ロスト・コズミック   作:シグワン

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第9話 並行する星座

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LC-087-H/arieSta

2045.12.19-Tue

Location : 中野区 東京都

MoonAge : 11.0

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「りゅう座を進めてる理由、改めて説明しといた方がいいと思う」

 

 ハルがそう言ったのは、オーラフとの通話を終えた直後であり、珈琲が三杯目に差しかかった頃だった。ノルウェーとの時差は七時間で、向こうの朝はこちらの夕方になる。

 

「誰に?」とユキが聞いた。

 

「ネットワーク全体に。縮尺データを共有するハンターたちに、なんでこぐま座が終わってないのにりゅう座なのか、わかってない人が出てきてる」

 

「こぐま座は照射した。終わってはないけど、やることはやったよ」

 

「そう。でも伝わってない人には『こぐま座を放棄してりゅう座に移った』に見えるんだよ」とハルは言った。

 

「スターハンターのコミュニティって、情報が早い分だけ誤解も早く広がる」

 

 ユキは少し考えた。

 

「うん。説明しよっか。ダイチ、メモお願い」

 

「ああ。いつでも」

 

「こぐま座照射済み。結果は二年後。待ちながら次を準備するのが合理的。りゅう座はこぐま座に隣接してるから、座標基準が出た瞬間に即展開できる。並行して進めてる理由はそれだけ。シンプルに」

 

 キーボードを叩き終え、数十秒で文章が出てきた。ハルなら数分はかかる。だが正確さは同等だった。

 

 ユキが読んだ。

 

「完璧。これでいいよね」

 

「あと、りゅう座を選んだのは隣接してるから、だけじゃなくてもう一個理由があるよ」とハルが言った。

 

「何?」

 

「りゅう座はかつて北極星の星座だったんだ」

 

 ユキが顔を上げた。

 

「歳差運動《さいさうんどう》って言葉、聞いたことある?」

 

「ない。ダイチは?」

 

「地軸の首振り。二万六千年で一周する」とダイチ。

 

「んー。つまり、北極星がずっと同じ星とは限らないってこと?」

 

「鋭いね」とハルが笑った。

 

「五千年前の北極星は、りゅう座のトゥバンだったんだよ。ピラミッドの通路がトゥバンの方角を向いてるくらい、昔の人はあの星を基準にしてた」

 

「じゃあこぐま座の前任者みたいな?」

 

「そう。北天の番を引き継いだ関係にある。こぐま座の隣で、ずっと北の空を見守ってきた星座だ。最初に開放する二つとして、これ以上ない組み合わせだと思う」

 

 ダイチが文章に一行付け加えた。

 

 ハルが窓の外を見ながら、独り言のように言った。

 

「石版もスタークリスタルも、自然にできたものじゃない。設計者がいる。同一の存在かもしれない」

 

「暗黒星雲を張ったやつ?」とユキが聞いた。

 

「わからない。でも点が増えてきてる気がする」

 

 ダイチの画面を見たユキは、小さく笑った。

 

 ハルは笑わなかった。歳差の重みを知っている人間は、星座の名前に余計な感情を乗せない。

 

「それも入れたんだ」

 

「入れた方がいい」とダイチは言った。

 

「理屈だけじゃ人は動かないだろ」

 

 ハルが目を丸くした。

 

「ダイチがそういうこと言うの、珍しいな」

 

「寒くないのに素直になった」とユキが言ったら、ダイチは黙ってキーボードに向き直った。

 

 

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LC-089-Y/arieSta

2046.01.05-Fri

Location : 三鷹市 東京都

MoonAge : 28.0

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 機構の施設で村上と顔を合わせたのは、新月の二日前だった。

 

「縮尺データの偽物問題、動きがありました」と村上が言った。

 

「五件のうち四件の出所が判明しています。いずれも機構の外部、クリスタルブローカーが適当な数値を作って流したものです」

 

「残り一件は」

 

「分析中です。数値の精度が高くて、完全な偽物とは言い切れない」

 

 ユキとハルが顔を見合わせた。

 

「機構内部から漏れた可能性がある?」

 

「否定できません」と村上は言った。表情が固い。

 

「内部の情報管理を強化しています。ただ根本的な問題として、縮尺データをどう扱うか、方針を決める必要があります」

 

「公開か、管理かですよね?」

 

「そうです」

 

 ユキは腕を組んだ。

 

「公開したら偽物問題は解決する。でも物量作戦が始まって、大資本がクリスタルを買い占める可能性があるし。管理したままにすれば希少性は守れるけど、偽物が出回り続けて市場が混乱するよね」

 

「アリエスタはどちらを望みますか」

 

「第三の案があると思う」とダイチが言った。

 

 全員がダイチを見た。

 

「縮尺データを公開する。ただし同時に、正規の確認窓口を作る。データが本物かどうかをアリエスタか機構が証明できる仕組みを用意する。偽物の流通は自然に淘汰される。大資本の買い占めについては、クリスタルの取引に上限を設ける規制を別途作る」

 

 沈黙があった。

 

「規制は機構の権限でできますか」とハルが村上に聞いた。

 

「難しい部分もありますが、国連の承認があれば動けます。ですが時間がかかります」

 

