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LC-001
2045.07.14-Fri 23:52
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石が、光った。
嘘だと思った。
湘南の砂浜に座って、拾った石を空に向かってかざしていた。バイトが終わって、帰る気にならなくて、潮の匂いを嗅ぎながら砂浜でだらだらしていた。
指先に砂がざらついて、爪の間に入り込んでいた。拾った石は透明に近い乳白色で、角が丸くて、手のひらに収まるサイズだった。綺麗だと思って、なんとなく空に向かって持ち上げた。
そしたら、光った。
一秒もなかった。
瞬きと同じくらいの時間、石の内側がほのかに青白く光って、すぐに消えた。
「……え?」
ユキは石を目の前に持ってきた。
なんの変哲もない。さっきと同じ乳白色。光ってない。指で弾いてみる。硬い。普通の石の感触。
もう一回、空に向かってかざした。
光らない。
三回目。
四回目。
五回目。
光らない。
「……気のせい、か」
七月の夜風が頬を撫でた。波の音がして、遠くで車のクラクションが鳴った。空には、壁の向こうの星も、月もなかった。
新月の夜。
ユキが物心つく前からずっと暗かった空に、今夜は月すらない。
ポケットに石を入れて、立ち上がった。コンバースに砂が入り込んでいる。払う。スマホを見ると日付が変わりそうだった。
帰ろう。気のせいだ。疲れてるんだ。
そう思って歩き出したのに、五歩で止まった。
ポケットの中の石が、少し温かい。
温かい。手のひらの体温とは別のところから、じわっと、熱が滲んでくる。石の真ん中が脈打ってるみたいだった。
ユキはポケットから石を出して、掌に載せた。
空に向かってかざす、のではなく、今度は海の方に向けてみた。
反応なし。
次に山の方。反応なし。
足元の砂浜にも向けた──石は冷たいまま黙っていた。
北に向けた瞬間、光った。
さっきより長かった。二秒。三秒。
青白い光が石の芯から滲むように広がって、掌を淡く照らした。まるで石の中に蛍がいるみたいだった。
そして消えた。
「なに、これ」
声が震えた。怖かったからじゃない。なんだかわからないけど、胸の真ん中がぎゅっとなった。
嬉しいとも違う。悲しいとも違う。もっと手前の、名前のない感情。
砂浜にしゃがみこんだ。膝に砂が食い込む。石を両手で包んで、もう一度、北に向けた。
光った。
五秒。今度は五秒も光った。
「うそ」
周りを見渡した。誰もいない。深夜の湘南。波の音だけ。この光を見たのは、ユキだけだ。
立ち上がった。膝に砂がついたまま、石を北に向けて持ち続けた。光はもう消えていた。でも確かに光った。
三回。全部、北に向けた時だけ。
北。
北の空には何がある? 知らない。教科書に載ってた星座表を思い出そうとした。北の空に、何かあったはず。北斗七星とか、北極星とか。見たことはない。でも名前だけは知ってる。
おじいちゃんが最初に教えてくれた星座は、オリオン座だった。小さい頃、寝る前に星の絵本を読んでもらうのが好きだった。
おじいちゃんはいつもオリオン座のページだけ、少し指を止めた。「三つ並んでるのが目印だよ」意味はわからなかったけど、その三つだけは覚えた。
小学校の遠足でプラネタリウムに行った日、帰ってきておじいちゃんに言った。「オリオン座あったよ。三つ並んでた。絵本と同じだった」おじいちゃんは少し黙ってから、「昔はな、あの並びを目印にして遠くへ行く人たちがいたんだよ」と言った。「おじいちゃんも?」と聞いたら、「……まあ、端っこの方でな」と笑って、それ以上は話さなかった。
でも冬になったら一緒に見よう、とだけ言った。冬は来たけど、空にオリオン座はなかった。まるで関係のない昔話みたいで、胸の奥が焼けるように熱くなった。
でも今、手の中の石が、北を指して光った。
あの暗闇の向こうに、まだ何かが残ってる。そんな気がした。
ユキはスマホを開いた。画面の白い光が目に痛かった。指が震えて、検索ワードを三回打ち直した。出てくるのは怪しいオカルトサイトばかりで、まともな情報はほとんどない。
でも一件だけ、個人ブログが引っかかった。天文系の。更新が半年止まっている。
タイトルは「星の記憶を持つ石について」
砂浜に座り直して、記事を読み始めた。書いてある内容の半分も理解できなかった。でも一行だけ、はっきりわかった。
「この石は、かつて届いていた星の光を、まだ覚えている」
その一行を読んだ瞬間、砂浜の波の音も潮の匂いもスマホの画面の光も遠のいて、手のひらの中の石だけが世界のすべてになった。
息を止めたまま同じ行を三回読み、四回目に息を吸った時、肺の奥に冷たい空気が刺さって、泣きそうなのだと気づいた。
石は温かかった。
掌の中で、静かに、でも確かに。
空を見上げた。
暗い空。
星もない月もない、いつもの夜。
でも初めて、あの暗闇が「何もない」に見えなかった。
あの向こうに、光がある。この石がそう言ってる。
ユキはブログの連絡先を探した。
メールフォームがあった。
深夜一時。
砂浜で、膝に砂をつけたまま、ユキはメッセージを打ち始めた。
「はじめまして。うち、石が光ったんですけど」
──── 送信した。
三日後、返事が来た。
差出人の名前は、ハル。