姿を、グラッパの飲みすぎでもなけりゃこの先を想像するのは難しくねェ」

 

 同意見だ。張は僅かに息を吐いた。

 張り詰めたこの場の空気に耐え切れなくなったのか、ヴェロッキオとアブレーゴが部下を率いて足早に部屋を後にする。ウェイバーはそんな二人には目もくれず、一見静かに怒りを立ち昇らせていた。

 

「考えを変える気は無いのか、ウェイバー」

 

 バラライカの質問の意味を張が正確に汲み取れたのは、彼女の性格を概ね把握出来ていたからだった。とどのつまり、這い寄ってくる獲物を独り占めするつもりなのかということだろう。

 火傷顔は生粋の戦争狂いだ。そこに一握りでも火種があれば、瞬く間に業火へと変貌させる術を彼女は有している。

 そして彼女の質問を正確に理解していたのは、ウェイバーも同じだった。

 

「今の俺を見ろよバラライカ。もう、限界さ」

 

 件の噂が街中をさ迷い始めて数週間。よく我慢した方だと言えなくもない。聞けばウェイバーの事務所には命知らずな特攻が日夜行われているそうで、その相手をすることに辟易していたそうだ。最近は自分の事務所に戻ることすら億劫だとぼやいていた。

 そんなウェイバーの現状を、バラライカも把握していたのだろう。

 彼女にしては珍しく、目の前にぶら下がる火種をこれ以上大きくする気はないようだった。

 いや、或いは。

 

 ウェイバーであれば想像以上の炎を立ち昇らせると期待しているのだろうか。

 

「……いいだろう、我々も暫くは様子を見る。この舞台をどう料理するのか、精々見させてもらうぞウェイバー」

 

 踵を返した火傷顔はボリスら部下を引き連れて部屋から立ち去る。

 残されたのは張維新とその腹心数名、そしてウェイバー。

 

「でだ、ウェイバー。どのくらい時間は必要だ」

 

 尚も顔を上げない男へ、隣に腰を下ろした張が問い掛ける。

 この男が本気で動くというのであれば、周辺地域へそれなりの規制を敷いておかなければならないからだ。

 

「……そうだな。纏まった荷物を片付けるのに、ざっと計算して二日ってとこか」

 

 サングラスの奥で、張は目を丸くした。

 この噂が出回り始めてそこそこの日が経つ。過信と慢心を振り翳しウェイバーの首を狙う人間は数十やそこらでは無い筈だ。そんな人間を纏めて片付けるのにたった二日しか必要ないという。

 

「……オイオイ、どんな片付け方をしようってんだウェイバー」

 

 そこでようやくウェイバーは顔を上げ、小さく笑う。

 

「片付けってのにはコツがあるんだ張。隅の埃を叩いた所で意味が無ェ。肝心なのは出処の()()()ヤツから叩く事だ」

 

 どうやら既にウェイバーはこの噂の出処を掴んでいるらしい。リロイあたりから情報を仕入れていたのだろうか、相変わらず動き出しが早い。

 

「ま、目途が付いているんなら俺からは何も言わん。綺麗サッパリ片付けてくれよ、この街の威信にも関わる」

 

 懐から取り出した煙草を咥えて、張は席を立つ。ウェイバーはまだこの場所を離れる気がないのか、手に持ったグラスに新しい酒を注ぎ始めた。緊張感の欠片もないその姿を横目に見て、三合会のメンバーは部屋を後にした。

 

「……いいんですかい」

 

 部屋を出て真っ先に口を開いたのは彪である。

 

「何がだ」

「あの男、この街を火の海にでもしようとしてるんじゃ」

「ハハ、そう心配するな。ウェイバーが二日と言ったんだ。だとすればこの噂も二日で消えて無くなる、そういうことだ」

 

 彪の懸念を吹飛ばすように、張は豪快に笑った。

 

「こうなると俺たちに出来るのはな彪、歩く戦禍(ウォーキング・ウォー)の被害を受けないように立ち回ることだけなのさ」

 

 

 

 3

 

 

 

 悪徳の街。そう世間からロアナプラが呼ばれるようになったのは、一体いつの頃からだったか。

 表舞台から爪弾きにされたロクデナシ共が集い、いつしか一つの都を形成するに至ったのはもう何十年も昔の話だ。その頃から続いてきた利権争いの抗争が、とある組織の設立を期に表向き決着を見せた。

 その名は。

 

「黄金夜会、ねェ……」

 

 透明なグラスの飲み口を掴み、それを視線の高さでゆらゆらと揺らしながら、銀髪の男が呟いた。注がれたリシャールを胡乱な瞳でじっと見つめて、鼻から小さく息を吐く。

 男の座るL字型のソファの対面には、同じタイプのソファがもう一つ置かれていた。そして二つが噛み合うように設置されたソファの内側には、リシャールのボトルとグラスがもう二つ。

 