「規制ができるまでの間は『管理』で凌(しの)いで、整ったら『公開』に移行しよ」とユキは言った。

 

「段階的にね」

 

 村上がメモを取った。

 

「検討します。新月の後、改めて協議しましょう」

 

 新月当日。

 

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LC-090-AI/arieSta

2046.01.07-Sun 22:58

Location : 杉並区 東京都

MoonAge : 0.4 (New Moon)

自動記録 / 新月セッション開始

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 善福寺公園《ぜんぷくじこうえん》の外れの、街灯から外れた芝生の上に三人は陣取った。

 

 空は晴れていた。

 

 月のない夜だった。空は底まで暗い。あと十五分でセッションが始まる。

 

 ユキはポーチを開けた。

 

 今夜のクリスタルは四十一個。その中に、ファントムクリスタルが一個混じっている。布に包まれた、層を重ねた石。

 

「オーラフ、スタンバイOKって」とハルがタブレットを見ながら言った。

 

「ノルウェーは今、現地時間の午後三時。極夜(きょくや)だからもう真っ暗だけど、こっちと夜を合わせるために待機してる」

 

「同時にやるんじゃないの?」

 

「新月の夜は世界共通だけど、クリスタルが反応するのは夜の側だけだから。フィンマルクは今は極夜で、一日中夜だよ。日本とノルウェーの夜が重なる時間帯で、お互いが反応したクリスタルをリアルタイムで共有する」

 

「時差を使えるね」とダイチが言った。

 

「新月の夜なら世界中で条件が揃う。日本の夜が明けても、極夜の向こうはまだ暗いままだ。二段階でデータが取れる」

 

「じゃあ今夜は二倍以上の情報が手に入る」

 

「理論上は」

 

 セッションが始まった。

 

 月のない空の下、ユキは最初のクリスタルを取り出して計測機器の前にかざした。反応が出た。新月の夜は最初から条件が揃っている。本番はこれからだ。

 

 夜空は底まで暗かった。北寄りの暗闇に、りゅう座がある。ユキは頭の中の星図でその位置を確かめた。見えないけれど、ある。

 

「全スクリーニング完了まで、あと三分」とハルが言った。

 

 ユキはファントムクリスタルの包みをゆっくりと開けた。

 

 布の中から、層を重ねた石が出てくる。計測機器の表示の明かりを受けて、内部のファントムが淡く浮かびあがって見えた。

 

 何に反応するだろう。一層だけか。複数の層か。

 

 あるいは何にも反応しないか。

 

「来た」とダイチが言った。

 

 空は暗いままだった。

 

 最初の三分で、八個のクリスタルが反応した。

 

 ダイチが座標を読み上げる。ハルが記録する。ユキが次々とクリスタルを機器に通す。流れ作業だ。三人の呼吸が合っている。

 

「りゅう座η(イータ)星、出た」

 

「やった」

 

「こぐま座ζ(ゼータ)星も。原盤の個体より反応が強い。交換候補だ」

 

「田中さんに朝イチで連絡する」

 

「あと」とダイチの声が少し変わった。

 

「りゅう座に対応してないのが一個ある」

 

「どの星座?」

 

「照合中」

 

 ユキはファントムクリスタルを手に取った。今夜はまだ試せていない。

 

 ファントムクリスタルを機器にかざした。

 

 反応した。

 

「方向は……。ケフェウス座(Cepheus)だ」

 

「え、ケフェウス座?」

 

「りゅう座の隣だ」とハルが言った。

 

 声に驚きが混じっている。

 

「こぐま座とりゅう座とケフェウス座、三つが隣接してる北天の星座群だ。ファントムクリスタルがケフェウス座に対応してる」

 

「一層目だけかな?」

 

「もう一度やってみよう。角度を変えて」

 

 ユキはクリスタルをゆっくりと回転させながら、もう一度機器に通した。

 

 反応が変わった。

 

「別の方向にも反応がある」とダイチが言った。

 

 少し間があった。

 

「……よくわからない。さっきとは違う座標を示してる。同じクリスタルなのに」

 

 三人が沈黙した。

 

「もしかして、層ごとに違う星の光を蓄積してるのか?」とハルが呟いた。

 

「確証はない。でもファントムの構造を考えると……今夜のデータだけじゃ判断がつかない。次のセッションでもう一度試そう」

 

 ユキは手の中のクリスタルを見た。

 

 透明の中に、層が重なっている。それぞれが、別の星の記憶を抱えている。

 

「これ、もしかしてものすごいことなんじゃない?」

 

「かも」とダイチが言った。

 

「でもまだ仮説だ。次の新月で再現できるか確認する」

 

 タブレットが振動した。

 

 ハルが画面を見た。

 

「オーラフから。時間になった。セッション開始する、って」

 

 地球の反対側で、別のハンターたちが夜空に向かいはじめている。

 

 ユキはもう一度ファントムクリスタルを空に向けた。

 

 暗闇の中で、内部のファントムの光がわずかに静かに揺れていた。

 

 一つの石の中に、二つの星の記憶。

 

 何百年もかけて積み重ねた層の中に、失われた空の欠片が眠っていた。

 

 ファントムクリスタル多重反応の可能性(未確定)

 

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