ダイチは、星が好きだったわけではない。
嫌いでもなかった。
好き嫌いを言えるほど、見ていなかった。
壁ができる前の空も、正直なところあまり覚えていない。学校帰りにコンビニの看板ばかり見ていた。星座早見盤より、壊れたラジコンのモーターの方が面白かった。
だから、ユキが最初に石を持ってきた時も、感動はしなかった。
「これ、光るんだよ」
「光る石ならネットで売ってる」
「北に向けると光る」
「方位センサーでも入ってんのか」
「石に?」
「知らねえよ。世の中には変なものを埋め込む奴がいる」
ユキは唇を尖らせた。
その横で、ハルが静かに言った。
「加工痕《かこうこん》は無いよ」
「見たのか」
「実体顕微鏡で」
「割ったのか」
「割っていない」
「じゃあ内部はわからない」
「透過スペクトルは取ったよ」
「あんた、面倒くさいな」
「よく言われる」
その時点で、ダイチは帰ってもよかった。
面倒な話だった。
星座。壁。世界。機構。
どれもこれも大きすぎる。大きすぎる話は、たいてい誰かが雑にまとめて、雑に失敗する。
でも、ユキが石を机に置いた。
小さな石だった。
世界とか、壁とか、星とかいう言葉のわりに、石は拍子抜けするほど小さかった。
ユキは言った。
「うち、星は詳しくない」
「だろうな」
「でも、これが光ったのは見た」
「見間違いかもしれない」
「だから、見間違いじゃないって証明したい」
「機構に行け」
「落ちた」
「は?」
「外部協力員の選考。落ちた」
ユキはあっさり言った。
でも、あっさり言ったものほど、奥に引っかかっていることが、ままある。ダイチはそれくらいは知っていた。
「じゃあ諦めろよ」
「やだ」
「なんで」
「落ちたから」
変な答えだった。普通は、落ちたら諦める。
ユキは逆だった。
「中に入れないなら、外からやる」
「外から何を」
「星を取り戻す」
ダイチは笑った。笑うしかなかった。
「規模感バグってるぞ」
「知ってる」
「星って、戻すものじゃないだろ」
「でも、壁があるなら、穴は開くかもしれない」
「開かなかったら?」
「開く方法を探す」
「探してもなかったら?」
ユキは少し黙った。
ハルが何か言おうとしたが、その前にユキが口を開いた。
「なかったって、ちゃんとわかるまでやる」
ダイチは、そこで石を見た。
光るかどうかは、まだわからない。
星が戻るかどうかも、わからない。
でも、ひとつだけわかった。これは依頼ではない。
挑戦状だ。
できないと言われたものを、どこまでできる形に落とせるか。
雑な夢を、雑じゃない装置に変えられるか。
ダイチが好きなのは、たぶんそういうことだった。
「条件がある」
「何?」
「自分の装置に口を出すな」
ユキがハルを見て、少しだけ考えた。
「安全に関わることは言う」
「面倒くせえ」
「言うよ」
ユキが笑った。
「じゃあ決まり」
「まだ決まってない」
「決まった顔してる」
「してない」
ダイチは石を手に取った。思ったより軽かった。でも、なぜか手放す気になれなかった。
その日、星が好きになったわけではない。
ただ、できないと言われたものが、机の上で小さく光った。
それだけで、十分だった。