「どう思う? ゴラン」

「腑抜けた蠅共の集まりだぜヴァスコ。エイシッドでもキメてんじゃねえか」

 

 ゴラン、と呼ばれた丸刈りの大男は機嫌悪そうにそう言ってリシャールのボトルに手をかけた。どうやらそのまま飲むつもりらしく、用意されていたグラスには目も向けない。

 

「奴らはそこまで馬鹿じゃない。あれだけ利権争いに躍起になっていた連中が揃いも揃って休戦協定なんて有り得ない。……普通なら」

「普通じゃねえ事態になってるってのか? ここ数年日常茶飯事な気がするが」

「それ以上ってことさゴラン。……例えばそう、黄金夜会に加わったとかいう東洋人の男」

 

 ここ最近のロアナプラは、その男の噂で持ち切りだ。

 曰く、張維新と火傷顔を同時に相手取って制圧した。

 曰く、マニサレラとコーサ・ノストラの構成員を銃器すら使わず戦闘不能にした。

 曰く、目で追えない速度で銃を扱うことが出来る。

 

 その男を殺せば、黄金夜会へと加入することが出来る。

 

「ケッ、馬鹿馬鹿しい。見りゃただの細っちい東洋人じゃねえか。こいつのどこにそんなイカレた要素があるってんだ」

 

 テーブルの上に置かれた写真を取り上げて、ゴランは目を細める。どう見たって戦闘慣れしているようには見えない。そこらのチンピラの方がまだ強そうである。

 

「確かにな。だが、そう見せているだけかもしれない」

「ああ?」

「東洋の諺にな、能ある鷹は爪を隠すというものがある」

「どういう意味だ?」

「態と弱そうに見せているってことさゴラン」

 

 手に持っていたグラスをゆっくりとテーブルに置いて、ヴァスコはゴランから写真を奪い取る。

 そこに写っているのは、安っぽいジャケットを着た黒髪の東洋人。

 

 ヴァスコは気付いていた。

 そもそもこの写真は、望遠カメラで撮影されたものだ。

 にも関わらず、写真の男の視線はしっかりとレンズに向けられている。

 気付いていたのだ、この男は。数百メートルも離れた場所からの撮影に、その気配に。

 面白い、とヴァスコは嗤う。

 

「そろそろこの街の順位ってやつを覆してやろうと思っていたところだ」

 

 その為にウェイバーを殺せば夜会入りできるなどという嘘八百を流布したのである。

 

「特に気に入らねえしなァコーサ・ノストラの糞共は。俺達シュチパリアから散々せしめてきた癖して黄金夜会に入った途端切り捨てやがった」

 

 苛立たし気に舌を打つゴラン。

 彼の気性の荒さを知っているヴァスコは、窘めるように言った。

 

「そう焦るな、準備はしている。そうだな、二日もあればすべて整う算段だ。それまで待てよ。コーサ・ノストラを堕とすのは、ウェイバーの首を獲ってからだ」

 

 ヴァスコ、ゴラン。

 彼らはアルバニアからこの街に派遣されたマフィアである。

 元々はロアナプラの利権を巡って三合会やホテル・モスクワと対立していた組織だ。しかしながらその争いの中で兵力の殆どを食い潰され、今では巷のチンピラを取り仕切るチンピラ擬きに成り下がっている。

 こんな状態では国に戻ることも出来ず、かと言って利権の確保が出来る程この街で縄張りを広げられていない。

 

 そんな折、たった一人の男が黄金夜会に名を連ねたという情報を掴んだ。

 これを利用しない手は無いと踏んだヴァスコは、街の若者に信憑性の無い噂を流したのだ。即ち、たった一人の男を殺せば一攫千金だと。

 そこにウェイバーに関する詳細な情報は一つも含まれていない。だがこの街の悪漢たちは目先にぶら下がる獲物を無視できない。例えその獲物が自らの手に余る巨悪だとしても。

 

 邪悪に嗤うヴァスコを見て、ゴランは冷や汗が噴き出すのを抑えられなかった。

 この銀髪の男は順調に行けば組織の幹部にまで上り詰めていたであろう傑物だ。その頭脳も然ることながら、戦闘面に関しても一角のもの。人心掌握は最早魔法のレベルである。故に、ゴランはこの男に付いていこうと決めたのだ。

 だから。だからこそ。

 

「…………は?」

 

 ゴランは聞いた事が無いその声音に眉を顰めたのだ。

 出入口の扉に固定されたヴァスコの視線を辿って、ゴランもそちらに顔を向ける。

 

 

 

「あん? 場所間違えたか?」

 

 

 

 果たして、そこには件の東洋人が立っていた。

 

 

 

 

 




おっさん:もう夜会やめて荷物まとめて出ていくゥ!!
グラサン:よっしゃ二日で片付くんやな
姉御  :任せるわちゃんとせえよ

そこらのマフィア:よっしゃこの東洋人の首手土産にして夜会復帰するで
その首     :ちーっす

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